四月のつごもり、五月のついたちなどのころほひ、橘の濃くあをきに、花のいとしろく咲きたるに、雨のふりたる翌朝などは、世になく心あるさまにをかし。花の中より、 實のこがねの玉かと見えて、いみじくきはやかに見えたるなど、あさ露にぬれたる櫻にも劣らず、杜鵑のよすがとさへおもへばにや、猶更にいふべきにもあらず。
(枕草子~バージニア大学HPより)
題しらす 読人しらす
さ月まつ花たち花のかをかけはむかしの人の袖のかそする
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
盧橘暮薫といへる心を 基俊
袖ふれし昔の人そ忍はるゝ花立はなのかほる夕は
(続千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
二十日の月さし出づるほどに、いとど木高き影ども木暗く見えわたりて、近き橘の薫りなつかしく匂ひて、女御の御けはひ、ねびにたれど、あくまで用意あり、あてにらうたげなり。
「すぐれてはなやかなる御おぼえこそなかりしかど、むつましうなつかしき方には思したりしものを」
など、思ひ出できこえたまふにつけても、昔のことかきつらね思されて、うち泣きたまふ。
ほととぎす、ありつる垣根のにや、同じ声にうち鳴く。「慕ひ来にけるよ」と、思さるるほども、艶なりかし。「いかに知りてか」など、忍びやかにうち誦んじたまふ。
「橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ
(略)
「人目なく荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ」
(源氏物語・花散里~バージニア大学HPより)
家の歌合に盧橘をよめる 中納言俊忠
さ月やみ花たちはなのありかをは風のつてにそ空にしりける
(金葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
花橘薫枕といへる心をよめる 藤原公衡朝臣
おりしもあれ花たちはなのかほるかな昔を見つる夢の枕に
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
花山院宰相中將、いろにてこもりゐられたりしに、南殿のたち花さかりなりしを、一枝をりてつかはすとて、兵衞督どのにかはりて、辨内侍、
あらざらむ袖の色にも忘るなよ花たちばなのなれし匂ひを
返し、宰相中將色のうすやうにかきて、しきみの枝につけたり。
いにしへに馴れし匂ひを思ひ出で我袖ふればはなやゝつれむ
(弁内侍日記~群書類從)
子の身まかりにけるつきの年の夏、かの家にまかりたりけるに、はな橘のかほりけれはよめる 祝部成仲
あらさらむ後忍へとや袖の香を花たちはなにとゝめをきけん
(新古今和歌集~国文学研究資料館HPより)