Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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PSP-Fの臨床像の経時変化と交叉性失語

2022年04月20日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)にはさまざまな亜型(異型症候群)があります.前頭葉徴候を主体とするものとして,PSP-F(frontal presentation)やPSP-SL(speech/language disorder)があります.しかし病理学的に診断された症例の検討は極めて稀で,臨床像の経的変化についてはほとんど分かっていません.今回,当科の大野陽哉先生,東田和博先生らが中心となり,PSP-Fの臨床像を報告しました.以下のようなサマリーです.

77歳の右利きの男性.69歳から進行性非流暢性失語(PNFA)にて発症.75歳から加速歩行と左上肢の拙劣さ,76歳から脱抑制,77歳で転倒を認めた.77歳時,左上下肢の肢節運動失行,筋強剛,皮質性感覚障害,垂直性核上性注視麻痺を認めた.MDS-PSP基準では,9年をかけてsuggestive of PSP-SLからprobable PSP-Fに移行した(図).頭部MRIでは第3脳室拡大,中脳被蓋萎縮に加え右優位の大脳萎縮を,脳血流シンチでも右前頭・頭頂・側頭葉の集積低下を認めた.病理学的には,前頭葉を中心に4リピート・タウ陽性神経原線維変化,coiled body,tufted astrocyte等を認めた.黒質,青斑核,視床下核のタウ病理は軽度であった.以上より,タウ病理の局在は右弁蓋部から,中心前回,前頭前野,脳幹に波及したものと考えられた.またPSP-Fは交差性失語を呈しうることを示した.



少し解説が必要なのは「交叉性失語」です.つまり右利きの右大脳病変で失語を呈したことを意味します.利き手と反対側が優位脳で言語中枢があるという定説がありますが,第二次世界大戦時,左利きで左脳の戦傷者の失語症が報告され,優位脳と利き手の原則は崩れ,以後,同様の症例が相次ぎました.これら原則に反する失語を「交叉性失語」と呼ぶわけです(また脳に優劣はないので,最近は言語脳と視空間脳のような表現をします).

本論文の強みは,PSP-Fにおけるタウ病理の進展様式を,詳細な症候の観察から考察した点です.CPCの際,大野先生は愛知医大吉田眞理教授にとても褒められていました.専攻医ながら立派な症例報告を書けるようになりつつあり嬉しいです.岐阜は人口当たりの専門医数では最下位ですが,これからどんどん実力のある専門医が育つものと期待しております.
Ono Y, Higashida K, Yoshikura N, Hayashi Y, Kimura A, Iwasaki Y, Yoshida M, Shimohata T. Progressive supranuclear palsy with predominant frontal presentation exhibiting progressive nonfluent aphasia due to crossed aphasia. Neuropathology. 2022 Apr 17.

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Globular glial tauopathy のMRI所見

2021年09月08日 | その他の変性疾患
Globular glial tauopathy (GGT) は2013年に疾患概念が提唱された新たな4リピート・タウオパチーです.病理学的にはグリア細胞内の小球状(globular)のリン酸化タウ陽性封入体(Globular glial inclusions : GGIs)の存在を特徴とします.これらの出現分布と変性部位から,3つの亜型に分類されています.前頭・側頭葉主体の病変分布を取り,前頭・側頭型認知症を呈するタイプ1,運動野と錐体路を主病変とし,運動ニューロン徴候を呈するタイプ2,そして両者の複合型と言えるタイプ3です.

今まで MRI所見に関する議論はほとんどありませんでしたが,剖検で診断が確定したタイプ1の3症例について症例集積研究が報告されています. 2名は非定型進行性失語症,1名は大脳皮質基底核症候群を呈しました.結論として,GGTタイプ1を特徴づける4つのMRI所見は,①矢状断の脳梁下縁(bottom edge)の高輝度帯(図A,G,D),②症状に関与する皮質領域に由来する白質変性を示唆する局所的脳梁萎縮(言語症状が主な場合は前方の萎縮(B, E),失行が主な場合は後方の萎縮(H)),③脳室周囲の白質病変(C,F,I),④軽度から中等度の脳幹の萎縮と報告されています.
Eur J Neurol. Sep 1, 2021.(doi.org/10.1111/ene.15090)




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進行性核上性麻痺(PSP)診療ガイドライン2020の公開

2021年02月05日 | その他の変性疾患
委員のひとりとして関わらせていただきました「PSP診療ガイドライン2020」がいよいよ公開されました.
以下よりアクセスできます.日常の診療にお役立ていただければ幸いです.

進行性核上性麻痺(PSP)診療ガイドライン2020





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鏡像運動とその原因遺伝子のはたらき

2020年11月04日 | その他の変性疾患
鏡像運動 (mirror movement)は,体の一側を動かすと反対側も無意識に動いてしまう不随意運動である.幼い子供には時々見られるが,10歳を超えて続くのは病的と言われている.Neurology誌のレジデント向けページにとても分かりやすい動画が掲載されている.

18歳の男性で,幼少期から手の鏡像運動があったものの増悪はなく,他の神経障害も認めなかった.動画は3つのパートからなっている(パート1: 右足を動かしても,左足の動きはなし.パート2:一方の手が動くと,他方の手は無意識のうちに同じ動きをする.左右いずれでも起こる.パート3:動きが活発なほど,反対側の動きも激しくなる).
頭部MRIは正常だが,functional MRIでは,一側の手を動かすと,両側の一次運動野と補助運動野の血流が増加している.



責任病変としては,脳梁,補足運動野,頸髄周辺(Chiari奇形やKlippel-Feil症候群など)の報告があり,発現機序としては皮質脊髄路の異常支配,大脳における運動制御機構の異常などが想定されてきた.

遺伝性ないし症候性の鏡像運動が報告されているが,前者は主として常染色体優性遺伝形式を呈する.軸索ガイダンス分子ネトリンの受容体をコードするDCC(deleted incolorectal cancer)遺伝子の変異が報告され,本例でも新規フレームシフト突然変異が同定されている.遺伝子変異により,タンパク質の切断が生じ,体の正中線を横切る中枢神経系軸索の発達がうまくいかなくなることが原因と考えられている.本例の脳梁は正常であったが,部分的無形成の症例も報告されている.

Neurology. August 11, 2020(doi.org/10.1212/WNL.0000000000010599)
Ann Neurol. 2019;85(3):433-442.(doi.org/10.1002/ana.25418)
Brain Nerve. 2018;70:1217-1224(doi.org/10.11477/mf.1416201167)


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★「国立病院機構東名古屋病院」でも進行性核上性麻痺を対象とした医師主導臨床試験を開始します!

2020年05月26日 | その他の変性疾患
岐阜大学医学部附属病院では,進行性核上性麻痺(PSP)の方を対象とした臨床試験を2019年4月に開始しましたが,このたび国立病院機構東名古屋病院でも開始されることになりました.ご参加,および近隣の病院の先生方にはご紹介をどうぞ宜しくお願い申し上げます.なお試験の内容は,PSPのすくみ症状に対して,効果があるかどうかを調べるために,試験薬を一定期間内服し,効果を観察するものです.

国立病院機構東名古屋病院のリンク
一番下左のバナー「進行性核上性麻痺 臨床試験に参加しませんか?」をクリックしていただくと,案内記事にリンクします(研究責任者は饗場郁子先生です).

岐阜大学病院はこちらのリンクです.

【試験薬,試験の方法について】
今回の試験では,進行性核上性麻痺患者さんのすくみ症状や歩行障害に対して,試験薬を内服し,効果(すくみ症状や歩行障害の改善)と安全性(副作用など)を調べます.試験の対象となるのは40歳以上で,すくみ症状を認める患者さんです.使用する薬剤の一般名は,塩酸トリヘキシフェニジルという,パーキンソン病やパーキンソン症候群に用いられる薬剤です.約4か月程度の治療観察期間があります.なお,試験の詳細につきましては,試験担当医師がご説明いたします.




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治療可能な大脳皮質基底核症候群(CBS) ―抗IgLON5抗体関連疾患―

2020年04月20日 | その他の変性疾患
臨床医にはそれぞれ印象深い症例報告の経験がある.私の場合,「治せないと思われた患者さんの治療ができた症例報告」がそれに当たる.フリードライヒ失調症と考えられてきた姉妹に,αトコフェロール輸送タンパク(αTPP)遺伝子の変異を見出してビタミンEによる治療を行ったこと(Ann Neurol 43: 273, 1998),繰り返す過眠を呈するナルコレプシー患者さんに抗アクアポリン4抗体を見出し,免疫療法で改善したこと(Sleep Med 10: 253-255, 2009)はその例である.今回,ご紹介する症例報告も同様に印象深い経験であった.

抗IgLON5抗体関連疾患という自己免疫性神経疾患が報告されている(Lancet Neurol. 2014 Jun;13(6):575-86).IgLON5は神経細胞接着分子のひとつである.本疾患は症候として,閉塞性睡眠時無呼吸を伴う進行性non-REM・REMパラソムニア,運動障害(四肢の失調,舞踏運動,歩行不安定性),眼球運動障害を呈し,生命予後は不良(8例中6例が免疫抑制療法にもかかわらず1年以内に死亡)であった.2名の病理で,脳幹・視床に過剰リン酸化されたタウの沈着を認めた.抗IgLON5抗体は298名の対照では1名にのみ認められ,その1名はPSPであった.タウオパチーを考える上で興味を惹かれたという経緯があった.

このため私達はこの抗体のアッセイ系を確立し検討を進めたところ,何と大脳皮質基底核症候群(CBS)のなかに抗体陽性例を見出した.4年の経過で進行する歩行障害を主訴とした85歳女性で,神経学的には四肢筋強剛,左半身の失行,左下肢ジストニア,皮質性感覚障害を呈し,画像検査では右半球優位の脳萎縮と血流低下を認めた.Armstrong基準のprobable CBDに該当した.大量免疫グロブリン療法を3クール施行したところ,臨床症候と画像所見の改善を認めた.背景病理はCBDだろうと考えられたCBSのなかに,治療可能例が存在することを示した意味で,インパクトの大きい症例と考えられた.

Fuseya K, Kimura A, Yoshikura N, Yamada M, Hayashi Y, Shimohata T. Corticobasal Syndrome in a Patient with Anti-IgLON5 Antibodies. Mov Disord Clin Pract 2020 in press.



図A-DはHEK293細胞にGFP-IgLon5融合蛋白(C)を一過性発現させるcell-based assay系.患者血清でのみ陽性に染色され(B),共局在する(D).凍結ラット小脳切片を用いた免疫染色では既報と同様の染色パターンを示す(E).頭部MRIでは右半球優位の脳萎縮を呈する(F, G).

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また抗IgLON5抗体の測定についてもお問い合わせを頂いております.
どのような症例の測定をお引き受けするかについては以下のように考えております.

(1) 抗IgLON5抗体関連疾患を疑う症例
(2) CBSに抗IgLON5抗体関連疾患(Lancet Neurol. 2014;13:575-86)の特徴(※)を合併する症例
(3) CBSであるものの急性・亜急性の進行を呈したり,症状の程度が変動(fluctuate)する症例
(4) 自験例のように下肢の症状が強い症例
(5) その他
※ 閉塞性睡眠時無呼吸を伴う進行性non-REM・REMパラソムニア,運動障害(四肢の失調,舞踏運動,歩行不安定性),眼球運動障害,生命予後不良.

下畑までご連絡をいただければ幸いです.

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クライオ電顕による神経変性疾患の新展開 -One polymorph, One disease 仮説-

2020年02月27日 | その他の変性疾患
2017年にノーベル化学賞を受賞したクライオ電顕(低温電子顕微鏡法)を用いた,神経変性疾患に大きな進展をもたらす2つの研究がNature誌に報告された.

【大脳皮質基底核変性症(CBD)のタウの構造は,アルツハイマー病,Pickとは異なる】
1つ目はCBDの患者脳から分離されたタウ線維の構造(polymorph, conformation)に関する論文である.これまでクライオ電顕を用いた検討で,3リピートタウオパチーであるPick病と,3+4リピートタウオパチーであるアルツハイマー病・慢性外傷性脳症(CTE)では,タウ線維の構造が異なることが報告されていた(strain,つまり株が異なるとも表現される).そして4リピートタウオパチーであるCBDおよび進行性核上性麻痺(PSP)での報告が待ち望まれていた.図1は4つのタウオパチーのタウ線維のコア部分を示すが,CBDは既報のいずれとも異なり,11個のβシートから構成される4層構造をしていた.疾患ごとのタウの構造の違いは,その後の重合や病理変化,疾患の表現型の違いに直結するものと予想される.次の課題は「何がタウにこれらの構造の違いをもたらしているのか?」に移る.
Nature. 2020 Feb 12. doi: 10.1038/s41586-020-2043-0.


【パーキンソン病と多系統萎縮症のαシヌクレインの構造は異なる】
2つ目はパーキンソン病(PD)と多系統萎縮症(MSA)の病因蛋白αシヌクレインの構造に関する論文である.Protein misfolding cyclic amplification(PMCA)増幅法は,2001年に報告されたもので,異常プリオンタンパク(PrPsc)に正常プリオンタンパク(PrPc)を混ぜて超音波処理を行ったのち,撹拌・培養すると,PrPsc を鋳型として,PrPc がPrPscに変化し増幅されるという技術である.この技術を用いて,健常者を含む200名もの髄液中のαシヌクレインを検討したところ,両疾患の髄液に異常αシヌクレインが存在し,PMCA法によって増幅され,さらにそれぞれの疾患のαシヌクレインでは構造が異なっていることが複数の方法で明らかにされたのだ.

具体的にはタンパク分解酵素で分解しにくい分子領域が異なること,タンパクの二次構造解析法である円偏光二色性(CD)の検討で,βシートの割合がMSAでより多いこと,クリオ電顕の観察による線維(protofilament)のねじれの間隔が異なることが示されている(図).そして髄液を検体とするPMCA法により,感度95.4%で,2つの疾患を鑑別できるというのだ!(ただし病初期でも鑑別が可能か,内服薬剤の影響はないかはまだ不明である).そしてもうひとつ重要なことは,αシヌクレインの構造の違いが両疾患の病態に関わっている可能性があるということだ.事実,iPS由来の神経細胞にこれらを添加すると,MSA由来の繊維の方が,細胞毒性が強いことも示されている.つまり両疾患のαシヌクレインは構造のみならず機能的にも異なり,2つの疾患を単にαシヌクレイノパチーと一括りにしてはいけないことを示唆する.
Nature. 2020 Feb;578(7794):273-277


下図はこの論文に関するcommentaryから引用した概念図である.


【One polymorph, One disease 仮説とは?】
2つの論文は,1つの構造(もしくはタンパクのstrain)が,それに対応する1つの疾患を引き起こすというOne polymorph, One disease 仮説を支持するものである.神経変性疾患において構造(polymorph, conformation)がとくに注目された疾患が少なくとも2つある.ひとつはプリオン病で,もう一つがポリグルタミン病である.前者は,正常プリオンタンパクはαヘリックス,異常プリオンタンパクはβシート構造を取る.後者はも正常ポリグルタミン鎖はαヘリックス,伸長ポリグルタミン鎖はミスフォールディングを起こしβシート構造を取る.私は大学院生の頃,ポリグルタミン病研究を行っていたが,当時,conformational diseaseという概念が盛んに議論された.そして今後,あらためてconformational diseaseが議論されていくことになる.「なぜ単一の病因蛋白でありながら,さまざまな臨床・病理像をきたすのか?」という難問になかなか回答を示すことができなかったが,いよいよ次のステージに突入するものと考えられる.

【今後の課題は2つある】
解明すべき課題は2つあり,ひとつは「何がタウやαシヌクレインのconformationを変えるか?」である.ひとつは遺伝子変異であるが,孤発例ではどうか?まずPDとMSAにおいては,神経細胞,グリア細胞といった主に局在する細胞環境の違いが影響している可能性が高い.昨年12月にNature Neuroscience誌に報告された下記論文で,遺伝子変異を有するαシヌクレインを合成し,100 mMの食塩の存在下ないし非存在下に沈殿させると,長さや性質の異なる線維構造(それぞれS線維,NS線維と命名)が形成されることが報告された.そして両者をマウス脳に注射すると,いずれも神経症状を示すが,S線維は鋳型としての能力が高く,結果として,症状の進行が早いこと,神経細胞にのみ蓄積すること,海馬や中脳に限局して蓄積すること,そしてMSA患者脳のαシヌクレイン線維に似た線維ができることが示された(一方のNS線維はパーキンソン病,レビー小体認知症脳のαシヌクレイン線維に似ていた).つまり,αシヌクレインの性質は,単にバッファーの塩濃度によって変わってしまうということは非常に大きな驚きであった.今後さらに研究が進むだろう.
Nat Neurosci 23, 21–31 (2020).

もう一つの課題は「構造の違いが,なぜ固有の病理所見や表現型の違いをもたらすのか?」である.例えば同じ4リピートタウであっても,PSPとCBDではグリア細胞におけるタウ沈着パターンが異なる(tufted astrocyteとastrocytic plaque).このメカニズムまで分かると,疾患の理解は格段に進み,より効果的な治療へ展開するものと思われる.抗タウ抗体もstrainによってより適切なものがあるのかもしれない.いよいよ本当にこれらの神経変性疾患の病態に迫るステージに突入した実感がある.

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本態性振戦(essential tremor;ET)とET plus ―概念の変化と近年の進歩―

2019年12月23日 | その他の変性疾患
先日,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」において本態性振戦に関する演題の座長を担当したので,本態性振戦の現状についてまとめておきたい.

1.本態性振戦の概念と臨床症状

本態性振戦は,原因不明の両側性の上肢の運動時振戦を主徴とする疾患で,通常,40歳以降に発症し,成人で最も高頻度に認められる運動異常症の1つである.人口の約1%,65歳以上の高齢者で4-5%と言われている(1).高齢化の進行で有病率は増加すると考えられている.

臨床症状としては,上肢の挙上などの姿勢により速い振戦が現れる.随意運動中も存在し,箸でものを食べようとしたりすると手が震えて上手にできないことがある.安静時は消失する.下肢には少ないが,まれに認めることがある.発声をすると声が震える,起立すると体幹や下肢に震えを生じることがある.

振戦以外の症状が出現することは通常なく,進行もあまり見られない.一部の症例ではパーキンソン病に進展したり,合併したりすることがある.病理学的には小脳や青斑核に注目した変化が報告されている(2).

2.本態性振戦の原因遺伝子

家族内発症を認める.遺伝子座としてはETM1(3q13.31),ETM2(2p25-p22),ETM3(6p23),ETM4(16p11.2),ETM5(11q14.1)という5領域が報告されているが,これらの原因遺伝子は同定されていない.近年,中国人11家系においてNOTCH2NLC遺伝子(神経核内封入体病(Neuronal intranuclear inclusion disease : NIID)の原因遺伝子と同一)の5’非翻訳領域にGGCリピート伸長(60-250,健常者4-41)が認められ,表現促進現象が確認された(3).

3.新しい振戦,本態性振戦の定義

2018年にMovement Disorder Society(MDS)による新しい振戦の分類が報告された(4).このなかで,振戦はいずれかの身体部位にみられる不随意性,律動性,振動性の運動異常と定義され,2つの軸(Axis)に基づいて分類されている.Axis 1は患者の臨床的特徴であり,病歴の特徴,振戦の特徴,随伴徴候,検査所見が含まれる.Axis 2は病因(後天性,遺伝性,または特発性)である.Axis 1に基づいて振戦症候群は下図のように分類されるが,この中でaction or rest tremorというカテゴリーのなかに1つが本態性振戦である.



4. 本態性振戦の新しい診断基準


さまざまな診断基準があり,混乱が見られたことから,近年の研究の進歩を踏まえ,2018年,前述のMDSによる論文のなかで,診断基準が改訂された (4).以下のように運動時振戦として定義された.
(1)両側上肢の運動時振戦を呈する振戦症候群
(2)少なくとも3年以上の持続期間がある
(3)その他の部位の振戦を伴うこともある(例.頭部振戦,音声振戦,下肢の振戦)
(4)ジストニア,失調,パーキンソニズムなどのその他の神経徴候を認めない
除外項目は,頭部振戦や音声振戦といった局所の振戦のみ呈する場合や,12 Hzを超える起立時振戦,タスクないし位置特異的振戦,そして突然発症ないし階段状の増悪である.
また(2)で「3年以上の持続時間」とあるのは,明らかなジストニア,パーキンソニズム,失調の合併を伴わないことを確認するためである.

5. ET plusの提唱


振戦以外に軽微な神経徴候を認める場合,ET plusとする病型が提唱された.これは,本態性振戦の特徴を示す振戦で,かつ意義不明の神経徴候を認めるもの,例えば継ぎ脚歩行の障害,ジストニア肢位の疑い,記銘力障害を認めたり,他の症候群と分類したり診断をするのに十分ではない意義不明な軽微な神経徴候を認める場合にET plusと診断する.安静時の振戦を伴う本態性振戦もこの本態性振戦プラスに分類する.ただしジストニア振戦や動作特異的振戦のようなほかに,他に定義された症候群は含まない.しかしこの分類の妥当性に関しては疑問が指摘されている.具体的には,(1)そもそも本態性振戦自体がヘテロな病態で,そこにplusをつけて無意味である,(2)進行し,症候に変化が起きてもパーキンソン病のように病名を変える必要はない,(3)ET plusはETと比較して,病態や病理の違いがあるのか不明であるなどの指摘である (5).

6. 治療
薬物治療としてはまずβブロッカーを用いる.アロチノロール塩酸塩や,プロプラノロール塩酸塩が使用される.プリミドンも米国神経学会ガイドラインでは第一選択である.第2選択としては,トピラマート,ガバペンチン,アルプラゾラム,クロナゼパムが記載されている.重度の振戦で薬物抵抗性の場合,深部刺激療法やMRガイド下集束超音波治療の適応となることがある.

文献
1) Louis ED, Ferreira JJ. How common is the most common adult movement disorder? Update on the worldwide prevalence of essential tremor. Mov Disord 25: 534─541, 2010
2) Mavroudis I, Petridis F, Kazis D. Neuroimaging and neuropathological findings in essential tremor. Acta Neurol Scand 139: 491─496, 2019
3) Sun QY, Xu Q, Tian Y, et al. Expansion of GGC repeat in the human-specific NOTCH2NLC gene is associated with essential tremor. Brain. 2019 Dec 9. pii: awz372. doi: 10.1093/brain/awz372.
4) Bhatia KP, Bain P, Bajaj N, et al. Consensus Statement on the classification of tremors. from the task force on tremor of the International Parkinson and Movement Disorder Society. Mov Disord 33; 75-87, 2018
5) Louis ED, Bares M, Benito-Leon J, et al. Essential tremor-plus: a controversial new concept. Lancet Neurol. 2019 Nov 22. pii: S1474-4422(19)30398-9.

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進行性核上性麻痺の診断アプリ(PSP Dx Assist)を開発しました!

2019年11月24日 | その他の変性疾患
2017年,進行性核上性麻痺(PSP)の新しい診断基準としてMDS PSP diagnostic criteriaが提唱され,2019年には,感度,特異度とも良好であることが報告されました.この診断基準は8種類の病型と,診断の確実性を決定するものですが,非常に複雑で,かつ複数の病型を満たす場合も少なからずあり,使用しにくい現状です.このため私どもは本診断基準をより使用しやすくするアプリケーションを開発しました.webアプリケーションPSP Dx Assistは,説明付きの項目をチェックしていくだけで,PSPの診断およびMAXルールに基づく病型の絞り込みができます.加藤新英先生(岐阜県総合医療センター)とともに開発しました.お役立ていただければ幸いです.岐阜大学脳神経内科HPトップページからも入れます.またお気づきの点がありましたらご連絡ください.

PSP Dx Assist




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進行性核上性麻痺の臨床診断:MDS clinical diagnostic criteria for PSP (MDS-PSP criteria)日本語版を公開しました

2019年11月21日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の臨床診断基準として,標題の診断基準が2017年に報告されました(Mov Disord 2017;32:853-864).ただし非常に煩雑で,日本語版もなく,日常診療で使用しにくい状況でした.このため,神経変性疾患領域における基盤的調査研究班(研究代表者 中島健二先生)では日本語訳の作成に取り組みました.日本神経学会運動セクション小委員会に相談の上,Movement Disorder Societyの許諾と著者によるback translationの確認を完了し,班会議HPに日本語版を公開しました.日常診療でご使用いただければ幸いです(下記に使用方法に関するスライドのリンクを用意しました).

なお日本語訳は以下のメンバーで作成しました.
下畑享良,饗場郁子,古和久典,服部信孝,中島健二(敬称略)

日本語訳ダウンロード

診断基準使用法のスライド 

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