山上憶良詠秋野花二首
秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花
萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花
(万葉集~バージニア大学HPより)
女郎花紫苑なでしこ咲きにけり今朝の朝けの露にきほひて
秋の野の草ばの露を玉と見てとらんとすればかつ消えにけり
(良寛歌集~バージニア大学HPより)
草枕 旅の憂へを 慰もる こともありやと 筑波嶺に 登りて見れば 尾花散る 師付の田居に 雁がねも 寒く来鳴きぬ 新治の 鳥羽の淡海も 秋風に 白波立ちぬ 筑波嶺の よけくを見れば 長き日に 思ひ積み来し 憂へはやみぬ
(万葉集~バージニア大学HPより)
清キ河ノ流タルホトリニ。秋草ノ花ノ色々ニ。サキ亂テ。ヨロヅ物サビシク。ワリナキ景氣せル叢ノ中ニ。(略)
(沙石集~国文学研究資料館HPより)
秋萩を散らす長雨の降るころはひとり起き居て恋ふる夜ぞ多き
(万葉集~バージニア大学HPより)
風吹き物あはれなる夕暮に
秋風は気色(けしき)吹くだに悲しきにかき曇る日はいふかたぞなき
(和泉式部集~岩波文庫)
聞くに心の澄むものは、荻の葉そよぐ秋の暮れ、夜ふかき笛の音(ね)箏の琴、荒れたる宿ふく松風
(梁塵秘抄~岩波・日本古典文学大系)
秋の夜のつれづれ長き寝覚(ねざめ)に、悲しく物あはれなる小夜中(さよなか)に、閨(ねや)近き荻(をぎ)の上風(うはかぜ)そよめきわたる折しも、いと肌寒き手枕(たまくら)の下に夜もすがら鳴くきりぎりすの声も、その事となく涙押さへがたき端(つま)となる折ふし、爪音(つまおと)やさしき筝(しゃう)の琴の音(ね)、空に聞こえければ(略)
(住吉物語~「中世王朝物語全集11」笠間書院)
浮香迎綺茵 秋の夜しとねのほとりに蘭燈をかゝくといへり。蘭草をあふらに和して。そのかをとる也。又云蘭草のしるを煎して。そのあふらのともしひをかゝくるに。光のいたる所かうはしと云り。
藤はかま露にかゝくるともし火の光そ秋の匂ひなりける
(百詠和歌・第九・燭~続群書類従15上)
雲居寺の瞻西上人の房にて歌合志侍りける時よめる 藤原道經
ふみしだぎ朝ゆく鹿や過ぬ覽しどろに見ゆる野路の刈萱
(千載和歌集~日文研HPより)
おもしろき萩を折りて、葉にかく書きつく。
秋萩の下葉に宿る白露も色には出づるものにざりける
とて、孫王の君に、「これ折あらば」とて取らす。持て参りたれば、あて宮見たまふ。
また東宮より、かく聞こえたまへり。
いつとても頼むものから秋風の吹く夕暮れはいふ方ぞなき
あて宮の御返り
吹くごとに草木移ろふ秋風につけて頼むといふぞ苦しき
(略)
源宰相、志賀に行ひしに詣でたまへりけり。それよりおもしろき紅葉の露に濡れたるを折りて、かくなむ。
わが恋は秋の山辺に満ちぬらむ袖よりほかに濡るるもみぢ葉
とあれど御返りなし。
(宇津保物語~新編日本古典文学全集)
「去年の秋ごろばかりに、清水に籠りてはべりしに、かたはらに、屏風ばかりを、ものはかなげに立てたる局の、にほひいとをかしう、人少ななるけはひして、をりをりうち泣くけはひなどしつつおこなふを、誰ならむと聞きはべりしに、明日出でなむとての夕つ方、風いと荒らかに吹きて、木の葉ほろほろと、滝のかたざまにくづれ、色濃きもみぢなど、局の前にはひまなく散り敷きたるを、この中隔の屏風のつらによりて、ここにも、ながめはべりしかば、いみじう忍びやかに、
『いとふ身はつれなきものを憂きことをあらしに散れる木の葉なりけり
風の前なる』と、聞こゆべきほどにもなく、聞きつけてはべりしほどの、まことに、いとあはれにおぼえはべりながら、さすがに、ふといらへにくく、つつましくてこそやみはべりしか」
(堤中納言物語~新編日本古典文学全集)
山のほとり尋ぬる道にそうのいへあり紅葉ちりしきたりぜんざいに花すゝき風にしたがひてなびく人をまねくにゝたり源少将馬よりおりて
人しれぬ宿にな植そ花すゝき招けはとまる我にやはあらぬ
そうにかはりて
今よりは植こそまさめ花薄ほにいつる時そ人よりきける(イとまりける)
(躬恒集~群書類従15)
霧りわたれる夕べの空を、つくづくと御覧じ出だして、
九重に立つ夕霧をながめわびよそふる花も露けかりけり
御返りは、暮れ果ててぞ持てまゐりける。けざやかなる月の光に、色々の装ひに埋(うづ)もれ臥したる御前(おまへ)の、野辺にまがひて、いとをかしかりけり。
秋霧のいとど雲居を隔つれば野辺にしをるる女郎花かな
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)
高尾ノ住房ニ侍ベルニ、小夜フケ月カタブクホドニ雨降ル空ニ雲透(ス)キニ見レバ、霧タチテ草庵ノウチニ満(ミ)チタリ。居並ベル人々霧ニマツハレテ、衣(キヌ)ヲ着タルカト見エ侍ベル有様(アリサマ)、オモシロクテ
小夜フケテ風スサマジキ山寺ニ衣(コロモ)重ヌル秋ノ霧カナ
霧ニムセブ草ノ庵ノウチニアレバ空ニマギロフ心地コソスレ
軒ノ松モ霧ニマギレテカスカニ見ユレバ
空色ノ紙ニヱガキテ見ユルカナ霧ニマギルヽ松ノケシキハ
(明恵上人歌集~明治書院和歌文学大系)
題しらす 凡河内みつね
むつこともまたつきなくに明ぬめりいつらは秋のなかしてふよは
(古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
秋の比よみ侍ける 慶政上人
年へたる深山のおくの秋の空ねさめしくれぬ暁そなき
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
みかど、御心変り世の常ならで、年経(へ)ぬる秋の夕べをながめて、風にとまらぬ露もうらやましう、いとひかね侍りければ よその思ひの登花殿の女御
消えねかし袖の涙の露とだに憂き身を払ふ秋風もがな
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)
言ふ方なう心細きに、時しも秋の風さへ、身にしみわたりつつ、野原の露も、袖に玉散る片敷の床(とこ)のさびしさ、今さらならはぬ心地して、
夜な夜なは寝覚めの床(とこ)に露散りてむなしき秋の風ぞ言(こと)問ふ
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)
七月はかりあきのふかくなり侍けれは 中宮内侍〈馬〉
うつろふはした葉はかりと見し程にやかても秋になりにけるかな
(拾遺和歌集~国文学研究資料館HPより)
風は
(略)八九月ばかりに、雨にまじりて吹きたる風、いとあはれなり。雨のあし横ざまに、さわがしう吹きたるに、夏とほしたる綿絹の、汗の香などかわき、生絹の單衣に、引き重ねて著たるも をかし。この生絹だにいとあつかはしう、捨てまほしかりしかば、いつの間にかうなりぬらんと思ふもをかし。あかつき、格子妻戸など押しあげたるに、嵐のさと吹きわたりて、顏にしみたるこそいみじうをかしけれ。
(枕草子~バージニア大学HPより)
秋となりて少し涼しき風待ちえたる夕月夜のかげに誘はれて、そなたざまへ忍びてたちや寄らましと思しつつ内裏(うち)より出で給ふままに一条院へさし入り給ひつれば、二所(ふたところ)琴(きん)の御琴(こと)弾かせ給ふほどなりけり。(略)
この人々にも琵琶・筝の琴など賜ひて宮の君に東(あづま)奉り給へれば、まことにえならぬ御気色にて掻きたて給へるほども上衆めかしげに愛敬づきたる。いづれもさばかりの御中にまじりぬればさまざまをかしう聞こゆるに、内大臣の唱歌(しゃうが)し給へる御声なのめならずおもしろきに、権大納言の笛を持ちながら折々うち添へ給ひつるなどぞ、げにとりあつめ、かばかりすぐれたるたぐひ、いかに二つしもものし給ひけむと、とにかくに目も耳もうつる御さまどもなりかし。
(略)
御琴の音(ね)に心もうき立ちて音(ね)の限り吹きとほし給ひつる御笛、はたさらにこの世のものならずや、雲居に澄み上(のぼ)る心地するに、まことにあかぬほどにて月も入りなんとするに、
「音(ね)にかよふ秋の調べの松風に月をも空に吹きやとどめぬ
うらめしうもあるかな」と空をながめ給へる月影の御さまのなまめかしさ言ふよしもなく見え給ふ。内大臣、
笛竹のまつと契らむ風の音(おと)に入りぬる月のかへらざらめや
などのたまふに何となく御心に入りたることぞ、
松風にかよふ憂き音(ね)やいかならむなほ山の端に入り方の月
(略)
(いはでしのぶ~「中世王朝物語全集4」笠間書院)
中将のあふきに、秋の野をかきて風いたくふかせたるに、もとあらのこはきに露おもけなる、しからみかくるさおしかの気色、おかしくかきないたるをみ給て、かい給えるさまに、ちゐさくて、
我かたになひけよあきのはなすすき心をよするかせはなくとも
心にはしめゆひをきしはきのえをしからみかくるしかやなくらん
いつしかいもにと、かきすさみ給えるさまさまの御さえとも、めもをよはぬに、これすこし物おほえん女なとの、めととめぬはあらしかしとみ給。
まねくともなひくなよゆめのはなすすきあきかせふかぬ野辺もみえぬに
をしなへてしめゆひわたす秋ののにこはきか露をかけしとそおもふ
なと、かきてそみせたてまつり給ヘは、あちきなきさかしらかなと、うちわらひ給て、いろとる風はとくちすさみ給えるあいきやう、猶この御あたりのちりともならまほしけ也。
(狭衣物語~諸本集成第二巻伝為家筆本)
宮はたたずみ歩きたまひて、西の方に例ならぬ童の見えつるを、「今参りたるか」など思して、さし覗きたまふ。中のほどなる障子の、細目に開きたるより見たまへば、障子のあなたに、一尺ばかりひきさけて、屏風立てたり。そのつまに、几帳、簾に添へて立てたり。
帷一重をうちかけて、紫苑色のはなやかなるに、女郎花の織物と見ゆる重なりて、袖口さし出でたり。屏風の一枚たたまれたるより、「心にもあらで見ゆるなめり。今参りの口惜しからぬなめり」と思して、この廂に通ふ障子を、いとみそかに押し開けたまひて、やをら歩み寄りたまふも、人知らず。
こなたの廊の中の壷前栽の、いとをかしう色々に咲き乱れたるに、遣水のわたり、石高きほど、いとをかしければ、端近く添ひ臥して眺むるなりけり。開きたる障子を、今すこし押し開けて、屏風のつまより覗きたまふに、宮とは思ひもかけず、「例こなたに来馴れたる人にやあらむ」と思ひて、起き上がりたる様体、いとをかしう見ゆるに、例の御心は過ぐしたまはで、衣の裾を捉へたまひて、こなたの障子は引き立てたまひて、屏風のはさまに居たまひぬ。
(源氏物語・東屋~バージニア大学HPより)
野分だちて、にはかに肌寒き夕暮のほど、常よりも思し出づること多くて、靫負命婦といふを遣はす。夕月夜のをかしきほどに出だし立てさせたまひて、やがてながめおはします。かうやうのをりは、御遊びなどせさせたまひしに、心ことなる物の音を掻き鳴らし、はかなく聞こえ出づる言の葉も、人よりはことなりしけはひ容貌の、面影につと添ひて思さるるにも、 「闇の現」にはなほ劣りけり。
命婦、かしこに参で着きて、門引き入るるより、けはひあはれなり。やもめ住みなれど、人ひとりの御かしづきに、とかくつくろひ立てて、めやすきほどにて過ぐしたまひつる、闇に暮れて臥し沈みたまへるほどに、草も高くなり、野分にいとど荒れたる心地して、月影ばかりぞ 「八重葎にも障はらず」差し入りたる。
(源氏物語・桐壷~バージニア大学HPより)
いとよそほしくさし歩みたまふほど、かしかましう追ひ払ひて、御車の尻に、頭中将、兵衛督乗せたまふ。
「いと軽々しき隠れ家、見あらはされぬるこそ、ねたう」
と、いたうからがりたまふ。
「昨夜の月に、口惜しう御供に後れはべりにけると思ひたまへられしかば、今朝、霧を分けて参りはべりつる。山の錦は、まだしうはべりけり。野辺の色こそ、盛りにはべりけれ。なにがしの朝臣の、小鷹にかかづらひて、立ち後れはべりぬる、いかがなりぬらむ」
など言ふ。
「今日は、なほ桂殿に」とて、そなたざまにおはしましぬ。にはかなる御饗応と騷ぎて、鵜飼ども召したるに、海人のさへづり思し出でらる。
野に泊りぬる君達、小鳥しるしばかりひき付けさせたる荻の枝など、苞にして参れり。大御酒あまたたび順流れて、川のわたり危ふげなれば、酔ひに紛れておはしまし暮らしつ。おのおの絶句など作りわたして、月はなやかにさし出づるほどに、大御遊び始まりて、いと今めかし。
弾きもの、琵琶、和琴ばかり、笛ども上手の限りして、折に合ひたる調子吹き立つるほど、川風吹き合はせておもしろきに、月高くさし上がり、よろづのこと澄める夜のやや更くるほどに、殿上人、四、五人ばかり連れて参れり。
(源氏物語・松風~バージニア大学HPより)
にようご殿さとにひさしくおはしますを。まいら給へどつねにあれど。とみにもいらせ給はで。ほうゐんのものし給を。野のいとおかしかなるも御らんぜまほしくおぼしめしてわたらせ給て。こゝろのどかに御をこなひなどせさせ給て。おはしますやまざとのあきのけしき。しかのなくねなどもあはれにあきこそことになどやおほしめししらせ給けん。内より御つかひのきりをわけてまいるも。ものがたりのこゝちしておかし。てんじやう人などあまたまいりて。ことひきあそびなどしつゝかへりぬる。なごりもわかき人びとはおかしくおかふ。うちより侍従のないしとて。やかてかけてさふらふ。人をたてまつらせ給へりところのさま御しつらひもいとおかしくみゆ。うすものゝ御几帳のうら。うちかけてわざとみえさせ給はねど。すきておはしますほどなどゑにかきたらんこゝちして。おかし。にようばうなどもしのびやかにこゝろにくきほどなり。やがて二三日ばかりさふらひてぞまかつる。
(栄花物語~国文学研究資料館HPより)
大将の君は、宮をいと恋しう思ひきこえたまへど、「あさましき御心のほどを、時々は、思ひ知るさまにも見せたてまつらむ」と、念じつつ過ぐしたまふに、人悪ろく、つれづれに思さるれば、秋の野も見たまひがてら、雲林院に詣でたまへり。
(略)
紅葉やうやう色づきわたりて、秋の野のいとなまめきたるなど見たまひて、故里も忘れぬべく思さる。法師ばらの、才ある限り召し出でて、論議せさせて聞こしめさせたまふ。所からに、いとど世の中の常なさを思し明かしても、なほ、「憂き人しもぞ」と、思し出でらるるおし明け方の月影に、法師ばらの閼伽たてまつるとて、からからと鳴らしつつ、菊の花、濃き薄き紅葉など、折り散らしたるも、はかなげなれど、(略)
(源氏物語・賢木~バージニア大学HPより)
露は、朝日にきらきらしく、匂ひわたりて、いろいろ咲ける花の上に、玉をこぼしかけたらんやうに、いとをかしく見ゆれ。見やりの山には、紅葉の色ことなるに、霜白く置きけるは、<何にてか染めつらん>と、思ひやらるれ。
(松陰中納言~「中世王朝物語全集16」笠間書院)
なほ、いみじうつれづれなれば、朝顔の宮に、「今日のあはれは、さりとも見知りたまふらむ」と推し量らるる御心ばへなれば、暗きほどなれど、聞こえたまふ。絶え間遠けれど、さのものとなりにたる御文なれば、咎なくて御覧ぜさす。空の色したる唐の紙に、
「わきてこの暮こそ袖は露けけれもの思ふ秋はあまた経ぬれど
いつも時雨は」
とあり。御手などの心とどめて書きたまへる、常よりも見どころありて、「過ぐしがたきほどなり」と人も聞こえ、みづからも思されければ、
「大内山を、思ひやりきこえながら、えやは」とて、
「秋霧に立ちおくれぬと聞きしよりしぐるる空もいかがとぞ思ふ」
とのみ、ほのかなる墨つきにて、思ひなし心にくし。
(源氏物語・野分~バージニア大学HPより)
忠度の朝臣の、西山の紅葉みたるとて、なべてならぬ枝をおこせて、むすびつけたる。
君に思ひ深きみ山のもみぢをば嵐のひまに折りぞしらする
かへし
おぼつかな折りこそ知らねたれに思ひ深きみ山のもみぢなるらむ
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
物思ひけるころ、風の荒らかにもみぢを吹くを見出して 床中の右衛門督の中女
飽かず見るもみぢ葉よりもかくばかり憂き身を誘へ木枯らしの風
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)
秋比、わつらひけるおこたりて、たひたひとふらひける人につかはしける 伊勢大輔
うれしさは忘やはする忍草しのふる物をあきのゆふくれ
返し 大納言経信
秋風の音せさりせはしら露の軒の忍ふにかゝらましやは
(新古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
旅別はこれ客(かく)のおもひ 行路(かうろ)は又友を忍(した)ふ 何(いづれ)も哀(あはれ)はかはらねど 殊にわりなく切(せつ)なるや 餞別は秋の情(なさけ)ならむ 思立より嶺の秋霧(ぎり)へだてつつ 過(すぎ)方(かた)も遠ざかれば 麓の里をよそにみて 駒(こま)なべてむかふ嵐の 跡よりしらむ横雲の たえだえ残る篠目(しののめ) 又いつかは逢坂(あふさか)の 杉の梢をすぎがてに ほのかに招くかしの薄(すすき) 見てだにゆかんと 名残をとむる関の戸を 明てもしばしやすらへど 思とがむる人もなし この山は雲に連(つらな)り 野原は煙(けぶり)のすゑ遠く 海は波を凌(しのぎ)ても 旅の情(なさけ)ぞ忍びがたき 東屋のまやのあまりに恋しければ ただかりそめの雨やどりに 立寄(たちよる)友の行摺(ゆきずり)にも いざや古郷(ふるさと)人に言伝(ことづて)ん わかぬすさみのおかしきは 主(ぬし)さだまらぬ狂妻(うかれづま)の 妻よぶ小鹿の真葛原に なれも恨(うらみ)てねをたつるや おなじ涙のたぐひならん 凡(およそ)日を続(つぎ)夜を重ね きても旅衣(たびごろも)の 露を方敷(かたしく)草枕に むすぶ契は化(あだ)ながら 思をのこす夜はの床(ゆか)に 蛬(きりぎりす)の声閙(いそがはし)き事をやげにさば嫌(きらふ)らん いまはたさびしくよはる虫 秋の霜の置あへぬね覚をすすめつつ やがて明行(あけゆく)鳥の音 そよや千種(ちくさ)百種(ももくさ)風になびき 思みだるる苅萱(かるかや) 名も睦(むつま)しき女郎花(をみなへし)の 花には誰(たれ)かめでざらむ まばらにふける板びさしに よるはすがらにねらねめや 北斗の星の前には 旅雁(りょがん)を横たへ 南楼(なんろう)の月の下(もと)には 寒衣(かんい)のきぬたの音(おと)さびし 閨月(けいげつ)の冷(すさまじ)きを愁(うれふ)るも ただ暁(あかつき)の空にあり 時しもあれや 秋の別(わかれ)をいか様(さま)にせん さるは夜寒(さむ)の風いとはしく はや長月の初(そ)三夜(や) 玉(たまに)まがふ露をみだり 弓にや似たらん三日月の 入(いる)方見ゆる山の端(は)に この心ぼそき雲間の光 蘭蕙苑(らんけいゑん)のあらしの 紫を砕(くだ)くまがきの菊 此(この)花開(ひらけ)て後(のち)は更に 花かつみかつみる色やなかるらん あの露も涙もはらひあへぬ 旅宿(りょしゅく)の秋の夕ぐれ 野の宮の秋の哀(あはれ) 秋の名残をしたひてや 伊勢まで遥(はるか)におもひおくりけむ
(「拾菓抄」旅別秋情~「早歌全詞集」外村久江・外村南都子、三弥井書店)
てならひに
たなはたも哀は空にしりにぬらん物思ひまさる秋のこゝろは
(相模集~群書類従15)
七夕まつるこそなまめかしけれ。やうやう夜寒になるほど、雁なきて來る比、萩の下葉色づくほど、わさ田刈り干すなど、とりあつめたる事は秋のみぞ多かる。又野分の朝こそをかしけれ。いひつゞくれば、みな源氏物語、枕草子などにことふりにたれど、同じ事、また今さらにいはじとにもあらず。おぼしき事いはぬは腹ふくるゝわざなれば、筆にまかせつゝ、あぢきなきすさびにて、かつやりすつべき物なれば、人の見るべきにもあらず。
(徒然草~バージニア大学HPより)
北山の辺によしある所のありしを、はかなくなりし人の領(りやう)ずる所にて、花のさかり、秋の野辺など見には、つねにかよひしかば、たれもみしをりもありしを、あるひじりの物になりてときゝしを、ゆかりある事ありしかば、せめてのことに、しのびてわたりてみれば、おもかげはさきだちて、又かきくらさるゝさまぞ、いふかたなき。みがきつくろはれし庭も、浅茅が原、蓬が杣になりて、むぐらも苔もしげりつゝ、ありしけしきにもあらぬに、植ゑし小萩はしげりあひて、北南(きたみなみ)の庭にみだれふしたり。ふぢばかまうちかをり、ひと村すゝきも、まことに虫の音(ね)しげき野べとみえしに、車よせておりし妻戸のもとにて、たゞひとりながむるに、さまざま思ひいづることなど、いふも中々也。れいの物もおぼえぬやうにかきみだる心のうちながら、
露きえしあとは野原となりはててありしにもにずあれはてにけり
あとをだに形見にみんと思ひしをさてしもいとゞかなしさぞそふ
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
白河院の皇后宮かくれさせ給ひての秋、女院の御方に参りて、ひも解き渡れる花の色々も、この秋は恨みまほしうとて 言はで忍ぶの関白
見し人はあらしに迷ふ野辺の露よもの草木のしをれだにせよ
(風葉和歌集~岩波文庫「王朝物語秀歌選」)
亀山院かくれさせ給にし比、去年の秋後深草院うせさせ給しを、又程なく哀なる御ことなと女房の中へ申送り侍とて 前大納言為兼
ふたとせの秋のあはれは深草やさか野の露も又きえぬなり
御返し 院御製
またほさぬこその袂の秋かけて消そふ露もよそにやは思ふ
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
つきの年亀山院かくれ給けるに、前大納言為兼、「二とせの秋の哀はふか草やさか野の露も亦消ぬなり」と申侍けるに 従二位為子
ふか草の露にかさねてしほれそふ憂世のさかの秋そかなしき
(風雅和歌集~国文学研究資料館HPより)
また物へまかりし道に、昔のあとの煙(けぶり)になりしが、いしずゑばかりのこりたるに、草ふかくて、秋の花ところどころに咲きいでて、露うちこぼれつゝ、虫の声々(こえごゑ)みだれあひてきこゆるもかなしく、ゆきすぐべき心ちもせねば、しばし車をとゞめてみるも、いつをかぎりにかとおぼえて、
またさらにうきふるさとをかへりみて心とゞむることもはかなし
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
さても男山ふもとの野辺に来てみれば、千種の花盛んにして色を飾り露を含みて、虫の音までも心あり顔なり、(略)
(謡曲・女郎花~岩波・新日本古典文学大系「謡曲百番」)
千種の花の色々に、秋も夜寒になるをりは、弱るか声も遠ざかる、虫の音までも一しほに、ものあはれなる有様を、心つくしてそめつらん。
(薄雪物語)
秋歌の中に 前参議雅有
こよひこそ秋とおほゆれ月影に蛬なきて風そ身にしむ
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより)
冷泉院春宮と申ける時、歌めしける中に 重之
鳴鹿の声きくことに秋はきの下葉こかれて物をこそ思へ
(玉葉和歌集~国文学研究資料館HPより
水無瀬恋十五首歌合に 藤原定家朝臣
白妙の袖の別につゆおちて身にしむ色の秋風そふく
(新古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
秋のころほひなれば、もののあはれ取り重ねたる心地して、その日とある暁に、秋風涼しくて、虫の音もとりあへぬに、海の方を見出だしてゐたるに、入道、例の、後夜より深う起きて、鼻すすりうちして、行なひいましたり。いみじう言忌すれど、誰も誰もいとしのびがたし。
(源氏物語・松風~バージニア大学HPより)
ましばふくねやの板間にもる月を霜とやはらふ秋の山里
いとゞしく露やおきそふかきくらし雨降るころの秋の山里
椎ひろふ賎(しづ)も道にやまよふらむ霧たちこむる秋の山里
鶉ふす 門田の鳴子 引きなれて 帰りうきにや 秋の山里
(建礼門院右京大夫集~岩波文庫)
秋日高尾ノ草庵ニコモリヰルアヒダ、人音(ヲト)絶エテ虫ノ音ノミサヘヅル夕ベニ、月ノ光ノ雲間ヨリサソヒ、嵐ノ声松ノ梢ニオトヅレタル心地、ナニトナク物アハレナルニ、世中アヂキナク思ヒ続ケ侍ル筆スサミニ
ウキ世ゾト仏ノ法(ノリ)ニ説クノミカ見ルコトゴトニ何カ常(ツネ)ナル
夢ノ世ノウツヽナリセバイカヾセム覚メユクホドヲ待テバコソアレ
常(ツネ)ナラヌ世ノタメシダニナカリセバ何ニヨソヘテアハレ知ラマシ
世ノ中ヲ捨テヌ身ナリト思ヒセバ常(ツネ)ナキコトモ悲シカラマシ
ハタオリモオリワヅラヒテ聞コユナリ草葉ノ上モウキ世ナラメヤ
虫ノ音モセキカネテコソ聞コユナレ過ギユク秋ノ末ヲ思ヘバ
松虫ノ千歳ゾトイフ声聞クモイマイクバクノ秋ノ末マデ
アハレ知レト我ヲスヽムル夜半ナレヤ松ノ嵐モ虫ノ鳴ク音(ネ)モ
ソノ暁キ、虫ノ音ヲ聞キテ
山寺ニ秋ノアカツキ寝覚メシテ虫トトモニゾ鳴キアカシツル
(明恵上人歌集~明治書院和歌文学大系)
八九月になりぬれば。木々のこのはもえだにとまらず。むしのこゑ++。ものおもひしりかほに。おぎふくかぜのをともそゞろさむく。たびねのかりのたよりなげなるこゑもみゝとまりて。おくやまのしかもいとゞいやめにおもひやられ。よろづあはれにこゝろぼそきゆふぐれ。くはうたいこうぐうのにようばうたち。はしをうちながめておのかどちうちかたらふ。(略)
(栄花物語~国文学研究資料館HPより)
清水山の鹿のねは、わが身の友と聞きなされ、まがきの虫の声々は、涙こととふと悲しくて、後夜(ごや)の懴法に夜ふかくおきて侍れば、東よりいづる月影の西にかたぶくほどになりにけり。(略)
みねの鹿野原のむしの声までもおなじ涙の友とこそきけ
(問はず語り~岩波文庫)
そのなげき、この思ひは、たれにうれへてか慰むべきと思へども、申しあらはすべき言の葉ならねば、つくづくとうけたまはりゐたるに、音羽の山の鹿のねは、涙をすすめがほにきこえ、即成院のあかつきの鐘は、あけ行く空を知らせがほなり。
鹿のねに又うちそへてかねのおとの涙こととふあか月の空
(問はず語り~岩波文庫)
もろこしにわたりて侍ける時、秋の風身にしみける夕、日本にのこりとまれりける母の事なと思てよめる 権僧正栄西
もろこしの梢もさひし日のもとのはゝその紅葉散やしぬらん
(続古今和歌集~国文学研究資料館HPより)
(略)まさに長き夜のねざめは、千声万声のきぬたの音も、我が手枕にこととふかと悲しく、雲井をわたるかりのなみだも、物おもふ宿の萩のうは葉をたづねけるかとあやまたれ、あかしくらして、(略)
(問はず語り~岩波文庫)
こころの澄むものは、秋は山田の庵(いほ)ごとに、鹿おどろかすてふ引板(ひた)の声、衣しで打つ槌の音(おと)
(梁塵秘抄~岩波・日本古典文学大系)
ツレ「なう村雨の聞え候。
シテ詞「げに村雨の開ゆるぞや。遠里小野の嵐やらん。
ツレ「よくよく聞けば時雨ならで。更け行くまゝに秋風の。
シテ「軒端の松に。
ツレ「吹き来るぞや。
地「雨にてはなかりけり。小夜の嵐の吹き落ちて。中々空は住吉の。処からなる月をも見。雨をも聞けと吹く。閨の軒端の松の風。こゝは住吉の。岸打つ浪も程近し。仮寝の夢もいかならん。よしとても放枕さらでも夢はよもあらじ。いざいざ砧擣たうよ。浮世の業を賎の女は。風寒しとて衣打つ。身の為はさもあらで秋の恨の小夜衣。月見がてらに擣たうよ。
シテ「時雨せぬ夜も時雨する。地「木の葉の雨の音信に。老の涙もいと深き心を染めて色々の。木の葉衣の袖の上。露をも宿す月影に。重ねて落つるもみぢ葉の。色にも交じるちりひぢの。積る木の葉をかき集め雨の名残と思はん。
(謡曲・雨月~謡曲三百五十番)
唯秋山の嵐烈く、軒ばをつたふ友となり、古宮の月さやけくして、涙の露に影を宿す、夜深しては枕に通砧の声、御寝の夢を覚し、暁かけては氷を碾車の音、老牛心を傷しむ。
(源平盛衰記~バージニア大学HPより)
時雨に染むる紅葉(もみぢ)の色、山は錦とうち見えて、庭の秋草なびきあひ、籬(ませ)の内の八重菊も、おのれおのれの色をます。暮行く空もひやゝかに、月に末野の虫の声は、更行く鐘にすだきつれ、荻の上風萩の露も、さながら心しづかなり。
(采女歌舞伎草紙絵詞~『日本歌謡集成 巻六 近世編』東京堂)
或日、天(そら)長閑(のどか)に晴れ渡り、衣(ころも)を返す風寒からず、秋蝉の翼(つばさ)暖(あたゝ)む小春(こはる)の空に、瀧口そゞろに心浮かれ、常には行かぬ桂(かつら)、鳥羽(とば)わたり巡錫して、嵯峨とは都を隔てて南北(みなみきた)、深草(ふかくさ)の邊(ほとり)に來にける。此あたりは山近く林密(みつ)にして、立田(たつた)の姫が織り成せる木々の錦、二月の花よりも紅(くれなゐ)にして、匂あらましかばと惜(を)しまるゝ美しさ、得も言はれず。
(瀧口入道~バージニア大学HPより)
(2013年7月13日の「古典の季節表現 秋」の記事は削除しました。)