大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:023『座卓の上』

2020-03-24 13:30:49 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:023

『座卓の上』  

 

 

 

 二日現れないのでまぼろしだと思った。

 

 ほら、パン屋さんから出たところで現れたチビ忍者。

 そいつがまた現れた。寝返りを打って、うすぼんやりと目を開けたら居たんだ。

『いつまで寝ている』

「……………………」

 ベッドと机の間に据えてある座卓の上。名刺くらいの座卓をを前にして、お茶をすすってる。

 座卓の横には布団が積んであって、反対側には、まだ解いていない荷物がある。

 なんだか、住み着く気まんまんに見える。

『ここを居所とするから、よろしくな。それから、こいつではないぞ。名を教えただろう』

「えと……おつね?」

『おづねだ』

「あ、でも、そこは困るよ。ごはん食べたり本広げたりとか……」

『床の上ではジジに踏みつぶされそうだ。見下ろされるのも嫌だしな。ここなら、ジジと目の高さで付き合える』

「付き合うなんて決めてない!」

『もう契りを結んだ』

「ち、契りってなによ!」

『五円くれたではないか』

「あ、あんたが勝手に持って行ったんだよ!」

『ジジにその気が無ければ、五円玉はワシのところにはこないのだ』

「そんなあ」

『観念しろ。忍びの谷にやってきたことそのものが、縁の始まりなのだからな』

「あれは事故……」

『その昔、ご公儀には千人同心というのがあってな』

 気いちゃいねえ……。

『中山道が武蔵の国に入ったところに西への守りとして配置されて居った。その千人同心どもが守り神として祀ったのが、このワシだ』

「え、神さまなの?」

『忍びじゃ。言っただろ、ワシの名はおづねじゃと。真名で書けば、こうだ』

 おづねが手を動かすと、空中に『小角』の字が浮かび上がった。

「しょうかく?」

『おづねと読む。役小角(えんのおづぬ)とも役行者(えんのぎょうじゃ)とも呼ばれて居る。念ずれば雲を呼び空を飛翔することもできて、修験道や忍者の創始として祀られて居る」

「忍者の神さま?」

『そう思ってもいいが、基本は忍者だ』

「えと……どうして、そんなに小さいの?」

『小さい方が可愛いだろ。場所もとらないしな』

「あ、でも、座卓の上って使うよ」

『マンガを読んだりノーパソを使ったり間食をしたり、体に良くないことばかりだろが』

「あたしの勝手でしょ!」

『怒るな、よけいブスになる』

「もお!」

『ボタンが外れてる』

「え!?」

 パジャマのボタン目を落としている隙におづねは居なくなった。

 窓が少し開いている。

「もう!」

 ピシャリと閉める。瞬間風の匂い……それまでは二度寝をしようと思っていたけど、思わぬ早起きをしてしまった。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・79「ゲ、なんだって!?」

2020-03-24 06:41:29 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)79

『ゲ、なんだって!?』   




 ちょっと自己嫌悪。

 十三で迷子になったミッキーは、あろうことかホームステイ先の家が火事になった。

――これでサンフランシスコに帰ってくれる――と思ってしまった。


 こういう人の不幸を喜んでしまうところは母親譲りで自己嫌悪。
 でも、お母さんが人の不幸を喜ぶのは理由が無い。
 ただただ、人の幸せが許せないだけ。

 ちょっとバイヤスがかかってる。

 冷蔵庫から麦茶を出してラッパ飲み。
 クールダウンしなきゃ。
 娘のわたしが言うのもなんだけど、お母さんは若くてきれいだ。
――それだけお若くって綺麗でいらっしゃるんだから、なにかやってらっしゃるんでしょ?――
 MCの菅沼恵美子さんが聞く。
――ハハハ、めんどくさがりやなんで大したことはやってません。乳液に、気を付けてるかな?――
 健康的に笑いながらお母さんは応える。
 お母さんは、口を手で隠すということをしない。歯並びに自信があるせいなんだけど、その方が魅力的に見えることを知っている。
 それと、乳液だけというのはウソだ。
 整形こそはやってないけど、身体や顔のあちこちのリフトアップのための体操というかエアロビというかヨガというかに掛ける情熱には鬼気迫るものがある。ストイックなんて言葉では済まない、なんというか魅入られてるような雰囲気があって怖いよ。

 一度凄いところを見てしまった。

 鼻から入れた紐を口から出して掃除していた。でもって、次には鼻から入れた水を目から出す。
 ヨガ名人のインド人のお爺さんがやっていたら、それなりの納得ができるんだろうけど、美人のお母さんがやると鬼気迫ってしまう。
「アハハ、びっくりした?」
 健康的にオチョクッテくるので、負けじと返す。
「ネットで見たけどね、ヨガのチョー名人は口から入れた紐をお尻から出して、キュキュッて掃除するらしいわよ!」
 さすがに嫌がると思ったら、藪蛇だった。
「それいいよね、試してみる!」
 で、この人はほんとにやってしまう。

「できるようになった!」

 一週間後には帰宅したばかりのわたしに喜々として報告する。
「三種類の紐を試してみたんだけど、須磨はどっちがいいと思う?」
 まだ湿り気の残る紐を三本突き付けてくる。
「ど、どれでもいいでしょ!」
 それ以来、お母さんがヨガもどきをやっているところには足を踏み入れない。
 男だったらどうだろ?
 娘や女房が怪しげなことやっていたら、きっと覗くよね。ほら『鶴の恩返し』。けして覗いてはいけないと言われながら男は覗くじゃない。でもって、女房が鶴の姿になって自分の羽を抜いては機を織ってるの。うちの両親が離婚したのは、そういうところに原因があったと思うんだけど、賢明なわたしは踏み込まない。

 麦茶のお替わり飲んで、その半分が汗になるくらいの時間考えた。

 ミッキーが好意を寄せてくれるのは悪いことじゃない。困るんだけどミッキーを責めるのはお門違いだ。
 彼が空堀高校に交換留学に来たのも運命で彼のせいじゃない。
 だから、火事になったことを喜んだりするのは間違ってる。
「かわいそうミッキー、わたしで力になれることがあったら言ってね!」
 かけた言葉は社交辞令なんだけど、社交辞令であればこそ、表現には心が籠る。
 眉間にキュッと力が入って、それが自分のキュートで可愛い表情になることを気に掛けつつ、ま、これでアメリカに帰ることになるんだろうから、ま、いいや。

 お母さんがゲストの番組も、そろそろお終い。

 いろいろ考えてしまって、ほとんど観ていなかった。
――そういや、今日とってもいいことなさったんですって?――
 菅沼さんが、その玉ねぎ頭のように話を締めくくりに掛かっている。
――そうそう、娘がアメリカでホームステイした家の男の子。ミッキー・ドナルドって可愛い名前なんですけど、交換留学で来てるんですけど、ホームステイ先が火事になってしまいましてね、代わりのお家が見つからないと帰国しなくちゃならないって、可哀そうでしょ? で、決めたんです。わたしの家に引き取らせていただくことに!――

 ゲ、なんだって!?

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坂の上のアリスー29ー『あ、あの、お客さま……』

2020-03-24 06:28:59 | 不思議の国のアリス

坂の上のー29ー
『あ、あの、お客さま……』   



 けっきょく日本橋に居続けすることになった。
 
 理由は簡単、聖天使ガブリエルのすぴかがリリシャスフェアリーのお宝フィギュアに憑りつかれてしまったからだ。

 俺たち門外漢から見れば、どうってことないフィギュアなんだけど、オタクの中では開封品でも10万円ぐらいで取引されるレアものらしい。
 もともとはユリゲーのリリフ(リリシャスフラワーズ)のキャラでフルプライスでも8000円くらいのものだ。それが10万円になるにはいろいろ理由があるらしいが、何度すぴかの熱い説明を聞いても俺には分からない。
 ただ、すぴかが子どものように目を輝かせるので、これは付き合ってやらなきゃならないと、俺と真治と一子は思ったんだ。綾香はむろんすぴかの味方だ。
 でも、最初は福引頑張ってみよう! という程度だった。それが居続けしてしまったのはすぴかの涙だ。

「あれは、ただのリリシャスフェアリーではないの、この現世(うつしよ)に隠されていた聖天使のホーリーパワーの源泉。あれを手に入れれば現世での我が力は無限大になろうほどのもの!」
「そうなのか!」
 と調子を合わせていたが、やっと引きこもりを脱した自分への同情であることは分かるのだろう。
「台座の後ろを見て!」
 賞品の陳列棚の横に回る。
「あ、あの、お客さま……」
 福引係の店員さんに迷惑がられる。そこは福引ブースと柱の隙間でブースの出入り口だからだ。
「すんません、ちょっと確かめるだけだから(^_^;)」
 店員さんをなだめて、50センチほどの隙間に5人がひしめき合って確認した。
「シリアル1111……でしょ……ムギュ~」
「そ、それが~? グギュッ」
「11月11日はわたしが聖天使ガブリエルとして、この地上に降臨した日なのよ……グググ」
「「「「誕生日?」」」」
「天界・魔界・現世の時間軸が重なる聖なるゾロ目なの!」

 で、俺たちは日本橋でせいぜい買い物をして福引に励むことになった。

 しかし、聖天使の福引なので、闇雲に福引の列に並べばいいというものではない。運気が満ちる時間と言うのがあって、それを待って福引のガラガラを回すのだ。
「やったぜ、四等のデジカメだ!」
 くじ運の悪い真治が生まれて初めてカス以上のものを引き当てたが、すぴかはジト目のため息だ。
「午前の運気は使い果たしたわ……次は午後のタームにかけてみましょう」

 で、俺たちは昼食をとるためにメイド喫茶に向かったのだった……。


 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・50《予想通りの間抜けた顔》

2020-03-24 06:17:38 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・50(さくら編)
《予想通りの間抜けた顔》   



 

 

 なんと、原作者が京都駅から乗り込んできた。予想通りの間抜けた顔だったが、なぜか喪服だった……。

「先生、どうしたんですか、その喪服?」

「大橋先生!」「お、はるか!?」

 二人そろって驚いた後に、はるかさんが聞いた。

「今日は、オカンの納骨でな。ついでに東京の出版社にいくとこ」
「なんか、とんでもないついでですね」
「あ、このナリか? それとも京都から、東京はついでにしては遠すぎてか?」
「あ、両方」
 あたしと、はるかさんの声が揃った。

 大橋先生は、そのまま、あたし達の横の空いている席に居座った。

「おれ、出不精やさかいなあ。なんかキッカケでもなかったら、箱根の向こうになんか行かれへん」
「新幹線の中で出会うの二回目ですね」
「ああ、はるかが、みんなだまくらして、南千住に行った時以来やな」
「その節はお世話になりました」
「しかし、まあ、離婚したお父さんを東京まで説得に行こういうのは、はるからしいスットコドッコイやったけどな」

 この会話だけで、はるかさんの苦しかった高校生活が偲ばれる。

 親の離婚で、名門乃木坂学院を辞め、大阪のありきたりの府立真田山学院高校に転校。読者の中には、お父さんといっしょに南千住に残っていた方が、両親の復縁には効果的じゃなかったかと言う人もいる。
 でも、はるかさんは見抜いていた。お母さんは別れてしまったら、それっきりのサバサバした性格。だから、お母さんに付いて大阪に来た。そのほうが、自分が両親の接着剤になれると思ったから。
「はるかの『運命に流されない!』いう片ひじの張り方は好きやで。で、片ひじ張りながら、結局は流されて。空振りになってしまうんやけど……」
「もう、言わないでくださいよ」
「そやけど、その空振りが、トンでもない運命のボールをかっ飛ばす。せやろ、お父さんは、さっさと再婚決めてしもて、はるかは荒川の土手で大泣きするしかなかった。せやけど、それがお父さんと奥さんの秀美さんを、ごく自然なカタチでお母さんとお父さん夫婦の縁を作った。そんで、その時の痛手が、演劇部の芝居に活きて、あっという間に女優さんや」
「それは、そうですけど。そのときそのときのわたしは、とても苦しかったんです……でも、そうですよね。苦しみの無い青春なんて、サビ抜きのお寿司みたいなもんですもんね」
「いいや、ネタ抜きの寿司ぐらいにちゃう」
「どうも、でも、今のはるかがあるのは先生のお陰です」
「そら、ちゃうで。はるかは、おれと出会わんでも、いつかは、だれかの目に止まってたと思う」
「いや、やっぱり『すみれの花さくころ』に出会ってからですよ。あれが無かったら、お父さんとの『さよならだけどお別れじゃない』は活きてきませんでしたから」
「ハハ、かいかぶり。はるかにはそれだけの力があった。銀熊賞とった黒木華も、別に、あの高校やら短大行かんでも芽の出た子ぉやと思う。ただ、そういう縁を大事に思てくれるはるかは好きやし、はるかの値打ちやと思うで」

 そこで、あたしのお腹が鳴ってしまった。

「お、もう飯時やな。自分ら美味そうな駅弁持ってんねんな」
「あ、これはさくらちゃんが選んだんです」
「はい、選びすぎて乗り遅れ寸前でしたけど」
「はるか、列車の入り口で振り返っとったやろ」
「ええ、なんで分かるんですか?」
「こいつは、そういう乗り遅れた人間に気を遣いよる。ええ顔しとったやろ」
「はい。お話の中で、お父さん達を見送ったときの顔でした」
「うそ、ほんと?」
「はい!」

 あたしが返事すると、大橋先生が手を上げた。車内販売のオネエサンを見つけたようだ。

「これと同じ弁当……は、あれへんねんなあ。ほんなら幕の内」
「はい、幕の内でござい……あ、大橋先生やないですか!?」
「え……ああ! 岸本!?」

 車内販売さんの目に、みるみるうちに涙が溢れてきた……。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・78「キャシーへの手紙・2」

2020-03-23 06:58:36 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)78

『キャシーへの手紙・2』   



 北朝鮮の核ミサイルかと思ったよ。

 知ってるかなあ、核ミサイルというのは地上に激突しなくても、はるか上空で炸裂しただけで大きな被害をもたらすんだ。
 炸裂で途方もない量の電磁パルスが放射され、地上のありとあらゆる電気で機能するものを狂わせるんだ。
 50年代に、アメリカがハワイの上空で核爆弾を炸裂させた。もちろん実験でね。
 まだ、核エネルギーがどんなもんだか分かっていない時代で、ハワイの人間は特製花火を観るような感覚で海岸やら山の上でサングラスをかけて待っていた。
 時間になると、一瞬空の一角が光った、核爆弾が炸裂したんだ。
 思ったほどの輝きじゃないんで、見物人たちは、そんなに歓声はあげなかった。

 でも、次の瞬間、ハワイの空に壮大なオーロラが出現した。

 これには、みんな喜んで、こんな奇跡を起こす核爆弾と、それを作れるアメリカの力を誇らしく思ったんだ。
 その様子は、今でもYouTubeで見られるけどね。だれもがアメリカを偉大で誇らしい国と思ってる、ちょっと今の僕たちでは引いてしまうくらいのオポチュニズム。
 歓声が止むと、あちこちから一斉に電話のベルが鳴りだした。
 みんな、なんの冗談かと思ったけど、それでも大したことじゃないと思ってた。
 30年代にさ、オーソンウェルズが『火星人来襲』ってラジオドラマをやって、本当だと思った人たちがパニックになったって、ケリ-先生の『マスコミ概論』で習ったよね。みんな、あれが頭にあったんで、きっとそう言うことだろうって騒がなかった。
 でも、その後、鳴りっぱなしの電話が故障し、ラジオもぶっ壊れて、やっと大変な事態になったと思い知るんだ。
 で、それと同じ理屈でハワイのラジオも電話も故障してしまい、あちこち停電になって、冷蔵庫はただの箱になった。
 まだネットもパソコンも無い時代だったっから、それで済んだけど、成層圏での核爆発の恐ろしさを知るには十分だった。

 で、それが起こったと思ったんだよ。

 でも、それは単にスマホの電池がエンプティーになっただけというのが、周囲の状況で分かった。
 街はにぎやかだし、みんな平気でスマホを使ってるし。
 それで、僕は十三(jyuusou)という街で深刻な孤独に襲われた。
 スマホがダメになっただけで、外部世界の情報がまるで得られなくなった。グーグルマップもナビも翻訳機能もみんな使えない。
 
 あ、そうなんだ、ここは大阪市の北の十三って街。
 
 世界中で数字がそのまま街の名前になってるところなんて、ちょっと思いつかない。
 それも13なんだ。キリスト教国じゃ、ぜったいあり得ないネーミングだ!
 この街に足を向けたのは、学校の階段がほとんど13段だということに気づいて、それを調べる延長線上のことなんだ。
 
 それでどうしたかというと、生徒手帳……これも、クールなんだけど、それはまたいずれということで。
 生徒手帳にメモってた二人に電話したんだ。公衆電話を探しまくってね。

 こんなことでミハルを呼び出したくなかったけど、仕方がないよね。

 ミハルも、ボクの現在位置に着くのには苦労した。
 だって、ボクの居る座標がナビでは分からないんだもんね。
 それに、あとで分かったんだけど、ボクが迷子になったところは三年前の大火事で街の様子が一変してナビの更新が間に合ってないところだったんだよ。
 火災とかの影響は、街が復興しても尾を引くんだよね。火の用心を心がけよう。

 で、その火の用心も間に合わなかった。

 ボクは、この手紙をホテルで書いているんだ。

 なぜかと言うと、ボクがホームステイしていた田中さんの家が火事で焼けてしまったんだ。

 田中さんの家は十三じゃないんだけどね。ボクが好奇心だけで十三に足を踏み入れたタタリ?

 大阪市の担当の人が代わりのホームステイ先を探してくれている。
 まだ、ミハルとロクに口もきいていない。こんなのでシスコに帰るわけにはいかないからね。

 じゃ、また手紙書くよ。   親愛なるキャシーへ

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坂の上のアリスー28ー『リリシャスフェアリー』

2020-03-23 06:42:41 | 不思議の国のアリス

坂の上のー28ー
『リリシャスフェアリー』   



 

 けっきょく日本橋に行くことになった。

 日本橋は、東京で言えばアキバだ。電器とオタクの街。

 東京では日本橋と書いて「にほんばし」と読むが、大阪では「にっぽんばし」と発音する。
 ちょっと違和感だけど「にっぽんばし」と発音した方が勢いが出る。そうだろ、サッカーとかバレーとかで観客が応援するとき「にほん! チャチャチャ!」では空気が漏れたようで勢いが出ない。「にっぽん!チャチャチャ!」だろう。

「ふん、そんな下卑た力の入れ方じゃ聖天使には似つかわしくないわ」

 箱根から西に行ったことが無い聖天使ガブリエルこと夢里すぴかはレースのヒラヒラ袖を翻しながら悪口を言う。
 ちなみにすぴかと綾香は白黒色違いのゴスロリファッションに、ご丁寧に天使の羽まで付けている。
「よくそんななりで汗かかないな?」
 真治がスポーツドリンクを飲みながら、で、飲んでいるのと同量の汗を流しながら呆れている。
「ホホホ、わたしをなんだと思っているの。聖天使よ。体も心がけも違うのよ」
 よく見ると、わが妹の綾香も黒のゴスロリで汗をかいていない。
「いつもならタンクトップでも汗みずくなのに……」
「心がけがちがうのよ」
 ジロッと睨みながら言う、白と黒の違いはあるがすぴかと同じノリだ。一見小憎らしいが、生まれてこのかた兄妹をやっているので、すぴかに合わせてやっているのが分かる。偉いよ、おまえの外面は。

「日本橋には呪いがかかっているのよ」

 一子までがへんなことを言う。

「地下鉄日本橋で降りると、めったなことではたどり着けないのよ」
「え、そうなのか?」
「ええ、現に、わたしたちが下りたのは恵美須町だったわ」
「ム~、その割に聖地としては二線級ね」
 たしかに日本橋は堺筋という大通りに面した一本道と、せいぜいその裏通り。アキバのような厚さはないような気がする。
「あ、でもやっぱり呪いの街かも……見て、五階百貨店と書いてあるのに平屋だわ」
「大阪の蛮族には五階に見えるのかしら……」
 大阪にケンカを売ってるのかというようなことを言う。

 大手のヨドバシカメラは検索すると梅田にある。ソフマップもアキバよりも小規模だ。ラジオ会館のようなオタクの総合デパートのようなところもない。すぴかの目は蔑みの混じった力みから失望に変わってきた。

 やっぱ、この暑さでゴスロリは大変だろう。

 が、福引会場の前ですぴかの目の色が変わった。

「あ、あ、あ……あれを見てよ!」

 すぴかが指差した先には福引の商品……で、さらに指先を見ると、その指は一等のハワイ旅行ではなく二等のフィギュアに向けられていた。

「ほ、欲しい……リリシャスフェアリー!」

 俺たちは、福引をひくために思わぬ買い物をすることになってしまった。


 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・49《勢いで頷いてしまった》

2020-03-23 06:33:33 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・49(さくら編)
《勢いで頷いてしまった》   



 ワケてん7の台本がきた。

 正確には『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』という。

 坂東はるかさんの高校時代、ドラマチックな青春の7カ月を描いた前評判十分な小説の実写版。
 四月の下旬には本屋さんの店頭に並ぶ本なんだけど、前評判が高いので、夏に封切りの予定で映画化することになり、はるかさんの推薦で、あたしは、はるかの親友・鈴木由香の役を頂いた。

「今度、ワケてん7の実写版やるんだけど、さくらちゃん、出てくれないかな」

 まるで、ちょっとコンビニにお使いに行くような気楽さでお花見の最中に言われた。
「あ、はい」
 と、軽く返事した。正直頭の中は花より団子で、このあとどこでお昼にしようかと思案中だった。
「……え、『ワケてん』映画化するんですか!?」
「うん、ちょっとハズイんだけどね。ちょっとピュアな青春映画……大昔の日活青春ドラマじゃあるまいし……とは思ったんだけどね……けどね」
「『けどね』が多いですね」
「だって、自分が主人公の映画だよ。正直不安。で、キャストの一部を、わたしが選んで良いって条件で引き受けた」

 この時点では、舞い散る桜の花びらみたいにエキストラに毛が生えたような役だと思っていた。

 多分、東亜美と、住野綾とかの、はるかのイジメ役。ラストで和解して、ちょっと仲良くなる。その程度の役だと思っていた。
「親友の鈴木由香をやってもらいたいの」
「ギョエー!」
「ハハ、ギョエーは、わたしよ。わたしの、あの7カ月は、今時めずらしいピュアなお話らしいのよ」
 そう言って、はるかさんは、まわりに一杯いる家族連れに目をやった。
「みんな仲の良い家族に見えてるけど、家族の絆って、案外もろいんだよね。高校生のころのわたしは気づかなかった。それだけの話なんだけどね」

 それだけなんてもんじゃない。

 あたしは原作になった『はるか 真田山学院高校演劇部物語』を読んでいるから分かっている。
 元は成城にお家があるIT関連会社の社長の一人娘。それが会社の倒産で、実家の南千住にある従業員三人の印刷会社の名ばかり専務の……要は下町の女の子。そして、高校二年になったばかりで両親が離婚して大阪へお母さんといっしょに引っ越し。そこから、さらに苦労が……そこまで思い出していると、はるかさんが、まるで後を続けるように言った。
「わたし、時間と努力があれば家族って、取り戻せると思ってた。だから、お金貯めたり借りたりして南千住にもどったら、お父さんには秀美さんて、新しい奥さんがいた……」
「あの荒川の河川敷で大泣きするシーン、感動的でした!」
「あそこ一番ハズイの。普通の子だったら、親が別れたら、『あ、そう』てなもんらしいのよね」
「でも、あれがあったから、みんなの絆が強まったんじゃないですか」
「結果的にはね。わたしは、そんな自覚なんにも無かったけど」

 で、あたしは、核心に入った。

「だからこそ、今時貴重な愛の物語に……鈴木由香って、それに大きな影響あたえるんですよね?」
「そうよ。カレはもってかれちゃうし、シバキ倒して、わたし停学になっちゃうし。でも、心の友なのよね」
「あれって、カレの吉川裕也をシバキ倒そうとしたら、由香が間に入って、シバカれるんですよね」
「うん、あの痛みは今でも覚えてる」
「は……?」
「シバイた人間も痛いんだよ……ま、この役はさくらちゃんじゃなきゃ務まらないからよろしくね!」
「は、はい」

 勢いで頷いてしまった。

「ああ、お腹空いてきた。お昼にしようか!」
「はい、ちょっと適当なお店検索してみますね」
 スマホ出してスイッチ入れたら、はるかさんが、その手をさえぎった。
「お昼は手配済みだから」

 公園の向こうから、お弁当のデリバリーのオニイサンがやってきた。

 ま、こんな調子でハメられたと言っていい。由香の役は正直重い。
 なんたって、全編大阪弁。

 なのよね!

 それに、明日からは高校二年生。あたし自身将来のこと真剣に考えなきゃ。

 あたしは、まだ女優を専業にする覚悟はできていなかった。

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魔法少女マヂカ・139『反撃』

2020-03-22 17:17:04 | 小説

ライトノベル 魔法少女マヂカ・139

『反撃』語り手:マヂカ    

 

 

 抽出した鐚銭は単に古い銭というだけではなかった。

 

 欠けていたり曲がっていたり、擦り減り過ぎて何の銭か分からなくなっているものまであった。

 そうなのだ、鐚銭というのは、古いと言うだけではなく傷んでしまって使い物のならないという意味もあるんだ。

「まあ、使えるものは1/3と言ったところか……」

 ブリンダは寛永通宝。十三枚あるので、いざとなったら銭形平次のように飛び道具として使う。

 わたしは、ちょうど六枚残っていた永楽通宝。明の永楽帝の時代に作られた渡来貨幣で、戦国時代に湧き起った貨幣経済を支えた通貨で、信長が旗印にもなっている。

「真田幸村みたい!」

 ゲームの『無双 真田丸』で親しんだノンコが喜んでくれた。じっさい三個二段にして額に頂いてみると、雪村の兜の前立のようだ。

 残りの二枚は和同開珎と富本銭だ。

「それは、うちにおくれやす!」

 サムと交代で戻ってきたウズメが装着した。

「富本銭は厭勝銭(ようしょうせん:まじない用に使われる銭)どす! 絶大な威力どすえ!」

 ウズメは目にもとまらぬ早業で装着した。

「え、どこに付けたの?」

「内緒どす!」

 どすの利いた声で答えると、真っ先に飛び立っていく。

「じゃ、あとは頼んだよ!」

 北斗のみんなに守備を頼んで、ブリンダと二人、北斗のプラットホームを蹴った!

 

「これでも喰らええええええええ! どす!」

 

 醜女どもの眼前に躍り出たウズメはガンダムを思わせるファイティングポーズをとるや、せっかく休憩中にまとった巫女服の前をはだけた!

 ズボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボォーーーーーン!!!

 ウズメは、オッパイの先に鐚銭を仕込んでいたのだ。それも鐚銭中の鐚銭! キングオブ鐚銭と言っていい和同開珎と富本銭だ!

 一撃で、醜女軍団の九割がたを撃砕してしまったΣ(゚Д゚)!

「オレ達の獲物が無くなる!」

 ブリンダとともに風穴に逃げ込もうとする残敵を追撃する。

 二人の鐚銭もなかなかの威力で、たちまち残敵の半分以上を粉砕した。

「中に、まだ少し残ってる!」

 額の前で両手をXに組んで鐚銭ビームを発して、閉じかけている風穴に飛び込む。

 

 バチコーーーーン!

 

 閉じかけた風穴の蓋がはじけ飛び、その破片が飛散するのも待たずに三人一丸となって飛び込む。

 バチ バチバチ バチ

 破片が露出した肌にポップコーンのように爆ぜる。

 眼前に迫る破片は鐚ビームが瞬時に蒸発させるので、なにも気にせずに突進できる。逃げ込んだ醜女どもは、手向かう気力も失せて、あちこち逃げ回っては岩にぶつかったり、互いに衝突したり、暴走した一円ビームに自らを焼いたりしてパニック状態だ。

 シュビィーーーーーーーーン

 ガラスを掻きむしるような音がしたかと思うと、我々は黄泉の奥つ城にたどり着いた。

 

―― おのれ、ここまで、わが安息の黄泉の国を汚しおって……許さぬぞおおお! ――

 

 それは、襤褸(らんる)の衣をまとった腐乱死体……辛うじて窺える襤褸の色と柄、髪がほとんど抜けてしまった髑髏の額の飾りから高貴な者であると知れる。

「やはり、貴女様……」

 ウズメが悲痛な声で、襤褸の名を呼ぼうとするが、あまりの痛ましさに声も出ない様子だ。

「我が背イザナギとともに、草々の神と、この大八島の国々を産んだイザナミであるぞ。数多の結界と醜女どもを破り、この奥つ城まで踏み込んだる罪、許し難し! 滅びよ!」

 ザワ

 空気がざわめいたかと思うと、髑髏に残ったわずかな髪が尾を引いたまま鬼醜女となって襲い掛かってきた。

「させるかあ!!」

 ブリンダと二人鐚銭ビームを出力いっぱいに照射する。

 バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ バチ 

 先ほどまでの醜女と違って一撃で倒すことは出来ないが、それでも鐚銭の威力は大きく、二撃、三撃するうちには、ことごとく弾き飛ばすことができた。

「おのれえ、おのれえ、もう我が身には眷属の一人も居らぬのかあ……」

 イザナミは、自分の髪を醜女に変えて我々を襲わせてきたんだ。黄泉の魔がつ神になり果ててはいるが、髪は女の命、その悄然とした姿は同性として見るに堪えないものがある。

「イザナミノミコトさま……せめてもの引導は、このウズメがおわたししますえ……お喰らいやすううう!」

 再びウズメは衣の前をはだけて、同性の我々でも目を見張るようなオッパイを突き出した。

 

 シュボン

 

「あ、あれ?」

「ウズメさん、使いすぎたのよ!」

 鐚銭は紙のような薄さになり、吐息に飛ばされた花びらのようにウズメの眼前を漂うばかりだ。

「わが身と共に滅びよおおおおおお!」

 イザナミは襤褸の裾を掴んで蝙蝠の羽根のように広げた。

「変態がコートをまくったみたいだなあ」

「二人とも、身を庇いなはれえ!」

 叫んだかと思うと、ウズメは胸乳を顕わにしたままイザナミに吶喊を試みる!

 ウズメが抱き付くのと、襤褸が飛び散るのが同時であった。

 

 ビシュ ビシュ ビシュ ビシュ ビシュ ビシュ ビシュ ビシュ

 

 襤褸の砕けが突風のように吹きつけて、思わず両手をかざして耐える!

 目を開けると……イザナミはウズメが居たところは青白い残り火となって、その周囲は同心円状に襤褸や二柱の神であったものが取り巻いているだけだ。鉋くずのようになった富本銭の欠片がヒラヒラと目の前を横切って行った。

 ウズメは、最後の最後、イザナミに抱き付いて、共に散っていったんだ。

 わたしとブリンダを守った……あるいは、襤褸の魔がつ神のまま散っていくイザナミを哀れに思ってか……魔法少女には及びもつかない何ものかに準じたか。

「………、………!」

 ブリンダが、何か叫んでいるがミュートにしたような口パク……いや、耳をやられたか!?

 まだ、なかば意識が飛んでいる……あ、ブリンダのコスがズタボロだ。

 と……ということは?

 わたしも、ズタボロの裸同然だった!

 

 二人の悲鳴が黄泉の奥つ城に木霊した……というのはサルベージされた後、北斗のクルーの弁である。

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・77「演劇部には同情されたくない!」

2020-03-22 06:46:46 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)77

『演劇部には同情されたくない!』   



 

 久々にタコ部屋の部室に集まった。

 ここのところの涼しさで、タコ部屋でもええやろという判断。
 図書室の部活ではエロゲがでけへん。
 須磨先輩も椅子を並べた簡易ベッドで昼寝もでけへん。
 千歳は自慢のお茶を淹れることがでけへん。
 ミリーは、部室棟の解体修理が中断してるんで、どこで部活やってもいっしょ。そやけど、放課後、部員四人でマッタリする習慣が付いてるもんで、やっぱりタコ部屋がええらしい。他の部員がマッタリしてないとミリーもマッタリでけへんみたいや。

「ミッキーの相手は疲れるわあ」

 だらしなく椅子に座ってミリーは天井を仰いだ。
「ミッキーは美晴先輩が好きなんじゃないんですか?」
 チャイナタウンの中華レストランで一緒になった時の様子で、ミッキーが美晴先輩に気があるのは分かってる。
「あいつ、自分からはアプローチしないのよ。せっかく交換留学でうちに来たのにさ」
「シスコで、なんかあったんじゃない?」
「学年違うから、なかなか自分から出向いてなんてことできないのかもね。ミッキーはアメリカ人にしてはシャイなんじゃないかなあ」
「その分、あれこれ興味持っちゃって、質問攻めでまいっちゃうわ。さっきなんて、階段の段数が十三だって発見して大騒ぎ」
「え、学校って13階段だったの?」
「先輩、六年も在籍してて気づかないんですか?」
「うん、知らなかった」
「で、なんでなんですか13階段?」
「デフォルトだと思う。13が忌み数字だなんて、ちょっと前の日本じゃ知られてないわけでしょ、日本人の体格とかで建てたら、たまたま13になったんだと思うわよ」
「ちょっと試してくる」
「先輩……どこ行くんだろ?」
 
 しばらくすると――ちょっと来てみそ――と声が聞こえた。

「やっぱデフォルトだね、これ以上高くても低くても上り辛いよ。当然下りづらいし」
「クレバーですよ須磨先輩!」
 ミリーは三回ほど階段を上り下りしてチョ-納得した感じ。
「いやあ、なんかあるんだろうって事務所まで行って確認したんだけどね、事務長さんが古い図面まで出してくれたんだけど分からなくって、学校中の階段数えるハメになったのよ。よし、これであいつも納得でしょ」
 すると、ミリーのスマホが鳴りだした。
「ゲ、ミッキーだ……イエス、ミリー、スピーキング……」
 ミリーはスマホを耳にあて、声とは裏腹なウンザリ顔で電話に出た。

「え、あ、うん……じゃね。幸運を祈ってる」

「なんちゅうてきよったんや?」
「阪急京都線に13……あ、漢字表記だから十三てところがあるから調べるんだって。あいつ付き添って欲しそうだったから『そういうことは生徒会の美晴先輩の方が詳しいから』て振ってやったの。ナイスアイデアって喜んでた」
 すると階段の上の方からセカセカといら立った足音が下りてきた。部室から顔だけ出すと目が合った。
「あ、副会長」
 俺は、今までのいきさつで副会長という呼び方しかしない。
「ひょっとして、ミッキーですか?」
「うん、たった今電話してきてね、十三(じゅうそう)で迷子になったから助けに来て欲しいって」
「それで、今から?」
「うん、こんなことまでミリーに頼めないしね、ちょっくら行ってくるわ」

 階段の残り二段を子どものようにピョンと飛び降りると下足室に向かって走っていった。
 なんだか、とてもトラブル慣れした身のこなしに案外の苦労人かなあと思う。

 演劇部には同情されたくない!

 そんな副会長の心の声が聞こえたような気がした。
 

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坂の上のアリスー27ー『お待たせしました』

2020-03-22 06:36:00 | 不思議の国のアリス

坂の上のアリスー27ー
『お待たせしました』   



 

 大阪最初の宿は大阪城を間近に見るホテルだ。

 最上階のラウンジからは大阪平野が一望にできる。

「なんちゅうか、狭いなあ」
「コンパクトじゃね」
「ふーーーーーん」
「かわいい……」
「食欲ない」

 窓際のテーブルで、五人それぞれの感想を呟いた。大阪の異文化のせいか、ちょっとくたびれかけている。
 新大阪では元気にうどん体験ができた俺たちだが、新大阪からの小一時間で満腹になったような倦怠感。

 大阪は関空を除けば日本で一番狭い。
 このホテルは二十何階かで、そんなに背が高いわけじゃない。それで大阪の四方の端っこが分かるんだから狭い。
 でも、狭いからと言ってバカにするほどアホじゃない。
「東京が広すぎるんだよね……」
 これは一子だ。
「これなら地震とかになっても家まで歩いて帰れるよな」
「あそこUSJじゃね?」
 西の海と陸との境目にUSJ、ボールを投げたら届きそうだ。

「お待たせしました」

 てっきり晩飯が並ぶのかと思ったら放出(はなてん)さんだ。食事なら、もうちょっと後にしてと言うところだ。

「明日から、あちこち周ってもらいます。特にコースは決まっていません、このリストの中から二か所選んでください。もちろん一か所をじっくりでもかまいません」
「あのう、写真と名前だけで中身が分からないんですけど」
 そう、放出さんのリストには説明と言うものがなくって、まるでレストランのメニューのようだ。
「聞いていただければご説明いたします。まずは、みなさんのご興味です」
 放出さんはにこやかに俺たちを見渡す。にこやかなんだけど、なんだか試されているような気になる。質問がなかったり、スカタンを聞いたら密かにバカにされそう……てか、このへんに日当5000円アゴアシ付きの秘密があるような気がする……て、気の回し過ぎだろうか?
「この狭いところに面積当たりじゃ東京より多い飲食店があるんだよな……」
 真治が寿司屋の息子らしく呟く。
「そういう食べ物に特化したコースも考えられますよ」
「聖天使ガブリエルとしては、我が霊力を高めるためにスピリチャルスポットを周ってみたい!」
 ようやくエンジンがかかってきたすぴかがぶっ飛んだことを言う。
「聖天使様のスキルアップには絶好のコースを用意しております」
 杭全さんは、事もなげに受け止めてくれる。

 俺たちは一時間以上も、あーだこーだと唾を飛ばしながらアイデアを練った。

 で、いろいろ言いあっているうちに、気が付くと結構な空腹になっていた。

 

 

 ♡主な登場人物♡

 

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・48《ドゴール空港》

2020-03-22 06:15:58 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・45(さつき編)
《ドゴール空港》   



 

 

 最初の原因は機長のようだ。

「機長に、突発的な脳障害がおって暴れだし、それを制止しようとした副機長が突き飛ばされて頭をうち、脳内出血をおこし意識不明になったようだ。機長には麻酔を打っておいたから、暴れ出すことはないが、二人とも命の危険がある」
 乗客の中に居合わせた医者が、機長と副機長の面倒をみている。他に、ナースやCAなどで777のコクピットはいっぱいだった。
「この二人は動かせんよ。命にかかわる」
「しかたない。一佐は副操縦士席に、さつきさんは……」
「あなたの後ろにいます」
「じゃ、そこのエキストラシートに。あとの人たちは出てください。ドクター、多少揺れるかもしれませんので、気を付けてください」

 レオタード君は、ヘッドセットを付けると、ドゴール空港のスタッフと連絡をとった。

「わたしは、タクミ・レオタール。日本の自衛隊員です。777はシミレーションでの飛行経験が200時間ほどあります。実機は初めてですが、なんとかやります」
『君の腕を信じよう。滑走路は君たち専用に空けてある。好きなように着陸したまえ。万全の準備を整えて待っている』
「ありがとうございます。こちらも万全を期します」
『きみの英語にはフランス語なまりがあるね。苗字もフランス人みたいだが?』
「父がフランス人で、空軍のパイロットでした」
『ほう、じゃ、君もパイロットなのかい?』
「残念ながら、陸上自衛隊です。施設科……工兵ですが、兵科の中では何でも屋です。なんとかしますよ。ちなみに、横には連隊長の小林大佐が、後ろにはガールフレンドがいます。いいところを見せないわけにはいきません。では、ただ今より手動に切り替えます。乗客のみなさん。これから操縦は日本の自衛隊のパイロット、タクミ・レオタールが行います。軍人の操縦なので、多少荒っぽいかもしれません。シートベルトをお忘れ無く」

 レオタール君は三カ国語で機内放送をしたあと、手動操縦に切り替えた。

 多少……ではなく揺れた。

「操縦桿の具合をみるために少し揺れましたが、単なるテストです。ご心配なさいませんように」
「これが成功しても、空自に鞍替えなんかせんだろうな?」
「はい、でも、フランス空軍からオファーが来たらどうしましょう?」
「今や、レオタールは、自衛隊の防衛機密だ。職権で、わたしが断る」
「わたしの交友機密であることもお忘れ無く。それもファーストシートだから」
「ハハ、エコノミーに落とされないようにがんばるよ。じゃ、着陸態勢に入ります。一佐、よかったら命令してくれませんか。その方が気合いが入ります」
「よし、レオタール。着陸仕方ヨーーイ……かかれ!」
「了解! 機速150ノットへ、ギア降ろし方用意……フラップ全開」

 速度の落とし方が、やや早かったので、一瞬エレベーターが降下したような浮遊感があったけど、フラップが効いて姿勢が安定した。
「着陸姿勢、右に三度修正……」

 わずか三度の修正でも、大きな機体は反応が大きい。左側にGを感じた。

「ようし……軸線に乗った。機首上げ三度……高度100……80……50……30……10……ランディング。エンジン逆噴射!」

 思ったよりも、ずっとスム-ズに着陸できた。客席から拍手と歓声があがる。

「やったね、レオタード!」

 あたしは、思わずシートベルトを外して、シートごとレオタード君にしがみついた。レオタード君が汗ビチャなのに気づいた。
「レオタール、ブレーキをかけたほうがいいんじゃないか?」
「あ、忘れてた!」

 777は二百メートルオーバーランして止まった。

 あたしの交友機密のファーストクラスにレオタード君は、消えないインクで記載された……。

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せやさかい・132『府知事のお話』

2020-03-21 15:44:57 | ノベル

せやさかい・132

『府知事のお話』         

 

 

 詩(ことは)ちゃんの説得は大変やった。

 

 頼子さんのお祖母さんの女王陛下も、めちゃくちゃ心配してくれはった。『青青校樹』をスカイプしながら聴いてたら封印してたお父さんのことが胸に溢れてしもて訳わからんようになって、過呼吸になってしもた。

 落ち着いてから、女王陛下には「お父さんのことが思い出されて、動揺はしたけど、すっごく嬉しかったんです。ほんとうにありがとうございました!」言うて、笑顔で何べんもお礼を言うといた。

『武漢ウィルスが落ち着いて、いい気候になったら、またヤマセンブルグに来てちょうだい。今日のお詫びも兼ねて、おもてなしするわ。いろいろ楽しいプログラムを考えてね』

 お気遣いが済まなくて、でも、嬉しくって、何度もお礼を言って画面に頭を下げた。

 スカイプを終えてからは詩ちゃん。

「遠慮しなくていいのよ。あたしたち家族なんだからね!」

「うん、そやけど、いちばん耐えてるんはお母さんやから。うち、お母さんが言うまでは聞かへんことにしてるから。ほんま、大丈夫やから、ね、詩ちゃん(^_^;)」

 それから、一時間ほど詩ちゃんは、いっしょにベッドに腰掛けながら付き合ってくれて、夜食におうどんこさえて、いっしょにフーフーしながら完食したら(とりあえず)安心してくれた。

 

 この連休の間、大阪と兵庫の間の行き来は控えて欲しいと府知事がテレビで言ってた。

 

「ええ、いよいよかあ?」

 お祖父ちゃんが呟く。いよいよの意味は分かる。往来の制限は都市封鎖とか外出禁止とかに繋がる。武漢やイタリアやパリのことが頭に浮かぶ。

 兵庫県の知事が『やり過ぎや』言うて反発。「なんや、吉村知事の勇み足か」と伯父さんがチャンネル変えようとしたら「ちょ、まだなんかあるで」テイ兄ちゃんが止める。

 吉村知事は大きなフリップをカメラに向けて続ける。

『国は、阪神間の感染拡大予測で、この連休が危ないと書類を回してきたんですが、秘密にはすべきでないと判断してお知らせすることにしました』

 中学生にはむつかしいけど、茶の間の大人たちの雰囲気で大変なものやと感じる。

 それは、国から各県知事に送られたもので、公開しないように注釈があったらしいけど、府民の安全にかかわる事なんで公開に踏み切ったらしい。

「戦時中もあったんや」

「スペイン風邪?」

「ちゃう、二十年五月の大阪大空襲は事前に分かってたんやけどな、府民に知らせよとした大阪の師団に『知らせるべからず!』と命じた大本営と喧嘩になったことがある」

 さすがはお祖父ちゃん。

 

 府知事の放送のせいか「しばらくは家にいろって」と留美ちゃんは電話してきた。

 自転車で町内を走ってみる。マスクして走ってると、自分が怪しい者に思えてくる。

 それに、子どもを見かけることが無い。町を歩いてるのはほとんど年寄りばっかり。なんか悪いことしてるような気になって、そうそうに引き上げる。

 山門脇の桜の木が蕾を膨らましてきてる。

 去年、この桜が満開の時に、ここに来たんや。

 雨上がりで、満開の桜はみずみずしく咲き誇ってたはずやねんけど、記憶にない。

 そうや、留美ちゃんが桜に見惚れて遅刻してきて、その桜がうちの桜やて分かって、それで留美ちゃんと親しくなったんや。

 今日は来えへん留美ちゃんが、なんとも懐かしい。

 明日は、なんか口実作って、いっしょに遊びたいなあ。

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・76「キャシーへの手紙」

2020-03-21 07:06:58 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
76『キャシーへの手紙』   





 日本に来て三日がたったよキャシー。

 知識としては知っていたけど、現実に知るとビックリすることがあるんだよ。


 日本の学校にはプールがある。知っていたけど、実際プールを見ると、とてもクールだ。
 ラッキーなことに、初日にプールの授業があったんだ。
 25mで5コース、水はとても清潔で気持ちがいい。
 授業の最初にラジオ体操をするのかと思ったら簡単なストレッチだった。ラジオ体操はマスターしてるので、日本人の生徒と一緒にラジオ体操をやってみたかったんだけど、それは、また後日。
 体育の授業は隣の4組と合同なんだ。いっしょになると70人を超えてしまうんだけど、それではプールの定員を超えてしまうので男子ばっかで34人。
 海パンは全員お揃いだ。紺色でトランクスみたいな形。
 男がお揃いの海パンだと、なんだかアナポリス(海軍士官学校)みたいだけど、あんなにガチガチじゃない。
 クロールについてのレクチャーがあって、ウォーミングアップして実際に泳いでみる。
 泳いでビックリしたよ。

 なんと、僕がトップだ! 13秒だった。50メートルだったら23秒くらいになるかなあ。

 むろん、その日のレコードになったらしいけど、噂じゃ水泳部も混ざってるとか。でも、シャイだから実力を発揮していないと思う。
 あ、それと交換留学生への礼儀として僕を追い越さなかったのかもしれないけどね。

 掃除当番もやったよ。

 いい習慣だと思う。自分たちで使った学校は自分たちで掃除する。学校に愛着を持たせるいい習慣だと思うよ。
 いい習慣だけど、そのままアメリカでやるわけにはいかない。だって、清掃担当スタッフの仕事を取り上げることになるからね。
 この掃除は成績に反映されたりはしないんだけど、みんな真面目にやってるよ。
 こんな無償の行為はシスコのグリーンエンジェルスでもなきゃやらないと思うけどね。

 一日同じ教室に居るというのも新鮮だ。

 学校って、授業別の教室というのが当たり前なんだけど、このカラホリハイスクールじゃ先生の方が教室に来てくれる。
 ラクチンだし、ずっと同じ教室に居るとクラスの一体感が違うよ。
 第一印象は良い制度だと思う。でも、生徒の主体性という点ではどうかなあと思う。
 三日間の印象では、生徒は大人しい。授業中に喋る奴もいなくて、でも熱心に授業に参加してる感じでもない。授業中先生が質問しないのもね、コミニケーションのない授業は、ちょっと息苦しいかな。

 そうそう、教室じゃ机が一列に並んでて、先生は黒板の前で喋るだけなんだ。

 だから授業中にやることと言ったら、先生が黒板に書いたことをノートに写すこと。
 僕は日本語分からないから、先生が用意してくれた英文バンショプリントをノートに写す。これは苦行だね。

 クラスにはシカゴ出身のミリーという子が居て、必要なことは通訳してくれる。

 シカゴ訛が新鮮だ。
 うっかり言ったら「ミッキーこそ訛ってるよ」と返された。
 自分の感覚で物を見てしまうのはエスノセントリズム(自分の所属集団を一番だと思うこと)なんで「アイムソーリー」なんだけど、大阪人のエスノセントリズムは凄いよ! とはミリーの発言。
 ちなみに、マクドナルドのことを東日本ではマックというらしいんだけど、大阪ではマクドというんだぜ。
 マックというのはMacDonaldを詰めた言い方だよね。僕にも分かりやすい。
 マクドというのは、一度カタカナ日本語にして上三文字をとったもの。
 同じ日本でも言語感覚と文化の受容の仕方が違うようだ。ま、これもミリーから聞いたんだけどね。
「どっちが多いか考えといて、これ宿題だから」
 ミリーの答えはまだ聞いてない。
 ミリーは、いろいろ興味を持たせる話をしてくれるのでありがたい存在。
「でもね、渡り廊下でハグはしないでよね」
 と念を押される。

 スクールポリスについて話したかったんだけど、それは今度にするよ。

 お休みなさい。 

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坂の上のアリスー26ー『俺たちの夏旅行はこうして始まった……』

2020-03-21 06:59:19 | 不思議の国のアリス

坂の上のー26ー
『俺たちの夏旅行はこうして始まった……』    


 

 というわけで、俺たち五人は新大阪駅の改札を出たところにいる。

 わけというのは、親父からのメールだ。
――モニターの都合がつかなくなった、至急五人集めて欲しい――
 という内容で、俺と妹の綾香、幼なじみの一子と真治、すぴかの五人で関西の旅に出たのだ。

 なんのモニターか……息子の俺にもよく分からない。

 親父とお袋は学者……たぶん。昔からいろんな実験やら調査をやっていて、時々意味も分からずに手伝わされた。
 たぶん社会科学の方面で、地図に書かれたポイントをクリアしながら目的地へ行けとか、一日同じ景色を見ていろとか、モノを運べとかをやらされた。
 今回は、それの大掛かりなものだろうと、気楽に引き受けた。なんせアゴアシ代と一日5000円のギャラが出る。
 来年だったら進路のことなんかがあって長期の旅行なんかはできない。

 そうなんだ、期間は今日から三週間の長丁場。

 親父からのメールでなきゃ引き受けなかっただろう、世間的な常識ではヤバゲだもんな。

「……こいつらは、みんな化け物なんでしょ?」

 すぴかが綾香の後ろで背後霊のように呟く。

 意外だったけど、すぴかは箱根から西に行ったことがないらしい。街で出会う関西人の声は大きく粗暴に見えるので苦手らしい。

 関西、その中でも最もコアな土地である大阪は、すぴかにはとんでもない土地のようだ。

「わたしは聖天使ガブリエル。こんなソドムやゴモラのような享楽の地には行けないわ!」

 最初は眉間に皴を寄せていたが、俺と綾香が居なくなれば家族以外で口の利ける人間が居なくなってしまうので付いてきた。
 俺は、一種のショック療法で、すぴかのためになるんじゃないかと……こういう楽観主義は親譲りかなと思ってしまう。
 ま、相当の楽観主義でなきゃ、うちの親も子ども二人をほっぽらかして何か月も海外に行ったりはできないだろうけど。

「小腹が空いたなあ、ちょっとうどんでも食っていこうや」

 真治が提案し、一子の笑顔で決定した。こういうところは真治も一子も人格者だ。

 駅中の立ち食いに毛の生えたような店に入る。ちなみに新大阪駅には、こういううどん屋だけでも七軒ほどもあるんだそうだ。
 食券買ってトレーを持ってカウンターに並ぶ。
 俺と真治は全部載せ大盛りうどん、静香はスタミナうどん、綾香はきつねうどんに鯖寿司、純花は関東人の意地なのか食べ物に臆病なのかたぬきそば。

 全部載せうどんは、洗面器ほどの丼にうどんが二玉。トッピングは海老天、玉子、オボロ昆布、牛肉、明石焼きが載っている。
「オ、ダシは本格的なカツオと昆布の合わせ出汁!」
 家が寿司屋の真治は感動している。
「それだけちゃうで、トドメに追いガツオや!」
 厨房でオヤジが言う。その手は、今まさに追いガツオを投入しようとカツオで一ぱいのカゴが持っている。
「う~! いい香り!」一子が幸せそうな顔になる。
 投入された追いガツオは、モワッと湯気とともに香りをまき散らしたのだ。
「ムムム、タヌキがキツネに化けおった!」
 眉間にしわを寄せているのは聖天使ガブリエル。
「アハハ、関西でタヌキってったら天かすじゃなくてお揚げなんだよ」
 転校慣れした綾香が暖かく講釈。

 それぞれのレベルで小腹を満たしたところで、二階のロータリーに。

「お待ちしていました」
 大阪弁のイントネーション、女執事のカッチリ衣装のお姉さんに声を掛けられた。
「宿舎からお迎えにあがりました」
「あ、ああ父のメールにあった放出さん?」
 親父からの二回目のメールで放出さんが担当だと知らされていた。
「でも、時間ピッタリですね!」
 すぴか以外が感動する。すぴかはまだ箱根の西に心を許してはいないようだ。
「みなさんのスマホにアプリが送られています」
「え、アプリ?」
「ええ、お父さまのメールに仕込まれていまして、連絡を取り合うことで他の方々にも送られることになっています」
 う~ん、油断がならない。
「それから、わたしの苗字は放出と書いてハナテンと読みます、どうぞよろしく」
「ムズイ……」

 たった今まで『ほうしゅつ』だと思ってた。

 俺たちの夏旅行はこうして始まった……。


 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・47《コクーン・4》

2020-03-21 06:41:19 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・47
《コクーン・4》   



――どなたか、ジェット旅客機の操縦が出来る方はおられませんか!?――

 機内放送が、日本語、英語、フランス語で、喋り始めた……。
「どうしたんでしょ?」
「……これから詳しい事を言うだろう」

 小林一佐の言うとおりだった。数秒の沈黙のあと、別のCAがフランス語で喋り始めた。

「機長と副機長が二人とも身体的な理由で、操縦ができません。自動操縦で飛んでおりますので、今すぐ危険だというわけではありません。ただ、このままでは着陸ができませんので、どなたか操縦できる方を探しております。出来る方がおられましたら、近くのキャビンアテンダントまでお知らせください」

 早口で、少し聞き取り辛かったが意味は分かった。フランス語の分かる少数の乗客に動揺が走った。続いて英語、日本語、そして中国語と別のCAがアナウンスした。

「いかん、クルーがパニック寸前だ。母国語を喋るCAが、それぞれ話しているぞ」
 あたしたちがいるビジネスクラスにも動揺が走った。女性のCAが、こわばった笑顔で通路を歩く。
「どなたか、操縦出来る方……」
 かえって乗客の不安をあおっている。
「大丈夫、これはボーイング777だ、400人以上乗っている。一人ぐらいいるさ。落ち着いて」
 小林一佐が、CAの手を取り、優しく言った。軍服の力だろうか、キャビンは少し落ち着いた。しかし15分が限界だった。CAが三度目にやってきたときには、またキャビンに動揺が走り出した。
「さっきの軍人さん。あんたら出来んのかね!?」
 アメリカ人らしいオッサンが、小林さんに言った。
「申し訳ない、わたしはアーミー(陸軍)でね。いや、きっと経験者がいますよ。今頃手を上げるタイミングを計ってるでしょう」
「ああ、きっとル・モンドが注目するのをね」
 アメリカのオッサンは、こんなときにもユーモアを忘れない。ル・モンドとは、フランス最大手の新聞社だけど、直訳すれば「世界」だ。そんなことを思いながらも、あたしは手足が冷たくなって行くのを感じた。
「そんなに寒がらなくてもいい。ボクがなんとか……してもいいですか、サンダース?」
「君がか、レオタール?」
「父はフランス空軍のパイロットでした」
「で、君は、陸自の施設科だぜ」
「施設科のモットーは、利用できるモノはなんでも利用しろ。そして、最後まで諦めるなです。大丈夫、777はシシミュレーターで何度もやっています」
「実物は?」
「自衛隊でもシミュレーターのあとで、本物に乗せてるじゃないですか」
「じゃ、この777のコクーンは君が預かれ」
 一瞬真剣に目を見交わしたあと、レオタード君が立ち上がった。
「ボクが操縦します。交通違反で免停中ですが、腕は確かです」
 レオタード君は、三カ国語で話して、乗客の人たちから拍手をもらった。
「責任上、わたしが上官として立ち会います。そして、精神的なサポーターとして、このさつきさんにも付き添ってもらいます。

 え……

「無事成功の暁には、連隊長であるわたしが、二人の仲を公認いたします」
 小林さんが、とんでもないことを言った。
「この特別なオペレーションとカップルの出現に、元アメリカ海兵隊大尉として立ち会えることを光栄に思います。大佐!」
「サンキュー、メルシー、ありがとうございます」
 レオタード君は、三カ国語で礼を言って、あたしの肩に手を回した。その手が震えていることは、あたしの生涯の秘密にしようと誓った。
「大佐、よければ、このオペレーションに名前を付けさせて下さい」
 アメのオッサンが言った。
「ほう、オペレーション・トモダチ・2とか?」
「いいえ、『オペレーション・コイビト』であります」

 キャビン中から前にも増す拍手が起こった……。

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