大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 19『野にあるごとく・5』

2021-07-20 09:40:40 | ノベル2

ら 信長転生記

19『野にあるごとく・5』   

 

 

 優れた戦国武将には独特の嗅覚がある。

 

 柴田勝家と云えばわが織田家の一番番頭だが、元々は弟信之の家老であった。

 信之を謀殺した時に、大方の家来どもが呆然自失する中、あっさり鞍替えをしてきた。

 裏切りではあるのだろうが、憎めん。嗅覚は一級品だ。

 

 越前攻めの折、浅井の裏切りに逢って一目散に逃げ帰った。供をしたのは僅かな者たちだった。

 琵琶湖の西を必死で逃げたのだが朽木元綱が立ちふさがって行く手を阻んだ。

 いち早く、俺の逃走を感知した朽木は敵ながら天晴れだった。朽木の嗅覚は一級品だ。

 しかし、それ以上に天晴れだったのは松永久秀だ。

 奴は、俺を朽木に売ることもできたが、単身朽木の許を訪れて朽木を説得した。

 久秀の感覚は特級と言っていい。

 

 男ではないが、我が妹の市も秀逸だ。

 亭主の浅井長政が、父久政に押し切られ、俺を裏切ると知って、小豆袋を送ってよこしてきた。

 袋の両端が括られていて「兄上は袋のネズミ」を意味していた。

 並の女なら、俺に密書を書くか、長政を説得しにかかるだろう。むろん説得できるわけもなく、泣いて諦めるか、自分で喉を突いて死ぬしかしかない。密書は論外、必ず発見される。

 それを、なんの躊躇もなく小豆袋に託したのは、市の嗅覚だ。市の嗅覚も特級品だ。

 

 なに? 身内の事しか言っておらんと?

 当たり前ではないか、転生したとはいえ、敵共の美点を褒めるのは癪だ。癪なことはせん。

 

 公園まで差し掛かると、いつかと同様に市が居た。

 

 ジャングルジムの天辺でボンヤリと西の空を見ている。

 うかつには声を掛けられない。

 こないだのように、天辺から跳びかかってこられてはかなわんからな。

 しかし……こうやっていても、市は美しい。

 さすがは、我が妹ではある。

 

 そうか、これも野にあるごとくだ!

 

 公園全体が花器だ。ジャングルジムは剣山であろう。

 周囲の遊具や植栽は添え花であるか。

 広い公園の中、ジャングルジムの天辺でぽつねんとしておっても、市には華がある! 存在感がある!

 刹那の間、いくつものカメラアングルが頭をよぎる。

 これだ!

 一呼吸置かぬ間に、公園の東南東の茂みに身を隠してファインダーを覗く。

 今だ!

 パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 ん? ちょっとシャッター音、多すぎないか? 

 

 アハハハハハハ……

 

 歯磨きのCMのようにきれいな歯をのぞかせて利休が笑う。

 あくる日の部活で、みんなの写真をいっせいに披露したのだ。

 屋上からの写真と、市の写真が共通だった。

 俺以外の三人も、公園の方からただならぬ気配を感じて、それぞれ別の方角から市を撮っていたのだ。

「まったく、油断も隙も無いぞ。人の妹をなんだと思っている」

 

 謙信は東の方角から逆光に浮きたつ一の後姿を撮っている。

 市の容貌、特にその顔の美しさは天下無双だ。

 その顔を、あえて捨てて、ほとんどシルエットになった後姿に妹の孤独で孤高な一途さを見出している。

「信長の妹とは知らなかったけど、この子の後姿は、若いころのわたしに通じるものがあるわ」

「であるか」

 

 信玄は東北の方角から、引き気味の高いアングルで撮っていた。

「この娘は、自然に自分の居所に身を置いておる。数ある遊具やベンチではなく、公園の中央にあるジャングルジムの天辺こそが、自分の場所だと心得ておるんだ。自分の華を知って、的確に身を置いておる。甲斐の国から望む富士の美しさにも通じて、実に美しい」

 

 古田は西の方角から撮っていた。

「やはり、この娘の美しさは正面です!」

「正面はいいが、なぜ、パンツが写っている?」

「パンツが見えているのは隙です。完全な美しさに見える隙! これは数寄に通じる! いや、数寄そのものの美しさです!」

「そうなのか?」

 さすがに「であるか」とは言えない。

「はい、茜に染まる公園、ジャングルジムの天辺に後ろ手突いて空を仰ぐ美少女! 緩く開いた股間に覗く純白のパンツ! 青春の潔癖さを求める美しさが出ています! そう、純白! 縞やイチゴでは現れない一途さが、この写真の肝なんです!」

 なんか、腹が立つぞ。

「はい、よく頑張りました。でも、古田さんは別にして、あなたたち三人は茶華道部だけでは収まらないでしょ?」

「ああ、利休さえよければ、籍は置いてもいいが、他の部活も見てみたいな」

「わたしも、信玄に倣うわ」

「信長さんは?」

「籍はおかん」

「そう、フリーハンドで、もっと見てみようというわけね」

「よいか?」

「はい、自由になさって(o^―^o)」

 

 三人は、ウムと頷いたが、古田(こだ)だけが瞬間ムッとしたような……まあいい、俺は俺だ。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田(こだ)      茶華道部の眼鏡っこ
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ライトノベルベスト・〔永遠のゼロ メルの場合〕

2021-07-20 06:29:02 | ライトノベルベスト

 

イトノベルベスト

『永遠のゼロ メルの場合』  

 




「ブス! 速よ走らんかい!」

 この言葉が最初だった。

 一年生で入学して、最初の体育の授業で鈴木が言った。

 言っとくけど、あたし一人が遅れていたわけではない。グランド5周のため、体力を温存してラストスパートで前に出ようと、集団の中ほどにいたのだ。

 そして、あたしは毒島(ぶすじま)メルだ。でも、鈴木が言った「ブス」は、女性の容貌に対する言われなき差別語だ。

「……先生。今あたしのことブスって言いました?」

 あたしは走るのを止めて、鈴木に聞きに行った。

 この時の鈴木の言い訳は、さらにあたしを怒りにかき立て、あたしを永遠のゼロに向かわせた……。

 あたしは、このことが有って以来、鈴木の体育の授業は受けないことにした。

 体操服にも着替えないで、グランドの隅で突っ立っている。

「ええかげんにせんと、ブス、体育零点になるぞ!」

「いいんです。あたし、先生の暴言、絶対許さないから。先生の授業は絶対受けない」

「勝手にせえ!」

 で、一学期の体育は、0点がついた。学校もみんなも、意地の張り合いぐらいにしか思っていなかった。

 でも、夏休みに指定された補習には一切出なかった。

 代わりに、講師の松代先生に、補習が終わってから、補習と同じ内容のことをやって記録をとってもらった。

「毒島、おまえな、体育言うたら必履修科目やで。履らなら卒業でけへんぞ」

 鈴木は、担任といっしょになって説得にかかった。このころになると、鈴木は、さすがに「ブス」とは言わなくなったが、鈴木の「毒島」の「ぶす」には「ブス」の響きが残っていた。

 当然許せない。

 こうして、二学期も三学期も体育は0点のままだった。

 だが、学年の席次は1番だった。

 あたしは、親の職場を見ても、高校の成績なんか、さほどに影響しないことを知っている。だから、好きなことをのんびりやろうと、ワンランク下げ、この西高にきたんだ。ちょっときつかったけど、体育以外の授業でトップの成績を取ることは、さほど難しくはなかった。

 二年に上がる時、学校は万一のことを考えて、あたしを鈴木の体育から外した。先生は講師の松代先生だ。一年の追認を含めて松代先生がやってくれたので、あたしの体育は回復した。

 松代先生は、その年に教員採用試験に合格して、翌春には東高に正規の教員として転勤していった。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるのは学校の常で、三年の体育は再び鈴木になった。

 あたしは、また体育をボイコットすることにした。

 ただ、あたしもバカじゃないので、新しく来た他クラス担当の中村先生に、同じ体育の内容を放課後に受け、記録を残しておいた。

 あいかわらず、体育は0点が付けられた。でも、学年席次は一番だ。

 ……学校は、あたしを甘く見ていた。

 二学期に特別推薦枠で、早々に地域の中堅のN大学に入学を決めていた。体育は必履修なので、履らなければ卒業ができない。毒島メルも、いずれ折れて鈴木の授業を受けるだろうとタカをくくっていた。

 でも、あたしは、三学期の終わりになっても鈴木の体育は受けなかった。

 卒業判定会議は紛糾した。

 学年でトップ、皆勤で進路も決定しているあたしを落とすことはできない。校長が、職権で斡旋に乗り出した。中村先生に録ってもらっていた記録を元に体育の成績を認定しようというのだ。教職員は、民間校長の柔軟な配慮に、初めて喝采を送った。

「というわけで、毒島さん。あなたは目出度く卒業だ!」

 校長は満面の笑みであたしに卒業証書を渡そうとした(あたしは卒業延期で、遅れて校長室での卒業になった)

「その前に、体育の成績原票を開示してください」

 校長は、一瞬眉をひそめたが、本人への個人情報の開示は、請求されればやらなければならない。

 出された成績原票の担当教師の欄には鈴木の名前が書かれ捺印されていた。

「鈴木さんには認定されたくありません。拒否します」

 かくして、あたしは主席の成績と進路決定したまま原級留置になった。前代未聞である。

「いつまでも古いことを。毒島、もう勘弁してくれよ」

 鈴木は泣きを入れてきた。

「あたしのことをブスと言ったことは解決していません。古いことじゃないんです。現在進行形の問題なんですよ。鈴木さん」

 結局あたしは三年で原級留置になった。鈴木の体育の授業に対しては永遠のゼロを決めている。

 新聞が、このことを大きく報道し、ネットも賑わった。ラジオのローカル報道を皮切りに、3月の終わりには全国放送のテレビでも取り上げられた。

 鈴木は、地域で一番の困難校であるR高校に島流しになった。大学は、あたしがハーフでフランスの国籍ももっていたので、外国籍枠で秋の入学ということにしてくれた。

 鈴木は、一定の容姿をした女性を、とりあえず「ブス」と呼ぶ性癖があることは分かっていた。彼の青春時代の体験が影響していることも分かった。

 でも、あたしからは言わない。

 自分から気づかなきゃ、まただれかが永遠のゼロをやるだろう。

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ホリーウォー・10[スグルの復活と大崎司令]

2021-07-20 06:05:13 | カントリーロード
リーォー・10
[スグルの復活と大崎司令] 



 
「可能性は半々だな……」

 ヒナタが三週間かけて集めたスグルのデータを見て東北ゲルの教授は顎をさすった。
 
 スグルのボディーは、ハード面では完全に修復されていた。アタックやメモリーに関するスペックは、以前よりも強化されている。

 ただ、東京ゲルから脱出するときに、ヒナタの人格や情報を究極受信したので、スグル自体のそれは完全に喪失している。本来なら壊れたサイボーグやアンドロイドの部品どりに使われるはずだったが、ヒナタのたっての希望で日本中からスグルに関する他人のメモリーを集め、それでスグルの人格を再生しようという試みなのだ。

 スグルの悔しさ、怒り、瞬発力と優しさ、ユーモアと着眼点の良さ、孤独感……そしてスグル自身が自覚していなかった、まだ人間の子供だったころの揺れる気持ち。そういう記憶と記録が頼りだった。

「ダウンロードに時間がかかる。その間に見ておいてもらいたいものがある」
 
 そう言うと教授はヒナタを別のラボに連れて行った。
 
 上半身だけの焼けただれたアンドロイドの残骸があった。胸部に何本もケーブルが繋がれているところを見ると、胸部に電脳を内蔵し、それがまだ生きている証拠だろう。
 
「生きているんですね」
 
「かろうじてね。こいつは東京ゲルを襲ったリーダーだよ」
 
「あ、あのAKPのユーリーに擬態していた」
 
「優秀なアンドロイドでね、破壊される直前に究極受信したのを見抜いている。ただ、ヒナタのボディーが破壊される瞬間の手ごたえだけなんで、裏付けのデータがない。シンラの連中も半信半疑というところだろう」
 
「つまり、シンラは組織としては、わたしの破壊に確信が持てていないということですね」
 
「それに、もう一つ。破壊される寸前に送信しているんで、暗号化されていない。13か所を経由しているが、発信先が特定できた」
 
「どこの胡同(フートン)ですか」
 
「胡同じゃないㄊ|ㄢ ㄊㄢˊだ」
 
「え、天壇ですか!?」
 
「正確には、その地下だ。漢民主共和国の実質的な中枢のようだ」

 その時、義体の残骸が電波を発したのが分かった。

「間違いないね、今の会話から情報が漏れていると判断して、天壇に送信したんだ。ここは三重の電波障壁がしてあるから、電波が届くことはないがね」
 
 ブシュッ!
 
 すると義体の残骸は、自分の電脳に強い電流を流し自らを破壊してしまった。アンドロイドの自殺である。
 
「これ以上の情報を取られるのを恐れて自殺したんですね……」
 
「本来なら、無くなった下半身に埋め込まれた爆薬で自爆するところだったんだろうが、下半身は東京ゲルの戦闘で失っているからね」

 ほとんどスクラップになりながらも生き延びたのは、このアンドロイドの使命感だ。シリアルさえ焼き切った義体の残骸を、ヒナタは電気溶解し、野球のボールほどの大きさにし、葬ってやることにした。
 
「場所は、ここがいいだろう」
 
「はい……」
 
 教授が連れて行ってくれたラボの裏山には、すでに小さな墓標がいくつも並んでいた。
 
「考えることは同じようだな」
 
「ありがとうございます。アンドロイドを人として扱ってくださったんですね」
 
「いや、こうやって目につくようにしておけば、いくら日本にアンドロイドテロを仕掛けても無駄だという警告にもなるからね」
 
 教授の目線が逃げたので、照れ隠しの言い訳と、ヒナタは暖かく受け止めた。教授の通信端末に連絡が入った。
 
「ダウンロードが終わったようだ。ラボに戻ろう」

「インストールが終わるまで、成功は確信できません」

 真面目な助手が事務的に言った。
 
 もう少し言いようがあるだろうとヒナタは思った。
 
 アンドロイドが人間の心配りに文句を持つなんて可笑しなことだ。表情に出たのだろう、教授がニヤニヤしている。教授は成功を確信したようだ。
 
「インストールが終わったら大崎司令から、新しい任務について連絡があるらしい。覚悟しとけよ」

 ヒナタは久々に嫌いな大崎を思い出してしまった……。
 
 
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