Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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「1リットルの涙」 ―脊髄小脳変性症と神経内科医―

2005年10月25日 | 脊髄小脳変性症
1リットルの涙」というドラマが始まった.このドラマの原作は木藤亜也さんご本人の日記を編集したベストセラー「1リットルの涙」と,その母親の潮香さんが書いた「いのちのハードル」である.生きることを諦めず,脊髄小脳変性症(SCD)という病気と闘い続けた少女の実話であり,きっと多くの同年代の若者に少なからぬ影響を与えるのではないかと思う.またこのドラマがSCDという必ずしも世間の多くの方々がご存知でない病気や,神経内科について関心を持っていただき理解する機会になればすばらしいことだと思う.
 ただ,この亜也さんの臨床症状は通常のSCDとは異なっていて,もしかしたら一般の方々にSCDという病気に関して少し誤解が生じたり,患者さんを混乱させたりするのではないかと懸念している.実は亜也さんのように10歳代で病気を発症し,きわめて早い進行を示す患者さんはかなり稀な例である.SCDは,現在,20種類以上ものタイプに分類されている遺伝性のタイプと,遺伝性のないタイプ(孤発性)に分類されるが,いずれの場合も40歳代以降に発症することが一般的である.遺伝性に限ると10歳代で発症することはごく稀に認められるが,この場合,早期に発症すればするほど症状も重篤になり,病気の進行も早い.逆もまた然りで,発症が遅いほど病気の程度も比較的軽く,進行も遅い.つまりSCDは孤発性と遺伝性で症状や経過が異なり,遺伝性の中にも数多くの病型があり,さらに同じ病型のSCDであっても発症の時期とか病気の重症度・進行が大きく異なるのである.私が言いたいのはSCDと言ってもひとによって症状や程度,進行の具合はまったく異なるということであり,SCDの患者さんがみな亜也さんと同じような経過を取るわけではないということである.きっとSCDの患者さんやご家族のなかにもこのドラマをご覧になられる方がおられると思う.事実,私は自分の今後と重ね合わせてしまうのが怖いと言って,購入した「1リットルの涙」の本をなかなか開けないでいるSCDの患者さんにお会いしたことがある.亜也さんは不幸にも重篤な経過を取られた患者さんであるが,このドラマで今後,見ることになる症状や経過がすべての患者さんに同じように当てはまるものではないということは強調しておきたい.ご自身,ないしご家族の症状や経過については,ぜひ主治医の先生に詳しく伺って,誤解をしたり余計な心配をしたりしないですむようにしていただければよいのではないかと思う.またドラマでは原作と違って,現代が舞台となっているが,原作当時と現在では分子遺伝学の著明な進歩によりSCDに対する理解は大きく変わってきており,その辺のところも気に留めていただければよいのではないかと思う.
 さてこのドラマで私が一番関心を持っているのは主治医の水野先生である.ドラマの中ではかなりクールで冷静沈着な先生のように見える.じつは10歳代で発症するSCDの患者さんを担当するというのは神経内科を専門とする医師にとってもかなり稀なことであって,患者さんを担当した医師もおそらく困惑・狼狽する.実は私は神経内科医となって5年目に10歳代で発症したSCD患者さんを立て続けに3人担当する機会があった.いずれも遺伝性のSCDであったが,上述のように病状の進行は早く,根本的な治療がない状況にとてもつらい思いをした.その経験は当時の私にとってとても大きなインパクトとなり,その後の進路に大きな影響を与えることになった.ただ私の恩師のひとりは,「病気を治せなくても,患者さんのために神経内科医にしかできない仕事はたくさんあるんだよ」と教えてくれた.「この病気で完治した例を私は知らない」と母親に伝えた水野先生が,今後,亜也さんとどのように係わっていくのか,ぜひ注目したい.

1リットルの涙.木藤亜也.幻冬舎文庫
1リットルの涙.フジテレビ系列毎週火曜日午後9時
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6 Comments

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Unknown (まねきねこ)
2005-10-30 03:17:26
このTVドラマ興味をもってみています.なかなか複雑な病態の病気のようですね.それぞれのヒトによって進行が違うとはびっくりしました.

 これからもブログがんばってくださいね.

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Unknown (pkcdelta)
2005-10-30 03:38:59
コメントどうもありがとうございます.意図が伝わったようで嬉しいです.
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Unknown (はな)
2005-11-08 22:59:02
私は看護師で神経内科に3年勤務している24歳です。

SCDの患者さんと関わることもあり、このドラマを興味深くみています。もちろんこのドラマのように10代で、あんなに症状が進行していく症例はあありませんが。。

神経内科で勤務していると、特定疾患の患者さんが大勢おられ、治療はもちろんですが、メンタル面での関わりがすごく難しく、考え込むことが多々あります。

主治医も含め、できるだけ希望を取り入れた治療とケアをするよう心がけて、日々試行錯誤です。

でも自分自身も涙がでるほど悲しくて、もう無理!自分には重すぎて辞めたいーっ。と思ったり、患者さんの笑顔や、希望が叶ってとびあがるほど嬉しくて、一緒に喜んだりして、やっぱり辞められないなぁ、なんて。。

神経難病の方は、一度は退院しても必ず再入院されます、その度に前回より症状が進み、一つずつチューブや穴が増えていき、出来ないことが増え、歩けなくなり、話せなくなり、食べられなくなり、、という経過を見ていくのはやっぱり、悲しいです。でも最後まで人工呼吸器を付けてでも自宅で介護されるご家族もいて、頭が下がります。

神経難病とかってあんまり一般には知られてないけど、こういうドラマからでも、もっと世間に知ってもらええばいいな、と思います。
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Unknown (有香里)
2005-11-09 00:17:41
本を、読みました。とっても、かんと”うしました。

2つ読みました。「1リットルのなみた”」と、「いのちのハート”ル」をよみました。
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はなさんへ (pkcdelta)
2005-11-09 02:28:57
はなさん



コメントありがとうございました.はなさんのおっしゃるとおり神経内科の患者さんとどのように関わったらよいものか,私もたくさん悩みましたし,これからも悩むのだろうと思います.本当に神経内科は各人の人間性が試される難しい診療科だと思います.

先日も書きましたが,そんな私ができるだけ心がけているのは「病気は治せなくても患者さんのためにできる仕事」をしっかりやっていこうということです.具体的には苦痛を緩和したり,合併症を防いだり,病気に対する不安をいくらかでも和らげてあげたり,ということになると思います.そのためには診療に携わるすべてのメンバーが病気についてかなり突っ込んだ勉強をすることと,患者さんの立場にたって治療の意義を考え直すということが今後必要になるような気がしています.

はなさんのコメントに対するお返事にならず恐縮です.お互い頑張っていきましょう.

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有香里さんへ (pkcdelta)
2005-11-09 02:30:57
コメントありがとうございました.今度,感想を聞かせてくださいね.
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