映画、『Queen』を見た。イギリスにとっての王室とはどんな存在なのだろうか、その感覚が少しだけわかった気がした。
ダイアナの事故死から湧き起こる、微妙な感情のやり取り――一度王室に入り、ドラマチックに王室を去ったプリンセス・ダイアナのスキャンダラスな死を、元親族、将来の王子となる子供たちの母親、王室のイメージを痛めつけた現代女性、、とどのような対応をしなければならないだろうか、という場面での女王の立ち振る舞いを描いている。
王室と国民は、どうあるべきだろうか―――
エリザベス女王の、1992年の言葉がある。ヨークの公爵とその夫人が離婚し、ウェールズの王子、王女も離婚し、国民感情がとげとげしくなっていた矢先、ウィンザー城が放火された年である。
国民の批判をどのように見たのか。
(王室や行政府など、国民の監視から自由であるべきではありません・・・
「But we are all part of the same fabric of our national society and that scrutiny, by one part of another, can be just as effective if it is made with a touch of gentleness, good humour and understanding.」
マスコミは何のためにあるのか、それはgentlenessとgood humour and understandingで居るためのものなのだ―――この3つの単語は、いかにも英国らしく、あの女王の口から発せられる言葉としてふさわしい。
それにしても、ダイアナはなぜあれほどの人気を集めたのか。1997年は10年前だが、私にとってはさほどショッキングなニュースではなかった覚えがある。単にそれ以前にダイアナ妃をほとんど知らなかっただけだが。
映像で流れた、彼女の国葬に参列した人の群れが非常に印象的だった。
映画としては、あっさりとしすぎていて、物足りない。トニーブレアがいい役すぎて、ユーモアがなかった。
ダイアナの事故死から湧き起こる、微妙な感情のやり取り――一度王室に入り、ドラマチックに王室を去ったプリンセス・ダイアナのスキャンダラスな死を、元親族、将来の王子となる子供たちの母親、王室のイメージを痛めつけた現代女性、、とどのような対応をしなければならないだろうか、という場面での女王の立ち振る舞いを描いている。
王室と国民は、どうあるべきだろうか―――
エリザベス女王の、1992年の言葉がある。ヨークの公爵とその夫人が離婚し、ウェールズの王子、王女も離婚し、国民感情がとげとげしくなっていた矢先、ウィンザー城が放火された年である。
国民の批判をどのように見たのか。
(王室や行政府など、国民の監視から自由であるべきではありません・・・
「But we are all part of the same fabric of our national society and that scrutiny, by one part of another, can be just as effective if it is made with a touch of gentleness, good humour and understanding.」
マスコミは何のためにあるのか、それはgentlenessとgood humour and understandingで居るためのものなのだ―――この3つの単語は、いかにも英国らしく、あの女王の口から発せられる言葉としてふさわしい。
それにしても、ダイアナはなぜあれほどの人気を集めたのか。1997年は10年前だが、私にとってはさほどショッキングなニュースではなかった覚えがある。単にそれ以前にダイアナ妃をほとんど知らなかっただけだが。
映像で流れた、彼女の国葬に参列した人の群れが非常に印象的だった。
映画としては、あっさりとしすぎていて、物足りない。トニーブレアがいい役すぎて、ユーモアがなかった。