大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

青春アリバイト物語・2《付き人事始め》

2019-12-16 06:31:41 | 小説6
青春アリバイト物語・2
《付き人事始め》 



 
 いきなり名前を変えろと言われた。

 裕子は(ゆうこ)と読む。それが八重には気に入らない。同期で卒業して売れまくっている優子と読みがいっしょで気に入らないのである。かなりの事を覚悟はしていたが、改名を申し渡されるとは思わなかった。
「ヒロコじゃ、ビミョーに長いからヒロ。これでいくからよろしく。午前はヒマ。午後からは関東テレビのバラエティーだからよろしくね」
 そういうと、八重は、栄養ドリンクで薬を流し込み、ソファーで毛布をかぶって寝てしまった。

――なんの薬なんだろ?――

 とは思ったが、聞くこともできない。兄の裕一に相談した。
「裕子、今から関東テレビにいけ。ディレクターからADまで挨拶。楽屋の下見。自販機の場所。もし出演者がいたら、挨拶忘れないように。ちょうど別のタレントのアシで東条君が行ってるから、最初はナシつけといてもらえ」
「あの、八重さん薬飲んでるけど、なんの薬?」
「ああ、安定剤。のべつ幕なしで飲むからジェネリックってことで、ビタミン剤に替えてあるから大丈夫。地下鉄なんかでいくなよ、原チャで行って、局の周りの自販機と、コンビニチェック。八重はB社のクイーンてコーヒーしか飲まないから。まあ、事故に気ぃつけて行って来い」

 原チャとはいえ、裕子は、ペーパードライバーなので、事務所の前の道で二往復して慣れておいた。

「おい、裕子。名刺変更。お前名前変えろって言われたんだろ。これ、伊藤ヒロって作り直したから。これでいけ」
 せっかく朝もらったばかりの名刺をボツにして、新しい名刺をウェストポーチにぶちこんだ。事務所の庶務の子が気の毒そうな目で送ってくれた。

 局が近くなると、裕子は、局に入る前に、近辺のコンビニと自販機をチェックした。B社のクィーンを置いているコンビニは無し。自販機を一台だけ見つけ安心して、とりあえず一個確保しておいた。

 局では、東条さんのほうから声を掛けてくれた。兄の裕一は裕子の画像付きでメールを送ってくれていたようだ。ただ「ヒロさーん!」と声を掛けられた時には、一瞬反応ができなかった。なんせ、名前を変えてから二時間しかたっていない。
 東条さんは、プロディユーサーまでは付き合ってくれた。彼女とて楽なマネージャーをやっているわけではない。
「プロディユーサーへの挨拶バッチリだったわよ。高校生なのに、行き届いてるわね」
「どうも、先日まで演劇部にいましたから、少し慣れてるのかな……いえ、やっぱ東条さんが傍に居てくださったからです。あ、とにかくがんばります!」
「大変だろうけど、がんばって。じゃ、あたし、今からロケだから」
 東条さんは行ってしまった。
 スタッフには全員挨拶しておいた。出演者の田和明子が別の収録が終わって楽屋に戻ったことをADさんに教えてもらって、挨拶にいった。
「ハハ、あんたで6人目だね。ま、八重ってクセがあるけど、辛抱してがんばって。あの子が目が出るか出ないかは、半分は事務所。あんたの腕だからね」
 そう慰められて、事務所に戻った。

「遅い。あたしが目覚めたら、傍にいなきゃダメでしょ!」
「申し訳ありませんでした!」
 この程度は、朝の改名に比べれば屁でもない。さっそく局入り。嫌がる八重をなだめながら、関係者への挨拶。
 事前に、裕子が来たことは誰も言わない。みんな心得ているだろうと思った。ただ、田和明子さんだけが、部屋を出る時に「がんばれよ」という口の形をしてくれた。思わず涙が出そうになった。

「ダメ、こんな温いのじゃ!」

 案の定B社のクィーンでなければ承知しない八重に、事前に買っておいたのを出すと、この返事だった。
 スタジオ入り10分前。買いに行っては間に合うかどうか……考える間があれば行動しろ。演劇部で鍛えた行動力で、自販機に向かった。なんとか間に合った。
「おはようございます」
 程よい声量で挨拶。

「ちょっと、待ちなさいよ」

 最後に入ってきた田和明子に呼び止められた。
「八重、あんたね、コーヒーの匂いさせて挨拶すんじゃないわよ。ちゃんとプロ根性見せてよね!」
 さすがに田和さんなので、八重は素直に謝った。しかし収録が終わって、楽屋に帰ると八つ当たり。
「ヒロ、あんたがグズグズしてクイーン買ってくるの遅れたから叱られたじゃない。今度やったら張り倒すからね!」
 これじゃ、他の付き人もたないだろうなあ、と思いながらも頭を下げた。演技と思えばなんでもできる。

 タクシーに乗って、八重のマンションまで送ると、真一からメールが入っていた
――お婆さんの介護で休みと聞きました。がんばりすぎて倒れないようにね。真一 ――

 あんたのせいで、こんなことやってんだよ! 憤懣やるかたない裕子であった。
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Regenerate(再生)・12≪幸子のセンチメンタルジャーニー・2≫

2019-12-16 06:18:13 | 小説・2
Regenerate(再生)・12
≪幸子のセンチメンタルジャーニー・2≫
   


 
 羽田空港から始めてみることにした。

 その前にカンザスの家族にスカイプで連絡をとった。
「しばらく連絡とれなくてごめん。詩歩、ジミーにはヘリコプター乗せてもらった?」
――うん、うちとジミーの畑の上一周した。ありゃダメね、ガチガチになってて、ヘリが二日酔いみたいに揺れんの。あいつはコクピットの中に紛れ込んだハエが気になったっていってるけど、若葉マークもいいとこ。あれじゃ仕事にならないわね――
「ハハ、案外ハエって詩歩のことかもね」
――どいう意味よ!?――
「ハハ、分からなくていいわよ。それより、これからお姉ちゃん関西の方に行ってるから……うん、日本の中西部。大阪中心に勉強のことで周るの。ひいばあちゃんのことは、ちょっと中断。ま、いろいろあってね。じゃ、飛行機の時間迫ってるから。お母さーん!……聞こえないか。じゃ詩歩からよよしく!――

 パソコンをダウンさせると、手荷物限界一杯のバッグを肩にかけて、寮をあとにした。

 羽田空港に着くと、幸子のビジョンが蘇った。
 
 幸子は嫁いだ姉を訪ねて東京に来たんだ。そして姉夫婦が空港まで見送ってくれたこと。同じ飛行機に好きな歌手が乗ることなどを思い出した。若草色のチュニックの下に冷房の効きすぎを気にしてGパンを穿いていたこと。出札ゲートに入って、思い切り手を振ったらミサンガが切れたこと……。

 飛行機が無事に高度をとって、シートベルトを外せるようになると、詩織は比較神話学の講義ノートを整理しはじめた。むろん、こんなことをしなくても講義の中身は全部頭に入っている。でも、こうやってノートをアナログで書いて講義の記憶を再現することが、とても人間的な行為で楽しかった……って、多少変わってはいるけど、自分も人間なのにと思うとおかしみが湧いてきた。

 数分して気づいた。
 
 二つ前の学生風の二人が、詩織と同じようにノートを取り出して、ゴソゴソし始めた。二人のノートにはページごとに複雑な回路図が……特殊な金属性のインクでプリントされていた。二人は、それぞれページを千切って、二人分のノートを考えながら重ねていった。
――なんだ、この集積回路のような紙の束は?――
 完成した時に、彼らの思念が飛び込んできた。

――できた!――

 この達成感は次の行動へのステップだった。
 !…………二人の目的はハイジャックだった。
 方法も分かった。二人のノートには特殊な薬品が染み込ませてあり、ノートにプリントされた回路を重ねることによって起爆装置が完成する。爆破能力はダイナマイトの半分ほどだが、機体に穴をあけるのには十分だった。

 詩織は、二人が実行に移すまでのわずかな時間にトイレに立った。幸子に擬態しなければ、この事態を切り抜けることができないから……。
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乃木坂学院高校演劇部物語・67『三学期最初のクラブ』

2019-12-16 06:08:17 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・67   
『三学期最初のクラブ』 

 
 
 
「なんか、赤ちゃんのお手々みたいだね」

 これ、三学期最初のクラブでの二番目の言葉。

「おっす、アケオメ」
 これが一番目。で二番目は、わたしが手のひらに乗っけてたそれを見た里沙の感想。
「ヒトデのミイラ」
 これは夏鈴の感想。例外的に里沙の方がデリカシーがあった。

 で、その赤ちゃんのお手々のような、ヒトデのミイラみたいなものの正体は。
 マルチヘッドフォンタップと申します。
 何に使うかというと、テレビやオーディオに繋いで、最大五人まで同時にヘッドフォンが使えるという優れもの。

 で、なんで、新学期早々の部活でこれが必要だったかと言うと、以下の通りなんです。

「じゃあ、テレビとデッキ運ぶよ」
「「「おー!」」」
 と、元気はよかった……しかし現物を目にするとため息。別にイケメンを発見したわけではないんだ。
「どれでも好きなの持っていきな」
 技能員のおじさんは、フレンドリーに言ってくれた。
「どうせなら、おっきいのがいいよね」
「十四型なら、持てるけど……」
 わたしたちは、テレビの品定めをしていた。
 地デジ化した後、学校中のアナログテレビが使えなくなり、倉庫に集められれていた。
 いずれ廃棄になるんだけども、デッキに繋げばDVDのモニターとして使えるので、技能員のおじさんが倉庫にとっておいた。それをいただきにきたってわけ。
「やっぱ、この二十八型だよね」
 夏鈴が、お気楽に指差した。
 でも、重さは、お気楽ではなかった。三人がかりでやっと台車に載せてゴロゴロと押していった。
「はあ……」
 三人そろってため息をついた。わたしたちの部室は、クラブハウスの二階にある。階段の幅も狭く、上と下に一人ずつ付くしかない。
「「「無理……!」」」
 これも三人そろった。
「テレビ運ぶのか?」
 その声に振り返ると、山埼先輩が立っていた。先輩とはジャンケン勝負以来だ。

「ここでいいか?」
 山埼先輩は、なんと一人でテレビを持ち上げ、マッカーサーの机まで運んでくれた。
「……観ることから始める。いいんじゃないか。マリ先生がいないんじゃ、今までみたいな芝居はできないもんな」
「機材もないし、人もいませんから」
 取りようによっては嫌みな里沙のグチを、先輩はサラリと受け流した。
「まあ、事の始まりってのは、こんなもんさ。ま、力仕事で間に合うことがあったら言ってくれよ。オレとか宮里は慣れてっから」
「先輩たちは、どうしてるんですか」
 ペットボトルのお茶を注ぎながら聞いた。
「二年のあらかたは、G劇団に流れた。あそこ、うちの卒業生が多いから、違和感ないし。でも、ここに居てこそデカイ面できたけど、大人の中に入っちゃうとペーペー。勝呂だって、その他大勢だもんな」
「ま、事の始まりってのは、そんなもんですよ」
「ハハハ、そうだな。おまえらもがんばれや」
 そう言って、お茶を一気のみして爽やかに行ってしまった。

 DVDプレイヤーは、パソコンの方が便利だろうと、柚木先生がお古を無償貸与してくださった。
 一応柚木先生が正顧問。でも、自分は演劇には素人だからと、部活の内容には口出しされない。先輩たちとも先生とも良い距離の取り方。
 明朗闊達、自主独立。久方ぶりに生徒手帳の最初に書いてある建学の精神を思い出した……正確には、里沙が呟いたのに、わたしと夏鈴がうなづいたってことなんだけどね。

 それから、わたしたちは観まくった。

 古い順に、『風と共に去りぬ』『野のユリ』『冒険者たち』『スティング』『ロンゲストヤード』『ロッキー』『フットルース』『ショーシャンク』『クリムゾンタイト』『ラブアクチュアリー』『プラダを着た悪魔』『最高の人生の見つけ方』『インヴィキタス』『パイレーツロック』『英国王のスピーチ』『人生ここにあり』
 いずれも、不屈であり、我が道を行き、不利な状況を打ち破るお話ばかりで、広い意味で、お芝居って、人を元気にさせるものなんだと感じた。
 とても全部について感想言ってる余裕はないけど、『人生ここにあり』は笑って、大笑いして、大爆笑! なんだか「馬から落ちて落馬して」みたいな言い方だけど、その通り。イタリア映画で言葉なんか分からない。字幕みてる余裕もないんだけど、とにかくダイレクトで伝わってきた。ストーリーは、まだ観てない人のために言えないけど。

――クラブを続けてよかったんだ。きっといいものが創れるんだ!

 そう確信できたことは確か。

 ちなみに、これらの映画は、はるかちゃん経由で、大阪のタキさん(チョンマゲのオーナーシェフの『押しつけ映画評』を門土社で連載やってるおじさん)のお勧め。
 で、DVDの大半は、はるかちゃんのお父さんからの借り物。
 非常に経済的なクラブ運営に、里沙でさえほくそ笑んだ。だって使い残した部費を年度末にはパーっと使えるでしょ。
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