新 時かける少女・12
〈S島奪還・2〉
あたしの後に救急患者が運ばれた。
あたしは瀕死の重傷だったけど、とぎれとぎれに視覚と聴覚は戻っていた。
患者は、具志堅君だった。具志堅君は、その場で死亡が確認された。声で仲間先生が来ているのが分かった。一瞬とどめを刺されるんじゃないかと思ったけど、すぐに気配が消えた。具志堅君をやったのはエミーたちだろう。で、仲間先生は身の危険を感じてフケた。
そのころお父さんは、S島から帰還した牛島一尉ら四名と決死のコマンド部隊を作った。
むろん、お父さんには指揮権など無い。かろうじて自衛隊員の身分を保っている。
状況に大きな変化が起こる前にS島を奪還しようというのだ。裏ではエミーたちのアメリカのエージェントが関わっている。
今のアメリカには正面だってC国と争う姿勢はない。でも、現状に危機を感じている者も少なからずいる。米軍は、秘密裏にお父さん達を援助した。
C国は、S島の支配を完全にするために、一個大隊の派遣を決めている。奪還するのは、この24時間しかないだろう。
米軍は、故意に軍事衛星の制御を不能にし、ジャミングをかけ続けた。その間に、お父さん達五人のコマンドは、自衛隊機に擬装した米軍のオスプレイから、パラシュートで、S島の東海岸に降下した。米軍は、島の西側に絶えず照明弾を落とし、島の7名の残存部隊を牽制した。米軍としては、戦闘行為ギリギリの行動で、C国政府も抗議していた。C国政府は、島に接近する米軍機に、島から威嚇射撃することを認めた。そして、本当に携帯型の地対空ミサイルを撃ってきた。お父さん達は、その隙間を狙って、降下したのだった。
勝負は三十分でついた。
お父さん達五名のコマンドは、全員二回以上のレンジャー訓練を受けたベテランたちで、牛島一尉ら四名は、つい二十時間前に、ここで戦って、敵のクセを把握していた。
島には、日本とC国の戦死者の死体が、そのままにされていた。お父さん達は、その戦死者達に紛れて、S島の残存部隊に接近したのだ。
C国の七人は、まだ息のある味方の負傷者を周囲に集め、その気配に隠れていた。
敵の七人は、瞬時に五人が即死。二人が捕虜になった。
そして、島に奪還を示す日章旗が掲げられ、待機していた米軍が撮影。その動画は、瞬時に動画サイトに投稿され、世論も瞬時に変わった。
――自衛隊5人のコマンド、S島を奪還――
――凄惨な戦場!――
キャプションが付いた動画は、サイトの暗号化に成功していたG社によって、C国国内にも流れた。
島に生き残っていたC国の七人は、負傷していた自衛隊員に残虐にもとどめをさしていた。明らかに戦時国際法や交戦規定に違反している。日本人を本気で怒らせたことはもちろん、アメリカの世論も日本に味方し、安保条約の規定通り出撃し、S島を目指していた、C国の一個大隊の半数を輸送機ごと撃破した。
「わたしたちは命令に反して出撃しました。シビリアンコントロールに反する行為です。責任をとって、辞職いたします」
お父さん達五人は、部隊章、階級章をむしり取り、自ら武装解除した。
国民の世論は、圧倒的にお父さん達を支持し、最初の無理解な命令を出した政府を非難した。
「なぜC国と話し合いをしなかったのか!?」
そう報じたA新聞は、その日のうちに百万人の購読者を失った。
あたしは、この状況を夢として見ていた。もう助からないなと、自分でも、そう思った。
お母さんが、一睡もしないで付き添ってくれた。
最後に目に入ったのは、涙でボロボロになったエミーの顔だった。
お父さんが駆けつけてきたときには、あたしは天井のあたりから眺めていた。
ああ、幽体離脱したんだ……。
そう思った瞬間、あたしは時間の渦に巻き込まれていった。小林愛としての人生が終わり、別の人間として、また時空をさまよう。時かける少女なんだ。あたしは……。
アーケード・5
《家具屋のみーちゃん》
いいことがあったんだ!
花屋のあやめは確信した。
白虎フェスタで痛めた腰は、中学校の水野教頭からもらったドテカボチャのおかげでひどくなり、心ならずも薮井医院のけんにいにブットイ注射を打たれるハメになってしまった。
で、腰を労わるために始業式は早めに出た。しかし、けんにいの治療は効果的だったようで、学校には早く着いてしまった。
でも、自分より早く上野家具店のみーちゃんが登校していて、下足室入り口のところでピョンピョン撥ねていた。
「あ、おはよう、あーちゃん!」
振り返ったみーちゃんの瞳がきれいなブルーに輝いていた。
みなみのお父さんはアメリカ人で瞳の色はグリーン。ハーフのみなみは、普段は薄い鳶色の目をしているが、嬉しいことがあるとグリーンに、おもいっきり嬉しい時にはブルーに変わる。
先日、鎧屋の甲の具足駆けお祝いの時はグリーンだったから、今日のブルーは最上級の喜びなんだ。
「見て見てあーちゃん! 今年はみんな同じクラスだよ!」
みなみに引っ張られて、下足室のガラス戸に貼られた新学級表を見る。
「う、うそー!?」
商店街の7人の幼なじみは、幼稚園の時を例外にして(幼稚園は同年齢一クラス)全員が同じクラスになるということは無かった。
それが、相賀高校の新二年生になって初めて同じクラスになったのだ。嬉しくないわけがない。
でも、はしゃぎまわるのは下足室の前だけ。教室に入ってからは7人とも普通にしている。お客様あっての商店街なので、こういうところでは控える習慣が身に着いている。
ただ、みなみの瞳の色は隠しようもなく、控えめに幸せのシグナルを発し続けている。
「じゃ、学級通信第一号を配ります」
初めて担任になった三林桃代先生は、必要な話をし必要なものを配り終えると最後に学級通信を列ごとにまとめて置いた。最前列の者が後ろへとリレーしていく。
「エ、なに? この卵月号って?」
肉屋の遼太郎が素っ頓狂な声を上げて笑われる。
「たまごづきじゃありません、うづきってよみます」
桃代先生が、ちょっと傷ついた声で注意する。
「卯月って旧暦の四月の呼び名だわよ」
喫茶ロンドンの芽衣が注釈する。
「旧暦? ああ、オカンの旧姓みたいなもんだな」
「オカンを出さなくってもいい」
甲がたしなめて、遼太郎の頭を張り倒し、ゲラの文香が机をたたきながら笑い転げ、西慶寺の花子が「南無阿弥陀仏」と手を合わせる。
こういうところは実に連携の良い幼なじみ達である。
みなみは家に帰ってから、カボチャの煮つけを作った。
「どうだろ、お父さん?」
みなみは、父のジョージに味見をしてもらった。
「う~ん……ちょうどいいかな?」
「う~~~~」
「みーちゃん、牛になったか?」
「熱々でちょうどいいってことは、冷めたら濃すぎるってことじゃない」
「ハハ、許容範囲だよ。お祖母ちゃんの味付けはこんなだったよ、ねえ、母さん?」
「うん、どれどれ……」
ちょうど伝票整理の終わった母が味見に加わる。
「ほんとだ、お祖母ちゃんの味だわ!」
そう言われて、みなみはちょっと嬉しくなる。みなみはお婆ちゃんが大好きだ。
「じや、あーちゃんとこ持ってっていいかな!?」
「うん、いいお返しになるよ」
みなみは丼鉢に煮つけを入れて、フラワーショップ花を目指した。わずか30メートルほどだが、煮つけの良い匂いに買い物客の人たちが振り返る。みなみは、ちょっと得意になる。
「ありがとう、いい匂いね!」
店番をしていた桔梗が鼻をひくひくさせる。
「あ、ちょうどうちも出来たところだから」
奥から出てきたあやめがみなみをキッチンに招じ入れ、揚げたてのカボチャの天ぷらのお裾分けをする。
このカボチャは、一昨日あやめが中学校の水野教頭からもらってきた相賀カボチャである。
水野教頭は苦手だけど、相賀カボチャは人気のようだ。
商店街が、またホッコリとした。
通学道中膝栗毛・8
『商店街に入って二つ目の脇道』
ね、つぎは三毛猫かな?
ちょっぴり弾んだ声で鈴夏。
商店街に入って二つ目の脇道。
ここは人が通る道なんだけど、地元の猫道でもある。三日に二日ぐらいは猫に出くわす。
アーケードに踏み込んだ時、白猫が路地から出てきて反対側の路地に入っていくのが見えた。
直ぐ後に黒猫が続いて走る。
ここまでは、日ごろ見かける光景。
猫というのは、早朝に猫会議をやる。公園の片隅だったり、駐車場だったりする。
小学校のころ、猫会議の秘密が知りたくて、鈴夏と二人蚊に食われながら観察したことがある。
猫会議は面白くて、小学校のころ鈴夏と早起きして観察したことがあるんだけど、話すと長くなるので、またいずれ。
猫道というのはけっこう多くて、同じ猫道を一度に何匹も歩くことはない。
でも、今朝は続いた。酒屋さんの前に来た時には茶色の猫が横断していった。
白・黒・茶と続いたので、ワクワクした鈴夏の「ね、つぎは三毛猫かな?」になった。
すると、ほんとに三毛猫が通って行ったではないか!
わーーー!
そろって叫んで、それから無性に可笑しくなってケラケラ笑ってしまった。
朝の商店街というのは、そんなに騒がしくはないので、笑い声は恥ずかしいほど響く。
通勤途中の人たちがけげんな表情で追い越していく。朝から四匹も猫の観察をしている人なんかいないんだ。
こんなことでケラケラ笑えることが嬉しくって、ちょっぴり得意になる。
OLさんが――なにをしょーもな――という目で追い越していく。
鈴夏は、よく弾む割には空気を読むので、すぐに「いつまで笑ってんのよ」などと言う。
「だって、だってえ、アハハハ」
「アハハ、せっかく収まったのに、また笑っちゃうじゃないよ」
二人で背中を叩きあっていると、お茶屋さんのお婆ちゃんと目が合った。
お婆ちゃんも笑っている。きっと、あのお婆ちゃんも、娘時代にケラケラ笑ったんだろうな。あたしらがなんで笑っているのかは分からなくても、共感できるんだ。
「きっといいことあるわよ!」
お婆ちゃんは、手をメガホンにしてエールを送ってくれる。
あの猫たちは、お婆ちゃんの子分なのかも……いや、猫の親分が化けているのかも。
新 時かける少女・11
〈S島奪還・1〉
勇猛七烈士!!
C国のマスコミは、こぞってS島の生き残りの兵士たちを褒め称え、S島の死守に成功したことを宣伝した。
「このままじゃ、S島は、完全にC国に取られてしまう。アメリカは、仲介に入って現状を追認するつもりよ」
エミーが、電話してきて、奇妙なほど落ち着いた声で言った。
「電話じゃ、分かんないよ。学校で詳しく教えて」
微妙な間があったあと、エミーが言った。
「そうね、そうするわ。それから、この電話は盗聴されてるから。具志堅君でしょ、聞いてるのは。対抗措置とるからね」
エミーが、そこまで言うとプツンとかすかな音がした。
「学校に行ったら、気を付けて。まだ、敵のスリーパーがいるから。じゃあね」
一方的に電話が切れた。
学校に行くと、エミーが来ていなかった。あたしは、職員室で念のため、日直であることをいいことに、両隣のクラスの出席簿を確認した。C組の具志堅という男子が欠席していた。こいつだ、盗聴していたスリーパーは。
視線を感じた。
「よそのクラスの出席簿見ちゃダメだろ」
教務主任の宮里先生に叱られた。
「ちょっとお父さんのことでナーバスになってるのよね。勘違いぐらいはするわよ」
「お前か、小林連隊長の娘は?」
宮里先生は、蔑みの目であたしを見た。こんなところまで、作戦失敗の責任はお父さんにありと浸透している。マスコミの怖ろしさを感じた。
「宮里先生、この子には関係のない話です。そんな言い方はしないでください」
音楽の仲間先生が、毅然と宮里先生に言ってくれた。
「急ぎで悪いんだけど、昼からの音楽の時間に使うプリントを配っておいてほしいの、準備室に来てくれる」
「はい」
「失礼します」
音楽準備室に入ると、仲間先生の暖かい眼差しが返ってきた。
「さっきは、どうもありがとうございました」
「いいえ、わたし、ああいう弱い者いじめみたいなことは嫌いだから。じゃ、これ、よろしくね」
「はい」
プリントの束を受け取って、準備室を出ようとしたら、ドアが開かなかった。
「またか……ここのとこ鍵の具合が悪くてね、音楽室の方から出てくれる」
仲間先生は、準備室と音楽室を仕切るドアを開けてくれた。
とたんに突き飛ばされ、あたしはピアノの横に倒れてしまった。一瞬なにが起こったか分からなかったが、仲間先生の顔を見て分かった。今までの優しい先生の顔じゃなかった。
「卑怯なことは嫌いだから、説明してあげる。わたしは宇土麗花の姉よ。妹のカタキとと任務を遂行させてもらう」
「先生……スリーパー!?」
「の、リーダーよ。ここであなたには死んでもらう」
「なんで、あたしのお父さんは解任されたわ!」
「いいえ、吾妻愛のお父さんは、まだ現役よ」
「え……」
「だって、あなたのお父さんは総理大臣だもの」
「うそよ、あたしのお母さんはDNA検査でも実の親だったもの」
「お母さんはね……」
「え……」
「小林一佐は、お母さんごとあなたを引き取ったのよ。お父さんと愛は血のつながりはない。知っているのは、ごくわずか。愛は、お父さんのことを悲観して発作的に飛び降り自殺をするの。総理はショックでしょうね……」
そう言いながら、仲間先生は、静かに音楽室の窓を開け、その一秒後には、あたしを三階の音楽教室の窓から無造作に放り出した。
仲間先生の悲鳴で、先生や生徒達が集まってきた。
あたしはあちこちの骨、特に頭蓋骨骨折で「もう、死ぬんだ……」と思った。
「宮里先生が、あんな嫌みなことをおっしゃるから! 小林さん! 愛ちゃん! 死なないで!」
薄れる意識の中で、血まみれのあたしを抱きしめて涙を流している仲間先生……いや、C国のスリーパーを呪った……。