震動する真夜中の影にゆらめく炬日は、陰影の驚きをはびこらして、空一面にはだかる真紅の媚を招きよせる。水のながれに沿うて浮く葉うらにひそ盗心の美しさはいよいよ濃くなり。くされ蒸す色彩の墓場に古びたタンバールの空色の騒擾ををどらせ、満開の情癡はしめやかに釣鉤(つりばり)の糸をたれて私語のやうに身をさらしてたえまもなくくゆるのである。
(『限定版 大手拓次全集 別巻』(白鳳社、1971年、447p)より「季節題詞」)
むかし、ものいひける女に、としごろありて、
いにしへのしづのをだまきくりかへしむかしをいまになすよしもがな
といへりけれど、なにともおもはずやありけむ。
(伊勢物語~バージニア大学HPより)
わかこひは-はしめもしらす-しつのめか-あさのをたまき-すゑのみたれに
(夫木和歌抄- 知家~日文研HPより)
しのふるは-くるしきものを-いやしきも-おもひみたるる-しつのをたまき
(洞院摂政家百首~日文研HPより)
(こひのうたのなかに) 土御門院御歌
恋をのみ/しつのをた巻/いやしきも/思ひはおなし/涙なりけり
(続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
ちきりこそ-なほかたいとの-みたるとも-あはすはたゆな-たまのをたまき
(弘長百首-家良~日文研HPより)
やむことなき女のもとにつかはしける 前中納言匡房
くりかへし/思ふ心は/ありなから/かひなき物は/しつのをた巻
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
(たいしらす) 源師光
くり返し/くやしきものは/君にしも/思ひよりけむ/しつのをたまき
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
いとはるる-みはくりかへし-なけかれて-たえぬおもひを-しつのをたまき
(新葉集~日文研HPより)
おもはしと-おもひたへては-いくかへり-とけやらぬこひを-しつのをたまき
(明日香井集~日文研HPより)
いかにせむ-しつのをたまき-なれなれて-いまはまとほの-あさのさころも
(壬二集~日文研HPより)
(ほりかはゐんのおほむとき、ひやくしゆのうたたてまつりけるとき、こひのこころをよめる) 中納言師時
恋をのみ/しつのをたまき/くるしきは/あはて年ふる/思ひなりけり
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
題しらす 前大納言実冬
恋をのみ/しつのをた巻/年をへて/又くり返し/逢よしもかな
(新続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
被忘恋の心を 前大僧正慈鎮
思ひいつる/かひこそなけれ/くり返し/契し物を/賎のをた巻
(続後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
中納言、よそながら語らひける女を、つひには見るべきものに思ひて侍りけるに、親ひき違(たが)へ、こと人に付けて侍りければ、「繰り返しなほ返しても思ひ出でよかく変れとは契らざりきな」と申して侍りければ 浜松の大弐女
契りしを心一つに忘れねどいかがはすべきしづのをだまき
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)
七月七日、ときどきはきし女の、うらみたるにやる
あふことはそれならねどもたなばたにしづのをだまきながきこころぞ
(為信集~新編国歌大観7)
絶恋
手になれしむかしそつらき中たゆる契のままのしつのをたまき
(草根集~日文研HPより)
ももしきを昔ながらに見ましかばと思ふもかなししづの苧環
(夜の寝覚~「新編日本古典文学全集」)
をのことも述懐歌つかうまつりけるついてに 御製
くり返し/しつのをたまき/いく度も/とをき昔を/恋ぬ日そなき
(新勅撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
返してもくり返しても恋しきは君に見馴れし倭文(しづ)の苧環(をだまき)
(とりかへばや物語~講談社学術文庫)
夕幽思
くり返し昔にもあらぬ夕暮の色に思ひをしつのをたまき
(草根集~日文研HPより)
(たいしらす 読人不知)
古の/しつのをたまき/いやしきも/よきもさかりは/ありし物也
( 古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
されはわれ-いつのさかりの-ありけれは-こころにかかる-しつのをたまき
(弘長百首-行家~日文研HPより)
をたまくりかけて手引し糸よりも長しや夏のくるゝ待間は
(曾禰好忠集~群書類従15)
夏夜月
手にまきてくり返すまも夏のよの月そみしかきしつのをたまき
(草根集~日文研HPより)
初雁来
あさ衣しつか手なるるをた巻のくる秋なかき夜はのはつ雁
(草根集~日文研HPより)
懐旧
くり返し世世の昔をしのふれは冬の日なかし賎のをた巻
(草根集~日文研HPより)
やまかつの-しつのをたまき-いやしきも-おのれいとなむ-としのくれかな
(寛喜元年女御入内和歌~日文研HPより)
如何して彼人の行末を知べきと様々計けるに、母が云、其人夕に来て暁還なるに、注しをさして其行末を尋べしとて、苧玉巻と針とを与て、懇に娘に教て後園の家に帰す。其夜又彼男来れり。暁方に帰りけるに、教への如く、女針を小手巻の端に貫て、男の狩衣の頸かみに指てけり。夜明て後に角と告たれば、親の塩田大夫、子息家人四五十人引具して、糸の注しを尋行。誠に賤が苧玉巻、百尋千尋に引はへて、尾越谷越行程に、日向と豊後との境なる嫗岳と云山に、大なる穴の中へぞ引入たる。
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)
見形厭恋
みむろ山をろちにつけしをたまきの末のちきりそたえてやみぬる
(草根集~日文研HPより)
「いで、あはれ、故大臣おはせましかば、いみじき宮と申すとも、思はむところいとほしくて、他人まぜざらましを。いと心やすしや。しづの苧環、かかるにつけても思ひ出づらむかし」と、推し量らせたまふを、(略)
(夜の寝覚~「新編日本古典文学全集」)
音羽の里をうちはじめて、尼上のさばかりにくかりしだに、しづのをだまき取り返さぬくやしさを思しつる人は、(略)
(我が身にたどる姫君~「中世王朝物語全集20」笠間書院)
賤の苧環(をだまき)ならぬ世の中ぞ、かへすがへすも恨めしう、身も浮きぬべき心地ぞする。
(八重葎~「中世王朝物語全集13」笠間書院)
たにふかみたつをたまきや我ならんおもふこころのくちてやみぬる
(狭衣物語~諸本集成第二巻伝為家筆本)
たにふかく-たつをたまきの-ここちして-おもひもそても-くちやはてなむ
(後鳥羽院御集~日文研HPより)
寄木恋
あちきなくいはねはしらし苔かけにたつをたまきのくちははつとも
(宝治百首-蓮性~日文研HPより)
寄木恋
思ひしれつらき心のおく山にたつをたまきのこりぬ心を
忘れすはたれか心をおく山にたつをたまきの千世もへさらん
(草根集~日文研HPより)
13896 道家 くちねたた-おもひくらふの-やまたかみ-たつをたまきは-しるひともなし
13897 家隆 つくはやま-たつをたまきの-しけけれと-みねゆくしかの-こゑはさはらす
13898 阿仏 つくはやま-しけきめくみに-もらさすは-たつをたまきも-はなやさかまし
13899 為相 わかそても-ほさてかくちむ-おくやまに-たつをたまきの-しけきしつくに
(夫木和歌抄~日文研HPより)
初冬時雨
身にたくふたつをたまきの初時雨そめし昔の色をこひつつ
(宝治百首-信覚~日文研HPより)
(澗底桜)
春くれはかすみの衣かさねきて山ふところのふしきはなさく
(木工権頭為忠朝臣家百首~群書類従11)
こころして-こまははやめよ-ひをへつつ-のはらのふしき-くさかくれゆく
(万代和歌集~日文研HPより)
渓五月雨
五月雨に谷のかけはし水こえて嶺のふし木をかよふ山人
(宝治百首-有教~日文研HPより)
ゆふまくれ-すたくほたるは-たにかはの-ふしきのはしの-しるへなりけり
(夫木和歌抄~日文研HPより)
たにかはの-ふしきのはしに-せかれたる-みくつをみれは-もみちなりけり
(頼政集~日文研HPより)
たにかはの-ふしきにねふる-をしかもは-つららのとこや-さむけかるらむ
(万代和歌集~日文研HPより)
谷水
こけふかき谷のふし木をせきとめて山の雫や淵と成るらん
(草根集~日文研HPより)
淵亀
河なみのよとむふし木にすむかめの又淵に入る岸の人かけ
(草根集~日文研HPより)
池亀
ふりにける池のふし木の苔の上に日影にあたる亀そむれゐる
(草根集~日文研HPより)
(経年恋)
としをへてこひにくちぬるわがみこそみやまがくれのくちきなりける
(宰相中将国信歌合~「平安朝歌合大成3」)
杣山にたてるふし木の徒らになどひく人のなき身なるらむ 藤原教嗣朝臣
(夫木和歌抄~「校註国歌大系22」)
伏木の中より山鳩二羽飛出て、はたはたと羽打して出たりけるにこそ、(略)
(源平盛衰記・巻21「兵衛佐殿隠臥木附梶原助佐殿事」)
亦、其の国には飽田と云ふ所、狩地にて有なり。其の狩地は微妙かりけれども、本は臥木共高く、大きなる小き石多くて、馬否走らざりければ、十出来る鹿の、六つ七つは必ず逃てぞ遁ける。
(今昔物語・巻29第27話~芳賀矢一校訂「攷証今昔物語集」冨山房)
ふるえたの-ふしのみのこる-うつほきの-たてるもさひし-はたのやけやま
(新撰和歌六帖-信実~日文研HPより)
閑居木
身をかくす宿ともたのむうつほ木のむなし心をはらふ山かせ
(草根集~日文研HPより)
寄木恋
いかにせんをのへにたてるうつほ木のあな恋しともいふ方のなき
(宝治百首-真観~日文研HPより)
冬見獣
冬こもりすむうつほ木も下折れて雪野にしるきくまそ出行く
(草根集~日文研HPより)
冬動物
うつほ木を立出ててあさるあら熊もみ山の雪に身やかくすらん
(草根集~日文研HPより)
月のはつかにかすむ夕ぐれ
熊の住む空木ながら花さきて
(菟玖波集抄-救濟法師~岩波・日本古典文学大系「連歌集」)
不思議やな朽たる華の空木(うつほぎ)より、白髪の老人顕(あらは)れて、(略)
(謡曲「西行桜」~岩波・新日本古典文学大系「謡曲百番」)