新型コロナウイルスのパンデミックにより、これまで多くの人が楽しんできた飲食店での食事は危険な行為の1つになってしまった。だが、飲食店での感染リスクを最小限にする方法はある。「Go To Eat」キャンペーンが続く日本の飲食店にも参考になりそうだ。
とても皮肉なことだが、親密さや居心地のよさ、会話に熱中する人の集団、飲んだり食べたりしながら長い時間を過ごす——といった、飲食店の魅力的な部分が今では危険なものとなっている。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック中に飲食店で食事をすることは、特に危険な行為の1つなのだ。
その理由を理解するには、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がどのように人から人へ感染するかに関する最新の科学的知見について考える必要がある。パンデミックの当初から世界保健機関(WHO)の公式見解は、新型コロナウイルスは主に会話、くしゃみ、咳をしたときの飛沫によって広がるというものだった。しかし、エアロゾル(飛沫より微細で、煙のように空気中に漂う粒子)が、たとえ主要な要因ではないとしても、感染の重要なルートとなっていることを示す証拠が、ここ数カ月で次々と明らかになっている。エアロゾルによる感染が起こっているとすれば、報告されている新型コロナウイルス感染症のアウトブレイクのほぼすべてが室内で発生している理由もわかる。
残念なことに、一般向けのアドバイスは現実にまだ追いついていない。米国疾病予防管理センター(CDC)は、空気感染の可能性をようやく認め始めたところであり、多くの国は公式ガイダンスの中でエアロゾルについて言及していない。その結果、多くの飲食店は、最新の科学をまったく反映していないアドバイスに未だに従い続けている。清掃やフェイスシールドの着用(エアロゾルを防ぐ効果はない)に執着し、テーブルの間にアクリルの仕切りを設置している。こうした対策も多少は有効かもしれないが、さながら「パンデミック劇場」のようなもので、安全に見えても実際に防ぐ効果はほとんどない。
なぜ飲食店はそれほど危険なのか? 理由を説明しよう。第一に、レストランは騒がしい空間であることが多い。人々が大声で会話し、普段より空気を多く吐き出すため、ウイルスが含まれるエアロゾルが多くなる可能性が高い。人がどれほどの量の新型コロナウイルスを吸い込むと感染するのか、新型コロナウイルスの粒子を排出する人とどれほどの時間接すると感染するのかは、まだ正確には解明されていない。
米国疾病予防管理センターは、至近距離ならわずか15分で感染する可能性があると推定している。だがコロラド大学ボルダー校化学科で20年間エアロゾルを研究してきたホセ・ルイス・ヒメネス教授は、飲食店での感染例は「どれも30分から数時間といったかなりの時間、感染した人や感染の疑いがある人と同じ空気を吸っていました」と説明する。ヒメネス教授によると、すでに部屋を出た感染者が残したエアロゾルから新型コロナウイルスに感染することも理論上あり得るが、これに関して確認された事例はない。新型コロナウイルスは時間の経過と共に「基本的には1~2時間で」感染力を失うという。
飲食店が危険である2つめの理由として挙げられるのが、店内ではマスクを着用している人が少ないことだ。食事をする人はマスクを外すことが多い。着用したままでは飲食できないからだ。換気も非常に重要だと言われているが、この点も飲食店は不十分であることが多い。換気が不十分だと、微細なウイルス粒子は空気中を長時間漂い、そのうち誰かが吸い込むことになる。
そしてもちろん、盛況な飲食店はどこも人気があるので、店の近隣に住む住人だけでなく、ずっと遠くに住む人々まで同じ屋根の下に来て食事をする。新型コロナウイルスのように空中を浮遊する病原体が広がるのに、これ以上の環境はないだろう(おそらくクルーズ船を除いて)。そう考えると、1人が数十人にウイルスを感染させるスーパースプレッディング現象が飲食店で起こりやすくなるのもそれほど不思議ではない。実際、確認されたスーパースプレッディング事例は、どれも騒がしく、換気の悪い部屋で起こっている。その多くは飲食店だ。
10月初旬、英国公衆衛生庁は、この2カ月間に新型コロナウイルスの検査で陽性になった人は「症状が出る2~7日前の行動として最も多く報告されたのは外食」であることを発見した。スコットランド政府も、新型コロナウイルス感染症の検査で陽性反応が出た人の4分の1が前の週にレストランやパブ、カフェに行っていたことを発見した。9月、米国疾病予防管理センターは、全米の成人802人を調査し、新型コロナウイルス感染症の検査で陽性だった人が飲食店で食事をしたと報告する確率は、陰性の人の約2倍多いことがわかった。
米国疾病予防管理センターの研究論文の著者の一人であるネイサン・シャピロ教授(ベス・イスラエル・ディコネス・メディカルセンター救急医学科)は、「間違いなく、そこには関連性があります」と言う。
外食で感染する事例が増えるに伴い、パンデミックが飲食業に打撃を与えていることは間違いない。ドライブスルーやテイクアウトのオプションがある大手チェーンレストランの中には繁盛しているところもあるが、何万件もの飲食店が閉店に追いやられ、何百万人もの人々が生活に困窮する可能性がある。
外食を安全にする
こうした厳しい見通しにもかかわらず、感染のリスクを最小限にして飲食店を再開する方法がある。ペンシルベニア州立大学建築工学科のウィリアム・バーンフレス教授は「室内に人がいるときは常にリスクがあります」と言う。しかし、危険の多くは緩和できる。忘れてはいけない重要なことは、対策は1つだけは決して十分ではないということだ。安全性を高めるには、ありとあらゆる努力を可能な限り積み重ねていく必要がある。
まず、何より大事なのは、できるだけ屋外で食べるようにすることだ。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の複雑系・非線形科学センターのビョルン・ビルニル所長は、「感染のリスクは屋外と比べて室内の方が20倍高くなります」と言う。しかし飲食店の中には、地元当局から屋外席の承認を受けていない店や、北半球にもうじき訪れる冬に客が心地よく過ごすための屋外用家具やパティオヒーターを調達する資金がない店もある。
屋外席が無理なら、飲食店はもっとシンプルな対策に焦点を当てるべきだ。接客係はマスクを着用し、客もテーブルについているとき以外は着用するようにする。マスクはすべてのエアロゾルを遮断するわけではないが、いくらかは食い止められる。テーブル同士はできるだけ距離を開ける。これも完璧な解決策ではないが、他の客のグループから遠ざかるほど、彼らの吐いた息を吸い込む量は減る。ヒメネス教授は、例として受動喫煙を避けるための手段を使ってほしいと述べている。
もっと独創的な適応策もある。例えば、飲食店は音楽のボリュームを下げて、客が大声で話さないようにする必要があるとロンドンのブラッスリー「サムズ・リバーサイド」を経営するサム・ハリソンは話す。不自然に感じるかもしれないが、客は家族以外の人の斜め前に座る方がいい。日本のスーパーコンピューター「富岳」のシミュレーションでは、そうすれば向かい合って座る場合よりも届く飛沫が約75%減ることが分かっている。
外観だけで店が安全かどうか判断するのは難しい。1時間に何回換気が行われているか、一目見ただけではわからない。建築工学が専門のバーンフレス教授は、1時間あたり約6回、室内の空気をすべて入れ替えた方がよく、窓やドアを開けるだけの簡単な方法で実現できるという。高額の空気質指数コンサルタントを雇わずに1時間当たりの換気回数を計測するのは大変だが、代わりに二酸化炭素モニター(150ドルほどで購入できる)を使用するのが手っ取り早い方法の1つだ。数値が800~950ppm以下なら、おそらく十分に換気されている。
点数をつける
どの程度リスクに対処しているか知りたいと考える飲食店経営者は、セッティ(Setty)などのエンジニアリング会社やオレゴン大学またはコロラド大学ボルダー校の専門家が提供している、無料のオンライン・リスク推定サービスの1つを利用することができる。こうしたモデルは、スペースの詳細(サイズ、天井の高さ、平均占有率など)を入力すると、安全度の大まかな点数を計算できる。こうしたリスクスコアは、相対的なエアロゾル・リスクのモデリングに基づいており、基本的な計算能力と科学の理解力は必要だが、便利なツールになるだろう。バーンフレス教授は、「これらは現在私たちが使えるものの中で最高のものですが、感染した人がどれだけのウイルスを放出し、どれだけ吸入すると感染するのかについてはかなり不確かな情報に基づいています」と言う。査読済みの科学知識に基づいているが、揺るぎない真実というよりは指針として受け取るべきだ。多くの未確認の事柄に頼っているからだ(たとえば人々が正しくマスクを着用していたかどうかは分からない)。
ドアを開けるという選択肢がない場合は、空気清浄機に通すと、気流中のエアロゾルの99%以上を処理できる。全体的な暖房、換気、空調システムの一部として空気清浄機がすでに備わっている飲食店もある。そうでない場合でも、1台100ドルほどの独立型清浄機を購入し、ダイニングエリア周辺に配置することが可能だ。
最後に、少しは役立ちそうだが、見せかけのパンデミック劇場の部類にひっかかる対策を挙げておこう。検温は広く普及しているし、非常に分かりやすく、症状のある人を除外できる。ただし無症状の感染者が店舗内に入るのを防ぐことはできない。一方、テーブルの間の仕切りは、互いのくしゃみや咳を防げるかもしれないが、エアロゾル感染を防ぐ効果はない。
悲しい真実だが、コミュニティ内で大量の新型コロナウイルスが循環している限り、当然のことながら人々は外食をするのに神経質になる。それは、飲食店のオーナーにはどうすることもできない。店側にできることは、テイクアウトの食事を増やしたり、屋外席を増やしたりして適応し、生き残りを模索することだけだ。サムズ・リバーサイドのオーナーであるハリソンは、しばらくの間はパンデミック前の利益水準に戻ることはないと見ている。「我々がすぐに死ぬわけではないけど、いずれ時間の問題だろうとは思っています」。