パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例の動画を持ち寄り,症候や診断を議論するVideo Challengeです.16症例の提示があり,オンデマンドでの参加でしたが,2時間30分の楽しいカンファレンスでした.恥ずかしながら16症例中,私が診断を即答できたものは2症例だけでした!ただ解答を見るとその理由がわかると思います.いずれにしても診断にたどり着くための新しいアプローチを学ぶことがこの企画の目的だと思います.それは
『適切に評価した症候からkey word searchで疾患を絞りつつ,孤発例であっても遺伝性疾患の可能性,変性疾患様であっても自己免疫疾患の可能性を残しつつ,エクソーム解析・全ゲノム解析とcell-based assayを用いて,治療可能な常染色体潜性遺伝性疾患と自己免疫疾患を見逃さずに診断する』というものです.出発点は症候を適切に評価できる臨床力(phenomenology)を磨くことです.近道はたくさんの運動異常症の動画を見ることに尽きます.そして日本の課題は,これから紹介するオーストラリア,中国,マレーシア,イタリアの症例で出てきたようなエクソーム解析・全ゲノム解析や,商業ベースで測定できない自己抗体をどうするかだと思います.
◆Case 1 – USA
【症例】11ヶ月の男児.睡眠中に舌を噛むことを主訴に受診.生後9ヶ月から舌からの出血を認めた.夜間,舌を噛む頻度は増え,20分おきに目を覚ますようになった.また両親は舌の先端が噛み切れて欠損していることに気づいた.食欲低下,体重減少,発語減少,易怒性を認めた.神経診察では睡眠中の下顎の細かい振戦様運動.脳波,頭部MRI異常なし.常染色体顕性遺伝の家族歴.
【解答】
Hereditary geniospasm with associated recurrent nocturnal tongue biting (RNTB). Geniospasmのgenioはオトガイの意味で,chin trembling とも呼ばれる.Geniospasmの9%でRNTBが報告されている.生後9-18ヶ月で生じ,発育とともに減少する.機序不明.治療としてクロナゼパム内服やボツリヌス注射が行われ,舌咬傷,体重,発語は改善した.
◆Case 2 –Australia(銀メダル受賞)🥈
【症例】16歳男性.血族婚なし.両親無症状.14歳から転倒,服のボタンがとめにくい,学業成績低下,球技や水泳困難.祖父DLB.神経学的に眼球運動失行(注視の際にhead thrustを伴う),運動緩慢,構音障害,上下肢軽度の筋強剛,書字困難,軽度の失調歩行.脳脊髄液正常.頭部MRIでは尾状核>被殻のT2高信号・萎縮.全エクソーム解析異常なし.
【解答】
若年性ハンチントン病(74リピート).若年性(21歳未満)はHDの5%未満.若年発症齢は舞踏運動よりもジストニア,筋強剛,小脳性運動失調,認知機能障害,精神症状を呈する.眼球運動はサッケード開始の障害を認め,緩徐,hypometriaで,固視や眼球運動制限を認める(本例も2年後に眼球運動障害,球麻痺,痙性が出現した).画像では尾状核,被殻に加え,小脳,淡蒼球に異常を呈しうる.
◆Case 3 - Australia
【症例】姉妹例.小児期より低トーヌス,運動発達遅延,軽度認知機能障害,上肢振戦,構音障害,下肢痙性.青年期より車いす,振戦の増悪(開口したままの頸部振戦;No-no type,上肢の振戦),全身性ジストニア,小脳性運動失調,アナルトリー,嚥下障害.頭部MRIでは髄鞘の低形成,顕著な萎縮.
【解答】
H-ABC症候群(Hypomyelination with atrophy of the basal ganglia and cerebellum).2002年に提唱された,基底核と小脳の進行性萎縮と著明な髄鞘化不全を呈する稀な白質脳症.本例はTUBB4A遺伝子変異(Ala314Thr)を認めた.TUBB4A遺伝子関連疾患としてはH-ABC症候群,髄鞘化不全,ジストニア単独が知られている.髄鞘化不全を呈する白質脳症にはPelizaeus-Merzbacher病,18q-症候群等がある.
◆Case 4 – 中国
【症例】58歳男性.46歳からの失調歩行,構音・嚥下障害,下肢の筋強剛.54歳;車椅子,自律神経障害(OH,勃起障害,尿閉).56歳;疲労,アパシー,体重減少.57歳;下肢の進行性クランプ.家族歴なし.既往歴:46歳鼻咽頭腫瘍,57歳繰り返す尿路感染症による敗血症.小脳性運動失調+自律神経障害+錐体路徴候.認知機能正常.頭部MRIで小脳萎縮(左に強い),hot cross bun sign.FDG-PETで左小脳半球低代謝.
【解答】
オリーブ橋小脳(OPC)型X連鎖性副腎白質ジストロフィー(X-ALD).疲労,アパシー,体重減少,敗血症からアジソン病を,神経症候の合併からX-ALDを疑った.極長鎖脂肪酸の増加と全ゲノム解析からABCD遺伝子変異(Gly512Ser)を認めた.OPC型X-ALDはX-ALDの1-2%程度.MSA-Cの新しい鑑別診断として,RFC1遺伝子関連スペクトラム障害,Homer-3抗体関連疾患に加えOPC型X-ALDも認識する.
◆Case 5 – India(銅メダル)🥉
【症例】16歳女性.14歳から背中を後屈させるような歩行(ジストニア;リンボーダンス様),姿勢保持障害と後方への転倒.以後,書字障害,発語障害も出現.右運動緩慢,腱反射亢進.頭部MRI(SWI)にて淡蒼球における鉄の沈着.
【解答】
Childhood striatonigral degeneration(VAC14遺伝子Val66Met, Ala582Ser).常染色体潜性遺伝.VAC14遺伝子関連神経変性症は,小児・若年発症ジストニア-パーキンソニズム,全身性ジストニアなどを呈し,進行性で,発熱性疾患で増悪する.頭部MRIではT2で線条体の高信号,SWIで淡蒼球,黒質の異常を認める.L-DOPAや抗コリン薬がある程度有効.若年のジストニア-パーキンソニズムで,特徴的な歩行とSWIでの異常を認めたらVAC14遺伝子変異を確認する.
◆Case 6 – Malaysia
【症例】21歳女性.11歳時に全般てんかん.15歳時に顕著な高血圧(PRESも経験.2次性高血圧の原因検索で腎障害を認める以外異常なし),軽度の認知機能障害.12-13歳からの肩,頸部,両上下肢,体幹のミオクローヌス(皮質性ミオクローヌス?),軽度の歩行障害.同胞にもミオクローヌスあり.脳波で間欠的なdiffuse generalized spikesを認める.血漿アミノ酸分析:プロリン1274 micro-m/L(88-290).
【解答】
高プロリン血症1型(HP1).全エクソーム解析でPRODH遺伝子変異(Leu441Proホモ接合).HP1は常染色体潜性遺伝形式のプロリン代謝異常症で,HP1はproline dehydrogenase欠損により生じる.腎障害,難治てんかん,精神発育不全,統合失調症に加え,hyperkinetic movement disorderも呈する.プロリン制限食による食事療法を行う.
◆Case 7 – Thailand(金メダル)🥇
【症例】58歳男性.2ヶ月の経過で急速進行性の小刻み歩行,すくみ足,突進現象.上肢運動緩慢.振戦やRBD,嗅覚障害,認知機能障害なし.既往歴として脳転移(1箇所)を伴う膀胱がん(Atezolizumabにて治療中).頭部MRIにて両側基底核から皮質下白質にかけて辺縁不明瞭なT2高信号病変(造影効果なし).
【解答】
免疫チェックポイント阻害剤(ICI)による亜急性進行性パーキンソニズムを伴う線状体脳炎.Atezolizumabの中止,ステロイドパルス療法,L-DOPA開始により徐々に改善した.AtezolizumabはPDL1を標的とするICI.日本ではテセントリクの商品名で使用されている. ICIの神経合併症(脳炎,無菌性髄膜炎,MG,感覚運動ニューロパチー,下垂体炎など)は2~12.6%.脳炎では限局性脳炎(辺縁系脳炎ないし辺縁系以外の脳炎)と髄膜脳炎症候群が知られる.初回ないし2回めの治療で生じやすい.Atezolizumabによる脳炎は5例とまれで,運動異常症は初の報告.
◆Case 8 – USA
【症例】36歳女性.全身性ジストニアを呈した.小児期に奇形症候群の一つ,Russel Silver症候群と診断されていた(子宮内発育遅延,身体左右非対称,低身長,性腺発育不全,逆三角形の顔貌).小児期に頸部の右ないし前方への屈曲,10代で右手足の不随意運動(ミオクローヌス,下肢ジストニア)が出現し,進行性に増悪.
【解答】
KMT2B遺伝子変異(Glu1403Gly).下肢から始まる全身性ジストニア(頭頸部,喉頭を含む)を呈する.しばしば精神発達遅延,低身長,microcephalyを伴う.Russel Silver症候群と診断されてきた症例の中に含まれている可能性がある.
◆Case 9 – Switzerland
【症例】30歳男性.気晴らしで使用する麻薬歴(レクリエーショナルドラッグ)あり.1ヶ月前から行動変容,尿意切迫,2週前から右上肢の舞踏運動~バリズム.さらに複視,左片麻痺,アパシー,意識障害.頭部MRI脳幹や尾状核の異常信号(造影効果あり).脳生検:マクロファージ浸潤を伴う脱髄が特徴的(CD3リンパ球を少量伴う).
【解答】
レバミゾール(levamisole)による白質脳症.レバミゾールは線虫駆虫薬の1種だが,ストリートドラッグのコカインには,コストを減らしたり薬物を使いやすくする目的で添加されている.ヒトでも過去に化学療法補助薬として認可されたことがあるが,血管炎などの重篤な副作用で取り下げになった.多発炎症性白質脳症もきたし,MSやADEMと誤診される.
【Phenomenology】
◆Case 1 – Switzerland
【症例】58歳女性.体重減少,夜間のいびきと日中過眠,うつ,舌のリズミカルで緩徐な不随意運動,舌の機能障害はなし.
【解答】
IgLON5抗体関連疾患に伴う舌のミオリズミア
◆Case 2 – 英国
【症例】58歳女性.急性発症した舌と咽頭の痛み.舌のジストニアと運動障害,流涎,構音・嚥下障害.
【解答】
右舌基底部の扁平上皮癌.舌の運動異常症が,錐体外路障害によるものとは限らないという教訓的な症例.
◆Case 3 -?
【症例】6歳女児.2ヶ月半前から認知機能障害と周期性に口を開くような動き(ミオクローヌス)を呈した.脳波では周期性同期性高振幅徐波結合を認める.
【解答】
亜急性硬化性全脳炎(SSPE)Jabbour Ⅳ期.日本では患者数は150人程度,年間の新規発症者数は5~10例と非常にまれだが,認識しておくべき疾患.Jabbour stageは4期に分かれ,Ⅳ期が最重症.
◆Case 4 –?
【症例】15歳男性.遺伝性感覚自律神経ニューロパチー.COVID-19罹患に伴いautonomic crisisをきたし,食道損傷を生じた.食道ステント,メロペネムを含む抗生剤にて治療.その後,顔面のミオクローヌスが出現.
【解答】
カルバペネム系抗生剤によるミオクローヌス.抗生剤の中止後2日目には完全に消失した.
◆Case 5 –Netherland
【症例】39歳女性.16歳発症,26歳から車椅子.35歳oscillopsia(動揺視).ジストニアによる頸部後屈,構音障害,上肢のspastic ataxia,振戦,舞踏運動,下肢の高度の痙性対麻痺,振動覚障害.眼球運動ではmacro-saccadic oscillationsを認める.
【解答】
macro-saccadic oscillationsを伴う常染色体潜性遺伝複合型痙性対麻痺(VPS13D遺伝子変異)
◆Case 6 – Italy
【症例】50歳男性.両親は血族婚.34歳全般発作.その後,認知機能低下.歩行障害(パーキンソニズム,トーヌス低下による膝折れ),全介助.頭部MRIでは尾状核萎縮.
【解答】
VPS13A遺伝子変異の新規ホモ接合.全エクソーム解析.舞踏運動を伴わずにパーキンソニズムを主徴とした有棘赤血球舞踏病.病理学的には黒質は保たれていることが報告されている.
◆Case 7 – France
【症例】70歳男性.67歳から30分から1時間来る返す間欠的な激しい上下肢の不随意運動(一見すると機能性運動異常症のように奇妙).空腹時に生じる.発汗や混迷を伴う.
【解答】
インスリノーマ.