大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・101『紀香さんの手紙』

2019-12-06 14:14:03 | ノベル

せやさかい・101

『紀香さんの手紙』 

 

 

 手紙は二通とも頼子さんに宛てられたものや。

 

「中身は勘弁してほしいんだけど、二通とも同じ人からの……」

「「え?」」

 字が全く違うので、二人分の手紙かと思ったんや。一通はキレイな字やけど、もう一通はヘタッピが丁寧に書いたような字。

「ほら」

 裏がえされると、差出人は三谷紀香になっている。住所は学校を挟んだ反対側。

「こっちが新しくてね、左手で書いてるんだ」

「あ……」

「紀香はね、一年で同級になった友だちなんだ」

「はあ」

 ピンとこーへんので生返事になる。

 いまどき、手紙でやりとりすることなんて、ちょっと、いや、めっちゃ珍しい。みんな、ラインとかメールで済ませる。

「紀香と親しくなったのはね、国語の授業で先生が『郵便料金て知ってるか?』って聞いたんだ。手紙の書き方って単元だったんでね。だれも咄嗟には答えられなくて、紀香が正確に答えたんだ。それで、この子は手紙を出す子なのかなって……それで、喋ったら意気投合してね、同じクラスなのに文通始めたんだ」

「ああ、分かります!」

 留美ちゃんが感動した。

「メールとかは、ただの文章だけど、手紙って作品なんですよね」

「作品?」

「そうだよ、その時の気分や忙しさや、出ちゃうでしょ。場合に寄ったら涙の痕とか……」

「留美ちゃんはロマンチストやあ(^▽^)/」

「涙は、さすがにめったにないだろうけど、汗とか涎とかあ」

「「ハハ、よだれえ!?」」

「どんな便箋とか、封筒とか、筆記用具とか、匂いをしみこませたりとかも!」

「ちょ、変態っぽい」

「昔はやったんだよ、香とか香水とか染み込ませてさ。あ、お祖母ちゃんの手紙は、そんなだよ。赤い蝋を垂らしてスタンプで封印してある」

「素敵! アニメとか映画に出てきますよね!」

「紀香も、そういう子でさ。月に一二通の感じで手紙のやりとりしてたんだ」

「今でも、続いてるんですか?」

「減って来たけど、続いてる。こっちのが一番新しくて……読んでいいよ」

「は、はい」

 

 持久走、やっぱりグラウンドを走るんですね。持久走が外を走るようになって、いっしょに走るのが楽しみでした。

 ヨリの走る姿が見られないので残念です。でも、たとえグラウンドでも、ヨリが白い息を吐きながら元気に走っていると思うと嬉しいです。お母さんが、窓の外に椿の木を植えてくれました。早咲きなので冬にでも花が見られます。ちょっと楽しみ。

 

 あまり上手とは言えない字、ちょっと短いんだけども、きちんと伝わって来るものがある。

「紀香さん、病気なんですか?」

 留美ちゃんが鋭いことを言う。

「分かる?」

「頼子さんの姿とか、窓の外の花とか……これって、本人は家の中に居ますって暗示してますよね」

「うん」

「字ぃが変わってるのは?」

「左手で書いてるんだよ、たぶん」

「留美ちゃんは鋭い!」

「当たりですか?」

「うん、紀香は運動機能が奪われていく病気でね、この春には右手が効かなくなって、左手で書くようになったんだ。だから、乱れて字で、文章も短い」

「「なるほど」」

「会いに行きたいんだけど、病気のせいで抵抗力がなくってさ。それに、衰えた姿見られるのもイヤみたいで、入院中は何度も会いに行ったんだけどね……」

 鈍感なわたしでも想像ができた。

 退院して家に居てるのは、おそらく完治の見込みがないからや。

 持久走が、昔みたいに学校の外を走るようになったら、いっしょに走ろて約束してたんやろなあ。

 

「せや、頼子さん、文芸部で持久走やりましょ!」

 

 思いついたマンマ提案した。

 

 

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乃木坂学院高校演劇部物語・57『今日のNOZOMIスタジオでした』

2019-12-06 06:22:32 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・57   
『今日のNOZOMIスタジオでした』  


 
「はるか先輩、テレビに出てたんですか……!」

 忠クンが、やっと声をあげた。
「もともと綺麗な子だったけど、こんなになっちゃったのね……」
 奥さんが、ため息ついた。
「ほんとにキレイだ……」
 忠クンも正直にため息。チラっと顔を見てやる。
「で、でも、スタジオで撮るとこんな感じになっちゃうんですよね」
 と、自分で自分をフォロー。いいのよ気をつかわなくっても。だれが見ても、このはるかちゃんはイケテルもん。
「はるかのやつ、大阪に行っていろいろあったんだろうなあ……これは、スタジオの小細工なんかで出るもんじゃないよ」
 そこでサプライズ。スタジオにスモップのメンバーが現れた。
――うそ……。
 はるかちゃんは口を押さえて、立ちすくんでいる。
 それから、二三分スモップに取り囲まれて会話。
――今日のNOZOMIスタジオでした。
 ナレーションが入り、中年のアイドルと言われる司会のオジサンの顔になって、録画が切れた。
「二人とも、冬休みになって朝寝坊だろうから見てないだろう」
「うちは、朝はラジオだから……」
 と、我が家の習慣を持ちだして生返事。
「うちは婆さんが、毎朝観てるもんでね」
「いつもは、ノゾミプロの役者の出てる映画とかドラマ紹介のコーナーなんだけどね、昨日は『ノゾミのお客さん』て、タイトルで、特別だったの。最初は、どこかで見た子だなあって思ってたんだけど、『坂東はるかさん』て、テロップが出て、わたし魂げて録画したの。ね、あなたも歯ブラシくわえて見てたもんね」
「ああ、最初プロデュサーのおっさんと二人だけの対談だったんだけどな。頬笑み絶やさずホンワカと包み込むような受け答え。それで目の底には、しっかりした自我が感じられた。あれはいい女優になるよ」
――本人にその気があればね。
 わたしは、クリスマスイブのはるかちゃんとの会話を思い出した。はるかちゃんは高校演劇が、やっと楽しくなってきたところ。プロの道へ行くことにはためらいがあった。
 ただ、白羽さんてプロデュ-サーの人が、とてもいい人で。この人の期待をありがたく感じながらも持て余していた。
 で、一度里帰りを兼ねてプロダクションを訪れたら、いきなりスタジオ見学……かと思ったら、しっかりカメラに撮られていた。で、例の携帯の電話。きっとこの収録をオンエアーするための確認だったに違いない。
――どうしようかなあ……というのが、はるかちゃんの話しのテーマだった。でも、オンエアーのことも、スモップに会ったことも、はるかちゃんは言わなかった。そこが、はるかちゃんのオクユカシイとこでもあるんだけど、幼なじみのまどかとしては、チョッチ寂しいのよね……それにスモップのサインとかも欲しかったしね。

 ヨウカンを一ついただいて、お茶を一口飲んだところで思い出した。
「なんで、忠クンここに居るのよ!?」
「それは、こっちが聞きたいよ。まどかのお兄さんから電話があって、ここに来てくれって」
「二人でいるの嫌か?」
 先生が、右のお尻を上げながら言った。で、一発カマされました。
「そう言うわけじゃ……」
 この……の間がナニユエであったかはご想像にお任せします。
「ほんとは、なゆたの兄貴を彼女ごと呼ぶつもりだったんだけどな、なんかこじれとるのか、鬱陶しいのか、二人を代理に指名してきよった」
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Regenerate・2≪埋伏の時・1≫

2019-12-06 06:16:07 | 小説・2
Regenerate・2
≪埋伏の時・1≫  



 
『成田空港テロ未遂事件』と、大々的なニュースになった。

 男は自称K国籍の男で、日本の内閣が「集団的自衛権」を閣議決定したことへの反発が動機であったと、失敗した義士のように傲然と言い放った。
 だが名前を含め国籍以外黙秘しているので、何も分からない。
 ことが事だけに、捜査当局は事件の連鎖を危惧し、あえて被疑者の要求通りカメラの前に立たせ、言いたいことを言わせた。
 男の画像は、たった半日で世界中に広まった。今のところK国政府も、この男についての情報は無いと答えてきている。

「でも、なんであたしのこと言わないんだろう?」
 好物のポテトチップの薄しお味を食べながら詩織はぼやいた。
「裏じゃ動いてんだども、なにか表ざたにしたぐね理由があんでねが……あ、気がぬげでる」
 ドロシーが半分ほどになったコーラを飲み干して言った。

 あの事件の後、ドロシーは、借りてきたレンタカーではない別の車で詩織を学生寮にまで連れてきた。
「巻き込まれんのやんだがら、いぐべ!」
 詩織は、せめて警察官が来るまでは男を抑え込んでおこうと思ったが、ドロシーが言うので、素直に着いてきた。男が逃げられないように、右足をへし折ったことは覚えていない。
「でも、ありがとうね。ルームメイトがドロシーでよかった。必要なものは全部揃えてくれていたのね」
「なーんも。ほとんど前のルームメイトが残していったもんだから」
「前の人って、どんな?」
「京都の西陣の子だ」
「え、じゃ、西陣織の娘さん?」
「ただのサラリーマンだって。昔は西陣織もやっでだみたいだけんど。この子。めんこい子だべ」
 ドロシーはスマホの画像を見せた。
「わあ、想像してたより目鼻パッチリ。うりざね顔のお雛さんみたいな子を想像した」
「お母さんが沖縄の人なんだ。もすごし若けりゃAKBでも入れたかもしんね。歌うめえんだよ!」
「へえ、チャンスがあったら会ってみたいなあ」
「会えるがもしんね……」
 ドロシーはパソコンを操作しはじめた。
「ビンゴ、会えたじゃ! ハーイ沙織元気にしてだったが? うん、あだしは変わんねよ。今日は沙織の後釜きだったから。うん、詩織、そっちのパソコン開いてみろ。スカイプでぎっがら」
「うわー、こんなのまで、使わせてもらって……こんにちは加藤詩織です。いろいろ残してもらって助かります」

 三人は、30分ほど、飽くこともなく井戸端会議を開いた。そして3人の情報は、そのまま某所に転送され分析にかけられていたが、知っているのはドロシーだけであった。

 チャットが終わったあと、詩織は「成田空港テロ事件」を検索した。You Tubeなどに十数件ヒットしたが、妙なことに気づいた。

「ねえ、ドロシー。事件のことは出てくるんだけど、あたしとドロシーの顔が見えないよ」
「ええ、なして……」
 二人の顔は、どれも大昔に流行った丸いスマイリーフェイスに置き換わっていた。
「なに、これ……」
 二人でスマホで動画を検索したが、どれも同じスマイリーフェイスだった。
「ちょっとテレビ点けてみるね」

 テレビでは、アナウンサーやコメンテイターが緊迫した顔で事件について語っていた。
「男を取り押さえたとみられる若い女性二人の画像がいずれも70年代に流行ったスマイリーフェイスになっており、警察は大規模なハッカーによる改ざんではないかと、操作を開始しました。今のところ、スマホや携帯、防犯カメラに映った画像は、いずれも……いま臨時ニュースが入ってきました。成田テロ未遂犯の男が護送中に狙撃され、心肺停止状態になったと発表がありました。警察の……」
 テレビ画面は、混乱した護送現場を映していた。被疑者の男は横たわった足しか見えなかったが、もう命の火が消えたように見えた。
「なんだか、変なことになってるみたいね……」
「詩織、今から先生とこいぐべ。先生なら、きっとええアドバイスしてくれるべ」

 二人は、チャリンコに乗って、大学の研究室を目指した。さっきまで晴れていた空の雲行きが怪しくなってきた……。
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永遠女子高生・20・《京橋高校2年渡良瀬野乃・11・いとこ同士》

2019-12-06 06:06:29 | 時かける少女
永遠女子高生・20
《渡良瀬野乃・11・いとこ同士》          




 きのうから野乃の母は機嫌が良い。

 親類から電話があって、急に結婚式に参列することになったのだ。
 本来なら伯母さん夫婦が行くはずだったのが、体調が悪くなって、伯母さんのピンチヒッターで出ることになった。

「留めそでとか着なくてもいいの?」
「新郎新婦の身内じゃないんだから、これでいいの」
 ピンクのワンピを胸にあてがい、姿見の前でスピンしている。
「ちょっと派手すぎひん?」
 奈菜が歯ブラシを咥えたままつっこんできた。
「そうかなあ、よう似合うてると思うねんけどなあ♪」
 母は意に介さず、着替えに行った。
「……思い込みというのは恐ろしいね、お姉ちゃん」
 そう切り捨てると、奈菜は洗面所に戻っていった。
 野乃は、夕べ丹念にブラッシングした制服を点検「よし!」と指差し確認すると、スゥェットをエイヤと脱ぐ。さっきの姿見に上半身裸の自分が映る。
「うん、カッコいいバスト……プロポーションもバッチグー! せや、ブラウスは……」
 母と姉がおめかしの為に部屋に戻ると、洗面から奈菜が戻ってくる。
「母子そろうて、ナルシストやなあ……それとも、うちの姿見は魔法の鏡か? ん、あたしもなかなか……」

 散髪屋、マクド、ブティックに駅の階段と4か所の鏡やガラスに映る自分をチェック。

「アチャー」

 おかげで一本乗り遅れて京橋へ、学園都市線でさらに一本乗り遅れ、目的の駅に着いたときには走らなきゃならない時間だった。
「す、すみません! 遅くなってしもて!」
 息を切らせて秀一の家に着いたときには、ヨレヨレになってしまった野乃だった。
「ちょっと冷房つけるわね。ブレザー脱いで、少しくつろいで」
「す、すみません」
 と、顔を上げると私服のあやめだった。ま、いとこ同士なんだから……と納得しつつも、胸が騒ぐ。
「ちょっと、扇風機点けていいですか?」
「どうぞ」
 の声も待たずに、リボンを外しブラウスも第二ボタンまで外し、扇風機に向かってパカパカとやる。
「そういうのも、いいね」
 いつの間にか秀一が入ってきていてニヤニヤしている。
「あ、先輩!」
 裸を見られるより恥ずかしい野乃であった。

 クシャミするところを見せてくれと言われたらどうしようと思っていた。あやめの説得でモデルは引き受けたが、クシャミのシーンは勘弁してほしい。

「クシャミのところは石膏モデルがあるから……」
 で、かわいい方のポーズでクロッキーとデッサンをとることになった。
 好きな人の視線を感じるのって、こんなに幸せなんだとニマニマしてしまう。
「どうして、わたしが付いているかわかる?」
 半分ほど仕上がったところで、あやめが聞いてきた。
「えと……いとこ同士で、その……仲がいいから?」
「秀が調子に乗って、ヌードになれとか言わせないため」
「おいおい」
「ハハ、うそうそ。でも、すぐに時間忘れちゃうから。さ、お昼にしよ」
「あ、ごめん、もうこんな時間だ」
 あやめは、とっくに下ごしらえを済ませていたので、あっという間に昼ご飯になった。秀一は、あっという間に食事を終え、あやめとお喋りしている野乃をスケッチし続けた。
 昼食をはさんでデッサンをし続け、あやめの「そこまで」で、終わったのは夕方の6時過ぎだった。

 秀一の横であやめが手を振っている。ホームが遠くなっていく。

 いつか、秀一の横に自分が並ぶようになって、あやめも、それを祝福してくれる。そんなことを想像するのも春だからとこそばゆく思う日曜。フワフワした充実感で、野乃は家路についた。

「いやあ、今日の新郎新婦は最高やったわね!」
 母も、伯母の代わりに結婚式に出てご機嫌のようだ。
「ほら、これがお嫁さん。可愛いやろ!」
「ほんま、めちゃお似合いのカップルやんか!」
 スマホを見ながら、親子で幸せのお裾分けにあずかる。
「ヘヘ、この二人のなれそめは?」
「それがね、いとこ同士やねんよ……」
「ほんま!?」
 母と妹は盛り上がる一方だったが、野乃は息が止まりそうになった。

 いとこ同士って結婚できるんだ……。 
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小悪魔マユの魔法日記・116『レコード大賞・2』

2019-12-06 05:58:57 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・116
『レコード大賞・2』    



 いよいよ大賞の発表になった。

「本年度の栄えあるレコード大賞は…………AKR47のみなさんが歌った《GACHI》に決しました!」
 会場は歓声に包まれ、AKRのメンバーは、それぞれの想いや感動を胸に舞台に上がった。

 その感動が、なんとも不思議であった。マユは、一人で何人分もの感動を感じていたのだ。

 ポーカーフェイスを決め込んでいるが、光ミツル会長が一番感動していた。春に作ったAKRが新人賞をとっただけでもすごいのに、レコード大賞までとってしまうという離れ業をなしとげたのだ。当たり前と言えば当たり前。しかし、光ミツルの心には、意外に素直な感謝の気持ちが溢れていた。

 この曲の発表の日に、AKRは新生オモクロと対決した。引き分けに終わったが、その陰には黒羽ディレクターの懸命の努力があった。そして、黒羽の新妻の美優は、それを見届けるようにして、スタジオで息を引き取った。
 オモクロとは、ヒットチャートの順位が毎週入れ替わるようなデッドヒートをくり返した。一時期はオモクロ分裂と騒がれたオモクロ・E残グミが、急速に力を伸ばし、アイドルグル-プの第三極になり、そちらからの攻勢もうけた。起死回生を狙って作った《GACHI》は、歌も振りも難しい曲で、新メンバーの小野寺潤が倒れる事態にもなった。よくここまで来られたと、感慨ひとしおであった。

 黒羽の頭の中には、曲の発表を見届け逝ってしまった美優の姿があった。

 小野寺潤は、死の淵から奇跡の回復、そして晴れの舞台に立てた喜びと、マユへの感謝が。

 リーダーの大石クララは、光ミツル会長と同じような、激戦を勝ち抜いてきた想いとみんなへの感謝が。

 オモクロの吉良ルリ子でさえ感動していた。この夏までは、東城学院でスケバンを気取っていただけの、ただのスネた女子高生でしかなかった。それが今ではオモクロのセンターを張り、いっぱしのアイドルになった。しかし、それが、オチコボレ天使の気まぐれで起こったことなど思いもよらない。まして、自分たちがしゃしゃり出てきたために、それまでのオモクロは事実上解体され、リーダーであった桃畑加奈子が辞めざるをえなくなったことなど、頭の片隅にもなかった。
 その桃畑加奈子は、神楽坂24として成功した喜びとともに、途中で脱落せざるを得なかった仲間の顔が浮かんだ。

 そして、舞台では、AKR47の選抜メンバーたちが、歌い踊っていた。

《GACHI》

 キミはいつでもGACHI ボクのことなど頭の隅にもない
 やるだけやったそのあとで キミの瞳の残像になれればいい……

 分かっていても 分からなくても
 キミに気づかれなくてもいい by the way

 まっすぐ まっすぐ進んでいけ
 想いを溢れさせよう Go a hed!
 顔を風上に向けろ 倒れるぐらいに前のめりになれ

 戦いの力と愛 自分一人が進むんじゃないけど
 戦いの力をわかっているのか? とにかく自分が前に進め

 みんなの為にジャなんかじゃなく
 キミが進んでいくことで やがてみんな気が付くんだ You see?

 そしてキミが進んだ道 それをだれかが乗り越える Any way!
走りすぎるキミの瞳
 その瞳の奥の残像になれればいい
 キミもボクも いつかは誰かの残像になるんだ

 Gachi… Gachi…Gachi!

 
 マユのアバターに入った浅野拓美は、歌いながら大きな幸福感に包まれ、マユとしての体は高揚感と達成感で躍動し輝いていた。そして、しだいに透き通った気持ちになっていった。
――よくやった、これで十分。ありがとうマユ、クララ、潤、そしてAKRのみんな……。
 そして、三番を歌い終わり最後のリフレインになった……。

 キミはいつでもGACHI ボクのことなど頭の隅にもない
 やるだけやったそのあとで キミの瞳の残像になれればいい……

 踊っている自分の姿が残像のようにダブってきた。そして、アバターの本来の主であるマユのスピリットが入ってくるのが分かった。

――拓美、いいの……あなた、昇天しちゃうわよ。
――なんだか潮時みたい。昇天しちゃうのは私の意思じゃないけど、もう、これでいいと思う。
――拓美……。
――事務所の屋上で、マユが、このアバターを貸してくれた。あの時の執着心がもうないの。やりたいことはやれたみたい。潤みたいな後輩も育ってきたし、いつまでも幽霊がこんなことしていちゃいけないんだわ……。
――拓美……!

 歌い終わって、決めポーズになったとき、マユのアバターの中味は完全に入れ替わって本来のマユに戻っていた。
 マユの目には見えた、観客席の通路を拓美の霊が出口へ向かって歩いていく。
 
 薄くなっていくその姿が、最後に振り返った。その顔は満面の笑みを浮かべ、その刹那光って消えてしまった。
 
 マユは、涙が止まらなかった。観客もメンバーも、その涙を大賞受賞の涙だと思っていた……。
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