今回のキーワードは,
long COVIDの背景には視床下部-下垂体-臓器軸(H-P-O axis)の障害とそれに伴う内分泌異常が存在する,血漿SARS-CoV-2抗原は急性感染後最大14ヵ月間持続する,軽症感染から回復した患者にもウイルスが残存している可能性があり,かつlong COVID症状と有意な関連がある,SARS-CoV-2が陰性化しても神経細胞とアストロサイトには障害が持続している,long COVIDの各症状に関連するタンパクがあり,認知機能障害においてはC1QA,Spondin1,Neurofascinが関連する,です.
Long COVID-19は女性に多く,かつ症状に性別で違いがあることが知られていました.世界のCOVID-19研究を牽引してきたYale大学のProf. Akiko Iwasakiのチームはこの問題に取り組み,結論として脳の
「視床下部→下垂体→副腎や性腺組織」というホルモンの調節系に障害が生じていることを示しました(図1).過去にLong COVIDで副腎皮質ホルモン「コルチゾール」が低下することが分かっていましたが,さらに女性ではテストステロン,男性ではエストラジオール低下が long COVIDを予見するマーカーであることが判明しました.そのほか,Long COVIDの機序において重視されている「持続感染」について多くのことが分かってきました.
◆long COVIDの背景には視床下部-下垂体-臓器軸(H-P-O axis)の障害とそれに伴う内分泌異常が存在する
Long COVIDを呈する頻度は男性より女性の方が高く,かつ症状にも性差があることが知られている.しかしその基礎となる免疫学的特徴が男女で異なるのか,またどのような違いが症状の差に反映されるのかは不明である.Yale大学から165人の患者を対象とし,免疫・内分泌プロファイリングを明らかにする探索的横断研究が報告された.まず女性と男性では,症状の出現の仕方や臓器障害のパターンが異なっていた.具体的には,女性のほうが症状は重く,その症状は多臓器にわたっていた.女性優位の症状の代表は脱毛,男性優位の症状の代表は性機能障害であった.記憶障害,嗅覚・味覚障害は女性優位であった.つぎにLong COVIDを特徴づける免疫機能の男女間の差異を同定した.女性患者では,疲弊したT細胞,サイトカイン分泌T細胞の頻度が増加し,EBV,HSV-2,CMVを含む潜伏ヘルペスウイルスに対する抗体反応性が高く,テストステロン値が低かった.一方,男性患者では,単球と樹状細胞の頻度が減少し,NK細胞が増加し,IL-8とTGF-βファミリーを含む血漿サイトカインが増加した.
女性ではテストステロン低下が(図2),男性ではエストラジオール低下が long COVIDを予見するマーカーであり,その背景には H-P-O axis(視床下部-下垂体-臓器系)の障害が関与しているものと考えられた.
Silva J, et al. Sex differences in symptomatology and immune profiles of Long COVID. medRxiv [Preprint]. 2024 Mar 4:2024.02.29.24303568(
doi.org/10.1101/2024.02.29.24303568)
◆血漿SARS-CoV-2抗原は急性感染後最大14ヵ月間持続する
Long COVIDの機序のひとつに持続感染が指摘されている.従来の研究は,症例数が小さいこと,急性感染からの期間が短いこと,ワクチン接種歴や再感染歴の記録が不明確であることなど限界があった.米国から,大部分の被験者がワクチン接種や再感染前の影響を受けていない血漿を用いて,SARS-CoV-2抗原を検討した研究が報告された.結果として,171人の被験者中42人(25%)にSARS-CoV-2抗原(スパイク,S1,ヌクレオカプシド抗原)が検出された.
これらの抗原は感染後14カ月まで持続し,抗原陽性率の絶対差は,COVID-19発症後3~6ヵ月で10.6%,6~10ヵ月で8.7%,10~14ヵ月で5.4%であった(図3).また急性期に入院した被験者は,入院しなかった者に比べて2倍の確率で抗原が検出された.つまり急性期の重症度が抗原の持続に影響を与える可能性が示唆された.この抗原持続がlong COVIDの症状と関連しているかの検討が必要である.
Peluso MJ, et al. Plasma-based antigen persistence in the post-acute phase of SARS-CoV-2 infection. Lancet Infect Dis. April 08, 2024(
doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00211-1)
◆軽症感染から回復した患者にもウイルスが残存している可能性があり,かつlong COVID症状と有意な関連がある
中国北京から軽症COVID-19(オミクロン株以降)から回復した患者のさまざまな組織における持続感染とlong COVID症状との関連について検討した単施設横断コホート研究が報告された.感染後約1ヵ月,2ヵ月,4ヵ月に残存手術検体,胃内視鏡検体,血液検体を採取し,SARS-CoV-2ウイルスはdigital droplet PCR法で検出した.225人の患者から317の組織検体が採取された(残存手術検体201,胃内視鏡検体59,血液検体57).
ウイルスRNAは,1ヵ月目の固形組織検体で16/53(30%),2ヵ月目で38/141(27%),4ヵ月目で7/66(11%)から検出された(検出率は経時的に低下).ウイルスRNAは,肝,腎,胃,腸,脳,血管,肺,乳房,皮膚,甲状腺を含む10種類の固形組織に分布していた(検出率の高い順に,肝>腎>胃>腸>脳;図4).感染後2ヵ月の時点で,免疫不全患者9人のうち3人(33%)の血漿,1人(11%)の顆粒球,2人(22%)の末梢血単核球からウイルスRNAが検出されたが,免疫不全ではない患者10人ではいずれも検出されなかった.電話アンケートに答えた213人の患者のうち,72人(34%)が少なくとも1つのlong COVID症状を報告し,疲労(21%,44/213人)が最も頻度が高かった.回復した患者におけるウイルスRNAの検出は,long COVID症状の発現と有意に相関していた(オッズ比5.17,p<0.0001).ウイルスコピー数が多い患者ほど,long COVIDを発症する可能性が高かった.
Zuo W, et al. The persistence of SARS-CoV-2 in tissues and its association with long COVID symptoms: a cross-sectional cohort study in China. Lancet Infect Dis. April 22, 2024(
doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00171-3)
◆SARS-CoV-2が陰性化しても,神経細胞とアストロサイトには障害が持続している
ニューロフィラメント軽鎖(NfL)とGFAPタンパクの血清値は,神経軸索損傷とアストロサイト活性化のバイオマーカーである.イタリアから,無症候性感染者または軽症COVID-19の成人147人を対象とし,SARS-CoV-2陰性化から1週間後および10ヵ月後のNfLおよびGFAP値と認知機能の関係を検討したコホート研究が報告された.初回の評価(T0)では,NfLとGFAPの値は,COVID-19患者群が対照群よりも高かった(両者ともp<0.001).認知障害を有する11人のCOVID-19患者では,NfLとGFAPのレベルが認知障害なしの患者よりも高かった(いずれもp = 0.005).10ヶ月後の追跡調査(T1)では,NfLとGFAPは有意な減少を示したが(NfL中央値18.3 pg/mL,GFAP中央値77.2 pg/mL),それでも対照群より高値であった(7.2 pg/mL,63.5 pg/mL)(図5).以上より,
SARS-CoV-2が陰性化しても,神経細胞とアストロサイトに進行中の障害が生じていることが示唆された.
Plantone D, et al. Neurofilament light chain and glial fibrillary acid protein levels are elevated in post-mild COVID-19 or asymptomatic SARS-CoV-2 cases. Sci Rep 14, 6429 (2024)(
doi.org/10.1038/s41598-024-57093-z)
◆long COVIDの各症状に関連するタンパクがあり,認知機能障害においてはC1QA,Spondin1,Neurofascinが関連する
英国から,入院後3ヵ月以上症状が持続するlong COVID患者657人由来の血漿タンパク質368個のプロファイリングを行った研究が報告された.結論として,骨髄性炎症マーカーと補体活性化マーカーの上昇がlong COVIDと関連していた.具体的には,IL-1R2,MATN2,COLEC12は心肺症状,疲労,不安・抑うつと関連し,MATN2,CSF3,C1QAは消化器症状で上昇し,C1QAは認知障害で上昇した.さらに,神経組織修復の変化を示すマーカー(SPON-1およびNFASC)が認知障害で上昇し(図6),brain-gut axis障害を示唆するSCG3が消化器症状で上昇した.SARS-CoV-2特異的IgGは,long COVID患者の一部で持続的に上昇していたが,喀痰からはウイルスは検出されなかった.鼻汁中の炎症マーカーは症状との関連は認められなかった.女性,特に50歳以上の女性では,男性よりも高いレベルの炎症マーカーが認められた.以上より,組織損傷に関連する特異的な炎症経路がlong COVIDの病型に関与していることを示唆する.各症状の治療には適切に標的を絞った治療戦略が求められる.
注:
C1QAは補体の活性化によって放出される分解産物で,認知症に関連した神経炎症を媒介することが知られている.
SPON-1(Spondin1)とNFASC(Neurofascin)はともに神経成長を調節する作用がある.
Liew F, et al. Large-scale phenotyping of patients with long COVID post-hospitalization reveals mechanistic subtypes of disease. Nat Immunol. 2024 Apr 8(
doi.org/10.1038/s41590-024-01778-0)