Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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人工甘味料による脳梗塞・認知症リスクをどう考えるか?

2017年05月29日 | 脳血管障害
【人工甘味料の基礎知識】
人工甘味料は,消化・吸収・代謝がされにくい糖アルコールや非糖質系甘味料(天然甘味料,人工甘味料)を指す.代表的なものとしてアスパルテーム,アセスルファムK,スクラロース等がある.1 グラム当たりのカロリーは,アスパルテームで砂糖と同じ4 kcal,アセスルファムKやスクラロースは0 kcal である.いずれも砂糖の数百倍の甘味度を有するため,少量で甘味を実現できる.

人工甘味料は直接,血糖値やインスリン値に影響しない.しかし人工甘味料を含むダイエット清涼飲料水の摂取量が,糖尿病発症と関連したとする疫学研究がある.このため糖尿病を介して脳卒中の危険因子となる可能性があるが,肯定する報告も否定する報告もある.また認知症の危険因子になるかについても不明であった.このためボストン大学のチームは,フラミンガム心臓研究の第2世代コホートを検討し,砂糖もしくは人工甘味料を含む清涼飲料水の摂取が,これらの疾患の危険因子になるか10年間経過観察した.

【人工甘味料を毎日摂取している人の脳卒中,認知症リスクは3倍!】
研究の方法であるが,45歳以上の2888人分から「脳卒中」の発症者を抽出し,60歳以上の1484人分から「認知症」の発症者を抽出した.清涼飲料水の摂取は,質問表に対する自己記入式で行った.結果として,10年間で脳卒中は97名(うち脳梗塞82名),認知症は81名(うちアルツハイマー病63名)の発生を認めた(つまり対象の3.4%が脳卒中を発症,4.5%が認知症を発症した).交絡因子となりうる年齢,性別,カロリー摂取量,食事の質,運動量,喫煙を補正した後の検討で,人工甘味料を含む清涼飲料水の摂取回数が多いほど,脳梗塞,全認知症,アルツハイマー病の発症率は増加していた.具体的には「1週間で摂取しない群」を基準としたところ,毎日摂取する群は,脳梗塞でハザード比2.96(95%信頼区間1.26-6.97),アルツハイマー病でハザード比2.89 (1.18-7.07)であった.図A,Bの緑は1週間の摂取が0回,赤が0~6回,青が7回以上である.つまり1日1回以上,人工甘味料の摂取をしている青グループは,脳梗塞(図A),アルツハイマー病(図B)とも発症が多いことがわかる.一方,砂糖を含む清涼飲料水の摂取は,脳卒中・認知症と関連がなかった.ただし,この研究は対象が欧米人のみであること,交絡因子が上述以外にも存在しうることに注意が必要である.

【なぜ脳梗塞,認知症が増えるのか?】
上述の通り,人工甘味料は直接,血糖値やインスリン値に影響をしないが,糖尿病の発症を予防するとは限らない.むしろ意外なことに,人工甘味料摂取により糖尿病の発症が促進され,その結果生じた動脈硬化を介して,脳卒中・認知症が増加した可能性が論文の中で指摘されている.人工甘味料が糖尿病を引き起こすメカニズムとして,以下の2つの可能性が報告されている.
1)人工甘味料が腸内細菌叢に影響を及ぼし,耐糖能異常をもたらす(Nature 2014; 514, 181-186).
2)強い甘みという味覚刺激を受けるものの,血糖が上昇しないため,エネルギー恒常性の異常が生じる(Curr Opin Clin Nutr Metab Care 2011; 14: 391-395).
ただし糖尿病患者さんが,砂糖を含むものよりも,人工甘味料を含む清涼飲料水を求めているから,人工甘味料と糖尿病に関連が生じた可能性もあり,解釈は慎重に行う必要がある.

【動物実験では,人工甘味料は脳梗塞を重症化する】
人工甘味料を用いたヒトにおける介入研究は難しいが,このような時,動物実験での検討は役に立つ.2015年のStroke誌において,人工甘味料をあらかじめ6週間,通常量の範囲でマウスに摂食させた後,左中大脳動脈を永久閉塞させたという研究が報告されている(Dong X-H et al. Stroke 2015;46, 1714-8).図Cに示すように順番に対照,フルクトース,エリストール,アセスルファムK,レバウジオシドA,スクロースが用いられている.この結果,虚血3日目の脳梗塞サイズは,対象に比べて人工甘味料では大きくなり(図Cの赤い四角),かつ行動解析でも重症だった.メカニズムに関する検討も行われ,人工甘味料は血管内皮細胞前駆細胞の機能障害を招き,その結果,虚血後の血管新生が減少し,脳梗塞が増悪する可能性を指摘している.個人的には血管新生が影響するには早い時期なので,むしろ人工甘味料の悪影響より,神経細胞に必要なグルコースが十分利用できないことが影響しているように思われる.

【その他の人工甘味料と脳に関する報告】
「人工甘味料と脳」をキーワードにPubMedの検索を行うと,以下の論文が見つかる.
1)アスパルテームは,代謝された後,50%がフェニルアラニン,40%がアスパラギン酸,10%がメタノールになる.過剰のフェニルアラニンはドーパミン,ノルアドレナリン,セロトニンといった神経伝達物質の合成や放出を阻害する(Folia Neuropathol 2013; 51, 10-17).
2)アスパルテームは血漿コルチゾール上昇と,フリーラジカルの過剰産生をもたらし,酸化的ストレスに対する脳の脆弱性を増強する(Nutr Neurosci 2017 Feb on line).
3)ゼブラフィッシュにて,アスパルテームはHDLコレステロールを修飾し,その抗動脈硬化作用を減弱させ,動脈硬化をもたらす(Cardiovasc Toxicol 2015; 15, 79-89).
4)長期アセスルファムKを摂取したマウスは,水迷路試験で認知記憶の障害を呈する(PLoSOne 2013; 8, e70257).

動物実験の結果がすべてヒトに当てはまるわけではないし,前半の疫学研究も因果関係に結論が出たわけではない.よって現時点で人工甘味料が即危険であると結論付けることはできない.しかし「カロリーゼロだから病気にならない,健康のために良い」という認識は改めたほうが良さそうである.

Pase MP et al. Sugar - and artificially sweetened beverages and the risks of incident stroke and dementia -a prospective cohort study-. Stroke 2017; 48, 1139-46. 

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