夏のサンタクロース/フィンランドのお話集/アンニ・スヴァン・作 ルドルフ・コイヴ・絵 古市真由美・訳/岩波少年文庫/2023年
山のペイッコは、魔法使いで、もじゃもじゃのひげ、小さな目は赤みをおび、夜になると谷の奥からでてきて、小鳥や花の命をうばうのです。そして牛飼いのむすめのことが大好き。
ペイッコは、おめかして、むすめの前にすがたをあらわすと、自分の城にさそいます。そして、「きれいな部屋を十部屋と、ごうかなドレスを五十着、それにパンケーキを食べたいだけいくらでも、あげるよ」といいました。
牛飼いのむすめは首を横にふりこたえます。「部屋が十もあったてどうするの? わたしには、こんあにひろびろした広間が、ここにあるのよ。皇帝陛下だってこれより大きな部屋は持っていないわ。空が天井で、緑の草地と赤いヒースのしげみが床で、そびえる木々が壁なんだから。それからごうかなドレスなんて、欲しいと思ったことは一度もないし、パンケーキはたしかに悪くはないけれど、森で野イチゴがどっさりとれるし、かあさんがピーマ(牛乳を発酵させた、ヨーグルトのような、ちょっとすっぱい飲みもの)とパンをくれるもの」
ペイッコがほっぺたを黄色くして、「宝石をぎっしりつめた大きな箱を、いくつもあげるよ」といわれても、「石なら海辺ですきなだけひろえるもの、あんたの石なんていらないわよ」。
緑色の顔で、「すわって、のらくらしていいんだよ。もう牛飼いなんてしなくていいんだ」といわれると、「そんなのずいぶんつまらじゃない。ばかなことをいわないでよ。牛にえさをやれなくなるなんて! もうあっちへいって。いやなペイッコね。」。
ペイッコが怒りだし、「いっしょにこないなら、おまえの牛をみな殺しにしてやるぞ。おまえのかあさんがいる小屋に火をつけて、弟たちはカエルに変えてやる。」と呪文をとなえると、牛たちが悲しげな鳴き声をあげ、地面にたおれ、すがるようなまなざしでむすめをみました。
むすめが悲鳴をあげ、いっしょにいくことにすると、そこは、なんときらびやかな城。ガラスの部屋、陶器の部屋、宝石の部屋などがあって、天井が金、壁は銀でできていました。むすめは驚き、感心しましたが、「宝石や金はあっても。ここには木が一本も生えていないし、小鳥もいないのね」。
さらに、木やきれいな小鳥がいるほらあなにつれられていきますが、その鳥は、ペイッコが殺した小鳥に金メッキをほどこして色をぬり、木にのせただけでした。
ペイッコがオナガザルに踊りをさせますが、牛飼いのむすめはなきじゃくるばかり。ペイッコは、むすめを、日の光にもてらされず、月の光もさしこまない金の壁の大きな部屋にとじこめてしまいました。むすめが大つぶの金のなみだをゆかにこぼすと、壁にかすかなひびわれができて、そこからかしこそうなトカゲがあらわれました。トカゲは、いつもむすめからやさしくしてくれたむすめに、ペイッコがねむっているすきに、もっている魔法の杖を、まくらもとからぬきとって、部屋の扉をたたくようにいいます。この魔法の杖は、さわったら金に変えられてしまう杖でしたが、金なんかに心をうばわれない人間なら、さわっても平気な杖でした。
牛飼いのむすめは、杖で扉をたたき、ペイッコのもとから逃げ出しました。
でだしに、森の中の楽しそうな場面が続いています。ドレスや宝石、きらびやかな部屋などに見向きもしないむすめは、人工的なものより、自然の恵みを大事にしていました。
ペイッコは、ほかの北欧ではトロルとされているもの。