本日、地元ではマラソン大会(諏訪湖マラソン)が行
われる。
それに参加すべく、学生時代の友人がわざわざ神奈川
から来た。
しかも、娘を同伴で。
年頃の娘と親父が一緒に走る、これって結構世の親父
どもの夢だったりするのではないか。
とりあえず、コミュニケーションが取れている証なの
だろう。
今時、珍しい光景、と思う。
マラソンを全くしない自分からすると、本当ご苦労さ
んの世界なのだが、やるほうからすると楽しみなのだ
から、余計なお世話というものだろう。
考えてみると、今まで長距離を走ったのは、高校のと
きに100キロ強歩というもので走ったのが唯一だ。
これは、最初の十数キロを走って、後は歩いたり走っ
たりと、夜中の睡魔との戦いがポイントの、今から思
うと酔狂なイベントであった。
確か、昼の三時ごろスタートで、早い人間だと走りっ
ぱなしで十時間ほど。
一般生徒である私の場合、翌朝の八時ごろの到着だっ
たと記憶している。
何箇所かに関門があり、それぞれ制限時間が設けられ、
脱落していく生徒は脱落していくというもの。
いやになれば、自らギブアップ宣言して止められるの
だが、必ずその前に尻をたたかれ、大体は、しぶしぶ
次の関門に向け歩き出すといったことになる。
今のように、高性能のジョギングシューズなど無い時
代、最初のランニングで豆だらけになる。
それがつぶれて、その下から新たな豆が、といった過
酷と言えば過酷な強歩であった。
両足で、十五六できたと思う。
そうなると靴が履けないので、ビーチサンダルのよう
なゴムぞうりを履いた。
あんなもので、ぺたぺた歩いたり走ったりしたのだか
ら、長閑と言えば長閑だ。
実際、当時は夜中に車など走ってなかった。
その代わり街灯も無かったので、完全に闇の世界だ。
その時聞いた、ウマオイの鳴き声は今でも覚えている。
それと、突然闇の中から聞こえた赤ちゃんの泣き声も。
ホラーですね。
どういう訳か、最後の五キロくらい再び元気になって
走ってゴールして終わったのだが、あれも一種のラン
ナーズハイだったのだろうか。
しかも、そこで七八人抜いて良い気持ちになってるん
だから、幸せというものである。
最後に、このイベントの趣旨である、「苦しいことを
乗り越えることによって自信を植えつける」に関して
は、いまだに実感するに至ってないことをここに報告
する。
われる。
それに参加すべく、学生時代の友人がわざわざ神奈川
から来た。
しかも、娘を同伴で。
年頃の娘と親父が一緒に走る、これって結構世の親父
どもの夢だったりするのではないか。
とりあえず、コミュニケーションが取れている証なの
だろう。
今時、珍しい光景、と思う。
マラソンを全くしない自分からすると、本当ご苦労さ
んの世界なのだが、やるほうからすると楽しみなのだ
から、余計なお世話というものだろう。
考えてみると、今まで長距離を走ったのは、高校のと
きに100キロ強歩というもので走ったのが唯一だ。
これは、最初の十数キロを走って、後は歩いたり走っ
たりと、夜中の睡魔との戦いがポイントの、今から思
うと酔狂なイベントであった。
確か、昼の三時ごろスタートで、早い人間だと走りっ
ぱなしで十時間ほど。
一般生徒である私の場合、翌朝の八時ごろの到着だっ
たと記憶している。
何箇所かに関門があり、それぞれ制限時間が設けられ、
脱落していく生徒は脱落していくというもの。
いやになれば、自らギブアップ宣言して止められるの
だが、必ずその前に尻をたたかれ、大体は、しぶしぶ
次の関門に向け歩き出すといったことになる。
今のように、高性能のジョギングシューズなど無い時
代、最初のランニングで豆だらけになる。
それがつぶれて、その下から新たな豆が、といった過
酷と言えば過酷な強歩であった。
両足で、十五六できたと思う。
そうなると靴が履けないので、ビーチサンダルのよう
なゴムぞうりを履いた。
あんなもので、ぺたぺた歩いたり走ったりしたのだか
ら、長閑と言えば長閑だ。
実際、当時は夜中に車など走ってなかった。
その代わり街灯も無かったので、完全に闇の世界だ。
その時聞いた、ウマオイの鳴き声は今でも覚えている。
それと、突然闇の中から聞こえた赤ちゃんの泣き声も。
ホラーですね。
どういう訳か、最後の五キロくらい再び元気になって
走ってゴールして終わったのだが、あれも一種のラン
ナーズハイだったのだろうか。
しかも、そこで七八人抜いて良い気持ちになってるん
だから、幸せというものである。
最後に、このイベントの趣旨である、「苦しいことを
乗り越えることによって自信を植えつける」に関して
は、いまだに実感するに至ってないことをここに報告
する。