機械と融合する肉体 技術信仰に危うさも 「ネオ・ヒューマン 20××年の未来」
2017年7月28日 (金)配信共同通信社
この公園をジョギングするのは10年ぶりだ。思わぬ事故で脊髄を損傷して下半身が動かなくなり、長く車いす生活を続けてきた。半年前に思い切って手術を受けた。首の後ろに埋め込んだバイオセンサーが少し気になるが、まひした下半身に装着したパワードスーツを思うように操作できるようになった。まだ速足で歩くようなペースだが、自分の"脚"で走るのはやはり最高だ。
× ×
病気や事故で失われた体の働きをどうやって取り戻すかは大きな課題だ。バイオテクノロジーやロボット技術を組み合わせることで、装着した人の意思を読み取って動く義足や義手が実用段階に入りつつある。人間と機械が融合する未来がそこまで近づいている。
2012年、バイク事故で右足を失った男性が米シカゴの高層ビルの階段を103階まで歩いて上った。筋肉の信号を読み取って動く「バイオニック義足」のおかげだ。
スイスで昨年初めて開かれた国際競技会「サイバスロン」は、障害者によるもう一つのパラリンピックだ。ロボット義手やパワードスーツを装着し、電動車いすに乗ってさまざまな動作の速さと正確さを競う。より進んだ補助器具の開発が目的で、日本を含む25カ国のチームが参加した。
宇宙ベンチャーのスペースXで知られる米起業家イーロン・マスク氏は、脳の表面に何十億もの小さな電極を埋め込み、脳と機械を直接つなげることを目指す。義手や義足の操作が正確になるほか、小型カメラの映像を脳に伝える人工眼にも応用できそうだ。キーボードやマウスなどの入力機器を使わずにコンピューターを操作できる可能性もある。バーチャルリアリティー(仮想現実)と組み合わせれば、人の意識がネット上の仮想空間に入り込むSF映画のような世界が実現するかもしれない。
人間の肉体を強化して意識を拡張するため、技術を積極的に活用すべきだと提唱する人もいる。この思想は「トランスヒューマン主義」と呼ばれ、人類を次の段階に進化させるとの過激な主張も目立つ。極端な技術信仰に危うさが残る。
「技術の進展で人間と機械の境界はぼやけ始めている」と話すのは名古屋大の久木田水生(くきた・みなお)准教授(ロボット倫理学)だ。肉体だけでなく意識まで機械と融合するようになると「意思決定や行動がどこまで自分のものなのかが分からなくなる」と指摘。「利益は大きいが予想外の影響もある。多様な分野の専門家が国際的な議論を重ね、科学技術を民主的にコントロールする仕組み作りが必要だ」と話す。
※人体の補完と拡張
事故や病気で失われた体の機能を補う手法では臓器移植が一般的。人工多能性幹細胞(iPS細胞)などで臓器をつくる再生医療も将来の応用が期待される。一方で神経信号と連動するロボット義手や義足も実用化に近づく。筑波大発のベンチャー企業が開発した歩行用スーツ「HAL」を使って、脳卒中患者の歩行能力を回復させる臨床試験が始まっている。
2017年7月28日 (金)配信共同通信社
この公園をジョギングするのは10年ぶりだ。思わぬ事故で脊髄を損傷して下半身が動かなくなり、長く車いす生活を続けてきた。半年前に思い切って手術を受けた。首の後ろに埋め込んだバイオセンサーが少し気になるが、まひした下半身に装着したパワードスーツを思うように操作できるようになった。まだ速足で歩くようなペースだが、自分の"脚"で走るのはやはり最高だ。
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病気や事故で失われた体の働きをどうやって取り戻すかは大きな課題だ。バイオテクノロジーやロボット技術を組み合わせることで、装着した人の意思を読み取って動く義足や義手が実用段階に入りつつある。人間と機械が融合する未来がそこまで近づいている。
2012年、バイク事故で右足を失った男性が米シカゴの高層ビルの階段を103階まで歩いて上った。筋肉の信号を読み取って動く「バイオニック義足」のおかげだ。
スイスで昨年初めて開かれた国際競技会「サイバスロン」は、障害者によるもう一つのパラリンピックだ。ロボット義手やパワードスーツを装着し、電動車いすに乗ってさまざまな動作の速さと正確さを競う。より進んだ補助器具の開発が目的で、日本を含む25カ国のチームが参加した。
宇宙ベンチャーのスペースXで知られる米起業家イーロン・マスク氏は、脳の表面に何十億もの小さな電極を埋め込み、脳と機械を直接つなげることを目指す。義手や義足の操作が正確になるほか、小型カメラの映像を脳に伝える人工眼にも応用できそうだ。キーボードやマウスなどの入力機器を使わずにコンピューターを操作できる可能性もある。バーチャルリアリティー(仮想現実)と組み合わせれば、人の意識がネット上の仮想空間に入り込むSF映画のような世界が実現するかもしれない。
人間の肉体を強化して意識を拡張するため、技術を積極的に活用すべきだと提唱する人もいる。この思想は「トランスヒューマン主義」と呼ばれ、人類を次の段階に進化させるとの過激な主張も目立つ。極端な技術信仰に危うさが残る。
「技術の進展で人間と機械の境界はぼやけ始めている」と話すのは名古屋大の久木田水生(くきた・みなお)准教授(ロボット倫理学)だ。肉体だけでなく意識まで機械と融合するようになると「意思決定や行動がどこまで自分のものなのかが分からなくなる」と指摘。「利益は大きいが予想外の影響もある。多様な分野の専門家が国際的な議論を重ね、科学技術を民主的にコントロールする仕組み作りが必要だ」と話す。
※人体の補完と拡張
事故や病気で失われた体の機能を補う手法では臓器移植が一般的。人工多能性幹細胞(iPS細胞)などで臓器をつくる再生医療も将来の応用が期待される。一方で神経信号と連動するロボット義手や義足も実用化に近づく。筑波大発のベンチャー企業が開発した歩行用スーツ「HAL」を使って、脳卒中患者の歩行能力を回復させる臨床試験が始まっている。