Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Long COVIDに立ち向かう@#医学界新聞 座談会

2021年12月20日 | 脳血管障害
本日発行の医学界新聞に,私が司会をさせていただき,コロナ後遺症専門外来を担当されておられる髙尾昌樹先生(国立精神・神経医療研究センター病院 臨床検査部・総合内科 部長),そして急性期から後遺症まで長期的な患者フォローを行っていらっしゃる石井 誠先生(慶應義塾大学医学部 呼吸器内科 准教授)と行ったLong COVIDに関する座談会を掲載いただきました.下記のリンクから全文アクセス可能です.ぜひご覧いただければと思います.
Long COVIDに立ち向かう

【議論の内容】
◆知られざるLong COVID患者の苦悩
◆診療を難しくする多様な症状
◆現在有力なメカニズムの仮説
◆診断・治療の指標開発が急務
◆患者に寄り添い,All Japanでの対応を







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RFC1遺伝子関連疾患は小脳と感覚神経だけの疾患ではない.

2021年10月25日 | 脳血管障害
回診でRFC1 (replication factor C1)関連遺伝子疾患の画像について議論になりました.この疾患は,原因遺伝子RFC1のイントロンに,両アレル性AAGGGリピート(ペンタヌクレオチドリピート)の異常伸長を認めます.代表的な表現型はCerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome(CANVAS)で,両側の前庭機能障害,小脳性運動失調,感覚神経障害を主徴としますが,慢性咳嗽を呈したり,パーキンソニズムや自律神経障害を呈して多系統萎縮症(MSA)類似の表現型を示したりします(Ann Neurol. Sep 16, 2020.doi.org/10.1002/ana.25902).その他,姿勢保持障害,水平方向サッケード低下,舞踏運動,ジストニアも呈します(Neurology. 2021;96:e1369-e1382;図1).問題の画像所見については2つの論文に注目したいと思います.



◆最近,Neurology誌に報告された研究では,中央診断を行った31人(罹患期間範囲0~23年)において,小脳萎縮は最も特徴的な所見であるものの必発ではなく(28/31名;90%;図2A),小脳半球よりも虫部に多く認めた(70%対87%).89%の患者では軽度~中等度の萎縮であったが(図2B),一部では罹患期間10年で高度の小脳萎縮を来した(図2C).しかし罹患期間20年で小脳萎縮を来さない症例もあった(図2D).つまり小脳萎縮の程度は罹病期間によらないことが示唆される. その他の所見として,主に頭頂葉に目立つ大脳萎縮を42%で,脳幹萎縮を13%,大脳基底核(淡蒼球)の信号異常(図2G)を6%で認めた.大脳萎縮に影響する因子は高齢で,脳幹萎縮に影響する因子は罹病期間であった.つまり疾患に直接関連しているのは脳幹萎縮と考えられた.脳幹萎縮は,嚥下障害,尿意切迫・尿閉,垂直および水平方向サッケード低下と関連していた.
Neurology. 2021 Mar 2;96(9):e1369-e1382. doi: 10.1212/WNL.0000000000011528.



◆最近のMov Disord誌に本症の脳障害の構造的特徴について報告された.22名の患者(平均年齢62.8歳,罹患期間10.9年)と同数の健常対照に対し3T MRIを実施し,大脳灰白質と白質,小脳を比較した.症状としては,運動失調,感覚障害,前庭反射障害のほか,パーキンソニズムや錐体路徴候も認めた.画像解析では,広範囲かつ比較的対称的な小脳と基底核の萎縮を特徴とすること,脳幹はすべての部位で体積減少が認められること,大脳白質(主に脳梁)が傷害される一方,大脳皮質の損傷はむしろたもられることが分かった.
Mov Disord. 2021 Jul 9. doi: 10.1002/mds.28711.



以上のように,RFC1遺伝子関連疾患は純粋に小脳や感覚神経のみ侵される疾患ではなく,大脳基底核や大脳深部白質も障害が及ぶことが示されています.


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新しい時代の脳神経内科診療を垣間見たMDS Video Challenge

2021年09月24日 | 脳血管障害
パーキンソン病・運動障害疾患コングレス(MDS)の目玉企画は,世界各国の学会員が経験した症例の動画を持ち寄り,症候や診断・治療を議論するVideo Challengeです.最も興味深く,チャレンジングなプレゼンには金・銀・銅メダルが与えられます.選考対象となった9症例と,聴衆がチャットで診断を議論する”Chatlenge”の6症例の計15症例,4時間の重厚なカンファレンスでした.恥ずかしながら15症例中,私が診断を即答できたものは2症例だけでした!つまり従来の知識・アプローチでは歯がたたないのです.おそらく下図の診断名を見ると無理からぬことと仰っていただけると思いますが,衝撃的であることは半分近い症例が何らかの治療ができることです.言い換えると新しいアプローチを身につけなければ治療ができる疾患を見落とすということです.新しいアプローチとは『症候からkey word searchで疾患を絞りつつ,孤発例であっても遺伝性疾患の可能性,変性疾患様であっても自己免疫疾患の可能性を残しつつ,whole genome sequencing(WGS)とcell-based assayを用いて,治療可能な常染色体劣性遺伝性疾患と自己免疫疾患を見逃さずに診断する』ということだと思います.とくに後者はさらに続々と自己抗体が見いだされると思いますし,その抗体に関連する多彩な臨床像の理解が不可欠になると思います.膨大な知識が求められますので,診断にAIも必要になると思います.薄々感じていましたが,脳神経内科の先端診療はそういう時代に入ったのだと思います.



◆Case 1 – Australia
【症例】13歳男性.7歳から歩行障害,徐々に悪化.軽度の認知機能低下,言語障害.視神経萎縮による視力低下,眼球運動障害.姿勢保持障害,運動緩慢,小脳性運動失調,ジストニアを認める.日内変動あり.家族内類症あり.髄液ビオプテリン↓HVA↓頭部MRI正常.
【解答】AFG3L2(AFG3 Like Matrix AAA Peptidase Subunit 2)遺伝子変異(WGSで同定).ミトコンドリア膜に存在する遺伝子.mitochondriocytopathyとneurotransmitter disorderの両者の特徴を持つ.多彩な表現型を示す.SCA28,SPAX5,SPG7の原因遺伝子でもある.

◆Case 2 –Italia
【症例】34歳男性.家族に感音性難聴,てんかん.本人は発育遅滞,薬剤抵抗性てんかん(重積発作),巨頭症.9歳で歩行不可.ADHD.発作性の運動異常症を認め,全身性進行性ジストニア,ミオクローヌス,舞踏運動を呈する.低トーヌス.大きな耳,下顎発育不良,下口唇突出.
【解答】GNB1遺伝子変異.2016年に新規に発見された疾患.常染色体優性遺伝形式だがde novo変異が多い.姿勢保持障害,運動緩慢.G-protein subunit disorder,つまり3量体Gタンパク質のβサブユニットをコードする遺伝子であり,Gタンパク質共役受容体の直下で機能する.

◆Case 3 - UK
【症例】46歳女性.父,多発性硬化症.母,がん.30歳代から手と声の振戦(間欠的に出現). 13歳から片頭痛.17歳左手脱力.23歳半盲を伴う高度頭痛→ステロイド点滴で改善.27歳強直間代発作.姿勢時ミオクローヌス,ジストニア,上肢失調,認知機能低下.腱反射亢進.極長鎖脂肪酸解析でプリスタン酸↑.頭部MRI,中脳,橋,視床に異常信号.
【解答】WGSにてAMACR遺伝子変異(2-Methylacyl-CoA racemase:AMACR欠損症).ペルオキシソーム病のひとつで食事制限により治療可能.乳児期に肝障害,脂溶性ビタミンの欠乏を来すタイプと,成人発症の感覚運動ニューロパチーに網膜色素変性,性腺機能低下,てんかん,発達遅滞,再発性の脳症などを伴うタイプがある.

◆Case 4 – Portugal
【症例】59歳男性.家族歴;母と子供に振戦.発作性・周期性の1-5秒間の上肢筋攣縮(periodic dystonic spasm→slow periodic myoclonusというもの).徐々に増悪.歩行障害(高度の小歩症)と転倒(L-dopa抵抗性パーキンソニズム).球麻痺.喉頭喘鳴.皮質下性認知症.寝たきり.頭部MRIで白質変化と多発microbleeds.アミロイドPET陽性.ステロイドパルス有効.
【解答】CAA-related inflammation(病理学的裏付けはなし).slow periodic myoclonusはSSPEや重症Wilson病で報告がある.

◆Case 5 - Portugal
【症例】50歳女性.発育遅滞.巨頭症.歩行障害,認知障害.15歳で杖つき歩行.30歳痙性を伴う片麻痺.40歳寝たきり.安静時振戦.Dopa-responsive parkinsonism.頭部MRI T2WI;皮質下白質高信号.尾状核・被殻低信号,淡蒼球点状高信号.血清リシン↑.弟;発育遅滞.てんかん.歩行障害,認知障害,パーキンソニズム.
【解答】L2HGDH遺伝子変異(L-2-ヒドロキシグルタル酸尿症).尿中・髄液L-2-ヒドロキシグルタル酸↑血清リシン軽度↑.本邦でも報告例あり(山田ら.臨床神経 2013;53:191-195).「3例はいずれも小児期から知的障害を指摘されていたが,30~40代ごろから進行性のジストニアをみとめたことを契機に代謝検査を受け,尿中への2-ヒドロキシグルタル酸の異常排泄をみとめ診断された.このうち一人は診断にいたるまでに知的障害の増悪があり,他の二人もジストニアが増悪し歩行困難となった」

◆Case 6 – Chile
【症例】10歳女子.18ヶ月で姿勢異常(ジストニア).3歳嚥下障害→胃ろう.てんかんなし.家族歴なし.全身性・進行性の強い捻転ジストニア.髄液正常.頭部MRI;テント上大脳白質のびまん性多発石灰化.
【解答】WGSでADAR遺伝子変異(Aicardi-Goutieresエカルディ・グティエール症候群6型).AGS関連遺伝子のいずれかの異常による単一遺伝子性の自己免疫疾患.この遺伝子にはADARを含む7遺伝子が報告されている.常染色体劣性遺伝形式が主.ジストニアに対しDBSが有効だった.

◆Case 7 – Thailand(銀メダル)
【症例】87歳男性.糖尿病.3ヶ月前から眠らなくなる(概日リズム障害),高度の睡眠時随伴症(REM/NREMパラソムニア).2ヶ月前から幻視,認知機能低下.1週前から進行性小脳性運動失調.
【解答】LGI1抗体関連脳炎.IVIGとステロイドパルス療法で改善.典型的には認知症+FBDSを呈するが,非典型例で小脳性運動失調やstatus dissociatus(きわめて高度のREM/NREMパラソムニアと覚醒状態を認める睡眠障害)を呈する.本症ではstatus dissociatusを23.8%に認めるという報告もある.中国からもほぼ同じビデオ症例の応募があった.ちなみにstatus dissociatusは視床のGABAergic circuitの病変で生じ,疾患としてはFFI,振戦せん妄,Morvan症候群,NMDAR脳炎で報告されている.

◆Case 8 – Spain(銅メダル)
【症例】29歳女性.Skew deviation,小脳性運動失調にて発症.髄液細胞数18,蛋白78.頭部MRI上部脳幹異常信号.DATスキャン高度↓ステロイドパルスにて一度改善したものの,亜急性の進行性パーキンソニズムを呈した.L-dopaは有効であった.しかし短い治療期間中にwearing offとジスキネジアを呈した.
【解答】CASPR2抗体関連パーキンソニズム.典型的には高齢発症辺縁系脳炎やMorvan症候群(Isaacs症候群+大脳辺縁系障害(不眠,記銘力障害など),自律神経障害)であるが,非典型例ではL-dopa responsive parkinsonismを呈する.しかもごく短期間のうちに,パーキンソン病治療の全期間の経過を真似る.Autoimmune parkinsonismとしてCASPR2抗体関連脳炎は念頭に置くべき.

◆Case 9 – India(金メダル)
【症例】35歳男性.全身性強直間代発作にて発症.以後,3-4年の経過で潜行性に進行する小脳性運動失調,痙性,右手の局所性ジストニア,自律神経障害,難聴を呈した.頭部MRI;軽度の小脳虫部萎縮.髄液細胞数264,蛋白523.真菌陰性.
【解答】Isolated neurobrucellosis(神経型ブルセラ症).人畜共通感染症.ドキシサイクリンとRFPで改善した.難聴は本症を疑うポイント.脳神経麻痺,多発神経根症,対麻痺など多彩な所見が見られる.

【Audience chatlenge】
◆Case 1 - Canada
【症例】19歳男性.発育遅滞,振戦,運動失調,パーキンソニズム.
【解答】KCNN2(Potassium Calcium-Activated Channel Subfamily N Member 2)遺伝子変異.

◆Case 2 - USA
【症例】59歳男性.2年の経過で失調歩行,転倒.脱抑制,興奮,失行.姿勢時振戦,Romberg徴候陽性.骨シンチで腎周囲集積.
【解答】Erdheim-Chester病.非ランゲルハンス細胞性組織球症の一型.骨,中枢神経系,心血管系,肺,腎臓,皮膚などを侵す.骨痛や中枢神経症状(約5割),尿崩症による多飲多尿,黄色腫,眼球突出など.

◆Case 3 - Turk
【症例】34歳女性.血族婚.進行性言語障害,認知障害,じっとしていられない.Stereotypy.尿失禁.治療抵抗性.踵や手首の痛みとX線での多発性骨嚢胞.
【解答】TREM2遺伝子変異(Nasu-Hakola病).Primary microgliopathy.polycystic lipomembranous osteodysplasia with sclerosing leukoencephalopathy (PLOSL)とも呼ばれる.本邦とフィンランドに集積する疾患.本邦患者数は約200人.

◆Case 4 – USA
【症例】58歳男性.亜急性に複視,小脳性運動失調,左下肢筋力低下.陰萎.球麻痺.睡眠時無呼吸症候群.頭部MRI大脳白質異常信号.IVIG,PLEX若干有効,効果不十分でオクレリズマブ追加.KLHL11 IgG陽性.
【解答】Kelch様タンパク質11抗体関連菱脳炎.男性に多い.小脳性運動失調.複視,めまい,難聴,耳鳴,嚥下障害,てんかん.精巣腫瘍を背景とする傍腫瘍症候群のこともある.

◆Case 5 - Canada
【症例】70歳男性.全身の舞踏運動.認知症,失禁,体重減少.パーキンソニズム.Tissue transglutaminase抗体陽性.
【解答】Celiac病.グルテンフリー食で改善.

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月28日)  

2021年08月28日 | 脳血管障害
今回のキーワードは,イスラエルの現状 -ワクチン接種は不可欠だが,それだけではデルタ株は抑えられない-,米国ではデルタ株が優勢になるタイミングでワクチンの感染予防効果が低下した,mRNAワクチンの有害事象として心筋炎は注意すべきだが,感染した場合に生じる重篤な有害事象のほとんどを抑制する,急性呼吸不全患者に対する腹臥位で気管内挿管は減少し,有害事象も見られない,COVID-19感染はtPA療法後の入院期間を延長させるものの,転帰には影響しない,抗凝固療法やECMOに伴う脳出血は予後を増悪させる,long COVID神経筋症状の4つのタイプ,です.

日本人とユダヤ人(角川文庫)』という名著があります.日本人とイスラエル人はいくつかの共通点があるものの非常に大きな違いがあると指摘しています.「日本では安全はタダだが,イスラエルでは安全が全てだ.ユダヤ人は安全のためにはどんなコストもかける」ということです.今回のコロナへの対策を見ても違いは歴然です.しかし最初の論文に示すように,そのイスラエルでさえもマスク着用義務を撤廃した春頃と状況は一変し,苦戦しています.いずれにしても,日本はイスラエルの経験から真摯に学ぶ必要があります.

◆イスラエルの現状 -ワクチン接種は不可欠だが,それだけではデルタ株は抑えられない-
Science誌のニュース欄にショッキングな記事が掲載されている.イスラエルはワクチン接種率が世界で最も高く,12歳以上の78%が完全ワクチン接種状態である(大部分がファイザー・ワクチン).しかし図1のように,夏の初めにはほとんど認めなかった感染者が,6,7月頃から急増し,2月中旬以来の高水準となっている.ほとんどがデルタ株である.8月15日現在,重症または重篤な状態で入院している患者は525人だが,うち60%が完全ワクチン状態であった(つまりワクチンを打っていても重症化しうる).これはワクチンの効果が時間経過とともに弱まったためではないかという推測がなされた.



プレプリント論文によると,本年1月に接種した人は,4月に接種した人と比較して,ブレイクスルー感染のリスクが2.26倍に増加していた.また60歳以上で3回目接種(ブースター接種)をした人は,2回接種の人に比べて,入院する確率が半分になったという予備データがあり,かつ副反応についても,88%の人が3回目は2回目より軽いと答えていた.このためイスラエルは,7月30日からに60歳以上(現在は50歳以上)の人を対象に3回目接種に踏み切った.すでに100万人の人が3回目接種を受けたが,それだけでデルタ株を抑え込むことはできそうにないと述べられている.事実,本日アクセスしたworldometerによるデータでは過去最高に並ぶ程度に新規感染者数は増加,死亡者も増加傾向にある(!)(図2).



記事にはマスクや社会的距離の重要性が改めて指摘されていること,政府が最も恐れているのは感染拡大による病院への負担であり,病院でもスタッフは疲労困憊しており,PTSD(心的外傷後ストレス障害)にならないよう対策を開始していることが述べられている.
→ 2月に接種を開始した日本では,ブースター接種は10月には必要ということになる.また上述の通り,ワクチンのみでは感染増加は抑えられないことをイスラエルからしっかり学び,本気で感染拡大を封じ込める論理的・科学的な政策を行うべきことを行政に働きかける必要がある.
Science. Aug 20, 2021.(doi.org/10.1126/science.373.6557.838)

◆米国ではデルタ株が優勢になるタイミングでワクチンの感染予防効果が低下した.
米国6州の医療従事者4217名を対象とし,35週間にわたって週1回のPCRを行い,ワクチンの効果を検証する研究がCDCから報告された.対象者中3483名(83%)がワクチン接種を受けた(ファイザー65%,モデルナ33%,J & J 2%).デルタ株が50%以上を占めて優勢となった週では,488名の未接種者が中央値43日で19件の感染を経験し,2352名の完全ワクチン接種者が中央値49日で24件の感染を経験した.計算するとワクチンによる予防効果は66%であり,デルタ株が優勢になる前の数カ月間の効果の91%より低下した.これはワクチン接種からの時間が経過したためか,もしくはデルタ株の影響が考えられる.観察週数が限られて感染者数が少ないために,より多数例で慎重に解釈する必要がある.
Morb Mortal Wkly Rep 2021;70:1167-1169.(doi.org/10.15585/mmwr.mm7034e4)

◆mRNAワクチンの有害事象として心筋炎は注意すべきだが,感染した場合に生じる重篤な有害事象のほとんどを抑制する.
mRNAワクチンの安全性は良好であることが承認前の臨床試験で示されているものの,臨床試験では対象者数に限度がある.このためイスラエルから承認後のリアルワールドにおける16歳以上の接種者の安全性についての研究が報告された.有害事象は,ワクチン接種者と非接種者をマッチさせ,接種後42日間の追跡調査として評価した(1回目の接種から21日後と2回目の接種から21日後の評価).さらにワクチン接種者と COVID-19感染者における有害事象の比較も行った.ワクチン接種は,心筋炎(リスク比,3.24;リスク差,10 万人当たり 2.7 件),リンパ節腫脹(リスク比,2.43;リスク差,10 万人当たり 78.4 件)のリスク上昇と最も強く関連していた(リンパ節腫脹はワクチンでは当然起こりうる).また虫垂炎(リスク比,1.40;リスク差,5.0件/10万人),帯状疱疹感染(リスク比,1.43;リスク差,15.8件/10万人)もリスク上昇が見られた.しかしCOVID-19に感染した場合,心筋炎はリスク比18.28,リスク差10 万人当たり 11.0 件となり,ワクチンよりはるかにリスクが高くなった(図3).ほかにも心膜炎,不整脈,深部静脈血栓症,肺塞栓症,心筋梗塞,脳出血,血小板減少症などの重篤な有害事象のリスクが大幅に増加した.以上より,ファイザー・ワクチンは,心筋炎のリスクを増加させるが(10万人あたり1~5件),検討したほとんどの有害事象のリスク上昇とは関連しなかった.一方,COVID-19感染は心筋炎を含めた多くの有害事象のリスクを大幅に上昇させた.
New Engl J Med. August 25, 2021.(doi.org/10.1056/NEJMoa2110475)



◆急性呼吸不全患者に対する腹臥位で気管内挿管は減少し,有害事象も見られない.
覚醒下の腹臥位(うつぶせ)は,COVID-19患者の酸素化を改善することが後方視的研究や観察研究で報告されている.しかし予後を改善するかは不明である.フランスなど6カ国から,大規模無作為化試験において,重症患者の期間内挿管や死亡を防ぐために,腹臥位が有効かを評価した.急性呼吸不全で高流量鼻カニューレによる呼吸補助を必要とした成人1126名を,覚醒下の腹臥位群567名と標準治療群559名に無作為に割り付けた.主要複合転帰は,治療失敗(treatment failure),すなわち割り付け後28日以内に気管内挿管(=人工呼吸器管理)されたか死亡した患者の割合と定義した.試験から脱落した5名を除いて解析した.治療失敗は,腹臥位群で223/564名(40%),標準治療群で257/ 557名(46%)に発生した(相対リスク0.86[95%CI 0.75~0.98]).よって腹臥位は気管内挿管のハザード比は0.75(0.62~0.91),死亡率のハザード比は0.87(0.68~1.11)であった(図3).有害事象の発生率は低く,両群で同様であった.以上より腹臥位を行うことで,気管内挿管の必要性は減少し,有害事象も見られなかった.高流量酸素を必要とする患者における覚醒下での腹臥位を支持する結果である.
Lancet Respir Med. Aug 20, 2021.(doi.org/10.1016/S2213-2600(21)00356-8)



◆COVID-19感染はtPA療法後の入院期間を延長させるものの,転帰には影響しない.
虚血性脳卒中(脳梗塞)の治療には,tPAを用いた血栓溶解療法が行われる.COVID-19は,脳卒中の急性期治療に悪影響を及ぼし,かつ凝固促進作用があるため,tPA療法の治療成績に影響を及ぼす可能性がある.このため,ポーランドから,COVID-19感染の有無で,tPA療法の有効性と安全性を比較した研究が報告された.4つの脳卒中センターにて,tPA療法を受けたCOVID-19感染脳梗塞患者22名と感染のない48名を後方視的に比較した.感染あり群では,入院時NIHSSスコアの中央値が高く(11.0 vs. 6.5; p < 0.01),Dダイマーの中央値も高く(870 vs. 570; p = 0.03),肺炎の頻度も高かった(47.8% vs. 12%; p < 0.01).また「軽度の脳卒中症状(minor stroke symptoms)」(NIHSS 1~5点)が少なかった(2% vs. 18%; p < 0.01).感染あり群は感染なし群に比べて入院期間が長かったが(17日対9日,p < 0.01),感染が院内死亡率や退院時の機能状態に与える影響は,単変量解析でも多変量解析でも認められなかった.以上より,COVID-19感染はtPA療法後の入院期間を延長させるものの,転帰には影響しない可能性がある.
Acta Neurol Scand. Aug 20, 2021.(doi.org/10.1111/ane.13520)

◆抗凝固療法やECMOに伴う脳出血は予後を増悪させる.
欧州の多国籍登録機関LEOSS「Lean European Open Survey on SARS-Infected Patients」に登録された127施設のCOVID-19患者6537名における急性期の神経筋症状・合併症を分析し,それらが転帰に及ぼす影響について検討した研究が報告された.92.1%にあたる6020名が入院し,14.7%が死亡した.主な症状は,過度の疲労感(28.0%),頭痛(18.5%),悪心・嘔吐(16.6%),筋力低下(17.0%),嗅覚・味覚障害(9.0%),せん妄(6.7%)などであった.複雑で重篤な経過をたどった患者(53%)で最も多かった神経学的合併症は,虚血性脳卒中(1.0%)と脳出血(2.2%)であった.脳出血は重症期にピークを迎え,抗凝固療法やECMOの実施と関連していた.また過度の疲労感(OR 1.42)および神経変性疾患の既往(OR 1.32)は,好ましくない転帰のリスクを高めた.脳卒中および神経免疫学的疾患の既往は,COVID-19の短期的な転帰の悪化とは関連していなかった.以上より,主に入院患者を対象とした検討で,初診時の過度の疲労感や神経変性疾患の既往は,予後不良の転帰のリスク増加に関与していた.重症化を招く脳出血は,抗凝固療法やECMOなどの治療的介入と関連しているため,ウイルスによる直接的な合併症ではなく,間接的な合併症と言える.
Eur J Neurol. Aug 19, 2021.(doi.org/10.1111/ene.15072)

◆long COVID神経筋症状の4つのタイプ.
Brain誌にCOVID-19に伴う急性および慢性の神経筋合併症の病態に関する総説が発表されている.興味を引いたのはlong COVIDもしくはPASCの神経筋症状を大きく4つに分類した点である(図4).右上から時計回りに,①認知・気分・睡眠障害(脳霧,遂行機能障害,不安・うつ,興奮・精神症状),②自律神経異常症(動悸,POTS,起立性低血圧,体温調節異常),③疼痛症候群(筋痛,神経障害性疼痛,異常知覚,頭痛,耳鳴),④運動不耐性(筋力低下,動作時呼吸苦,疲労感)である.ただし論文にも記載されているようにこれらの後遺症は,長期的なコホート研究によって完全に定義されたものではなく,暫定的なものではある.
Brain. Aug 16, 2021.(doi.org/10.1093/brain/awab302)


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片頭痛・群発頭痛治療の新たな夜明け@Brain Nerve誌

2021年04月16日 | 脳血管障害
Brain Nerve誌4月号にて標題の特集を企画させていただきました.表紙は京都の三十三間堂の柳の葉です.三十三間堂は後白河上皇が自身の頭痛の平癒を祈って建立したとして知られています.毎年1月に行われる「楊枝(やなぎ)のお加持」は,聖樹とされる楊枝で観音に祈願した法水を参拝者に注ぐことで,特に頭痛に効くご利益があると伝えられています(写真右上).

片頭痛・群発頭痛の治療薬の大きな進歩は「トリプタン」によりもたらされましたが,それに匹敵する大きな変化が訪れています.CGRP関連抗体,ゲパントやディタン,さらに非侵襲的ニューロモデュレーション治療が臨床応用され,まさに新たな夜明けを迎えています.そして4月14日,抗CGRP抗体のエムガルティ®の薬価が発表され,4月21日に薬価収載,ついに保険診療で使えるようになります.薬価は120 mg/mL 1キット 4万5165円と高価な薬剤であり,作用機序,導入基準や使い分けなどの十分な理解が求められます.

これらを理解するための基本的知識,臨床試験のエビデンス,使用方法や本邦における見通しについて学ぶ機会にしたいと思い,以下にご紹介するエキスパートの先生方に執筆をお願いいたしました.まだ同様の企画はほとんどなく,脳神経内科医のみならず頭痛診療に関わる多くの医師や患者さんに読んでいただきたいと思います.
Amazonリンク
医学書院リンク

①片頭痛のメカニズム――予兆とCGRP/CGRP受容体拮抗薬に関連して(粟木悦子,竹島多賀夫)
②ゲパントとディタン(古和久典)
③CGRP関連抗体の片頭痛治療への応用(柴田 護)
④片頭痛・群発頭痛治療における非侵襲的ニューロモデュレーション(團野大介)
⑤群発頭痛の新しい治療(今井 昇)


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脳梗塞に合併する頭痛の特徴

2021年01月14日 | 脳血管障害
脳神経内科医になりたての頃,急性発症の激しい頭痛で救急外来を受診した患者さんを担当し,クモ膜下出血を疑い,頭部CTを撮像したものの異常はなく,小脳梗塞であることが判明した経験がある.その時に脳梗塞も頭痛発症することを学んだ.今回,脳梗塞時にみられた頭痛の特徴を,対照群と比較し,前方視的に検討した初めての研究がロシアから報告されたので,興味深く拝読した.clinical questionは2つあり,(i) 脳卒中発症時の頭痛の典型的な臨床的特徴は何か?(ii) この頭痛と脳卒中のどのような病態が関連しているのか?である.

対象は,初発の脳梗塞患者550名(平均63.1歳,男性54%)と,対照群として,救急外来に受診し,急性の神経障害や重篤な障害を伴わなかった者(腰痛,膵炎など)192名(平均58.7歳,男性36%)である.

さて結果であるが,頭痛は脳梗塞患者の82/550名(14.9%),対照群の9/192(4.6%)に認められた(図).脳梗塞の頭痛で最も多いのは,初めて経験するタイプの頭痛で(全体の8.4%;頭痛の56%),主に片頭痛様であった.次に多いのはこれまでとは特徴が変化した頭痛で(全体の5.5%;頭痛の36%),主に緊張型頭痛様であった.残りはいつもと変化のない通常の頭痛であった.



次に頭痛に関連する因子としては,心原性脳塞栓症(p=0.002,オッズ比[OR]=2.4),後方循環系の脳梗塞(p=0.01,OR=2.0),15 mm以上の梗塞(p=0.03),小脳梗塞(p = 0.02,OR = 2.3),良好な神経学的状態(p = 0.01,OR = 2.5),および大血管の動脈硬化の低頻度(p = 0.004,OR = 0.4)であった.

以上より,脳梗塞の15%で頭痛を認め,その特徴はこれまでに経験のない片頭痛様の頭痛や,いつもとは異なる緊張型頭痛が認められることが多いことが分かった.また頭痛を合併する脳梗塞を見た場合,心原性脳塞栓症,後方循環系,小脳梗塞を疑う必要がある.

Headache at onset of first‐ever ischemic stroke: Clinical characteristics and predictors
Eur J Neurol. Dec 16, 2020(doi.org/10.1111/ene.14684)


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Eight-and-a-half 症候群

2020年10月24日 | 脳血管障害
回診で,標題の症候群について議論をしました.文献より症例を提示すると・・・突然,複視と右顔面脱力を呈した66歳男性.左眼の外斜視,右眼の内転障害,右方向の共同注視麻痺,左方視時の注視眼振が認められた.滑動,衝動運動を問わず認められたが,垂直方向及び輻輳は保たれていた.その他の所見として右顔面神経麻痺を認めた.頭部MRIでは,右橋被蓋に小梗塞を認めた(図1A)という感じです.

つまり,one-and-a-half症候群に,同側の末梢性顔面神経麻痺を合併した症例です.よって,(1+1/2)+7でeight-and-a-halfと名付けられたようです(Eight-and-a-half syndrome. JNNP 2006;77:463).橋背側における血管性病変,脱髄,腫瘍などによりPPRF(傍正中橋網様体)ないし外転神経核,MLF,および顔面神経膝部が同時に障害されることが原因です(図1B).


ネーミングはシャレですが,個人的には悪くないと思います.その後,次の症候群も報告されています.
★15-and a-half症候群 = one-and-a-half症候群+両側性の末梢性顔面神経麻痺:(1+1/2)+7+7
★16症候群 = 両側性の水平注視麻痺+両側性の末梢性顔面神経麻痺:(1+1)+7+7
★24症候群 = 両側性の水平注視麻痺+両側性の末梢性顔面神経麻痺+一側性感音性難聴:(1+1)+7+7+8

やりすぎだと思います(笑).

CMAJ. 2018 Apr 23;190(16):E510.(doi.org/10.1503/cmaj.180023)
J Stroke Cerebrovasc Dis. 2018 May;27(5):e73-e74.(doi.org/10.1016/j.jstrokecerebrovasdis.2017.12.007)

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未視感(ジャメビュ)を訴える患者さんとノーベル賞

2020年09月10日 | 脳血管障害
回診でジャメビュ(Jamais vu;未視感)の話をしました.「見慣れた光景に親しみを感じなくなる状況」を指します.映画やドラマの題材になるデジャビュ(déjà vu既視感:初めての光景なのに以前来たことがあるような親しみを覚える)の反対の現象ですが,いずれも脳神経内科的にはてんかん性記憶障害を疑う必要があります.多くは側頭葉に焦点を持つ単純部分発作です.未視感はてんかん放電が海馬に及んで,「場所細胞(place cell)」の機能が障害されると一時的に認知地図が失われた状態になり,場所の記憶がおかしくなると考えられています.

この「場所細胞」は,1971年,英国のジョン・オキーフ博士がネズミを使った実験により,海馬にはネズミが特定の場所にいるときだけ反応する神経細胞が存在するとして,初めて報告したものです.そして「場所細胞」により空間の認知地図が脳内に作られるという説を提唱しました.脳内の空間認識をさらに研究し,グリッド(格子)細胞を発見したモーザー夫婦とともに,オキーフ博士は2014年にノーベル賞を授章されています.

文献:白河裕志.てんかん発作時の記憶障害.脳神経内科92;248-51, 2020
図は日経サイエンスより引用.



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なぜ動物実験で有効な脳梗塞治療薬が,ヒトの臨床試験で無効なのか?(2) ~概日周期のおよぼす影響:脳梗塞研究者にとって衝撃の論文~

2020年06月20日 | 脳血管障害
標題と同じタイトルのブログを2020年1月8日に記載した.そこで紹介した論文は,脳梗塞に対する動物実験,第2相臨床試験,そして第3相臨床試験の3者において,研究デザイン,バイアス, 検出力,true report probabilityなどに統計学的に大きな違いがあり,そもそも結果を次の段階に翻訳(トランスレーション)することが困難であることを示したものである.衝撃的な内容であったが,今回,同じぐらいインパクトのある論文がハーバード大学からNature誌に報告された.げっ歯類モデルを用いて研究を行ってきた人間なら愕然とするだろう.

まずげっ歯類とヒトでは,概日周期(サーカディアンリズム)が反対である.著者らは,げっ歯類の実験も,ヒトの臨床試験も昼間に行われているが,両者で概日周期が逆なので,神経細胞レベルでも概日周期が影響して,その差が神経保護療法の有効性の違いになって現れるのではないだろうかという仮説をたてた.つまりマウスの手術は,昼,すなわち彼らにとって非活動期に行われるが,そこで有効であった薬剤は,ヒトの非活動期=夜には効くかも知れないが,ヒトの活動期=昼には効かないのではないか,それが臨床試験失敗の原因ではないかと考えたのだ.



実験は3つのパートからなる.まずげっ歯類で有効性が確認されたものの,ヒトの臨床試験で失敗した3つの神経保護療法,①正常圧高酸素療法,②フリーラジカル・スカベンジャー(αPBN),③グルタミン酸受容体アンタゴニスト(MK801)の効果を,ラットないしマウスの局所脳虚血モデルを用いて,昼と夜で比較した.いずれも昼(非活性期)では梗塞サイズを縮小させるが,夜(活動期)では梗塞サイズは変わらなかった!(図左)つまりこれらの神経保護療法は概日周期上,非活動期にのみ効果があると言える.

次に局所脳虚血モデルによる虚血性ペナンブラが,昼(非活動期)と夜(活動期)で変化するかを,レーザースペックルイメージングを用いて検討している.虚血性ペナンブラは,非活動期よりも活動期において有意に小さかった(図右).また12時間から72時間までの梗塞サイズの拡大は活動期で小さかった.さらに活動期においてアポトーシスを示唆するTUNEL陽性細胞の密度が低かった.メカニズムはわからないが,非活動期のほうが治療の標的がまだ残っていると解釈すれば良いのかもしれない.



最後に神経細胞レベルで,神経保護療法の効果が,概日周期の影響を受けているかを検討するために,マウス初代培養大脳皮質ニューロンをデキサメサゾンで2時間刺激し,概日周期様変化を誘導した.デキサメサゾン刺激の6時間後,時計遺伝子Per1,Per2の発現は増加し,この時点は活動期に相当すると考えられ,12時間はそれらの遺伝子発現が正常化して非活動期に相当すると考えられた.αPBN,MK801ともPer1とPer2遺伝子発現が抑制されている非活動期において有意に低酸素・低グルコース刺激に対して神経保護効果を示した(と言っても顕著な差ではないが).さらにこの効果が,caspase 3の検討で,アポトーシスのカスケードを抑えることで生じていることも明らかにした.

論文に対する批判をすれば,概日周期が,なぜ虚血性ペナンブラに影響を与えたか,そのメカニズムはまったく不明である.今後,概日周期が血管内皮機能や止血機構,体温調節,血液脳関門機能,サイトカイン・ケモカイン,薬物伝達や代謝などさまざまな病態生理におよぼす影響を検討する必要がある.また概日リズムは併存疾患にも影響を与えるので,とくに臨床試験ではその影響の検討も必要であろう.

もちろん概日周期だけがトランスレーショナル・リサーチの失敗の原因ではない.まだわからないことだらけだが,少なくとも脳梗塞のトランスレーショナル・リサーチにおいて,概日リズムが神経保護効果に及ぼす影響を無視するわけにはいかなくなった.その意味で,非常に重要な論文である.

Esposito, E., Li, W., T. Mandeville, E. et al. Potential circadian effects on translational failure for neuroprotection. Nature 582, 395–398 (2020).



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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月3日)

2020年04月03日 | 脳血管障害
今回のキーワードは,感染リスク(長期療養施設,担がん状態),母子感染,COVID-19と神経疾患,ACE阻害薬・ARBの臓器保護説,心筋障害,閉じ込め政策のエビデンス,センザンコウ,2つの有望治療(C型肝炎ウイルス・プロテアーゼ阻害剤,回復患者血漿輸血)です.

◆ICU治療を要した原因.対象は米国シアトルの重症24名(64±18歳).併存症は糖尿病14名(58%).全例が低酸素性呼吸不全を呈し,18名(75%)が人工呼吸器を要した.また18名(71%)が昇圧剤を要する低血圧を呈した.予後は12名が死亡,3名は人工呼吸器継続,4名はICU退室,5名が退院.ICU治療となる原因は低酸素性呼吸不全と低血圧である.死亡例中4名に蘇生処置拒否(DNR)指示があった.NEJM. March 30, 2020

◆感染リスク(1).米国ワシントン州の長期療養施設の入居者1名が,2月28日に感染していることが判明,3月18日までに167名(入居者101名,スタッフ50名,訪問者16名)が感染.それぞれの入院率は55%,50%,6%,死亡率は34%,0%,6%であった.長期療養施設に患者が1名出ただけで,急速に拡大し,かつ重症化する.感染したスタッフや訪問者を施設内に入れないこと,また感染者の早期発見が重要.NEJM. March 27, 2020

◆感染リスク(2).武漢からの報告で,担がん患者のCOVID-19の感染率0.79%(12/1524名)は武漢全体の0.37%より高値と報告.12名は60歳以上が8名,7名が非小細胞肺がんで,3名が死亡.担がん状態は感染の高いリスクとなる可能性がある(オッズ比2.31).原因としては免疫能の低下,化学療法の影響,頻回の病院通院等が考えられる.担がん患者では感染しやすい可能性を考え,外来受診の回数を抑えるなどの対策が必要である.JAMA Oncology. March 25, 2020

◆母子感染.9名の感染妊婦の検討で,母子感染(垂直感染)の根拠はないと報告されていたが,否定する複数の報告が出た.まず武漢の感染妊婦から産まれた新生児33名のうち3名(9%)が,生後2,4日目の鼻咽頭・肛門ぬぐい液でPCR陽性となった.しかし6~7日目には陰性化した.なぜ速やかに陰性化するのか不明(JAMA Pediatrics. March 26, 2020).また母子感染による1例報告があり,出生2時間後にはIgM↑とIL6/10↑を認め,(IgMは胎盤を通過しないことから)子宮内感染が示唆された(JAMA. March 26, 2020).さらに,感染妊婦から生まれた6名の新生児の検討で,血清や鼻咽頭ぬぐい液のPCR検査で陰性であったものの,5名でウイルス特異的血清IgG↑,2名でIgM↑が報告された(JAMA. March 26, 2020).以上より,ウイルスは胎盤を通過し,新生児の体内で抗体産生が生じる.予後は良好.

◆心筋障害.急性呼吸促迫症候群(ARDS),二次性血球貪食性リンパ組織球症と並ぶ3大予後不良病態の検討.武漢の入院患者416名において82名(19.7%)に心筋障害(定義は高感度心筋トロポニンI↑)を認めた.心筋障害あり群は高齢で,高血圧が多い.N 末端プロ B 型ナトリウム利尿ペプチド,CK-MBが高値.かつARDS,急性腎障害,電解質異常,凝固異常,低蛋白血症も多かった.致死率はあり群となし群で51.2%と4.5%であった(図1).心筋障害の病態解明と対策が必要.JAMA Cardiol. March 25, 2020



◆COVID-19と神経疾患.武漢の神経内科医が米国神経学会ブログに寄稿.神経症状の多くは非特異的で,頭痛,めまい,疲労,筋痛が多いが,痙攣や昏睡,嗅覚・味覚障害もある.
①脳卒中:D-dimer高値や血小板減少を背景として発症する.血栓溶解療法や血栓回収術の適応はCOVID-19の状況を考慮して決める.二次予防に抗血小板薬や抗凝固薬を用いる場合,血小板数や凝固能を頻回に確認する.スタチンも肝機能や筋障害を確認して処方する.またウイルスは血管内皮細胞のACE2に結合するため,著明な高血圧を呈しうる.血小板減少や凝固異常があると脳出血リスクが高まる.降圧薬については配慮が必要で,カルシウム拮抗薬が好ましい(これは次項目で解説).
②髄膜炎:髄液中にウイルス核酸が証明された報告はあるが,ウイルスが直接中枢神経を侵す確実なエビデンスはない.またリンパ球減少も生じるため,結核性髄膜炎のような日和見感染にも注意.
③自己免疫疾患:重症筋無力症(MG)なども重症ハイリスク群である.MGではクリーゼに注意する.免疫抑制薬の中止についても検討が必要.ステロイドについては,MGとCOVID-19の双方を考慮して決める.

◆基礎研究(1).ACE2はウイルスが感染する受容体であると同時にレニン・アンギオテンシン・アルドステロン系(RAAS)の活性化を抑制する酵素である.先日,RAASを抑制するACE阻害薬+ARBがACE2発現を増加することで感染リスクを高める可能性が指摘され,米国3学会は十分な臨床データがないとして,薬剤の中止・変更をしないように呼びかけた.今回,発表された総説は逆に「これらの薬剤は肺や心筋に対して保護的に作用する」という仮説を提唱し驚いた.
まず内服中止の危険性が示されている.心不全や心筋梗塞患者では症状の不安定性,予後の増悪をもたらす可能性がある.高血圧患者での中止は,リバウンドによる血圧急上昇の可能性がある.他の降圧剤の切り替え中の血圧上昇リスクや,血圧コントロールは患者によりまちまちであり,状態の増悪をきたす可能性がある.
ACE2はアンギオテンシンII(A-II)に作用し,A-(1-7)に変換することでRAASを抑制する(図2).ウイルスがACE2を介して感染後,ACE2にはダウンレギュレーションが生じ,その結果,RAASは持続的に活性化する(よって患者では血圧が上昇しうる!).RAAS活性化は肺損傷,心筋リモデリングの障害,血管収縮,血管透過性の亢進を引き起こす.実際にSARSでは,A-IIの持続的活性化により肺損傷が起こり,RAAS阻害剤が抑制効果をもつことが示されている.ACE2 KOマウスでは,A-II活性化による急性心筋障害に対し,左室リモデリングが不良であることも報告されている.以上のようにRAAS抑制は肺,心筋保護に繋がる可能性があり,組み換えヒトACE2やARB(ロサルタン)の効果・安全性を検証する臨床試験が進行中である. Engl J Med. 2020 Mar 30.



◆基礎研究(2).COVID-19の原因ウイルスSARS-CoV-2は人獣共通感染症(Zoonosis)を起こす.ゲノム配列の75~80%はSARSのウイルスと相同だが,むしろコウモリ・コロナウイルスに近い.つまり自然宿主(最初にウイルスが感染する生物)はコウモリで,中間宿主への感染を通してヒトに感染するウイルスに変異したと考えられている.中間宿主は,SARSはハクビシン,MERSはヒトコブラクダだが,COVID-19では不明であった.武漢の生鮮市場における中間宿主としてヘビ,カメ,センザンコウ(Pangolin)が候補に挙げられていた.センザンコウは密売される絶滅危惧種の哺乳類である.今回,マレーセンザンコウ由来コロナウイルスが2種類同定され,その1つがSARS-CoV-2とゲノム配列で85.5~92.4%の相同性を示し,受容体結合領域のアミノ酸配列に限ると97%が一致した.センザンコウの市場での売買を禁止すること,そして中国や南アジアにおける生態調査が将来の新たな感染症防止に重要であると著者は述べている.Nature. 26 March 2020

◆閉じ込め政策(1).シンガポールからの閉じ込め政策の科学的根拠に関するモデル研究.具体的には,感染者の隔離とその家族の検疫,2週間の休校,検疫強化(PCR検査),従業員の半数を在宅勤務にすることで「大幅に感染拡大を防ぐことができる!」と報告した.基本再生産数(一人の感染者から生じうる二次感染者数:R0)を,比較的低い(1.5),中程度(2.0),高い伝染性(2.5)とし,「無症状者からの感染」を7.5%と想定した.閉じ込め政策を行わなかった場合,80日後の累積患者数はR0=1.5で279,000人(シンガポール人口の7.4%),2.0の場合727,000人(19.3%),2.5の場合1,207,000人(32%)と予測.もし上記政策を行った場合,R0=1.5の場合1,800人(99.3%の減少), 2.0の場合50,000人(93.0%の減少),2.5の場合258,000人(78.2%の減少)になった(図3).ウイルスの伝染力にもよるが,閉じ込め政策は有効である.Lancet Infectious Diseases. March 23, 2020



◆閉じ込め政策(2).上記論文に対するコメントが同じ号に掲載されている.閉じ込め政策では科学的根拠のみならず,倫理的配慮が重要だと強調している.政治家は施行に際して,人種による差別や経済的弱者への重い負担を防ぐ必要がある.またホームレス,収監者,身体障害者,不法移民のような人々には特別な配慮が必要である.Lancet Infectious Diseases. March 23, 2020

◆閉じ込め政策(3).問題のR0はCOVID-19ではいくつなのか?実は「プレプリント(査読なし)」を含めると16の論文が報告されている(図4).黄色丸が平均値で,赤と青は95%信頼区間の最大・最小値を示す.発表日順に並び,左側10個が査読なし,右側6個が査読ありである.査読なしに外れ値が2つあり,合議の上この2つを除外すると,査読なしで3.02(95%CI 2.65-3.39),査読ありで2.54(2.17-2.91)であった.プレプリントは慎重な評価を要するが,速やかな情報の共有は有用である. Lancet. March 24, 2020



◆臨床試験(1).以下の3つの臨床試験はすべて中国から.C型肝炎ウイルス・プロテアーゼ阻害剤danoprevirと,その血漿濃度を維持するCYP3A4阻害剤リトナビル(高濃度では抗HIV薬となる)を,COVID-19の中等症患者11名に投与する単群オープンラベル多施設共同試験.安全性は確認され,全員が4つの状況(3日間以上の平熱・呼吸器症状の改善・肺病変の顕著な改善・2回連続PCR陰性を達成して退院した.ダノプレビル/リトナビル併用は有望.medRxiv. March 24, 2020

◆臨床試験(2).ロピナビル/リトナビル配合剤群(カレトラ®)と抗ウイルス薬ウミフェノビル群(アルビドール®),そして対照群を2:2:1(21名,16名,7名)に割り付けるELACOI試験が行われた.7日目ないし14日目におけるPCRの陰性化,および臨床・画像所見の改善に関して,3群間で有意差なし.ロピナビル/リトナビル配合剤群では副作用が多かった(23.8%).既報の通り,これらの薬剤による効果は乏しい.medRxiv. March 23, 2020

◆臨床試験(3).急速な進行を示し,抗ウイルス薬使用に関わらずウイルス量排出量が高く,ARDSと低酸素血症を呈し人工呼吸器を要する重症5名に対し,回復患者からの血漿の効果を調べる単群試験が行われた.特異抗体への結合価が1:1000以上,中和力価40以上に調整されている.主要評価項目は,体温,SOFAスコア(0-24;大きいほど重症),PAO2/FIO2,ウイルス排出量,血清抗体価,ARDS,人工呼吸器・ECMO治療.5名中4名が3日以内に体温が正常化,12日以内にSOFAスコアとPAO2/FIO2が改善.ウイルス排出も12日以内に陰性化(図5).ARDSも12日以内に4名が改善し,3名は14日以内に人工呼吸器を離脱した.3例は入院後51-55日で退院し,2名は37日で病状は安定している.重症例に対しても有効性が示唆されるが,ランダム化比較試験が必要である.JAMA. March 27, 2020




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