小さい人と、「美の巨人」棟方志功を見た。
>わたし、こういうテレビ面白いと思うよ。
>でも、子供は早く寝るから、こんなテレビ見られないと思う。
>こんな絵もあるんだ、版画って面白いな・・・
それから、小さい人は眠りについた。
棟方志功は、一度目にした者はたいてい記憶に残る絵を作る。
作品全体から発散される、気迫が違うのだ。
原始的で呪術的な印象がある、アルタミラ洞窟やラスコー洞窟やタッシリ・ナジェール洞窟の壁画のように。
だから、観るものの感覚にダイレクトに響いてくる。
芸術において、強い表現が、全てではないが、大切な要素の一つということは、確かだ。
自分が表現者として選ぶ道は、棟方志功のそれではない。
静かにあって、控えめに寄り添う表現を選びたい。
ただ在って、何ものをも、何ものからも、ただ在るものとして。
>わたし、こういうテレビ面白いと思うよ。
>でも、子供は早く寝るから、こんなテレビ見られないと思う。
>こんな絵もあるんだ、版画って面白いな・・・
それから、小さい人は眠りについた。
棟方志功は、一度目にした者はたいてい記憶に残る絵を作る。
作品全体から発散される、気迫が違うのだ。
原始的で呪術的な印象がある、アルタミラ洞窟やラスコー洞窟やタッシリ・ナジェール洞窟の壁画のように。
だから、観るものの感覚にダイレクトに響いてくる。
芸術において、強い表現が、全てではないが、大切な要素の一つということは、確かだ。
自分が表現者として選ぶ道は、棟方志功のそれではない。
静かにあって、控えめに寄り添う表現を選びたい。
ただ在って、何ものをも、何ものからも、ただ在るものとして。