Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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進行性核上性麻痺の臨床診断:MDS clinical diagnostic criteria for PSP (MDS-PSP criteria)日本語版を公開しました

2019年11月21日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の臨床診断基準として,標題の診断基準が2017年に報告されました(Mov Disord 2017;32:853-864).ただし非常に煩雑で,日本語版もなく,日常診療で使用しにくい状況でした.このため,神経変性疾患領域における基盤的調査研究班(研究代表者 中島健二先生)では日本語訳の作成に取り組みました.日本神経学会運動セクション小委員会に相談の上,Movement Disorder Societyの許諾と著者によるback translationの確認を完了し,班会議HPに日本語版を公開しました.日常診療でご使用いただければ幸いです(下記に使用方法に関するスライドのリンクを用意しました).

なお日本語訳は以下のメンバーで作成しました.
下畑享良,饗場郁子,古和久典,服部信孝,中島健二(敬称略)

日本語訳ダウンロード

診断基準使用法のスライド 

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多系統萎縮症に対するPROMESA試験の失敗 ~学ぶべきものはなにか?~

2019年08月07日 | その他の変性疾患
【期待されたPROMESA試験】
多系統萎縮症(MSA)に対する臨床試験(PROMESA試験)の結果が報告された.PROMESAはPROgression rate of Msa under Egcg Supplementation as Anti-aggregation-approachの略で,αシヌクレイン凝集を顕著に阻害し,これに関連した神経毒性を減らす作用がある没食子酸(もっしょくしさん)エピガロカテキン(Epigallocatechin gallate;EGCG)が,MSAの進行速度を抑制するのではないかと非常に期待された臨床試験である.EGCGはカテキン(ポリフェノールの一種で,昔からタンニンと呼ばれてきた緑茶の渋みの主成分)のひとつで,エピガロカテキンと没食子酸のエステルである.抗酸化活性を示すと同時に,αシヌクレイン・オリゴマーにモノマーが結合し,凝集することを強力に抑制することが,in vitroおよび動物を用いた前臨床試験で明らかにされていた.

【方法と結果】

本試験はランダム化比較試験として,ドイツにおける12施設で実施された.対象は30歳以上のGilman分類probableないしpossible MSAに該当する患者で,かつYahr分類で1-3とした.92名が参加し,EGCGまたはプラセボを無作為に1:1(実薬47名,偽薬45名)で割り付けた(またMSA-PとCでブロック・ランダム化が行われた).最初の4週間は1日1回経口内服(計400 mg),つぎの4週間は1日2回(計800 mg),そ してつぎの40週間は1日3回,副作用によっては2回内服とした(計1200 mgないし800 mg).48週間後, 4週間の休薬期間を設けた.主要評価項目は52週後のUMSARSの運動スコアの変化とし,安全性も確認した.

さて結果であるが,67名が治療介入を,64名が試験を完遂した.EGCG群におけるUMSARS運動スコアは,偽薬群と比較して,有意差を認めなかった(EGCG群5·66±1·01,偽薬群6·60±0·99: 平均値の差 –0·94±1·41(95% CI –3·71~1·83; p=0·51). EGCG群のうち4名,偽薬群のうち2名が試験期間中に死亡した.またEGCG群のうち2名が肝毒性のため治療を中止した.
以上のように, EGCGによる48週間の治療はMSAの進行を抑制できなかった. 安全性に関しては,概して忍容性は良好であったものの,一部の患者では肝毒性を認めたことから,1200 mgを超えて使用すべきではないと考えられた.

【果たせなかった約束】
PROMESAはスペイン語で「約束」の意味である.試験に関わった者は,患者との「治療を実現するという約束を果たそうとした」のかもしれない.もしくはこの臨床試験を,万全を期して計画し,「成功は約束されている」と考えたのかもしれない.事実,ROMESA試験は従来の試験の結果を参考にしてさまざまな工夫がなされている.

・過去の自然歴データを利用し,綿密にパワー計算を行い参加人数を決め,主要評価項目を設定した(検出力80%,p値5%,効果サイズ50%,脱落率20%に設定した).
・これまでで最多の参加者をエントリーした.
・使用可能な最大投与量まで増量した.
・理論的にMSAの病態を修飾しうる薬剤を用い,前臨床試験でも有効性を確認した.

しかし,これだけ行ったにもかかわらず臨床試験は失敗した.関係者はもちろんのこと,私どもこの試験に期待をしていた医師,そして患者さん,家族は大きく失望したのである.

【失敗から学ぶべきものはなにか?】
では今回の失敗から学ぶべきものはなにか?著者らは以下を挙げている.
・遺伝的要素,および,より詳細な病態の理解.
・最適な(非運動症状を含む)エンドポイントの決定
・最適な(早期診断と治療効果判定のための)バイオマーカーの同定.
・より病態を反映する前臨床モデル.
・(間違っている可能性のある)病態仮説によらないモデルの構築(例えばiPS細胞モデルのような患者由来のモデル).

そして現行のMSAの臨床診断基準(改訂Gilman基準)の改訂が必要であろう.早期診断に限界がある.実際に,2020年を目標に,MSA criteria revision task forceによる診断基準の改訂が進められている(Stankovic I et al. Mov Disord 2019;34: 975-984).以下がその方針である.

1.診断の確かさの改善(感度・特異度>80%)
2.さまざまな臨床亜型の取り込み
3.レボドパ抵抗性の適切な定義                       
4.診断を支持しない項目の見直し
5.補助診断(画像診断,OHの定義の見直し)

個人的にはmultiple systemではなく,mono systemの変性の段階で治療を開始する必要を感じる.失敗を糧として,知恵を総動員して,MSAの病態抑止療法を成功させる必要がある.

Johannes L, et al. Safety and efficacy of epigallocatechin gallate in multiple system atrophy (PROMESA): a randomized, double-blind placebo-controlled trial. Lancet Neurol 2019 Published Online July 2, 2019



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進行性核上性麻痺(PSP)の診断基準 ―MAXルール―

2019年07月20日 | その他の変性疾患
神経変性疾患研究班のワークショップが行われ,「進行性核上性麻痺の診断基準,臨床試験の状況」という講演をさせていただきました.そのなかで,とても複雑な診断基準であるMDS PSP diagnostic criteriaの使い方と解釈の仕方について説明しました.感度・特異度から考える診断基準の限界,MAX ruleによる病型の決定法を知っておく必要があります.スライドをご覧ください.



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大脳皮質基底核症候群の背景病理はFDG-PET低代謝パターンで推定できる

2019年04月27日 | その他の変性疾患
大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration; CBD)という名称は病理診断名として使用され,代わって大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome; CBS)という名称が臨床診断名として使用される.CBSの背景病理は,CBDのほか,アルツハイマー病(AD),進行性核上性麻痺(PSP)などさまざまな疾患が認められる.将来の病態抑止療法を成功させるためには,正確な背景病理の診断が必要であるが,臨床像や頭部MRIから背景病理を予測することはきわめて難しい.

今回,イタリアから,背景病理の生前診断にFDG-PETが有用であるという研究が報告された.研究の目的は,①背景病理ごとに特定の低代謝パターンを示すのではないか?そして②背景病理によらず,共通して低代謝を呈する部位は存在するのか?という2つの疑問を検討することである.①に関しては,著者らは異なるタンパク質ミスフォールディングは(CBSを呈しても)異なる脳内病変(=低代謝)分布を来すはずと考えたのだ.

対象はCBS 29例で,いずれの症例もFDG-PETが行われ,かつ剖検により診断を確定した.内訳はCBS-CBDが14例,CBS-ADが10例,CBS-PSPが5例であった.また年齢をマッチさせた健常群13例を加え,FDG-PET所見の比較を行った.

結果であるが,CBSの3群間で運動,認知に関するスケール(Mattis Dementia Rating Scale およびfinger tapping score)において有意な相違は認めなかった.問題のFDG-PET所見は,健常者と比較すると,以下の違いを認めた.

1)CBS全例:perirolandic areaや基底核,視床を含む一側性の前頭・頭頂部の低代謝
2)CBS-CBD:1)と同様であるが,より顕著で,対側の基底核まで含む低代謝
3)CBS-AD:外側頭頂・側頭葉と後帯状皮質を含む,後方,非対称性の低代謝
4)CBS-PSP:内側前頭部と前帯状皮質を含む,前方の低代謝


また3群の比較で,唯一,一次運動野の低代謝が背景病理によらず共通して認められた.

以上より,CBSでは異なる背景病理はそれぞれ特有の低代謝パターンを呈する可能性が示唆され,FDG-PETがCBSの背景病理の推定に有用であるものと考えられた.FDG-PETと病理診断を行った症例を29例も集積したことは本当に大変なことであるが,それでも各群の症例数は十分とは言えず,さらに症例を集積し,FDG-PETを用いた生前診断の有用性を検証する必要があろう.

Pardini M et al. FDG-PET patterns associated with underlying pathology in corticobasal syndrome. Neurology. 2019;92(10):e1121-e1135.



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「非定型パーキンソニズム ―基礎と臨床―(文光堂)」近日刊行のお知らせ

2019年04月23日 | その他の変性疾患
ずっと作りたいと考えてきた書籍が,多くの仲間や先輩の先生方のお力を借りしていよいよ完成し,5月の日本神経学会学術大会に合わせて刊行されることになりました.本書は洋書にしかなかった「非定型パーキンソニズム」に関する専門書で,エキスパートの先生方に「将来,非定型パーキンソニズムに取り組みたいと思う臨床医,基礎研究者が増えることに貢献するような書籍を作りたい」とご執筆を依頼し,ご快諾を得てできたものです.

第Ⅰ章総論では詳細な症候の理解や,疫学,バイオマーカー,リハビリテーション等について議論し,第Ⅱ章各論では疾患ごとの歴史,診断基準,mimics,画像・病理所見,治療をご提示いただきました.さらに第Ⅲ章では病態解明と治療法の確立に向けた最新情報をまとめていただきました.いずれの項目でも,今後の課題をご提示いただき,本邦からの新たな知見やエビデンスの発信に貢献することを目指しました.

病態抑止療法への取り組みで大きく変貌する多系統萎縮症,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,レビー小体型認知症などの診療を理解するための最高の書籍に仕上がりました.ぜひご一読ください.

非定型パーキンソニズム ―基礎と臨床―(文光堂)






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R.I.P.(安らかに眠れ),FTDP-17

2018年02月15日 | その他の変性疾患
【FTDP-17とは】
Frontotemporal dementia with parkinsonism-17 (FTDP-17) は,1996年に開催された初めてのFTDPの会議で,遺伝性家族性前頭側頭型認知症・パーキンソニズムにつけられた名称である.原因遺伝子座が第17 番染色体に連鎖するため,名称に17がついた.常染色体優性遺伝形式で浸透率は高い.1998年,タウ(microtubule-associated protein tau:MAPT)遺伝子の変異が同定された.病理学的には脳内にタウ蛋白が異常に蓄積するタウオパチーであった.

【FTDP-17の概念の混乱】
しかし2006 年,FTDP-17の半数の家系は,MAPT遺伝子とは異なるprogranulin(PGRN)遺伝子に変異がみられることが明らかにされた.つまり偶然,17番染色体に存在する2つの原因遺伝子がFTDPを引き起こしていたということになる.臨床的には両者は似通っているが,病理学的には異なり,PGRN変異ではタウの異常蓄積はみられず,ユビキチン陽性,TDP-43陽性の封入体を認める(TDP-43 proteinopathy).さらにMAPT遺伝子変異を認めるものの,パーキンソニズムがみられない症例も報告され,FTDPとは言い難くなった.以上のように,FTDP-17という疾患概念に混乱が生じたが,その名称は20年にもわたり放置された.FTDP-17は,その名称を見て原因遺伝子が分からないだけでなく,蓄積する蛋白も何であるのか分からない.これに対し,孤発性ではFTLD-tauとかFTLD-TDPのように蓄積蛋白が分かり,さらにその下位の病理サブタイプもピック病(PiD),進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核変性症(CBP),globular glial tauopathy(GGT)と分類されている.

【MAPT変異例は孤発性のタウオパチーと臨床的に対応するか?】
パーキンソン病やALS,痙性対麻痺,脊髄小脳変性症など多くの神経変性疾患では,遺伝子変異と臨床像の対応が詳しく議論され,原因遺伝子(産物)の検討が,孤発例の病態解明に有益であった.しかしタウオパチーにおいては,FTDP-17の存在のため,それができなかった.しかし一部のMAPT遺伝子変異例はFTLD-tauと病理学的に共通することが報告され,両者は関連する可能性があるが,多数例での検討はなかった.このため,オーストラリアと英国の共同研究チームは,ブレインバンク登録症例を用いた多数例で,MAPT変異例が特定の孤発性のタウ病理サブタイプと対応するかを検討した.

【方法】
Sydney and Cambridge Brain Banksに含まれていたMAPT遺伝子変異をもつ10例を病理学的に評価し,孤発性FTLD-tauの4つの病理サブタイプ(PiD,CBD,PSP,GGT:各N=4)と比較した(既報例とも比較した).MAPT遺伝子変異はK257T, S305S, P301L, IVS10+16, R406Wの5つで,それぞれがどの病理サブタイプに合致するかをAT8(リン酸化タウ),3Rタウ,4Rタウに対する抗体を用いて検討した.

【結果】
孤発例と比較すると,MAPT遺伝子変異例は,平均罹病期間は同程度であるが,発症年齢は若かった(55 ± 4 歳対70 ± 6 歳).つまりMAPT遺伝子変異は発症年齢に影響を及ぼすことが分かる.またMAPT変異を有する10例は,孤発性FTLD-tauの病理サブタイプと類似の所見,すなわちPick body, astrocytic plaque, tufted astrocyte, globular astrocytic inclusionを呈し,また重症度も類似していた.具体的には,K257Tは Pick病,S305S, IVS10+16, R406WはCBD,S305SはPSP,P301L, IVS10+16はGGTを呈した(図A).S305S変異が2つのタウオパチー(PSP/CBD)を呈したこと,またIVS10+16がバンク例で2つ(CBD,GGT),既報例を含めると3つのタウオパチー(CBD,GGT,PSP)を呈したことは,MAPT遺伝子以外に,さらなる修飾因子が存在する可能性が示唆された.

既報例の検討では,タウ・スプライシングを決定するエクソン10およびイントロン10の遺伝子変異で,複数の病理サブタイプを呈していることが分かる.つまりエクソン10とそれ以外の遺伝子変異ではかなり病態が異なるものと考えられた.
     
【考察】
本研究は,異なるMAPT遺伝子変異が,それぞれに対応する,異なる病理サブタイプを呈することを示した.このことは遺伝子変異の検討が孤発性FTLD-tauの異なる病型の病態機序にヒントを与える可能性を示唆している.つまり,MAPT変異例は,FTDP-17という独立した分類にするのではなく,孤発性FTLD-tauサブタイプの家族例として考えるべきである.今後,動物モデルや細胞モデルを用いて,各遺伝子変異が異なる孤発性病理サブタイプを生み出す病態機序について明らかにする必要がある.

【本研究の限界とタウPETによる検討】
本研究は,既報例を引用しているものの,症例数が10例と必ずしも多くないこと,蓄積したタウのタイプのバランスが分かりにくいという問題がある.すなわちタウにはアルツハイマー病(AD)でみられる3R/4Rタウや,PSP/CBDでみられる4Rタウ,PiDでみられる3Rタウがある.罹病期間の長いCBDでは3Rタウも蓄積するという報告もある.この問題に答える研究がごく最近のNeurology誌に報告されている. MAPT遺伝子変異例13例を含むタウPETの研究である.AD typeの3R/4R tauを認識するtau PETである18F-AV-1451 PETの検討である.

AD患者,コントロール,MAPT変異例でPETを行なうと,AD>エクソン10以外変異>エクソン10変異>コントロールの順にタウの蓄積が認められた(図B).上述のとおり,エクソン10はタウのスプライシングに関与し,3Rと4Rのバランスを決定している.つまり,エクソン10以外に変異がある症例では,3R/4R tau(AD type)が増え,エクソン10に変異があると4R tauが優位に増加する.このため,AV-1451 PETではエクソン10変異では4Rタウが主体になり,タウの集積は目立たない.つまりMAPT変異の種類により,蓄積するタウの種類が異なることがPETの検討から分かる.このようにMAPT遺伝子変異は蓄積するタウのタイプを変えることで,病理サブタイプ,ひいては臨床像を変えるものと考えられる.家族例の病態の理解が,孤発例の理解の近道になるのだろう.


Forrest SL et al. Retiring the term FTDP-17 as MAPT mutations are genetic forms of sporadic frontotemporal tauopathies. Brain. 2018 Feb 1;141(2):521-534. doi: 10.1093/brain/awx328.

Jones DT et al. In vivo 18F-AV-1451 tau-PET signal in MAPT mutation carriers varies by expected tau isoforms
Neurology 2018 on line(DOI: https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000005117)







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大脳皮質基底核症候群と大脳皮質基底核変性症の診断

2016年02月16日 | その他の変性疾患
東名古屋病院饗場郁子先生と共同で,臨床神経学に標題の総説論文を執筆いたしました.図のように複雑になっているCBSとCBDの疾患概念の変遷や診断基準をご紹介し,最後に日常診療においてどのように診断をすべきかをまとめました.現時点での総説決定版だと思います(笑).Advance publicationの状態で,下記リンクよりフリーでダウンロードできますので,ぜひご覧ください.


文献ダウンロード



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米国における小脳型進行性核上性麻痺(PSP-C)の検討

2016年02月07日 | その他の変性疾患
小脳性運動失調は,進行性核上性麻痺(PSP)の臨床診断基準において除外項目の一つである.しかし日本人において小脳性運動失調を主徴とするPSP症例が報告されていた.我々新潟大学のグループは,このようなサブタイプをPSP-Cと名付け,昨年,サンディエゴで行われた国際パーキンソン病・運動障害疾患学会(MDS)にて診断基準案を提唱した(図).

今回,Mayo clinicから米国におけるPSP-Cの頻度についての検討が報告された.また小脳性運動失調の有無により,臨床,病理,遺伝学的背景に違いがあるのかどうかも検討された.対象は剖検により診断が確定した1085例とした.まずMayo clinicが経験した連続100例が検討され,つぎにブレインバンクの985例では,生前診断がMSAか,小脳変性,下オリーブ核肥大,著明な菱脳のタウ病理が目立つ症例が選ばれた.その後,小脳症状・病変の有無により分類した2群において,臨床,病理,遺伝学的な相違が検討された.

さて結果であるが,Mayo Clinicシリーズでは1/100例(1%)のみPSP-Cと考えらえた.この症例の頭部MRIでは,小脳萎縮,軽度の中脳萎縮,上小脳脚萎縮を認めた.またブレインバンクの4例がPSP-Cと考えられた.つまり合計で5例となるが,うち4例は生前,MSAと臨床診断されていた.病理学的解析では,リン酸化タウ陽性プルキンエ細胞といったタウ病理や,小脳歯状核や小脳求心路核(下オリーブ核,橋核),その他の部位(視床下核,黒質,淡蒼球)の変性の程度は2群間で明らかな差を認めなかった.タウ遺伝子型についても差はなかった.

以上より,米国におけるPSP-Cの頻度は,Mayo clinicケースシリーズで1%,全体では5/1085(0.46%)と少なかった.これは欧州からの報告と同程度で,日本人と比べると稀と考えられた.これは遺伝的,民族的背景が関与している可能性が考えられた(日本人では,MSAやALDでも小脳型が多い).今後,PSP-Cの危険因子となる遺伝学的背景の検討が必要と言える.

PSP-C はMSA-Cと鑑別が必要となるため,我々は前述のようにPSP-Cの暫定診断基準案を提案した(図).症状の組み合わせによりprobableとpossibleに分類する.また除外項目として,Gilman分類を満たす自律神経障害と,頭部MRIにおけるhot cross bun signを設けた.この診断基準を今回の5症例に当てはめると,1例はprobable,3例がpossibleを満たした(核上性垂直方向性眼球運動障害を認めなかた).残り1例は,発症から2年以内の転倒を伴う姿勢保持障害を認めなかったため診断基準を満たさなかった.また全例がGilman分類の自律神経障害やhot cross bun signを認めなかった.著者らは,日米の検討結果を踏まえ,我々の診断基準案は妥当と述べている.また小脳性運動失調はPSPの除外項目として適当ではないと述べている.

また病理所見に関して,我々はPSP-Cで,リン酸化タウ陽性プルキンエ細胞の頻度が高い可能性を報告したが,本研究では有意差は認められなかった.また小脳虫部や小脳歯状核の変性の程度も小脳性運動失調を説明するものではなかった.残念ながら,本研究では小脳性運動失調の責任病変を見出すことができなかった.

本研究の問題点としては,第1に後方視的研究であり,小脳性運動失調の頻度が低く見積もられている可能性があること,第2に,ブレインバンク症例のカルテ記載が不十分で見落としがありうること,第3に病理学的に検索していない部位に小脳性運動失調の責任病変がある可能性がありうることを挙げている.

本研究では,どのように正確にPSP-Cを臨床診断するかについての情報を得るに至らなかったが,海外においてもMSAの鑑別診断としてPSP-Cを検討すべきこと,非典型的なパーキンソン症状に失調症状を伴う症例においてはPSP-Cも鑑別診断に挙げることが明らかにされた.

Koga S, et al. Cerebellar ataxia in progressive supranuclear palsy: An autopsy study of PSP-C.
Mov Disord. 2016 Feb 3. doi: 10.1002/mds.26499.



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Cure PSPその2(タウオパチー治療研究の最先端)

2014年10月22日 | その他の変性疾患
さてシンポジウムで議論されたタウオパチー研究のうち,印象に残った治療薬開発研究を3つ紹介したい.

1. タウ凝集体形成神経細胞を用いた薬剤スクリーニング

タウ凝集体はPSP,CBDのほか,アルツハイマー病,ピック病などさまざまな変性疾患で認められるが,それぞれの疾患で,タウ蛋白の異常な折りたたみ構造には違いがあると考えられている.すなわち,疾患ごとのタウの検討が必要である.ペンシルバニア大のVirginia Lee教授は,4リピートタウオパチー(PSP/CBD)を標的とした治療薬を探索するためのタウ凝集体形成細胞モデルを作成した(写真).初代培養神経細胞にDox誘導性に変異タウ蛋白(P301L変異)とGFPの融合蛋白を発現させるモノクローナルセルラインである.Dox添加で変異蛋白はfibril形成をし,内在性タウが組み込まれ,核近傍に凝集体が形成される.Triton X処理により可用性タウが除去されたあとも細胞は生存し,凝集体を持ちつつ活発に動く.細胞分裂もし,娘細胞には凝集体がいろいろな割合で分配される.Doxオフし変異融合蛋白の発現を止めると,凝集体は細胞から徐々にクリアランスされる.そして,またDoxオンすると,再度,凝集体が出現する.すなわちこの変異のタウ凝集体は意外なことに細胞毒性を持たないdynamic structureであることが分かった.凝集体の形成部位はポリグルタミン蛋白が集まるaggresome(微小管集合中心)ではなかった.不溶性タウのクリアランスはユビキチンプロテアソーム系ではなく,オートファジー・リソソーム系が関わっていた.この細胞モデルを用いて,ヤンセンファーマと共同で,①タウ凝集を減らす薬剤,②タウ凝集を減らすtau siRNAを探索中である.前者としては,タウのリン酸化酵素であるGSK3bの阻害剤はタウ凝集体形成を抑制することを確認している.

参照:大学紹介ホームページ

2. 4リピートタウの転写を抑制する薬剤の探索

タウは選択的スプライシングにより6種類産生される.PSP/CBDで問題となる4リピートタウの発現にはexon 10のスプライシングが関与するが,それを調節しているのがタウRNAのstem loop structureである.このstem loop structureを標的とし,4リピートタウ蛋白の産生を抑えることができればPSP/CBDの進行抑制につながるのではないかというアイデアである.これは今年,Science誌に報告された脊髄性筋萎縮症の原因遺伝子SMN2に対するsplicing modifierが,SMA疾患マウスの運動機能を改善させたのと同じ戦略といえる.具体的にはNMR構造解析ではmitoxantrone(MTX)はこのstem loopに結合することが分かっており,このMTXの誘導体を作成する戦略や,stem loopに結合するアンチセンスを作り,exon 10 splicingを減らす方法が検討されている.RNA同士より結合が強力なpeptide-basedのPNSs アンチセンスも有望で,事実,MTX-PNA conjugateはexon 10 splicingを抑制し,4リピートタウを減少させた(残念ながらこのconjugateは細胞毒性が強いそうだ).

3. 臨床試験

GSK3β阻害剤であるdavunetideを用いた臨床試験と,コエンザイムQ10を用いた臨床試験の総括がなされた.残念ながらいずれも無効という結果であったが,次に繋げるためにはどうすべきか議論がなされた.前者は,241名の参加者を,52週にわたって観察したが,その観察期間で,どの臨床指標に変化が見られたかについて提示され,眼球サッケードの変化は感度が高く,髄液ニューロフィラメントL鎖も有望とのことであった.PSP/CBDは,アルツハイマー病より進行が速いこと,比較的純粋な症例に絞ることができることから,臨床試験に向いているとのことであった.逆にバイオマーカーがなお不十分であること,症例数が多くないこと,確定診断時,病気がすでに進行していることが挙げられ,とくに最後の問題は,現在,アルツハイマー病で行われているようなpresymptomatic stageにおける介入研究も視野に入れる必要があるとのことであった.コエンザイムQ10研究については,通院困難等による脱落率が41%と高かったことが大きな失敗の要因とのことであったが,安全性・副作用での中止ではなかった.また脱落例の解析で,コエンザイムQ10を中止したあとの症状進行のスピードが早くなったことから,コエンザイムQ10が有効である可能性は残されているという見方が紹介された.

以上,PSP/CBDに対するタウを標的とした治療研究をまとめた.アルツハイマー病研究でもタウは注目されているが,アルツハイマー病とPSP/CBDとでは,タウの役割は異なることが予想される.4リピートタウを標的とした基礎・臨床研究に日本からも研究者が参加することを期待したい.


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Cure PSPその1(患者会と寄付の文化について)

2014年10月22日 | その他の変性疾患
米国Cure PSPが主催する国際リサーチシンポジウムに参加し,日本でおもに報告されているPSPの亜型である小脳型PSP(PSP-C)について発表する機会を頂いた.

このCure PSPは,進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核変性症(CBD)といったパーキンソン病類縁疾患の啓発活動,治療の確立を目指す患者・家族会,財団である.シンポジム前夜のパーティーから参加させていただいたが,今年はPSPがSteele先生らにより報告されて50年目の記念の年でもあり,盛大なパーティーであった(Steele先生とお話することができた).このパーティーにはPSPに携わるさまざまな立場の人が参加するが,お互いにWhat’s your connection to PSP?という質問をしては,「私は妻が患者だった」「私は研究者だ」などとおしゃべりを始めて親睦を深めていた.私もいろいろな方とお話をさせていただいたが,みなさんとても親切で嬉しかった.

このCure PSPは,日本の神経難病の患者会とは以下の点で大きく異なる.①患者・家族の多額の寄付金によって運営され,その寄付金は疾患の啓発活動や研究費に使用される,②患者・家族と研究者の関係がより密接である,③研究者はより治療を目指した研究を目指す必要がある,③研究者は,患者・家族に最先端の研究成果を分かりやすく説明する必要がある.④患者・家族は最先端の研究成果を可能な限り理解する努力をする.⑤患者・家族と研究者の協力体制の構築は,ブレインバンクの発展に大きく寄与する.

⑤に関してはDickson教授(Mayo Clinic)から説明があったが,現在,Cure PSP Brain bankに保存されている剖検脳は1326人分!!その病理診断内訳がPSP 80%, CBD 6%, LBD 5%, MSA 3%, ALS 1%とのことであった.この診断が確定している脳組織を用いて,種々の遺伝子,バイオマーカー研究が行われるわけである.日本でも献脳ブレインバンクが東京,新潟,名古屋で始まっているが,治療開発研究になぜ剖検脳が必要で,どのようなことが分かるのかきちんと伝えられれば,より発展していくものと考えられた.

しかしなぜ日米の患者会に上記の差が見られるようになったのであろうか.これは米国と日本における「寄付の文化」の相違が背景にあり,難病の患者会活動にも影響していることは想像に難くはない.ほかにも米国の大学では,寄付により作られた立派な施設や講座が多いことに驚くが,日本ではあまり個人や企業の名前がついた研究施設を大学では見かけることは少ない.

日米の科学への「寄付の貢献」の差には,大きく分けて「文化の違い」と「税金の制度の違い」の2つの理由が考えられるようである.前者にはアメリカでは「お金を持っている人が,貧しい人に分け与えるべきである」というキリスト教の考え方による影響が大きいといわれている.後者については,アメリカでは,自治体や学校のほか,科学分野,宗教,芸術など,幅広い団体への寄付が認められているのに対し,日本では個人が寄付として認められるのは,地方自治体や学校,ごく一部のNPO法人などの狭い範囲に限られているうえ,国が定めた団体に寄付をしようとしても,税制上,免除を受けることができないケースもあるそうだ.見直しも必要なのではないだろうか?

いずれにしても,米国のCure PSPのような患者・家族を中心とするシステムは,治療研究を推進する方策となるものと思われ,日本も学ぶべき点が多いと感じた.


ホームページ Cure PSP

参考:日本の寄付金がアメリカの100分の1の理由は?




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