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禁煙の遠隔診療を解禁 厚労省、対面ゼロ可能に スマホ、PCを使用

2017年07月18日 23時00分24秒 | タバコ
禁煙の遠隔診療を解禁 厚労省、対面ゼロ可能に スマホ、PCを使用
2017年7月18日 (火)配信共同通信社

 スマートフォンやパソコンのテレビ電話機能などを使って医師が患者を診察する遠隔診療について、厚生労働省は15日までに、外来による禁煙治療で医師が患者と直接対面せず最初から最後まで完全に遠隔で行うことを認める通知を都道府県あてに出した。
 医師法の解釈では全ての診療は初診を対面で行うのが原則とされてきたが、遠隔による初診も可能であることを明確にした。離島やへき地、都市部など地理的条件は問わない。遠隔診療の規制を緩和する内容で、途中で受診をやめてしまうことも多い多忙な患者にとっては医療機関に出向かずに済むメリットが期待できる。処方箋や薬は配送で受け取る。
 通知は14日付で、即日適用された。禁煙外来は、喫煙者が医療機関に通い、医師の指導を受けたり薬を処方してもらったりして禁煙を目指す治療。通知は、患者が定期的な健康診断を受けており、疾患を見落とすリスクがないなどと医師が判断した場合には、対面診療をしなくても医師法に抵触しないとの見解を示した。
 ただ、完全な遠隔診療による禁煙外来には健康保険は適用されないため、保険適用の可否については今後、厚労相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)の審議に委ねる。
 禁煙外来以外の診療については、今回の通知でも完全に遠隔で実施することは認めていないが、いずれかの段階で対面診療と組み合わせる場合は、初診を遠隔で行うことも認めた。
 遠隔診療の手段として、テレビ電話だけでなく、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や電子メールなども明記した。
 遠隔診療を巡っては、政府が6月に閣議決定した規制改革実施計画で運用の弾力化を盛り込んでいた。
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「現役で日本最長寿を」 日野原重明さん語録

2017年07月18日 22時57分18秒 | 
「現役で日本最長寿を」 日野原重明さん語録
2017年7月18日 (火)配信共同通信社

 「野球で言えば、私の人生は九回から」「現役のまま日本最長寿を」―。18日死去した日野原重明(ひのはら・しげあき)さんの語録は次の通り。
 「75歳をすぎてから第3の人生が始まる。今までしたことのないことをやってみよう」(2000年9月、「新老人の会」発足式のあいさつで)
 「もう少し長生きしたら、いつかはと思っていたけれど、今回とは思わなかった」(05年10月、文化勲章受章で)
 「いのちとは、ひとりひとりが持つ大切な時間。世界や人のために何ができるか、宿題にするから考えてね」(06年5月、大阪教育大付属池田小学校で開いた「いのちの授業」で)
 「野球で言えば、私の人生は九回だが、これから一番大事な人生が始まる。(延長)十五回ぐらいまで、子どものためにやりたい」(07年4月、日本ユニセフ協会大使任命を受けた会見で)
 「まだまだゴールは遠い。これからも働き続け、現役のまま日本の最長寿を目指したい」(14年10月、103歳の誕生日に行われた講演会後に)
 「(安全保障関連法に)私は絶対反対です。日本国憲法の精神は、聖書の精神に非常に似ているところがある」(15年9月、104歳になるのを前に開いた記者会見で)
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スマートグラスで医学実習 藤田保健衛生大

2017年07月18日 22時54分10秒 | 医療情報
スマートグラスで医学実習 藤田保健衛生大
2017年7月18日 (火)配信共同通信社

 眼鏡型のウエアラブル端末「スマートグラス」で視界内に点滴などの手順を表示、医学生の実習に使う実証実験が15日、藤田保健衛生大(愛知県豊明市)で行われた。開発に当たったサン電子(同県江南市)は「テキストをめくる動作が不要となり、より本番に近い実習が可能になる」としている。
 実験では、事前に入力した説明文がスマートグラスの画面上部に表示され、医学部4年の学生が指示に従い、腕の形をした模型に点滴針を刺すなどした。
 模型から目を離さずに動作を行うことができ、学生が「次のページ」と指示するとマイクが声を拾い、次の説明に切り替わった。スマートグラスに取り付けられたカメラが点滴の様子などを撮影、別の場所にいる指導教官らがパソコンで映像をモニターした。
 学生からは「テキストをどこまで読んだか分からなくなり、混乱することがなくなった」との感想があったが「文字が視界を遮ることがあった」と指摘する声もあった。
 サン電子は端末をさらに改良、年度内に製品化する方針。コンピューター断層撮影(CT)画像を取り込み3Dで表示させるなどし、将来的には臨床現場での活用も検討したいとしている。
 藤田保健衛生大の石原慎(いしはら・しん)教授(地域医療学)は「患者から目を離さないことで安全につながる。実際の手術や訪問看護でも有用な仕組みだ」と評価している。
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大事件立ち会い挑戦続ける 患者中心の医療へ改革

2017年07月18日 22時51分01秒 | 
大事件立ち会い挑戦続ける 患者中心の医療へ改革
2017年7月18日 (火)配信共同通信社

 歴史上の大事件に何度も遭遇して、その都度危機を乗り越え、挑戦し続けた人生だった。18日死去した日野原重明(ひのはら・しげあき)さんは、100歳を超えても現役内科医として、東京の聖路加国際病院で診療に当たり、護憲の立場から平和運動にも関わるなど、国内外に大きな影響を与えた。
 年100回もの講演や、小学校での「いのちの授業」のほか執筆活動もこなし、「勇気を持って老後の生き方を選ぼう」と呼び掛け、「高齢者の星」と呼ばれた。最期まで悠々自適とは程遠い、多忙な日々を送った。
 1911年、牧師の息子に生まれ、敬虔(けいけん)なクリスチャンに。京都帝大(現京都大)の医学生の時には結核で1年休学した。病気による挫折は「患者の苦痛が分かる臨床医になるには貴重だった」と語った。
 日本の医療に残した足跡は大きい。国内でいち早く人間ドックを開設、予防医学に取り組んだ。生活習慣の改善による予防を念頭に、「成人病」の代わりに「習慣病」という新語を提唱。アジア人として初の国際内科学会会長も務めた。
 2000年に設立した「新老人の会」では、高齢者に「自立」「世界平和の実現」を呼び掛け、約1万2千人の規模の団体に育てた。「人生は後半が勝負」と訴え、自ら体現し、90歳で出版した「生きかた上手」は多くの読者の"お手本"にもなった。
 波乱に満ちた生涯でも知られる。45年3月の東京大空襲では聖路加国際病院で被災者の治療に当たり、95年の地下鉄サリン事件では陣頭指揮を執り、多数の被害者を受け入れた。「大空襲を経験し、野戦病院的な機能を持たせていた」と語った。
 70年の赤軍派によるよど号ハイジャック事件では、偶然飛行機に乗り合わせて人質になり、死を覚悟したという。「あの事件で人生観が変わった。与えられた命を人のためにささげようと思った」と振り返った。
 14年春、心臓弁膜症を患っているのが分かったが、車椅子に乗って旺盛な講演・執筆活動を続けた。近年は憲法改正の動きに危機感を表明。その頃取材した際、「憲法を変えようという勢いを止めるのは子どもたち。これからの世界を決めるのは私たちだという思いを持って乗り出してほしい」。静かながら毅然(きぜん)とした口調で語った。
 「上手にフィナーレに持っていくのが医のアート」という信念の通り、105年の人生に幕を下ろし旅立った。(共同通信記者・鈴木賢)
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