大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:024『ジャノメエリカ』

2020-03-28 13:15:36 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:024

『ジャノメエリカ』  

 

 

 

 目が覚めてベッドの脇に目をやると、座卓の上に一瞬だけおづねが見える。

 

 名刺大の座卓の前に座り、じっとわたしのことを見ている。『やっと起きたか』という顔をして直ぐに消える。座卓の上に広げたいろいろな所帯道具ごと居なくなる。

 それが四日続いた。

 四日とも、朝の一瞬だけで、絡んでくることもなく、次の朝の起き抜けまで見かけることは無い。

 ま、これなら気にすることもないか。

 

 この四日、例のウィルスが、ジワジワと猛威を振るい、東京では都知事のオバサンが不要不急の外出は控えるようにって怖い顔で言った。

 怖いと言うのは、別に目を三角にしたり牙をむいたりするわけじゃない。

 あの人特有の無表情。

 どんな表情をしても目が笑わない。あれが怖い。

 

 ネットで東京のあちこちを見てみる。

 

 上野公園は閑散としてる。桜通りも夕方には通行禁止なんだそうだ……原宿……え? 人が歩いてる、けっこうな人数。あ、平日はこんなもんじゃないんだ。歩きながらクレープ食べたら迷惑になるらしい……渋谷……あ……少ない感じはするけど、人は歩いてるかな……信号が青になる……渡り切ると、やっぱ少ない。ニューヨークとかほどじゃないけどね……浅草……わ、少な! 仲見世とかも閉まってるんだろうなあ……新宿、あんまり言ったことないけど、少ないように思う……秋葉原、ああ……プレステ3でアキバを舞台にしたゲームをやったけど、あんな感じ。PCの能力で、画面に出せる人間は二十人までって、そんな感じ。

 

 おい、ジジ。

 

 声の方を振り向くと、座卓の上におづね。

「あ、四日ぶり」

『毎朝見てるだろ』

「喋った!」

『無駄口はたたかんのだ。こちらへおいで……』

 なんか、後ろの方に手招き……ボヤっと人影が現れたかと思うと、おづねの後ろの方で立ち止まって、姿が見えた。

 おづねと同じくらいの女の子。オレンジと赤の中間くらいの暖色のワンピースの下に緑色のスパッツ。

「えと……彼女?」

『たわけたことを、おまえが世話してたジャノメエリカだ』

「え、あ、ああ……」

『窓辺のジャノメエリカです。シーズンが終わったのでご挨拶にあがりました』

 チラリと窓辺に目をやると、ジャノメエリカの花は全部散って、残った葉っぱも元気がない。

「ごめんなさい、わたしの手入れが悪かったのよね!」

『いいえ、シーズンが終わっただけですから、気にしないでください』

「そ、そう……でも、ごめんなさい、ここのところ忘れ……」

 続けようとしたらおづねが止める。

『口にすれば言霊が災いする。ここは、ジャノメエリカの言葉を受けるだけでいい』

『ありがとう』

 おづねに頭を下げてえりかは続けた。

『球根は生きていますので、鉢はそのままにしてください。また来年お目にかかります』

「そうなんだ、ほんとにごめんね」

『では、失礼いたします』

 ペコリと頭を下げて、おづねといっしょに消えてしまった。

 

 久々に庭に出て、植物たちの世話をする。

 ジャノメエリカを真っ先にしたのは言うまでもない。

 

 

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戯曲:シャボン玉創立記念日・1

2020-03-28 06:18:48 | 戯曲
シャボン玉創立記念日・1     
                   大橋むつお
 
 
 
 
 
時 ・ 現代ある年の秋
所 ・ 町野中学校
 
人物・
 
岸本夏子   中三
水本あき   中三
池島令    町野中の卒業生歌手
池島泉    令の娘、十七、八歳
 
 
 満場の拍手の中、下手司会者席の夏子にライトがあたる。今、挨拶が終わって退場しつつある(という設定)校長を、客席の人々といっしょに拍手で送り返している。町野中学校創立五十周年記念式典のクライマックスが迫っている。
 
 
 
夏子: 校長先生の、おまとめのお言葉でした。ありがとうございました林信彦校長先生。それではみなさん、お待たせいたしました、式典のおひらき、フィナーレを飾っていただくため、スペシャルゲストをお招きいたしております。本校をン十年前に御卒業になり、現在、テレビ、ラジオ、そしてライブでご活躍中の、我町野中学の大先輩、シンガーソングライターの池島令さんにご登場願います。
 
 校長の時以上の拍手で、中央又は上手から令があらわれる、式典らしく、長目のロングドレス。
 
令: みなさん、今日は、池島令です。知らない人も多いかも(拍手)ありがとう、普段大人相手の歌ばかり歌ってるから、どうかなと思ったんですけど、知ってくれていてありがとう……あたし、本名は池島令子っていいます。子があるかないかだけなんだけど、歌手デビューする時に、「もう子供じゃないんだ!」そんな思いで「子」の字をとりました……それと「令」という呼ばれ方には中学時代の思い出が……今日は式典なんでこんな似あわないドレス着てるけど普段はパンツルック。中学生の時も、学校以外でスカートなんて穿いたことなかったの。悪いことばっかしてて……たとえばこの講堂の上、あがれるんだよ、そこでタバコ吸ったり、下級生いじめてる男子にケリ入れて、いきおいあまって玄関の大きなガラス割ったり、そんなあたしを、先生方も友だちも令子とは呼んでくれない「コラ、令!」「しばき倒すぞ令!」……「令子」って呼んでもらったのは卒業証書をもらう時だけ……そんなあたし、池島令がみなさんに送る歌、さぞや、ジャズやソウルとかレゲーとか、知ってる?ドガチャカにぎやかなやつ……違うんだぞー。実は、池島令にまだ「子」がついていたころ一番好きだった歌……笑っちゃやだよ。アハハハ……って自分で笑ってどーすんのっつうの、ね。その大好きな歌唄わせてもらいます。野口雨情作詞、中山晋平作曲「シャボン玉」……
 
 
 令、「シャボン玉」を、叙情的に、しかし明るく歌いきる。技術的には、CDの歌にあわせた口パクか、音楽の先生とか、コーラス部あたりの上手な人の声をとって口パク。自分で歌っても良いが、ここ、相当上手にやらないと、芝居をこわしてしまうので注意。
 
 
令: どうだった? 意外に素直、でしょ。知ってたこの歌? この歌はシャボン玉を赤ちゃんや子供の命にたとえてあるんだって。昔は、生まれて一才までに死んじゃう子が多いから、その命の儚さとか悲しさを、そうは感じさせないように明るく歌った……というのは大人になってから知ったことで。君らぐらいの時は、あたし、このシャボン玉って、少年時代の夢とか、あこがれのことかと思ってた。毎日いろんな新しいことに気をとられたり興味を持ったりして、なかなか自分に、本当に自分にあった夢やしたいことが見つからない、あれおもしろい! と思ったら次の日にはそれがおもしろくなって、そしてまた別のおもしろいことが見つかって、シャボン玉のように消えていく楽しい歌だと思った。だからあたしは、そういうふうに歌ってます。でもシャボン玉ってすぐ消えちゃうから、これだって思ったら、両手でパチンとつかまえて、自分の体や頭にしみこませるの、シャボン玉を体に憶えさせるの。そうすると、いつか自分自身がけして割れないシャボン玉になれる。いい、余計なことを考えちゃダメなんだ。楽できそう、近くにあるから、お手頃だから、友だちもやってるから……そういうのはダメ! 直感で、これだって思えるシャボン玉、どうぞ、君たちも見つけてください、ヘヘ、ちょっと長い令のお話はこれでおしまい。それじゃ、五十周年おめでとう! 六十年七十年、いや百年めざしてがんばってくださーい!
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・83「わたしはお料理名人!」

2020-03-28 06:01:35 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)83

『わたしはお料理名人!』   




 自慢じゃないけどお料理はからっきし。

 目玉焼きくらいはできるけど、あとはカップ麺にお湯を注ぐくらいのもの。


 十八歳にもなって、このザマなのは家庭環境によるところが大きいんだけど、言いだすととんでもないグチりになるので控えておく。
 母も祖母も十分承知しているので、この一週間はデリバリーを手配してくれている。

 ところが、このデリバリーさんが食中毒を出してしまって、二日目から止まってしまった!

 お母さんはヌカリのない人で、デリバリー以外の手配もしてくれている。

 わたしの口座に『おもてなし資金』を振り込んでくれていて、それを下ろせばしのげるようになっている。
 でも、これは万一の時の保険のようなもので、このお金で食材を買うことはできるけど。その食材でもって、わたしが料理することがどんなに無謀なことなのか……これには目をつぶっている。
 こんなところにも、日本人の安全保障への脳天気さが現れていると思うんだけどね。

 一週間だけのことだから、店屋物とか食べに行くとかという選択肢も一般的にはあるんだけど。

 シスコでミッキーんちに滞在している時に「ミハルの料理の腕はすごい!」ということになってしまっているのだ。
 これは日本と日本人への過剰な期待というか幻想が元になっていて、ま、多少の見栄とかもあって、ミッキーとその家族の思い入れを否定しなかったわたしにも問題がないわけじゃない。
 
 だって、一か月後にミッキーがわたしんちにホームステイするなんて、この大阪にミサイルが落ちてくるよりも確率が低いんだもん!

 でも、デリバリーを頼んでいたじゃない?
 それはね、こういうこと。
「わたしが作ったら美味しくなりすぎるのよ。一般的な家庭料理を堪能してもらうには、このデリバリーが一番なの!」
 と苦しく押し切った。
「もう少し一般的な家庭料理ができるようになったらご馳走するわ」
 自分へのフォローも忘れなかった。
 こういう屁理屈の立て方は、我ながらすごいと思う。ひょっとしたら国会議員に向いているのかもしれない。

 いろいろあって、放課後の空堀商店街をミッキーと二人で歩いている。

 恥を忍んで演劇部のミリーに相談したんだ。

 ミリーは、もう四年も大阪に居る。
 ホームステイ先は黒門市場で魚屋さんをやっている渡辺さんだ。
 渡辺さんは魚料理の他にも調理の腕はハンパじゃなくて、ミリーもその薫陶を受けて、かなりのものになっているらしい。
 演劇をちっともやらない演劇部だけど、お茶とお料理はなかなかのものらしい。
 お茶は千歳、お料理はミリーなんだ。
 松井須磨と小山内啓介も、なにか持っていそうなんだけど。生徒会の諜報能力をもってしても、この二人については分からない。
 
「協力してあげるわ、とりあえず食材は揃えておいてちょうだい」

 協力を約束してくれたミリーは綿密なリストを書いてくれた。
「魚だったら黒門市場の方がよくない?」
「ばかねえ、最初からそんな美味しいもの揃えたらハードル上がりっぱなしになるじゃないのよ!」
 なるほど、ミッキーのホームステイは三か月はあるのだ。
「それに、下校途中に買い物しておくって、とても自然じゃない」
「なるほど……演劇部のくせに思慮深いじゃない」
「うるさい!」

 ミリーは大したもので、空堀商店街のどこにいけば何があるかをしっかり把握している。

 わたしは家事とお料理のエキスパートとしてミッキーを連れまわした。
「すごいね、商店街がみんなお馴染みさんなんだ!」
「まーね」
 学校の制服を着て「あれとそれください」とテキパキしていれば、どこのお店でもお得意さんぶっていられる、地元商店街の有りがたいところよ♪

「あら、生徒会の副会長さん」

 声が掛かったのは、食器洗剤を買いに入った薬局だった。
 

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坂の上のアリスー33ー『USJからの中継』

2020-03-28 05:51:12 | 不思議の国のアリス

坂の上のー33ー
『USJからの中継』   



 

 この物語は『坂の上のアリス』というタイトルだ。

 今日で33回になるけど、アリスが出てきたことは無い。アリスというからにはブロンドの髪にパラシュートみたくスカート膨らんだ水色ワンピに真っ白な胸当てエプロン姿。で、時々懐中時計で時間を気にしている兎が出てこなければならない。ハートの女王もイカレタ帽子屋もハンプティーダンプティーも出てこない。ハートの女王にお目にかかったこともない。

 なのに、なぜ『坂の上のアリス』なんだ?

 実は、坂の上というのは、俺たちが通っている坂の上の高校にちなんでいる。律儀に第一回から欠かさず読んでくれている人なら分かっているんじゃないかと思う。
 じゃ、アリスは?
 これは名前の頭文字なんだ。アは綾香のア、リは亮介のリ、スはすぴかのス、で、『坂の上のアリス』ということになっている。

 ……ということで、俺、新垣亮介は、この物語の主人公の一人……なんだけど……。

 やめてくれェーーーーーーー!!!

 叫んだところで、風を切って急降下してしていった! あとは自分で何を言ったか叫んだか記憶にない。
 一分間の恐怖を味わった後、俺の顔は涙と涎でビチャビチャだった。事前にトイレに行っていたのは正解だ。ビチャビチャが涙と涎だけでは済まないところだった。

 今日は、気分を変えてUFJに来ている。UFJ……なんか違う? あ、そうそうUSJだよな、ユニバーサルスタジオジャパンの略だもんな。

 地面が揺れている……あーー気持ち悪いーーーー。

「これしきのことで、しっかりしなさいよ下僕!」
「そーよ、次は、やっとハリポタエリアなんだからさ!」
 くそ、絶叫系はダメだって言ったのによ。なんでフライングダイナソーから乗るんだよ!
「亮ちゃん、仕方ないよ。ハリポタは混んでるんだから、時間調整しなきゃならないでしょ」
「まだ三十分ほどあるよ」
 あ、俺はヘバッテっから……先いってくれていいよ。
「ニューヨークエリアに行こう! 水鉄砲で打ち放題だからさ! ほら、下僕! 行くわよ!」
 ひ、引っ張るなあ!
「ニイニ、行くぞ!」

 で、ニューヨークエリアでさんざん水鉄砲の的にされる。

 俺はすぴかみたいに大阪に偏見は無いけど、今日ばかりは違う。弱った俺を「キャッキャ」言いながら的にしやがって!
「あら、半分以上は大阪の外から来たお客さんよ。隙あり!」
 グエ! ゲホゲホ! 水がまともに口に飛び込んできた!
「じゃ、日本中大っ嫌いだあああああ!」
「ニイニ、外人さんもたくさん来てるんだよ、トドメ!」
 ウギーーー!
「世界中、みんな嫌いだああああああ!」

 以上、USJからの中継だったぜ……。

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・54《あかぎ奇譚・1》

2020-03-28 05:44:10 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・54(惣一編)
《あかぎ奇譚・1》   



 

 なにから話せばいいだろう。

 まあ、どこから話しても、めでたい話と何一つ記録も証拠も残っていない話なので、気楽にいこうか。
 まずは、めでたい話から。

 あのボースン(熟練下士官)の杉野曹長が結婚した話から。

 陸に上がると、杉野曹長は杉野さんだ。なんといってもメンコ(在職年)が違う。オレは、この四月に二尉に昇進したけど、メンコは防大を入れても六年にしかならない。ところが杉野さんは、六の横に二十が付く。艦長に並ぶくらいのメンコの数だ。
 この自衛隊と結婚したような杉野曹長がリアルにおいても結婚した!

 それも相手は十五も年下のテレビ局のアナウンサー。どうも去年「あかぎ」の一般公開のときに、何かのきっかけがあったようだ。
 おれは、妹のさくらのために、AKBのフォーチュンクッキーを踊らされて恥をかいたことしか記憶にないが、そのとき、いっしょに乗艦していたテレビ局のオネーサンとできてしまったらしい。

 事実を知ったのは、四月一日に陸に上がる寸前だった。
「杉野君の披露宴のスピーチ、これでいいかなあ?」
 士官食堂で、艦長から、そう言われたのが最初だった。
「す、杉野って、うちのボースンですか!?」
 聞くまでもない。「あかぎ」の乗り組みで杉野というのは、あの杉野曹長しかいない。

 披露宴で、新郎の席に着いた杉野さんはとても四十代半ばのオッサンには見えなかった。なんともブキッチョに緊張した姿は、少年のようにウブだった。花嫁さんは、アナウンサーだけあって、あか抜けたウェディングドレスで、にこやかに微笑んでいる。
 艦長が、海自の士官としては申し分のないスピーチをやってのけたが、新婦側のゲストはみんなマスコミ関係、ウィットも話題も豊富で、海自側は押され気味だった。特に、オレのスピーチの直前に出たディレクターのオッサンが、こともあろうに妹のさくらのことを話題にしたので、若者用語で言えばテンパッテしまった。
「えー、ここで初披露になりますが、新郎杉野さんの上官であられる佐倉二尉の妹さん佐倉さくらさんが、『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の実写版に出演されることになりました……」

 おかげで、オレのスピーチは急遽妹のことから入らざるを得なくなり、「あいつが入ったあとのトイレは格別に臭く……」などとやってしまった。ネイビーの士官のモットーは、スマートとウィットである。トイレの話はウケたが、我ながら品性に欠ける。

 そのあとも、新郎側は押されっぱなしだった。

 とどめに出てきたのが新郎の祖父、もう百歳になろうかというしなびた老人であった。完敗を覚悟した。
「ええ、本日は……不肖のひ孫のために……ゴホンゴホン(ここで痰を切った)我が家は、私の祖父の代からのネイビーでありますが、三代目のわたしが不甲斐ないために、海自のみなさんには戦後ずっと肩身の狭い思いをさせてまいりました。艦長はじめ乗り組みのみなさんには……」
 あとの言葉は明瞭ではなかったが、旧海軍の出であるということで、我々の背筋が伸びた。

「なんの船に乗っておられたのか?」

 艦長が、司会を務めていた砲雷長に聞いた。驚くべき答が返ってきた。
「大和だそうです」
 艦長が起立した。
「お祖父さまは、大和の乗り組みであられた。総員起立、敬礼!」

 しなびたお爺さんの背筋が五センチほども伸び、見事な答礼を返された。

 期せずして、新郎側の一発逆転になった。しかし、その二日後にお爺さんは、静かに逝かれた。あの答礼で、ネイビーのなんたるかを自分達に伝えて逝かれたような気がした。

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坂の上のアリスー32ー『閃いたのかもしれない』

2020-03-27 06:25:49 | 不思議の国のアリス

坂の上のー32ー
『閃いたのかもしれない』   



 

 一子が一番恥ずかしそうにしている。

 無理もない、自分の横に座っている女子高生がきれいで、その首から上さえ無ければファッション誌の読者モデルをやれるんじゃないかというぐらいにできあがっている。膝頭を揃えてハの字に開いた足も、小指を立ててストローを摘まんだ右手も、ジュースを飲むたびにコクンコクンとする喉も、とても可憐だ。

 でも、この女子高生は、ほとんど犯罪だ。

 なんたって首から上がハゲのオッサンなんだから!

 交差点の信号待ちで思わぬ邂逅をして、暑さのせいと突き刺さる人目の為に、俺たちは再びメイド喫茶に入った。
 メイドさんたちは大したもので、このヘンテコな六人に嫌な顔一つしない。
 女装の安倍さんにも「お帰りなさいませ、お嬢様♡」と挨拶してくれる。「ただいま~、ミカちゃん!」と、メイドさんに自然に返す安倍さんもなかなかだ。
「安倍さん、どうして大阪なんかに?」
 社交辞令的な話が一巡したところで、すぴかが非難がましく質問する。
「アキバはできあがっちゃってるじゃない、できあがって悪いことはなんだけど、あたし的には進路予想に幅のある関西って魅力的なの」
「そうなの……?」
「うん、あたしが居ない方が、アキバの伸びしろは広くなるのよ。で、ガブリエルは?」
 安倍さんは、ごく自然にすぴかをホーリーネームで呼ぶ。
「神の御声に導かれて……」
「そう、それで四人の使徒のみなさんを従えているのね……みなさんありがとうございます」
 安倍さんは過不足なく挨拶をする。この間も俺たち四人均等に笑顔を向ける、首から上と下のバランスが取れていたら掛け値なしに好感が持てただろう。
「……きれいにしてらっしゃるんですね、横に居るとオーラを感じます」
「アハハ、基本的に化け物だから、せめて出来るところはね、気を付けてます」
 一子のポツリに柔らかく返す。
「安倍さんが完璧にしたら、こんなものじゃないわ」
「そうね……あら、ガブリエル、その紙袋から覗いてるのは、福引の一等賞なんじゃないの?」
「まあ……」
「ほんとは二等賞が良かったって顔ね」
 安倍さんはお見通しなんだろうか?

「安倍さん、よかったら入りませんか?」

 メイドさんが声を掛けてきた。
「あら、ウェルカムダンスね! 十秒待って!」
 ゴムバンドのようなものを頭に装着してから、お下げのウィッグを被った。
 そして二三度顔をクシャっとすると……なんと、完璧な女子高生(それも昭和の頃の)になってしまった。
「じゃ、ちょっと混ぜてもらってきますぅ!」
 なんと、声まで変わってしまった。すぴか以外の四人は目が点になってしまう。

 安倍さんは、三人のメイドさんといっしょにウェルカムダンスを踊った。

 見惚れてしまった。

「あ、そうなのか……」

 すぴかが呟いた……なにか閃いたのかもしれない。
 

 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・53《一発でOKが出た》

2020-03-27 06:15:22 | 小説3

VARIATIONS*さくら*53(さくら編)
《一発でOKが出た》
       



 コップの氷がコトリと音をたてて、それが合図だったように由香が切り出した。

「はるか、あんた東京に戻りたいんとちゃう?」
 お母さんのパソコンの音が一瞬途切れた。わたしは完ぺきな平静を装った。
「どうして?」
「……ああ、あたしの気ぃのせえ。はるかと居ったら、いっつも楽しいよって、楽しいことていつか終わりがくるやんか。お正月とか、クリスマスとか、夏休みとか、冬休みとか」
「アハハ、わたしって年中行事といっしょなの?」
「ちゃうちゃう。せやから、あたしの気ぃのせえやねんてば。演劇部も楽しかったけど、行かれへんようになってしもたさかい。ちょっと考えすぎてんねん」
「うん、ちょっとネガティブだよ」
 その時ケータイの着メロ。名前を確認して、すぐにマナーモードにした。
「ひょっとして、吉川先輩から?」
「え、どうして?」
「ちょっと評判になってるよ。時々廊下とか中庭とかで恋人みたいに話してるて」
 由香は声を潜めて言った。逆効果よ! お母さんパソコンの画面スクロ-ルするふりして聞き耳ずきんになっちゃったし、タキさんはモロにやついてタバコに火を点けるし。
「ただの知り合いってか、メルトモの一人だわよさ。タロちゃん先輩とか、タマちゃん先輩みたく。話ったって、立ち話。由香の百分の一も話なんかしてないよ」
 ああ……ますます逆効果。お母さんのスクロ-ルは完全に止まってしまった。


「OK!」

 一発でOKが出た。
「間と距離の取り方が、グッとよくなった。さくらちゃんの吸収力ってすごいよね!
 監督さんも激賞してくれた。

 ゆうべは、あれから一日同級生の佐藤さんの家に泊めてもらい、お友達なんかも来て、遅くまでしゃべった。
 佐藤さんのプライバシーにかかわることもあるので詳しくは言えないけど、同世代なので、いつの間にか、あたしも話の中に入って真剣に話していた。そして、真剣に話すうちに付け焼き刃かもしれないけど、大阪の高校生の間と距離の取り方が分かったんじゃないだろうか。その中味は『高安女子高生物語』で読んでください。

「ようし、この調子で由香のシーン全部いくぞ!」

 全部と言っても、あと、三つ。オーシ、力いれて頑張るぞ!


「あら、映画行ったんじゃないの?」
 お皿を洗う手を止めて、お母さんが聞いた。受賞記念に映画でも観なさいと三千円もらっていた。
「うん、映画だと着替えて行かなきゃなんないし。たまにはお客さんで来ようって」
「こんにちは、おじゃまします」
 わたしは映画をやめて、由香を誘って、志忠屋へ初めてお客としてやってきた。
「シチューは、もう切れてるけど日替わりやったらあるで。はい。本日のラストシチュー」
「ごめんね、わたしがラストのオーダーしてしもたから」
 キャリアっぽい女の人が、すまなさそうに言った。
「いいえ、わたしたち日替わりでいいですから」
「このオバチャンやったら気ぃ使わんでええから」
「気ぃも、オバチャンも使わんといてくれます」
 と、キャリアさん。
「紹介しとくわ、これがさっき噂してた文学賞のホンワカはるか」
「トモちゃんの娘さん? 今、作品読ませてもろてたとこよ」
 もう、お母さんたら。ただの佳作なんだよ、佳作ゥ!
「で、ポニーテールのかいらしい子が、友だちの由香ちゃん。黒門市場の魚屋さんの子ぉ」
「ども……」
 カックンと二人そろって頭を下げる。このキャリアさんはオーラがあって気後れしてしまう。カウンターの中から「よろしく」って感じで、お母さんがキャリアさんに目配せ。
「この、オ……ネエサンは、大橋の教え子で叶豊子。通称トコ」

 それから、しばらく大橋先生をサカナにして、五人は喋りまくった。

 トコさんは、話しているうちに高校生みたくなってきて、ちょっと上の先輩と話しているような感じでメアドの交換までしちゃった。

「はるかちゃん、台本見せてくれる」
「はい、これです」
「わあ、ワープロや! 昔は先生の手書きやった」
「そら、読みにくかったやろ」
 タキさんが、チャチャを入れる。
「あ、はるかちゃんの、カオル役はお下げ髪やねんね」
「は、はい」
「先生、お下げにしとくように言わはれへんかった?」
「いいえ」
「昔、メガネかける役やったんやけど、一月前から度なしのメガネかけさせられたよ。役はカタチから入っていかなあかん言われて」
「うん、やってみよう。はるかのお下げなんて、小学校入学以来だもん!」
 お母さんまで、はしゃぎだした。あーあ、わたしはリカちゃん人形かよ……。
「はい、できあがり」
 と、お下げができたとき、トコさんのスマホが鳴った。
「……はい、了解。ううん、ええんですよ。こういう仕事やねんから。ほんなら、また。あたし木曜日が公休で、月に二回ぐらい、ここにきてるさかい、また会いましょね」
 トコさんは、キャリアの顔に戻って、店を出て行った。

 かっこいい……。

 わたしの網膜には、しばらくトコさんの残像が残った。
「あいつも、損な性分や」
「トコさん、なにしてはるんですか?」
「理学療法士……のエキスパート」
「ああ、リハビリの介助やったりするんですよね?」
「あいつは、訪問で、リハビリもやって、病院勤務もやって、非常勤で理学療法の講師までこなしとる。今日も休みやねんけどな、ああやって言われると、救急車みたいにすっ飛んで行きよる。で、月に二度ほど、ここに来て毒を吐いていくいうわけや」
「今日は、あなたたちが毒消しになったわね」
 と、毒が言った。


「よーし、OK!」

 このシーンも一発でOKが出た。
 で、監督が困った。

「あと、はるかがお下げにするシーン撮ったら、夜まで空いちゃうなあ」
「すみません」
 思わず謝ってしまった。
「謝ることはないよ。上手くいってるんだから」
「監督、商店街と中之島公園までの撮影許可は取ってありますけど」
 助監督の田子さんが言った。
「でかした田子作、商店街からいこう!」
 実は、昨日の縁でOGHの生徒さん達が見学にきていた。ちょうど前のシーンが終わったところなので、このままでは、何も見ないで帰ってしまうことになる。で、急遽天神橋筋商店街のシーンを撮ることになった。


「昨日、あんた、ラブラブシートやってんてな」
「ああ、あれか」
「あれかて、あんた……」
「そんな怖い顔しないでよ」
「なんかもろたやろ。吉川先輩が、えらい真剣な顔で渡してたて、評判やで」
「もらったんじゃないよ、見せてもらったの。『ジュニア文芸』よ」
「ふーん……」
「言っとくけど、ただのワンノブゼムだからね」
「そやけど……」
「わたしは、吉川先輩の心に住民登録した覚えはないからね。あそこはまだ空き地。強引に住んじゃえばいいよ。犬も三日も居着けば情が移るっていうよ」
「あたしは犬か!」
「そういう意味じゃなくって」
「そやけどなあ……あ、今度先輩のコンサートあるねん。知ってるやろ。先輩がサックスやってんのん?」
「コンサートのことは知らないよ。サックスやってんのは知ってるけど」
「え、うそ!?」


 ここは、ランスルーとカメリハのあと、本番。で、本番前に助監督の田子さんが提案した。 
「監督、OGHの生徒さん達カバン持ってきてますから、エキストラで入ってもらいませんか?」
「あ、いいな。この時間帯高校生通ってないから、それ、いこう!」
「OGHの生徒さん達、上着脱いでくれる。ここ夏の設定だから」
 タイムキーパーさんが叫んで、何人かは他のエキストラさんに混じって私服で入ってもらった。

 このシーンは、二回撮ってOK。そのあとは、中之島まで、はるかと二人で歩きながら歌うシーンのリハーサル。

 まあ、本番は改めて六月に撮るので、OGHのみんなへのサービス。でも、ちゃんとカメラは回っている。チャッカリ、メイキング用の映像にするらしい。
 流行りのAKBやももクロを、みんなで歌って盛り上がった!

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魔法少女マヂカ・140『戦い済んで神田明神』

2020-03-26 15:28:08 | 小説

ライトノベル 魔法少女マヂカ・140

『戦い済んで神田明神』語り手:マヂカ    

 

 

 三段重ねの重箱に一杯のジャーマンポテトを、わたしと友里で二つぶら下げて神田明神を目指している。

 

 ダークメイドこそは取り逃がしたけれど、黄泉の女王イザナミを滅ぼすと言う殊勲を挙げて、久々に大塚台公園の基地に凱旋した。

 M資金の回収もままならない特務師団なので、十分な報酬などは期待していなかった。

 だけど、褒美が山盛りの新じゃがだとは思いもしなかった。こんなもの、近所のスーパーでも一盛り110円で売っている。

「一つ頼みがあるんだ」

 しぶしぶジャガイモを持って帰ろうとしたら、来栖司令が頭を掻いた。

「このジャガイモでジャーマンポテトを作って神田明神に行ってくれないか」

「なぜ?」

 ついぞんざいな聞き方をしてしまったが、司令は咎めることもなく説明してくれた。

「折り入っての頼みがあるらしい。知っての通り、特務師団が抱えている問題は数が多い」

 それは分かっている。

 M資金の回収も完全には程遠いし、バルチック魔法艦隊との対決も痛み分けになっている。カオスはサムが亡命のようなかたちで、こちらに混じって、今では仲間同然だが、カオス本体とはただの休戦状態だ。

 その上、神田明神からの頼みなど、正直請けきれない。

 そもそも、東京総鎮守の神田明神が、もう少ししっかりしてくれていたら……いや、愚痴は言うまい。先の大戦までの苦労を思えば、今の状況はまだまだましなのだからな。

 

 学校の調理室で久々の調理研。

 

 ブリンダとサムも加わって、出来あがったころには、聞きつけてきたミケニャンも加わって、試食会は同窓会のように楽しく過ごせた。

 まあ、三割くらいは司令を許してやる。司令も防衛省との間に入って苦しい立場ではあるんだからな。

 重箱に詰め終わったところで連絡があった。

『いつもの転送室は使わないで電車で行って欲しい』

「え、どうして!?」

『東京の魔界ゲージが上がって、転送室を使うとどこへ飛んでしまうか分からないんだ。人員も指定されてきた。マヂカと友里の二名で行ってくれ』

 というわけで、アキバの駅から神田明神を目指して歩いているのだ。

 中央通の信号で引っかかる。

 駅を出たところから信号のタイミングを計って歩いてきたのだが、友里と愚痴をこぼしながらだったせいか、いきなりの赤信号に、戸惑った。

「ごめん、わたしがチンタラ歩いてたから」

「いいさ、すぐに青になる」

 そこで友里のスマホが鳴った。ちょっとおたついたが、重箱を引き受けてやると、片手でゴメンしながらポケットをまさぐった。

「あ、司令からだ……はい、もしもし……え、ああ、そうなんですか」

「なんて言ってる?」

「神田明神からの連絡で、湯島の聖堂側の正面から入ってくれって」

「遠回りじゃないか」

 アキバから神田明神に行くには、明神男坂から行くのが早い。三段重ねの重箱をぶら下げての遠回りはゲンナリだ。

「まあ、あっちの方が正面玄関だからかなあ」

 素直な友里は、スマホをポケットに入れながら、もうその気になっている。

 まあ、神田明神にも都合があるんだろう、大人しく信号の変わった中央通を渡った。

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・81「捨てる神あれば拾う神あり」

2020-03-26 06:18:27 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)81

『捨てる神あれば拾う神あり』   



 小泉八雲を知っているかい?

 ラフカディオ・ハーンというのが元の名前で、明治時代に日本に帰化したアイルランド系イギリス人さ。

『怪談奇談』というのを書いている。

 日本人の奥さんにせがんで聞いた昔話を英語に翻訳したものだ。
 有名な『耳なし芳一』は、あの中に出てくる一つのエピソードなんだよ。
 ボクはミラー先生の『日本文化』で習ったよ。
 キャシーも『宗教論』をとっていたから、ひょっとして聞いているかもしれないね。

『怪談奇談』に出てくる幽霊とか化け物やモンスターは、日本が多神教だから成立するんだ。
 幽霊も化け物もモンスターも神さまの一種さ。
 アイルランド風に言えばトロルとかエルフとかドワーフだね。ざっくり言えばティンカーベルとかの妖精やピーターパンもこの中に入ってしまう。元々はヨーロッパのどこにでもいた神さまだった。
 そうそう、キャシーが絶賛していた『となりのトトロ』はトロルのことなんだよね。めいもさつきも小さいころに読んだから「トトロ」って訛ってしまったんだよね。
 こういう神々はキリスト教が浸透してくるに従って森や山の奥に追いやられて妖精やらモンスターに変わっていった。アイルランドには、こういう落剝した神さまが残っていて、ハーンは子どものころに聞かされたまま心に残っていたんだよね。
 たとえば、人の悪口を言うと「妖精が聞いてるよ、告げ口されたくなかったら悪口はよしなさい」とお祖母ちゃんに言われた。

 その落剝した神さまが日本では生きているんだ。

 ハーンが住んでいた島根は、その日本の中でも神さまたちのメッカなんだ。
 日本は十月のことを神無月というんだ。つまり、神さまたちが居なくなってしまう月だという意味。
 で、神さまたちは島根の出雲大社に集まるんだぜ。知らなっかろ?
 だから、島根だけは十月のことを神有月(かみありづき)って言うんだ。
 とてもファンタスティックだろ!?

 なんで、こんなことを書いたかというと、ボクも神さまを実感したからなんだ!

 ホームステイ先のタナカさんちが火事になって、行き場所が無いって書いたよね。
 訪日そうそうの不幸にガックリきたよ。
 でもね、三日目には代わりのホームステイ先が決まったんだ!

 日本語でこういうのを「捨てる神あれば拾う神あり」って言うんだ。

 そう、だから、改めて日本は神々の国なんだと思ったわけさ。
 小泉八雲の気持ちがよく分かるよ。

 そして、日本の「拾う神」は偉大だよ!

 なんと、新しいホームステイ先は美晴の家だったんだ!

 思い通り美晴と同じ空堀高校に留学できて、でも、美晴の方が学年が上なもんで、同じ学校に居ても口を利くどころか、一週間顔も見ないときだってあるんだぜ! ボクのバディーに指名されたのもシカゴのミリーで、ミリーはよくやってくれるけど、よくやってくれればくれるほど美晴との接点が無くなっていく。
 そんなパラダイスの門の前で足止めを食ったような状況。

 それが一気に解消、なんと美晴と同じ屋根の下で暮らせるんだ!

 本当に「捨てる神あれば拾う神あり」だよ!
 次は、美晴が副会長をやっている生徒会に潜り込むこと!

 元々、美晴とは生徒会の世界高校生生徒会会議が縁だったんだからね、いっしょに生徒会をやるのが自然だろ?

 じゃね。

 スクールポリスについては、次の手紙で書くよ。


  親愛なるキャシーへ    ミッキー・ドナルド

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坂の上のアリスー31ー『キタアアアアアアアアアアアア!!』

2020-03-26 06:08:54 | 不思議の国のアリス

坂の上のー31ー
『キタアアアアアアアアアアアア!!』   


 

 

 カラン!カラン!カラン!カラーン!!

 リアルでこの音を聞くのは初めてだ!

 なんの音かと言うと、日本橋商店会の福引で一等賞が当たって、打ち鳴らされた鐘の音なんだ!
 ゲームとかアニメで、たまに出てくる。大昔の学校で授業の終わりとかを告げる鐘。今で言えば「キンコンカンコン」のチャイムの音!
 間近で振られると、想定以上の音圧を感じる。

「おめでとうございま~す! 一等ハワイ旅行の当選で~す!!」

 鐘を振りながらアニメ声で、オネーサンが絶叫する。
 このオネーサン、きっと声優だけでは食えないのでバイトなんだろうなあと思う。それもモブ専門、本業では常にその他大勢なので、こういうリアルな場所で張り切ってしまった。そんな感じ。

 居合わせたお客さんや通行人の人たちも祝福の拍手をしてくれる。俺たちも嬉しく、顔をほころばせて拍手してしまう。

「一等賞なんかとってしまって……」

 一等賞をとったすぴかひとりがドヨ~ンと暗い。ボソリと呟いた声はノリのいいスタッフとオーディエンスの歓声でかき消される。
 こういうシュチエーションでの大阪のノリは、多少のドヨーンなど吹き飛ばしてしまう。

「どうする、もっかい福引やってみるか?」

 抽選会場を出て、ドヨ~ンが際立ったすぴかに寄り添ってみた。
「いいえ、もういいわ。運気をコントロールできていないから……それに大阪蛮族どもの暑苦しさが……」
「そっか」
 俺たちも福引券をゲットするために、さして要らないものを買い込んだ末の一等賞のハワイ旅行が当たったんだ。狙いが二等賞のリリシャスフェアリーのフィギュアであったとは言え、やっぱ一等が当たったんだから、正直嬉しくて、ドンヨリのすぴかは一人浮いてしまう。

「呪われてあれ……クソ大阪……」

 静かにではあるが、オドロオドロの怨念の籠った声は意外に周囲に聞こえる。ご通行中の大阪の人たちは、そんなすぴかを歩くウンコみたいに避けていく。綾香は嫌がる風もなくすぴかに寄り添って歩く。妹ながら偉い奴だ。

 いつの間にか日傘をさした女子高生が前を歩いている。

 日傘の下にはお下げが覗いていて、清潔な白が際立つセーラー服の襟をワイプしている。スカートは膝上10センチほどの適度さ、スカートから伸びる白ハイソの脚はしなやかで贅肉が無く、その姿勢の良さと相まって、とても魅力的に見える。
――ヘエー……こんな子がいるなんて、大阪もあなどれないなあ――
 新大阪の立ち食いうどんの店以来の感想を持った。

 だが、違和感……向こうから歩いてくる通行人の人たちがギョッとしたような顔で避けていく。

 あいかわらずすぴかが避けられているのかと思ったが、ちょっと違う。

 交差点の信号が赤になって、みんなが立ち止まる。その女子高生は最前列になって、ヒョイとクロスしている側の信号を見上げた。

 びっくりした!

 その女子高生の横顔は残念すぎた! 瞬間は「それほど可愛くない」という程度なんだけど、頭にかぶっている物を取って汗を拭いたところで「びっくりした!」はマックスになった。
 
 キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 

 その子は、なんと禿げ頭……じゃなくて、禿げ頭のオッサンだった! 

 これは引くわ~~~~!

 だが、次の瞬間、マックスを突き抜けてしまった!

「あ、安倍さんじゃないの!?」

 すぴかが、ドヨ~ン顔をいっぺんにほころばせ、チョー親し気に声を掛けたではないか!

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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ここは世田谷豪徳寺・52《半日留学》

2020-03-26 05:57:00 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・52
《半日留学》   



 

 コップの氷がコトリとでんぐり返り、それが合図だったように由香が切り出した。

「はるか、あんた東京に戻りたいんとちゃう?」


「カット!」

 ああ、これで四度目のNGだあ!

 大阪弁は、方言指導の先生も入ってくださって「完ぺき」のお墨付きをいただいたが、雰囲気が大阪の高校生ではないという難しいダメだった。監督やら、原作者が、何か相談している。身の縮む思いだ。

「由香のシーンは、明日まとめ撮りします。さくらちゃんは、ちょっと大阪のお勉強しましょう」
「すみません」
 あたしは頭を下げるしかなかった。

「まあ、ゆっくり大阪を楽しんできて」

 はるかさんの慰めの言葉をあとに、あたしは、マネージャーと大橋先生に連れられて、タクシーに乗り込んだ。
 こりゃ、心斎橋とか道頓堀とか、コテコテの大阪の街の探訪かと思った。
 しかし、着いた先は、タクシーで十分ほどの府立高校だった。

「大阪グローバリズムハイスクール。略称OGH。名前はハイカラやけど、大阪では標準的な高校」

 と、一言だけ説明を受けて応接室に通された。いかつい顔の先生がいた。
「2年3組の担任の岩田です。四時間目から入ってもらう準備ができてます。制服は11号でいけるでしょ。これです」
「じゃ、さくら。隣の部屋で着替えて」
 なんだか分からないうちに、あたしは他の生徒と同じナリにさせられた。
「うーん、やっぱり、大阪の……少なくとも、うちの生徒には見えまへんなあ」
 着替えたあたしを見て、岩田という先生が言った。
「まあ、とにかく教室入ってもらいますかぁ」
「お願いします」
 

 あたしは休み時間が終わろうとしている校内を2年3組の教室に案内された。

 廊下で出会う生徒がチラ見していく。あたしも目の端で生徒を見る。どことは言えないけど、あたしの学校とは様子が違う。公立と私学、女子高と共学校の違いを超えた、なにか根本的なところが違う……としか言えない。

「みんな、注目。急な話やけど、4時間目から放課後まで、特別転校生が入ります。佐倉さくらさん。数時間の付き合いやけど、みんな、よろしくな。ほんなら佐倉さん。挨拶を」
 この時点で、何人かには正体がばれていた。「えー!?」「いま売り出し中の!?」「さくらちゃん、ちゃうん!?」など、教室がかまびすしくなってきた。
「えと、もう正体ばれてるみたいですけど。佐倉さくらです。いま『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の撮影で大阪に来てます。大阪の高校生の役なんですけど、どうも大阪の匂いがしないってことで、半日みなさんに教えてもらうことになりました。なにをするのか、あたしにもよく分かってないんですけど、よろしくお願いします」

 拍手と歓声が上がった。クラスのみんなが吉本なんじゃないかってぐらい、ノリがいい。

「一応、お世話係決めとくわな……」
 先生が言い終わらないうちにスズメの子がぴーちく言うように手が上がった。
「じゃかましい! オレが指名する。佐藤、お前がお世話係。出席番号も、お前の前やし、演劇部やさかい、ちょうどやろ」
「任務は虫除けですね」
「その通り」
「ラジャー!」

 まだ学年が始まって間がないんだろうけど、先生と生徒は阿吽の呼吸のようだ。簡単にいうとツーカーの仲。

 あたしの世話係というのは、佐藤明日香という子で、偶然にもはるかの住んでいた高安に家がある。で、放課後は佐藤さんの家に泊めてもらうことが急に決まった。教科書やノートもあっという間に一人前がそろった。
 授業の始まりからタマゲタ。国語の授業だったけど、先生のノリがいいのか、これが普通なのか、みんなで写真を撮るところから始まった。クラスのみんなとは、顔を合わせて十分ほどしかたっていなかったけど、もう入学以来の知り合いのノリ。男女を問わず距離を詰めてくる。もう、なんだかモミクチャのうちに何百枚という写真が撮られた。

「ほんなら授業!」の声で、みんなは一応席につくけど、ざわつきは収まらない。

「佐倉さんの出てた『限界のゼロ』やけど、あの『覚悟はできていますか』いう佐倉さんの一言で映画が締まった。あれはアドリブやそうで……せやな、佐倉さん?」
「あ、まあ……」
 また話のサカナにされるのかと思うと、ちょっとやな気がした。
「人生において大事なことが、ここにあります。臨機応変ちゅうか空気を読むいうこと。それが佐倉さんにはできる。で、こうやって女優をやってる。で、その佐倉さんをもってしてもどないにもならんのが、大阪の空気や!」
 どっと笑いがおこる。
「その空気が読めたんが兼好法師。教科書41ページ。『仁和寺の法師』佐藤読んでみて」
「はい」
 バラエティー並に段取りがいい。みんなを程よくのせておいて、いわゆる「つかみ」をしっかりやり、動機付けもちゃっかりやって授業に入る。で、ノリの流れがいいと、みんなも素直に授業に入っていく。

 ちょっとだけだけど、大阪が分かったような気がした。

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せやさかい・133『ごりょうさん奇談・1』

2020-03-25 14:29:22 | ノベル

せやさかい・133

『ごりょうさん奇談・1』         

 

 

 

 堺で6人目の感染者。

 

 せやけど22日の数字やから、三日もたった今日は分からへん。

 ネットで調べたんやけど、他の街は24日の数字が出てたりしてる。堺市が遅れてるのんか、あたしの検索の仕方が悪いのかは分からへん。

「まあ、うちの町内からは出てへんからなあ」

 気持ちが通じたんか、朝食のあと片付けしてると、お祖父ちゃんが呟く。

 坊主と言うのは情報が早いと感心する。

「志村けんが罹ったらしいなあ」

 スマホをいじりながらテイ兄ちゃん。

 ヤマセンブルグは7人の感染者。他の欧米の国に比べたらメッチャ少ない。

 女王陛下の判断で、コロナ対策は日本式。そして、絶賛鎖国中。

『それでもねえ、小さな国だから、そんなに長いこと鎖国してるわけにもいかないしねえ……』

 スカイプで頼子さんの表情は暗かった。

 留美ちゃんは、ちょっと風邪気味で家から出してもらわれへん。

『熱って言っても6・9度なのよ、花粉症だって言ってるのに、お母さん大げさで……クチュン!』

 留美ちゃんの気持ちもお母さんの気持ちもよう分かる。

「詩(うたは)ちゃん、どうすんのん?」

 食器を拭いている詩ちゃんに振ってみる。

「友だちがDVD貸してくれるから取りに行くの。昼過ぎには帰って来るから、いっしょに観ない?」

「うん、観る観るう!」

 

 かくして午前中がぽっかり空いてしもた。

 

 おばちゃんの電動自転車を借りて散歩に出る。

 ウヒョー!

 ビックリするくらい軽い!

 とたんに方針転換。今の今まで家の周りというか、ご近所の散歩にしよと思てたけど、やんぺ!

 ハンドルを180度曲げてごりょうさんを目指す!

 

 フ……ウフフ……アハハハハ!

 

 スイスイ坂道を上っていくと笑いがこみ上げてくる。

 この一年、何べんも、この坂道を上がった。

 ごりょうさんが世界遺産に決まった時、中央図書館に本を借りに行ったり返しに行ったり、大仙高校の記念行事に呼ばれた時、頼子さんに送るビデオレターの撮影に行ったのは、ついこないだのこと。

 そのいずれも普通の自転車でエッチラオッチラやった。

 最初から電動自転車にしたかったけど、ある意味居候のうちには遠慮があった。

 

「あら、散歩?」

「うん、天気ええさかい」

「ごりょうさんとこ、桜咲き始めてるんちゃうかなあ」

「え、あ、うん」

 上り坂の大変なん分かってるから、ちょっと尻込みの生返事。

「電動で行きいよ。今日は使えへんし」

「うん、はい」

 

 そんで、山門を出て、サドルに跨ったら革命的なペダルの軽さ。

 バッテリーがもつのは20キロちょっと、午前中いっぱいの散歩には十分。

 ランナーズハイというやつやろか、30号線を超えるとアイデアが浮かんだ。

 

 ごりょうさんを一周してみよ!

 

 一周三キロか四キロ、まあ、楽勝や!

 けど、アホやった。

 ごりょうさんの南西の角からお堀に沿ってしばらく行くと、道は左に逸れて、ごりょうさんからどんどん離れていく!

 あ、大仙高校。

 こないだ文芸部で行った大仙高校が迫ってくる。ブレーキかけてスマホでチェック。

 そうか、ごりょうさんを完全に一周する道は無いんや。前に立ちふさがってる大仙高校と丸保山古墳が邪魔で迂回せんとあかん。

 並の自転車やったら、これで挫折したやろけど、今日は無敵の電動自転車!

 エイヤ!

 元気よくペダルを踏み込んで、大仙高校を大周りし始めた!

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・80「二人して渡り廊下の窓辺に寄った」

2020-03-25 06:31:14 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)80

『二人して渡り廊下の窓辺に寄った』  




 理由は二つだろう。

 とりあえず、きまりが悪いんだ。

 中山先生といっしょに廊下で出くわした。先生はすぐに「お、松井須磨!」と気づいてくださった。
 朝倉さんはギョッとして、次にワタワタしだした。
 松井須磨という名前にギョッとしたんじゃない。
 だって、朝倉さんは演劇部の副顧問だ。
 めったに顔を合わさないと言っても、五月からこっち数回は顔を合わせている。七月には、部員一同を引率して地区総会にも行った。
 松井須磨という名前にも馴染んでいる。なんたって四人しかいない演劇部なんだから。

 朝倉さんは、同級生であったころから、わたしなんかには関心が無かったんだ。

 それは非難されるべきものじゃない。
 空堀高校というのは一応は伝統校で、伝統校にはありがちな無関心さがある。
 中山先生も、すすんでクラスの融和を図るようなことはしなかった。だから、クラスの半分くらいとは口もきかずに卒業していった。もっとも、わたしは留年ばっかして未だに二十二歳で現役の生徒だけども。

 二つ目は、朝倉さんは真面目な先生だということ。

 先生たる者、かつての同級生くらいは分かっていなっくっちゃ。
 そう思ってる。
 だから、中山先生が、わたしを見かけて「お、松井須磨!」と、懐かしさの籠った呼びかけになったことを眩しく感じている。アハハ、そうだったんだ! と笑い飛ばせばいいんだけども、真面目で不器用な彼女にはできないんだ。

 トイレに行こうと廊下を歩いていたら、渡り廊下をこちらに歩いてくる朝倉さんが目に留まった。

 気まずさの解消と、ちょっとした悪戯心で二階への階段を上がる。
 二階に上がると職員室。普通に歩いていったら出くわすはず……が、出会わない。
 
 千歳が車いすで提出物を運んでいるのに出くわす。

 段ボール箱を膝の上に載せている。箱の中に一クラス分の提出ファイルが入っている。
 偉いもんだ、足が不自由なのに、当番だったんだろう、一人で運んできたんだ。

「失礼します、一年二組の沢村です、朝倉先生いらっしゃいますか……」

 あ、朝倉さんの授業だったんだ。
 このままじゃ千歳の無駄足になってしまう。
「千歳、わたしが持ってってやる」
「あ、先輩」
 段ボール箱を取り上げると、渡り廊下に急いだ。
 朝倉さんは、渡り廊下の窓から中庭を眺めて時間を潰していた。

「朝倉さん」

 ちょっと悩んだけど、自然な方の呼びかけ。
「職員室の前で、1-2の沢村さんが届けにきてたから」
「え、あ、あ、ありがとう」
「どういたしまして、えと……人が居ないところじゃ『朝倉さん』でいいわよね?」
「え、あ、うん、松井さん」
「それじゃ……失礼します、朝倉先生」
 
 え? という顔になって、朝倉さんはわたしの目線の先を見た。
 こっち側に、瀬戸内美晴が歩いてくる、珍しくしょげている。
 朝倉さんと話せた勢いで声をかけてしまった。

「どうしたの副会長?」

「あ、松井さん」
 元気は無かったけど、てらいのない返事が返ってくる。天敵の生徒会だけど、彼女の優れたところだ。
「なんだか、わたしに続いて三回留年しそうな顔してるよ」
「ハハ、まさか……でも、それ以上かもね」
 そう言うと、二人して渡り廊下の窓辺に寄った。
「実は、ミッキーがうちに来ることになったの……」

 そう言うと、体が萎んでしまいそうな長いため息をつくのだった……。
 

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坂の上のアリスー30ー『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』

2020-03-25 06:22:35 | 不思議の国のアリス

坂の上のー30ー
『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』  



 お帰りなさいませ~♡ ご主人様~♡ お嬢様~♡

 ちょっと前までの俺だったら、こんな挨拶をされたら回れ右して帰ってしまっただろう。
 聖天使ガブリエルってかすぴかに関わるようになって、いつのまにか慣れてしまった。
 いや、慣れてしまったという自覚も無かった。
「え、あ、ど、ども……」
 顔を赤くしている真治を見て自覚した。俺は慣れて来てるんだ。

 でも、慣れた自分を自覚すると、ちょっぴり心が痛い。

 メイド喫茶に来ても、すぴかと綾香のゴスロリは目立つ。かなりのレイヤーでも真夏に完全装備のゴスロリをしている者は居ないだろ。

「ウ……これは水素水……基本は外していないわね」
 ウェルカムウォーターを口に含んで、すぴかは鑑定した。
「口に含んだだけで分かるの? 水素水って無味無臭でしょ?」
 常識人の一子がツッコミを入れる。
「凡俗は知識というフィルターでしかものを見ない」
 背後の壁に『当店は水素水を使っております』のポップがあるんだが、知らん顔をしておく。

「お待たせしました、ご主人様~♡、お嬢様~♡」

 メイドさんが二人掛かりで注文のあれこれを持ってきた。

 メイド喫茶は基本的には喫茶店なので、食事はランチとカレーとオムライスしかない。覚めた目で見ると、どこの喫茶店のメニューにもあるものなんだけど、こういう萌えの環境で出されると特別なものに感じてしまう。って、俺かなり感化されてんのかなあ?

「「それでは、美味しくなるおまじないをかけさせていただきま~す♡」」

 二人のメイドさんがハモってくれる。二人ともアイドルグループに居てもおかしくないくらい垢ぬけている。

「「おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡ 萌え萌えきゅ~ん!♡」

 真治一人真っ赤で、残り四人は楽しく萌えキュンのオマジナイを受ける。萌え萌えキューン!♡のところで両手でハートを作るのだけど、形を完全なハート型にするのは意外にむつかしい。見たところ、この二人はカンペキなハートを作った。それにオマジナイのフィニッシュにはただの笑顔ではなく、口元をωの形にした。ωは世界平和を願うオタクのシンボルなのだ! 大阪のメイド侮りがたし! wwww……って、俺どうしてしまったんだ!?

「わたしがトドメをさすわ……」

 すぴかがポッと頬を染めて立ち上がった。
「気を悪くしないでね、わたしは聖天使ガブリエル。この五年アキバのピナフォーで修行して『おいしくな~れ♡』の免許皆伝! 1000円のランチを、その三倍の美味しさにしてあげる! ちょっと場所を開けてくれるかしら。違いが分かるように一つだけ避けておくわね」
 ランチ一つと二人のメイドさんを退けると、純花は『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』の呪文に合わせ、外回りに大きく腕を回した。
 そして『萌え萌えキューン!♡』のところでは、親指を下にしてハートマークを作った。

「……もうこれはただの萌えランチではない、我聖天使ガブリエルの肉、アイスティーは我の血と化した、心して食せ!」

 で、あらかじめ避けていたランチと食べ比べると、すぴかの言葉通り三倍は美味しかった! 女執事のナリをした支配人が出てきて「わたくしも失礼して……」と試食。
「いかがかしら?」
「……ウ! ウ! これは美味しい! とても原価100円の冷凍とは思えない!」
 思わず秘密を口走ってしまう支配人。

 それからジャンケンタイムになると、すぴかは五回のジャンケンを全勝、プライズグッズを独り占めしてしまった!

「さすが聖天使! すごいじゃないか!」
 福引会場への道で、正直に褒めちぎった。

あんなことが出来たって……」
「うん?」
「あ……ううん、なんでもない、どうもありがとう」

 おれたちは三度(みたび)福引にチャレンジするのだった……。
 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 


 

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ここは世田谷豪徳寺・51《クランクイン》

2020-03-25 05:58:53 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・51(さくら編)
《クランクイン》         


 

 

 クランクインは大阪だ。

 まあ、舞台の大半が大阪なんだから、当たり前。
 最初は鶴橋駅でのシーンから。
 はるかが初めて母といっしょに鶴橋の駅経由でアパートに帰る。
 ホームにまで、立ちこめる焼き肉の匂いに母子もお腹の虫もびっくりする。

「日本で一番おいしい匂いのする駅だ」

 はるかの独白から始まる。で、エスカレーターの乗り方が東京と逆で、歩く人のために左側を空ける。それを知らずに左側に立ち、邪魔になってオッサンに怒鳴られるシーン。

「大阪っておっかなーい」

 この十数秒のカットと、他に5カットのために、終電が出たあとの鶴橋駅を借りる。エキストラは50人だけど、CG処理で、数千人に見せるそうだ。で、この撮影に、あたしは参加していない。鶴橋の駅では出番がないから。

 二日目の志忠屋の撮影から参加した。

 志忠屋が実在の店であることは知っていたけど、15坪15席の店内が、広く見えるようにレイアウトしてあるのにはビックリ。撮影用じゃなくて、普段からそうだと、マスターの滝川さんに聞かされて感心した。
 マスターの滝川さん役は、監督と作者の大橋先生が相談して、リアル本人にやってもらうことになっている。

 本人を見て納得した。シェフのナリをしていなかったら、どう見ても、その道の玄人。子分の百人もいようかという風格。それに若い頃は役者の真似事もやっていたようで、芝居も上手いらしい。


「お、はるかちゃん……やな?」

 これがマスター……がっしりした上半身がカウンターの中で、ロバート・ミッチャム(親の趣味でわりと洋画とかにもくわしい)の顔をのっけて振り返る。ただしチョンマゲ!
「母がお世話になっています。ご……坂東はるかです。マスターさんですか?」
「まあ、お座り」
「あ、はいっ!」
 すると、奥のトイレからジャーゴボゴボと音をさせて、お母さんが出てきた。
「あ、はるか。思ったより早かったじゃない」
「初日だもん。でも中味は濃かった!」と、立ちかける。
「タキさん。トイレ掃除完了。あとやることあります?」
「ないない、トモちゃんも落ち着こか」
 タキさん、トモちゃん……初日から、もうお友だちかよ。
「お母さん、これから教科書と制服いくんだよね……!」と、ドアに向かう。
「え、ああ、あれね……」
 あ、また忘れたってか……!? 自動ドアに挟まれそうになって止まる。
「あれ、行かなくってもいいことになった」
「え、どういうこと(まさか、また学校替われってんじゃないでしょうね)!?」
「送ってもらうことにしたから。今夜には家に着くわ」
「んもー、だったら言ってよ。わたし友だちのお誘い断ってきたんだからね!」
「あら、もう友だちできちゃったの!?」
「さすが、トモちゃんの娘やなあ」
「原稿の締め切り迫ってるからさあ……」
「まあ、昼飯にしよ。はるかちゃんも、口さみしいやろから、これでも食べとき。それから、オレのことはタキさんでええからな」
 タキさんは、サンドイッチを作って、オレンジジュ-スといっしょに出してくれた。
 そして、タキトモコンビの前には、毛糸にしたら手袋一個と、セーター一着分くらいのパスタが置かれていた。想像してみて、セーター一着ほどいた毛糸の量のパスタを!!

 ここで怒っても仕方ないので説明。

 目の前で、アッケラカンとパソコンを叩いている坂東友子。つまり、わたしの母は、つい一週間前に離婚したばっか。
 離婚の理由は、長年夫婦の間に蓄積されてきたもので一言で言えるようなもんじゃない。
 でも、離婚に踏み切れた訳はこのパソコン。
 わたしが、まだお腹の中にいたころに暇にまかせて書いた小説モドキが、ちょっとした文学賞をとっちゃって、以来、この人は作家のはしくれ。
「ハシっこのほうで、クレかかってるんだよね」
 そう言って、怖い目で見られたことがある。だって、本書きたって年に二百万くらいしか収入がない。最初はよかった。お父さんはIT関連の会社を経営していて、お家だって成城にあって、住み込みのお手伝いさんなんかもいた。
 でも、わたしが五歳のときに会社潰れて、お父さんは実家の印刷会社の専務……っても、従業員三人の町工場。で、そのへんからお母さんの二百万が、我が家にとって無視できない収入源になってきて、あとは、世間によくある夫婦のギスギス。
 かくして夫婦の限界は、先週臨界点を超えてしまい決裂。
「よーく分かったわ。はるか、明日この家出るから、寝る前に用意しときなさい」
 二人の最後の夫婦げんかは、明日の天気予報を確認するように粛々と終わっていた。わたしも子どもじゃないから、ヤバイなあ……くらいの認識はあった。でも、こんな簡単に飛躍するとは思っていなかった。

 そして、まさか大阪までパートに来るとはね……。

 作家というのは意表をつくものなんですなあ……って、タキさんもなんか書いてる!?
「ああ、これか……おっちゃんも、お母さんと同業……かな」
「タキさんは、映画評論だもん。ちょっと畑がちがう……」
 カシャカシャカシャと、ブラインドタッチ。
「せやけど……それだけでは食えんという点ではいっしょやなあ……」
 シャカ、シャカ……と、老眼鏡に原稿用紙……なんというアナログ!
「おれは、どうも電算機ちゅうもんは性に合わんのでなあ」
 ロバート・ミッチャムはポニーテールってか、チョンマゲをきりりと締め直した。店を見回すと、壁のあちこちに映画のポスターやら、タキさん自筆のコメント。
「……ところで、はるか、学校はどないやった? もう友だちはできたみたいやけど……」
 百年の付き合いのような気安さで、タキさんが聞いた。
「うーん……ボロっちくって暗い。でも人間はおもしろそう。今日会ったかぎりではね」
「どんな風にボロっちかった?」
 原稿用紙を繰りながら、横目でタキさん。
「了見の狭い年寄り。ほら、こめかみに血管浮かせて、苦虫つぶしたみたいな」
「ハハハ、ええ表現や。たしか真田山やったな?」
「あ、わたし演劇部に連れてかれちゃった」
「え、はるか、演劇部に入んの!?」

 お母さんが、目をむいて聞いてきた。

「図書の先生がね、演劇部の顧問。でね、本を借りたら、そういうことになっちゃって」
「演劇って、根性いるんだよ。その場しのぎのホンワカですますわけにはいかないんだよ」
「なによ、その場しのぎのホンワカって!」
 当たっているだけに、むかつく。ちなみにホンワカは、東京以来のわたしの生活信条。
「はるかは、本を読んではおもしろがってるしか、能がない子なんだよ」
 あ、暴言! それにはるかの苦労は、あなたが元凶なんですぞ。母上さま……!
「で、どや、おもしろかったんか?」
「大橋っておじさんがコーチ。変なオヤジかと最初思ったけど、わりとおもしろそう」
「大橋て、ひょっとして大橋むつおか? 字ぃのへたくそな」
「うん、有名な人なの?」
「オレのオトモダチや」
「え!?」

 母子は同時に驚いた。


 これだけのシーンが、ランスルー、カメリハ、そして本番は一発で決まった。
 あたしは、次のシーンに備えて見てるだけだったけど、このシーンの柱になっているのがタキさんだということがよく分かった。
「いやあ、タキさんは若い頃から、極道寸前の人生やったから、並の役者では味が出えへん」
 大橋先生の弁。いや、おっしゃる通りです。

 大橋先生は、見学に、新幹線で出会った車内販売の岸本というオネーサンを連れてきていた。先生は、とっくに現役の教師は辞めていたが、アフターサービスの行き届いた人だ。休憩中なんかには、岸本さんの話をよく聞いていた。どうやら、夫婦関係で悩みがありそう。
 気になったあたしは、午後の休憩で聞いてみた。
「あの、岸本さん、夫婦関係の悩みだったんじゃないんですか?」
「せや。でも撮影現場見て決心しよった」
「どんな風に?」
「別れよる」
「別れさせたんですか!?」
「あいつは最初から結論持っとった、俺は後押ししただけや。年寄りの仕事。しかし、さくらも、人間に興味があるようで結構。役者は、こうでないとな。せやけど、今の話は内緒な」

 知り合って、まだ三回しか会ったことのない先生だけど、もう百年の知り合いのよう。はるかさんの人生は、こういう距離感の取り方の人たちの中で決まっていったんだ。

 自分の、鈴木由香という役が、一歩近くなったような気がした。

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