題しらす 衣笠内大臣
春霞たつをみしより御吉野の山の桜をまたぬ日はなし
(新後撰和歌集~国文学研究資料館HPより)
長楽寺にすみ侍けるころ、二月はかりに人のもとにいひつかはしける 上東門院中将
おもひやれ霞こめたる山里に花まつほとの春のつれつれ
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
題しらす 御製
桜花今やさくらんみよしのゝ山もかすみて春雨そふる
(新後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
桜を 中納言家持
春雨にあらそひかねて我宿の桜の花は咲そめにけり
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
菅家万葉集の中 よみひとしらす
浅みとり野へのかすみはつゝめともこほれてにほふ花さくらかな
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
花十首歌よみ侍けるに、山花 深心院関白前左大臣
なかめやるよもの山辺も咲花のにほひにかすむ二月の空
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
うちの大まうちきみの家にて人ひとさけたうへて歌よみ侍けるに、はるかに山さくらをのそむといふ心をよめる 大江匡房朝臣
たかさこのおのへの桜咲にけりと山のかすみたゝすもあらなん
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
花御歌の中に 伏見院御歌
枝もなくさきかさなれる花の色に梢もをもき春の曙
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
たぐひなき花をし枝に咲かすれば櫻にならぬ木ぞなかりける
(山家集~バージニア大学HPより)
円融院御時、三尺御屏風に、花の木のもとに人ひとあつまりゐたる所 かねもり
世中にうれしき物はおもふとち花みてすくす心なりけり
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
三井寺の前を過けるにふるともしらぬ春雨のかほにほろほろとかかりけれはしはらく立よりはれまをまたむとおもひてこんたうのかたへ行程にしやうこゐんの御房の庭に老木の花のいろことなる梢かきにあまりてみえしはるかに人家をみれは花あれは則入といふ詩のこゝろにひき入られて門のかたはらに立よりたれはよはひ二八はかりなるちこのすいきよかんにうすくれないゐのあこめかさねてこしのまはりほけやかにけまはしふかくたをやかなるか人ありともしらさるにやみすのうちより庭に立出てゆきおもけに咲たる下枝の花を手折て
ふるあめにぬるともおらん山桜雲のかへしの風もこそふけ
とうちなかめてはなの雫にたちぬれたるていこれも花かとあやまたれてさそふ風もやあらんとしつこゝろなけれはおほふ計の袖もかなと雲にも霞にもかすへきこゝちなとしけるに(略)
(秋の夜の長物語~バージニア大学HPより)
弥生になりて、咲く桜あれば、散りかひくもり、おほかたの盛りなるころ、のどやかにおはする所は、紛るることなく、端近なる罪もあるまじかめり。(略)
御前の花の木どもの中にも、匂ひまさりてをかしき桜を折らせて、「他のには似ずこそ」など、もてあそびたまふを、(略)
(源氏物語・竹河~バージニア大学HPより)
さくらの花のちるをよめる きのとものり
久かたの光のとけき春のひにしつ心なく花のちるらん
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
ながめもつきぬ四つの時。ながめもつきぬ四つの時。山又山を尋ねん。
これは此あたりに住居する者にて候。さても四季折々の眺にも。とりわき春の花盛。言葉も尽きぬ景色にて候ふ程に。山めぐりせばやと存じ候。
四方の山霞は春のしるしとて。/\。のどかに通うふ風までもよぎて吹くらん桜咲く。梢はそれとしら雲の。花にめがれぬ心かな/\。急ぎ候ふ程に。春の山辺に着きて候。暫く此花の蔭に休まばやと存じ候。
(略)
さん候四季折々の眺といへども。取りわき春の花盛。言葉も尽きぬ頃なれば。しばし木蔭に休らひて。咲き添ふ花を眺むるなり。
実に心ある旅人の。四季の眺の其中にも。春は霞に馴れきつゝ。声ものどかに聞ゆなり。
黄鳥の声なかりせばゆききえぬ/\。山里いかに。春を知るらんと詠みしも。のどけき春の心なり。花に馴れぬる人心。神も納受の道なれや。しばし休みて此花を眺め給へや。
(謡曲「山姫」~半魚文庫「謡曲三百五十番集」)
いざ桜われも散りなん一盛。いざ桜われも散りなん一盛。誘ふ嵐も心して松に残る薄雪の。盛とも夕暮の。月も曇らぬ天の原。霞の衣来て見れば。妙なる花の。気色かな妙なる花の気色かな。
あら面白の花盛やな。一枝手折り天上へ帰らばやと思ひ候。宴やむで紅燭なほ余れり。花一枝を手折らんと。忍び忍びに立ち寄れば。
春宵一時値千金。花に清香月に影。見る目ひまなき花守の。心は空になりやせん。
(略)
実に有難や此春の。実に有難や此春の。花の祭の時過ぎば。今少しこそ松の風終には花の跡とはん。
今手折らずは一枝の。後の七日を松の風。雪になり行く花ならば跡とふとても由なし。
よしや吉野の山桜。こゝも千本の花の影。
月も折しも春の夜の。
霞の光。
花の色。
何か今宵の。思ひ出ならぬさりながら。あはれ一枝を天の羽袖に手折りて。月をもともに眺めばやの望は残れり此春の望残れり。
(謡曲「泰山府君」~謡曲三百五十番集)
仰此成範卿とは、故小納言入道信西三男也。桜町中納言と申事は、優に情深き人にて、吉野山を思出して、桜を愛し給ひけり。室八島より帰上後、町の四方に吉野の桜を移植、其中に屋を立て住給ひければ、見人此町をば、樋口町桜町と申けり。又は此中納言桜の名残を惜て、立行春を悲み,又こん春を待わび給しかば、異名に桜町中納言ともいへり。殊に執し思はれける桜あり、七日に咲散事を歎て、春ごとに花の命を惜て、泰山府君を祭られける上、天照太神に祈申させ給ければ、三七日の齢を延たりけり。されば角ぞ思つゞけ給ひける。
千早振現人神のかみたれば花も齢はのびにけるかな
と、人の祈実ありければ、神の霊験あらたにして、七日中に咲散花なれ共、三七日まで遺あり。君も御感有て、花の本には此人をぞすべきとて、勅書に桜町の中納言とぞ仰ける。
(源平盛衰記~国民文庫)
屏風絵に、さくらの花のちるをおしみかほなるところをよみ侍ける 源道済
山さとにちりはてぬへき花ゆへに誰とはなくて人そまたるゝ
(後拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
なきさの院にてさくらを見てよめる 在原業平朝臣
よの中にたえて桜のなかりせは春の心はのとけからまし
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
よし野山たにへたなびく白雲はみねの櫻のちるにやあるらむ
(山家集~バージニア大学HPより)
題しらす つらゆき〈一本〉大伴くろぬし
春雨のふるは涙かさくら花ちるをおしまぬ人しなけれは
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
百首歌中に 式子内親王
花はちりその色となくなかむれはむなしき空に春雨そ降
(新古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
古き詩の句を題にて歌よみけるに、花発風雨多といふことを 頓阿法師
世中はかくこそ有けれ花さかり山風ふきて春雨そふる
(新続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
延喜御時、南殿にちりつみて侍ける花をみて 源公忠朝臣
とのもりのとものみやつこ心あらはこの春はかり朝きよめすな
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
あかでのみ花に心を尽す身の、思ひあまりに手を折りて、数(かぞ)ふる花のしなじなに、わきて楊貴妃伊勢小町、誰(た)が小桜か児桜(ちござくら)、百(もゝ)の媚(こび)ある姥桜(むばざくら)、我(われ)や恋(こ)ふらし面影の、花の姿をさき立てゝ、ゆくゑ分け越しみ吉野の、雲井に咲ける山桜、霞の間よりほのかにも、見そめし色の初ざくら、絶えぬながめは九重の、都がへりの花はあれども、馴れし東(あづま)の江戸ざくら、名におうしうの花には誰(たれ)も、うき身をこがす塩釜桜、花の振袖(ふりそで)八重ひとへ、下(した)には無垢の緋桜(ひざくら)や、樺(かば)に浅黄をこき交ぜて、わけよき縫(ぬひ)の糸桜(いとざくら)、引く手あまたの身なりとも、せめて一夜(ひとよ)の戯(たはぶ)れに、酔(ゑ)ひをすゝむる、熊谷(くまがえ)の、猛(たけ)き心は虎の尾の、千里もかよふ恋の路(みち)、忍ぶにつらき有明桜(ありあざくら)、君(きみ)の情(なさけ)のうす桜、よしや思ひを桐が谷(やつ)、浮世を捨てし墨染ざくら、昔を忍ぶいゑ桜、花の扉(とぼそ)の寂(さび)しきに、月の影さへ遅桜(をそざくら)、闇はあやなし紅梅桜、色こそ見えね折る袖も、匂ひざくらや菊桜(きくざくら)、花のしら露春ごとに、打払(うちはら)ふにも千代は経(へ)ぬべし。
(「松の葉」さくら尽~岩波・日本古典文学大系「中世近世歌謡集」)
木の花は
櫻の花びらおほきに、葉色こきが、枝ほそくて咲きたる。
(枕草子~バージニア大学HPより)
家に有りたき木は、松、櫻。松は五葉もよし。花は一重なるよし。八重櫻は奈良の都にのみありけるを、此の比ぞ、世に多くなり侍るなる。吉野の花、左近の櫻、皆一重にてこそあれ。八重櫻は異樣の物なり。いとこちたくねぢけたり。植ゑずともありなん。遲ざくら、又すさまじ。蟲の付きたるもむつかし。
(徒然草~バージニア大学HPより)
花のさかりは、冬至より百五十日とも、時正の後七日ともいへど、立春より七十五日、大樣違はず。
(徒然草~バージニア大学HPより)
また、木立つくらせたまへりし折は、「桜の花は優なるに枝ざしのこはごはしく、幹のやうなどもにくし。梢ばかりを見るなむをかしき」とて中門より外に植ゑさせたまへる、なによりもいみじく思しよりたりと、人は感じ申しき。
(大鏡~新編日本古典文学全集)
南殿の櫻は、村上の御時、式部卿重明親王の家のさくら匂ことなりとて、うつしうゑられけるとぞ。其後度々の炎上にやけにければ、又あらぬ木をぞうゑかへられける。代々の御門(みかど)、この花を賞せさせ給て、花の宴をおこなはる。承久に右馬権頭頼茂朝臣うたれしとき、又やけにけり。やがて造内裏ありしに、このさくらのたね、大監物(だいけんもつ)源光行が家にうつしうゑたるよしきこえて、めしてうゑられけるとぞ。いづれの時のたねにてかありけむ、おぼつかなし。その櫻もいく程なくてやけぬれば、いまはあとだにもなし。くちをしき事也。
(古今著聞集~岩波・日本古典文学大系)
長元々年十二月廿二日、昭陽舎の櫻を一本、清涼殿東北の庭にうつしうゑられけるに、殿上人どもおりたちて、ふみかためけり。いと興ある事也。むかしはかやうにあちこちほりわたし、又はじめてもうゑけり。ちか比(ごろ)は限ある木の外は、うゑらるゝ事もなきにや。
(古今著聞集~岩波・日本古典文学大系)
南殿の桜を本府よりうへ侍ける時、大内の花のたねにて侍けれは 左近大将為教
いにしへの雲ゐの桜たねしあれは又春にあふ御代そしらるゝ
(続千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
後醍醐院位におはしましけるとき、後円光院前関白左大臣、左大将と聞えける比、大内の桜の種とて南殿にうつしうへられて侍けるか、花の咲て侍けれはよめる 女蔵人万代
いにしへの雲ゐの桜今さらにさきつゝ御代の春やしるらん
(新千載和歌集~国文学研究資料館HPより)