大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

鳴かぬなら 信長転生記 15『野にあるごとく』

2021-07-10 15:33:31 | ノベル2

ら 信長転生記

15『野にあるごとく』   

 

 

 

「今年度から茶道部と華道部を統一して『茶華道部』と称しております」

 

 池坊専慶を称する千利休が涼し気に言う。

「しかし、利休。池坊専慶というのは実在の池坊華道の創始者であろうが」

 信玄が指摘する。

 この転生学院の生徒は、基本的に前世から転生してきた武将などの歴史的著名人ばかりだ。いくら利休が茶道の大成者であるとしても、華道創始者の名をかたってはまずいであろう。

「専慶さんは、先日転生なさいましてね。新年度に入っていたこともあり、わたしが襲名しました」

「……うむ、なるほど、専は千と同音、良いのではないですか」

 謙信は鷹揚だ。

「実のところは、年度内に部長が替わっては、書類やハンコも変えなければならないからではないのか?」

「ホホ、信長君は鋭いわね。でも、内緒よ、あまり下世話な事情は知られたくないわ」

「ああ、そう言えば、天下布部のハンコを申請した時も『信玄君、ハンコは、年度内は変更できないわよ』と生徒会に言われたなあ」

「フフ、生徒会長ね」

 天下布部は伝統のある部活かと思ったが、どうやら、そうでもない気配だ。

「さて、お花の心を感じてもらうところから始めましょうか……古田(こだ)さん、見本をお願い」

「承知しました」

 あ、やっぱり、こいつは古田なのか。

 

 古田は新聞紙でくるんだ素材の花を持ってくると、いったん、花卓の前で正座して気を貯める。

 たかが、花を活けるのに大仰な気もするが、取組前の力士が蹲踞するようで俺の美意識にもかなっている。

 静かに桜の枝を持つと、左手に持ち替え、空いた右手で手にしたものは鋏……ではなかった。

 それは、小柄(こづか)であった。

 小柄を順手に持つと、僅かに息をつめる。

 スパリ

 風采の上がらない眼鏡っこには似つかない鮮やかさで、桜の枝を切った。

 こやつ、武道の心得がある。

 茶道部の時も、紅茶の封を切る仕草に感じさせるものがあったが、封を切るというささやかな動作でもあったので確証が持てなかった。

 それに、中型犬を思わせるような凡庸さが先に立って、観察が甘くもなっていた。

 慣れている。

 枝や花の置き方、活け方に迷いがなく、時おり身を引いて観察はするが、それも、ほんの数秒の事。

 五分も掛からずに、俺が見てもお手本と思えるような花活けを完成させた。

「できました」

 静かに完成を宣言すると、取り組みが終わって蹲踞するように息を吐いて力を抜く。

 なかなかやりおる。

「見事です、古田さん」

「ありがとうございます、部長」

「葉物を低く剣山に差し、枝の三つを天に指向させ、三つを脇に流し、あえて桜を脇に……のびやかに水仙を立て、迷うことなく、見事に花の対比を作りました。花の形も不等辺三角形に設えて、自然んな趣に仕上がっています。いかがですか、天下布部の方々……」

「見事な……」

 三人三様に、世辞抜きで古田眼鏡っこの出来を褒める

「わたしの生け花の精神は、これです」

 そう言うと、専慶……利休は紙にしたためた七文字を俺たちに示した。

 

 野にある如く

 

 茶席において花を活ける、揺るぐことなき利休四百年の精神だ。

「実は『のにあるごとく』と読んでは間違いなのです」

「ほう……」

「なんと……」

「ではない……」

 三人三様に驚く天下布部。

 いちばん驚いたのは、眼鏡っこの古田であった。

 ゴトリ

 小柄を落とすと、古田は師の利休ににじり寄った。

「『野にあるごとく』ではないのですか? わたしは、詫び錆びの境地を、この七文字に託して精進してまいりました! わたしの心柱のようなものなのです! これでなければ、わたしの茶も花も、身の置き所がありません!」

「すまない、気負い過ぎた物言いをしてしまったわね……間違いというよりも……これでは小さいのです。ほんとうは『野(や)にあるごとく』と読むべきなのですよ」

 

 野(や)にあるごとく……!?

 

 なんということだ、たった一文字の読みの違いでしかない。

 しかし、野(の)と野(や)では、広がりがまるで違う。

 清須城と安土城……いや、俺が本能寺で倒れていなければ作ったであろう大坂城ほどにも違う。

 いや、それでも足りん。学校のプールと太平洋ほどにも違うぞ。

 利休坊主は、文字一つの読みを変えるだけで、世の詫び錆びを、まるで山葵を丸呑みするように刺激的なものにしてしまいおった。

 

 詫び錆び ⇒ 山葵(わさび)

 

 い、いかん、期せずしてサルのように下卑た洒落を言ってしまった(^_^;)!

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で打ち取られて転生してきた
  •  熱田敦子(熱田大神)  信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田(こだ)      茶華道部の眼鏡っこ

 

 

 

 

 

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かの世界この世界:195『桃太郎二号の世界』

2021-07-10 09:40:57 | 小説5

かの世界この世界:195

『桃太郎二号の世界』語り手:テル   

 

 

 

 北、島根県の方角に向かうイザナギさんたちを見送って振り返る。

 え?

 驚いたことに陸地が無くなって、一面の海が広がっている。

 

 たしかに四国から瀬戸内海を渡ってきたから、山を背にして振り返れば海が見えてもおかしくはないのだけど。

 ここに来るまでに半日以上は歩いている。その半日分の陸地がきれいさっぱり無くなって、目の前には渺茫とした海が広がっているばかりだ。

 もう一度振り返ると、後ろの道は、ほんの五メートルほどしか無くて、その向こうは風景が描かれた書割でしかない。

 それ以外は、ぼんやりしたオフホワイトの空間があるばかり。

 小学生がパソコンの授業で、とりあえず画面の中に適当に海と背景の陸地を作りましたという感じだ。

「お、お伽話の世界だからな、ロ、ロケーションはシンプルなんだ(#'∀'#)」

「桃太郎二号」

「な、なんだ!?」

「貴様、鬼退治の意味わかってるか?」

 なんだかヒルデが怖い。

「あ、そうだ、キビ団子だな。家来にしたら、すぐにキビ団子やらなくっちゃな。なんせ、鬼退治は初めてだから、ま、カンベンしろ、ほれ、キビ団子……くそ、婆ちゃん、片結びにしたから、解けねえ……」

 焦りまくって腰の袋を開けようとする桃太郎二号。

「キビ団子はあとでいい。このブリュンヒルデの言葉を聞け」

「ブリュンヒルデ……かっけー名前だな!」

「桃太郎も悪くは無いよ」

 横からフォローしてやる。

「お、おう……二号だけどな」

「貴様、鬼を退治するというのは、鬼からなにかを守りたいからだろう」

「おう、ったりめーじゃねえか、んなこと」

「その、守りたいものがなにも見えないぞ、ここは」

「んだと!?」

「単純な海と、書割の背景があるだけだ」

「それは……」

 言葉に詰まる桃太郎二号を見て、わたしも思う。

 ムヘンから、この方、ヒルデとわたしたちが歩んだ道のり……それに比べると、たしかに桃太郎二号の世界は、まるで中身が無い。

「そう言えば、鬼の姿……鬼ヶ島も見えないようだ」

「…………」

「テル」

 ヒルデは、書割の手前まで下がると、わたしを手招きした。

「ん、なんだ、おまえたち(;'∀')?」

 後ずさったヒルデとわたしを不安げに目を向ける桃太郎二号。

「水平線の向こうを見ていろ」

「あ……」

 水平線の向こうから墨を落としたようなシミが湧きだして、あっという間に海の上を黒雲のように覆いつくした。

「わたしとテルが居るから安心していたんだ。こうやって、少し退いただけで、不安が黒雲のように広がってしまう」

「不安の正体は?」

「考えるのも怖いようだな、具体的なイメージを結ばない……とりあえず、鬼なんだ」

「それで、どうする?」

「行くさ。こいつが納得する鬼退治をやらないと、ここからは出られないような気がする。おい、桃太郎二号」

「な、なんだ(;゚Д゚)」

「海を渡る、とりあえず舟を出せ。水平線の向こうに行くぞ」

「お、おう」

 パチン

 

 桃太郎二号が指を鳴らすと、戦艦大和が現れた……。

 

 

☆ 主な登場人物

―― この世界 ――

  •  寺井光子  二年生   この長い物語の主人公
  •  二宮冴子  二年生   不幸な事故で光子に殺される 回避しようとすれば逆に光子の命が無い
  •   中臣美空  三年生   セミロングで『かの世部』部長
  •   志村時美  三年生   ポニテの『かの世部』副部長 

―― かの世界 ――

  •   テル(寺井光子)    二年生 今度の世界では小早川照姫
  •  ケイト(小山内健人)  今度の世界の小早川照姫の幼なじみ 異世界のペギーにケイトに変えられる
  •  ブリュンヒルデ     無辺街道でいっしょになった主神オーディンの娘の姫騎士
  •  タングリス       トール元帥の副官 タングニョーストと共にラーテの搭乗員 ブリの世話係
  •  タングニョースト    トール元帥の副官 タングリスと共にラーテの搭乗員 ノルデン鉄橋で辺境警備隊に転属 
  •  ロキ          ヴァイゼンハオスの孤児
  •  ポチ          ロキたちが飼っていたシリンダーの幼体 82回目に1/6サイズの人形に擬態
  •  ペギー         荒れ地の万屋
  •  イザナギ        始まりの男神
  •  イザナミ        始まりの女神 

 

 

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ライトノベルベスト・『チョイ借り・3』

2021-07-10 06:36:04 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『チョイ借り・3』  




「まあ、持ちつ持たれつでしょう」

 自転車のくせに、そう提案してきた。

「ナンだよ、提案て?」

「ま、尖らないで。あたしは自転車だから、誰かに乗ってもらわないと存在意味がない。で、鈴木友子としては、人生の楽しみをナンにも知らないで死んじゃった。すごく悔しい。分かってくれる?」

 可哀想と言えば可哀想だが、オレには関係ない。

「せっかちね。持ちつ持たれつなんだって言ったでしょ。ナオキにとってもいい話なのよ。ナオキは元来律儀で行儀が良い。でしょ? チイコちゃんへの接し方でも分かる」

「性分だからな」

「でも、学校はダブっちゃった。ナオキは長期的展望を持つのが苦手。それから、相手に誠意が無いのも嫌い。学校の先生って、誠意が無いと思いこんでるでしょ?」

「だって、無いジャン。無遅刻無欠席のオレ落とす、普通?」

「勉強してたらね。ナオキ、授業中は、遊んでるか、居眠りしてるか、早弁してるか。ときどき友達とエスケ-プしてはゲーセンやらカラオケ」

「でも、終礼には帰ってきてたぞ」

「そこよ、ナオキのいいとこは。ナオキは、ちゃんと人生に目標持てばかなりイイ線いくと思うの、アタシは。ね、だから……」

 だから、おれとチャリの奇妙な共同生活が始まった。

 共同生活と言っても、誰にも知られることはない。

 オレンジは……名前は、自分からオレンジと言った。鈴木友子であるよりは、自転車としてのアイデンテティーが強いようで、一日の大半を自転車でいる。親には通学用に中古の自転車を買った……と、言わされた。ちゃんと登録もされているし、自転車保険にだって入っている。

 オレンジが、女の子の姿で現れるのは、二日に一度ぐらい。それもオレの部屋。最初はビビった。なんたって一階には親がいる。気配を感づかれること……は、無かったけどな。

 どうも人間の姿で居るときは、オレにしか姿が見えないし、声も聞こえない。「直樹、独り言が増えたな」とは言われる。

 人間のときは、主に勉強だ。

 オレが躓いた中一ぐらいからの勉強を教えてくれる。三角関数や因数分解が、初めて面白いと思えたし、英語も文法じゃなくて喋れる英語を教えてくれる。で、喋れるようになると、文法的なことは「なるほど」と「なんだよ」になった。学校の英語が、いかに実用の英語から離れているか、よく分かった。「yuo」なんて、アメリカ式に書けば、ただの「u」なんだってよ。

 え、相手が女の子の姿の時にヨコシマな気持ちにならないかって?

 それが、ない。

 オレンジは、かなりイケタ女の子だけども、オレの人生(いつまでかは分からないが)をチョイ借りし、自転車として走り回り、オレが小マシな人生を送ることにしか興味がない。

 ま、言ってみればオレはオレンジにとってはモルモット……そういうと、ひどく怒った。

「人生って、やり直しがきかないんだからね!」

 どうも、この部分は鈴木友子のようだ。オレも彼女はチイコだけだと思っている。オレは、なんちゅうか身持ちが良くて、体の関係があるのはチイコ一人だけだ。オレンジも分かってくれているようで、チイコだけは二人乗りを許してくれる。

 それから、おれが許可しない限り。そしてオレンジ自身が許さないと他の人間は乗ることも出来ない。だから鍵なんかかける必要は無いんだけど。あくまで普通の自転車で居たいというので、鍵は付けてある。

 そんなこんなで、ダブリの新学期は順調だった。

 予習復習は春休みに、オレンジに習慣づけられていて、なんとか授業についていけるようになった。

 ただ、授業中に「君はなんの病気で留年したの?」なんて聞かれるのが面倒だった。

「はい、勉強しなかったもんで」

 教師は進級判定会議でオレのことは知ってるはずなのに……ま、教師って、この程度。

 で、オレも、その程度には普通の生徒になった。

「ね、新聞配達やろうよ!」

 連休前にオレンジが言い出した。

「新聞配達だと?」

「うん(^▽^)/」

「なんで、新聞配達?」

「だって……」

 どうも朝方見かける新聞配達の姿を見てかっこいいと思ったようだ……。

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コッペリア・49『栞と颯太のゴールデンウィーク⑩』

2021-07-10 06:09:43 | 小説6

・49

『栞のゴールデンウィーク⑩  

 

 


 三日目の今日は有馬温泉に行くのだが、颯太の提案で寄り道をしていくことになった。


「こんな下町になにかあるの?」

「オレの小さなころの……ま、行ってみれば分かるさ」

 梅田からタクシーに乗り、都島の赤川という町で降りて五分ほど歩いた。

 すると、路地を曲がった彼方に緑の壁が見えてきた。

「ああ、堤防だ……」

 その緑の壁は近づくと大川の堤防であることが分かった。

「わあ、まるで荒川みたいだ」

 今日は上天気の子供の日である。河川敷は、ボール遊びをする子どもたちや、ジョギングの大人たちが目立った。西の方を見ると河を跨いだ大きな鉄橋が見えてきた。

「あれは赤川鉄橋って言ってな、日本で一つしか見られない貴重な秘密の鉄橋なんだ」

 颯太は、子どもが宝物を見せるように楽しげに言った。

「秘密と聞いちゃ、じっとしてられないわね!」

 セラさんがハイテンションになって堤防上の道を鉄橋目がけて駆け出し、栞があとに続いた。

「ああ……」

 残念そうな二人の声が聞こえ、颯太は、何事かと駆けだした。

「あ、閉鎖されてる……」

 赤川鉄橋は、全国でも珍しい人道併設の貨物列車用の鉄橋だった。城東貨物線の鉄橋として戦前からあって、将来の複線化を見込んで、この鉄橋は複線になっているが、城東貨物線そのものが単線のままだったので、複線の片方に板と手すりを付け、半分を人道橋として使っていた。わずか数十センチのところを貨物列車が通るので、地元の子どもたちの冒険スポットであり、少年の頃の颯太も、よくここで遊んだ。

 それが、フェンスで塞がれて、鉄橋の上に出ることができない。むろん、もう貨物列車も通ってはいない。

「そうか、おおさか東線に変わったからな……」

 颯太は、やっと思い出した。

「ここに来るまでに思い出さなかったの?」

 栞が半分むくれたように言った。

 人の記憶は場所によって時間が止まっている。

 通いなれた道でもしばらく通らないうちに家が建て替えられ、久々に通って驚くことがある。

 セラさんなどは、彼女と別れて女に身体改造してからは、それ以前の記憶はセピア色の彼方に行ってしまっている。

 颯太にとって、この鉄橋は十数年間時間が止まったままだったのである。

「あれ、霧かな……」

 それまで五月晴れの空だったのが、みるみるうちに暗くなり、河川敷の大人や子どもたちのさんざめきも聞こえなくなった。

「あ、この音……」

 カタンカタン カタンカタン カタンカタン…………

 栞の声で振り返ると、鉄橋のフェンスが無くなり、列車が接近してくる鉄橋の響きがして、やがて霧の向こうから、列車が黒い影となって近づいてきた。

 すぐそばまでやってくると大きな汽笛がした。

 ポオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

     

「デゴイチだ……!」

 それは、颯太でさえ見たことが無い蒸気機関車のD51だった。それが、なぜか貨車では無く客車を引いている。

 それも、銀河鉄道999に出てくるような旧式の茶色い車体。

 

 気づくと、颯太は客車の中にいた。

 

 窓の外は乳白色の霧に覆われ何も見えなかった。

 正面の向こうの扉が開いて、詰襟の少年が現れた。

「やあ、世話を掛けてるね颯太くん」

 少年は、少しはにかんだように言った。

「世話……?」

「栞のことさ。あれのことは高校二年をダブった時に親父から聞かされた。だから、いつまでたっても、栞は女子高生だ」

「君は……」

「うん、立風颯太というのは、職員録から見つけたきみの名前を頂いた。だから名前から詮索しても僕のことは分からない。僕ももうこの世にはいないから、詮索は勘弁しておくれ」

「でも、なんで城東貨物線に……」

「きみと同じ共通体験。ぼくのはディーゼルじゃなくて蒸気機関車のデゴイチだけどね」

「じゃ、このあたりの?」

「詮索はなし。栞、高校二年になったんだね……少しずつ成長している。颯太くん、きみのお蔭だ。栞のこと、その時はよろしく頼むよ」

「その時?」

「うん、やがて来る、その時……その時にはよろしくね」

 そう言って、少年は手を伸ばしてきて、握手しようと思ったら目の前が白くなった。

 でも手は握られていて…………気づくと栞の手だった。

「大丈夫、フウ兄ちゃん?」

 颯太は唖然とした、栞の顔は人形のそれではなく、人間だった。

「栞、おまえ……」

「うん?」

 そのとたんに、いつもの人形の顔にもどってしまった。

 その時……その時は、意外に近いのかもしれない……。


  コッペリア・第一部  完
 

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