大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

銀河太平記・063『分析』

2021-08-30 14:07:07 | 小説4

・063

『分析』 越萌メイ(コスモス  

 

 

 24世紀だというのに、日本は、いまだに現物貨幣を使っている。

 いや、通用しているという表現が正しいだろう、実生活ではハンベによる決済がほとんどで、現実に見かけることはめったにない。21世紀中葉にスマホによるデジタル決済が定着してから、現物貨幣が流通しているのは、日本の他には数えるほどしかない。

 諸外国からは、皇室の存在と並んで美しい制度だと言われることもあるけど、相撲取りのチョンマゲを賞賛していることと大差のないことだと思う。

 知識としては知っていたけど、じっさいに目にすると新鮮な驚きがある。

 高安の町には、昔ながらの……おそらく昭和の時代と変わらない駄菓子屋などの実物店舗がある。

 子どもたちは、親からもらった現物貨幣を持って買い物に来る。

 そして、お店に並んだあれこれを見回して、気に入った駄菓子やオモチャと実物貨幣とを交換する。

 ホログラムのバーチャルショップには無い、生の感触が、そこにはある。

 交換するにあたっては、ささやかな会話がある。

 

「おばちゃん、これちょうだい」

「まいど、40円やから、60円のお釣り」

「ありがとう」

「おおきに」

 

 商品と共に、言葉の交流がある。おばちゃんは、小さな子どもがお釣りをこぼさないように手を添えてやる。

 添えた手には温もりがあって、それは、子どもとて同じで、お釣りを温もりや大人の手の大きさとともに感じる。

 駄菓子屋のおばちゃんは、一家の主婦でもあるので、その手には洗濯や料理の匂いが染みついているかもしれない。

 塗りたての肌荒れクリームの匂いかもしれない。

 おばちゃんは、何年もお釣りを渡して、子どもたちの手が大きくなっていくのを実感もするだろう。

 そういう人と人、人とお金、お金とモノの関りを肌感覚で教えていく。

 この地域では、ハンベやレプリケーターは小学校の修学旅行からという子供も多いと言う。

 

 むろん、そういう傾向は日本のあちこちで生き残っているのだけど、地域ぐるみというのは、この高安ならではなのだろう。

 

「金剛山でもやっていたようね……」

 OS基地から持ち帰ったデータを照合しながら社長が呟く。

「駄菓子屋?」

「お店っていうほどのものじゃないけど、基地の中に無人のコーナー作って、無人店みたいなことをやってたみたい」

「あえてアナログを楽しんでいたんですねえ、神戸や宝塚じゃ、ほとんど見かけません」

「他にもね……ゴミ箱のデータとか」

「えと、特徴があるの?」

 工場や基地のゴミ箱には投棄されたゴミの記録が残る。

 それは常識だから、すでに特科や北大街の社長がやり終えた形跡がある。

 ゴミは、工作ゴミと生活ゴミ、そして可燃ごみや資源ごみに分類されたままにデータが残っている。

「う~ん、一般の事業所と変わりませんねえ……」

 月城さんも腕組みしてモニターを見つめるが、特に発見はないようだ。

「……これなんかね」

 いくつかのサンプルを詳細表示する社長。

「ストローの袋……お弁当の紐……」

「これが……?」

「いくつか、結んであるのがあるでしょ……」

「うん、女の人じゃないかな?」

 わたしは、そういうものはクルクルまとめてお仕舞にするけど、女性の中にはきれいに結んで捨てる者もいる。

 そう珍しいことじゃない。

「宝塚でも、行儀よく捨ててましたよ」

「ふふ、清く正しく美しくですね」

「うん、音楽学校に入学した最初に陸軍から教官が来て集団行動とかやらされるんだけどね、なにごとにも色気を付けろって言われる」

「色気?」

「なにごとも綺麗にスマートにやれってことよ」

「これ、見てごらん」

 社長が示したモニターにはキレイに畳まれたストローの袋が表示されている。

「女の子が、よくやるやつですね」

「わたしは、クシャクシャにした袋に水を掛けて遊ぶ派でしたね」

「普通は、五角形になるだろ?」

「あ、六角形だ」

「特殊な折り方ですね」

 わたしも月城さんも、丸椅子を寄せてモニターに集中する。

「次は、これ……」

「お弁当の紐をまとまとめたものね」 

 何種類かあった。

 東大阪のオッサンらしく、荷造りの紐かコードのように八の字結びにしたものや、蝶々結び、自転車の荷台ロープのようにしたもの、オーソドックスな輪結び、いろいろあるんだけど、特に特殊というほでではない。

「これを見て」

「蝶々結び…………あ、違う」

「これは総角結び(あげまきむすび)という奴だ、几帳の装飾、甲冑の総角、軸の風鎮などに使う特殊な結び方よ……それから、これ」

「ええ、なんですか、これぇ!?」

 それは、トイレ清掃の記録だ。

 男性用の小便器の洗浄記録。

「男と言うのは、混んでいなければ、使う便器は、だいたい決まってしまう」

「ああ、女子でも、使う個室は固定される傾向がありますね」

「これに、注目してほしい」

「「え?」」

 モニターのホログラム記録といっても、マジマジと便器を見るのは、ちょっと恥ずかしい。

「左奥のがね、微妙に汚れが中央に集中している」

「え?」

「あ、ああ……」

「誤差の範囲と言えばそれまでなんだけど、かなり、行儀のいい男が使っていたような感じだ」

「行儀のいい……」

「例えば、古い神社に勤めていた巫女さん……」

「巫女は男子トイレは使わないでしょ」

「じゃ、禰宜とか神主」

「ああ」

「神主が秘密基地に?」

「あるいは……皇族級の男子とかね……」

「え?」

「ハハ、年寄りの勘、もうちょっと当たって見なければ何とも言えない……」

 

 なるほど、社長(お姉ちゃん)の本性は陸軍の元帥なんだった(^_^;)。

 

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
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ライトノベルベスト『しつこいんだよ先生・1』

2021-08-30 06:25:51 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『しつこいんだよ先生・1』       

 




「貴重なご意見ありがとうございました」

 チ、陳腐な常套句で終わりにしやがって……おれはしばらく受話器を睨んでいた。

 教師が、この言葉を吐くと、もう、そこで話はおしまいだ「もう、あんたの話は十分聞いた。特に対応はしないけど記録には残しとく。はい、おしまい」という意味なんだ。

 なんで、こんなことを知ってるかというと、うちの親が二人そろって教師だからだ。

 物心ついたころから学校や教師の裏の話は腐るほど耳にした。うちの親はバカじゃないから面と向かって、そんな話はしない。しかし狭い家だから、学校や保護者からかかってきた電話やグチは筒抜け。オンとオフに切り替えた時の変貌ぶりなんか我が親ながらびっくりしたことが何度もある。

 クラスの生徒が事故で亡くなったとき、ものすごく気の毒そうな声で電話に出て、ダークスーツに着替えながら、こう言ってた。

「とりあえず顔出すだけだから、予定通り晩飯は焼肉。先に食ってもいいけど、帰りに牛タンとロースのいいとこ800ほど買ってくるわ」

「なにか少しお腹に入れていけば。今日はお昼もろくに食べてないんでしょ?」

 禁止されてる自宅での成績処理をパソコンでやりながらお袋が、車のガソリンが足りない程度の感じで言う。

「ちょっとやつれたぐらいの感じでいいんだ、親は憔悴しきってるだろうからな。飯は帰ってからしっかり食う」

「校長さんには?」

「途中で携帯でいれとくわ。どうせ教委やら新聞社からは事情聞かれてるだろうし。細かい打ち合わせは向こうでいっしょになった時に」

 おれは、その時こう言った。

「それなら、家から電話してあげたら。其のほうが早いし、詳しい話ができるじゃん」

「家からしたら長話になっちゃうだろ。こういうときは、とり急ぎ伺いましたってぐらいでいいんだ。じゃ、行ってくる」

 で、その晩、保護者の憔悴が、そのまま伝染ったみたいな顔で帰ってきたけど、リビングに入ってきたときは恵比須顔で、肉の包みを目の前でぶら下げて見せた。

 この切り替えぶりは、ストレスを溜めないためと頭では分かっていたけど、気持ちは、どこか付いていけなかった。おれの親の常套句が「貴重なご意見ありがとうございました」だった。

「言うだけ言えば、たいていの人間はスッとするんだよ」

 そう言いながら、あとはメモだけ残して涼しい顔をしている。

 ウソのつき方も教わった。人間ウソを言うまえは必ず目線が逃げる。その瞬間「正直に言えよ」と畳かける。たいていの奴は、それで恐れ入ってしまう。だからおれは逆手にとった。

「ウソを言うときは、必ず相手の目から視線を逸らさないこと」

 小学校のころから、このテクニックは役に立った。で、高校生になったおれは、完全に学校も教師もなめていた。また、なめられて当然という教師のなんと多いことか。

 たった今も、オヤジの声色で学校に電話した。

 美紀とこじれっちまって、学校に行く気を無くしてた。で、オヤジの声色で、欠席連絡を入れたところだ。

 担任が席を外していて出てきたのは、教務の石橋だ。趣味が海釣りでFBのプロフに職業を『釣り師』とか書いているふざけたやつだ。本人は教師の仕事に支障はきたしていないというけど、おれたち生徒の評価は違った。ちょっとそのことに触れたら「貴重なご意見……」になったわけ。ま、説明もメンドイ。

 おれは、これから美紀とのこじれを修復に行く。

『もめ事は早めに手を打て』

 オヤジとお袋を見て覚えた人生訓だ。

 姉貴のクローゼットから、ジーパンとトレーナーを拝借。なんのためかって? 

 それは、またあとで。

 急ぐんでね。

 じゃ!

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