鳴かぬなら 信長転生記
男になんかならない。
話を聞こうと腰を据えた時、妹の影はベンチの下に蟠って(わだかまって)いたが、今は後ろの植え込みの中ほどまでに伸びている。
俺は、人が無言でいることを許せない。
心にもないことを言う奴はもっと許せない。ごまかしとか美辞麗句とか社交辞令とか、紙くずみたいなことを言う奴な。
佐久間信盛、明智光秀、将軍にしてやった足利義昭とかな。
下郎なら、とっとと切り捨てている。
だが、市は特別だ。
こっちに来てからは憎まれ口ばかりだが、苦労かけた妹だから仕方がない。
その妹が、やっと口にしたのが、この言葉だ。
「男になんかならない」
「分かってる、だから転生学園の方に行ったんだろが」
「分かってないよ、あたしはね、女のまんま力を付けて、来世でも市って女に生まれ変わるんだ」
「女大名にでもなるのか」
「んな、メンドクサイものにはならない」
「普通の女の子ってやつか?」
「アハハハハ」
「どうした?」
「信長の妹が普通の女の子やれるわけないじゃん」
「どうしたい?」
「生まれ変わっても、浅井長政と結婚する」
「え、そうなのか?」
ちょっと意外だ。市の不幸は長政に嫁いだことに始まっている。
長政は美濃から京に向かう真ん中に居る。天下を狙うためには、その京への道の安全を計らなければならず、長政の浅井家を懐柔しておくことは必須なのだ。
だから、長政に嫁がせたのは100%の政略結婚だ。
来世で嫁ぐなら、浅井だけは勘弁してほしいはずだろう。
「あんた、ぜんぜん分かってないよ。あたしを政略結婚の犠牲者としか思ってないでしょ」
「ちがうか?」
「男女の仲なんて、きっかけはどうでもいい。結果よ結果」
結果は、不幸な離婚だったろうが? 何が言いたい?
「……いいよ、言葉にしたら、なんか卑しくなりそう」
「卑しくなってもいい、俺に話せ」
「ほんとにいいよ。あんたが、こんなに話聞いてくれたの初めてだし。こうやってさ、兄妹で人生相談的に向き合ってくれただけで、今日はいいよ。信長にしては上出来」
「であるか」
「あんた、前世じゃ、こういう煮え切らない言い方したら切れてたよね。佐久間のジイとか光秀とかは、それでしくじったんだもんね……ね、日が傾いて、ちょっと涼しすぎ……」
「家に帰るか?」
「ね、なにか暖かいドリンク買ってきてよ、飲みながら一番星出るの待ってようよ」
「お、おう」
なんだ、このシミジミ感は……そう思いながらベンチを立つ。
「シャンプー変えた?」
「いや、風呂にある、おまえと同じやつだぞ」
「そ、そう?」
そう言うと、妹は後れ毛を鼻の下に持ってきて匂いを嗅ぐ。
「ちょっと、あんたの嗅がせて」
「よ、よせ(#'∀'#)」
クンカクンカ
なんの遠慮も警戒もなく俺の髪を嗅ぐ……う、なんだ、この可愛さは、は、反則だろ!
お、俺の妹がこんなに可愛いわけがない!
「これ……お姉ちゃんの匂いだ!」
「あ、ああ?」
「そうだよ、女になって転生してきたから、前世みたく汗臭くないんだ……うん、間近で見ると、女のわたしが見ても、ゾクッとするような美人なんだ、ね、もっと顔見せて!」
「よ、よせ!」
「アハハ、なんだか嬉しくなってきた(^^♪」
「よ、よせ、紅茶でいいな、紅茶で!?」
「うん、あんたと同じのでいい」
「ま、待ってろ」
アタフタと公園入口の自販機に向かう。
ゴトンゴトンと出てきたペットボトルを掴み上げ、ベンチの妹を振り返る。
なんだ?
妹は、同じ制服を着た外人ぽい少女に詰め寄られている。
☆ 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生
- 熱田敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(兄を嫌っているので従姉妹の設定になる)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田(こだ) 茶華道部の眼鏡っこ