鳴かぬなら 信長転生記
西の坂道から駆け戻った俺は、まっしぐらに校舎の屋上に駆けあがった。
ここだ!
西の坂で感動した光景が、何倍もの迫力になって広がっている!
野にあるごとく、それは眼下に広がっている。
御山を中心に、南に城山、西の方、御山の向こうには市の通う転生学園高校を抱くように街並みが広がっている。
それらは、大輪の花の如く転生の街に位置を占め、その周囲を家々や街の緑が取り巻いて、薩摩焼の花器に活けられた名人の作のように静もっている。
そうか、利休は門から出でて『野にある如く』を探せと言っていた。
それはブラフだ。
門を出て感動した光景が、どうやれば、さらに栄えるのか。その謎かけをしていたのだ。
覇者の華道とは、一を見て、それに感動するだけではなく、それを十にも百にも輝かせる道を知らなければならない。
それに気付かせたかったのだ。
他に人影は無い。どうやら、このことに気付いたのは俺一人……。
手すりが邪魔だ。
スマホを構えて、立ち位置が不十分であると思い至る。
俺は、さらに進み出て視界に屋上が入らないようにする。
もう少し右か……
スマホのブレを防ぐために左手は手すりに添えたまま右に寄る。
よし、ここだ。
この光景をファインダーに収めれば、もう他の被写体を探す必要もないだろう。それほど、ここからの転生の街は美しい。
カシャ
なるほど、そうか……。
露出を変えて、さらに三枚撮ると、俺はスマホをしまって階段室に戻る。
小気味よく踊り場まで下りると、俺は足音を忍ばせて階段を上がる。
「やはりな……」
独り言ち、再び屋上に戻ると、予期していた者と予期せぬ者が居た。
「信玄が居ることは分かったが、謙信は気づかなかったな」
「ハハハ、どうして分かった?」
信玄が嬉しそうに振り返る。
「手すりが暖かかった。直前まで信玄が写真を撮っていたとふんだ。給水タンクの陰にでも隠れていたのだろう」
「謙信もいたんだぞ」
「謙信は気づかなかった。手摺には触れていないのか?」
「ううん、わたしって体温低いから。指の先なんて夏でも冷たい」
「うひゃ、冷たいぞ、謙信(^_^;)!」
「ウフフ……」
謙信が、後ろから信玄の頬を手で挟む。
面白いんだが、そういうじゃれ合い的なところも美しく感じるのは俺の感性がおかしいのか?
「信長も坂道を下りて気が付いたの?」
「ああ、やはり、お互い戦国の覇者ではあるな」
「ん、誰か上がって来るぞ」
信玄が嬉しそうに、階段室の方を示す。
ドタドタドタ
「み、みなさんも気づいたんですね!?」
上がってきたのは眼鏡っこの古田だ。
「く、悔しい……気づくのが遅れました!」
「悔しさは人を成長させるわよ」
「はい、謙信さん。で、でも、これで終わりじゃないですよ。師匠の要求は、もっと奥が深いです!」
「そうだな、日暮れにはまだ間がある。もう少し探してみることにしよう。いいな、謙信も信長も」
「はい」
「おう」
今日は、もう学校には戻らないことを確認して、もう一度、それぞれの門から出ることにする。
校門を出て、スマホを確認。
「え?」
謙信の手で頬を挟まれてビックリしている……つまり、二人がじゃれ合っているところを無意識に撮っていたぞ(^_^;)。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で打ち取られて転生してきた
- 熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田(こだ) 茶華道部の眼鏡っこ