Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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小脳性運動失調とエピソード性の把握ミオトニアを呈した男性例・・・さて診断は?

2024年05月08日 | 脊髄小脳変性症
当科の森泰子先生らは,失調性歩行障害を主訴とする80歳男性を担当しました.家族歴なし.73歳より月1-2回,短期間,手を握ると開きにくくなることを自覚するようになり,また一過性の構音障害も経験しました.一過性脳虚血発作が疑われたものの各種検査で異常はなく,その後,構音障害と歩行困難は徐々に悪化し持続性になりました.慢性咳嗽なし.82歳時の神経症候では,小脳性運動失調,手袋・靴下型感覚障害,両側前庭動眼反射の障害がみられ,眼振はなし.手指には萎縮と拘縮がみられました.手指の曲げ伸ばしはでき,強く握ると開きにくい症状は残存していました(把握ミオトニア:図).叩打ミオトニアなし.RFC1遺伝子,DMPK遺伝子とも変異なし.



しかしFGF14遺伝子イントロンに229の純粋GAAリピート伸長を認めました.脊髄小脳失調症27 B(SCA27B)の原因遺伝子です.初期の報告では250リピートが病原性の閾値と示唆されていましたが,近年,200〜250のリピートが本症を発症しうることを示唆する報告がなされており,229リピートは病的である可能性があります.本例の特徴は初発症状のエピソード性の把握ミオトニアですが,SCA27Bではエピソード性運動失調を示すこと,またFGF14は神経系において電位依存性ナトリウムチャネルの機能を調節していることから説明ができなくもないように思います.今後の症例の集積が必要と思われます.なお本研究は横浜市立大学宮武聡子先生,輿水江里子先生,松本直通教授との共同研究として行いました.
Mori Y, Miyatake S, Kunieda K, Yoshikura N, Hayashi Y, Higashida K, Kimura A, Koshimizu E, Matsumoto N, Shimohata T. A cerebellar ataxia patient harboring 229 pure GAA repeat units in FGF14 presenting with grip myotonia. Neurol Clin Neurosci. 06 May 2024(doi.org/10.1111/ncn3.12826


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アルツハイマー病治療のための薬物開発は案外,幅広い標的をターゲットとしている

2024年05月07日 | 認知症
毎年恒例のアルツハイマー病(AD)治療のための薬物開発の現状(いわゆるパイプライン)に関する論文が発表されました.clinicaltrials.govを調査し,2024年1月1日時点でADの薬物開発に関するすべての臨床試験を検討しています.164件の臨床試験で,計127種類の薬剤が評価されています(図1).



164試験のうち,第3相に48試験(32種類),第2相に90試験(81種類),第1相に26試験(25種類)が含まれていました.疾患修飾生物学的製剤(=抗体薬)が34%(56試験),疾患修飾低分子薬が41%(68試験),認知機能改善薬が10%(17試験),精神神経症状治療薬が14%(23試験)でした.つまり疾患修飾薬(DMT)が全体の3/4(76%)を占めることが分かります.DMTのみでは小分子薬剤が55%,生物学的製剤が45%です(個人的にはもう少し対症療法の薬剤も開発されても良いように感じました).

つぎに治療ターゲットを見てみると,アミロイド,タウ,炎症,シナプス機能など,ADの多様な病態プロセスが対象となっていました(図2).



例えば第2相(90試験)の薬剤の作用機序をCADRO分類(Common Alzheimer's Disease Research Ontology)を用いて分類すると以下の通りでした(図3).
1. 炎症(23%)
2. 神経伝達物質受容体(19%)
3. アミロイド(12%)
3. シナプス可塑性(12%)
5. タウ (7%)
6. その他 [代謝,酸化ストレス,脂質など] (27%)
しばしばADの治療標的は「あまりにもアミロイド中心」という批判がありますが,こう見ると案外,幅広い標的をターゲットとしていることが分かります.



また論文はパイプラインが2023年に比べて縮小していることを指摘しています.2023年と比較すると,臨床試験数は164件←187件,薬剤数は127←141,新規化合物数は88←101,再利用薬剤数(repositioning)は39←40といずれも減少しています.ただそうは言ってもADの治療薬の開発には引き続き高い需要があり,有効な薬剤の探求が引き続き重要であると書かれています.ちなみにAD治療薬が非臨床試験からFDAの審査に至るまでに要する開発期間は約13年と記載されており,改めて薬剤開発の大変さを認識しました.
Cummings J, et al. Alzheimer's disease drug development pipeline: 2024. Alzheimers Dement (N Y). 2024 Apr 24;10(2):e12465.(doi.org/10.1002/trc2.12465

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多系統萎縮症の鑑別診断としてのIgLON5抗体関連疾患

2024年05月05日 | 自己免疫性脳炎
岐阜大学に異動し取り組んだことのひとつが「変性疾患と診断してきた症例の中に,治療可能な自己免疫性脳炎が含まれている」という仮説を検証し,免疫療法で治療することでした.ただ自己免疫性脳炎の経過は教科書的に「急性~亜急性」ですので,「慢性」に経過する変性疾患のなかに自己免疫性脳炎が隠れているという私どもの仮説はありえないとしばしば言われました.しかし事実は教科書通りではなく,慢性の経過を示す自己免疫性脳炎というものがあり,その代表がIgLON5抗体関連疾患です.

今回,Parkinsonism Relat Disord誌に掲載された当科の大野陽哉先生らによる論文は,多系統萎縮症(MSA)が疑われ,IgLON5抗体検査を依頼された35名の患者に対し,cell based assayを行い,陽性患者3名の臨床的特徴をまとめたものです.症候としてはパーキンソニズム,小脳性運動失調,重篤な起立性低血圧,急性呼吸不全,パラソムニア,声帯外転不全,錐体路徴候などを認め,一方,MSAに非典型的な症候として舌ミオリズミア,水平方向性眼球運動制限,繊維束性収縮,有痛性筋痙攣を認めました.いずれの症例も免疫療法により程度の差はありますが改善を認めました.



以上より,IgLON5抗体関連疾患はMSAの鑑別診断となりうることが示されました.本研究は,岡山大学山下徹准教授ら,山形大学太田康之教授ら,聖マリアンナ大学山野嘉久教授らとの共同研究として行いました.以下よりDLできますのでご覧いただければと思います.
Ono Y, Tadokoro K, Yunoki T, Yamashita T, Sato D, Sato H, Akamatsu S, Mizukami H, Ohta Y, Yamano Y, Kimura A, Shimohata T. Anti-IgLON5 disease as a differential diagnosis of multiple system atrophy. Parkinsonism Relat Disord. 124, 2024, 106992

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月4日)性差の機序と持続感染

2024年05月04日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVIDの背景には視床下部-下垂体-臓器軸(H-P-O axis)の障害とそれに伴う内分泌異常が存在する,血漿SARS-CoV-2抗原は急性感染後最大14ヵ月間持続する,軽症感染から回復した患者にもウイルスが残存している可能性があり,かつlong COVID症状と有意な関連がある,SARS-CoV-2が陰性化しても神経細胞とアストロサイトには障害が持続している,long COVIDの各症状に関連するタンパクがあり,認知機能障害においてはC1QA,Spondin1,Neurofascinが関連する,です.

Long COVID-19は女性に多く,かつ症状に性別で違いがあることが知られていました.世界のCOVID-19研究を牽引してきたYale大学のProf. Akiko Iwasakiのチームはこの問題に取り組み,結論として脳の「視床下部→下垂体→副腎や性腺組織」というホルモンの調節系に障害が生じていることを示しました(図1).過去にLong COVIDで副腎皮質ホルモン「コルチゾール」が低下することが分かっていましたが,さらに女性ではテストステロン,男性ではエストラジオール低下が long COVIDを予見するマーカーであることが判明しました.そのほか,Long COVIDの機序において重視されている「持続感染」について多くのことが分かってきました.



◆long COVIDの背景には視床下部-下垂体-臓器軸(H-P-O axis)の障害とそれに伴う内分泌異常が存在する
Long COVIDを呈する頻度は男性より女性の方が高く,かつ症状にも性差があることが知られている.しかしその基礎となる免疫学的特徴が男女で異なるのか,またどのような違いが症状の差に反映されるのかは不明である.Yale大学から165人の患者を対象とし,免疫・内分泌プロファイリングを明らかにする探索的横断研究が報告された.まず女性と男性では,症状の出現の仕方や臓器障害のパターンが異なっていた.具体的には,女性のほうが症状は重く,その症状は多臓器にわたっていた.女性優位の症状の代表は脱毛,男性優位の症状の代表は性機能障害であった.記憶障害,嗅覚・味覚障害は女性優位であった.つぎにLong COVIDを特徴づける免疫機能の男女間の差異を同定した.女性患者では,疲弊したT細胞,サイトカイン分泌T細胞の頻度が増加し,EBV,HSV-2,CMVを含む潜伏ヘルペスウイルスに対する抗体反応性が高く,テストステロン値が低かった.一方,男性患者では,単球と樹状細胞の頻度が減少し,NK細胞が増加し,IL-8とTGF-βファミリーを含む血漿サイトカインが増加した.女性ではテストステロン低下が(図2),男性ではエストラジオール低下が long COVIDを予見するマーカーであり,その背景には H-P-O axis(視床下部-下垂体-臓器系)の障害が関与しているものと考えられた.
Silva J, et al. Sex differences in symptomatology and immune profiles of Long COVID. medRxiv [Preprint]. 2024 Mar 4:2024.02.29.24303568(doi.org/10.1101/2024.02.29.24303568



◆血漿SARS-CoV-2抗原は急性感染後最大14ヵ月間持続する
Long COVIDの機序のひとつに持続感染が指摘されている.従来の研究は,症例数が小さいこと,急性感染からの期間が短いこと,ワクチン接種歴や再感染歴の記録が不明確であることなど限界があった.米国から,大部分の被験者がワクチン接種や再感染前の影響を受けていない血漿を用いて,SARS-CoV-2抗原を検討した研究が報告された.結果として,171人の被験者中42人(25%)にSARS-CoV-2抗原(スパイク,S1,ヌクレオカプシド抗原)が検出された.これらの抗原は感染後14カ月まで持続し,抗原陽性率の絶対差は,COVID-19発症後3~6ヵ月で10.6%,6~10ヵ月で8.7%,10~14ヵ月で5.4%であった(図3).また急性期に入院した被験者は,入院しなかった者に比べて2倍の確率で抗原が検出された.つまり急性期の重症度が抗原の持続に影響を与える可能性が示唆された.この抗原持続がlong COVIDの症状と関連しているかの検討が必要である.
Peluso MJ, et al. Plasma-based antigen persistence in the post-acute phase of SARS-CoV-2 infection. Lancet Infect Dis. April 08, 2024(doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00211-1



◆軽症感染から回復した患者にもウイルスが残存している可能性があり,かつlong COVID症状と有意な関連がある
中国北京から軽症COVID-19(オミクロン株以降)から回復した患者のさまざまな組織における持続感染とlong COVID症状との関連について検討した単施設横断コホート研究が報告された.感染後約1ヵ月,2ヵ月,4ヵ月に残存手術検体,胃内視鏡検体,血液検体を採取し,SARS-CoV-2ウイルスはdigital droplet PCR法で検出した.225人の患者から317の組織検体が採取された(残存手術検体201,胃内視鏡検体59,血液検体57).ウイルスRNAは,1ヵ月目の固形組織検体で16/53(30%),2ヵ月目で38/141(27%),4ヵ月目で7/66(11%)から検出された(検出率は経時的に低下).ウイルスRNAは,肝,腎,胃,腸,脳,血管,肺,乳房,皮膚,甲状腺を含む10種類の固形組織に分布していた(検出率の高い順に,肝>腎>胃>腸>脳;図4).感染後2ヵ月の時点で,免疫不全患者9人のうち3人(33%)の血漿,1人(11%)の顆粒球,2人(22%)の末梢血単核球からウイルスRNAが検出されたが,免疫不全ではない患者10人ではいずれも検出されなかった.電話アンケートに答えた213人の患者のうち,72人(34%)が少なくとも1つのlong COVID症状を報告し,疲労(21%,44/213人)が最も頻度が高かった.回復した患者におけるウイルスRNAの検出は,long COVID症状の発現と有意に相関していた(オッズ比5.17,p<0.0001).ウイルスコピー数が多い患者ほど,long COVIDを発症する可能性が高かった.
Zuo W, et al. The persistence of SARS-CoV-2 in tissues and its association with long COVID symptoms: a cross-sectional cohort study in China. Lancet Infect Dis. April 22, 2024(doi.org/10.1016/S1473-3099(24)00171-3



◆SARS-CoV-2が陰性化しても,神経細胞とアストロサイトには障害が持続している
ニューロフィラメント軽鎖(NfL)とGFAPタンパクの血清値は,神経軸索損傷とアストロサイト活性化のバイオマーカーである.イタリアから,無症候性感染者または軽症COVID-19の成人147人を対象とし,SARS-CoV-2陰性化から1週間後および10ヵ月後のNfLおよびGFAP値と認知機能の関係を検討したコホート研究が報告された.初回の評価(T0)では,NfLとGFAPの値は,COVID-19患者群が対照群よりも高かった(両者ともp<0.001).認知障害を有する11人のCOVID-19患者では,NfLとGFAPのレベルが認知障害なしの患者よりも高かった(いずれもp = 0.005).10ヶ月後の追跡調査(T1)では,NfLとGFAPは有意な減少を示したが(NfL中央値18.3 pg/mL,GFAP中央値77.2 pg/mL),それでも対照群より高値であった(7.2 pg/mL,63.5 pg/mL)(図5).以上より,SARS-CoV-2が陰性化しても,神経細胞とアストロサイトに進行中の障害が生じていることが示唆された.
Plantone D, et al. Neurofilament light chain and glial fibrillary acid protein levels are elevated in post-mild COVID-19 or asymptomatic SARS-CoV-2 cases. Sci Rep 14, 6429 (2024)(doi.org/10.1038/s41598-024-57093-z



◆long COVIDの各症状に関連するタンパクがあり,認知機能障害においてはC1QA,Spondin1,Neurofascinが関連する
英国から,入院後3ヵ月以上症状が持続するlong COVID患者657人由来の血漿タンパク質368個のプロファイリングを行った研究が報告された.結論として,骨髄性炎症マーカーと補体活性化マーカーの上昇がlong COVIDと関連していた.具体的には,IL-1R2,MATN2,COLEC12は心肺症状,疲労,不安・抑うつと関連し,MATN2,CSF3,C1QAは消化器症状で上昇し,C1QAは認知障害で上昇した.さらに,神経組織修復の変化を示すマーカー(SPON-1およびNFASC)が認知障害で上昇し(図6),brain-gut axis障害を示唆するSCG3が消化器症状で上昇した.SARS-CoV-2特異的IgGは,long COVID患者の一部で持続的に上昇していたが,喀痰からはウイルスは検出されなかった.鼻汁中の炎症マーカーは症状との関連は認められなかった.女性,特に50歳以上の女性では,男性よりも高いレベルの炎症マーカーが認められた.以上より,組織損傷に関連する特異的な炎症経路がlong COVIDの病型に関与していることを示唆する.各症状の治療には適切に標的を絞った治療戦略が求められる.

注:C1QAは補体の活性化によって放出される分解産物で,認知症に関連した神経炎症を媒介することが知られている.SPON-1(Spondin1)とNFASC(Neurofascin)はともに神経成長を調節する作用がある.
Liew F, et al. Large-scale phenotyping of patients with long COVID post-hospitalization reveals mechanistic subtypes of disease. Nat Immunol. 2024 Apr 8(doi.org/10.1038/s41590-024-01778-0






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新潟大学から岐阜大学への「ヒポクラテスの木」の植樹

2024年05月03日 | 医学と医療
1年前に岐阜大学に植樹し,みんなで大事に育てております「ヒポクラテスの木」について,新潟大学の同窓会誌「学士会々報No.121 」に寄稿させていただきました.新潟大学にある「ヒポクラテスの木」の歴史と整形外科医で医史学者としても名高い蒲原宏博士のこと,私の学生時代の武藤輝一医学部長との思い出,そして岐阜大学への植樹の経緯について書きました.よろしければご一読ください.



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新潟大学から岐阜大学への「ヒポクラテスの木」の植樹

岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野教授
下畑 享良

「ヒポクラテスの木」は,医聖ヒポクラテスが弟子に,その木陰で医学を教えたという謂われがある,ギリシャのコス島にあるプラタナスの大樹のことを言います.街路樹など,普通に見られるプラタナスと異なり,コス島の「ヒポクラテスの木」に由来するDNAを持つものだけが「ヒポクラテスの木」と呼ばれます.

新潟大学には医歯学総合病院入退院口に「ヒポクラテスの木」があります.その理由は,整形外科医で,医史学者としても有名な蒲原宏先生(現日本歯科大学生命歯学部・医の博物館顧問.中田瑞穂先生,高野素十先生に師事した俳人としても有名)が,昭和44年9月,ヒポクラテスの生地,ギリシャのコス島に渡り,ヒポクラテス博物館の庭にある「ヒポクラテスの木」の実を採取して日本に持ち帰り,みずから播種育成され,立派な10本の苗木に育てあげてから,昭和47年6月,新潟大学医学部構内に植樹したためです.脳研究所初代所長の中田瑞穂先生による「ヒポクラテスの木」という文章には,新潟大学に植樹されたときのエピソードが書かれています.「1メートルに達したばかりの若木の天を摩するに至る成長を見ることはこの私には無理というものである.しかし私は,これを私達で育てますと,この移植に積極的であった学生有志のあったことは,この木の成長が約束されていると同様,医学部に最も重要な正しい医学の正統,ヒポクラテスから伝わった医の正道を伝えつづけようとする純粋なこころを目の当たりに示したものであって,木の成長を確認すよりもはるかに私に心強いものを感じさせる」と書かれていました.そして中田先生は「やがて大夏木になれと植ゑらるゝ」の一句を持って植樹を祝われたそうです.ところが植えられた翌日の朝に,何者かによってその木は持ち去られてしまいます.その後,蒲原先生のご自宅に植えられた苗木が再度,新潟大学に移植され,現在の「ヒポクラテスの木」になりました.9本の苗木の子孫はさまざまな大学や病院に株わけされました.新潟大学のものは,植樹後58年が経過し,高さ10メートルにも及ばんとする大樹になっています.

私は平成29年より岐阜大学に勤務しておりますが,医学部5年生に対する臨床実習(ポリクリ)のグループ講義で,毎回,医師の職業倫理の話をしています.その際,医の倫理に関する規定「ジュネーブ宣言」について解説しますが,その前にみんなで「ヒポクラテスの誓い」を読みます.なぜならその倫理的精神を現代化したものが「ジュネーブ宣言」であるからです.そしてその際に必ず「ヒポクラテスの木」の話もしています.これは自分が新潟大学の学生であった頃,当時,医学部長でいらした武藤輝一先生がしてくださったことです.武藤先生は講義の最後に「病院前のヒポクラテスの木を見に行くように」と仰ってくださいました.「ヒポクラテスの誓い」を学んだあと,クラスのみんなと見に行った記憶が強く印象に残っており,同じ経験を岐阜大学の学生にもさせてあげたいと考えました.しかし残念ながら岐阜大学には「ヒポクラテスの木」はなく,学生に見せてあげられないため,中田瑞穂先生の画「ヒポクラテス像(複製)」を考古堂より購入し,教室の廊下に掲げて,講義後,見てもらっていました.ただやはり「ヒポクラテスの木」を学生に見せてあげたいと思い,蒲原先生にご連絡をしたところ,ご快諾をいただき移植の準備が始まりました.学生のときに眺めたまさにその木から挿し木,分苗移植したものが順調に育ち,2年をかけて50センチほどになり,移植ができるまでになりました.その際に蒲原宏先生より「医聖の木ある大学を恵方とし」という一句を頂戴しました.そして2023年3月31日,医学生や教室の仲間,事務の皆様に手伝っていただいて植樹をしました(写真1).私も中田瑞穂先生の俳句「やがて大夏木になれと植ゑらるゝ」と同じ気持ちになって,無事に大きな木に育ってほしいと祈るような気持ちになりました.

植樹後,無事に生着するか気が気でありませんでしたが,幸い無事にどんどん成長し,現在では私の背丈を大きく超すまでになりました.教室のメンバーにとっても大切な木となり,見守ってくれています(写真2).令和5年9月7日,注文していた記念の石碑もでき上がり,設置いたしました.そして病棟実習に訪れた5年生と一緒に「ヒポクラテスの誓い」を読んでから,彼らと一緒に「ヒポクラテスの木」を見に行きました.2年半をかけてようやく,武藤先生がしてくださったことを岐阜大学の学生にしてあげたいという夢が実現しました(写真3,4).学生も「卒業して,いつか岐阜大学を訪れることがあったらこの木を見に来て,今日の講義のことを思い出したい」と講義後の感想に書いてくださいました.これで蒲原株の「ヒポクラテスの木」は31株になったそうです.



令和5年9月18日に紀寿(百寿)をお迎えになられた蒲原宏先生と,これまで樹木の管理育成をしてくださった新保只衛氏に心から感謝の意を表したいと思います.最後に蒲原宏先生が,新潟市医師会報(2023.4月号)に寄稿された文章のなかから,私の大好きな一句をご紹介したいと思います.

つんつんと若芽つんつん医聖の木

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寄稿文をお読みくださった蒲原宏博士から,お手紙と素晴らしい書を頂戴しました.とても感激いたしました.


昨日の朝,撮影した「ヒポクラテスの木」です.鈴のような花がたくさん咲いています.




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補聴器による認知症予防 ー自分の聴力ナンバーを知ろう!ー

2024年05月01日 | 認知症
New Engl J Med誌最新号に「加齢性難聴と認知機能障害」に関する総説が掲載されています.難聴は加齢とともに徐々に増加します(図1).内耳(蝸牛)の有毛細胞が徐々に喪失することが主な原因です.また難聴のリスク因子としては加齢のほか,皮膚の色,男性,騒音暴露が知られています(皮膚の色はメラニン量のことです.メラニンは内耳の有毛細胞にも存在し,酸化ストレスに対して保護的な役割を果たします).



さて本題ですが,難聴は認知症リスクの増大をもたらします.認知症予防について提言を行っているランセット委員会は,中年以降の難聴を「認知症の最も重要な修正可能なリスク因子」と報告しています.難聴なしの人と比較して,補聴器を使用しない難聴の人は,全認知症のリスクが増加しますが(ハザード比1.42),補聴器を使用していれば増加しません!(同1.04).また補聴器は認知機能低下のリスクがある高齢者において3年以内の認知機能低下を48%抑制することも報告されています.

よって難聴対策が求められますが,まず大切なのは自分の聴力を知ることです.論文ではスマホを使って聴力の自己検査をするHearing Number(聴力ナンバー)が紹介されています(www.hearingnumber.org).アプリをDLし,試したところ日本語化されていて自分の聴力ナンバーを測定できました(図2).これは会話の聞き取りやすさを左右する4つのピッチ(500,1000,2000,4000Hz)における聴力の平均値です.専門的に言えば,聴力閾値の4周波純音平均「PTA4」と呼ぶそうです.
【参考】正常:20dB未満,軽度難聴:20~34,中等度難聴:34~49,高度難聴:50~64,重度難聴:65~79



米国では規制緩和で,2022年から処方箋なしで,このスマホデータがあれば市販の補聴器が購入できるそうです.補聴器の普及を妨げているもう一つの原因は高額な価格ですが,米国では市販補聴器市場が成熟しているため,2~3年以内にそのコストは,高品質ワイヤレスイヤホンと同等になると予想されているとのことです.一方,重度の難聴(片耳または両耳のPTA4が60dB以上)の場合,人工内耳の適応になります.
Lin FR. Age-Related Hearing Loss. N Engl J Med. 2024 Apr 25;390(16):1505-1512.(doi.org/10.1056/NEJMcp2306778

★以上のように,難聴対策はおそらくアルツハイマー病に対する抗体薬よりもコスパが良く,かつ効果も高い可能性があります.今後,耳鼻咽喉科と脳神経内科が連携して取組むべき領域と言えます.月末から開催される日本神経学会学術大会にて,難聴対策の大切さを議論するシンポジウムを企画しました.日本医学会連合の支援のもと,日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会と日本神経学会が連携して行っている領域横断的連携活動事業(TEAM事業)『加齢性難聴の啓発に基づく健康寿命延伸事業』の一環として行われます.以下,ご案内です.ぜひご参加ください.
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シンポジウム29:認知症のリスク因子としての「難聴」を取り巻くエビデンスと今後の施策
座長:和佐野浩一郎(東海大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科),下畑享良(岐阜大学大学院医学系研究科)
演者:
◆篠原もえ子(金沢大学附属病院)「認知症予防の現状」
◆佐治直樹(国立研究開発法人国立長寿医療研究センター)「高齢難聴者の認知機能」
◆和佐野浩一郎(東海大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科)「難聴に関連したこれまでのエビデンスと今後取り組みべき課題」
◆和田幸典(厚生労働省老健局 認知症施策・地域介護推進課)「難聴対策推進議員連盟からの提言「JapanHearingVision」について」
2024年5月31日(金) 09:45~11:45(120分)(敬称略)

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