鉄道の時代「活魚列車、ディーゼル特急、木曽王滝森林鉄道」がシネサロン&トークがあった。
場所は東京駅と有楽町駅の中間にある東京国際フォーラム。
タイトルからして相当マニアックな映画だしトークショウ。
ネットで申し込み500円。
国立映画アーカイブは古いフイルムを大量に保管してあります。
なぜかジーゼル列車はマニアに人気があります。
蒸気機関車のようにメカニカルだからかもしれない。
特急はつかりは上野から青森を10時間43分で結んだ。
私が物心ついた頃で「はつかり」はかっこいいなーと思っても、とてもじゃないが小学生だったか中学生だったか、その頃なんで時間もお金もありゃしない。
指をくわえてニュースを見ていただけ。
特急はつかりは客車列車の時代もあったんですね。
12時間といえば、ほぼ1日かかります。
昼に上野駅を出て0時20分につくなんて、、、夜行列車にでもすれば良いものを。
寝台車が足りなかったのかな。
座席車で12時間は尻が痛くなります。
所要時間を見ると12時間は、蒸気機関車に牽引されていたんでしょう。
ジーゼル特急になって10時間43分。
こだま型の電車特急になって9時間32分。
それ以上のスピードアップは在来線じゃ荷が重いので、標準軌道の新幹線を引いたわけです。
新幹線は日本の交通を大幅に変えました。
私が高校年生の時に他のクラブ員と東北の八幡平縦走しに行った時に夜行急行列車で行った。
むろん蒸気機関車で、固いシートのボックス席。
でも何とあこがれの姫と一緒の旅だった。
当時の高校生はうぶで会話がせいぜいとぎれとぎれで、マンジリもせずに夜汽車に揺られていた。
急行列車は特急よりも夜汽車のせいもあるが止まり止まりの遅い列車だった。
私達は八幡平縦走なんで山の格好で、姫たちは青森までの旅行だったので岩手のどこかで別れた。
私の山行は高校2年生のそれがきっかけになった。
世界のジーゼル列車です。
戦前からドイツではジーゼル列車で160km運行をしていた。
電気機関車ではフランスの列車が、、、実に実に速かった。
1970年代にフランスに渡ったときに200kmぐらいで、在来線の電気機関車が牽引する列車が走っているのにびっくりしました。
200km出していたかはわからないが150km以上は普通に出していた。
夜行列車でコンパートメントだと、座面を前に引き出すと背もたれが下に落ちてきてフラットになり寝台スペースになりました。
それでヨーロッパの北から南端まで夜行列車で旅しました。
その当時、新幹線にも乗っていたので、はほどの違いがないじゃないかと感激したものです。
フランス国内ではすごいスピードで走っていた列車が、スペイン内に入り国境で反対側の列車に乗り換えると、、、そこからは時速30kmから50kmのローカル線になった。同時代でEU加盟国とえらい違いだった。
戦前の日本の列車で有名なのは、満州の蒸気機関車特急のアジア号。
ジーゼル列車ではショボいものだった。
アジア号は当時の世界最高速度の130kmで運行されていた。
現在は中国、陽市の瀋陽鉄路陳列館に保存されていて、、、是非見に行きたい。
映画は古いフイルムで当時の様子が記録されていました。
はつかりがジーゼル特急に生まれ変わった頃は、日本が日の出の勢いで戦後から立ち直っていた時期。
同時に森林鉄道は木材の需要が急激に増えたので総延長がどんどん伸びて行った。
焼け跡から日本が立ち上がっていくときなんで、住宅建設に膨大な木材の需要があった。
木曽森林鉄道だけでも総延長が300kmを超えるようになった。
日本全国津々浦々に森林鉄道は敷かれていた。
私ら普通の国民は知りませんでした。
子供ちゃんだったらなおさらです。
TVがなかったし、ラジオや新聞ていどしか情報がなかったのだ。
これだけでどこかの国の線路の総延長に匹敵します。
本線と支線が入り乱れていたが、今は全路線使われなくなった。
線路が道路に変わったのです。
森の中に文明は鉄路で運ばれてきた。
床屋さん列車まであった!
面白いですね。
懐かしい時代です。
月曜シネサロン
鉄道が大好きな方はぜひ見に行ってください。