やくもあやかし物語・94
『実話 茶屋の東窓』
ジュウソウ峠だよね。
峠の看板を見て、あたしは自信満々に言う。
お風呂のスノコに引っかかったチカコをもう一度お風呂に入れてやった夜。再びお地蔵イコカを使って高安に来ている。
ネットで『難解大阪の地名』を調べていたので、自信たっぷりだ。
高安に行くことになったわたしは、チカコに内緒で調べていたのだ。
玉祖神社を、最初は「たまそじんじゃ」だって思ってたもんね(^_^;)
調べると、いっぱいある。
放出(はなてん) 喜連瓜破(きれうりわり) 五百住(いおずみ) 内代(うちんだい) 住道(すみのどう)
交野(かたの) 私市(きさいち) 御幣島(みてじま)
そして、十三(じゅうそう)
梅田から阪急電車に電車に乗って、淀川を渡った駅が十三なんだ。
調べた時は「へーー!?」「ホーー!?」って感動したので頭に焼き付いている。
だから、自信をもって「じゅうそう峠だよね」とポーカーフェイスで答えた。
「ううん、十三(じゅうさん)峠だよ」
「え、だって……(;'∀')」
「ふふ、やくもの知識は、まだまだ初級よ」
ク……ジト目で笑うな!
「ほら、ここから下が神立……読めるかしら」
ニクソイままの目で地面に字を書く。
「カミダテ……なんて単純な読み方じゃないんだよね……ジンリュウ?」
「フ……」
鼻で笑われた。
「コウダチって読むのよ」
「チカコ、ネットで調べた?」
「やくもじゃあるまいし」
くそ、知ってるんだ。
「さ、ここから茶屋の辻。空気が変わるわよ」
ホワ~ン
変わったのは空気だけではない。
普通の家が数軒軒を並べていただけの坂道に、時代劇に出てきそうな茶店が十軒以上現れた。
なるほど茶屋の辻だ。
「ちょっと、のいてんか」
ビックリして振り返ると、馬に荷車を引かせたオジサンが怖い顔をしている。
「あ、ごめんなさい!」
慌てて道を譲ると、オジサンは変な顔をしながら通り過ぎていく。
変なのはオジサンの方、チョンマゲに荷車も大八車みたいだし。
「1300年前だからね。東窓の彼女のその後を見に来てるのよ」
「え、あ、じゃ、この格好じゃ」
パジャマのまま……と思ったら、ちゃんと着物を着ている。
「見かけは合わせてあるから。でも、言葉は令和のまんまだから」
あ、それで、さっきのオジサンは変な顔したんだ。
茶屋の中を見通せる薮に隠れる。
さっきのオジサンが、荷車ごと馬を停めて茶屋に入って来る。
「ハナちゃん、甘酒と団子」
「はい! ただいま(o^―^o)」
「オレ、お茶と団子」
「こっち、甘酒」
「こっち、お勘定」
「はーい、ただ今あ! はい、三十文もらいます。お団子置いとくね(^▽^)/、甘酒はツケたとこやから、ちょっと待っててねえ(^▽^)」
「ええよええよ、ハナちゃん見てるだけで元気出るさかいなあ」
「もう、ハナ見代とったろかしら」
奥で、お上さんが軽口を言う。
「なんだか、イキイキしてるよ」
「これが答えだと思いなさい」
「え……どういうこと?」
業平さんに大口開けてご飯を食べているところを見られて、ガッカリしてるはずなのに。
「もうちょっと見ていなさい」
「うん……」
「はい、甘酒おまち」
「え、ハナちゃん、ちゃうんかい?」
甘酒を持ってきたのはお上さんだ。
「朝から働きづめやさかい、ちょっと休憩いかした」
「ああ、まんの悪いこっちゃ」
「せやけど、ハナちゃん、元気になったなあ」
「さいな、大きな声では言われへんけど……」
「小さな声では聞こえまへんけど」
大阪弁のやりとりは面白い、奥で休憩しているハナちゃんもクスリと笑った。
「アハハ、ハナちゃん笑ろたな」
「いや、ほんま。業平さんに見初められてからは、あてもハナも正直気ぃ重うて……」
「あれやろ、東の窓からハナちゃん、メシ食うてるとこ見られて……」
「いや、もう苦肉の策やってんわ」
「え、ほんならやっぱり?」
「はいな。業平はん言うたら、都のどえらい公達どっしゃろ。桓武天皇はんのお孫はん。畏れ多いけど、こんなお方に、たとえ通われて、都に連れていかれたりしたら、ええ暮らしはでけるやろけど、窮屈で死んでしまうわ」
「なるほどなあ」
「で、オバハン、なんか知恵めぐらしたんか?」
「それが、夢に俊徳丸が現れてなア」
「え、あの山畑長者の?」
「はいな、伝説の俊徳丸はん」
「え、ワシの嫁にくれとか?」
「てんご言うてな、とうに亡くなった伝説のヒーローや」
「その伝説が、どない言うたんや?」
店中どころか、向こう三軒両隣の客まで集まり出した。
「それがな『東の窓を開けて、子どものころみたいにご飯食べなさい。七日もやったら効果が出てくる』言わはってな、ほんで、ちょうど七日やったとこで、業平さん諦めてくれはったいうわけやねんわ」
「そうかいな!」
「せやったんか!」
「なるほどなあ!」
オジサンたちは感心しきりだ。
で、オジサンたちは、奥で休憩しているハナちゃんに目をやる。
ちょうどハナちゃんは、まかないご飯を食べているところだ。
さて、ハナちゃんが、どんな食べ方をしていたか?
そりゃあ、普通の食べ方だよ。
左手にお茶碗持って右手にお箸。
けして、胡座で大口開けてバカバカって食べ方じゃない。お姫さまって感じでもないけど、そこらへんの女子が普通にご飯食べてますって感じ。
つまりね、東窓の時は演技だったんだよ。
チカコが言ったよ。
「たぶん、業平さんも分かってたと思う。業平さんは、嫌の者を無理やりって人じゃなかったと思うよ……」
チカコと二人、令和の我が家に戻ると、朝までゆっくり眠れました。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸