サンドロ・ボッティチェリの「神秘の降誕」。
金色の雲を背景に歓喜に踊り、互いの肩を抱き合って祝福を分かち合う天使たちがいる。
中央には、聖家族と三方博士たちがいる。
ボッティチェリは、ルネサンスを代表する画家の一人。
しかし、この作品は、遠近法を無視して装飾的になり、ルネサンス以前の国際ゴシック様式に立ち戻っている。
あいかわらず、華麗な線と華やかな色彩は健在だが、平面的に配置された人物たちが、素朴さを演出して、親しみ易さがある。
ボッティチェリが、あの「ビーナスの誕生」や「プリマヴェーラ」の様式を捨てたのには、時代の渦に翻弄されたわけがある。
そうだとしても、時代背景や精神的変化を抜きにして絵を見ても、ボッティチェリは画家としてよい作品を描き続けた。
自分は、「マニフィカトの聖母」も「神秘の降誕」も、愛すべき作品だと思っている。
とりわけ「神秘の降誕」は、愛に満ち溢れた作品で、見ている者を清浄な心持に導いてくれる。
あの天使たちの軽やかさを見よ、命が生まれ出る喜びを表している。
だが、そこには命が免れ得ない宿命を暗示させる悲哀も描きこまれている。
生も死もともにある。
ともすると、互いの肩を抱き合っている天使は、避けようもない死を悲しんでいるのかもしれない。
生も死も、同等だと。