昨日からの続き。
蕎麦掻が蕎麦切りに発展したのは、主に江戸での話で、
田舎は、多分逆輸入ではないかと思われる。
蕎麦打ちの技術も、そこで洗練されていき、今の形に
なったのではないか。
つまり、手打ち蕎麦の本場は東京で、田舎は蕎麦を栽
培していると言う意味で蕎麦の本場、という風に言え
るのではないか。
では、何故、日本全国蕎麦を作ってるところがありな
がら、信州だけが蕎麦どころ如く言われるのか。
地形的に、蕎麦に適した高原地帯が多いと言う事実も
あるが、小林一茶の句が大きかったのではないか。
「信濃では 月と仏と おらが蕎麦 」
今となるとこれも立派なコピーだ。
完全に宣伝文句だもの。
他にも一茶ではないが
「信州信濃の新蕎麦よりも、わたしゃあなたのそばが
いい」
なんてものもある。
これだけ有名なコピーに接していれば、自ずとイメー
ジが定着するわけだ。
実際、今の蕎麦屋の状況を見ると、評判の良いところ
は、東京のどこそこで修行したとか、一茶庵系であっ
たりと、地元系というのは少ない。
そばつゆに関しても、地元系よりメジャー系の方が洗
練されているしと、味的にもそちらの方が上、と思わ
れる。
ただ、もし、蕎麦は洗練されているものより、素朴な、
喉越しが少々悪くてぼそぼそしていても、蕎麦の香り
が強い方が好き、ということになれば、それはそれで
満足させる店と言うのは田舎には多い。
結局、どういう蕎麦を求めてるのかで結果は変わる。
最後に一般的法則として。
幹線沿いの店と言うのは、どこも似たようなもので、
これだと言う店は少ない。
そして、大きな店で良い店と言うのも少ない。
つまり、漠然と入って当たりとなる確立は、極めて少
ないと言うことだ。