三条には、冬深くなるままに、もののみ悲しく、とぶらひ顔なりし虫の音(ね)も、弱り果てにければ、いとど我が身はいつかとながめ暮らし給ふに、さと吹きまはしたる木枯らしは、恋のつまなる心地して、
吹き払ふ峰の嵐にたぐへてもいとどこの世のいとはしきかな
(あきぎり~「中世王朝物語全集1」笠間書院)
(略)まことに、植ゑ置き給ひし垣根の草も、霜に朽ち果てて、わづかに這ひまつはれたる龍胆(りんだう)、籬荒れたる菊の花などの、絶え絶えに色を残したるしも心細きに、四方(よも)の梢も吹き払ひて、散り敷きたる庭の木の葉、幾重積もりにけるにかと、いみじうあはれにて、
憂きながら今は形見に残りけり払はぬ庭に積もる木の葉も
と、独りごち給ふを聞きつけて、大臣、
あだに見し木の葉は宿におくれゐて人は嵐に思ひかけきや
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)
御前の菊移ろひ果てて盛りなるころ、空のけしきのあはれにうちしぐるるにも、まづこの御方に渡らせたまひて、昔のことなど聞こえさせたまふに、(略)
御碁など打たせたまふ。暮れゆくままに、時雨をかしきほどに、花の色も夕映えしたるを御覧じて、(略)
(源氏物語・宿木~バージニア大学HPより)
のどやかなる夕つ方、対へ渡り給ひて、音もなくてやをらのぞき給へば、御前(まへ)は異人もなくてしめやかなるに、霜枯れの前栽(せんざい)に、雪の所々消え残りたるをながめ出だして、琵琶をわざとならず弾きすさみて、かたぶきかかり給へるかたはら目、例のうち驚かれて、(略)
(石清水物語~「中世王朝物語全集5」笠間書院)
夕日のはなやかなるを、まばゆげに紛らはし給へる御さまなど、たぐふ光だに隠れ給ひし御後に、めでたしともおろかなり。いづくにても尽きすべくもあらぬあはれに、しばしばかり候ひ給ふほど、空の気色も、折を分くにや、うちしぐれつつ、風も荒く、身にしむ心地するに、霰のはらはらと落つるが、袖の上にかかるを、のどやかにうち払ひ給へる追風も、いとかごとがまし。
露時雨なれにし袖にいとどしくまたや霰の玉を添ふべき
とのとまふに、
時雨降り添ふる霰の音ごとに涙の玉は数まさりつつ
けはひ目安く聞こえたるは、新大納言の君にやとぞ聞き給ふ。
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)
冬のなかうた 凡河内躬恒
ちはやふる神な月とやけさよりはくもりもあへすうちしくれ紅葉とゝもにふるさとのよしのゝ山の山あらしもさむく日ことになりゆけは玉のをとけてこきちらしあられみたれてしもこほりいやかたまれる庭のおもにむらむらみゆる冬くさのうへにふりしくしら雪のつもりつもりてあらたまの年をあまたもすくしつる哉
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
戸無瀬(となせ)のわたりの森の木末(こずゑ)、嵐はしたなく吹きしきて、残る松のさびしさも、川瀬の波に響き合はせ、堰杭(ゐくひ)によどむ紅葉(もみぢ)の色も、川の藻屑(もくづ)に朽ちなりぬ。
(恋路ゆかしき大将~「中世王朝物語全集8」笠間書院)
冬歌の中に 蓮生法師
なかれゆく紅葉をむすふ山川の氷そ秋の色をとゝむる
(続拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
冬は山伏修行せし、庵とたのめし木の葉も紅葉(もみぢ)して、散り果てて、そらさびし、褥(にく)と思ひし苔にも初霜雪ふりつみて、岩間にながれ来し水も、こほりしにけり
(梁塵秘抄~岩波・日本古典文学大系)
神無月の末より、雪いたう降り積もりて、爪木をとるべき道を失ひ、岩間を求めて汲みし清水も、いつしか氷に閉ぢ果てられ、冬こそ、げに物憂きことの数まさるなれ。
(松陰中納言~「中世王朝物語全集16」笠間書院)
すでに冬にもなりぬ。雪いみじう降りけるに、鞍馬へ詣でして下向し給ふに、みぞろ池の葦のはざまにをし鳥のひとり寝たるを見て、
わがごとく物や悲しき池水につがはぬをしのひとりのみして
とながめ給へども、聞き知る人もなし。
(略)
さて住吉には、やうやう冬ごもれるままに、いとさびしさまさりて、荒き風吹けばわが身の上に浪立ちかかる心しける。沖より漕ぎ来る舟には、あやしき声にて、「にくさびかける」など謡ふもさすがにをかしかりけり。住の江には、霜枯れ葦の水、氷にむすぼほれたる中に、水鳥の、人にも驚かず、釣殿の下に上毛の霜うち払ふにつけても、思ひ残す事なし。
水鳥の上毛の霜をうち払ひをのが羽風やさむげなるらむ
(住吉物語~「中世王朝物語全集11」笠間書院)
宇治にまかりて侍ける時、読る 中納言定頼
朝ほらけ宇治の川霧たえたえに顕れ渡るせゝのあしろ木
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
山里の冬といを事を人々よみけるに
玉まきし垣ねのまくず霜がれてさびしく見ゆる冬のやまざと
(山家和歌集~バージニア大学HPより)
冬の歌とてよめる 源宗于朝臣
山里は冬そさひしさまさりける人めも草もかれぬと思へは
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
百首歌奉し時 前大納言実明女
山里はさひしとはかりいひ捨てこゝろとゝめて見る人やなき
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
冬歌中に
おもひやれたにのをがはもおとたえて松風のこる冬のやま里
(逸名歌集-穂久邇文庫~新編国歌大観10)
春秋はさてもありけり、このころの嵐のはげしさ、松の響(ひゞき)さへあひて、木の葉のきほひ散り、晴間(はれま)見ゆるをりはすくなく、掻きくらししぐるゝほどの心ぼそき、(略)木丁をおしやりてながめいだし給へれば、木々の木の葉、残りなうなりにたるに、雪うち降りて、鳥どもの立ちさわぐけしきもいとあはれにて、「鳥は林とちぎれり、林枯れぬれば鳥」と、いとおもしろう誦(ずん)じたまひて、「この人を例ざまに思ひなぐさめさせて、少しうちとけ見なれて、かやうの空のけしきをも、鳥のさへづりをも、共に見ばや」と心もとなくおぼえ給。
冬ごもり吉野の山に雪ふりていとゞ人めや絶えんとすらん
(浜松中納言物語~岩波・旧日本古典文学大系77)
一品聡子内親王仁和寺に住侍りける冬比、かけひのこほりを三のみこのもとにをくられて侍けれは、つかはしける 輔仁のみこ
山さとのかけひの水のこほれるはをと聞よりもさひしかりけり
返し 聡子内親王
山さとのさひしき宿の栖にもかけひの水のとくるをそまつ
(千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
夕暮に鷺のとふをみて 前参議雅有
つらゝゐる苅田の面の夕暮に山もと遠く鷺わたるみゆ
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
御前の池に水鳥どもの日々におほくなり行を見つつ入らせ給はぬさきに雪降らなんこの御前のありさまいかにをかしからんと思にあからさまにまかでたる程二日ばかりありてしも雪は降るものか。見どころもなきふるさとの木立を見るにも物むつかしう思みだれて年ごろつれづれにながめ明かし暮らしつつ花鳥の色をも音をも春秋に行かふ空のけしき月の影霜・雪を見てその時来にけりとばかり思ひ分きつついかにやいかにとばかり行く末の心ぼそさはやる方なき物からはかなき物語などにつけてうちかたらふ人をなじ心なるはあはれに書きかはしすこしけ遠きたよりどもをたづねてもいひけるをただこれをさまざまにあへしらひそぞろごとにつれづれをばなぐさめつつ世にあるべき人数とは思はずながらさしあたりて恥づかしいみじと思ひ知るかたばかりのがれたりしをさものこることなく思ひ知る身の憂さかな。
(紫式部日記~新日本古典文学大系)
冬になりて、月なく、ゆきもふらずながら、ほしのひかりに、そらさすがにくま なくさえわたりたる夜のかぎり、殿の御方にさぶらふ人々と物がたりしあかしつゝ、 あくればたちわかれわかれしつゝ、まかでしを、思いでければ、
月もなく花も見ざりし冬のよの心にしみてこひしきやなぞ
我もさ思ことなるを、おなじ心なるも、おかしうて
さえし夜の氷は袖にまだとけで冬の夜ながらねをこそはなけ
(更級日記~バージニア大学HPより)
小野には、ただ尽きせぬながめにて、冬にもなりにけり。都だに雪・霰(あられ)がちなれば、ましていとどしく、かきたれ、消(け)ぬが上にまた降り添ひつつ、いく重(へ)か下に埋(うづ)もるる峰の通ひ路(ぢ)を、ながめ出でたる夕暮、(略)
(山路の露~「中世王朝物語全集8」笠間書院)
冬も深くなりぬれば、いとど涙のつららも、枕の上に閉ぢ重ねつつ、霜になれゆく袖の片敷きに、幾夜ともなき夜な夜なの寂しさを、「嘆かんためか」など、くちすさみて、人なき床(とこ)を払ひわびつつ、ながめ出で給へる夕暮、雪かき暗(くら)し降りて、風の気色も荒々しきに、(略)暮れ果てぬれば、若君は、寝入り給ひにけるもいとあはれにて、乳母召して、渡しきこえ給へば、また目をさまして、むつかり給ふを、「さしもよからぬ身を、誰かはかう思ふ人もあらん。さらばさてもあれかし」とて、御側(そば)に臥せきこえ給ひながら、かつ、降る雪にかき暗れて、夕闇の頃の星の光だに埋(うづ)もれ果てたる空を、つくづくとながめ出で給ひつつ、来(き)し方行く先、さまざま思し続くるに、(略)
御共には、ただ少納言某一人、さらでは、何なるまじきあやしの者どもばかりにて、御馬にておはするに、川原のほどなどは、やや更けにけるを、雪は行く先も見えず降りまよひて、風は激しき夜のけはひ、いともの恐ろしきに、(略)
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)
やうやう冬深くなるままに、木枯らし激しく、空かき曇りて、すさまじかるべき冬の月も、折柄にや、宵過ぎて出づる、月影さやかに澄みわたり、雪少し降りたるは、いみじく心細げなるに、小夜千鳥の妻恋ひわぶるも、貫之が「妹がり行けば」と詠みけんも思ひ出でられて、とばかりうちながめられても、かの寂しき宿のながめ、思ひやられて、おはして見給へば、時分かぬ深山木の小暗くもの古(ふ)りたるを、尋ね寄りたるにや、四方(よも)の嵐もほかよりはもの恐ろしげに吹き迷ひてもの悲しきに、雪かきくらし降る庭の面(おも)は、人めも草も枯れのみまさりて、いとど心細きを、「こざらましかば」と、うち語らひ給ひて、もろともにながめ出で給ひて、さしも待たるる夜な夜な紛れ給へども、母君はかけても知り給はず。
(あきぎり~「中世王朝物語全集1」笠間書院)
冬の比、後夜の鐘のをと聞えけれは峰の坊へのほるに、月雲より出て道を送る。峰にいたりて禅室にいらんとする時、月又雲をおひて、むかひの嶺にかくれなんとするよそほひ、人しれす月のわれにともなふかとみえけれは 高弁上人
雲を出てわれにともなふ冬の月風や身にしむ雪やつめたき
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
冬は 雪・霰がちに氷し、風はげしうていみじう寒き、よし。
(枕草子・前田家本)
冬は、つとめて。雪の降りたるは、いふべきにもあらず。霜のいと白きも。また、さらでもいと寒きに、火などいそぎおこして、炭もてわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。
(枕草子~新潮日本古典集成)
雪のいと高くはあらで、うすらかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。又雪のいと高く降り積みたる夕暮より、端ちかう、同じ心なる人二三人ばかり、火桶中に居ゑて、物語などするほどに、暗うなりぬれば、こなたには火もともさぬに、大かた雪の光いと白う見えたるに、火箸して灰などかきすさびて、あはれなるもをかしきも、いひあはするこそをかしけれ。よひも過ぎぬらんと思ふほどに、沓の音近う聞ゆれば、怪しと見出したるに、時々かやうの折、おぼえなく見ゆる人なりけり。今日の雪をいかにと思ひきこえながら、何でふ事にさはり、そこに暮しつるよしなどいふ。今日來ん人をなどやうのすぢをぞ言ふらんかし。晝よりありつる事どもをうちはじめて、よろづの事をいひ笑ひ、圓座さし出したれど、片つ方の足はしもながらあるに、鐘の音の聞ゆるまでになりぬれど、内にも外にも、いふ事どもは飽かずぞおぼゆる。 昧爽のほどに歸るとて、雪何の山に滿てるとうち誦じたるは、いとをかしきものなり。
(枕草子~バージニア大学HPより)
常の冬よりも、雪・霰がちに晴間なき空の気色も、いとゞ所がらには、しめやかに物心細くて、参り給ひぬれば、又何事よりも、忍ぶ捩摺(もぢずり)は、様殊に乱れまさり給ひぬべし。御前を、見入れ給へれば、小さき御几帳より、御衣の袖口・裾など隠れなし。蘇芳の御衣どもに匂ひ満ちたるに、浮線綾の白き八重なる、籬の菊の、枝ざしよりはじめ、移ろひたる色の、けざやかに見えたる、例の人、着たるやうにもあらず、「あなめでた」と見えて、御髪の、肩のほどよりこぼれ出でたる、額髪の、袖口まで、なよなよと引かれいでたるも、様殊にみゆ。
(狭衣物語~岩波・日本古典文学大系)
冬望と云ことを 院御製
冬ふかみさひしき色は猶そひぬかり田の面の霜の明かた
(新拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
はれくもりあかすしくるるふゆのひのひかりすくなくくるるそらかな
(文保百首~日文研HPより)
冬の日の影ともばかりかつきえてかたへこほれる庭の白雪
(文保百首~新編国歌大観4)
雪埋竹といふことを
雪うづむ園の呉竹をれふしてねぐらもとむるむらすゞめかな
(山家和歌集~バージニア大学HPより)
雪いとふりて、竹簀垣(たかすがき)といふ物したる所のさまも、ならはぬ心ちして、
世をいとふならひながらもたかすがきうきふしぶしはふゆぞかなしき
(問はず語り~岩波文庫)
百首御歌の中に 後鳥羽院御製
さなからや仏の花にたおらまししきみの枝にふれる白雪
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
大江頼重こしに侍けるに申つかはしける 法眼慶融
都たにしくるゝ比のむら雲にそなたの空の雪けをそしる
返し 大江頼重
宮古たに晴ぬ時雨に思ひやれ越路は雪のふらぬ日そなき
(続千載和歌集~国文学研究資料館HPより)
これよりゆふさりつかた「うちのがるまじかりけり」とていづるに心えで人をつけてみすれば「町の小路なるそこそこになんとまり給ひぬ」とてき たり。さればよといみじうこゝろうしと思へどもいはんやうもしらであるほどに二三日ばかりありてあかつきがたにかどをたゝくときあり。さなめりと思ふにうくてあけさせねばれいのいへとおぼしきところにものしたり。つとめてなほもあらじとおもひて
なげきつゝひとりぬるよのあくるまはいかにひさしきものとかはしる
とれいよりはひきつくろひてかきてうつろひたる菊にさしたり。かへりごと「あくるまでもこころみむとしつれどとみなるめしつかひのきあひたりつればなんいとことわりなりつるは
げにやげにふゆのよならぬまきのともおそくあくるはわびしかりけり
(蜻蛉日記~バージニア大学HPより)
ふゆかれのしものしたくさはるをまつたのみたになくみはふりにけり
(延文百首~日文研HPより)
厭(いと)はじな、たまゆら宿る人の盛り 身を知る雨の初時雨、定めなきかな浮雲の、月の匂ひも影寒き、鴛鴦(をし)の浮寝(うきね)の枕さへ、氷柱(つらら)の袂解けやらで 床(とこ)の浦曲(うらわ)の繁(し)き波の、浜風冴えて鳴く千鳥、思へば夢の世を知らで、やがて枯野の朝露と 消えなんものを、誰(たれ)か残りし菊の香(か)の、八重紫(やへむらさき)に移ろひて、袖の昔も何時(いつ)しかに、逢ひ見し事を数ふれば むらむら見ゆる冬草の、上に降り敷く白雪(しらゆき)の、道踏み分けて誰(たれ)訪(と)はん、松の思はん羽束師(はづかし)の、森の木枯(こがらし)絶え絶えに、涙々(なみだなみだ)たばしる玉霰、明日待つ間(ま)の憂き身の命、流れの末の我(われ)らさへ、もしもや誘ふ水しもあらば、恋の柵(しがらみ)堰(せ)き止(と)めよ。
(岩波文庫「松の葉」より)