長崎のむかし話/長崎県小学校教育研究会国語部会編/日本標準/1978年
狭いようで広い日本。一度は行ってみたい五島の再話。
むかし、夫に死なれ再婚した女の人には、ヨシという子がいて、再婚した相手にはトシという子どもがいました。女の人は、ふたりをわけへだてなくかわいがっていたので、まわりの人たちは感心していました。
ある春の日、重箱にご馳走をつめ、ふたりの子を連れて、七つ瀬に遊びにいきました。ちょうど大潮で、ずっと沖まで潮がひいていましたが、キャッという声の方を見ると、子どもより大きなタコ。
おっかさんは、わきにあった丸太ん棒をひっつかむと、死にものぐらいでかけだしました。滅多打ちにしたタコの足は七本しかありませんでした。
めずらしい大タコだったので、おっかさんは持ち帰ろうとしましたが、おなごの力ではどうにもなりません。そこで足を七つに切って運ぶことにしました。なんべんもいったりきたりしているうち、だんだん潮がみちて、遊んでいた子どもの姿が見えなくなりました。おっかさんがびっくりしてみまわすと、はるか遠い瀬の上で、腰のところまでつかって、波にのまれないように抱き合っている姿が見えました。
「トシヨイ。ヨシよい。」 おっかさんは白い脚絆の片方がやぶれ、はずれましたが、そんなことにかまっていられません。おっかさんは、波をざぶざぶわけていき、背がたたないところは泳いで、こことおもわれるところをさがしましたが、二人は見つかりません。つかれはてたおっかさんは、岸にはいあがると、気を失ってしまいました。
気を失ったおっかさんは、探しに来た人にねんごろに手当てされ、気を取り戻りしましたが、それからは毎日浜に出て、「トシ来い。ヨシ来い。戻ってこい。」と、沖の方を見て泣くのでした。
そのうち、子どもの命日がきて、二、三人の子どもが遊んでいるのをみていたおっかさんは、急に去年のことを思い出したのか、「トシ来い。ヨシ来い。」「トシ来い。ヨシ来い。」とか細い声でよびながら、着物を着たまま海の中へはいっていきました。かわいそうに、おっかさんは、二度と浜にもどってきませんでした。
それからまもなくして、七つ瀬にあった島では、「トシコン。ヨシコン。」という声がしたという。