せやさかい・104
本堂の外陣(げじん)は教室一個半くらいの広さに畳が敷いてある。
本堂は庇が深くて天井が高いので、夏場は涼しい。けど冬の寒さはひとしお。
それでも、お年寄りの檀家さんが訪れては三十分とか一時間とか話し込んでいかはる。中には半日過ごすお婆ちゃんがいてたりするので、暖房は切らされへん。
電気カーペット、こたつ、石油ストーブが、それぞれ二つづつ。
こたつと電気カーペットはともかく、石油ストーブは危ないので、おばさんが時々様子を見に来る。
それが、今日はテイ兄ちゃん。
「檀家周りには行かへんのん?」
「ああ、今日は午前中に二件あっただけやさかいなあ」
と、お婆ちゃんらにミカン皮を剥いたってる。
「若ボンは、皮剥くのん上手やなあ、皮が切れんと上手に剥きやる」
「きれいに剥けてると、一日ええことがありそうな気になれるしい」
「いやあ、褒めてくれるんはおばあちゃんらくらいですわ」
「今日は土曜日で部活ないよ」
「え、あ、そうか(^_^;)」
プツン
明らかに動揺した様子で、剥きかけの皮が千切れてしもた。
「てんご言うたらあかんがな、さくらちゃん」
「知ってるよ、土曜の午前中は文芸部あるのんは」
そうなんや、土曜の午前は部活やて決めた。せやけど、おばあちゃんらは、なんで知ってるんや、先週三人で決めたばっかりやのに。
「あんたら、声大きいし(⌒∇⌒)」
アハハ……気を付けよう(;^_^A。
言ってるうちに留美ちゃんと頼子さんがやってきた。
「「お早うございます」」
プツン
二人が挨拶すると、テイ兄ちゃんは、またミカンの皮を失敗する。
頼子さんは出来た人で、お婆ちゃんらと二言三言会話してから部室に向かう。最初は青い目にブロンドの中学生にビックリしてたお婆ちゃんらやったけど、このごろは「よりちゃん」と呼んで、わたし同様町内の子どもとして接してくれる。お婆ちゃんらも頼子さんも、大したもんや。
「昨日はごめんね」
部室のこたつに収まるなり、頭を下げる頼子さん。
ダミアが心配そうな顔を向ける。わたしも留美ちゃんも一瞬かしこまって、そして膝を崩す。頼子さんはかしこまられるのが苦手。
ダミアがニャーと首をかしげて、頼子さんは切り出した。
「紀香のお母さんに聞いたの」
やっぱ、あの足で紀香さんとこへ行ったんや。
「最後の二通は、お母さんが書いた手紙だった……」
「そうなんですか」
穏やかに言うてるけど、うちらもショック。
「字が書けなくなっても、紀香は手紙を書きたがってね、お母さんは代筆しようかと言うんだけど『良くなったら自分で書く』って……それで、どんなことを書きたいの? って聞くんだよ、お母さん。そういうこと話してれば、励みになるって考えたんだよね。じっさい、手紙の中身話してる時は、紀香、楽しそうだって……」
「それで……亡くなってから、お母さんが書いたんですね」
「字が崩れてたのは……」
「お母さん、左手で書いたんだよ」
ちょっと嫌な気がした。気持ちは分かるけど、結果的に人を騙してる。
「違うんだよ、右手は早くにダメになって、動かせるのは左手の先だけになってたから」
「紀香さんを……その……宿らせて書いたんですね、お母さんは」
「そうなの、だから、書かれてる気持ちは紀香そのものだったのよ」
「いい話じゃないですか」
留美ちゃんは、そっと、自然に頼子さんの手に自分の手を重ねた。こういうことを自然にできる留美ちゃんは偉いと思う。
「うん、そうだよね……あ、みかん食べようよ、みかん」
「はい!」
元気よく返事したけど、こたつの脇の籠のミカンは一個しかない。
「ちょっともろてきます」
本堂の外陣に行ってミカンをもらう。
ミカンといっしょにテイ兄ちゃんが付いてくる。
テイ兄ちゃん剥くミカンは、プツンプツンと切れてばっかり。アセアセのテイ兄ちゃんに頼子さんがコロコロと笑う。
まあ、ええか。
アセアセのテイ兄ちゃんに頼子さんがコロコロと笑てるし。