通学道中膝栗毛・14
家の電話番号が思い出せなかった。
幼稚園に上がる時、なにかの時の為に憶えておきなさいと言われて、いったんは覚えたんだけど忘れてしまった。
迷子になったショックからなのか、もうひとつ覚えさせられたお母さんのスマホの番号とごっちゃになったせいかもしれない。
「じゃ、お名前は?」
「しおり……おさないの」
ユイちゃんとの会話で変になっちゃったので、苗字を形容詞のように言ってしまった。
「そう、まあ、ゆっくり思い出すといいわ」
オバサンはニッコリ微笑んで、同じような質問をユイちゃんにもした。ユイちゃんのことを妖精さんだと思っていたので、耳をダンボにしてユイちゃんの答えに耳を傾けたけど、ヒソヒソ声で聞こえなかった。
「ま、せっかく来たんだから遊んで行きなさいな」
オバサンは出て行って、拗ねた感じの男の子が相手をしてくれた。見かけは拗ねものだったけど、たのしく遊んでくれた。男の子の部屋は離れにあって、ドキドキした。だって、部屋っていうのは同じ建物の中にあるものしか知らなかったから、なんだか秘密基地みたいなんだもん。靴を履いて庭に出て、踏み石をピョンピョン飛んで別棟の離れへ、でもって、もう一度靴を脱いでお部屋に上がる。もうワクワクだ。
男の子は器用な子で、絵本を紙芝居みたく音読してくれたり、トランプを出して手品をしてくれたりした。
それからお昼寝したら、庭の井戸が目についた。
「あれ見たい」と言った。
「あ、あれは危ないからダメだよ!」
男の子は、そう言うと、カッコよく腕組みしてポンと手を打ってこう言った。
「そうだ、写真を撮ってやろう!」
そう言ってごっついカメラを出してきて門の前で写真を撮ってもらった。それが鈴夏が見せてくれた写真の一枚だ。
でも……写真にはわたしと男の子が写っている。
ということは、だれかが撮ったんだ。うん、セルフタイマーなんかじゃなくて誰かが撮ってくれたような記憶がある。
オバサンは……たぶん、わたしたちの家を探しに行ってくれていたんだと思う。たぶん駅前の交番へ。
ユイちゃんは……記憶がない。
離れで手品見てケラケラ笑っていたところまでは覚えている。昼寝から目が覚めると……ユイちゃんの姿は……はっきり覚えてはいない。ユイちゃんは妖精さんだから魔法で先に帰ったか、妖精の世界のタブーかなんかでみんなの記憶を消してしまったか。
そのあと、オバサンがお巡りさんを連れて戻って来た。いちど交番に行ってしばらくするとお母さんが心配そうな顔で迎えに来たんだ。
そして家に帰ったんだけど、ユイちゃんは居なかった。
なんだかユイちゃんのことは触れてはいけないような気がして、そして年月が経ってしまって……忘れてしまったんだ。
忘れてしまったんだということを思い出してしまった。