夕暮れのあはれは秋につきにしをまた時雨して木の葉ちるころ(玉葉和歌集)
風さゆる浅茅が庭の夕日かげ暮るればやがてむすぶ霜かな(新拾遺和歌集)
草も木もしをれはてたる山風に夕べの雲の色ぞつれなき(新千載和歌集)
山ふかみ夕べの鐘のこゑ尽きてのこる嵐のおとぞさびしき(玉葉和歌集)
入相(いりあひ)の鐘の声さへうづもれて雪しづ かなる夕暮れの庭(伏見院御集)
夕暮れのあはれは秋につきにしをまた時雨して木の葉ちるころ(玉葉和歌集)
風さゆる浅茅が庭の夕日かげ暮るればやがてむすぶ霜かな(新拾遺和歌集)
草も木もしをれはてたる山風に夕べの雲の色ぞつれなき(新千載和歌集)
山ふかみ夕べの鐘のこゑ尽きてのこる嵐のおとぞさびしき(玉葉和歌集)
入相(いりあひ)の鐘の声さへうづもれて雪しづ かなる夕暮れの庭(伏見院御集)
草枯れてさびしかるべき庭のおもにもみぢ散りしき菊も咲きけり(風雅和歌集)
神無月木々のこの葉は散りはてて庭にぞ風のおとは聞こゆる(新古今和歌集)
庭のおもに秋見し花は霜枯れて色のちぐさに散る木の葉かな(続古今和歌集)
霜枯るるちぐさの花のまがきこそ秋見しよりもあはれなりけれ(新続古今和歌集)
夕日さす落ち葉がうへに時雨すぎて庭にみだるる浮雲のかげ(風雅和歌集)
風さゆる浅茅が庭の夕日かげ暮るればやがて結ぶ霜かな(新拾遺和歌集)
さびしさはやどのならひを木の葉しく霜のうへともながめつるかな(玉葉和歌集)
ふる里のはらはぬ庭に跡とぢて木の葉や霜のしたに朽ちなむ(続拾遺和歌集)
人めよりやがてかれにし我がやどのあさぢが霜ぞむすぼほれゆく(続拾遺和歌集)
(2009年11月30日の「冬の庭」の記事は削除しました。)
「ヤング・ジャンプ」(10/27発売)にて、マンガ「孤高の人」がついに完結しました。
原作とは違う結末で、予想を裏切られましたが、すんなりと納得できるものでした。
自己実現と愛する者――両立はできるのか? 文太郎は自己実現を優先させたのだと思っていましたが、彼は両立することをなしえたといえるのでしょう。(ああ、でも、心情的には、原作的ラストの方が、好みです。)
「孤高の人」のモデル・加藤文太郎は文章を残しており、青空文庫で「単独行」を読むことができます。(サイトは、こちら。)
そのほか、登山系の文章も、青空文庫で公開されています。(小川登喜男、辻村伊助、小島烏水、大下藤次郎、木暮理太郎、板倉勝宣、松濤明、、柴崎芳太郎高頭仁兵衛など)
ちなみに兵庫県美方郡新温泉町には、加藤文太郎記念図書館があるそうです。
もみぢ葉はみやまおろしに散りはててこずゑにのこる有明の月(松花和歌集)
をぐら山もろき木の葉の秋かぜにしぐれてのこる有明のつき(新千載和歌集)
時雨ふる山のはつかの雲まよりあまりで出(い)づるありあけの月(玉葉和歌集)
ながめつつ幾たび袖にくもるらむ時雨にふくる有明の月(新古今和歌集)
ひとり寝の涙やそらにかよふらむ時雨にくもるありあけの月(千載和歌集)
ふく風もあけがたさむき冬の夜のあさぢが霜に月ぞさやけき(続千載和歌集)
(2009年11月11日の「初冬の有明月」の記事は削除しました。)
霜落ち、木枯らし吹き初めてより庭の紅葉(もみぢ)門(かど)の銀杏(いてふ)しきりに飛びて、晝は書窓を掃ふ影鳥かと疑はれ、夜は軒を撲(う)ちて晴夜に雨を想ふ。朝に起き見れば、満庭皆落葉。眼をあぐれば、さても痩せたり楓(かへで)の梢、錦は地に散り布(し)きて梢には昨夜の凩(こがらし)に残されし二タ葉三葉四葉心細気(こころぼそげ)に朝日に光り、昨日まで黄金の雲と見し銀杏も今朝は膚(はだ)薄う骨あらはれ、晩春の黄蝶(くわうてふ)にも似たる残葉の猶此處其處に縋(すが)りつきたるもあはれなり。
※「日本現代文学全集5 徳富蘆花集」(講談社)の「自然と人生」より「晩秋初冬」の一部を抜き書きしました。