大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

音に聞く高師浜のあだ波は・27『二月五日はニコニコの日』

2019-10-18 06:07:30 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・27
『二月五日はニコニコの日』
      高師浜駅



 お医者さんに行こうと思ってた。

 トレーにラーメンとランチという女の子らしからぬ取り合わせを載せながら、姫乃が言う。
 姫乃は基本的には小食で、多い時でもランチ。たいていは麺類一つだけで、調子悪い時はサンドイッチに牛乳だけということもある。
 それが、まるで男子の昼ご飯。

「今までは調子悪かったん?」
 テーブルに着きながらすみれが聞く。ちなみに、すみれは大盛りカツ丼。弓道部やからこんなもん。
「う~ん、やっぱ、ボリュ-ムあったほうが美味しいわね」
 姫乃らしからぬ大口で、ラーメンをかっ込み、目を幸せのカマボコ形にした。

 一昨日で三年生の授業が終わって、食堂はゆったりしている。

 あたしらは、いつも三人揃って座りたいので座席の確保には苦労するんやけど、一昨日からは楽に座れてる。
「ねえ、思うんやけど……」
「「なに?」」
「三年生は姫乃に注目してたんとちゃう?」
「「え……?」」
「昼の食堂の暑苦しさて、ただの混雑やと思てたけど、このゆったり感は、それだけやないと思うわ」

 確かに、食堂は劇的に空いたというわけやない。

 それまで食堂を利用してなかったり時間帯をずらしてた一二年生が来るようになったので、実際に減った利用者は二割程度だろう。
「その三年の男子が姫乃のこと意識してたんとちゃうかなあ、なんとなく感じる圧が違う」
「そ、そんなことないよ~」
 姫乃が赤くなる。赤くなりながらもランチをかっ込んでる。
「そやかて、その食欲……」
「で、でもさ、そうだったとしても、ホッチとすみれにかもしれないじゃん」
「「それはない」」
 二人の声が揃た。

 あたしもすみれもブスではないけど、姫乃みたいな華がないのは十分承知してる。

 その日のホームルームで、男子が妙な提案をした。
「二月五日はニコニコの日なんやねんけど」
「え、ニコ動の日?」
「ちゃう、笑顔のニコニコや」
「なんやねん」
「二月五日でニコニコや」
「なんや語呂合わせか」
「それでもニコニコや」
「ほんまや、検索したら出てきたで!」
「それで、一日笑顔を心がけて、挨拶とかもキチンとしたらと思うねんけど」
 この掛け合いは、壁際男子の木村と滝川。
「ということで、とりあえず笑顔でやっていこうぜ!」
 ま、悪いことではないので、男子の勢いで決まりかけた。
「そんでも、五日は日曜やけど」
 すみれがニヤニヤしながら指摘した。
「ほ、ほんなら雨天順延や!」
 わけのわからん提案やけども、アハハハとクラス中が笑いに包まれて決定した。

 で、今朝から気色悪い!

「やあ、おはよう」「今日もええ天気」「オッス!」「メッス!」「今日も一日がんばろー!」
 とって付けたみたいな挨拶が飛び交う。壁際男子には似合わん笑顔。

 で、気ぃついた。

 男子の笑顔の半分は姫乃に向けられてるんやけど!
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小悪魔マユの魔法日記・67『AKR47・11』

2019-10-18 05:58:05 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・67
『AKR47・11』    



 パンフの中に、研究生の応募用紙が入っていた。

 マユは、小悪魔らしくほくそ笑んだ……。

「よし、これだ!」  
 白線の二往復目には、新曲のタイトルが浮かんだ。

――間もなく列車が通過しますので、白線の後ろにお下がり下さい――

 会長室の白線は特別製で、駅の構内アナウンス、そして列車の通過音やホームの振動まで再現できるようになっていた。窓ぎわのスリットからは、列車の通過に見合った風が「バン!」と吹き出し、光会長の野球帽を吹き飛ばした。
 光会長は、駅のプラットホームの白線の上に立ち、通過列車の振動と風圧を感じた時にアイデアがひらめくのだ。
 ちょうど今、その効果が現れた。

『秋桜旋風(コスモストルネード)』

 季節性もインパクトも十分であった。あとは歌詞……。
 光会長は、白線の設定を新幹線にした。会長は、足を踏ん張った。
 新幹線は、シューっという独特の接近音がする……列車接近のアナウンスは、もう耳にも入らなかった。

 ドバッ! という衝撃的な通過音と風圧のショックに、小柄な光会長は、部屋の端まで吹き飛ばされた。しかし、壁には衝撃吸収のためのラバーが貼ってあるので、怪我はしない。怪我はしないが、衝撃はハンパではない。二回転して、壁にぶつかるまでに、最初のフレーズがひらめいた。

 特急電車 準急停車と間違えて ボクはホームで吹き飛ばされた
 二回転ショック! ショック!
 手にした花束 コスモストルネード!

「振り付けの春まゆみ、作曲の大久保は来たか!」
「はい!」
「ここに!」
 振り付け師と作曲家が、息を切らしながら会長室に入ってきた。
 さっそく、最初のフレーズに曲と振り付けが付けられた。
 それから、二回新幹線が会長室を通過し、そのMAXな風圧で、会長室は、まさに嵐の中の状況だった。デスクの上の書類はもちろんのこと、パソコンのデスクトップまで吹き飛び、会長用のロッカーは倒れ、カーテンは引きちぎられ、部屋の片隅で、他の細々したものといっしょに吹き寄せられていた。
 三回目の通過では、光会長は、雄々しく足を踏ん張り、曲の一番を完成させていた。

 ボクの心は、コスモストルネード!

 振り付けの春まゆみも、二回スピンして決めポーズを完成させた。曲は、大久保がアドリブのアカペラ。

「決まった!」

 作詞、作曲、振り付けが一度に決まった。
 すぐに大久保はスコアに音符を並べ、春まゆみは振り付けのコンテを描いた。この間、わずかに十三分十三秒。三十分後には伴奏用の編曲がなされ、コンピューターに入力されて、一時間後には、AKRのメンバーが集められ、歌と振り付けのレッスンに入った。
「会長、すごいですよ!」
 長年の付き合いである黒羽ディレクターも舌を巻いた。
「な~に。軽いもんよ」
 光会長は、ポルコロッソ(紅の豚の主人公)のように決めてみた……あちこち傷だらけの姿は、まさにキザなアメリカ野郎と決闘で勝利したときのポルコそっくりではあった。そして、手には二番と三番の歌詞がしっかりと握られていた。

 マユがもどってきたときは、すでに夕方で、AKRのメンバーたちは、一通り新曲の『秋桜旋風(コスモストルネード)』をマスターし、夕食を兼ねた一時間の休憩に入っていた。

「うそ、オモクロって、そんなクワダテ持ってんの!?」
 マユの姿をした拓美が言った。
 三人は、食事のあと、メンバーや研究生・スタッフたちで一杯のリハーサル室で話している。
 下手に個室で話すよりも、この方が目立たない。なんせマユは、クララとマユの拓美を足して二で割った姿をしているので違和感がない。
「この話、黒羽さんに言ったほうがいいかな」
「言わなくていいわよ」
 拓美は、きっぱりと否定した。
「情報源聞かれたら困るし。わたし今度の『秋桜旋風(コスモストルネード)』はガチでいけるような気がするの」
「そうね、今のAKRは会長から、研究生まで一つになれてるものね」
 クララも、拓美に同調した。
「わたしたちは、二つになってしまったけど」
 マユは、いたずらっぽく言った。
「ごめんね」
 拓美は、真っ直ぐに受け止めて、ペコリと頭を下げる。
「いいのよ、拓美の気が済むまで、その体貸してあげるから」
「もうしわけない」
「ほんとにいいんだって。わたしにもタクラミがあるんだから」
「え……?」
 クララと拓美の声がそろった。

 マユは、オモクロの研究生募集のパンフを見せた……。

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魔法少女マヂカ・087『M資金・19 逃げろ!』

2019-10-17 14:26:17 | 小説

魔法少女マヂカ・087  

『M資金・19 逃げろ!』語り手:ブリンダ 

 

 

 

 マヂカ……その姿!?

 

 え……あ……わたしは……え?……ええ!?

 マヂカは自分の腰から下に目をやるが、いきなりの事であるからなのか、現実が呑み込めない様子で牛の尻(自分の尻だとは理解できていない)を確かめるようにグルグル回っている。

「しっかりしろ、マヂカ!」

「痛い! 何をする!?」

「叩いたのは、牛の尻だぞ」

「え? しかし……な、なんだこれはああああああ!?」

 やっと事態を呑み込んだマヂカは、牛と融合した下半身を振り捨てるように跳ねまわるが、地面が地震のように鳴動するだけだ。

「落ち着け、ホコリが立つ!」

「す、すまない……しかし、馬人間のケンタウロスというのはあるが、牛人間というのは聞いたことが無いぞ」

―― ミノタウロスがいるニャー! ――

「ミノタウロスは、頭が牛で、首から下が人間だろうが!」

―― え、そうニャのか? だったら…… ――

「考えなくっていい、それよりも、なんとかしてやれ。こんなのはフェアな戦いではないぞ!」

―― おもしろければ、フェアなんて関係ないのニャー! ――

「笑いネコめえ!」

 マヂカは怒りに任せて飛び上がろうとするが、軽く見積もっても五百キロはあるだろう牛体は三十センチほどしかジャンプできていない。

「くそ!」

―― そうニャ、件(くだん)があるのニャ! おまえは件なのニャ! ――

「件だってえ!?」

「なんだ、クダンとは?」

―― 件は人偏に牛と書くニャア ――

「人……牛……」

―― そうなのニャ、頭が人で、体が牛なのニャ、そのとおりなのニャア! ――

「そうなのか?」

「ああ、日本の妖怪だ。しかし、件は生まれて間もなく死ぬものなんだ、こんないい女にまで成長することはありえない」

―― カオスだから、いいのニャア! おまえのことは件の女王と呼んでやるニャア! ニャハハハハハ ―― 

「笑うなあ!!」

 怒りに任せてジャンプ、こんどは二メートルほどに跳んで着地。太もものあたりがプルプル揺れる……。

「ブリンダ、わたしの太ももを見て、美味しそうと思っただろ?」

「い、いや、そんなことは……」

―― モモ肉は赤身が多くて、肉本来の美味しさが凝縮しているのニャ、ジュルリ ――

 

 ザック ザック ザック ザック………

 

「なんだ?」

 斜め前方から歩調を揃えてやってくる一団がある……そろいの赤い服の襟元は白のフランシスコザビエルみたいなプリーツ襟で、黒いカンカン帽のようなのを被り、揃いの槍を担いでいる。

 どこかで見たことがある。 「ビーフイーター...」の画像検索結果

 

「あれって、ロンドンの塔警備兵の制服だよな」

―― あいつらの役職名とか知ってるかニャア? ――

「ドライジンのラベルにあった……」

―― ティユーダー朝のころから変わってない制服もゆかしい、その名は…… ――

「まて、ここまで出ている……」

―― ニャア? ――

「ビーフイーターだ!」

「それって?」

「ビーフイーター……牛喰い男!?」

―― そうなのニャア! ――

「逃げろオオオオオオオオオ!!」

 

 全速力で逃げ出した!

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真夏ダイアリー・42『グラサン越しの頬笑み』

2019-10-17 07:17:20 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・42
『グラサン越しの頬笑み』    



 わが都立乃木坂高校は、その前身は東京府立乃木坂高等女学校で、それなりに伝統はあるんだ。
 だけど、なんせ地下鉄の駅を挟んで、私立乃木坂学院高校がある。世間で「乃木坂」と言えば、乃木坂学院のことであり。うちの学校は、乃木坂さえ取れて「坂下」と世間では言われている。

 まあ、生徒のわたし達からみてもパッとしない学校で、中坊相手の学校説明もおざなりで、見学会も二百人ちょっとしか見に来ない。
 方や、乃木坂学院は見学者の桁も違い、見学会は二日に分けて行われ、その数は二千は下らないといわれている。
 それに、なんたって制服がカッコイイ! かつての東京女子校制服図鑑には常連だった。それに学食が美味しいことは、去年文芸部の見学に行ったとき、あらためて実感。

 で、中学校長会が発表した入学志願者の中間結果で、わが乃木坂は定員を割っていた。

 そこで、慌てた先生たちが、受験生獲得のため、学校のホームページとパンフを一新することになり、わたしに白羽の矢が当たったわけ。
 別に、特段成績がいいわけでも、美人だというわけでもない。

 わたしが、まだ一カ月とは言え、アイドルのハシクレだから……。

 改めて解説すると、わたしの異母姉妹が、AKR47の小野寺潤というアイドルで、潤が、去年の秋に選抜メンバーに入った。潤はフェミニンボブのショ-トヘア。わたしは、ごく普通のセミロング……だったのを、ハナミズキって美容院の大谷さんが、いたずら心で、わたしを潤と同じフェミニンボブのショ-トヘアにしてしまった。
 で、たまたま渋谷のジュンプ堂に行ったとき、潤がサイン会やっていて、マネージャーの吉岡さんに間違われた。で、いろいろあって、わたしもAKRのメンバーになってしまった。それから、わたしには不思議なことが次々と起こった。どんなことかって? それは、わたしの『真夏ダイアリー』のバックナンバー読んでください。

「事務所と相談してみます」

 山本先生には、そう答えておいた。
 無理っぽい感じがした。都立高校のパンフレットに、その学校の生徒だとは言え、アイドルのハシクレであるわたしが出ることは。
「うーん……むつかしいだろうなあ」
 担当の吉岡さんが、まず言った。
「学校の集合写真とかだったら、真夏も生徒だから、なんの問題もないんだけどねえ」
 振り付けの春まゆみさんも腕を組んだ。
「真夏が、乃木坂の生徒じゃなきゃ、企画も組めるけどなあ……」
 チーフの黒羽さんも頭を掻いて、向こうに行った。

「やっぱ、ダメですね」

 わたしは、スマホを出した。で、びっくりした。
 山本先生にメールを打とうとしたら、いきなりマナーモードの振動がした!
「はい、真夏です!」
 着信の表示は、光会長だった。
「……はい、すぐに伺います」
 会長の呼び出し。すぐに、わたしは会長室に向かった。

「真夏、その話受けるぞ」
「え……いいんですか!?」
「そのかわり、交換条件がある……」

 グラサン越しにも、会長の目が笑っているのが分かった。

 わたしは、唾を飲み込んだ。会長がグラサン越しに笑うときは、とんでもないことを言い出す前兆であることを吉岡さんから聞いていたから……。

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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・7『携帯を手に悶々』

2019-10-17 07:09:02 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・7   

『携帯を手に悶々』

 
 
 わたしは寝床で携帯を手に悶々(もんもん)としている。

 悶々って「もだえ苦しむ」って意味だけど、もだえてはいなっかった。じっと仰向けになってスマホとにらめっこ。でも心はもだえていた……でもって、ラノベくらいしか読まないわたしのボキャブラリーでは、この表現が精一杯。

 なにを悶々としていたかというと、「観客動員」なんだ。

 コンクールの観客って、手の空いた出場校や、出演者の友達、家族程度。まちがってもコンビニでチケ買ったり、ネットで予約してくるお客さんなんかいないのよ。
 だいたい、入場料そのものとらないんだもん。とったら、それこそ誰も来なくなる。甲子園の「高校野球大会」はアルプス自由席でも五百円の入場料をとっている。高校生のお芝居だって、三百円くらいはとってもいいんじゃないかと、乃木坂で演劇部やってると思うんだけど(それだけ、プライドと自信はある)
 でも、他の学校は、ひどいのになると学芸会。とても、お金とって他人様にお見せはできません。
 それと、入場料とると、既成脚本の場合、上演料が一万円を超えちゃう。
 なによりも入場料とっちゃうと、劇中で使う音楽や効果音の使用に著作権というヤヤコシイ問題がおこってくる。無料であるからこそJASURACも「曲や歌詞に改変を加えない限り、使用許可も、使用料もいらない」ってことになっている。
 じゃあ、乃木坂の看板で観客……せいぜい百人くらいしか集まらない。
 フェリペのキャパは四百。ちょっとキビシイ。
 で、マリ先生のご命令で、一ヶ月も前から各自観客動員に力を入れている。
 わたしも主だった友達なんかにはメールを送りまくった。

 でも、リハの夜になってもメールを送りかねているヤツが一人……。

 わたしのモトカレ、大久保忠友……。
 アイツとは、去年の秋、あらかわ遊園でデートして以来会っていない……。

 受験をひかえた去年の秋、久々に「デートしようぜ」ってことになり、互いにガキンチョのころからお馴染みのあらかわ遊園。

 都電「荒川区役所前」から、九つ目があらかわ遊園前。お互い小学校の遠足で来て以来。ガキンチョに戻ったようにはしゃいでいた。都電の中でも、遊園地の中でも。
 互いに意識していたんだ、このデートが特別なものになる予感……それが嬉しくって、怖くって、はしゃいでいた。

 彼とは、中二のときに同じクラスになり、いっしょに学級委員をやったのが縁。

 二人ともお祭り騒ぎが大好きだったんで、クラスのイベントは二人で企画して意気投合。意識したのは、文化祭の取り組みで一等賞をとったとき。実行副委員長をやっていたはるかちゃんが表彰状を読み上げてくれた。実行委員長の山本って先輩が、閉会式の直前に足をくじき、保健室にいっていたので、はるかちゃんが代読。
「……よって、これを表します。南千住中学文化祭実行委員長 山本純一。代読五代はるか。おめでとう……」
 幼なじみの顔になって、はるかちゃんが表彰状を渡そうとしたとき、突然いたずらな風が吹いてきて、表彰状が朝礼台の前で舞い上がった。
「あ、ああ……」
 慌てた大久保くんとわたしは、表彰状を追いかけてキャッチ……そして、お互いもキャッチ……つまりね(思い出しても顔が赤くなる) 偶然ハグ……ってか、モロ抱き合っちゃいました。それも、なんという運命のいたずら。互いのクチビルが重なってしまった!
 わたしにとって……多分アイツにとっても、ファーストキスは何百人という生徒と先生たちの公衆の面前で行われたんだよね((n*´ω`*n))
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宇宙戦艦三笠・33[水の惑星アクアリンド・3]

2019-10-17 07:03:32 | 小説6
宇宙戦艦三笠・33
[水の惑星アクアリンド・3] 


 
 
 あくる日は、視察と親善訪問でいっぱいのスケジュ-ルだった。

 アクアリンドのIT産業や、生命科学研究所、老人介護施設、交通システム管理センター、陸海空軍の閲兵、そして、たまたま日が重なったアクアリンド高校生の三年に一度の総合文化祭舞台部門の観覧と目白押しだった。

――やっぱ、この星おかしい――

 クレアの言葉が、直接頭に飛び込んできた。老人介護施設の訪問が終わろうとした時だった。
「この星の歓待ぶりはスペシャルだね」
 修一は、会話の流れとしては自然な一言を発した。

 次の瞬間、修一とクレアはデコイと入れ替わった。

 昨夜、クレアとバーチャル映像を監視カメラなどにかましながら、決めた合言葉だった。クレアが用意した修一とクレアそっくりのデコイと瞬時に入れ替わっていた。瞬間各種のカメラに微弱なノイズが入るが、気が付く者はほとんどいないだろう。また気づいたとしても、ノイズを解析し、二人がやったことに気づくころには三笠は、この星を離れている。

「これは珍しい。旅の修行僧のお方とは」

 アクアリンド大陸の南端の密林の中に、それはあった。
 アクア神の唯一の神殿であるセントアクア聖殿である。僧官長のアリウスが両手を広げ、若い修行僧姿の修一とクレアを神殿に招き入れた。アリウスは、どうやら二人の正体と、訪れた目的を知っている様子である。
「夕べ、夢を見ましてな。北の方角から、若い修行僧二人が訪れると。これもアクア神の賜物でしょう」
「僧官長さまのお教えと、アクア神のお導きがいただきたく、大陸のあちらこちらを経めぐり、ようやくアクアの神殿にたどりつくことができました」
「いずこから来られた方であろうと、このアクア神のみ教えを拝する方は同志です。どうぞ聖殿に入られよ」
「我々のような修行浅い者が、聖殿などに入ってよろしいのですか?」
「聖殿でなければ、神の声は聞こえませんでな……」

 聖殿は、神殿の奥にある八角形の台座で、その上にマリア像に似たアクア神の神像があった。

「入られよ」
 僧官長にいざなわれ、二人は台座の中に入った。中央に八角形の大きなクリスタルが、様々な色に変わりながら輝いて、中央でゆっくりと旋回している。
「これが、アクア神の御神体。上の神像は、人の目を欺く……と言ってはなんですが、分かりやすく人に見せるために作られた、祈りの象徴にすぎません。八十年に一度新しいものと交換いたします。本当の神のお姿はこのクリスタルです。地球のお方」
「やはり、ご存じだったんですね」
「この星で、八十年以上前の記憶を持っているのは、わたし一人です。わたしは、今年で二百八十歳になりますが、世間には八十歳で通しています。だれも怪しみません」
「それは……みんな八十年以上前の記憶がないからですね」

 クレアの言葉に僧官長は、かすかな笑みをたたえて沈黙してしまった。

 深遠な、すごみのある沈黙だった。
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音に聞く高師浜のあだ波は・26『十七日? 震災? あれから二十年?』

2019-10-17 06:50:50 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・26
『十七日? 震災? あれから二十年?』
         高師浜駅


 

 

 阿倍野ホテルの最上階に着くと、エレベーター降りたとこから、あちこちにダークスーツのおじさんやらお兄さん。
 で、この部屋に案内されると、このおばさんがダークスーツ二人を従えて、ソファーに収まっていた。
「なるほど、あの子らによう似た雰囲気のお嬢さんたちですね……」
 あたしらについては、その一言があっただけ。あとは、先代と呼ばれるお爺さんの話が続く。
「あの子らの送り迎えが、唯一の楽しみやったんですわ」
 どうやら、先代と呼ばれるお爺さんは、孫らしい三人のお嬢さんの送り迎えを生き甲斐にしていたらしい。
「結果的には二人のお友だちを巻き添えに……」
 三人の内二人はお嬢さんのお友だち……あ、あたしらの関係といっしょや。
「あの日は、早朝練習の、そのまた準備のためにむちゃくちゃ早く出たんですわ……」
「その朝に限って、為三さんは運転できなかったんですねえ」
「ええ、家業ののっぴきならない事情でね……あの子たちも先代の車に乗るのを楽しみにしてましたからね……」
「送れないけど、迎えに行ってドライブする約束をしてらしたんですね……」
「俺が死なせたんやと、それは……」
「ま、これで、少しでも為三さんが浮かばれるんでしたら、このあたしも満足です」
「これで先代も成仏したことでしょう……」
 デヴィ夫人に似たおばさんは、浅く座ったソファーで背筋を伸ばしたまま話を閉じた。
 そのとたん、フリーズが解けたようにため息をついてしまった。すみれも姫乃もため息ついた感じで、普段ならコロコロと笑い出すシュチエーションやねんけど、三人ともかしこまったまま座っている。
 どうやら、為三さんという先代さんが、亡くなっているらしいけど、娘さんと、その友だちの送り迎えをしてあげるのが生き甲斐やったみたい。その車を、お祖母ちゃんが運転して、境遇の似たあたしらを乗せることで為三さんの供養にした。そんな感じ。
 でも、娘さんらは、なんで死んだ? 交通事故?
「震災から二十年、ちょうどいい区切りで往生したと思います。十七日に乙女さんに会えて、ほんまによかったです……」

 十七日? 震災? あれから二十年? それて阪神大震災? なんや、微妙に合わへん。
 阿倍野ホテル最上階の部屋は、お祖母ちゃんと、そのおばさんが主役やった。
 あれからも、お祖母ちゃんのお迎えは続いている。あいかわらず南海特急のような乗り心地のワンボックスカー。 「お祖母ちゃんも懲りひんねえ……」  今日からはもういいよ。そう言って家を出たので、もう来ないと思てた。  白のワンボックスに絡まれて、三人ともビビってしもたんで、お祖母ちゃんには断った。 「え、あ、そうやったかいなあ」  ボケたふりして、お祖母ちゃんは楽しそうに、あたしらを連れまわした。
 あれから四日。
 もうワンボックスに絡まれることもないので平和なドライブ、あたしらも、再び快適なドライブに慣れてきた。 ホテルに着くまでは、いつものドライブやと思てた。
 お祖母ちゃんは、車のキーを返そうとしたが「どうぞ、供養だと思って、これからも乗り続けてくださいな」
 そう言われて……再びワンボックスに収まっている。
「お祖母ちゃん、阪神大震災やったら、なんやおかしいよ。このワンボックス、どう見ても新車やで」
「トヨタの最新型で、年末に発売されたばかりです」
「フル装備で350万円やと思います」
 親友二人が、いつ調べたんか、つっこんでくる。
「そらそや、年の初めに納車されたとこやからなあ」
「おかしいやろ、お祖母ちゃん」
「為三さんは、この半年ほどはボケちゃっててね、娘さん三人は、まだ高校生で生きてると思てたんやねえ。それで、ちょうど送り迎えに最適な、この車を知って、納車された日に亡くなってしもた」

「「そうなんですか」」

「最後の言葉が『はよ迎えに行ってやらなら』やったそうや」
「そうなんや」
 あたしらはしみじみとしてしもた。
「じつは、去年、高石まで来たんよ、為三」
「え、なんで?」
「為やんは、むかしから、あたしの……」
「あ、読者やったん?」
「ホホ、あたしはモテたからなあ……その時に高師浜高校の近所で、あんたらを見かけたんや『乙女さん、さっき、かいらしい女学生見かけてなあ』嬉しそうに写メ見せてくれたら、あんたらや」
「そうやったん……」
「帰り際に、また同じ写メ見せよってな……『ほら、これが孫とそのお友だちや』て……」

 そこで話が途切れた。

 ルームミラとバックミラーを合わせ鏡にしてお祖母ちゃんの顔が見えた、お祖母ちゃんが泣いてるのを初めて見てしもた……。
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小悪魔マユの魔法日記・66『AKR47・10』

2019-10-17 06:27:49 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・66
『AKR47・10』   



 マユはクララたちが用意してくれていた制服を着て、オモクロのプロダクションを目指していた……。

 雅部利恵(天使名ガブリエ)が肩入れしてからのオモクロは、それまでの「オモシロクローバー」から「想色クローバー」と名を変えたが、略称はオモクロのまま内容は一新。
 それまでのお笑い系ではなく清楚とビビットが売り。しかし、トークやバラエティーなどでは元のオモシロの味ものこしており、その手のコントやギャグをやらせると、AKRをしのいでいた。
 ディレクター兼社長である上杉は、関西のお笑い総合商社と言われるユシモトから資本提携をうけ、中堅プロダクションを買収、いちやく東京でベストテンに入る芸能プロにした。

 マユは、その新生上杉プロの前まで来た。なんと「見学自由」の張り紙がしてある。
 学校帰りの女子高生なども結構並んで、見学の順番待ちをしている。五十人一組で十五分の見学である。マユは、さっそく並んだ。

 一時間待って、やっと番が回ってきた。
 一階の展示室には、オモクロの歴史や、活躍ぶりをパネルや、映像で見られるようになっており、メンバーの衣装なども展示してある。オモクロのこれからのスケジュールなども書いてあったが、AKRのえらいさんたちが言っていた新企画については書かれていなかった。
 メンバーの写真が並んでいた。ルリ子と美紀の写真も当然並んでいる。学校での意地悪グループの印象など全くなく、清楚なお嬢様キャラで額縁に収まっている。プロフは生年月日と性別以外は、まるでデタラメ。

――学校では、人前で話すこともできないハニカミやです――笑いそうになった。

 五分ほどで展示室を出されると、階段を上がり、二階に連れて行かれた。
 なんとリハーサル室の隣りの部屋を見学室にして、リハーサルを見せてくれる。防音のガラス張りになっており、リハーサル室の音声は、据え付けのスピーカーから聞こえてくる。
 ルリ子と美紀もレッスンに励んでいた。そして気がついた。この二人には白魔法がかけられているのだ。歌唱力やダンスの能力が何倍にも高められている。実力でアイドルになった拓美や知井子に負けていない。マユは、拓美には体しか貸していない。あの子たちの力は、混じりけなしの実力である。しかし、白魔法は、本人には分からないようにかけられていて、ルリ子も美紀も自分の力と努力のタマモノだと思っている。
 
 このごろのルリ子たちは学校でも大人しい。加えて、他人への気配りや態度が優しくなった。これは白魔法ではなく、ルリ子たちが持った自信からくる自然な優しさで、この点では、マユも文句はない。しかし、その根本にあるのは、オチコボレ天使の利恵の我がまま。いただけないと思っている。

 運がよかった。

 残り時間五分というところで、リハーサル室に上杉ディレクターが入ってきた。
 オモクロの新しい企みというか企画は、メンバーにも知らせられていないようで、オモクロの子たちの心を読んでも分からなかった。
 上杉の心は読まなくても飛び込んでくる。それだけ自信と闘志に燃えているのである。
 新曲は『秋色ララバイ』で、見学者の前ではレッスンさせていない。オモクロにしては大人しい曲であるようだったが、サビからはオモクロらしくビビットで激しいものがある。上杉の心の中で踊っている曲自体は傑出したものではなさそうだが、オモクロの子たちの手に掛かると、思いがけずヒット曲になりそうな予感がした。
 
「え……!?」

 思わず声になってしまった。しかし、周りの女の子たちの声や想念に紛れて、たとえ、利恵が、ここにいても気は付かないだろう。
 上杉は、AKRに果たし状を突きつける気でいる。むろんエンタメの企画としてである。会場はすでに東京ドームを押さえてあるのだ。ユシモトの資本力の背景があってできることである。
 メンバー全体の、いわば団体競技と選抜のソロで競わせるつもりでいるようだ。オモクロはすでに準備に入っている。果たし状を出された時点で、AKRは一歩遅れることになる。
 それに、なにより利恵が一枚かんでいる。どんな影響が出てくるか分からない。

――ん……?

 見学室を探っている思念を感じた。的は絞り切れてはいないが、あきらかに探っている。
 すぐに分かった。リハーサル室のパイプ椅子に化けた利恵が、見学室からのマユの思念を感じて探っているのだ。しかし、マユは、ポチの体を借り、見かけも拓美とクララを足して二で割った姿をしている。マユとは気づいていないようだ。

――なんだ、オモクロに憧れている子たちの想いが大きくなっただけか。

 パイプ椅子の利恵は、おめでたく解釈したようだ。
 見学時間が終わって、出口に差しかかったところで、パンフが配られた。パンフの何枚かにメンバーのサインが書かれている。外に出てパンフを開くまで分からないが、当たった子は「キャ-!」とか「ウソ!」とか歓声を上げているが、マユは、違うことでほくそ笑んだ。
 パンフの中に、研究生の応募用紙が入っていたのである。

 マユは、小悪魔らしくほくそ笑んだ……。


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せやさかい・079『ポチ袋』

2019-10-16 13:25:42 | ノベル
せやさかい・079
『ポチ袋』 

 

 

 うちにも有ったなあ……。

 

 タウン誌をテーブルの上に置いたお祖父ちゃんは、坊主頭を撫でながら廊下の突き当りの納戸に行ってしもた。

 何気に、広げたままのタウン誌を見ると、町家歴史館山口家住宅でやってる特別展のことが載ってる。

「お年玉の袋やあ」

 あたしの言い方が美味しそうやったんか、ダミアが膝の上からテーブルに乗り移って、いっしょにタウン誌を覗く。

 ミャーー?

 ネコ語で「これのなにが美味しいねん?」言うたかと思うと、スタスタと二階のコトハちゃんの部屋に行きよる。

 あたしは頼子さんほどのネコ中毒やないのんで、のべつ幕なしモフモフしてやってるわけやない。

 そうすると、ダミアはコトハちゃんのとこに行く。コトハちゃんがおらんときは、伯母さんのとこ。

 

 お年玉の袋を『ポチ袋』というのんを初めて知った。イメージ的には、犬が入れられてる感じ。けど、犬が入ってるわけやない。

 

 タウン誌の説明では、なにか、人に心づけを渡す時に、このポチ袋を使うらしい。

 関西でポチというのは「小さな」とか「少ない」とかいう意味があって、少ないお礼、心づけの意味で、舞妓さんがお師匠さんやらご贔屓さんから心づけを頂くのに使われたんが始めとか。

 ポチ袋もおもしろいねんけど、写真の『町家歴史館山口家住宅』いうのんもおもしろそう。

 堺でも、もっとも古い木造住宅で、なんでも大坂夏の陣のあとに建てられたらしい。

 そこだけで、家の二軒ぐらいが建ちそうな広い土間。三口のオクドサンが並んでて、昔は大勢の食事を作ってたことが偲ばれる。土間は吹き抜けになってて、黒光りしてる梁には、木綿かなんかの布が長々と干したある。

 土間の左手には広い和室が三つ……やと思たら、写真からは見えへんとこに部屋が十個ほどもある。他にも蔵みたいなんが三つ。うちのお寺も広いけど、ここは、その上を行く。

 

「あった、あった」

 

 お祖父ちゃんが黒塗りの箱みたいなんを持ってきた。大小の二段重ねになってて、組みひもで結んだある。なんか玉手箱みたい。

「よそから貰たんと、うちからあげる用のんみたいやなあ」

 大きい方には未使用と思われるのんがビッシリ入ってる。お馴染みのお年玉袋だけとちごて、封筒ぐらいとか、お布施袋くらいのとか、サイズが色々。

 小さい方は、よそから貰たやつみたいで、口を蓋するとこが折られてるのんが多い。

「これは、わしのお母さんが残してたやつやろなあ」

 お祖父ちゃんのお母さんて……ひいお婆ちゃんか。

「なんでも、とっとく人やったからなあ」

 檀家周りから帰ってきた伯父さんが加わって、にぎやかになってきた。

「せやなあ、いただきもんの包装紙なんかきれいに剥いで、仏壇の座布団の下に敷いとったなあ」

「あ、これ、中身入ったままや」

 今度はテイ兄ちゃんが、袋を取り上げた。

「いやあ、懐かしい」

 お祖父ちゃんが出したそれは、赤茶けたお札。

「百円のお札があったん?」

「ああ、昔の百円は大金やったなあ」

「なんかの記念や、桜にあげよ」

 袋に入ったまま三百円をもらう。

「ありがとう、お祖父ちゃん」

 とは言うたけど、百円札なんて、どこで使たらええねんやろ。

「これ、なんやろ?」

 テイ兄ちゃんが取り上げたポチ袋には、紙の人型が入ってた。

「あ、それ、欲しい!」

「これはなあ……」

 お祖父ちゃんの目ぇが、ちょっとだけ険しなってきた……。

 

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真夏ダイアリー・41『二本の桜』

2019-10-16 07:11:06 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・41
『二本の桜』        
 
 
 
 まるで夢から覚めたようだった……。
 
 1941年12月7日のアメリカにタイムリ-プして歴史を変えようとした。からっきしダメな英語がペラペラしゃべれ、習ってもいない歴史の知識が頭の中にあった。
 そして、ジョ-ジという若者に出会い、あっと言う間に死なせてしまった。そして、歴史を変えることはできなかった……その全てが夢のようだった。
 
――ジョ-ジなら生きているわ。Face bookで検索してごらんなさい――エリカが、言った。
 
 ジョ-ジ・ルインスキで検索してみた。五人目でヒット。プロフは、まさに、あのジョージであることを証明していた。シカゴ在住の100歳のオジイチャンだった。そうなんだ、この世界では、わたしはジョ-ジとは出会っていないんだ……いちおう納得した。この世界でもやることはいっぱいある。
 
 宿題は……そうか、やり終えた後に指令がきたんだ。
 わたしは、簡単に朝昼兼用の食事をとって、事務所に出かけた。午後からは新曲のレッスンだ。
 
 《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の
 
 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜
 
 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた
 
 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜
 
 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下
 
 
 作詞、作曲は、AKRの会長、光ミツル先生だった。なんだか思い入れがあるようで、二本の桜は聞いていると日本の桜にも聞こえてくる。
「これって、言葉を掛けたんですか?」
「二本と日本……」
 クララさんとヤエさんが聞いた。
「ばか、オレが、そんなおやじギャグみたいなことやるもんか。マンマだよマンマ!」
 会長が、珍しく赤い顔をして言った。
「この春のヒットチャートのトップ狙うからな。まゆみちゃん、振り付け頼んだぜ」
 専属の振り付け師、春まゆみさんに、そう言うとスタジオを出て行った。
「会長、こないだ、48年ぶりの同窓会に行って、初恋の彼女に会ったらしいよ」
 黒羽ディレクターが、新曲誕生の裏話をして、スタジオのみんなは明るい笑顔になった。
 
 実は、もう少し重い意味が、この新曲にはあるんだけど、それをわたし達に悟らせないために、光会長は、黒羽さんを通じて、こんなヨタを飛ばしたんだ。
 
 曲を覚えて、大まかの振りが決まり、休憩になってスマホをチェックしたときに、担任の山本先生からメールが入ってきた。
 
――すぐに電話して欲しい――
 
 わたしは、折り返し山本先生に電話した。
 
「もしもし、真夏ですけど……」
「忙しいとこ、すまんなあ」
「いいえ、で、ご用件は?」
「真夏、学校のパンフレットのモデルになってくれないか?」
「え……!?」

 
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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・6『第一章・4』

2019-10-16 06:57:35 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・6   
『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・4』 


 わが乃木坂学院高校演劇部は、先代の山阪先生のころから先生の創作脚本を演ることが恒例になっていた。「静かな演劇」と「叫びの演劇」の差はあったけど、根本のところでは同じように感じる。
 どこって、上手く言えないけど……集団として迫力があるところ。
 青春ってか、等身大の高校生の姿を描くとこ(毎年、審査員が、そう誉めているらしい)。
 なんとなく反体制的なとこ(この四文字熟語は、入学してからマリ先生に教えてもらった)……そして、毎年地区発表会(予選)で優勝し、中央発表会(本選)でも五割を超える確率で優勝。この十年で全国大会に三度も出場。内二回は最優秀。つまり日本一ってこと!

 この作品のアイデアは、夏休みも押し詰まったころ、創作に行き詰まって湘南の海沿い、愛車のナナハンのバイクをかっ飛ばし、江ノ電を「鎌倉高校前」の手前で三十キロオーバーで追い越したとき、急に「抹茶入りワラビ餅」が食べたくなった。そう言えば江ノ電の電車って、抹茶を振りかけたワラビ餅に似ていなくもない。
 で、そのまんま鎌倉に突入したマリ先生は、甘いもの屋さんに直行。
 で、出てきた「抹茶入りワラビ餅」を見て、ハっと思いついたわけ。
 なにを思いついたかというと、お皿の上に乗っかった「抹茶入りワラビ餅」が、わたしたちコロスに見えた。
 で、コロス…コロス……そうだ「コロス」の反意語は「イカス」だ!
 で、あとは、そのヒラメキを与えてくれた「抹茶入りワラビ餅」を無慈悲にもパクつきながら、携帯で、必要な情報を検索。その日の内にアラアラのプロット(あらすじ)がまとめられ、今日のリハーサルに至っているというわけなのよね。

 この話を聞いたとき、部員一同は「アハハ」と笑いながら、今さらながら、マリ先生を天才と思いました。集団の迫力、等身大の高校生、反体制というセオリーが見事に一つになっている!
 ただ、家でこの話をしたとき、クタバリぞこないのおじいちゃん(念のため、わたしじゃなくて、おばあちゃんが正面切って、お母さんは陰でこそこそ言っている)が、こう言った。
「イカスってのは、もともと軍隊の隠語(業界用語)なんだぜ……」 

 ま、昭和ヒトケタのおじいちゃんのチェックはシカトして、本題に……。

 場当たりをきっかり二十分で終えたあと、今度は十七分きっかりでバラシを終えて、中ホリ裏の道具置き場に道具を収めた。
「五十四分三十秒です」
 山埼先輩が報告。
「じゃ、残りの五分三十秒は次の学校さんが使ってくださいな。オホホホ……」
 余裕のマリ先生。
 しかし、中ホリ裏の道具置き場は半分がとこ、わたしたち乃木坂の道具で埋まっていた。
 それが、いささか他の学校のヒンシュクをかっていたことなど、その時は気づきもしなかった。
 立て込みやバラシも他校の実行委員の手を借りることはなかった。それが誇りでもあったし、ほかの学校や、実行委員の人たちにも喜ばれていると思っていた。
 そう、あの事件がおこるまでは……というか「あの事故」は終わったわけではなかったんだ。
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宇宙戦艦三笠・32[水の惑星アクアリンド・2]

2019-10-16 06:48:02 | 小説6
宇宙戦艦三笠・32
[水の惑星アクアリンド・2] 


 暗黒星雲ロンリネス以上の歓待だった。

 アクアリンドは、夕刻の入港を指定してきた。
 船の入港は朝が多く、異例といえたが、クルーたちは素直に従った。
 二十一発の礼砲を鳴らすと、それが合図であったように、港街であり、首都であるアクアリウムの各所から一斉に花火が上がり、花火には無数の金属箔が仕込んであって、それが他の花火や夕陽を反射して、ディズニーランドのエレクトリカルパレードの何倍も眩く、この世のものとは思えない美しさであった。三笠のクルーは正装して上甲板に並び、この歓迎の美しさを堪能した。

「悪いけど、わたしとウレシコワさんは神棚にいるわね。この星の雰囲気、どうも肌に合わない」

 で、二柱の船神さまを除く七人のクルーで上陸し、アクアリンドの大統領以下、この星の名士、セレブの歓迎を受けた。
 
「いやあ、実に八十年ぶりの来航者で、我々も感動しております」
 大統領の言葉から始まり、各界名士の挨拶が続いた。
 歓迎レセプションには、この星一番のアイドルグループのエブザイルや、AKR48(アクアリンド48)のパフォーマンスが繰り広げられた。
「正直、退屈な民族舞踊なんか見せられると思っていたけど。良い感じじゃん」
 美奈穂もトシも喜んでいた。樟葉と修一は笑顔を絶やさなかったが、何とも言えない違和感を感じていた。

 たかが水の補給にきて、この歓待はなんだ? 二人の疑問の元は、ここにあった。

 深夜になって、クレアが修一の部屋に来た。
 
 と言って。修一とクレアが特別な関係であるというわけではない。クレアは元々はボイジャー一号で、三笠が保護した時に、人間らしい義体を与えたものである。
「ちょっと、いいかしら……」
 と言った時には、その夜の晩さん会の素晴らしさを語り合う二人のバーチャルデータをダミーに流していた。だから「今夜のおもてなしは素晴らしかったわね」とアクアリンドの諜報機関には聞こえていたが、実際は「この星、おかしいわよ」である。
「具体的に言ってくれ」
「レセプションでも気づいたと思うんだけど、この星には伝統芸能や、伝統技能がないの。それに、この星のCPU全てにアクセスしてみたけど、八十年前以前の記録がどこにもないの」
「ロンリネスのときみたいにバーチャルってことはないのかい?」
「そう思って調べたけど、全て実体よ。人口は一億八千万。惑星としては少ない人口だけど、大陸としてはほどほどの人口。ジニ係数も二十以下で、地球のどの国よりも貧富の差が少ないの」
「歴史が分からないという点を除けば、よくできた星だな」
「それから、この星は、ほとんど無宗教。アクア神というのがあるけど、信者は数千人、神官は僅か二十人ほど。穏やかに見えるけど、どこかおかしいわ、この星」
「明日、名所案内をしてくれるそうだから。そのときに、ちょっと気を付けてみよう」
「それから、八十年前に…………」

 修一は、クレアが言った八十年前のあれこれを頭に入れて、あくる日の視察に臨むむことにした……。
 
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音に聞く高師浜のあだ波は・25『あたしらは目を背けた』

2019-10-16 06:39:21 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・25
『あたしらは目を背けた』         高師浜駅


 
 
 ワンルームアパートがお屋敷になったみたいだ。

 お祖母ちゃんの新しい車は、そんな感じ。

 今までの軽自動車は四人乗りで、事実上は二人乗りやった。
 ま、うちがお祖母ちゃんとの二人暮らしやということもあるんやけど、四人乗るとすっごく窮屈。
 
 今度のワンボックスは、三列シートで、なんと九人まで乗れてしまう。
 もちろん、ゆったり乗るには六人くらいなんやけど、前の車の三倍の感じ。
 後ろの二列は対面式に出来て、感覚的には南海の特急電車。
 南海の特急は高石市にも羽衣にも停車せえへん。いっつも、ホームで電車待ちしてるあたしらを暴力的な速さでいたぶっていきよる。
 一瞬見える特急の乗客が「下がりおれ、下郎どもめ!」といういような目をしてるように思えてしまう。
 その特急感覚やから、もう、ザーマス言葉でオホホホてな感じで笑い出しそう。

「でも、毎日迎えに来ていただいて、なんだか申し訳ないです~」

 姫乃がヘタレ眉になって恐縮する。

 五日前、不慮の事故で三人揃ってジャージで帰らなくてはならなくなり、寒さに震えていると、ちょうど後ろにお祖母ちゃんがいて、乗っけてもらった。
 それからお祖母ちゃんは、下校時間になると、学校の角を一つ曲がった道路で待ってくれるようになった。
 この車のことは、何度も聞いたけど、ニコニコするばかりで、お祖母ちゃんは答えてはくれない。
 
「今日は、ちょっと高速にのるけど、ええかな」
 三人が頷くと、お祖母ちゃんは泉北高速への道へとハンドルをきった、
 お祖母ちゃんのお迎えは、寄り道をする。
 ほんのニ十分ほどやねんけど、高石の街中をゆったり走ってから、すみれと姫乃を送っていく。
 あたしらも乗り心地が特急電車なんで、放課後ひとときのドライブを楽しむってか、お喋りに興じる。
 もう少しで高速に乗ろうかという時に、シャコタンの白いボックスカーが並んできた。
 
「感じわる~」
 すみれが眉を顰める。
「スモークガラスで、中見えないね……」
 姫乃が気弱そうにつぶやく。
 お祖母ちゃんは、やり過ごそうと速度を落とした。
 すると、白は、スーッと前に出たかと思うと、あたしらの前に出て停めよった。
「年寄りと女子高生だけや思て舐めとるなあ、あんたら出たらあかんで……」
 そういうと、お祖母ちゃんはシートベルトを外してドアを開けた。
「お、お祖母ちゃん!」
 お祖母ちゃんは、ゆっくりと白に近寄って行く。白のドアが開いて人相の悪いニイチャンが二人出てきた。
 お祖母ちゃんは腕を組んで二人を睨みつけてる。二人組がカサにかかって喚いてるけど、車の遮音が効いてるので言葉の内容までは分からへん。しかし、かなりヤバイというのは見てるだけで分かる。
「こ、これヤバいよ……」
「つ、通報しようか……」

 すると、あたしらの車の後方からダークスーツの男の人が現れて、あっという間に二人組をノシテしまった!

 白の車は、二人を残したまま急発進、二つ向こうの交差点を曲がり損ねた。

 ドッカーン!

 信号機のポールにぶつかってひっくり返った。
「「「うわーーー!」」」
 あたしらは目を背けた。
 目を開けると、お祖母ちゃんが戻ってくるとこで、ダークスーツも二人組の姿も無かった。
「ほんなら、いこか」
 そう言いながら、いつのまに買ったのか温かい缶コーヒーを配ってくれて、今までで一番長いドライブに発進した……。
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小悪魔マユの魔法日記・65『AKR47・9』

2019-10-16 06:30:28 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・65
『AKR47・9』    


 ポチの悲しさ……人間に化けるときは、見本がいる。

 つまり、その時見えた人間の姿を真似てしまうのだ。
 だから、マユの姿をした拓美と大石クララを足して二で割ったような姿になったわけである……。

 このポチのハンパな化け力が後ほど意外に役に立つのだが、ポチ姿の今のマユは、迷路のようなダクトを伝ってスタッフの会議室を探すのに懸命である。
 帰り道のことは心配ない、犬の嗅覚は人間の二千倍から一億倍もある。自分の匂いをたどっていけば、もとの出口にたどり着くことは容易である。
 オッサン特有の臭いがただよってくるのに気づいた。たどっていけばドンピシャ。HIKARIプロのえらいさんたちが会議をしている部屋の排気口にたどり着いた。

「……オモクロが、この週末の週間火曜曲で、新曲の発表をやります」

 オーディションのとき、えらそーに見えて、実は、それほどでもないディレクターが話していた。
「どんな曲なんだ?」
 社長が聞いた。
「それが、分かりません」
「分からない?」
 みんなが、一見えらそーなディレクターに注目した。
「今までは、宣伝を兼ねて、意図的に情報を流していたんですが、今回は、見事に分かりません」
「オレは、少しは分かっている。作詞作曲はは中山耕一だ」
 黒羽ディレクターがつぶやいた。
「え、薬師丸陽子じゃないんですか!?」
 二番目にえらそーなディレクターがびっくりして、目を剥いた。
 その拍子に、このディレクターは、コンタクトレンズを落とし、話に参加できなくなったが、見かけほどにはえらくないので、会議が中断するほどではなかった。
「上杉のヤロー、勝負に出てきやがったな……」
「たかが上杉、たいしたことはできませんよ」
 えらそーなディレクターが言った。
「オレも昔は、たかが光ミツルって言われていたんだぜ……」
 ぜんぜんえらそーに見えない小柄な会長が立ち上がって、会議室の窓辺に沿って歩き始めた。会長が本気で考え事をしたときのクセで、その歩くところには白線が描かれている。
 これは会長が光ミツルとしてデビューする前、フォークの主席と言われた田中米造であったころからのクセで、いつも駅のホームの白線ギリギリのところを歩いて考え事をするクセからきたものである。HIKARIプロができたころは、ビルの屋上の柵の外に白線をひいて歩いていたが、通行人に自殺者と間違われ、警察や消防に通報されて大騒ぎになった。それからは、会長室と会議室の窓ぎわに白線を引いて代用している。
 二往復目、先ほどのディレクターのコンタクトレンズを踏んだ。ソフトなので割れることはなかったが、レンズを踏んだ、ほんのわずかな違和感が、会長を決心させた。

「この違和感は、本物だ。今日一日で新曲作るぞ! で、オモクロと同じ収録の時に発表! 十時までには作詞しとくから、振り付けの春まゆみ、作曲の大久保も呼んどけ!」
「じゃ、レッスンも、今日からですね」
「むろんだ!」
 ドアを閉め、出て行きながら黒羽ディレクターに命じた。黒羽ディレクターは、全員に目配せ。それだけで、おのおのがやるべき事が分かる。鍛え上げられたクリエィティブ集団である。

「みんな、集まって!」

 リハーサル室に行くと、黒羽ディレクターはメンバー全員を集めた。

「今日は、十時から新曲のレッスンに入る。今までとは、やり方が違うからビックリしないように。それから、今日は遅くなるから、お家には連絡入れとくこと。深夜タクシーで帰る覚悟しとけ!」
「はい!」
 大石クララを筆頭に、メンバー全員が熱気の籠もった返事をした。会長の熱気が、HIKARIプロ全員に行き渡っていく。知井子などは、なんだか自分の身長が、また伸びたような気がしたぐらいである。

 そのころ、マユはクララたちが用意してくれていた制服を着て、オモクロのプロダクションを目指していた……。


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魔法少女マヂカ・086『M資金・18 ゴールイン!』

2019-10-15 14:02:22 | 小説

魔法少女マヂカ・086  

『M資金・18 ゴールイン!』語り手:ブリンダ 

 

 

 人牛一体となった敵が鼻先一つの横並びになった時、一マイル先にゴールが見えてきた。

 

 もとより、これはラフストックだから、早くゴールインしたからと言って勝敗には関係ない。

 しかし、目前にゴールを設定されて、励めない奴はタマナシだ!

 そんな勝負師根性は敵も同じ、一気にラストスパートをかけてくる!

―― ウウーー! 魅せてくれるのニャー! 嬉しいのニャー! みんな、頑張ってゴールを目指すのニャー! ――

 ルール変更はチェシャネコの気まぐれのようだが、何百時間競っても決着がつかないラフストックに飽きる気持ちも分かる。

 斜め上に見えるチェシャネコは、目やにを貯めて涎を垂らしている。こいつ、直前まで寝ていたなあ!?

―― そ、そんなことは無いのニャー! ずっと目を開けて観ていたニャー! ――

 チェシャネコの言い訳を無視して牛腹を蹴る!

 牛も勝負魂を刺激されたのか、素直にスピードを上げる。視野の端っこには同様にラストスパートをかけるマヂカが見える。

 がんばれマヂカ!……ん? この場合、敵はマヂカになるのか?

 ええい! とにかくゴールインだああああああああああ!!

 

 勝敗、判然としないままにゴールイン!

 

 ロデオ慣れしているオレは、すぐに速度を落とした。急に止まっては人牛ともに心臓に負担をかけ脚を痛めるからだ。

 しかし、マヂカは速度を落とせずに、全力疾走のまま前方に走り去っていった。

 まあ、いい、自然に落ち着いて戻って来るだろう。

 それよりも、勝負の結果だ。

 …………いつもなら、すぐに賞金を掲示するチェシャネコが沈黙している。ビデオ判定かな?

 

 パンパカパーーーーーーーーーーン!!

 

 ファンファーレ付きで賞金が掲示された!

 ¥ 50000000!

 ……五千万!? 少ないじゃないか、チェシャネコ!!

―― 仕方ないのニャー、小数点百万ケタまで見ても、優劣がつかないのニャー! だから、賞金は半分こニャー(^ー^* )!

「これだけの勝負をさせておいて、半額かあ!! 甲乙つけがたいなら、両方に一等賞の賞金を出せよ!」

―― ニャハハハハ、それは出来ないのニャー! ――

「この、くされ笑いネコがああ!」

―― ニャハハ、ニャハハハハハ!! お、それよりも、相棒が帰ってきた……にゃあ!? ――

「どうした?」

 ニャハハ笑いのままフリーズしたチェシャネコの視線を追うと、牛に跨ったマヂカが戻ってきつつある。

 さすがに、ここまでの激戦を戦ってきたので、牛に跨る姿も堂にいってきたようだ。

―― あっぱれ、牛馬一体の姿に拍手なのニャア!! ――

「ま、待て、あれは?」

 牛には首が無く、跨ったマヂカの上半身が露出……ちがう!?

 

 歩みを止めたそいつ……そいつは、上半身がマヂカ、下半身が牛という化け物だったのだ!!

 

―― おもしろいのニャーー!! 賞金、上げてやるニャー!! ――

 

 ¥ 200000000

 

 マヂカの上に、二億円の数字が現れた。

 

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