大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト・『チョイ借り・1』

2021-07-08 06:20:51 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『チョイ借り・1』  




 チョイ借りのつもりだった。

 と言って、律儀に元の場所にかえすつもりはない。

 こういうの占有離脱物横領とかいうらしいけど、オレは一度もこれでパクられたことはない。そうしょっちゅうやってるわけでもないし……。

 ということで、オレは地下鉄近くの駐輪場に置いてあったオレンジ色のチャリのチョロイ鍵を壊して、有樹たちが待っているカラオケ屋に急いだ。

 これで遅れた三十分を少しでも取り返せるだろう。

 なんと言っても、今日はオレのダブリ記念のオマツリだ。

 学年主任の玉置のオッサンの説教が長かった。担任のミッチャンは、正直厄払いできたんで、通り一遍の注意だけ

「直樹が落ちるとは思わなかった」

 ため息混じりに言ってたけど、オレみたいな問題児の担任を外れられる安堵感が正直すぎて笑いそうになった。

 でも、玉置のオッサンは、ミッチリ、ネッチリ三十分。

 しかしベテラン、オレが切れかかる寸前に小言を止めた。オレの他にも留年が八人もいる。いつまでもかまってはいられないんだろう。

 でも、おかげで三十分キッチリ遅刻。

 学校は遅刻しても、ダチとの約束の時間には遅刻しないのがオレのモットー。

 おかげで十分ちょっとの遅刻で済んだ。

 さすがに、チョイ借りの自転車をカラオケ屋の前に置いておくことはしない。

 登録シールも貼ってある。盗難届が出されると面倒なので、五十メートルほど離れたパチンコ屋の前に乗り捨て。そこからダッシュすると、程よく息が切れて仲間にも「誠意」が分かってもらえる。

「すまん、玉置のオッサンのナシが長くて」

 あらかじめケータイで三十分遅れると言っておいたので「思ったより早いじゃん」と、みんなに喜ばれた。

 三時間歌いまくった。オハコの福山雅治や、エグザイル、AKB48なんかで盛り上がった。

「さ、そろそろ本番いこうよ」

 チイコが言ったのをきっかけに、みんなで『先達』って、うちの学校のワルの先輩がやっている飲み屋に行くことにした。むろん先輩の顔を潰すわけにはいかないのでカラオケ屋で私服に着替える。

 カラオケ屋を出て、ギクっとした。

 あのオレンジ色の自転車が、店の前に置いてある。

 しかし、オレがやるようなことは、他のヤツだってやっている。たまたまパチンコ屋にいたヤツがカラオケに来るのにチョイ借りしたんだろう。カギは壊してあるしな。

 先達では、奥の座敷を貸してもらって盛り上がった。

 先輩の好意だろう、ビールから始まったけど、潰れるヤツが出るようなアルコールの出し方はしなかった。コークハイなんか、三十分もすると、ほとんど普通のコーラと変わらないようなものになっていた。

 気づくと、マナーモードにしていたケータイがポケットで震えた。トイレに行くふりをして、画面を見る。

 なんと、同席しているチイコからだった。

――今夜は、泊まりがけで付き合ってあげる。他の子にはナイショだよ(#^0^)――

 午後十一時、さすがに先輩に言われて解散。

「今日は、ありがとな。オレ、酔い覚ましに一駅歩くから、これで」

「あ、あたし、オジキの家に泊まるから、直樹と途中までいっしょに行く」

 先達の前で解散して、チイコと二人で歩き始めた。

 角を曲がってビックリした。

 あのオレンジ色の自転車が、歩道の脇に置いてある。

 ラッキーと思って、チイコを荷台に乗せてしがみつかせて「オジキの家」に急ぐ。

 チイコはギュッと胸を押しつけてくるので、熱気と胸の膨らみを同時に感じた。

「今日は大丈夫な日だから、付けなくってもいいからね」

 チイコの言葉に一瞬自転車が揺れる。

「運転中なんだ、刺激的なこと言うなよな」

「フフ、ナオキって案外ウブなんだ」

 自転車は、足が着くといけないので、「オジキの家」という単身者用のマンション近くの不法駐輪の自転車が、ゴチャゴチャに置く……というより、積み上げられたところに放り投げようとした。

「可哀想だよ。せめて手前に置いてあげたら」

 チイコが、そう言うので、一番外側に置いた。

 これが、オレとオレンジの関わりの始めだったんだ……。

 つづく

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コッペリア・47『栞と颯太のゴールデンウィーク⑧』

2021-07-08 06:03:37 | 小説6

・47

『栞のゴールデンウィーク⑧  

 

 

 颯太は戸惑った。

 ここに来れば分かると思ったからだ。

 颯太は講師だったので、それを理由に組合には入っていなかった。講師にも組合はあるのだが入っている者はいたって少ない、講師の弱い立場でははばかられることでもあった。

 前任校の北浜高校の分会長に会いにいくのは気が引ける。

 東京に来た時点で大阪のことは捨てたつもりでいた。

 しかし、この問題を解くためには、どうしても現職教師、それも大阪府内全域の人事が把握できているような人物に会う必要があった。

    

「やあ、もう大阪には戻ってけえへんかと思たで」

「そのつもりやったんですけど、どないしても解決しとかなあかん問題が出てきまして」

 部活指導のために休日出勤していた北浜高校の大久保分会長に会うと、あっさりと大阪弁に戻ってしまう自分が、とても浅はかに思えた。

「電話で頼まれた、きみと同姓同名の定年退職者はおらんなあ。過去五年に遡って調べたけど、中途退職者含めていてへんわ」

「ほんまですか……」

「ああ、立風颯太いうたら、けっこう珍しい名前やからな。おったらすぐに分かる」

「予想はしてましたけど、大家さんから聞いた限りでは、元教師には間違いないようです」

「偽名を使うてまでの東京移住。教師やったとしたら、あんまりええ思い出持って退職した人とちゃうなあ」

「そうでしょうね、おそらく独身で家族も居なかったでしょうから」

 大久保は冷蔵庫から麦茶のボトルを出すと、二つ注いで机に置いた。なんだかベテラン刑事に取り調べを受けるようだ。

「それより、来年は大阪に戻ってこいよ。ほら、来年の採用試験のパンフ。よう読んどけ」

「はあ……」

「気い抜けたビールみたいな返事しよってからに……颯太が、そんな顔してるからビール飲みたなってきたやないか」

 大久保は、颯太が土産に持ってきた缶ビールを開けて一杯やりだした。

「まだ冷えてないでしょ」

「お前の気持ちも、まだ冷えてないなあ」

「え……」

 大久保は立ち上がって、教官室の窓を開けた。運動部の練習の声々がさんざめきとなって聞こえてくる……正直懐かしい。

「ここだけの話やけど、佐江いう子のことも知ってるぞ」

「え……」

 心臓が飛び出しそうになった。

「細かいことは言わんけど、佐江いう子も大人や。どないなろうと自分で生きていきよる。佐江は離婚に当たって相談にも来えへんかったやろ。気にしてるお前の方が子どもに見えるで」

 三月の自分なら心が動いたかもしれない。だが、今は颯太の心には別の者が住み始めている……。

「明日は、大阪見物。一通り名所見たら、面白いところに連れて行ってやるよ」

 阪急電車に乗って京都のホテルに戻ると、セラさんと栞にそう言って喜ばせた。

 京都の奥座敷、嵯峨野の夜の涼しさは、頭を冷やすのには、ちょうどよかった……。

 

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