大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・45『プロモのロケハン』

2019-10-20 07:12:28 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・45
『プロモのロケハン』     
 


 
 プロモ撮影の初日は十三日の日曜だった。

 ほんとうは土曜からのはずだったんだけど、サッカー部の練習試合が入っているので、一日日延べになった。
 その分、土曜はロケハンに使われた。
 ちなみにロケハンとはロケーションハンティングの略で、あらかじめロケ場所を見ておいて、カメラの撮り方や、撮影のコンテ=カットのイメ-ジ画なんかを決めて、必要な機材の決定もおこなわれる。

 このロケハンから、例の仁和さんが加わった。

 仁和さんは、やっぱし仁和明宏さんだった。黄色のソバージュに大きめのハンチングで、校舎や、グラウンドのあちこちを見て回った。わたしたちは、案内役として側に控えていた。
「ここが、渡り廊下と新館のつなぎ目で、カメラをパンさせるとなかなか良い絵が撮れますよ……この警備員室からだったら、坂の上の景色とグラウンドの平面のコントラストが立体的ですよ」
 知ってるだけの知識を総動員して、自分なりに絵になりそうなところを説明した。
「真夏さんは、立体構成については、良いセンスしてるわね。やっぱり、ここは乃木坂だから、坂の絵からパンして校舎を舐めるのが最初かな……」
「分かりました」
 ディレクターの黒羽さんが答える。どうやら、今度のプロモはかなりのところ、仁和さんの意見が反映されるようだ。これも光会長のご意向のようだと、わたしは思った。

「黒羽さん、校舎はできるだけ写さないようにして、グラウンドと坂を中心にいきましょう」

 校舎の中のあれこれを下調べしておいたわたしは、少し凹んだ。
「ごめんね、真夏さん」
 表情に出したつもりはないんだけど、気持ちはすぐに読まれてしまった。
「いいえ、そんな。わたしは、案内役ですから」
「フフ……あなたたち乃木高生は、坂の上の乃木坂学院に、コンプレックス持ってるようだけど、それって愛校心の裏返し。いいことだと思うわよ。でも……校舎は死んでるわね」

「死んでる!?」

 声がひっくり返ってしまった。
「安出来のリゾートみたい。まだ改築して間がないこともあるけど、まだ学校としての命を宿していないわ……どうしてファサード(建物の正面)を金魚鉢みたいなガラス張りにするんだろ。まだ前の……いいえ、戦争前の女学校の時の校舎の意志が強くて、わたしには、そっちのイメージが強く感じられる。でも、カメラには、そんなもの写らないものね。でもグラウンドは、ほとんど昔のまま……このサッカー部の試合、乃木坂が勝つわよ。黒羽さん掛けようか?」
「乃木坂、押され気味ですけどね」
 ちなみに、乃木高のサッカー部は弱い。今日の相手の麹町高校は格上。わたしの目からも、負けは明らかなように見えた。
「グラウンドが力をくれるわ。乃木高が勝ったら、お昼は、わたし指定のお店。お勘定はそっち持ちってことで」
「ハハ、いいですよ。じゃ、わたしが勝ったら?」
 黒羽さんが、振った。
「そちらが用意してくださった、赤坂のホテルで大人しくいただくわ」

 それから、仁和さんは、校庭の木々をゆっくりと見て回った。そして、何本かの桜にリボンでシルシを付けさせた。

「この桜たちは、この学校が出来る前から、ここにあった桜。撮るんなら、この桜越しに校庭を撮りましょう……これね、連理の桜」
「はい、あたしたちが見つけました!」
 玉男が、顔を赤くして手を上げた。その手を見て、仁和さんが言った。
「あなた、お料理が好きでしょう。手を見れば分かるわ」
「あ、ども、恐縮です!」
「いい時代に生まれたわね。あなたみたいなキャラは、わたしたちの時代じゃ人間扱いしてもらえなかったわよ」
「あ、はい。頑張ります!」
「何を頑張るのよ?」
 由香に混ぜっ返される。
「そ、そりゃ……」
「いろいろよね。そういうとこがはっきりしないのが青春よ……黒羽さん」
「はい」

「この連理の桜……造花でいいから花を付けてあげて。この桜は命があることを誇らしく思っているから……」

「はい、造花で飾ろうというのは会長からも言われています」
「さすがミツル君、そのへんのところはよく分かっているみたいね……それから、当日は、お塩とお酒の用意を」
「なにか憑いていますか?」
「そんなんじゃないけど、ここを頼りにしている人が沢山いるから」
「特別、区の名木にも指定はされておりませんが」
 事務長さんが答えた。
「亡くなった人たち。主に戦争被災者の人たちだけど……玉男君たちには悪いけど、これを見つけたのは、あなたたちじゃなくて、この桜が、あなたたちに見つけさせたのよ」
 妙に納得した。
 省吾の馬鹿力でも、ここまで飛ばすのはむつかしい。それに、ゆいちゃんがたまたまこの桜の前に立っていたのも偶然すぎる。なにより、ほんの十センチほど開いていたゆいちゃんの足の間にボールが落ちたのは奇跡に近い。

「ほうら、わたしの勝ちよ」

 みんなロケハンに熱中して、サッカー部の試合なんか忘れていたけど、サッカー部はPK戦の果てに麹町高校を下していた。

 で、お昼は、乃木坂一つ越えた通りの「玉屋」という大衆食堂を借り切った。ご主人に聞くと、もう五代目のお店で、明治の頃は、行合坂の茶店で通っていて、乃木大将もときおり寄ったことがあるそうだった。
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・10『わたし、やります!』

2019-10-20 07:04:11 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・10   

『わたし、やります!』 

 
 
「潤香が倒れた」

 全員が揃うと、マリ先生は組んだ腕をほどきもせずに冷静に告げた。

「今朝、玄関で靴を履こうとして……今は、意識不明で病院だって」

「え……」

 あとは声も出ない、遠く彼方を飛ぶ飛行機の無機質な音だけが耳についた。
「わたしは、これから病院にいく。で、本番のことなんだけど……」
 そうだ、三時間先には本番……でも、主役の潤香先輩がいなっくちゃ……。
「選択肢一、残念だけど今年は棄権する」
 そりゃそうでしょうね。みんなうつむいた……そして、先生の次の言葉に驚いた。
「選択肢二、誰かが潤香の代役をやる」

 みんなは息を呑んだ……わたしはカッと体が熱くなった。

「ハハ、無理よね。ごめん、変なこと言っちゃって。ヤマちゃん、地区代表の福井先生に棄権するって言っといて。トラックは定刻に来るから、段取り通り。戻れたら戻ってくるけど、柚木先生、あとをお願いします」
「はい、分かりました」
 副顧問の柚木先生の言葉でスイッチが入ったように、山埼先輩とマリ先生が動き出し、ほかのみんなは肩を落とした……で。

「わたし、やります!」

 クチバシッテしまった……。

 みんながフリーズし、山埼先輩はつんのめって、マリ先生は怒ったような顔で振り返って、わたしを見つめた。
「まどか、本気……?」
 柚木先生が、暴言を吐いた生徒をとがめるように言った。

「……」

 マリ先生は地殻変動を観察する地質学者のように沈黙して、わたしの目を見つめている。
「わたし、潤香先輩に憧れて、演劇部に……いいえ、乃木坂に入ったんです。コロスだけど、稽古中はずっと潤香先輩の演技見てました。台詞だって覚えています。動きも、こっそりトレースしてました。潤香先輩のそっくりショーやったら優勝まちがいなしです!」
 一気にまくしたてた。
「上等じゃないのよさ……その目、入部したころの潤香そっくり。小生意気で、挑戦的で、向こう見ず。心の底じゃビビッテるんだけど、もう一人の自分が、その尻を叩いている……やってみなアンダースタディー(この意味はあとで言います)」
「ほんとですか!?」
「まどかは、潤香よりタッパで三センチ、バストは四センチ、ヒップは二センチちっこい。ウエストはまんま。衣装補正して。本番までに一回、台詞だけでいいから通しておくこと!」
 マリ先生は、わたしの肉体的コンプレックスを遠慮無く指摘して楽屋を去っていった。

 スカートの丈を少し補正しただけで、衣装の問題は解決……させた。
 衣装係の、今時めずらしいお下げの、かわゆげな一年のイト(伊藤)チャンは、こう言った。
「バストの補正って大変なんですウ。なんだったら『寄せて上げるブラ』買ってこよっか?」
 真顔なところがシャクに障る。
「これで問題なし!」
「だって……」
「先生の指摘は、目分量。そんなに違いはないよ!」
 と、胸と見栄を張って、おしまい。
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宇宙戦艦三笠・36[虚無宇宙域 ダル・2]

2019-10-20 06:50:01 | 小説6
宇宙戦艦三笠・36
[虚無宇宙域 ダル・2] 



 20パーセクワープしたつもりが、わずかに0・7パーセクあまりで停まってしまった。

 つまり、直径1・5パーセクある虚無宇宙域のど真ん中で立ち往生してしまったわけである。
「……!?」
 さすが艦長の修一も言葉もない。
「非常電源で、艦内機能を維持するのが背一杯です。もう三笠は一ミリも動きません」
 機関長のトシが絶望的な声で固まる。他のクルーたちも息をのんだが、修一を責めるような空気は無かった。
「もう20パーセクワープするエネルギーを溜めこむのに、どれくらいかかる?」
「楽観的に見て20年です……」
 トシが力なく答えた。

 三笠は、虚無宇宙域のど真ん中で孤立してしまった……。

「アクアリンドのクリスタルは使えないの?」
 航海長の樟葉が聞いた。
「エネルギーコアがあるにはあるんですが、エネルギーに変換されるのは80年後です。それに、三笠の光子機関との接続方法もわかりません」
「どうでもいいけど、トシって、ダメな結果を言う時の方が答えがはっきりしてるわね」
 美奈穂が毒を吐くが、トシを含め、だれも反論する元気は無かった。

 窮した修一は、船霊のみかさんに聞きにいった。

「アメノミナカヌシは、虚無から世界をお創りになったわ」
 ニコニコと、古事記の創世記を聞かせてくれただけだった。
「みんなで決心してやったことだもの、誰も責められないわ。自然の流れに乗っていくしかないでしょう」
 そこまで言うと、神棚に隠れてしまった。

 二日がたった。

「なによ、この非常食は!?」
 食卓に、非常用の乾パンが載っているのを見て、美奈穂が悲鳴をあげた。
「生命維持に必要なエネルギーを優先的に残すためです……」
 クレアが、事務的な声で言った。
「仕方がない。とにかく考えよう」
 修一は乾パンを齧った。

 四日がたった。

「重大な提案があります」
 トシが憔悴しきった顔で言った。食卓には乾パンさえ出ていなかった。
「クレアさんと相談したんです。救命カプセルに入って冬眠状態になろうと思います」
「わたしと、ウレシコワさんは残ります。二人は人間じゃないから、入る必要がありません」
「でも、クレアの義体の表面は生体組織だ。それにメンテナンスもしなきゃ、持たないよ」
「生存の可能性は、みなさんの何倍もあります。ウレシコワさんは船霊だから、このままで残れると思います」

――賭けてみましょう――

 みかさんの声だけがした。薄情なのかと思ったら、実体化するだけで船のエネエルギーを使ってしまうかららしかった。
 こうして、修一、トシ、樟葉、美奈穂の三人は救命カプセルで冬眠することになった。

 そして、20年の歳月がたった……。
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秋野七草 その一『そんなつもりは無かった』

2019-10-20 06:40:59 | ボクの妹
草 その一  
『そんなつもりは無かった』       
  
 
 
 そんなつもりは無かった。
 
 ハナ金とは言え、男同士アキバの肩の凝らない国籍不明の酒屋一件で終わるはずだった。ところが、二つの理由で、こうなってしまった。
 
 繰り返しになるが、そんなつもりは無かった。
 
 理由の一つは仕事である。
 
 防衛省から、ごく内々ではあるが、オスプレイの日本版を作る内示があった。オスプレイの採用は、調査費もついて、ライセンス生産が決まっている。しかしアメリカ的なデカブツで、海上自衛隊で、艦載機として使えるのは、ひゅうが、いせ、いずもなどの空母型護衛艦に限られる。そこで、骨董品になりつつあるSH-60 シーホークの後継機を国産する方針になり、その仕事が、わがA工業に回ってきたのである。むろん他社にも競争させ、基本設計とコストを比較したうえ入札になる。  
 で、その研究と概念設計の仕事が、わが設計部に回ってきたのである。正式に採用されれば、この三十年ぐらいは、この仕事、タスクネーム「うみどり」で、会社は安泰になる。  
 それで、近場のアキバというオヤジギャグのようなノリで、設計部の若い者達で繰り出した。
 もう一つの理由は、話の中で、オレ、秋野大作(あきのだいさく)が、南千住で四代続いた職工の家であることだ。
 
 後輩の山路隆造が感激し、もう一軒行きたいと言い出し、調子にのったオレも「よーし、それなら!」と、上野の老舗のわりに安い牛飯屋に行こうと言ってしまった。
 山路と言う奴は、名前の通り山が好きな男で、連休や長期休暇には、必ず休みの長さと天気に見合った山を見つけて登っていた。ウチは爺ちゃんが元気な頃、暇を見つけては山に登りに行っていたので話が合って、気が付けば看板になっていた。山路は、終電車を逃してしまったので、自然に口に出た。
 
「じゃあ、オレの家に泊まれよ」
 かくして、深夜のご帰還とあいなったわけだ。
「「ただ今あ!」」
 
 元気な声が二つ重なった。山路は、酒が入っているとは言え客であるので、神妙にしている。
「ちょ、そこ邪魔!」
 と、玄関のドアを叩いて、もう一度の凱歌あげようとする妹の拳を握り、口を押さえた。
「ちょ、なにすんのよ兄ちゃん。妹を手込めにしようってか!?」
「もう、遅いんだ。ただ今は一言でいい。ほら、近所の犬が吠え出した……」
「うっせえんだよ、犬……あら、いい男じゃん」  
 そう言うと、酔っぱらいなりに、身だしなみを整え始めた。髪は仕事中とは違うサイドポニーテールというヘンテコな頭に、ルーズな、多分帰り道、酔った勢いで買った、派手なオータムマフラー。それを申し訳程度にいじっておしまい。
「妹さんですか」
「ああ、七草と書いて、ナナって言うんだ。ああ、酒臭えなあ」
 酒の入ったオレが言うのだから、相当なものである。
 
 ここまでは、まだ取り返しの付く展開であった。
 
「どーも、あ、あたし妹の方の七草です」
「あん?」と、オレ。
「通称ナナちゃん。姉が七瀬って書いてナナセってのがいます。からっきしシャレも冗談も通じない子なんで。兄ちゃん、もうご両親も、姉上も、お休みのご様子。ここは、あたしの鍵で……あれ、鍵?」
「いや、オレの鍵で……」
「いや、あたしが……」
 ナナは、スカートのポケットに手を突っこんだ。その時プツンというスカートのホックが外れる音を聞き逃したのは失敗。
 
 ここでも、まだ取り返しがついた。
 
 とにかく近所の犬が何匹も吠えるので、家に入るのが先決だと思った。
「ここが、お兄ちゃんの部屋。で、こっちが、あたしの部屋。その隣が姉上ナナセの部屋。両方とも覗いちゃあいけません! おトイレは、その廊下の突き当たり。では、お休みなさいませ!」
 と、この春除隊したばかりの、自衛隊の敬礼をして、その拍子に落ちかけたスカートをたくし上げ、ゲップを二つと高笑いを残して、七草は部屋に入ってしまった。
 
 この時誤解を解いておかなかったのが、この後の大展開とドラマになっていく。
 そんなつもりは無かった……。
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小悪魔マユの魔法日記・69『期間限定の恋人・1』

2019-10-20 06:22:20 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・69
『期間限定の恋人・1』    



 やがて、フロントガラスにA病院の建物が揺れながら現れた……。

 病院の駐車場に入ると、マユはちょっとした魔法をかけた。
 黒羽がドアを閉める寸前に、ナビのスイッチを切り忘れるように。
「あれ、切り忘れか……」
 で、ナビのスイッチを切り直しているうちに、ポチの姿のマユは、後部座席から抜けだした。
 監視カメラの位置を確認した。病院に豆柴とはいえ犬が入り込めば、ちょっとした騒ぎになる。カメラの死角を拾いながら、黒羽の後をつけていく。
 夜間受付で、黒羽は父の病室を尋ねた。その瞬間、受付のガードマンは監視カメラのモニターから目を離す。その隙に、ロビーの自販機の横に隠れる。病室は、ガードマンが黒羽に教えていたのを覚えている。
 あとはポチの姿をなんとかしなければ……そこに運良く日勤あけのナースが更衣室に向かうのに出くわした。
 マユは、そのナースの後をつけ、更衣室でナースに化けた。むろん衣装は、そのナースが着替えたものを拝借した。ナースの胸には吉田の名札がついていた。
 病室は五階にあった。エレベーターに乗っているうちに化けたナースの記憶の断片が浮かび上がった……吉永美優という若い患者のことが気がかりなようだ。骨肉腫が術後に全身に転移し、もう手の打ちようが無く、余命は黒羽の父同様に一週間ほどである。美優はナースと同い年である。

「おめでとう……」

 そう言って、美優はナースにブローチをくれた。死期を悟った美優が、同い年のナースの幸せを願い、少しずつ病床で作ったものだ。
「あげる。幸せになってね」
 特定の患者に感情移入はしないのが、この職業の鉄則であるが、さすがにグッときた。そのブローチが、まだポケットに入っている。
 エレベーターが上昇しはじめたときにそのブローチを出してみた。ユーノー (Juno、古典綴 IVNO)の横顔を彫り込んだブローチ。ユーノーは、ローマ神話で女性の結婚生活を守護する女神である。ナースはそのことを知らなかったが、小悪魔であるマユは、そのことがすぐに分かった。気づいていたら、このナースは、職業の規範を超えて涙していたであろう。

「あ……」

 ブローチを裏返して驚いた。{ローザンヌ}のロゴが入っていた。ローザンヌは、黒羽と出会う前に知井子が、ゴスロリのコスを買った店……ナースの記憶にローザンヌのマダムの顔があった。美優はマダムの娘だ。
 あとで寄ってみよう。そう思ったときには五階に着いていた。

 マユは、黒羽が入った隣の空き病室に入った。隣の様子が手に取るように分かる。

「英二、何しに来た!?」
 黒羽の父は、病人とは思えない大きな声で吠えた。
「お父さん、体にさわるわよ」
「……そこに座れ」
 次の声は、ひどく弱々しかった。やはり余命は一週間といったところだろう。父親はかなり衰えていた。以前、HIKARIプロの事務所で黒羽を叱りつけていたころの半分ほどに痩せて、顔色は薬の副作用で黄色くなっていた。心臓を生かすために肝臓を犠牲にしているのだろう。
「なあ、英二……」
「なんだよ、オヤジ」
「おまえが、仕事に打ち込んでいるのは嬉しい」
「バカにしてたんじゃないか。いたいけない少女を使ってあぶく銭稼いでいる手配師だって」
「……思っていたさ。でもな、いつだったか、オレがおまえのところへ行こうとして(13~16章)地下鉄の通路で発作おこしちまって、その時助けてくれた女の子」
「ああ、知井子とマユか……」
「おまえ、あの子たち入れっちまったんだな」
「悪いか」
 妹さんがお茶を淹れる気配がした。
「お父さん、毎日チャンネルかえてはAKRの子たちのこと観てるのよ」
 父と息子は、同時に目を背けた。その隙間を、淹れたてのお茶の香りが満たした。
「……みんなよくやってるよ。特にマユなんか命かけてやってるようなスゴミがあるよ」
「……そうか」

――そりゃそうでしょうよ。あのマユの中味は幽霊の拓美。生きた証(あかし)残そうって必死なんだから。

「あんないい子たちを、あそこまで光らせたんだ。おまえの仕事は間違っちゃいねえ」
「……ありがとう」
 黒羽は、窓辺に寄った背中で答えた。
「だけどよ……お前が身を固めないのが気がかりなんだ」
「……だから、ちゃんといるって彼女は」
「古いこと言うようだけどよ、黒羽の家をお前限りにはしてほしくねえんだ」
「お父さん、ひょっとしたら彼女連れてくるかなって……」
「期待なんかしてねえよ、どうせ英二のハッタリだ」
「そんなことねえって。今日は急だったから連れてこれなかったけど、今度は必ず……」
「必ずって、いつだい……おれは、もう十日ももちゃしねえ」
「お父さん、そんなことないわよ」
「気休めはよせよ。由美子、お前の顔に『長くない』って書いてあるぜ」
「お父さん……」
「泣くな由美子。おまえも英二も嘘はつけねえ。死んだ母さんが、そこんとこだけはちゃんと育ててくれた」
「ほ、ほんとうに嘘じゃない」
「なあ英二、今の仕事が一段落してからでいい、身い固めろ。由美子は、もう三十になろうってのに、ここんとこ男っ気一つありゃしねえ、なんでか分かるか?」
「三十ぐらいの独身女なんてザラにいるわよ。お父さんせっかちなんだから」
「由美子、養子になってくれることを条件に男を考えてるだろう……そんなこと考えてたら、行かず後家になっちまうぜ」
「そんなんじゃないってば」
「真田ってやつと別れたの……その伝だろ」
「由美子……そんな話あったのか?」
 窓ガラスに映る妹と目があった。
「ないない、お父さんの妄想だわよ!」
 由美子が、顔を赤くしてムキになっている。
「オレ、明日は必ず……連れてくるから。由美子もつまらない心配すんな」

 窓ガラスを通して、街の喧噪がきわだった……。

「無理すんなって……」
「無理じゃないって、じゃ、オレ仕事残ってるから、また明日。由美子、悪いけど頼むわ」
 黒羽は、ぬるくなったお茶を飲むと、そそくさと出て行く。最後まで父の顔は見られなかった。

 マユはため息をついた。

 天使なら、安直に人の命を助けて自己満足するのだろうが、悪魔の使命は違う。人に十分な試練を与え、その生をまっとうさせることにある。死ぬ、あるいは死んだ命に干渉することはできない。それができるのなら、あの拓美だって生き返らせている。

 マユは、ポケットのブローチを撫でて、美優の病室に向かった……。
 
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魔法少女マヂカ・088『M資金・20 ハートの女王・1』

2019-10-19 12:19:50 | 小説

魔法少女マヂカ・088  

『M資金・20 ハートの女王・1』語り手:ブリンダ 

 

 

 迫りくるビーフイーターどもから全速力で逃げる。

 

 バッキンガム宮殿の衛兵に比べると、ビーフイーターどもはメタボのオッサンが多い。中にはシルバー人材センターから派遣されてきたようなロートルも混ざっている。

 これは逃げきれるぞ!

 実際、追いかけてくるビーフイーターどもの槍先は息をつくように乱れ始めている。

 わたしに任せてえええええええ!

 黄色い声がしたかと思うと、オッサンではないビーフイーターが抜きんでて距離を詰め始めた。

「「お、女のビーフイーター!?」」

 そう、ガタイは厳ついが、Fサイズはあろうかというホルスタイン顔負けの巨乳を揺らせ、槍を投げたら届くくらいに迫ってきた。

『あいつ、史上初の女性ビーフイーターのキャロラインよ! 軍隊で二十年も務めあげて、善行章バリバリのネーチャンだから、ダッシュダッシュ! 負けるな牛女!』

 鏡の国のアリスが気楽に叫ぶ。

「あ、あんたらは高機動車に乗ってるんだからラクチンなんだろーけど、あたしは生身なのよ! さっきのレースで体力使い切ってるしい! そーだ、あたしも乗せてくれよ! 幌を畳んだら乗らないこともないだろ!」

「だめだ! 高機動車とは言えT型フォードだぞ、そんな500キロもある牛女を載せられるかあ!」

「そんなこと言わないでええ!」

「あ、よせ!」

 牛女は四つ足の他に両手がある。四つ足で駆けながら両手でボディーの後ろにしがみ付く。

 500キロの荷重で、グッと車体が沈み込んで速度が落ちる。

『仕方のない牛女ね! これをお飲みなさい!』

 ミラーの中から鏡の国のアリスが投げたのは、小さな薬瓶だ。

「飲んだら、小さくなれるやつだ!」

 命が掛かると、たいていのことはやれるもので、マヂカは受け取ると器用に片手でキャップを外して一気飲みした。

『バカ、全部飲んだら……』

 不思議の国のアリスほどではないが、チワワほどに縮んで後部座席に飛び込んできた。

「お、おい、こんなところに入るなあ!(#´0`#)!」

 勢いか企んだのか、マヂカはオレの胸の中に飛び込んできた。

「緊急避難よ辛抱しなさい!」

 マヂカが、なんとか収まると、さすがに高機動車、ビーフイーターどもの手が届かないところまで逃げおおせた。

 

―― ニャハハ、なんとか逃げられたのニャー! 賞金なのニャー! ――

 前方に¥100000000の表示が現れた。

―― おまけに、これも付けとくニャー! ――

 ¥100000000の表示の下に赤黒ドレスのハートの女王が現れた。

 ヒッチハイクのように右手の親指を立て、左手でドレスの裾を摘まみ上げて太ももまで露わにして挑発的な微笑みを湛えている。

 キーーーーーーーー!!

 そのおぞましさに、高機動車は急ブレーキをかけて急停車してしまったのだった!

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真夏ダイアリー・44『朝の実況中継』

2019-10-19 06:58:22 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・44
の実況中継』        




 新聞の三面にさっそく出た。

――連理の桜発見――

 学校の許可を得て、AKRのスタッフの面々が、その日のうちにやってきて取材。とりあえず撮ったビデオを、新曲『二本の桜』をBGにして動画サイトに流し、アクセスは一晩で二万件を超えた。
 で、明くる日の新聞の三面に載ったわけ、朝のワイドショ-が、あくる朝には取材。わたしたち五人組は発見者として、朝の六時から中継に付き合わされた。

「いやあ、ぼくの勘が当たったなあ」

 AKRの会長の光ミツル先生も、校長先生と共におでましになった。三連休には、ここで新曲のロケをやることをにこやかに同意の握手。

「真夏っちゃん、あなたも発見者の一人だったの?」
 スタジオの、ものもんたのおじさんが聞いてきた。
「はい、ボールが偶然にここに落ちてきて、これが連理の桜だって分かったんです」
 そのあとを受けて、女性レポーターが、わたしの横で話を続けた。
「ええ、じつは。人気アイドルグループの鈴木真夏(わたし、芸名じゃ、冬野じゃなくて鈴木を使ってる)さんが、会長の光ミツルさんからの指示をうけて、校庭を探して発見したんです。来月発売の『二本の桜』のプロモーションビデオの撮影のため、この乃木坂高校の古い新聞記事から発見されて、真夏さんたちに頼んで探したんだそうです」
「その新曲は、乃木高の桜を、最初からイメージしてつくられたんですか?」
 もんたのおじさんが、会長にふった。
「それは、わたしみたいなオヤジよりも若い子に喋らせます。真夏、説明」
 ムチャブリされて、一瞬オタオタしたけど、ありのまま答えた。
「本当のモチーフは、光先生の個人的な体験にあるそうなんですけど、それはなんだか、まだ内緒みたいなんです。でも、曲の中に繰り返し『ニホンの桜』ってフレーズが出てくるんですけど、どうも二本と日本を掛けた言葉らしくって、ささやかな恋人同士の応援歌にも、日本全体への応援歌にも聞こえるってものなんです。わたしたちも歌っていて、とても元気が出てきます。どうか、新曲リリースされたら、よろしくお願いしま~す」
「真夏っちゃん、デビューして、まだ一カ月ほどなのに、ベシャリうまくなったね。明日から、うちの番組の担当やってよ」
「ほんとですか、本気にしちゃいますよ!」
「「アハハハ……」」
 光会長と、ものもんたのおじさんの高笑いで、中継は終わった。

 始業時間までには間があるので、学校のパンフ用の写真撮りをやることになった。

 光会長は、ダンドリのいい人で、照明機材やら、セット用の桜の木まで用意してくれていた。
 わたしだけの写真を十数枚撮ったあとは、五人組で、いつもの五人野球を始めた。そこを、事務所のカメラマンが、二人がかりで撮っていく。
 省吾も玉男も、由香、うららもうきうきしながら、白球を追った。テレビの中継を見ていた乃木高の生徒達が続々と集まり始めた。
「よーし、みんなで撮ろう!」
 光会長の一言で、百人ほどになった生徒達で集合写真。
 それを何枚か撮っているうちに他の生徒もやってきて、八時過ぎには五百人ほどになり、カメラマンは、急遽屋上に上がり、グラウンドいっぱいになった生徒達を撮りにかかった。
「いつも、これくらいの時間に登校してくれりゃいいんだけどなあ」
 生活指導の先生が、腕を組んで文句を言う。

 さすがはプロで、始業十分前には撤収完了。授業に差し障るようなことはしなかった。

 夕方事務所に行くと、スタッフのみんなが三連休中のプロモ撮影のダンドリを決めていた。
「もう、ユーチューブとニコ動には流してあるよ」
 気づくと、集まったメンバーがモニターを見ていた。写真だけじゃなくてビデオも撮っていたらしい。
「お、真夏。フルスゥイングだね!」
 と、クララさん。
「あ、真夏。パンチラになってるよ!」
「え、ウソ!?」
 ヤエさんが、わざわざ、その瞬間で画面をストップさせた。
「や、やめてくださいよ!」
「かわいいね、花柄じゃん」
 知井子がはしゃぐ。
「どいたどいた……コンマ二秒。カットだな。心配すんな、カットして流し直すから」
「もう……パソコンとかでコピーされてたらどうすんですか!」
「出たものは、仕方ないなあ」
 トホホ……。
 そう思っていたら、会長の声がした。

「撮影のときは、仁和さんにも来てもらえるように」

 え、仁和さんて……?

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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・9『もの動かす時は声かける!』

2019-10-19 06:49:38 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・9   
『もの動かす時は声かける!』 

 
 
 
 結局、「日付、時間、芝居のタイトル、フェリペの場所」だけをメールで、ヤツに打った。

 ドーン! と、晴れ渡った秋空に花火は上がらなかったけど、城中地区の予選が始まった。

 全てが順調だった、その時までは……。
 私たちの乃木坂学院は、偶然だけど抽選で出番は二日目の大ラスになっていた。部長の峯岸先輩は、初日から全ての芝居を観ていた。峯岸先輩は三年生がみんな引退した中ただ一人、現場に残ってくれた。特別推薦で進学が確定していたからでもあるけど、次期部長に決まっている舞台監督の山埼先輩に、部長としての有りようを示すためだと、わたしは思っている。
 前日の朝、乃木坂の講堂で最後のリハをやった。
 午後は実行委員の仕事として割り当てられていた舞台係(搬入、搬出、仕込み、バラシの手伝い)と、受付をやった。潤香先輩は、カワユク受付……と、思いきや、がち袋を腰に、ペットボトルを太ももにガムテープで留め(バラシのときに出る釘や、木っ端なんか、要するに舞台上に残った危ない小物を拾うため)長い髪をヒッツメにして働いていた。初日最後のK高校のバラシの最中、K高校のスタッフが声をかけないで、三六(サブロク)の平台を片づけようとして、二人で担架のように担いでいた。落ちた木っ端を拾っていた先輩がちょうど立ち上がり、その平台の横面に頭をしたたかに打ちつけた。

「アイテー! だめでしょ、もの動かす時は声かける!」

「すみません」
 先輩は、インカムを外して、痛む頭をなでてみた。
「でかいタンコブができちゃった……気をつけてよね!」
 他校の生徒でも、エラーには手厳しい。K高校のスタッフは、二人揃って頭を下げ、そのあと上目づかいにこう聞いた。
「すみません……あのう、乃木坂の芹沢……潤香さんですか?」
「え、ええ、そうだけど……」
「ウ、ウワー! ホンモノだ!」
 ポニーテールが叫んだ。
「わたしたち、去年の『レジスト』観て感動したんです!」
 カチューシャも叫んだ。
「あ、それは、ドモ……」
 潤香先輩は戸惑った。
 K高の二人のテンションは高く、ミニ握手会。で、写メを撮って、メルアドの交換までやった……ところで、マリ先生の声が飛んできた。
「そこ、なに遊んでんの!?」

 そのときは、それで済んだ……。

 二日目は、本番二時間前に楽屋になっている教室に集合することになっていた。
 
 たいていの部員は朝からやってきて、他の学校の芝居を「客席を少しでもにぎやかに(実際、力のない学校は、自分の部員の数ほども観客動員ができない)するため」ということで睥睨(へいげい=偉そうに見下す)するように観劇していた。さすがに峯岸先輩は、冷静に化学実験を見るように、時々ペンライトで、ノートにメモをとっていた。昼の部が始まる前にはみんな会場や楽屋に集まっていた。
「潤香が、まだ来てません」
 山埼先輩がマリ先生にそっと耳打ちした。
「潤香が……?」
「サリゲにメールしてみます」
 山埼先輩の応えに、先生は軽くうなずいた。

 昼一番の芝居が終わると、部員全員、楽屋に招集された。予定よりも二時間も早い。
 楽屋にいくと、マリ先生が腕組みをして背中を向け、窓から見える四角い空を見上げている。峯岸先輩と、山埼先輩が付き従うように立っている。
「先生、なにが……」
「全員が揃ってから……」
 山埼先輩がつぶやいた。
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宇宙戦艦三笠・35[虚無宇宙域 ダル・1]

2019-10-19 06:40:46 | 小説6
宇宙戦艦三笠・35
[虚無宇宙域 ダル・1] 


 
 アクアリンドのクリスタルは、クレアが送った情報を元に三笠がレプリカをつくって交換した。

「組成や形態がいっしょだから、80年たたなければ、偽物とは気づかないわ」
 クレアも、レプリカを作ったトシも自信満々だった。
 本物は、三笠の二つある機関の真ん中に置かれた。仮にも一つの星の運命を握っていたクリスタルである、いまは眠っているような状態だが、数百年の記憶を取り戻し稼動し始めた時に巨大なエネルギーを放出する恐れがあった。三笠の中央に置かなければ、いざと言う時に、船のバランスを崩すおそれがあるという僧官長の意見に従ったものである。
「微弱だけど、クリスタルから波動が出るようになった。なにか感じているみたいです」
 トシが報告した。
「さすが世界一の殊勲艦。与える影響も違うのね」
 ウレシコワが、感心して言った。神棚でみかさんが小さくクシャミをしたようだ。
「で、なにか三笠の役に立ちそうなエネルギーとかは出てないの?」
「居候なんだから、なんかの役にたってもらわないとね」
 美奈穂と樟葉は、夢が無いというか現実的だった。

「樟葉、これからの航路は?」

 修一が、艦長らしく航海長としての樟葉に聞いた。樟葉も航海長の顔に戻って答える。
「5パーセク先が分岐になりそう。直進すれば、ダル宇宙域に突入する」
「避けるのか?」
 樟葉のニュアンスから、修一は先回りをして聞いた。
「ダル宇宙域の外周は、グリンヘルドと、シュトルハーヘンの艦隊が百万単位で待ち伏せている。切り抜けられないことはないけど、三笠も無事ではすまないわ」
「四十万の飽和攻撃で、シールドが耐えられなかったからな……」

 修一は、ダル宇宙域を突破するしかないという顔になってきた。

「艦長、待ってください。ダル宇宙域は、恒星が二個ありますが、恒星も惑星も公転していません。とてつもない負のエネルギーが満ちているような気がするんです」
「アナライズの結果かい?」
「エネルギーそのものは感じないけど、全ての星が動いていないということは、動いていない理由があるはずです。グリンヘルドもシュトルハーヘンも、哨戒艦すらここには出していません。状況から考えて何かがあります」
「しかし、ここを避けたら、敵の待ち伏せのど真ん中に突っ込んでしまう。確実な脅威に飛び込むよりは、未知の可能性に賭けてみたい。みんなはどうだろ?」

 みんな言葉は無かったが、修一の判断に任せるという顔をしている。

「しかたがない。みかさんに聞いてみよう」
 神棚にいくと、みかさんはセーラー服でニコニコ待っていた。
「その顔は、みかさん、いい答えを持ってるんだね!?」
「ううん、みんなが前向きの気持ちだから嬉しいの。わたしがここにいるというのは、三笠に差し迫った危機がないということだから、みんなが話し合った結果でいいんじゃないかしら」
「気楽だなあ。それで今まで、どれだけの危機に出会ったか」
「でも、結果として三笠は無事でしょ?」

「よし、ワープで一気に抜けるぞ。ダル宇宙域は1・5パーセクしかない。最大ワープで抜けるぞ!」
「20パーセクですね」
 トシは、機関室へ向かおうとした。
「いや、100パーセクだ」
「そんな……二三日動けなくなってしまいますよ。その間に攻撃されたら、反撃もバリアーも張ることができなくなる!」
「勘だよ。それだけワープして、やっとダル宇宙域を突破できるぐらいだと思っている」
「でも」
「やってみなければ前には進めん……だろ」

 三笠は能力の五倍を超えるワープの準備に入った……。
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音に聞く高師浜のあだ波は・28『高師浜の潮騒が聞こえたような気がした……』

2019-10-19 06:30:10 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・28
『高師浜の潮騒が聞こえたような気がした……』    高師浜駅


 
 ニコニコ運動が本来の目的を果たすことは無かった。

 姫乃は、挨拶されたり話しかけられたりすると分け隔てなく相手をする。
 相手はするけども、そこから先には進まない。
 姫乃にバリアーがあるわけやない。

「お、おはよう、阿田波さん」
「おはよう、〇〇君」
「え、えと、ええ天気やねえ」
「うん、今日の雪を『いい天気』と言える感性は素敵だと思うわ」
「え、あ、あ雪?」
 うろたえた男子は、あとが続かへん。

「おはよう姫乃さん!」
「うわー、男子から名前で挨拶されるの初めてよ!」
「お、おー、そうやったんか!」
「もう一回言ってもらえる」
 姫乃はサービスのつもりで、一歩前に出て、真っ直ぐ男子に向き合う。
「あ、えと……阿田波……姫乃さん……」
 まともに目の合った男子は、真っ赤な顔になるって、これも続かへん。

 二日目になると、挨拶する男子は半分に。三日目になると、いつものように目ぇそらして敬遠しよる。
 なんとも根性無しばっかし。

 そやけど、副産物があった。

 建て前は、クラス全員に向けての挨拶運動なんで、男子は、他の女子にもお義理で声を掛ける。
 声を掛けられた女子は、当たり前やけど、キチンと挨拶を返す。
 姫乃を相手の時とちがって、十回に一回くらいは会話が成立する。
 その会話が元になって、なんとカップルになりかけが三組もできた!

 念のため、あたしとすみれは外れてますねんけども……。

「ま、これでいいんでしょうね」
 姫乃は、なにやら悟った顔でニコニコしてる。

 四日目の今日も朝からの雪。

 古文の授業、カサカサと先生が黒板に字を書く音だけがしてる。
 窓は半分がた曇って、降りしきる雪だけが視界に入る。
「なんか、自分が空に昇っていくみたいやなあ~」
 視界一杯の雪、それが音もなく降り注いでくるので、そんな錯覚に陥る。
 大阪の雪は珍しいせいか、とってもふんわかした気分になる。
「ねえ、姫乃」
 一つ横の姫乃に声を掛ける。
 授業中になにしてんねんやろいう気持ちはあるねんけど、姫乃と、このふんわかを共有したくなった。
「そうね……ちょうどいい高さになってきたかな」
「高さ?」
 思わず窓から下を見た。
「あ、あれ?」
 いくら雪だと言っても、教室は、ただの四階。眼下ににはお気に入りの中庭が見えるはず……なんだけど。
 雪は、はるか下に向かって降って行くばかりで中庭はおろか、地上の気配がなにもない。

 え…………………………?

 不思議な気持ちいっぱいで横を向く。
 あたしの横には空いた席があるだけで、だれも座っていない。
 
 え、姫乃……ひめ……ひ……誰が座ってたんやろ?

 なにぼんやりしてんのん?

 もう一つ向こうのすみれが口の形だけで言う。

「畑中さん、34ページ読んで」
 先生に指名されて、おたおたと教科書を開く。

 高師浜の潮騒が聞こえたような気がした……。


 音に聞く高師浜のあだ波は・第一期 おしまい
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小悪魔マユの魔法日記・68『AKR47・12』

2019-10-19 06:23:04 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・68
『AKR47・12』    



 
 マユは、オモクロの研究生募集のパンフを見せた……。

「マユ、オモクロの研究生になるの?」
「虎穴に入らずんば虎児を得ずよ」
「……でも、このパンフ、応募用紙がないよ」
「さっき、郵送してきたとこ。書類審査は軽いもんよ。なんたって、クララと、拓美ってか、わたしの姿の合成だからね」
「手回しいい」
 拓美が感心した。
「とにかく、オチコボレ天使の余計なお節介は、なんとかしなくっちゃね」
「だよね」
 クララと拓美がうなずいたところに、黒羽ディレクターが入ってきた。

「すまない。オレ、これからちょっと外さなくっちゃならなくなった。今夜のレッスンには付き合えないけど、みんな励んでくれよ。明日は、その成果しっかり見せてもらうからな。パフォーマンスはカレーじゃないから、一晩寝かせて上手くなるってもんじゃない。今のモチベーションを『コスモストルネード』の発表まで、持ち続けていること。選抜も研究生のアンダーもね!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
 百人近いメンバーと研究生が返事をした。そのモチベーションの高さは目の前で花火が爆発したようで、マユはビクッとして、飛び上がりそうになった。
 しかし、その中で、ただ一人、ブラックホールのように落ち込んでいる人間がいる。

 それは、いま檄を飛ばした黒羽ディレクターその人自身。

――オヤジが死ぬ。よくもって一週間……。
 
 黒羽ディレクターの思念が飛び込んできた。表面は、とても明るそうに振る舞っているが、心の中は悲しみと混乱でいっぱいだった。どうやら、さっき事務所に電話があったようだ。

――どうして、携帯切りっぱなし……よくもって一週間……そうよ……はい?……看護師さんが呼んでる……父が……お父さんのメモ……読むよ「英二、いい歳して嫁さんもなし。仕事一途もいいけど、体には気を付けろ。見舞いなんぞこなくていいからな。通夜も葬式にも来なくてもいい。気の済むまで仕事に打ち込め。父」……お兄ちゃんの勝手! バカ、その勝手じゃなくて、勝手にしろの勝手よ。だいたいお兄ちゃん……。

 どうやら妹さんからのようだ。

 お父さんとは13~15章に出てきたおじいさんのことだ。どうやら、思いあまって「今から行く!」と返事をした……え……「彼女だっている」……ハッタリかましたんだ。
「じゃ、みんなガンバローぜ! イェイ!」
 元気にカマした。
 イェイ!!
 何も知らないメンバーと研究生は、黒羽のエールを倍にして返した。

 リハーサル室を出た黒羽は、電源を切ったスマホの画面のように暗かった。しかし、黒羽の心をスマホに例えるなら、使い込んだそれのように、整理されていない仕事や思い出の情報に混乱していた。

 マユは、ポチの姿にもどって黒羽の後をつけた。
 
 地下の駐車場で黒羽が車のドアを開けたとき、魔法でカラーコーンを倒して注意をそらし、その隙に後部座席に乗り込んだ。
 運転中も、黒羽の心は混乱したままだったが、新曲のキャンペーンのアイデアは整理にかかっていた。そして、こんな状況でも仕事のことを考えている自分に自己嫌悪が襲ってくる。黒羽は、何度もため息をついたり、意味もなく、ハンドルを叩いたりした。
 マユは、こんなに苦悩している人間を初めて見た。小なりといえど悪魔、この黒羽の苦悩を頼もしく思った。人間とは苦悩や錯誤のあとに道を切り開いていくものなのだ。天使のように安直な救済はしない。
 いまは、雅部利恵の安直なクワダテを阻止することがマユの使命だ。そのためには、黒羽にダウンしてもらっては困るのだ。

 やがて、フロントグラスにA病院の建物が揺れながら現れた……。


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せやさかい・080『式神』

2019-10-18 14:17:33 | ノベル

せやさかい・080

 

『式神』 

 

 

 シキガミというらしい。

 

 お祖父ちゃんが言うたときは『敷紙』という字が浮かんだ。

 人の形をしてるとはいえオフホワイトの和紙やねんもん、コースターかなんかの一種やと思う。

 テイ兄ちゃんが字で書いてくれた。

 

 式神

 なにこれ?

 

「陰陽師が使てたもんでな、これに呪(しゅ)をかけると、いろんなもんに化けて陰陽師の命令を実行するんや。ま、魔術で言うところの『使い魔』やなあ」

「使い魔!?」

 これは知ってる『ゼロの使い魔』とかの異世界ものラノベの素材になってたりする。魔法使いが使役する悪魔の子分で、魔法で呼び出されたり、魔術で破れたクリーチャーなんかが使役されてるのを言うんや。

「お祖母ちゃんのころは付き合いが広かったから、どこかで貰てきたもんやろなあ」

 お祖父ちゃんのお祖母さんやから、ひいひい祖母ちゃん……かな?

「お祖母ちゃんのころは戦前・戦中やさかいなあ、まともにお布施も渡されへん檀家さんがあって、商売もんやら米野菜やらの現物でもらうことがあったさかいなあ。お布施やいうことで渡されたら受け取るしかなかったもんかもしれへんなあ」

「ちょっとキショク悪いなあ」

 テイ兄ちゃんは言うけど、あたしは好きや。

「やっぱり、ちょうだい!」

「まあ、好きにしい」

 お祖父ちゃんは箱ごとくれた。

 あたしは式神のんだけでよかったんやけど、くれるいうもんは貰っておく。

 

 部屋に戻って、あらためてポチ袋を調べてみる。

 

 ニャーー

 最初はまとわりついてきたダミアやったけど、式神に恐れ入ったかビビったか、はたまた、こんなもんに興味持ってるご主人様に愛想つかしたんか、さっさとコトハちゃんの部屋に行ってしまいよった。

 五十ほどのポチ袋を調べて、式神が入ってるのは三つやった。まだまだあるねんけど、なんや疲れてきて、また今度いうことで蓋をする。

 お風呂に入ったら式神の事なんか忘れてしもて、鼻の下までお湯に浸かる。

 朝比奈くるみとお風呂に入ったことを思い出す。

 え……なんで、いっしょにお風呂入ったんやろ?

 小学生にしては発達したボディーにドギマギしたんが蘇ってきた……あ、そうか、修学旅行やったんや!

 京アニの作品にもなった有名ラノベの登場人物と一字違いの名前やったんで、男子からからかわれてた。いっしょにお風呂入って分かった。女同士でもドギマギするほど魅力的。

 そうやったんや。

 その朝比奈さんが会いたがってるのを、けっきょくシカトしてしもてる。

 いったん思い出すと気になって仕方がない。

 

 頭拭きながら部屋に戻る、コトハちゃんの部屋からダミアの楽しそうな声。今夜は一人で寝るかあ。

 

 ベッドに入って灯りを消そうと思たら、箱の蓋がズレてるのが目に入る……けど、眠たい。

 そのまま寝てしもた。

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真夏ダイアリー・43『連理の桜』

2019-10-18 06:42:50 | 真夏ダイアリー
 真夏ダイアリー・43
『連理の桜』    


 
 
「乃木坂には連理の枝って桜がある」

 光会長は、趣味である鉄道雑誌の間から、古いスクラップブックを出した。

「これだよ」

 そこには、わが乃木坂が新制高校として発足した時の小さな記事が黄ばんで貼り付けてあった。

――新生乃木坂高等学校発足! 言祝ぐ連理の桜――

 この四月一日より、旧制乃木坂高等女学校が新生乃木坂高校として発足。その新時代を言祝ぐように、校庭に連理の桜が発見され……と、記事は続いていた。写真を見ると、なんとなく面影がある校庭の桜が写っていた。
 
 注釈があった。

「天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん」の故事からきている。中国唐代の詩人白居易(=白楽天、772-846年)の長編叙事詩「長恨歌」の中の有名な一節で、安碌山の乱が起きて都落ちすることになった玄宗皇帝が最愛の楊貴妃に語ったと詠われているものである。

「これ、二本の桜……と、いっしょなんですね」

「ああ、その桜は、戦時中の空襲で片方が焼けて傾いてね。隣の桜と被ったんだ。二本とも枯れかかっていたんだけど、被った枝がくっついて新しい芽が出たんだ。で、男女共学、新制高校の発足にふさわしいと言うんでコラムになったんだ」
「でも、分かりにくいですね……」
 写真は、小さな枝が二本重なり、そこから小さな芽が出ているのがかすかに分かる。いささかショボイ記事だった。
「これが二本の桜のモチーフなんですか?」
「そうじゃないが、もし残ってたら、プロモを撮るには都合がいいと思ったんだ。もし、その桜が残っているんなら、学校でプロモを撮らせてもらえないかと思ってな。真夏は見たことないのかい?」
「桜はいっぱいあるんで……学校に聞いてみましょうか?」
「ああ、それが残っていたら、プロモ撮るついでに、うちのカメラマンに撮らせるよ」
「さっそく、やってみます」

 山本先生に電話してもラチはあかなかった。

 なんたって七十年前の話、それもこの昭和二十三年には沢山の都立高校が発足している。乃木高は、そういう新制高校発足の記事のほんの一部のエピソードとして載っているだけだった。当時の新入生も、もう八十五歳。分からないよな……。

「ねえ、そっちは?」
「だめだなあ」
「ないわ」

 わたしたち、五人組で校庭を探してみた。

 写真の感じだと、校舎と校庭の間に植えられた桜の一本のようだったけど、それだけで五十本ほどある。くっついた桜ならすぐに分かるんだろうけど、どれを見ても一本の桜だ。そこに、技能員さんから話を聞いてきた穂波(同級の山岳部とマン研兼部オンナ)がやってきた。
「ダメ、学校の桜って接ぎ木で増やしたものだから、寿命は七十年ほどだって。だから、当時の桜なら、とうに枯れてるだろうってさ。それに、校舎の改築なんかで、あちこち植え替えたらしいから、残っていても分からないって」
「だよね、そんな名物が残っていたら、きっと記念樹とかになってるよね」
 元気印の由香まで、言い出した。
「おーい、もう諦めて、野球やろうぜ!」
 省吾が、グランドの隅でバットを振り回している。
「やろう、やろう!」
 野郎らしくない玉男がボールを投げた。その緩い球を省吾はフルスィングしてヒットにした。
 球は大きな弧を描いて、ゆいちゃんの足もとに落ちた。
「キャ!」
 ゆいちゃんが、感電したような悲鳴をあげた。
「わりー、ゆいちゃん。玉男の球が緩いもんで。ボール投げてくれる」
「は、はい!」
 恋する省吾の球を、ゆいちゃんはすぐに拾って投げようとした……が、ボールが無かった。
「ゆいちゃんの足もとに落ちたはずなんだけど」
「は、はい!」
 素直なゆいちゃんは、必死で探した。見かねた由香が手伝いにきた……そして数十秒。
「うそ、こんなとこに……」
 ボールは、桜の根方に二十センチほどめりこんでいた。
「省吾って、馬鹿力なんだから……」
 そうボヤキながら、器用にボールを取りだした。
「ね、うまいでしょ」
 ドヤ顔の玉男を無視して、省吾が呟いた。

「この桜じゃねえか……」

「え…………」
 みんなの目が点になった。省吾は、金属バットの先で、根方の穴をつつくと、穴は、ポロリと大きくなった。
「これ、穴じゃなくて、根と根の隙間に土が入り込んで草が生えてるだけだぜ」
 よく見ると、一本の桜のように見えていた老い桜は、根のところで二つに分かれていた。その分かれ目のくぼみが、優しく穿ったように地上三十センチのあたりまで続いていた。
「ビンゴだ……!」

  振り仰いだ桜は、どう見ても一本の桜。でも、よく見ると貫禄が違った……。
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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・8『コスモスの花ことば』

2019-10-18 06:34:37 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・8   
『コスモスの花ことば』 

 
 
 で、その時も、二人の顔は至近距離にあった。

 観覧車の、わたしたちのゴンドラがテッペンにきたときだったのよ……。
「……オレ達、恋人にならないか!?」
「え……あ、あの……」
 この突然には予感があったんだけど、イザとなったら言葉が出ない。
「オレは青山学園、なゆたは乃木坂だろ、別れ別れになっちまうしさ……」
「う、うん……」
「だから、この際はっきりと……」
 わたしは「恋人」という言葉で、文化祭のときの、あの感覚がクチビルに蘇ってきてとまどった。
 わたしは、せいぜい「卒業しても、いっしょにいよう。つき合っていこう」ぐらいの言葉しか予感していなかった。
 うつむいて、言葉を探しているうちにゴンドラは地上に着いた。これが他の、もっと大きい大観覧車だったら、わたしも、それなりのリアクションできたんだけどね……。
 観覧車を降りると、なんだかみんなが二人のことを見ているような錯覚がした。順番待ちをしていたクソガキが「あ、アベック! アベック!」なんて言うもんだから、わたしは大急ぎで、気の利いたつもりで、こう言ってしまった。
「キミの名前と同じくらいでいようよ」
 彼は、わたしから「キミ」などという二人称で呼ばれたことないもんだから、コワバッて聞き返してきた。
「キ、キミの名前って……」
「自分の名前忘れたの?」
「え、ええ……?」
「大久保忠友クン」

 あらためて言っとくね、ヤツの名前は「大久保忠友」。ここで、ピンときた人はかなりの歴史大好きさんです。
 そう、ヤツは大久保彦左衛門(天下のご意見番で、江戸っ子ならたいてい、一心太助とセットで知っている)の子孫。彦左衛門の名前は正確には「忠教(ただたか)」で、代々の大久保家では、男の子の名前に「忠」の字がつく。そいでヤツは「忠友(ただとも)」ってわけよ。
 偉い人の子孫に織田信成ってフィギュアースケートの選手がいるのは知ってるわよね?
 彼はオチャメな人らしく、ご先祖の織田信長さんが「鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」って言ったのをうけて、「鳴かぬなら、それでいいじゃんホトトギス」と言ったとか。ヤツには、そんなウィットがないもんだから「え、ええ……」になっちゃうわけよ。だから、わたしも言わずもがなの解説しちゃったわけ。
「大久保クンは忠友でしょ、タダトモ!」
 これ、なんか携帯のコマーシャルにあったなあと、そのとき頭に……ヤツの頭にも浮かんだみたい。
「それって、テレビのCMでやってたよな……」
「うん」
「ただの友達か、おれたちって……」
「……うん」
「そうか……」
 わたしたちは、意味もなく黙って園内を歩いた。
――そんなシビアな反応しないでよ。わたしはヤツの背中をにらんだ。

「あ、コスモス……」
 植え込みに、遅咲きのコスモスが一輪。わたしは機転を利かして、そのコスモスを手折った。
「これ……」
「植え込みの花とっちゃダメだろ」
 
 ……ばか!

「いいじゃん、一つぐらい」
「で、なんだよ。この花?」
「コスモス。家帰って、ネットか辞書で調べなよ!」
 この唐変木!
 わたしは一輪のコスモスを不器用に持てあましているヤツを置いて、さっさとゲートをくぐり、一人で都電に乗って家に帰った

 コスモスの花言葉はね、「乙女の愛情」なんだぞ……。
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宇宙戦艦三笠・34[水の惑星アクアリンド・4]

2019-10-18 06:18:06 | 小説6
宇宙戦艦三笠・34
[水の惑星アクアリンド・4] 



 
「この星では、全てのものの寿命が80年しかないのです」

 長い沈黙のあと、僧官長は覚悟を決めたように言った。
「どういう意味でしょう……」
「クレアさん、御神体のクリスタルに手を触れて、アナライズしてくださらんか」
 全て見通している僧官長は、クレアを偽名ではなく、本名で呼んだ。そしてクレアのアナライザーとしての役割も知った様子で、そう言った。
「……この星、80年以上の寿命を持っているのは、星本体と、僧官長さまだけです……なんということ……海の中には四つの大陸が沈んでいる」
 僧官長は、後ろ手を組んで、クリスタルにも修一やクレアにも背を向けるようにして言った。
「この星は、地球によく似た星で、五大陸がありました。人口も50億と、穏やかな、星の容量に合った数でした。しかし、地球がそうであったように、この星は大きな戦争や紛争を繰り返してきました。そこで、はるか昔、この星の人間は決意したのです。古いことは水に流そうと……」
「水に流すとは?」
「人の寿命は80になりました。あらゆるものを80年で更新するようにしました。何十年か、この星の指導者が相談して決めたのです。その結果、戦争や紛争。大きな経済変動は無くなりました。全て水に流してしまったからです。それを可能にしたのが、このアクアクリスタルなのです。このクリスタルの力で、全てのものが80年で命を終えます。何十年も前のことをあげつらって国同士もめることもなくなりました。しかし……流してしまったものは全て水になって海に流れ込み、四つの大陸は海に沈んでしまいました。まもなく、この星の人口は1億を割り、最後に残されたアクア大陸も水没してしまうでしょう」
「それって……?」
「星が滅亡してしまうということですね」
 クレアが無機質な言い方をした。
「そう、クレアさんはお優しい。こういう話は情緒的に話してしまえば、ただ嘆きしか残りませんからね。わたしは嘆くために、こんな話をしているわけじゃない。この星を元に戻したいのです。滅びに向かいつつある星なので、グリンヘルドもシュトルハーヘンも征服しようとは思いませんでした。この星の水を昔の量に減らし、元の姿に戻したいのです」

 いつの間にか天窓が開き、潮騒が聞こえてくるようになっていた。地球同様、心が癒される波音ではあった。

「海の安らぎに頼り過ぎた姿が、このアクアリンドなんです」
「でも……」
 クレアは、そこまで言いかけて、あとは修一に任せた。
 言いにくいことをゆだねたともとれるし、決意を伴う話になりそうなので、修一が話を付けるべきと譲ったともとれた。
「確かに、水に流すことをやめれば、全てのものは本来の寿命を取り戻し、記憶を恨みや問題とともに抱え込むことになるでしょう。戦争が起こるかもしれません。しかし、そのプラスとマイナスの両方を人間は抱えなければならない……そうしなければ、このアクアリンドは、浄化の水に沈んでいくだけです」

 潮騒の音が大きくなってきた。なにやら大きな波が岩肌にぶつかるような音もし始めた。

「で、ぼくたちに、なにをしろと……」
「このクリスタルを、三笠で持ち出していただきたい」
「え……?」
「これは賭けです。グリンヘルドとシュトルハーヘンの戦いの中で、このクリスタルは、本来の存在意義を取り戻すと思うのです。80年の周期で、全てを更新し、水に流す愚かしさに気づいてくれるのではと思うのです。今のアクアのクリスタルは優しすぎます。その優しさが、この星を滅ぼすことに気づかせたいのです。それに、クリスタルには秘めた力があります。万一の時は、きっと、三笠のお役にもたちます……お願いできんだろうか」

 三笠は、アクアリウムのクリスタルを預かることになった……。
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