ライトノベルベスト
チョイ借りのつもりだった。
と言って、律儀に元の場所にかえすつもりはない。
こういうの占有離脱物横領とかいうらしいけど、オレは一度もこれでパクられたことはない。そうしょっちゅうやってるわけでもないし……。
ということで、オレは地下鉄近くの駐輪場に置いてあったオレンジ色のチャリのチョロイ鍵を壊して、有樹たちが待っているカラオケ屋に急いだ。
これで遅れた三十分を少しでも取り返せるだろう。
なんと言っても、今日はオレのダブリ記念のオマツリだ。
学年主任の玉置のオッサンの説教が長かった。担任のミッチャンは、正直厄払いできたんで、通り一遍の注意だけ
「直樹が落ちるとは思わなかった」
ため息混じりに言ってたけど、オレみたいな問題児の担任を外れられる安堵感が正直すぎて笑いそうになった。
でも、玉置のオッサンは、ミッチリ、ネッチリ三十分。
しかしベテラン、オレが切れかかる寸前に小言を止めた。オレの他にも留年が八人もいる。いつまでもかまってはいられないんだろう。
でも、おかげで三十分キッチリ遅刻。
学校は遅刻しても、ダチとの約束の時間には遅刻しないのがオレのモットー。
おかげで十分ちょっとの遅刻で済んだ。
さすがに、チョイ借りの自転車をカラオケ屋の前に置いておくことはしない。
登録シールも貼ってある。盗難届が出されると面倒なので、五十メートルほど離れたパチンコ屋の前に乗り捨て。そこからダッシュすると、程よく息が切れて仲間にも「誠意」が分かってもらえる。
「すまん、玉置のオッサンのナシが長くて」
あらかじめケータイで三十分遅れると言っておいたので「思ったより早いじゃん」と、みんなに喜ばれた。
三時間歌いまくった。オハコの福山雅治や、エグザイル、AKB48なんかで盛り上がった。
「さ、そろそろ本番いこうよ」
チイコが言ったのをきっかけに、みんなで『先達』って、うちの学校のワルの先輩がやっている飲み屋に行くことにした。むろん先輩の顔を潰すわけにはいかないのでカラオケ屋で私服に着替える。
カラオケ屋を出て、ギクっとした。
あのオレンジ色の自転車が、店の前に置いてある。
しかし、オレがやるようなことは、他のヤツだってやっている。たまたまパチンコ屋にいたヤツがカラオケに来るのにチョイ借りしたんだろう。カギは壊してあるしな。
先達では、奥の座敷を貸してもらって盛り上がった。
先輩の好意だろう、ビールから始まったけど、潰れるヤツが出るようなアルコールの出し方はしなかった。コークハイなんか、三十分もすると、ほとんど普通のコーラと変わらないようなものになっていた。
気づくと、マナーモードにしていたケータイがポケットで震えた。トイレに行くふりをして、画面を見る。
なんと、同席しているチイコからだった。
――今夜は、泊まりがけで付き合ってあげる。他の子にはナイショだよ(#^0^)――
午後十一時、さすがに先輩に言われて解散。
「今日は、ありがとな。オレ、酔い覚ましに一駅歩くから、これで」
「あ、あたし、オジキの家に泊まるから、直樹と途中までいっしょに行く」
先達の前で解散して、チイコと二人で歩き始めた。
角を曲がってビックリした。
あのオレンジ色の自転車が、歩道の脇に置いてある。
ラッキーと思って、チイコを荷台に乗せてしがみつかせて「オジキの家」に急ぐ。
チイコはギュッと胸を押しつけてくるので、熱気と胸の膨らみを同時に感じた。
「今日は大丈夫な日だから、付けなくってもいいからね」
チイコの言葉に一瞬自転車が揺れる。
「運転中なんだ、刺激的なこと言うなよな」
「フフ、ナオキって案外ウブなんだ」
自転車は、足が着くといけないので、「オジキの家」という単身者用のマンション近くの不法駐輪の自転車が、ゴチャゴチャに置く……というより、積み上げられたところに放り投げようとした。
「可哀想だよ。せめて手前に置いてあげたら」
チイコが、そう言うので、一番外側に置いた。
これが、オレとオレンジの関わりの始めだったんだ……。
つづく