やくもあやかし物語・92
ねえ、素体を買ってよ。
お風呂から上がって、アイス片手にドアを開けると、チカコが腕を組んでいる。
腕を組んでいるのは、机の上。
机の上には『俺妹』の1/12フィギュアが並んでるんだけど、その中の黒猫にチカコは憑りついている。
だから、見た目には黒のゴスロリに黒のショルダーを掛けている。
元々は『マスケラ 堕天使た獣の慟哭』というアニメのキャラ『夜魔の女王(クィーンオブナイトメア)』のコスだから、普段は中二病少女の可愛いコスプレなんだけど、マジになると、1/12サイズとは言え、魔女的な迫力がある。
「な、なによ」
「とりあえず、座ってアイスを半分よこしなさい」
「半分たって、チカコじゃ食べきれないよ」
「くれたら、アイスも1/12になるから」
「う、うん……で、どうすればいいの」
「『献上する』って気持ちになりなさい」
「け、献上!?」
「そうよ、わたしはクィーンオブナイトメア、献上という言葉しかない。まあ、わたしとあなたの付き合いだから『差し上げる』という略式の言葉でもかまわないわ」
そう言うと、グイっと付属のコーヒーカップを突き出した。
「わ、わかった(;'∀')」
勢いに負けて、そう言うと、フッとアイスのカップが軽くなって、チカコのコーヒーカップがズシっと沈んだ。
「フフ、気持ちがあれば『わかった』でもいけるみたいね」
「2/3も、そっち行ったんだけど」
「いちど転移したアイスは戻らないわよ、諦めて椅子に座りなさい」
そう言うと、マウスパッドの真ん中に置かれた自分の椅子に座った。
パッドとは言え、一段高く、ナイトメアの威厳をまとっているものだから、女王のように見える。
「フフ、机の上がナイトメアの奥つ城のようね。やくもは……さしずめ、我が下僕になったトロルの娘というところね」
「えと……そういうのはいいから、その『そたい』っていうのはなによ?」
「元素の『素』、体育の『体』って書いて『素体』。1/12フィギュアのベースになるボディーのことよ」
「あ、ああ……」
思い出した。チカコは、元々はお雛さんみたいな恰好をしていたけど、首を抜いて挿げ替えたんだ。
「そう、ああいう感じ」
「素体のボディーにして、どうするの?」
「お風呂に入るのよ」
「お風呂?」
「今のボディーは服を着たままの成型になってるから、このままじゃ、服を着たまま風呂にはいることになる」
「あ、ああ、そうか」
「ここのお風呂って、こないだ手を加えたばかりでしょ、削りなおして檜の香りも香しい」
「チカコ、入りたいわけ?」
「二丁目地蔵は入ったじゃない」
「あ、ああ、そうだったわね」
「いまもそうだけど、お風呂に入ったときって、とってもリラックスしてるじゃない」
「う、うん。あたしお風呂好きだし」
「いっしょにお風呂に入ったら、お互いリラックスして話ができる」
「あ、そか、いっしょにお風呂入りたいんだ」
「お、おまえの話を聞いてやろうと思ってのことだ。やくも、風呂入った後は、すぐに寝てしまうだろうが」
「あ、そうだね」
AMAZONで検索してみた。
なるほど、1/12の素体ってあるんだ。
「あ、シリコンの柔らか素体ってのもある!」
それは、シリコンでできていて、継ぎ目がないものだから、とってもリアル。
「そ、そういうのはいいから、これに合う多関節の素体をみなさい!」
「へいへい」
わたしも冷やかしで言ったのだ。1/12のくせに、4000円もする。
その下にある、多関節の素体をクリック。
ウフ
ポーカーフェイスを気取ってるけど、とっても嬉しそうな顔をするチカコだった……。
☆ 主な登場人物
- やくも 一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
- お母さん やくもとは血の繋がりは無い 陽子
- お爺ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
- お婆ちゃん やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
- 教頭先生
- 小出先生 図書部の先生
- 杉野君 図書委員仲間 やくものことが好き
- 小桜さん 図書委員仲間
- あやかしたち 交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸