銀河太平記・055
火星には13の国家があるが、実質は3か国。
アメリカの植民地から発展した連合国。中国系のマス漢国。そして扶桑国。
扶桑国の扶桑は日本の別名だ。美称と言っていい。
扶桑一の強者(つわもの)とか扶桑随一の名山という言い方に残っている。日本初の超ド級戦艦に扶桑と名付けたことも専門家のみならず、マニアの中でも有名な話だ。
連合国は本来はアメリカ連合国と称した。
火星開拓の中核になった者にテキサス出身者が多かったことから付けられた国名だが、正式に独立するときに冠の『アメリカ』を外した。初代大統領のジェファソンが将来的にはアメリカ系以外の国の加盟を想定していたからだ。
マス漢は、本来はマース漢国と書く。つまり火星の漢国。
前世紀から地球においても中華という表現はしなくなってきた。中華という言葉はニ十一世紀から顕著になってきた中華の膨張主義を連想させるために、あえて国名から外したのだ。
三国ともに、地球にルーツを持ちながら、そのルーツからは外れて新天地を拓きたいという思いがこめられている。
さて……
そこまで書いてペンが停まってしまう。
「回想録ですか?」
妹という設定になったコスモスがコーヒーをトレーに載せて寄って来る。
船内にはラスベガスから地球に戻る客が八割、月で降りる客が二割という塩梅で定員を満たしている。
大半がラスベガスの客だ。
身元は様々だが、その大半は、わたしとコスモスが姉妹になっているようにデタラメだ。
なぜデタラメかと言うと、姉妹揃って首からぶら下げている御守りを見れば分かる。
御守りは『銭洗弁天』だ。
銭洗弁天は江ノ島弁天と並ぶ湘南の二大弁財天の一つだ。
銭洗弁天の水でコインを洗うと、お金が増えると言うのが古来から伝わるご利益だが、その筋では意味が異なる。
まさに金を洗うことであり、そういう外れた顧客が多いためにラスベガス発の船は深く身元を追求しない。
「大阪で会社を興します」
さすがはコスモス、やることが早い。
「どんな会社?」
「とりあえず貿易会社です。社名は、これ」
『シマイルカンパニー』というロゴがコーヒーの湯気と重なって見えた。
「大昔のネット通販みたいなロゴね」
「ヘヘ、漢字で書くと『姉妹るカンパニー』です」
「ああ、なるほど。姉妹二人でやるんだものね(^▽^)」
「ほんとは『姉妹社』にしたかったんですけど」
「『サザエさん』の出版社になってしまうわね」
「よかったら、ここをクリックしてください。シマイルカンパニーの登記が完了します」
「よし」
パンパカパーーン
クリックすると『登記済み』のサインを煌めかせた通天閣が現れ、通天閣の下からグリコマンが走ってきて有名なゴールインポーズをとってファンファーレが鳴って花吹雪が舞い散る。
「フフ、気合いが入ってるわね」
「元帥も、船に乗ってからは女言葉ですね」
「ええ、当分は化けていなくちゃならないから。到着前には髪も切るつもり……これもね」
「え、削除しちゃうんですか?」
書きかけの回想録『火星編』をワイプする。
「残しておくとろくなことは無いわ、中身は頭のなかにあるしね」
「ですか(o^―^o)」
「八時からシアターでショーがあるわ、食事もできるみたいだし行ってみない?」
「はい、地球までは七日かかりますからね、ゆったりと行きますか」
部屋の照明を落とすと、コスモスと二人でシアターのある第二デッキを目指した。
※ この章の主な登場人物
- 大石 一 (おおいし いち) 扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
- 穴山 彦 (あなやま ひこ) 扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
- 緒方 未来(おがた みく) 扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
- 平賀 照 (ひらが てる) 扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
- 姉崎すみれ(あねざきすみれ) 扶桑第三高校の教師、四人の担任
- 扶桑 道隆 扶桑幕府将軍
- 本多 兵二(ほんだ へいじ) 将軍付小姓、彦と中学同窓
- 胡蝶 小姓頭
- 児玉元帥
- 森ノ宮親王
- ヨイチ 児玉元帥の副官
- マーク ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス バルス ミナホ ポチ)
- アルルカン 太陽系一の賞金首
※ 事項
- 扶桑政府 火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
- カサギ 扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
- グノーシス侵略 百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
- 扶桑通信 修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信