大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・40『ジーナの庭・2』

2019-10-15 06:49:06 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・40 
『ジーナの庭・2』       


 
 
 ジーナの姿のオソノさんはUSBを握った。すると四阿(あずまや)の中に映像が現れた。

「スネークアタック! リメンバーパールハーバー!」
 議会で、叫ぶルーズベルト大統領が居た……。

「どうして……!?」
「……CIAと国務省、FBIも総ぐるみ……日本の交渉打ち切りは、真珠湾攻撃後ということになってる」
「そんな、わたし、そのために証拠写真撮ったり、車ぶつけて消火栓を壊したりしておいたのに!」
「……真珠湾攻撃の予兆か、国務省前の消火栓破裂……やられたわね」
「だ、だって、お巡りさんのジョージも立ち会っていたのよ……」

 画面が、ワシントンの警察署に切り替わった。

「ジョ-ジ、FBIへの移動が決まった。おめでとう」
 署長がにこやかに言っている。
「そのかわり、あの事件は無かったことにしろと言うんですか!?」
「なんの話だね?」
「1941年12月7日午後1時12分。日本大使の車がぶつかって、消火栓を壊したんです!」
「……ジョ-ジ、君は夢を見ていたんだ。消火栓は老朽化のために、自然にぶっ飛んだんだ。新聞にもそう載っている」
「日本は、パールハーバーの前に……」
「それ以上は言うな。国務省もCIAもFBIも、そう言ってるんだ。むろん国務長官もな」
「しかし、大使とマナツは……」
「ジョージ、お前は合衆国の国民であり、警察官……いや、FBIの捜査官なんだ。いいな、それを忘れるんじゃない」
「合衆国は、正義の国家じゃなかったのか……」
「FBIへの栄転は、ご両親や兄弟も喜んでくれるだろう。家族を悲しませるんじゃない」
「署長……!」
「さっさと荷物をまとめて、FBIに行くんだ。辞令はもう出ているんだぞ!」
「……了解」
 ジョ-ジは、静かに応えると、敬礼をして署長室を出て行った。
「……惜しい奴だがな」
 署長は、そう言って、受話器をとった。
「……小鳥は鳴かなかった」
 署長は、そう一言言って、受話器を置いた。
「署長、会議の時間です」
「ああ、そうだったな……」
 署長は、戦時になったワシントンDCの警備計画の会議に呼び出されていた。パトカーでワンブロック行ったところで、歩いているジョージを追い越した。
「ジョ-ジのやつ、ご栄転ですね」
 運転している巡査に、応える笑顔を作ろうとしたとき、後ろで衝撃音がした。
「ジョ-ジが跳ねられました!」
「くそ、跳ねた車を追え! 追いながら救急車を呼べ!」
 署長は、そう命ずると、パトカーを降り、壊れた人形のように捻れたジョージを抱え上げた。
「ジョ-ジ……くそ、ここまでやるのか!」

「ジョ-ジ……!」

 真夏は言葉が続かず、後は涙が溢れるばかりだった。
「……あなたは、精一杯やってくれたわ」
「でも、歴史は変わらなかった。ジョ-ジが無駄に殺されただけ!」
「真夏、あの木を見て……」
 庭の片隅にグロテスクな木があった。その木の枝の一つが音もなく落ちていった。
「あの木は……」
「歴史の木。いま一つの可能性の枝が落ちてしまった」
 そして、落ちた枝の跡からニョキニョキと、さらにグロテスクな枝が伸びてきた。それは、反対側に伸びた枝とソックリだった。よく見ると、同じようにそっくりな枝が伸びていて、全体として無機質なグロテスクな木に成り果てていた。
「……同じように見える枝は、みんな、わたし達が失敗して、生えてきた枝」
 わたしは、理屈ではなく、歴史がグロテスクなことを理解した。
 でも、正しい歴史の有りようというのは、どんな枝振りなんだろう……。
「それは、今度来てもらったときにお話する。うまく伝わるかどうか自信はないけど……さ、ひとまず、元の世界に戻ってもらうわ」
 ジーナのオソノさんが言うと、周囲の景色がモザイクになり、モザイクはすぐに粗いものになり、一瞬真っ黒になったかと思うと、また、急にモザイクが細かくなり、年が改まって最初の日曜日にもどっていた。

 ただ一点違うのは、リビングにエリカも戻っていたことだった……。
 
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乃木坂学院高校演劇部物語・5『第一章・3』

2019-10-15 06:40:11 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・4    



『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・3』

「開始!」

 山埼先輩の号令で始まった。
 フェリペの計時係りの子と山埼先輩が同時にストップウォッチを押した。上手の壁のパネルから運び、八百屋飾りのヌリカベを運ぶ。パネルはサンパチと言って、三尺(約九十センチ)八尺(約二百四十センチ)の一枚物。これを、なんと女の子でも一人で運んじゃう。重心のところを肩に持ってくれば意外にいける。

「パネル一番入りまーす!」
 と声をかける。
「はい!」
 舞台上のみんなが応える。

 不測の事故を防ぐための常識。そして袖から舞台へ。
 次にヌリカベ。さすがに四人で運ぶ。そうやって上手から順に運び、がち袋(道具係が腰に付けたナグリというトンカチなんかが入った袋)を付けた夏鈴たちが、背中にNOGIZAKA.D.Cとプリントした揃いの黒いTシャツを着て、動きまわっていく。
「一番、二番連結しまーす!」
 夏鈴が叫ぶ。バディーの宮里先輩と潤香先輩が続いてシャコ万という万力でヌリカベを繋いでいく。キャストだって仕込み、ばらしは一緒だ。
 壁のパネルはヌリカベにくっつけるものと、ヌリカベの上に乗せるものがある。乗せるものは、ヌリカベの傾斜プラス一度の六度の傾斜のついた人形立を釘を打って固定する。そして劇中移動させるのでシズ(重し)をかけていく。
 その間、照明チーフの中田先輩は調光室でプリセットの確認。インカムでサブの里沙に指示して、サス(上からのライト)やエスエス(横からのライト)の微調整。
 その合間を縫って、音響の加藤先輩が効果音のボリュ-ムチェック。
 客席の真ん中でマリ先生が全体をチェック、舞台監督の山埼先輩が、それを受けて各チーフに指示。
 わたしは、決まったところから明かりと道具の場所決めを確認してバミっていく(出場校ごとにバミリテープの色が決まっている。ちなみに乃木坂は黄色と決まっていて、地区では貴崎色などと言われている。パネルの後ろに陰板(開幕の時はパネルに隠れている役者……って、わたしたちコロスってその他大勢だけどね)用の蓄光テープを貼り、剥がれないようにパックテープ(セロテープの親分みたいの)を重ね貼りして完成!
「あがりました。十七分二十秒!」
 山埼先輩がストップウォッチを押した。
「うーん、二十秒オーバー……まあまあだね。ヤマちゃん、二十分場当たり」
 マリ先生の指示。
「はい、じゃ幕開きからやります。ナカちゃん、カトちゃん、よろしく。役者陰板。幕は開くココロ(開けたつもり)十二、十一、十……五、四、三、二、一、ドン(緞帳のこと)決まり!」
 山埼先輩のキューで、去年と同じように、あちこちからコロスが現れる。今年は「レジスト」ではなく「イカス! イカス!」と叫びながら現れる。
 この「イカス」には意味がある。勝呂(すぐろ)先輩演ずる高校生が進路に悩む。主人公の高校生が、キャンプに行って、土砂降りの大雨に遭う。キャンプ場を始め付近の集落は危機に陥る。それを救ったのが陸上自衛隊の人たち。中には、たまたま演習にきていた陸上自衛隊工科学校の生徒たちも混じっていた。彼らは、中学を卒業して、すぐにこの道に入った者たちばかりだ。主人公は彼らにイケテル姿を見る。すなわち「イカス」である。彼は、卒業後自衛隊に入ろうと考える。
 しかし主人公に好意を寄せる潤香先輩演ずるところの彼女の兄は新聞記者で「自衛隊は本来、国家の暴力装置である」と意見する。
 最初、兄に反発し彼を応援していた彼女も、海外派遣されていた自衛隊員に犠牲者が出たというニュースに接して反対に回る。人生を活かすにはもっとべつの道があるはずだ……と。ここで、もう一つの「イカス」の意味が生きてくる。そして、ドラマの中盤で彼女が不治の病に冒されていることが分かり、彼は彼女を生かすために苦悩する。ここで第三の「イカス」が生きてくる。

 実は、このドラマは、この夏休みにコンクール用の脚本に考えあぐねたマリ先生の創作劇なんだよね。
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宇宙戦艦三笠・31[水の惑星アクアリンド・1]

2019-10-15 06:31:19 | 小説6
宇宙戦艦三笠・31
[水の惑星アクアリンド・1] 



 
 
「両舷10時と2時の方向に敵。距離4パーセク!」

 警報とともに、当直のクレアとウレシコワが、叫んだ。
「両舷共に、10万隻。クルーザーとコルベットの混成艦隊。あと1パーセクで、射程に入ります」
「敵艦隊、共にエネルギー充填中の模様。モニターに出します」
 クレアとウレシコワが、的確に分析し、報告を上げてくる。モニターには、敵艦一隻ずつのエネルギー充填の様子がグラフに表され、まるで、シャワーのようなスピードでスクロールされている。
「全艦の充填には3分ほどだな。両舷前方にバリアー展開!」
 修一が叫んだときに、美奈穂が遅れて入ってきた。
「ごめん! みかさんバリアーお願いします!」
 美奈穂は、濡れた髪のまま、いきなり船霊のみかさんに頼んだ。
「美奈穂、冷静に。第二ボタンぐらい留めてからきなさいよ!」
 美奈穂は、ざっと体を拭いたあとにいきなり戦闘服を着て、第一第二ボタンが外れたままだった。修一とトシの視線が自然に美奈穂の胸元に向く。さすがに、0・2秒で、美奈穂はボタンを留めた。

 が、その0・2秒が命とりになった。

「敵、全艦光子砲発射。着弾まで15秒!」
「みかさん、バリアー!」
「大丈夫、間に合うわ」
 みかさんは冷静に言った。
「カウンター砲撃セット!」

 カウンター砲撃とは、三笠の隠し技で、敵の攻撃エネルギーを瞬時に三笠のエネルギー変換し、着弾と同時に、そのエネルギーの衝撃を和らげ、攻撃力に変えるという優れ技である。カタログスペック通りにいけば、三笠は無事で、敵は鏡に反射した光を受けるように、自分の攻撃のお返しを受けるはずだった。
「着弾まで、二秒。対衝撃防御!」
 クルーは、全員、身を縮め持ち場の機器に掴まった。震度7ぐらいの衝撃が一瞬できた。美奈穂が急場に留めたボタンが、みんな弾け飛んだ。瞬間胸が露わになった美奈穂だったが、トシも修一も見逃してしまった。

 三笠は、シールドで受け止めたエネルギーの大半を攻撃力に変換。カウンター砲撃を行った。各主砲、舷側砲から、毎秒100発の連射で光子砲が放たれた。
 しかし、両舷で100万発を超える敵弾のエネルギーは変換しきれず。舷側をつたって、シールドの無い艦の後方に着弾し、いくらかの被害を出したようである。
「敵、6万隻を撃破。シールドを張りながら撤退していきます」
「各部、被害報告!」
「推進機、機関異常無し!」
「主砲、舷側砲異常なし!」
「右舷ガンルームに被弾。隔壁閉鎖」
「……後部水タンクに被弾。残水10」
 
「美奈穂、シャワー浴びといてよかったね。飲料用に一週間もつかどうかだよ」
 樟葉が、冷静とも嫌味ともとれる言い回しで呟いた。
「ここらへんで、水を補給できる星はないかしら?」
 ウレシコワが、真っ直ぐにレイマ姫に声を掛けた。
「右舷の2パーセクにアクアリンドがあるわ……ただし、覚悟が必要よ」

 アクアリンドは、星の表面の90%が水という星であったが、グリンヘルドもシュトルハーヘンも手を付けない理由があった……。
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音に聞く高師浜のあだ波は・24『視聴覚教室の掃除当番・2』

2019-10-15 06:23:38 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・24
『視聴覚教室の掃除当番・2』
         高師浜駅



 

 スカートが短いからや!

 こういう怒り方は理不尽やと思う。でも、あたしが地雷を踏んだからや。


 今日は、今学期二回目の視聴覚教室の掃除当番。
 で、今日は午後から使った授業も無くて、前回と違って冷蔵庫の中のように冷え切っておりました。
 で、こんな日に限って、視聴覚教室は汚れまくり。
「もー、なんで視聴覚教室にジュースのこぼれたあとがあるんよ!」 
 
 ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ ゴシゴシ

 すみれがむくれながらモップをかけてる。
 ジュースだけやない、視聴覚教室の床は紙屑やら花吹雪のカスやらクラッカーのカスやら花びらやらでゴミ箱をぶちまけたみたいになってる。
「これは三年生やなあ」
 あたしは推論を述べる。
「え、なんで三年生なんですか?」
 姫乃が丁寧な言葉で聞いてくる。姫乃が怒ったら言葉遣いが丁寧になるのを発見したけど、今の事態には関係ないのでスルー。
「三年生て、もうほとんど授業終わりやんか。授業によっては、お別れパーティーみたいになってるのもあるらしいよ」
「そうなんですか、でも、一応は授業なんだから、宴会グッズやら飲食物の持ち込みはいかがなものなんでしょうね……」

 ボキ!

 姫乃のモップの柄が折れた。御立腹マックスの様子。
「ジュース汚れは、コツがあるんよ」
 すみれは、モップをボトボトに濡らして駆けつけた。
「そんなに濡らして大丈夫?」
「こうやってね、とりあえずは汚れをビチャビチャにしとく」
 なんや見てると、すみれも頭にきてるように見える。汚れを拭いてるんやなくて、やけくそで水浸しにしてるだけに見えるねんもん。
「ほんなら、端の方から堅絞りのモップで拭いていって!」
 視聴覚教室の最前列で、すみれが叫ぶ。
「こんなんで……」
「あ、嘘みたい!」
 姫乃の声のトーンが変わった。コテコテやったジュース汚れが一拭きできれいになっていくではないか!
「ジュースは水溶性やから、水でふやかしてからやると楽にやれるんよ」
「なんで、こんな賢いこと知ってるんよさ!」
「弓道部やってると、いろんなことが身に付くんよ」

 すみれのお蔭で、なんとか十五分ほどで掃除は終わった。
 
 で、事件はここから。

 掃除を終えて、三人で下足室に向かった。
 下足室へは五十メートルほどの直線の廊下。
 ここは、隣のクラスが掃除の担当で、まだ掃除の真っ最中。四人の生徒がモップがけをしている。
 やっぱり汚れがひどいようで悪戦苦闘してる。あたしらは、邪魔にならないように、そろりと歩く。

「「「キャー!」」」

 三人仲良く悲鳴を上げてひっくり返る。
 普通に歩いていた廊下が急にヌルヌルになって、スッテンコロリンになってしもた。
 悲劇はそれだけでは無かった。
「ウワーー!」
 すみれがバケツを蹴倒してしまい、あたしらが転んだところを中心に水浸しになってしまった。
「わーー、ごめんなさい!」
 掃除してた子らは謝ってくれたけど、あたしら三人はお尻を中心としてビッチャビチャ。
 普通やったら怒るんやけど、あたしらもジュース汚れで苦労してきたところなんで「ドンマイドンマイ」と引きつりながら下足室へ。

「ちょっと、これは風邪ひくでえ、クシュン!」

 校舎の中にいてもこの寒さ。濡れたままで帰ったら、確実に肺炎や。
「これは体操服にでも着替えて帰るしかないなあ」
「でも、それだと異装になるから怒られるんじゃない?」
 うちの学校、制服の着こなしには、あまりうるさいことは言わないけど、制服ではないものを着用していることにはうるさい。たとえ校門を無事に出ても、駅とかでは下校指導の先生がいたりする。あんな一般ピープルが大勢いてる中で怒られるのは願い下げや。
「事情言うて異装許可もらおか」
 
 で、三人揃って生活指導室へ向かった。

「スカートが短いからじゃ!」
 生活指導部長の真田先生に怒鳴られた。
 状況を的確に表現しよと思て「パンツまでビショビショなんです」と言うたことへのご返答。
 どうやら真田先生は、制服の乱れに思うところがあったようで、あたしは地雷を踏んでしもたみたいや。
「でも、ふざけたわけやなし、この子らも災難やったんですから……」
 居合わせた学年主任の畑中先生がとりなしてくれる。

「ジャージ一枚いうのは、スースーするなあ」

 とりあえず異装許可をもらって家路につく。
 ジャージ姿というのは目立つ上に寒い。いちおうマフラーやら手袋の装備は身に付けてるんやけど、この季節にはどうもね。
「ね、いっそランニングしよか」
 すみれが提案。
「ジャージ姿やねんから、元気に走った方が目立てへんで」
 さすがは弓道部、日ごろの部活から出たアイデアや。

 いち、いちに、そーれ!

 掛け声も勇ましく三人は走り出した。
 しかし、五百メートルほどは景気がええねんけど、運動部ではない姫乃とあたしはアゴが出てくる。
 へたりながら走ってると、これまた目立つ。
「ジャージにローファーいうのんもなあ……」
 足まで痛くなってきた。

 プップー

 横一列やったのが迷惑やったのか、後ろでクラクションを鳴らされた。
「「「すみなせーん」」」
 と、恭順の意を示すと「「「あ?」」」という声になった。

「お祖母ちゃん!?」

 なんと、見たこともないワンボックスカーの運転席でお祖母ちゃんがニコニコしてるやおまへんか!
「いやーー助かったわ!」
 いそいそと三人で三列シートに収まって安堵のため息。
「えと、そやけど、この車どないしたん?」
 いつもの軽ではないことの疑問をぶつける。

「アハハ、ちょっとワケありでなあ~」

 お祖母ちゃんは不敵に笑うのでありました……。

 
  
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小悪魔マユの魔法日記・64『AKR47・8』

2019-10-15 06:10:23 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・64
『AKR47・8』    


 
 クララは、ほとんどのところ分かっているようだった……。

 マユは、女子トイレで用を足した。むろんポチとしてである。
 マユの姿をした拓美が手伝ってくれるが、なんとも気恥ずかしい。便座から滑り落ちないように拓美が体を支えてくれる。悪魔というのは何からでもエネルギーを摂ることができる。人間のように食事もできるが、食べたものは百パーセントエネルギーに代わり、排泄ということをしない。しかしケルベロスは犬であるので、豆柴の姿になっても、食事もすれば排泄もする。
 羞恥と快感、マユは、思わずため息をついた。

「楽になりましたか……」

――いやはや、なんとも……。
「え……?」
 犬語なので、拓美にもクララにも通じない。
「犬に化けてるけど、マユさんなんでしょ?」
 そう言いながら、クララがウォシュレットのボタンを押した。
「キャイーン!」
 マユは、水圧で吹き飛ばされるところだったが、拓美が支えていてくれたので、なんとかこらえることができた。
――化け・てる・んじゃな・くて犬のか・らだ・を・借りて・るだ・け……。
 思念で、これだけのことを分からせるのに、一分もかかってしまう。
 仕方がないので、ケルベロスの魔力で人間の姿に化けた……。
「わ……!」
 狭いトイレの個室で、豆柴が、いきなり人間の姿になったので、個室はギュ-ギュー……おまけに、その姿はスッポッンポン。マユは慌ててトイレットペーパーで最低限のところを隠した。
「天使の雅部利恵ってのが、なんか企んで、AKRに対抗しようとしてるの、だから緊急事態。それで、魔界の犬の体を使って、ここに来たわけ。で、犬の姿じゃ、意思の疎通もムツカシイから、犬の魔力で、人間に化けてるの。でも犬の悲しさ、化けても服までは手が回らない。で、お願いなんだけど」
「あ、服ですか!?」
「ううん。便器の中のモノ流してくれる。ここからじゃ、レバーに手が届かなくって……」
 クララがレバーを押して水を流した。
「でも、裸でいいんですか」
「いいの、またすぐにポチに戻るから。利恵は、ルリ子って子たちの欲望を、純真な向上心と思いこんで、このAKRに対抗してきてるの。下手をすると、このAKRが潰されてしまう。その動きはここのスタッフも掴んでいるわ。この世界ってクサイ臭いで満ちてるから……」
 拓美が、思わず鼻をクンクンさせる。
「ばか、その臭いじゃないわよ!」

 その五分後、マユはポチの姿にもどり、トイレの通気口からダクトに入り、黒羽ディレクターたち幹部のいる部屋を目指した。ここのスタッフたちが、どれだけオモクロの情報を掴み、対策をもっているか知るためである。

 拓美とクララは、衣装部屋に行き、マユがポチから人間の姿に戻ったとき、困らないように服を探しに行った。
「どれも、ステージ衣装だから派手ね……」
 拓美がため息をついた。
「これがいいよ!」
 クララが一着の衣装を取りだした。それはAKRのデビュー曲『最初の制服』に使った衣装で、ほとんど、女子高生の制服と変わりがなかった。
 二人は、それをトイレの通風口下の用具入れの上に目立たぬように置いた。
「でも、クララ」
「なに?」
「マユさん、人間に化けたとき、クララに似てなかった。なんとなくだけど」
「わたしは、なんとなく、あんたに似てるような気がした」

 ポチの悲しさ……人間に化けるときは、見本がいる。つまり、その時見えた人間の姿を真似てしまうのだ。だから、マユの姿をした拓美と大石クララを足して二で割ったような姿になったわけである……。


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真夏ダイアリー・39『ジーナの庭・1』

2019-10-14 06:53:58 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・39 
『ジーナの庭・1』     


 
 
 国務省から戻ると、さすがに真夏も二人の大使も疲れ切っていた。

「三十分もすれば忙しくなる。少し休息をとっておこう。真夏君も部屋で休んでいたまえ」
 野村大使は、おしぼりで顔を拭きながら言った。来栖特任大使は、ネクタイを緩めてソファーに体を預けている。
「では、しばらく失礼します」
 わたしは、大使館の三階にある自分の部屋に向かった。

 ドアを開けると、オソノさんが立っていた……。    「ジーナの庭」の画像検索結果

 
 正確には、わたしが、オソノさんのバーチャルロビーに立っている。
「お勤め、ごくろうさま」
 そう言うと、オソノさんは指を鳴らして違う女の人に変身した。
「あなたは……」
「オソノよ。ちょっとイメチェンしたけど」
 わたしは、スマートな変身ぶりに付いていけなかった。
「あなたの任務はここまで。あとは歴史の力にまかせるしかないわ……少し、お庭でも散歩しない?」
「は、はい」
 庭に出ると、程よい花の香りがした。最初ここに来たときのCGのような無機質さは無くなっていた。
「良い香り……あ、エリカがいる!」
 庭に出てすぐの舗道の突き当たりに、ジャノメエリカがいた。大きさも、花の咲き具合も、お母さんと大洗に旅行に行く前と同じだった。
「あなたの家にあった、ジャノメエリカのDNAで作ったレプリカだけど、気に入ってもらえて嬉しいわ。帰るときに持って帰っていいわよ」
「ありがとう、ジーナさん!」
 言ってから気づいた。わたしってば、ジーナさんと呼んでいる。
 左に折れると、一面のお花畑だった。
 すみれとコスモスが一緒に咲いたりして、季節感はめちゃくちゃだったけど、わたしの好きな花たちばかりで、嬉しくなった。宮崎アニメの『借り暮らしのアリエッティー』の庭のようだった。
「この香りを出すのが大変でね。最初に来てもらったときは、あり合わせのホログラムで間に合わせたけど、今のは、限りなく本物に近くしてあるわ」
「え、これ造花なんですか?」
「ええ、枯れることもなければ成長すりこともない。でも、さっきのエリカは本物よ」

 やがて『紅の豚』のジーナの庭にあったのとそっくりな四阿(あずまや)が見えてきた。

「ステキ、ジーナの四阿だ!」
「あそこで、お話しましょう」
「ちゃんとアドリア海まであるんですね……」
「書き割りみたいなもの……世界も、こんなふうに作れるといいんだけどね」
「……一つ聞いていいですか?」
「なぜ戦争を止めるようにしなかったか……でしょ?」
「はい。わたし、いろんな知識をインストールされて分かったんです。真珠湾攻撃はハル長官に交渉打ち切りの申し入れが遅れて、リメンバーパールハーバーになったんですよね」
「そうよ」
「それを間に合わせるのが、わたしの任務だった」
「そう」
「それだけのことが出来るのなら、戦争を起こさない任務につかせてくれれば……」
「春夏秋冬(ひととせ)さんが言ってなかった? わたしたちが遡れる過去は、あなたの時代が限界だって」
「ええ、省吾だけがリープする力があったけど、省吾も限界だって」
「そう、だから、力のある真夏さん。あなたにかけるしかないの」
「だから、戦争をしない方向で……あの戦争では三百万人以上の日本人が死んだんでしょ」
「今の技術じゃ、あなたを送り出せるのは、1941年の、あの日が限界なの。それに、あの戦争の原因は、日露戦争にまでさかのぼる。例え、あの時代までさかのぼっても夜郎自大になった日本人みんなの心を変えることはできないわ」
「日本を、あの戦争に勝たせるんですか?」
「それは無理、どうやっても国力が違う。勝てないわ」
「じゃあ……」
「真珠湾攻撃を正々堂々の奇襲攻撃にするの。予定通りにね……そうすれば、リメンバーパールハーバーにはならない。ハワイを占領した段階で、アメリカは講和に乗ってくるわ」
「やっぱり日本を勝たせるんですか?」
「いいえ、講和よ。日本もかなりの譲歩を迫られるわ」
「じゃ、軍国主義が続くんですね……」
「講和が成立すれば、そうはならないわ。わたしたちの計算では、そうなの……信じて。あなたは、歴史を望める限り最良の方向に導いたのよ」
「……だといいんですけど」

 その時カーチスそっくりのおじさんが、何かを持ってやってきた。

「いけない人、ここはプライベートな庭よ」
「どうしても、君に伝えたいことがあってね」
 カーチスのそっくりは、USBのようなものを渡して、あっさりと帰っていった。

 ジーナを口説くことも、大統領になることも宣言しないで……。
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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・4『第一章・2』

2019-10-14 06:42:16 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・4   
 
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 

『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・2』

 と、いうわけで、今日はコンクール城中地区予選のリハーサル。

 トラック二台には、貴崎先生と舞台監督の山埼先輩が乗っている。それ以外の部員は、学校で道具を積み込んだ後、副顧問の柚木先生に引率されて地下鉄に乗ってフェリペを目指した。
 フェリペ学院も坂の上にある。
 
 地下鉄の駅を地上に出て左に曲がると「フェリペ坂」。道の両側が切り通しになっていて、その上にワッサカと木々が覆い被さっている。その木々をグリーンのレース飾りのようにして長細い空が見える……。
 ひとひらの雲が、その長細い紺碧の空をのんびり横切っていく。
『坂の上の雲』 
 お父さんが読んでいた小説を思い出した。わたしは読んだことはないけど、タイトルから受けたイメージは、こんなの、ホンワカとした希望の象徴……ホンワカは、この五月に大阪に越していったはるかちゃんのキャッチフレーズ……。
 はるかちゃんは、スイッチを切ったように居なくなってしまった。この夏に一度だけ戻ってきたらしい。それから、はるかちゃんのお父さんが大阪に行って、一ヶ月ほどして戻ってきた……足を怪我したようで、しばらくビッコをひいていた。
「なにがあったの?」
 一度だけお父さんに聞いた。
「よそ様のことに首突っこむんじゃねえ」
 お父さんは、ボソリと、でもキッパリとそう言った。

 はるかちゃん……思わずポツリとつぶやいたっけ。

「あ」

 わたしは踏鞴(たたら)を踏んだ。ホンワカと雲を見ていて、縁石に足を取られたんだ。
「気をつけろよ、まどか。本番近いんだからな」
 峰岸部長の声が飛んできた。
「そうよ、怪我はわたし一人でたくさん」
 潤香先輩が合いの手を入れてくる。みんなが笑った。まだリハーサルだというのに連勝の乃木坂学院高校演劇部は余裕たっぷり。
――あ、コスモス。
 わたしは踏鞴を踏んだ拍子に切り通しの石垣に手をついて、石垣の隙間から顔を出していた遅咲きのコスモスを摘んでしまった。
――ごめんね、せっかく咲いていたのに。
 わたしは遅咲きのコスモスをいたわって、袋とじになっている台本の一ページ目の間に挟んだ。コスモスには思い出が……それは、またあとで。フェリペの正門が見えてきちゃった。


 リハといってもゲネプロ(本番通りの舞台稽古)ができるわけじゃない。あてがわれた時間は六十分。照明の仕込みの打ち合わせをアラアラにやったあと、道具の仕込みのリハをやる。
 本番では立て込みバラシ共々二十分しかない。四トントラック二台分の道具を、その時間内でやっつけなければならないのだ。潤香先輩が階段から落っこちたのも、ばらしを十八分でやったあと、フェリペの搬出口を想定した講堂の階段を降ろしている時に起きた事故なんだ。
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宇宙戦艦三笠・30[グリンヘルドの遭難船・3]

2019-10-14 06:33:56 | 小説6
宇宙戦艦三笠・30
[グリンヘルドの遭難船・3] 



 
 
「グリンヘルドの人口は200億を超えているんです」

 エルマの一言は衝撃的だった。グリンヘルドもシュトルハーヘンも地球型の惑星で、大きさも大陸の面積も地球とほぼ変わらないことが分かっている。
 ……とすれば、惑星としてのキャパは60億ほどが限界で、惑星全体として手を打たなければならないのは容易に想像がつく。
「そこまで文明が発達しているのに、どうして人口の抑制を考えなかったんだ」
 修一は、高校生としても常識的な質問をした。地球は70億を目前に、人口の抑制を考え始めている。

「増えた人口は他の惑星に移住させればいい。古くから、そう考えられてきました」

「それで、地球に目を付けたんですか」
 樟葉が冷静に聞いた。
「ええ、皮肉ですが、地球の『宇宙戦艦ヤマト』がヒントになってしまいました」
「ヤマトが?」
「あれを受信して、地球の存在を知ると同時に、グリンヘルドとシュトルハーヘンの連合軍なら、デスラーのようなミスはしないと確信しました。上手い具合に地球人はエコ利権から、地球温暖化を信じ、数十年後にせまった寒冷化に目が向いていません。放っておいても地球の人類は100年ももちません。ところが、わがグリンヘルドもシュトルハーヘンも、もはや人口爆発に耐えられないところまできてしまいました。だから前倒しで地球人類の滅亡に乗り出したんです。もう地球には数千人の工作員を送っています。地球温暖化の防止を続けさせるために」
「あの……エルマさんは、なんで、そんな機密事項を、あたしたちに教えてくれるんですか」
 樟葉は冷静だ、エルマの話の核心をついてきた。
「わたしたちの考え方は間違っていると思うようになってきたんです。他の惑星の人類を滅ぼして移住するのは間違っています。わたしたちは、科学的に思考を共有できるところまで文明が発達しています。でも、その思考共有は惑星間戦争の戦闘時の軍人にしか許されません。そして、知ったんです。テキサスとの戦闘で……」

 エルマの目が深い悲しみ色に変わった。

「いったい何を?」
「弟は、工作員として地球に送り込まれていました。温暖化のことだけに関わっていればいいはずなのに、あの子は関係のないPKOに参加して命を落としました。その情報が戦闘中の思考共有で伝わってきたのです。それまで、軍は弟の名でメールを送ってきていました。わたしが怪しまないために。その後暗黒星雲の監視に回され、生命維持装置がもたなくなり、救難信号を発し続けましたが、グリンヘルドは無視しました」
「そこまで、グリンヘルドは無慈悲なのか……」
「ちょっと、信じられないくらいね」
「すぐに、信じられるわ……」
「艦長、解析不能の……」

 トシが、言葉の最後を言う前に、それはやってきた。

 エルマの体が一瞬輝いたかと思うと、エルマは体をのけぞらして息絶えてしまった。
「エルマ!」
「解析不能のエネルギー波は……エルマを殺すためだったんだ」
 トシが悔しそうに、拳を握りしめた。

「監視船への照準完了」
「出力は50で」
「あんな船一隻なら10で十分よ」
 砲術長の美奈穂が言う。
「跡形も残したくないんだ」
「分かった、出力50……設定完了」
「テーッ!」

 三笠の光子砲は、エルマの船を完全に消滅させた……。
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音に聞く高師浜のあだ波は・23『晩御飯はかす汁』

2019-10-14 06:21:51 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・23
『晩御飯はかす汁』
         高師浜駅


 きょうは一月十七日なんや。

 半分目覚めた頭で、そう思た。時計は見んでも分かってる、早朝の四時半や。

 以前は気になって問いただしたこともあった「なんで、毎年出かけんのん?」とか「あたしも行ったらあかんのん?」とか。
 そのつどお祖母ちゃんは「お祖母ちゃんの年中行事やからなあ」としか言わへん。
 静かな言い方やけど――これについては言われへん――そんなオーラがあって、いつの間にか聞かへんようになってしもた。

 せやけど納得してるわけやない。

 お祖母ちゃんは、小学一年のあたしを引き取って育ててくれた。お母さんのお母さんやから。
「聞きたいこといっぱいあるやろけど、大きなるまで待ちなさいね」
 最初に乗せられた車の中で、お祖母ちゃんは言うた。
「大きなるまでて、何歳まで?」
「うーーーん、美保がお嫁に行くときに教えたる」
 これは教える気ないなあと思た。そやかて、あたしは器量が悪い。小一のあたしは一生独身やと思てたから。

 六年生までは、お祖母ちゃんが一月十七日の早朝に出かけてるのん知らんかった。
 あたしが起きる時間までには帰ってたから。

 六年生の時に阪神淡路大震災のことを習った。

「あの震災がなかったら、ぼくは学校の先生にはなってなかったやろなあ」
 担任の黒田先生が、そう言うた。
 黒田先生は、六年生の時に震災に遭うた。当時神戸に住んではったんや。
 あの震災で、黒田先生の担任の先生が亡くならはった。それで黒田少年は先生になる決心をしたんや。
 震災のことは、毎年朝礼やら集会で校長先生なんかが訓示みたいに話しするんで知識としては知ってた。
 せやけど心の痛みとして教えてくれたのは黒田先生だけやった。
「その先生は、どんな先生やったんですか?」
 掃除当番の時に聞いてみた。
「掃除終わったら職員室おいで」
 先生は卒業アルバムを見せてくれはった。
 集合写真と班別の写真に、その先生は写ってた。

 妻夫木 綾

 めっちゃ若うて可愛い先生やった。
 あたしは思た……黒田先生は妻夫木綾先生を好きやったんや。
 たぶんクラスの男の子のほとんどが好きやったんとちゃうやろか。

 美人薄命……あたしは多分長生きやろなあ。

 アルバム見せただけで、先生はなんにも言わへんかった。
 ちょっと熱がこもって、ちょっと恥ずかしそう。
「ありがとうございました」
 そう言うてアルバムを返した時、先生は小さく頷いた。
 あたしは大きく頷いた。先生は可愛く狼狽えてた。
 その後先生は結婚して女の子が生まれた。
 年賀状に書かれてた赤ちゃんの名前は『綾子』やった。
 あたしは年賀状持ったまま二回前転のでんぐり返しをやった。
「ハハ、なんや林芙美子みたいやなあ」
 自分こそ林芙美子みたいに座卓で原稿書きながら、お祖母ちゃんが言うた。

 このクソ寒いのに、全校集会。

 校長先生が長々と震災の話をする。
 命の大切さと、国家的危機における日本人の秩序正しさとかの内容を気持ちよさそうに話す。
 途中気分の悪なった女子が保健室に連れられて行った。校長先生は、かすかに嫌な顔をした。

 家に帰ると、晩御飯はかす汁。

 かす汁は、あたしも好物で、お祖母ちゃんの冬のメニューの定番。
「お祖母ちゃん、一月十七日は、いっつもかす汁やなあ」
「え、そうか?」
「うん」
「せやかて、美保、好きやろ?」
「うん、大好物」
「そら良かった」
「ひょっとして、震災の日ぃもかす汁やったん?」

 お祖母ちゃん、眼鏡を外してセーターの袖口でこすった。
「湯気で眼鏡が曇ってしもた、目ェにも入ってしもた」

 うそ、眼鏡は曇ってなんかなかったよ、お祖母ちゃん……。
 
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小悪魔マユの魔法日記・63『AKR47・7』

2019-10-14 06:07:37 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・63
『AKR47・7』    


 
 不敵で無責任な高笑いを残して、デーモン先生は消えてしまった。

 足もとではポチが嬉しそうにお座りしている……あ、あれ?

 気がつくと目線が低くなっていた。目の前にあるのがAKR47のスタジオやら、事務所が入っているビルだということが分かったが、いやにデカイ。スタスタとビルの玄関に行って、ガラスに姿を映してみた。
「え……うそ!?」
「かわいい~!!」
 二番目の声とともに、マユは抱き上げられた。
「この子、豆柴だよね?」
 AKR最年長の服部八重の声だった。
「飼い犬でしょうね、どこから来たのかしら?」
 この声は、最年少の矢頭エモである。
――顔近づけんなよ、こら、スリスリなんかすんな!
 そう言っても犬語なので、二人には分からない。
「あ、首輪の下に、名札……ポチっていうんだ」
「でも、この子、女の子みたいですよ……」
――こらあ、どこ見てんだ!

 というわけで、豆柴のポチとして人間界にもどされたマユは、迷子犬として、事務所の受付に預けられた。
 段ボールの箱に入れられ、子犬用のドッグフードと、水が与えられた。
 こんなもの……と、思ったけれど、豆柴の子犬はすぐにお腹が空く。ドッグフードがご馳走に見えてきた……と、思ったら、シッポを振りながらがっついていた。その姿がかわいいのだろう、受付前にきた人たち、休日なので、ほとんどAKRが所属するHIKARIプロの人間、それも早朝からレッスンのあるAKRのメンバーが多かった。

「こいつ、ウンコしたがってるよ」
 出勤してきた黒羽ディレクターが言った。
「やだ、ウンチですか!?」
 受付の女の子が、もろイヤな顔をした。
「仕付けられてるようだから、ここじゃやらないよ。でも、このソワソワ感、早くさせてやんないともらしちゃうよ……」

 豆柴のあわれさ、食べたらすぐに胃腸が動き出し、もよおしてしまう。黒羽ディレクターは、管理人室から古新聞とレジ袋をもらってきて、ポチになったマユを、ビルの前の歩道に連れて行った。
 街路樹の植え込みに下ろされた。
「さあ、ここなら落ち着いて用が足せるだろう。オレあんまり時間無いから、早くすませろよな」
 と、言われても犬になって三十分あまり、意識がついてこない。出るものが出てこない……。
 
 そこに、早朝練習にジョギングをやっていたリーダーの大石クララと、マユの姿をした拓美がやってきた。
――ちょっと、拓美!
「え……!」
 拓美が声を出して驚いた。無理もない、魔界で補講を受けていると思っていたマユが豆柴のポチになって、植え込みでしゃがんでいるのだ。
「お早うございます」
 クララといっしょに、黒羽に挨拶しながら拓美は考えた。
「この子、わたしが飼っているポチなんです。いつも決まったところでないとおトイレできない子だから、わたし、やります」
「頼むよ、でも、犬連れて来ちゃいけないなあ」
「すみません。わたしも気がつかなかったんですけど、ついてきちゃったんですね。気をつけます」
 黒羽は、一言ありげだったけど忙しいのだろう、古新聞とレジ袋を渡すと、ビルの中に消えた。
「この子、女子トイレに連れていってあげたほうがいいんじゃない?」

 クララは、分かっているようだった……。


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せやさかい・078『お目当ては……』

2019-10-13 14:22:35 | ノベル
せやさかい・078
『お目当ては……』 

 

 

 ダミアはメイクーンの血が濃く入った雑種。

 メイクーンは成長すると体重は10キロは超えるらしい。しかし、まだ子ネコだからなのか、体格的な遺伝が弱いのか、普通に子ネコ。

 お祖父ちゃんに付けてもろた鈴が、五百円玉ほどの大きさで、それをチリンチリンと鳴らして歩くのがめっちゃ可愛い。

 自分の首よりも一回り小さいだけの鈴は、ちょっと虐待めいた感じがせんでもないんやけど、ダミア自身も気に入ってるようなんで放っておく。いずれ10キロを超えたら、ちょうどええバランスになるやろ。

 

 チリンチリン……ガシャガシャ……。

 

 ガシャガシャいうのは、誰かがダミアを抱っこした証拠の音。

 鈴は、人の肌に触れてしまうと響かんようになってしもて、ガシャガシャとしか音がせえへん。

「ダミア……」

 とたんに頼子さんが中腰になる。

 ダミアを拾てから、文芸部の部活は本堂裏の和室でやってる。むろん、本堂と言うのはうちの家。

 授業が終わったら、文芸部の三人揃って、うちの家へ。玄関までお迎えに来てくれてるダミアを頼子さんが抱っこして、本堂の裏の部室へ向かう。

 お茶を淹れながらニ十分ほどはダミアをモフモフして遊ぶ。

 時間になると、伯母さんが「ダミア、時間ですよ~」と声をかける。ダミアはようできた子で「ミャー」と返事すると出入りの為に開けてある襖の隙間から出ていく。伯母さんは、ダミアが部活の邪魔になれへんように気を利かせてくれてるんやし、ダミアも心得てるようで、首の鈴を鳴らしながらお暇する。あたしも留美ちゃんも割り切ってるねんけど、頼子さんはソワソワしはじめて、ちょっと、心ここに在らずという感じになる。

 ダミアは、どうやら、そういう頼子さんの気持ちを察してか、伯母さんに呼ばれても、部屋をちょっと出たとこでお座りしてる。子ネコの事なんで、じっとしてへんからチリンチリンと風鈴みたいに音をさせてしまう。

 頼子さんも、襖を隔ててダミアのチリンチリンが聞こえることで我慢してた。なんといっても三年生で部長、大人たちは知らんけどヤマセンブルグの王女様でもあったりする。ON・OFFのけじめはつけてる。

 しかし、伯母さんにしてみたら、ダミアが邪魔してるみたいに感じられて、気を利かしてダミアを連れて行ったという次第。

 

 気もそぞろな頼子さんを見てると、可笑しいやら可哀そうやらで、つい笑いそうになる。

 

「ちょっと待っててくださいね」

 あたしは、廊下を二回曲がって階段を下りてリビングへ。

 伯母さんに話しを付けてダミアを連れ戻す。

「いやあ、ごめんね。ダミアがじゃましたらあかんと思て……」

 連れ戻したダミアは、頼子さんの膝の上で大人しく座ってるようになった。

 まあ、以前の部活に比べて集中力は半分いうとこやけど、もともと、お茶を飲んだりお喋りしたりが主体の部活やから、三人とも不足はないのです。

 

 しかし、こんどはテイ兄ちゃんが顔を出すようになった。

 

「ダミアがじゃましてへんかなあ?」

 しらこいことを言いながら、檀家周りでもろてきたお饅頭とかを持ってくる。

 テイ兄ちゃんは、ダミアを気にしてるわけでも、文芸部の活動に興味があるわけでもない。

 お目当ては頼子さん。

 ちょっと、意見せんとあかんなあ。

 

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真夏ダイアリー・38『アメリカ国務省前のドラマ』

2019-10-13 07:05:20 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・38
 『アメリカ国務省前のドラマ』
    



「いやあ、真夏君のお陰で、時間通りに渡すことができたよ」
 野村大使は、国務省玄関の階段を降りながら、横顔のまま言った。
「いやあ、ハル長官の慌てた顔ったら、なかったね」
 来栖特別大使も後ろ手を組ながら、愉快そうに応じた。

「前を向いたまま聞いて下さい」

「……?」
 怪訝な顔をしていたが、二人の大使は、話を聞く体勢になってくれた。
「あと、三十分で真珠湾への攻撃が始まります」
「そんなに際どいタイムテーブルだったのかね!?」
「足を止めないでください、来栖大使」
「真夏君は知っていたんだね」
「はい、訓電をアメリカに渡すまでは話せませんでした。アメリカは事前に知っていましたから、真珠湾への攻撃を、どうしても、日本のスネークアタック(だまし討ち)にしたかったんです」
 
 三人は、国務省の前で大使館の公用車が来るのを待った。

「それで、あの記念写真を撮ったんだね」
 野村大使が、含み笑いをしながら言った。
「野村さん、周りにご注意を……」
 来栖大使が、笑顔のまま注意した。わたしたちの周囲は、不自然に立ち止まったままの男たちが、三十メートルほどの距離を置いて立っていた。
 
 やがて公用車がやってきた。

「すみません、運転代わってもらえません。あなたには、わたしたちが乗ってきた車を運転していただきたいの」
「君……なんのために?」
「お国のために」
 わたしは、なかば引きずり出すようにして、運転手を降ろして交代した。
「大使、衝撃に備えてください」
 そう言うと、わたしはアクセルを一杯に踏み込み、少しハンドルを右に切った。
「真夏君、なにを……!?」

 ドン!

 次の瞬間、公用車は歩道の消火栓にぶつかり、壊れた消火栓から派手に水が吹き上がった。

 プシューーーーーーーーー!

「大丈夫ですか?」
「ああ、しかし、なぜ、こんな事を……」
 予想通り、交差点の角にいたお巡りさんがとんできた。

「なんだ、君か?」

 そのお巡りさんが、シュワちゃん似のジョージ・ルインスキであったのは想定外だった。ジョージのことは、このダイアリーの№35に書いてあるわ。
 
「ごめんなさい、ジョージ。こんなことで、あなたと再会するなんて」
「外交官特権があるから、強制はできないけど、署まで来てもらえるかな?」
「ああ、かまわんよ。過失とは言え、アメリカの公共物を壊したんだ、大使として責任はとらせてもらうよ」
 野村大使が困ったような、それでいて目は笑いながら言った。
「あ、大使閣下ですか。本官の立場をご理解いただき恐縮です。まず、事故状況の書類を簡単に書きますので、サインを……」
 そのとき、不自然に立ち止まっていた男の一人がやってきた。

「大使は、重要なお仕事で来られたんだ。お引き留めしてはいけない」
「いや、しかし……」
「さ、早くお行きになってください」
「でも……」
「これは、国務省の要請です。あと三十分もすれば、大使館も賑やかになる。そうじゃありませんか?」
 その男は、にこやかに、しかし断固とした意思で言った。
「じゃあ、ジョ-ジ・ルインスキ巡査。またいずれ」
「ああ、マナツ。言っとくけど、オレは巡査じゃなくて二等巡査部長だ。覚えとけ」
「ジョージも、この事件覚えといてね。1941年12月7日午後1時12分!」
「ああ、いずれ消火栓の修理代もらいにいくからな!」
「オーケー!」
「早く行け!」
 国務省のオッサンの一言で、わたしは車を出した。

「これだけ、印象づけておけば、問題ないでしょう」
「あれが、言ってたお巡りさんかい?」
「ええ、素敵なポリスマンでしょう」
「なかなかの、国際親善だったね」
「いいえ、来栖大使には負けます。奥さんアメリカ人なんですものね」
「いいや、アメリカ系日本人だよ」
「真夏君は、一人娘だね」
「はい」
「どうだね、ああいうのを婿にして、アメリカ系日本人を増やすというのは?」

 真夏は、あてつけに、車を急加速させた……背景にはワシントンの冴え渡った蒼空が広がっていた。
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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・3『第一章・1』

2019-10-13 06:49:00 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・3   

 
『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』姉妹版


 この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。


『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・1』

 紺碧の空の下、乃木坂を二台の四トントラックがゆるゆると下っていく。

「絶品の秋晴れ。今年も優勝まちがいなし……」
 貴崎マリ先生は花嫁道具を運んでいる花嫁の母のように、助手席でつぶやいた。
「先生とこは、今年で五年連続でしたよね?」
 馴染みの運ちゃんが合わせるようにつぶやいた。
「全勝優勝よ」
 ダッシュボードに片足をのっけたところは、アニメに出てくる空賊の女親分である。
「そりゃ、すげー!」
 運ちゃんは口笛をならして、貴崎先生お気に入りのポップスのボリュ-ムを上げた。
「でも、六年前コケませんでした?」
「ん……!?」
 先生の眉間にシワが寄る。
「いや、オレの思い違いかも……」
「あれは、わたしが乃木坂に来る前。前任の山阪先生の最後。さすがの山阪先生も疲れが出たんでしょうね。わたしが来てからは全勝優勝」
「先生は、たしか乃木坂の卒業生なんすよね?」
「そうよ。山阪先生の許で『静かな演劇』ミッチリやらされたわよ。あのころはあれで良かったと思ってたけど、やっぱ演劇って字の中にもあるけど劇的でビビットなもんじゃなきゃね……」
 それから運ちゃんは、目的地のフェリペ学院に着くまでマリ先生の演説を聴くはめになってしまった。運ちゃんは、マリ先生の片足で隠れたダッシュボードの缶コーヒーを飲むこともできなかった……。


 フェリペ学院は、わが乃木坂学院高校よりも歴史の古いミッションスクール。

 創立は百ウン十年前だそうであるが、そこは伝統私学。第二次ベビーブームのころから、少子化を見込んで大改革。中高一貫教育、国際科や情報科を新設。さらに目玉学科として演劇科を前世紀末に、某私学演劇科の先生を引き抜き、ミュージカルコースの卒業生の中には、有名ミュージカル劇団に入って活躍する人や、朝の連ドラのレギュラーをとっている人もいる。
 当然設備も充実していて、大、中、小、と三つも劇場を持っている。私たち城中地区の予選は、この中ホールを使わせてもらっている。 キャパは四百ほどだけど、舞台が広い!
 間口は七間(十二・六メートル)で、並の高校の講堂並だけど、ヨーロッパの劇場のようにプロセニアムアーチ(舞台の額縁)の高さが間口ほどもあり、袖と奥行きも同じだけある。中ホリ(ホリゾント幕。スクリーンの大きいやつ。これが奥と、真ん中に二つもある!)を降ろして、後ろ半分は道具置き場にしてます。

 なんせ、わが乃木坂学院高校は道具が大きい。

 四トントラック二台分もある。先代の山阪先生のころから使い回しの大道具が、そこらへんの劇団顔負けってくらいあって、入部した日に見せられたのが、その倉庫。平台やら箱馬(床やら、土手を作るときに使います)壁のパネルに、各種ドアのユニット。奥にいくと、妖怪ヌリカベの団体さんがいた!
「わー……!」
 と、その迫力にタマゲタ!
 このヌリカベの団体さんは、舞台全体を客席の方に向かって傾斜させるために使う床ってか、舞台そのものをプレハブのパーツのようにしたもの。これを使うと、舞台全体に遠近感が出る。専門用語では「八百屋飾り」というらしい。その迫力は、とにかく「わー……!」であります。わたしたちは、それを「ヌリカベ何号」というふうに呼んでます。

 マリ先生は、こう言う。
「フェリペが、舞台全部使わせてくれたら、こんなもの使わなくってすむのに!」
 今回は「ヌリカベ九号」まで持っていく。それだけで四トン一台はいっぱい。
 他の学校は、こう言う。
「乃木坂がこんなの持ってこなきゃ、舞台全部使えんのに!」
 どっちが正しいのか、そのときは分からなかった。
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宇宙戦艦三笠・29[グリンヘルドの遭難船・2]

2019-10-13 06:48:24 | 小説6
宇宙戦艦三笠・29
[グリンヘルドの遭難船・2] 



 

 遭難船の女性クルーは、衰弱死寸前だった。

 と言って、見たは健康な女性が、ちょっと一眠りしているだけのようで、とてもそうは見えない。
――残った生命エネルギーを、外形の維持にだけ使っていたようです――
 スキャンした彼女のデータを送るとクレアから解析結果がトシといっしょに返ってきた。
「なんで、トシが来るんだよ?」
「クレアさんの意見なんです。三笠から携帯エネルギーコアを持ってきました。これを、この船の生命維持装置に取り付けて、この女の人を助けたらってことで。オレ、一応三笠のメカニックだから」
「でも、グリンヘルドの船の中なんて、初めてよ。トシにできるの?」
「フィフスの力で……うん、なんとかなりそうです」

 トシは目をつぶって、調査船のメインCPとコンタクトをとり、船体の構造をサーチした。

「トシ、ツールも何にも無しで、CPとコンタクトできたのかよ!?」
 修一も樟葉も驚いた。
「ナンノ・ヨーダの訓練はダテじゃないみたいですよ。それぞれが持っていた能力を何十倍にもインフレーションにしてくれたみたいです。とりあえず作業に入ります」
 トシは、自分のバイクを修理するように、手馴れた様子でエネルギーコアを船の生命維持装置に取り付け、グリンヘルド人に適合するように、変換した。

 やがて、ただ一人の女性クルーは昼寝から目覚めたように、ノビ一つして覚醒した。
「トシ、お前の腕は大したもんだな」
「それもそうだけど、この人のリジェネ能力がすごいんだよ」
「……どうも三笠のみなさん。助けていただいてありがとうございました。わたし、グリンヘルド調査船隊の司令のエルマ少佐です。もっとも、この船隊の人間は、あたし一人ですけど。あとの二隻はロボット船。あの二隻が救難信号を……あの二隻は、もう回復しないところまで、エネルギーを使い果たしたようです」
「ボクが直しましょうか?」
「もう無理です。アナライズしてもらえば分かりますけど、あの二隻は、もうガランドーです。すべての装置と機能をエネルギーに変換して、わたしの船を助けてくれたようです」
「グリンヘルドは救援にこなかったの?」
「わたしは、数億個の細胞の一つみたいなもんだから、救難する労力を惜しんだみたい……」
「つまり、切り捨てられた?」
「全体の機能維持のためにはね……それが、グリンヘルド。さっそくだけど、お伝えしたいことがあります」
「もう少し、休んでからでも」
 トシがパラメーターを指さしながら言った。
「見かけほど、わたしの機能は万全じゃない。いつ停止してもおかしくない。地球人の感覚で言えば、わたしは120歳くらいの生命力しかありません。時間を無駄にしたくないのです」
 三笠の三人はエルマの意志を尊重した。

「地球の人類は、あと百年ほどしか持ちません。地球の寒冷化は進んでいるのに、温暖化への対策しかしていません」
「ああ、温暖化は今や世界のエコ利権になっているからね」
「だから、あたしたちが、ピレウスに寒冷化防止装置を取りにいくところ」
「グリンヘルドもシュトルハーヘンも、寒冷化して人類の力が衰えて、抵抗力が無くなったあと、植民地にするつもりなんです」
「だいたい、そんなところだろうと、オレたちも思っている」
「グリンヘルドの実態を、三笠のみなさんに知っていただきたいのです」
 そう言うと、エルマの姿が、バグったように、若い姿と老婆の姿にカットバックした。
「すみません、エネルギーコアを、もう少し充填していただけないかしら。わたしの命は間もなく切れます。今の姿のまま逝きたいんです」
「なんなら、三笠の動力から直接エネルギーが充填できるようにしようか?」
「エルマさんの体は、もうそんな大量のエネルギーを受け付けられないところまで来てるよ」
「トシさんの言う通りです。あと少しお話しが出来ればいいんです」
「それなら、三笠のCPに情報を送ってもらった方が。少しでもエルマさんが助かる努力がしたい!」
 樟葉らしい、前向きな意見だ。
「情報は、ただの記号です。直に話すこと……人間の言葉で伝えることが重要なんです……」
「トシ、急いで携帯エネルギーコアを!」

「大丈夫、あたしが持ってきました」

 クレアが、携帯エネルギーコアを持って、調査船のブリッジに現れた。
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音に聞く高師浜のあだ波は・22『視聴覚教室の余熱が冷めるまで』

2019-10-13 06:37:27 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・22
『視聴覚教室の余熱が冷めるまで』
         高師浜駅



 アホって言っちゃダメだよ!

 姫乃がホットカフェオレのパックを三つ持って真剣な顔で割って入ってきた。

「え、あ、えと……そんな深い意味は無いから~」
 すみれがユル~ク返す、放課後の視聴覚教室。
 当番の掃除は終わったんだけど、六時間目の暖房の余熱が残っている視聴覚教室から出るのが惜しくて、一番後ろの席でダベッてるんです。
 なんで一番後ろの席かと言うと、視聴覚教室は階段状になっているので、暖められた空気は最上段の後ろの席にわだかまっている。
 別に、その理屈を考えた上とはちゃうねんけど、ま、猫が自然に部屋の一番温いところで寝そべるのと同じ感覚。そういや、すみれはスレンダーな体つきで目が大きくて、なんや猫のイメージ。あたしは、どっちか言うと、ややタレ目のタヌキ顔やねんけど、だらしなくクターとしたとこは我ながら猫じみてる。

 あ、そーそー、なんであたしがアホと言われたか。

 そもそもは「きょうはメッチャ寒いねぇーー!」という話から。

 そもそも視聴覚教室に居続けしてるのは、他の教室も廊下もクソ寒いから。で、温かいもん飲みたいね~ということになって、三人でジャンケン。で、姫乃が三本勝負の果てに食堂の自販機までホットカフェオレを買いに行くことになった。
 で、姫乃が買い出しに行っている間に「大晦日でも、こんなに寒むなかったな~」という話になり、それから紅白歌合戦の話題になった。
「オオトリのスマップはメッチャ感激やったねーーー!!」と、あたしが言うと。
「え、紅白にスマップは出てへんよ」と、すみれが変なことを言う。
「なに言うてんのよ、NHK始まって以来のサプライズでNHKホールは興奮の渦やったやんか!」
「しっかりしいや、それ、どこのNHKやのん?」
「日本のNHK!」
「スマップは解散してからは、メンバー揃て露出することはあれへんねんで」
「せやさかいにサプライズやったんやんか!」
「紅白の時間帯、スマップは高級焼き肉店でメンバーだけでお別れ会やってたはずやで」
「せやかて、お祖母ちゃんも感激して二十歳は若返ったよ!」
「も、て、ホッチも若返ったんかいな」
「ハイな! 若返って剥きたてのゆで卵みたいやったわさ!」
「あんたがニ十歳若返ったら消滅してしまうでしょーが!」
「あ、いや、それは言葉の勢いで、ほんまにスマップの『世界に一つだけの花』は感激やってんさかい!」
「ちょ、ホッチ、あんたほんまにアホとちゃう!?」
「ア、アホとはなんやのん、アホとは!」
「せやかて、アホとしか言いようがない!」

 で、ここで姫乃が帰って来たというわけです。

「アホというのは、東京弁ではバカのことやし」
 と、回りまわって説明すると。
「なんだ、バカなんだ」と、なんでか納得しよる。
「ちょ、トドメのバカで納得せんとってくれる」
 大阪の人間に「バカ」は侮辱の言葉や。
「そういう意味じゃなくって」
 で、それから十分ほどかけて関東と関西における「バカ」と「アホ」との温度差を理解したのだった。

「だけど、紅白にスマップが出てたというのはありえないわよ」

 姫乃が異議を唱えて、あたしの分はいっぺんに悪くなった。
「ほんならネットで検索して確かめよう!」
 ということで、三人スマホで検索してみた。

 ほんまにビックリした。スマップは紅白には出てへんのです!

 ハックション!

 もうちょっと調べて論議しよと思たら、三人仲良くクシャミになりました。
 気が付くと、さすがの視聴覚教室の余熱もすっかり冷えてしもてました。

 しかし、なんで、うちとこのテレビだけ紅白にスマップが出てたんやろ……。

 
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