大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

新・ここは世田谷豪徳寺・24《尾てい骨骨折・1》

2020-05-28 05:59:57 | 小説3

新・ここ世田谷豪徳寺24(さくら編)
≪尾てい骨骨折・1≫    



 

 今日は、年に数回しかない不快な日だ。

 小学校の頃から思ってんだけど、なんで日曜と祭日の間の日って休みにならないのかなあ。
太っ腹に三連休にして残りの日に集中してやった方が絶対効率がいい。
 先週は敬老の日のハッピーマンデーの三連休だったことと、もう一つの事情で、余計に感じる。
 ここんとこ、由美(学級員の米井由美)と佐伯君のことで気を使ったせいかもしれない。
 昨日は起きたら三時だった。午後の三時。あたしの日曜はどこへ行ったんだ!?って感じ。
 それもすっきりした目覚めではなかった。なんだか頭がボーっとして、まだ寝たりない。
 シャワーでも浴びてすっきりしようと思って階段を降りたら、下から二段目で踏み外した。

 ウ……

 しばらく声が出ないで、数秒たってから「アタタタ……」になった。
 尾てい骨をしたたかに打ってしまったようで、あたしの遠いご先祖がお猿さんであったことを久々に思い出す。
「何やってんのよ、こんな時間に」
 とパソコン見てたさつきネエが顔を出す。
「なによ、あれだけ寝といて、そのブチャムクレ顔は!?」
「せっかくの休みだから寝ダメしてたの!」
「ハハ、ねだめカンタービレだ」
 古いギャグを言う。
「お姉ちゃんだって、五十歩百歩の時間に起きたんでしょうが」
「昼には起きてたわよ。どうしたオケツ打ったか?」
「ちょっちね。ご先祖がお猿さんだってこと自覚した」
「さくらはマンマだけどね。それにしても痛そうだね、あたしが見たたげようか?」
「けっこうです!」
「尾てい骨骨折だったら、お医者さんに診てもらわなきゃダメだよ」
「大丈夫だったら!」
 ふと、お医者さんに行ってお尻丸出しで診てもらってる様子が頭に浮かんで、どーしよと思ったけど、お姉ちゃんのニクソイ笑顔の前で弱みは見せられない。
 平気な顔して浴室へ。
 しだいに痛みが薄れてきたのでシャワー浴びてリフレッシュ! オーシ、残りの休日を取り戻さなきゃと思って着替えに手を伸ばす……と、パンツが無かった。寝ぼけて忘れたんだ。仕方ないんでバスタオル巻いて取りに行く。

 階段の下までいくとパンツが降ってきた。

「さくら、あんた、もう高2なんだからキャラプリのおパンツなんかよしなよ」
「も-、取りに行くとこだったの!」
「タンスの前に落っことしてたのよ、あんた」
「お姉ちゃんに関係ないよ!」

 アミダラ女王とレイア姫のは、あたしのラッキーアイテムなんだ。
 スターウォーズは後から観たんだけど、メグ・キャボットの『プリンセスダイアリー』でハマってしまった。主人公のミアは、このおパンツでジェノヴィアの王女になったんだ。あたしも、入試はこれで合格した。リラックスしたいときや、ここ一番の勝負のときは、これに決めている。あ、勝負たって、世間がいうとこの勝負とは違うので念のため。

 部屋に戻ってパソコン起こして座ろうとしたら激痛!「ウッ!!」尾てい骨を忘れていた。

 少し前かがみで座ると、痛みがない。その姿勢で『尾てい骨骨折』を検索。自然治癒を待つ以外に手が無いことを知り、安心したり落胆したり。
「そんな姿勢で見てると目わるくするよ。お医者さんに……」
「自然治癒しか手が無いの!」
「アハハ、明日から学校どうするつもりよ。タチッパで授業受けるわけにいかないでしょ……」
 そうだ、学校で、こんなみっともない姿勢で座っているわけにはいかない。しばし研究の結果、座るときに気を付けることや、座っているときは左右どちらかに重心を寄せればヘッチャラということに気づく。
 でも、慣れて忘れたころに姿勢を正しくすると、また「ウッ!!」ということになる。
 で、夕べは安静第一と、9時にはベッドに入った。

 で、延べ10時間近く寝たというのに、まだ眠い。

 豪徳寺で電車に乗ったら、奇跡的に目の前のシートが空いていた……が、座るわにわいかない。すると、なんという偶然、四ノ宮クンが横にやってきて、あたしが座る意思が無いとみて、さっさと座ってしまった。
「あ、やっぱさくらだ。良かった、おれ?」
「あ、いいですよ。今日から健康のために車内では立つことにしたんです」
「ふうん、でも、ホームで何回もアクビしてたけど、徹夜で勉強?」
「あ、まあ、そんなとこです」

 本当のことなんか言えない。

 こうして、あたしの『ねだめカンタービレ』が始まった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・132「正直苦手なのよ」

2020-05-27 14:32:36 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

132『正直苦手なのよ朝倉美乃梨   

 

 

 宿泊を伴う部活には顧問の付き添いが原則である。

 

 宿泊と言っても、商店街の福引に当って、大阪府内の温泉に一泊。

 やかましく『原則』を振り回さなくてもいいと思うんだけど、職員室に来て報告されたんじゃ「あ、そう」というわけにはいかないわよ。

 まして、参加メンバーの中には車いすの沢村千歳がいる。

 温泉というからには入浴するんだろうから介助が必要でしょう。

 空堀高校はバリアフリーのモデル校。

 つまり、身障者の教育環境には大阪でいちばん気を配ってますって学校。

 その空堀の演劇部が部員揃って宿泊する。それに顧問が付き添わないのはまずいでしょ(;'∀')。

 反射的に言ってしまった「……下見に行くから」と。

「しゃくし定規にやらんでもええですよ」

 横の席のB先生は松井さんが出ていくのを待って言ってくれた。

「個人旅行なんだから、関与しなくても。ね」

 前の席のM先生も目配せしてくれる。

 でもね、聞こえてるはずの教頭先生は無言。

 無言と言うのは、なにか起こった時には「教頭としては承知していません」と言い逃れるためで、そう言う時には、聞いていながら手を打たなかった顧問の責任になるんだ。

 ああ、知らせになんか来ないで、勝手に行ってくれればよかったのに。

 

 煮え切らない気持ちのまま仕事を終えて駅に向かう。

 

 ホームに降りると、ギョッとした。

 松井さんが待っているではないか!?

「あら、いま帰り?」

 まるで同僚に話しかける口調。

 松井須磨は三年生の生徒なんだけど、わたしの同級生でもある。

 最初は気づかなかった。

 向こうから挨拶されたときは心臓が停まるかと思った。

 本人には悪いけど『化け物か!?』と慄いたわよ。

 風のうわさで松井さんが留年したとは聞いていたけど、ふつう女子が留年したら退学する。だから、とっくに退学して別の人生を歩んでいると思ってた。その後も留年を繰り返して、わたしが新任教師として赴任して出くわすとは思わなかった。

 これだけでもとんでもないことなのに、何の因果か、松井さんが所属する演劇部の顧問になってしまった。

 正直苦手なのよ、松井さんは。

 だから、ホームで出くわして「あ、今から下見」とか、見っともなく言ってしまった。

 帰宅するのとは逆方向の八尾南行きの電車に乗ってしまった(;^_^A

 いまさら、谷九で乗り換えて家に帰るわけにもいかないでしょ。

 いやあ、まいったまいった、お母さんが体調悪いって電話なんかしてくるんだもん、帰らないわけにはいかないでしょ(^_^;)

 なんて、松井さんには通用しないわ。

「すみません、空堀高校の朝倉と申しますが、今夜一泊でお願いできるでしょうか」

 谷九を過ぎて、南河内温泉に電話をいれるわたしだった。

 

 

 主な登場人物

 小山内啓介     二年生 演劇部部長 

 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)

 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長

 朝倉美乃梨    演劇部顧問

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ライトノベル・あたしのあした04『生きてて良かったな!』

2020-05-27 06:31:30 | ノベル2

04『生きてて良かったな!』      


 

 二十年ほど前、党の青年部が震災被災者のために巡回慰問をやっていたときのこと。

 ボランティアで参加してくれていたアイドルの美倉希美(みくらのぞみ)が急病で出られなくなったことがあった。
 急きょユニオシ興行からお笑い芸人を派遣してもらったが、いかんせん華がない。

 そこで白羽の矢が立ったのがさやかだった。

 さやかは衆議院のスケバンと言われた春風富貴子のジュニアとして名前が知られ始めていたが、本人は嫌がっていた。
 当時のさやかは、内気な中学生で、富貴子の娘と思われるだけで気が滅入ってしまった。
 そして、二学期からは不登校になってしまっていた。
 母親の富貴子議員は「引きこもっていちゃだめでしょ!」ということで、巡回慰問の手伝いをさせていた。
 さやかは美倉希美が好きで、引き籠り中でも、気分の良いときは、小さく希美の歌を口ずさんだりしていた。慰問の時も、照明や音響のテストの時には希美の代わりにステージに立っていた。

「そうだ、さやかちゃんならイケるよ!」

 慰問団長が思いついた。

 で、嫌がるさやかに衣装を着せメイクを施してステージに立たせた。

 憑依ったというのはこういうことだろう!

 さやかは完璧に美倉希美になってしまった。
 少し小柄なので、あきらかに本物とは違うのだけれど、好きこそもののなんとかで、歌もダンスも立ち居振る舞いも美倉希美だった。
 カーテンコールの後、袖に戻って来たさやかの目は、今まで見たこともないほどイキイキしていた。
「おつかれ、さやか!」
 声を掛けても、さやかは反応しなかった。「さやか」を「希美」に変えると、溢れるような笑顔を返してきた。
 そして、これがさやか自身アイドルになっていくきっかけになっていったのだった。

 いまの自分は、あの時のさやかのようだ。

 手鏡に映った顔も、発する声も風間寛一のものではない。とっさに助けたいと願った女生徒のそれだ。
 目をつぶったせいか、回復しきらない事故のショックか、自分は再び昏睡に陥ってしまった……。


 …………懐かしい寝息で目が覚めた。

 寝息のする方に頭を向けると、座ったまま舟をこいでいるお母さんの姿があった。
――あたし……生きてる……生きてるの?――
 お母さんを起こして、生きていることを確かめたかったけど、疲れ切っているお母さんを起こすのは気が引けた。
 それに申しわけない……そう、申しわけないんだ。

 駅のホームから線路に飛び込んだことがよみがえって来た。

 野坂昭如さんの小説を読んで、ここまで痩せたら死ぬんじゃないかと、合わせ鏡で自分のお尻を見た。
 普通に立ってお尻の穴が見えるようなら死期が近いからだ。
 あたしのお尻は、まるまちくって、まだまだ健康的だった。
 

 そして、三か月引きこもっていた家が、おぞましくなって、あてもなく家を出たんだ。

 そして駅のホームに来たところで、気力も体力も尽き果てて、もう終わりにしようって、思ったんだ。
 それまで電車に飛び込もうなんて思わなかった。ほんとだよ。
 電車には乗るつもりだった。ただ、どこで降りるか決心がつかなかったんだ。
 それを考えることにもくたびれて、跳び込めばいいんだと閃いたんだ。コロンブスの卵だったんだ。

 跳び込んだら、だれかがいっしょに跳び込んできて、あたしを捕まえると、線路の向こうまで放り投げたんだ。

 生きろ!

 そう聞こえたんだ……その時にね、

 生きてて良かったな!

 え……今の声は……あたしの頭の中からしたよ!?
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メタモルフォーゼ・5『序列がハイソになった』

2020-05-27 06:18:32 | 小説6

メタモルフォゼ・5
『5 序列がハイソになった』              

 

 


 美優って名前は、あんたが女の子だったら付けようと思っていたんだよ。

 昨日、帰りの電車の中で、お母さんがしみじみと言った。
 半分は同様にしみじみとし、半分はいい加減だと感じた。 

 ウチの女姉妹は、上から留美、美麗、麗美。これに美優ときたらまるで尻取りだ。
「一字ずつで、みんなが繋がってるだろ。いつまでも仲の良い姉妹でいてほしくてさ」
「あのう……」
「うん?」
「なんでもない……」
 あたしは(受売神社にお参りしてから、一人称が『あたし』になった)単に呼びやすいからだろうと思った。でも車内にいる受売高校の男子が、こっちを意識しながらヒソヒソ言っているので、視線を除けて俯いてしまった。

 帰りに、当面の衣料とノートを買った。教科書は転校した優香が未使用のまま学校に置いていった奴を、指定されたロッカーに入れてある。体操服はネームが入っているので、業者に発注した。明日は体育が無いので、ノープロブレム。

 家に帰ると、あたしの女性化にいっそうの磨きがかかったので、三人の姉にオモチャにされた。四回ヘアースタイルを変えられ、けっきょくは元のポニーテールがいいということになり、ルミネエとミレネエがメイクしようと言って迫ってきたが、高三のレミネエが、取りあえずリップの塗り方だけでいいということで収まった。
「お母さん、ミユのブラ、サイズ合ってないよ」
 どうやら、あたしはレミネエより発育が良さそうだ。
「ね、今度の休みにさ、四姉妹で買い物にいこうよ」
 お母さんが買ってくれたのは、取りあえずだったので、キチンとしたのを買おうということで、話がついた。
 さっそくネットで検索したりで大さわぎ。
 トドメは、お風呂に入るときのむだ毛処理。いくら姉妹でも屈辱的!

 朝は、自分でブラッシング、キッチンで新品の弁当箱を渡された。食器棚の進二時代の弁当箱が、なんだか抜け殻のように思えた。
 制服は、優香の保科の苗字が、渡辺に変えられていた。

「ええ、ご家庭のご都合で、今日からうちのクラスの仲間になる渡辺美優さんです。みんなよろしくな」

 ウッスンが、紹介してくれて教壇に。みんなの視線を感じる。みんな知った顔なのに発しているオーラがまるで違うので、戸惑う。女子の大半は頭の中で、点数を付け、男子は、女子のランキングを考えている顔だった。
「渡辺美優です。二学期の途中からですけど、よろしくお願いします」
 短い挨拶だったけど、反響は凄かった。この学校に入って、こんなに拍手してもらったことは初めてだ。
 席は、昨日までの進二のそれ。窓側の前から三番目に移された。

 進二の転校がウッスンから簡単に説明されたが、これには誰も反応しない。ちょっと寂しいってか、進二が可愛そうになった……で、進二を客体化している自分にも驚いた。

 進二は、成績は中の上ってとこで、授業はノートをきっちりとる程度。で、試験前にちょこっとやってホドホドの成績。ノートを書いて驚いた。字が完全に女の筆跡で、たいていの女子がそうであるように、字がきれい。教科書の図版を見ていろいろ想像している自分にも驚いた。
 例えば、日本史で元寇を見ていると、鎌倉武士の鎧甲の美しさに目を奪われ、資料集の鎧の威し方の違いをメモったりする。紫裾濃(むらさきすそご)なんてオシャレだなあと思う。ワンピでこの配色なら、相当日本的な女子力が無いと着こなせないと感じる。
 現代国語の宮沢賢治では挿絵の『畑にいます』という賢治のメモを見て、淡々と春の東北の景色を感じてしまう。あたしって空想家なんだなあと感心したりする。

 授業に来る先生のほとんどが、呼名点呼で、あたしの姿に驚くのはサゲサゲだった。職員朝礼で、あたしの「転校」の話は出ているはずなのに、みんなろくに聞いていないんだ。
 トイレは気を付けていたので男子トイレに行くような失敗は無かった。しかし、休み時間の女子トイレが、こんなに騒がしいとは思わなかった。
 でも、クラスで一番美人の仲間美紀にトイレで声を掛けられたのには驚いた。今まで、口をきいたことがない。噂では中学のときAKBの試験を受け「美人過ぎる」ことで落ちたらしい。

「お昼、いっしょに食べよう」

 ということで、昼は仲間美紀を筆頭に町井由美、勝呂帆真の美人三人組といっしょにお弁当を開いた。これで、あたしの女子の序列がハイソになったことを周りの視線と共に意識した。

――二年A組、渡辺美優さん、保健室まで来て下さい――

「失礼します」

 保健室に入ると、三島先生がにこやかに出迎えてくれた。
「保健の記録書書かなきゃならないから、ちょっと計らせて」
 で、上着を脱いだだけで、身長、座高、体重、視力、聴力の測定をした。
「これ、既往症とか、子どものころの疾患、アレルギーとかあったら家で書いてきて。うん、それだけ……あ、困ったことがあったらいつでも来てね」
 三島先生がウィンクした。三島先生は分かってくれている。先生の味方ができたのは嬉しかった。

 放課後は、自然に部室に足が向いた。

 で、部室は閉まっていた。

「あたしって、何してんだろう……」
 そう思いながら、職員室の秋元康先生のところに足が向いた。
「秋元先生、二年A組の渡辺です。演劇部に入りたいんです」
 自分ではない自分が喋った。
「演劇部、昨日で解散したよ」
「え……?」
 と、言ったわりには驚いていない。
「浅間って男子が転校。君と入れ違いの男子、目立たないやつだったけど、クラブの要だったんだな。みんな……一年の杉村って男子は残ってるけど、辞めちまった。一人じゃなあ……」
「あたしが入ったら二人になります。やりたい本があるんです」
 え、なに言ってんだろ!?
「『ダウンロード』って一人芝居があります。これならやれます、もう台詞も入ってますし」

 あたしは、こうして急遽演劇部に入ることになった。

 で、気がついた。『ダウンロード』は優香がやりたがっていた芝居だった……。


 つづく

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新・ここは世田谷豪徳寺・23《牛乳が切れていたので》

2020-05-27 05:59:24 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・23(幸子編)
≪牛乳が切れていたので≫     



 

「牛乳きれてるよ」

 亭主が平板な声で言った。若いころは落ち着いたバリトンに惚れたもんだけど、今はただの鈍いオヤジにしか見えない。
「さつきじゃないの? スコットランド人を助けたとかなんとか言いながら冷蔵庫開けてたから」
 今日は日曜だ……けど、亭主は図書館勤務なので仕事がある。今からコンビニに買いに行っては出勤に間に合わない……こともないんだけど面倒だ。

「……インスタントコーヒーにしとくか」

「ペットボトルのがあったわよぉ……」

「……ないぞぉ」

「え、ペットボトルのも空なの?」
「これは、さくらだな。昨夜は遅くまで本読んでたみたいだから」

 あいかわらず平板な声でそういうと自分でスクランブルエッグを作り始めた。やや脂肪肝なので油を控えてレンジでスクランブルエッグを作っている。なるほど、これなら油使わずにすむけど、あとでドッチャリマヨネーズを入れたら同じことだと思うんだけど、男のこういうこだわりにはチャチャを入れない方がいいのは28年も夫婦やってれば分かる
 
「行ってきまーす」

 鉋くずのような平板声で亭主は出勤。娘たちは昼近くまで寝てるだろうから、ここからはあたしだけの時間。
 あんまり……ほとんど売れていないけど、これでも作家の端くれ。来月末までと期限を切られた短編のプロットを考える。洗濯はそれから、娘二人の目覚まし代わりにかけてやればいい。

 今日は宮沢賢治の命日……それだけで、いい話が……浮かんでこない。

 だいたい、この作家の大先輩の命日も、朝一番に見た新聞のコラムから。
 アイデアが浮かばないときは、やたらに他のことがしたくなる。たっぷりの牛乳が入ったカフェオレが飲みたくなる。で、財布掴んで駅前のコンビニを目指す。

 コンビニの前で運命に出会ってしまった。

 直観で、ジョバンニだと思ってしまった。

 チノパンにカーキグリーンのシャツ。髪は自然な褐色で、憂いを湛えた横顔は、まさにジョバンニ。こんな朝っぱらから銀河のお祭りに行くわけでもないだろうけど、なんだか気になってあとを着けてしまう。
 ジョバンニは、路線図を見て切符を買った。豪徳寺に来て間もない子なんだろうか、不慣れな様子がとても初々しい。ついスイカを使って改札をくぐってしまう。

 で、けっきょく渋谷まで付いてきてしまった。

 まだ渋谷は9時をまわったところで、渋谷としては一番閑散とした時間だ。ジョバンニはぐるっと駅前を見渡すとハチ公の近くに寄った。あたしの中で妄想が膨らむ。これはカムパネルラと待ち合わせているに違いない。
 こういう追跡観察は、程よく距離を取って付かず離れずが大事だ。あたしは視野の端でジョバンニを捉えてカムパネルラが現れるのを待った。

 5分ほどして現れた!

 男の子ではなかったけど、サロペットが良く似合う女の子だ。
 あたしは年甲斐もなく完全に銀河鉄道の世界に入り込んでしまった。
 そこに、洗いざらしのシャツのオッサンが二人に近寄って、一言二言。すると、とたんに二人はジョバンニでもカムパネルラでもない、ただの若者になってしまった。
 そして、あろうことか、あたしに近寄ってきた。
「すみません、僕たちテレビの撮影なんです。まわりの人たちに意識されないように、遠くから撮ってるんですけど、オバサン豪徳寺からずっと付いてこられたでしょ。すみませんけど、被っちゃうんで、ご遠慮願えませんか」
「え、テレビの撮影!?」
「はい、こういうの撮ってます」
 オッサンは、丸めた台本を見せた。『渋谷銀河鉄道』と書かれ、銀河放送のロゴが入っていた。
「どうもすみませんでした。良い雰囲気の子だったんで、つい……あ、あたし、こういうものです」
 普段めったに使わない名刺を出した。
「あ、作家の佐倉幸子さんだったんですか。おーいみんな、こっちこっち!」
 二人の役者さんの他にもカメラマンや音声さんなどが集まってきた。で、10分ほど立ち話して別れた。

「あーあ、なんだテレビの撮影だったのか」
 そう独り言ちて一瞬空を見上げ、視線を戻すと、撮影班の姿はどこにもなかった。全部で10人近くいた人たちが忽然といなくなった。
「え、ええ……?」

 冷静に考えたら銀河放送なんて聞いたこともない。念のためスマホで検索。やはり出てこない。だいいちあたしのことを作家だと知っている人などほとんどいないのに、あの撮影班は、あたしの作品をかなり読んでいる形跡があった。

 まあ、牛乳が切れていたからおこった奇跡だと、思えるほどの大人子どもなあたしです。

 そうだ、お洗濯しなくっちゃ! 

 急いで豪徳寺に戻るあたしでした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ライトノベル・あたしのあした03『か、鏡を……』

2020-05-26 06:08:48 | ノベル2

03『か、鏡を……』      


 

 

 この子は跳び込まないだろうと思った。

 思い詰めた緊張感がない。ただ、くたびれて戸惑っているような感じしかしない。
 中学に入ったばかりのころ、まだ小学一年生だったさやかにせがまれて遠出をした時に似ている。

「あの角まがって」「ビルのむこうがわはどんなの?」「道路のむこうがわまで」「あの雲の下まで行って」そんなわがままに付き合って、気が付いたら知らない街だった。
 さやかはくたびれ果ててしゃがみ込んでしまい、わたしは「だいじょうぶだから」と、さやかの頭をなでてやることしかできなかった。
 事務所に電話をすれば、だれかが迎えに来てくれる。だけど親父に叱られるのは御免だ。さやかの母の名前を出せば「ああ、春風議員の!?」と助けてもらえることは分かっていたが、それはできない。どんなことで春風議員の名前に傷がつくかわからないからだ。

 けっきょくは、さやかをオンブして四時間歩きとおし、迷いまくって帰りついた。

 柱一本向こうの女生徒は、あの時のわたしのようだ。くたびれているだけならば死にはしない。
 
 が、一瞬女生徒に力がみなぎった! ホームには電車が入りかけている!

 大学でやっていたラグビーの感覚が蘇り、わたしはプラットホームを蹴った。
 タックルのタイミングはぴったりだった。ただ三十年以上昔の瞬発力ではない。線路の向こう側までは跳べない。
 とっさに女生徒を投げ飛ばした。

 よし、大丈夫だ!

 そこでわたしの意識は途絶えてしまった。



 気が付いたら、病院のベッドの上だった。
 気が付くと言っても、パチッと目が覚めたわけじゃない。
 濁った泥水の中から、ノロノロと浮かび上がったような感じだ。目を開けても幕が張ったようにはっきりとしなかった。
 ぼんやりとぼやけた輪郭に焦点が合いはじめると、白衣の医者と看護婦だということが分かってきた。
 医者の手が伸びてきて、目の前でペンライトを点けた。

「う……まぶしい」
「よし、大丈夫だ」
「お身内の方をお呼びしますね」
「ああ、そうして」

 すぐに人が入ってくる気配がした。

「お世話になります……よかった、意識が戻ったのね」
 女の人……なのだが、だれだか分からない。
「意識が戻ったばかりなので、多少の混乱はあると思います。無理にあれこれ聞かないようにしてください」
 そう言うと医者は、看護婦と女の人を残して出て行った。
「ほんとうに良かった! 電車にはねられたって聞いた時は、もうダメかと思ったわ」
「電車に……!?」

 一声出てびっくりした。これは自分の声じゃない……!

「か、鏡を……」

 女の人が手鏡を出して、顔の前に掲げてくれる。

 そこに映っていたのは、あの女生徒の顔だった……!
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メタモルフォーゼ・4・一人称が「あたし」になった

2020-05-26 05:57:22 | 小説6

メタモルフォゼ・4
一人称が「あたし」になった      

        


 レミネエが貸してくれたのは、ギンガムチェックのワンピースだ。

「やだよ、こんなシーズン遅れのAKBみたいなの!」
「同じ理由で、進……美優に貸すんだって」
「どうせなら、パンツルックにしてよ。Gパンかなんかさ」
「まあ、先生に診てもらうまでの辛抱。下鳥先生に診てもらったら、案外簡単に治るような気がする。あんたら姉弟を子どもの頃から診てもらっている先生だから」

 確かに下鳥先生は名医だ。オレの髄膜炎も、早期に発見して危ないところを助けてもらった。でも、この突然の変異は治療する以前に、信じてもらえないだろう。

 家を出たところで、向かいのオバサンに掴まってしまった。
「お早うございます、浅間さん、親類の子? 可愛いわねえ」
「ええ、姉の子で美優って言いますの。いえね、進二と国内交換留学で……ええ、最近流行らしいですのよ」
「美優です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。そのギンガムチェック似合ってるわね。そうだ、ちょっと待っててね」
 オバサンは家の中に入っていった、入れ違いにマルチーズのケンが出てきて、さかんに尻尾を振る。昨日の朝までは、ボクを見ては吠えていたバカ犬だ。
「まあ。ケンたら、カワイイ子には目がないんだから。これ付けてみて……」

 あっと言う間にポニーテールに、あつらえたようにお揃いのギンガムチェックのシュシュをさせられた。

「由美子が、なんかの景品でもらったんだけど、恥ずかしいからって、そのままになってたの。ウワー似合うわ! で、美優ちゃん。上のお名前は?」
「え、あ……渡辺です」
「渡辺美優、まるでAKBみたいね!」

「うちの姉ちゃん渡部だわよ」
「でも、名前が美優で、とっさに苗字聞かれたら渡辺になっちゃうよ」
「あんた、足が外股……」
 で、下鳥医院に着いた。

 さすがに下鳥先生で、最初こそ、ビックリされたものの直ぐに理解してくれた。

「血液型もいっしょだし、何より手相がいっしょだもんね」
 ルミネエが手相に詳しくなったのは、この先生のせい。先生は「手相を見て上げる」と言っては注射をする。だから、ボクの手相の記録も持っている。
「奥さん、進二君を孕んだときに、遺伝子検査表持ってきたでしょう、二回も」
「ええ、高齢出産だったもんで、心配で二カ所の産婦人科で……それが?」
「今だから言うけど、最初の性染色体は♀だたのよ。それが二度目は♂だった」
「え……!?」
「推測だけど、進二君は二卵性の双子だった。それが、発育のごく初期に♀の方が♂に取り込まれ、それが、何かの刺激で♀の因子が急に現れた」
「そんなことって、あるんですか?」
「双子じゃないけど、そういう両性の因子を持って生まれてくる子は時々いるの。でも、体の変化は、こんなに早くはないわ。ま、きわめて、きわめて希な解離性同一性障害……」
「なんですか、それ?」
 フライングして、ボクが聞いた。
「多重人格。しんちゃんの場合は、体の変化が先に起こって、心が後に現れるのかも……医学的には、そうとしか理論づけられない」
「先生、それで診断書書いてください!」
 お母さんが叫んだ……。


「……というわけなんです先生」

 先生と言っても、下鳥先生ではない。我が担任のウッスンこと臼居先生である。で、ここは校長室。従ってウッスンの隣りにはバーコードの校長先生が座っている。

 ボクは、ここで一つ学習した。大人は書類に弱い。下鳥先生の「疑解離性同一性障害」の診断書はテキメンだった。目の前の怪異を書類一枚で簡単に信じた。

「生徒には、転校生と説明しましょう。元に戻れば、元々の浅間進二君が帰ってきたことにして。それで行きましょう」
「運営委員会にかけなくていいですか?」
「教務部長と保健室の三島先生にだけは事情説明しておきましょう」
「しかし、長引くと……」
「わたしが責任をとります。生徒の利益が第一です。伏線をはります。今から校内を見学してください。臼居先生、付き添いよろしく」
「はい、では、こちらに」
「臼居先生」
「は?」
 校長先生は、ズボンを揺すり上げる仕草をした。ウッスンは腹が出ているので、すぐに腰パンになる。

 校長室前の姿見を見て驚いた。ボクの、美優の人相が微妙に違う……。

「お母さん、顔が変わってきた……」
「……目尻や口元が……気にしない、なんとかなるよ先は!」
 お母さんが、思い切り背中をどやした。お母さんの不安と頑張れという気持ちがいっぺんに伝わった。
 勝手知ったる学校を、物珍しく歩くのには苦労した。で、生徒のみんながジロジロ見て行くのには閉口した。途中で「やってらんねえ!」という顔のヨッコに出会った。ボクがいないので部活も苦しいんだろう。
 五メートルほどで目が合った。びっくりした顔をしている。

「マジ、カワイイ……」

 昨日自分が引き回した進二だとは分かっていないようだ。でも、この姿形カワイイのか?
「もう、このへんでけっこうです」
 みんなの視線が痛くて、もう耐えられなくなった。ウッスンはクソ正直に学校の隅から隅まで連れて行くつもりだ。もういい!

 学校からの帰り受売(うずめ)神社が目に入った。夕べ転んだ時に聞いた声を思い出した。
「お母さん、お参りしていこう」

 不思議なんだけど「元に戻して」じゃなくて「無事にいきますように」と祈っていた。
「まあ、頑張りい~な」
 そんな声が頭の中で聞こえた。お母さんに聞こえた気配がないので、何も言わなかった。
「あたし、お守り買ってくる」

 お守りを買って、一人称が「あたし」になっていることに驚いた……。

 つづく 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新・ここは世田谷豪徳寺・22《かまっちゃいらんない!》

2020-05-26 05:41:59 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・22(さつき編)
≪かまっちゃいらんない!≫    



 かっまちゃいらんない!

 というのが正直な気持ちだった。
 だけど、トムと最後に会ったのはあたしだ。
 そのとき、あたしの聖地である山下公園で、焼き芋食べながら一発かましたクサイやつだけど、その何倍もトムの性格の弱さなんかを遠慮なくえぐってしまった。高坂先生も直々に電話されてきたことだし捨て置くこともできず、あたしは当たりをつけた。

 イギリス大使館の前……ビンゴだった。

 イギリス大使館は皇居に面する半蔵門から千鳥が淵公園沿い一番町の広大な敷地に建つ。高い建物は無く煙突のついた建物やテニスコートもあって、アメリカ大使館や二番町のイスラエル大使館などのように厳しい警備の重苦しい雰囲気は無い。その閑静な大使館前にグデングデンになったトムが居た。
「あ、あなた知合いですか。じゃ、あとよろしくお願いします」
 大使館前で、警備に当たっていたお巡りさんが渡りに船とばかり、あたしに押し付けてきた。
「あのーー! あなたの国の分裂寸前だったスコットランドの若者なんですけど、しばらくロビーの片隅にでも休ませてやっていただけませんか!?」

 ダメ元で、門の向こうのイギリス人職員に怒鳴ってみた。

 すると、あろうことかその中年のイギリスのオッサンが、門を開けて出てきてくれた。
「彼の身元は自主的に見せてくれた留学ビザで分かっています。昨日から何人もスコットランドを含む我が国民がいたので、とうに引き上げてくれたと思ったんですけどね……」
 オッサンは、あたしに押し付けたそうに語尾を濁しながら、あたしの目をうかがった。
「第一義的にはイギリスの一部であることが確認されたばかりのスコットランド人なんです。大学にも連絡して引き取ってもらえるようにします。それまでの間でいいんです。もし拒否されるようなら、イギリスは心神耗弱なスコットランドの若者を路上に放置したって、直ちにFacebookに写真付きで投稿しますけど。拡散希望で!」
「オオ、もちろんですよ。スコットランド人は我が国民です。酔いがさめるまでお休みになってください」

 イギリス大使館、苦悩のスコットランド青年を保護する!

 キャプション付けて、Facebookに投稿した。むろんかいがいしくトムを介抱するオッサンとトムのツ-ショット付で。
 控室みたいなとこで休ませてくれた。その間にあたしは高坂先生に電話。先生は30分ほどでやってきてくれた。トムは半分ほどしか覚めてなかったけど、オッサンが手伝ってくれて、なんとか先生のセダンに乗せた。
「イギリス大使館のセキュリティーは甘かっただろう」
「はい、ボディーチェックとか無かったでしたし」
「実は、最新式のセキュリティーになってて、入館者は全て特殊なカメラでチェックされてるんだ」
「え、どんな?」
 バイトの取材者意識丸出しで、あたしは聞いた。
「三方向にカメラがあって、それが入館者の服を透かして3Dの映像で見えるようにしてあるんだ。ほら、これが駐仏大使館の映像」
 先生は運転しながらパッドを見せてくれた。十秒ほどの動画だったけど、スッポンポンのオジサンやオネーサンが歩いているのがはっきり写っていた。ちゃんとブラやパンツの食い込んだとこまで写ってる!
「こ、これって、プライバシーの侵害じゃないですか!?」
「まあ、これだけテロがあると仕方ないね。それ、右方向に手をスライドしてごらん……」
「ギョエ!」
 なんと、人の姿が骸骨になった!
「早すぎるんだ。もうちょっとゆっくりやると内臓が分かる。最近の自爆テロは体の中に爆弾入れてるやつもいるからね」
 ゆっくり戻すと内臓に、さらに戻すと下着姿になった。
「こんな恥ずかしいもの撮られてたんですか!?」
 イギリスはジェームスボンドの国だ、これくらいのことはやりかねない。すると先生は大笑いした。
「それはエープリルフールの日にBBCが流したイタズラだよ。教材のためにとっておいたんだ」

 なるほど、わがゼミのテーマは『ユーモアの力』であった……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・155『壬生 オモチャの城・1』

2020-05-25 13:56:21 | 小説

魔法少女マヂカ・155

『壬生 オモチャの城・1』語り手:マヂカ     

 

 

 

 オモチャのお城?

 

 我々と城を隔てるものが一群の灌木林になるところまで迫って、友里が呟いた。

 ディズニーランドのお城をプレスして高さを半分にしたような城は、なんともオモチャめいた印象なのだ。

 色紙(いろがみ)を切って貼り付けたような外壁、城壁や尖塔に立てられたポールには様々な三角の旗が掲げられているのだが、お子様ランチの旗のように固まって、そよぐことも垂れることもない。城壁を這う蔦はキレイな緑色で、ビニールの造花のようだ。

 リアルの建築物なら、電線やネットのケーブルが引き込まれていたり、屋根の縁には樋があったりするのだが、それも見当たらない。

 近寄ってみると、オモチャめいた音と音楽、ネジを巻くような音や、ガチャガチャ歯車が回る音、ヒューとかポンとか、クルクルとか、プップクプーとか、赤ちゃんが聞いたら笑顔になりそうな音がする。

「たしか、壬生にはオモチャの博物館があったような気がする」

「オモチャの博物館があるのか?」

 令和に時代に目覚めて一年ちょっと、日暮里以外の地理的な知識は、おおかた昭和二十年で止まっている。

「うん、小学校の時、遠足の候補に挙がったことがある」

「あ、城門が開く!」

 カタカタカタと、プラスチックの歯車が回るような音がして、城門が八の字開いた。

「入る?」

「いや、迂回していこう。ん……ツンは?」

「え? あ、あそこに」

 ツンは、灌木林を出たところで立ち止まっている。

「ツン、行くぞ」

 …………。

「ちょっとおかしい」

 灌木林のところまで戻ると、ツンは前を向いたまま行儀よく固まっている。

「あ……置物みたくなってる!」

「プラスチックのボディーに毛皮をかぶせたような……」

「子どものころ持ってた。ねじを巻くと『ワンワン』て言いながら歩く犬のオモチャ」

「ツンのお腹にもネジがあるぞ」

「巻いてみようか?」

「おう」

 ツンを横倒しにして、ネジを巻く。

 ジーコ ジーコ ジーコ

 八回ほどでネジが巻き上がり、ピョコンと立ち上がると、意外に早い足どりでトテトテトテと歩き出した。

「お、ちょっと待て!」

「ツン!」

 ツンは、追うほどに足が速くなり、わたしと友里を追わせたまま城門の中に入ってしまう。

 

 ギーーーーーーーーーーーガッチャン!!

 

 ツンを追って、城門を潜ると、硬質な金属音を立てて城門が閉まった。

 オモチャらしくない。まるで大砲に弾を込めて砲手が尾栓を閉じた時の音のようだ。

「あ、見て!」

 周囲の壁が捩じったように迫ってきて、捩じりは、そのまま前方に向かって規則正しい縞になって、まるで、砲身の中に刻まれたライフルのようになった。

「友里、ツンをきつく抱っこして、わたしに掴まれ!」

「え、なに?」

「早くしろ!」

 友里の手を掴まえたところで衝撃が来た!

 

 ドッカーーーーーーーーーーーーーン!!

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ライトノベル・あたしのあした02『コロンブスの卵』

2020-05-25 06:27:15 | ノベル2

02『コロンブスの卵』      


 もう長くはない。

 腫瘍が脳みその1/10まで広がっている。視神経に影響が出始めているが、他には影響が出ていない。しかし、それも時間の問題、わずかな刺激で腫瘍は脳の重要な部分を圧迫して、この風間寛一はおしまいになる。

 未練はない。

 春風議員の政務活動費と二重国籍の不始末は、この風間寛一が全部引き受けた。
「このことは、第一秘書の風間の不手際です」
 記者会見で、そう言えば済むだけの工作はしてきた。あとは、この頭の中の時限爆弾が始末してくれる。
 できたら雑踏の中で命を終えたい。そうすれば確実に病死と世間が認定してくれる。
 事故死では自殺ととられかねないし、病院のベッドで死んでも世間は「春風議員に始末された」と邪推する。

 春風さやかは国会議員になんかなるべきじゃなかった。

 大学を出て、在学中からやっていた芸能活動を本格化しつつあるところだった。それが母親の突然の死で議席を引き継がざるを得なかった。ノホホンとした明るさが取り柄の春風さやかがクソッタレの女性議員になるのはあっと言う間だった。クソッタレでもボスに違いは無い。ボスを守るのが秘書の本分。反発ばかりしてきた親父だけど、この言葉は正しい。

 信号待ちをしている女子高生が気になった。

 まだ九月の半ばだというのに冬服を着ている。手ぶらであるので下校中というわけでもないようだ。
 痩せぎすで顔色が悪い。なにより雰囲気が、駅前ロータリーの雑踏に馴染んでいない。表情が死んでいるのだ。今時の高校生に生気がないのは不思議じゃないが、この女生徒は、生きているエネルギーそのものが尽きかけているといった風なのだ。

 信号が変わって、わたしは女生徒の後ろを歩き出した……。


 顔に穴が開いていると思ったのは一瞬だった。

 よく見れば、お店のガラスには、ちゃんと顔が映っている。たぶんあたしの顔なんだろうけど、自分の顔という実感が無い。マネキンみたいに無表情。
 こういう顔してるとイジメられる……てか、イジメられた結果、こういうマネキンみたいな顔になっちゃうんだけどね。

 いま。あたしが立っているのは、学校へ行くのには一つ遠い駅のホーム。
 いくらなんでも、通学の駅には行けないもんね。心が耐えられないよ。

 駅自体は嫌いじゃない。電車に乗ってしまえば、いま立っているところからは逃げられるもん。
 それに絶えず人が移動しているから、学校みたいに人の存在が刺さってこない。
 人はみんな通行人だ、モブキャラだ。オブジェとしての人間なら悪くはない。

 でも、あたしってば、どこに行こうとしてるんだろうか?

 電車に乗ってしまえば、どこかに着いてしまう。終点まで乗っていても下りなきゃならない。下りるのはやだ。
 もう二本の電車を見送った。
 そろそろ体力が限界だ。野坂さんの小説みたく、お尻の穴が見えるくらいに衰えているわけじゃないけど、久々の外歩き。
 もう家に帰るほどの体力も気力も残ってはいない。

 そこでコロンブスの卵が立ってしまった。

 電車のもう一つの使い方が閃いたのだ。乗り込むだけが旅立ちへの手段じゃない……。
 あたしは、電車が入ってくるレールの響きに惹かれるようにホームの先端に向かった。

 そして、一メートルちょっと下のレールに向かって、軽くジャンプした。

 なんだ、こんな簡単なことだったんだ……。
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メタモルフォーゼ・3・呑み込みは早いんだけど……

2020-05-25 06:17:00 | 小説6

メタモルフォゼ・
呑み込みは早いんだけど……            

 

 

 留美アネキが会社帰りの姿で近寄ってきた……。

「オ、オレだよ、進二だよ……!」

 押し殺した小さな声でルミネエに言った。

「え、なんの冗談……?」
 少し間があってルミネエがドッキリカメラに引っかけられたような顔で言った。オレはここに至った事情を説明した。
「……だから、なんかの冗談なのよね?」
「冗談なんかじゃないよ。ここまで帰ってくるのに、どれだけ苦労したか!?」
「ねえ、進二は? あなた進二のなんなの?」

 オレは疲れも吹っ飛んで怖くなってきた。実の姉にも信じてもらえないなんて。

「だから、オレ、進二! ルミネエこそ、オレをからかってない? どこからどう見ても女装だろ?」
「ううん、どこからどう見ても……」
「もう、上着脱ぐから、よく見ろよ、これが女の……」
 体だった……ブラウスだけになると、自分の胸に二つの膨らみがあることに気づいた!

 小五までいっしょに風呂に入っていたことや、ルミネエが六年生になったときデベソの手術をしたこと、そして趣味でよく手相を見てもらっていたので、門灯の下で手相を見せ、ようやく信じてもらった。

「進二、下の方は?」
「え、舌?」
「バカ、オチンチンだよ!」
 ボクはハッとして、自分のを確認した。
「この状況に怯えて萎縮してる」
 すると、やわらルミネエの手がのびてきて、あそこをユビパッチンされた。小さい頃、男の子は、今は就職して家を出てる進一アニキしかいなかったので、油断していると三人の姉に、よくこのユビパッチンをされて悶絶した。それが……痛くない。

「よく見れば、進二の面影ある……」

 お母さんが、しみじみ眺め、やっと一言言った。ミレネエとレミネエは、ポカンとしたまま。

 この真剣な状況で、オレのお腹が鳴った。

「ま、難しいことは、ご飯たべてからにしよう!」
 お母さんが宣言して、晩ご飯になった。お母さんには、こういうところがある。困ったら、取りあえず腹ごしらえ、それから、やれることを決めようって、それでうちは回ってきた。

 女が強い家なんだ。

「進二、学校から歩いて帰ってきたから、汗かいてるだろ。ちょっと臭うよ」
「ほんと? う、女臭え……!」
 我ながらオゾケが走った。この汗の半分は冷や汗だ。
「進二、食べたら、すぐにお風呂入ってきな。それからゆっくり相談しよう」
「お風呂、お姉ちゃんがいっしょに入ってあげるから」
「え、やだよ!」
「あんた、髪の洗い方も分かんないでしょ」
「わ、分かってるよ。昔いっしょに入ってたから」
「子どもとは、違うんだから。お姉ちゃんの言うこと聞きなさい!」
 矛盾することを言っていると思ったが、入ってみて分かった。女の風呂って大変。
「バカね、髪まとめないで湯船に入ったりして!」
 ルミネエが短パンにタンクトップで風呂に入ってきた。後ろでミレネエとレミネエの気配。
「バカ、覗くなよ!」
「着替え、置いとくからね」
「下着は、麗美のおニューだから」
「え、あたしの!?」
「だって……」
 モメながらミレネエとレミネエの気配が消えた。お母さんの叱る声もする。

「進二……完全に女の子になっちゃったんだね」

 シャンプー教えてくれながら、ルミネエがため息混じりに言った。オレは、慌てて膝を閉じた。

「明日は、取りあえず学校休もう。で、お医者さんに行く!」
 風呂から上がると、お母さんが宣告した。
 寝る前が一騒動だった。ご近所の人との対応は? お父さん進一兄ちゃんへ報告は? 急に男に戻ったときはどうするか? 症状が続くようならどうするか? などなど……。
「もう寝るから。テキトーに決めといて」
 眠いのと、末っ子の依頼心の強さで、下駄を預けることにした。

 朝起きると、みんな朝の支度でてんてこ舞い。まあ、いつものことだけど。

「なによ美優、その頭は?」
「美優?」
「ここ当分の、あんたの名前。じゃ、行ってきまーす!」
 レミネエが、真っ先に家を飛び出す。0時間目がある進学校の三年生。
「あたし二講時目からだから、少し手伝う。髪……よりトイレ先だな、行っといで」
 トイレで、パジャマの前を探って再認識。オレは男じゃないんだ。
 歯を磨いて、歯並びがオレのまんまなので少し嬉しい。で、笑うとカワイイ……こともなく、歯磨きの泡を口に付けた大爆発頭「まぬけ」という言葉が一番しっくりくる。

「じゃ、がんばるんだよ美優!」
「え、なにがんばるのさ?」
「とにかく前向いて、希望を持って。じゃ、いってきまーす!」
 ルミネエが出かけた。

「ちょっと痛いよ」
 朝ご飯食べながら、ミレネエにブラッシングされる。
「こりゃ、一回トリートメントしたほうがいいね」
「……ということで、休ませますので」
 お袋が受話器を置く。

 オレはどうやら風をこじらせて休むことになったようだ。

「ああ、眠いのに、なんだかドキドキしてきた」
「その割に、よく食べるね」
「それって、アレのまえじゃない?」
「え……?」
「ちょっとむくみもきてんじゃない?」
 そりゃ、体が変わったんだから……ぐらいに思っていた。
「あんた、前はいつだった?」
「おかあさん、この子昨日女子になったばかりよ」
「でも、念のために……」

 お母さんと、ミレネエが襲ってきた。で、ここでは言えないような目にあった(^_^;)。

 ただ、女って面倒で大変だと身にしみた朝ではあった。

 

 つづく 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新・ここは世田谷豪徳寺・21《我ながらひどい顔だ》

2020-05-25 06:03:10 | 小説3

ここ世田谷豪徳・21(さつき編)
≪我ながらひどい顔だ≫       




「え、まだ結果出てないの!?」

 二日酔いのぼさぼさ頭で起きだして、テレビのニュース番組を見て叫んでしまった。
妹のさくらが嫌味な目で見ている。
「帝都の卒業生も二年たつと、こうなっちゃうかねえ」
「え、なに?」
 返事の代わりに鏡を渡された。なるほど、ごもっとも。我ながらひどい顔だ。

 昨日はゼミの仲間といっしょにトムを慰めながら終電まで飲んでいた。

 イギリス……いや、スコットランド人の中でも、トムは思い切り優柔不断な奴だ。世論調査でも、スコットランドの独立に関しては94%の人たちが賛否いずれにせよ態度が明確だ。6%の人が賛否保留。これは分かる。近所や職場がみんな違う意見だったりすると、なかなか思った通りを口にできないものだ。
 でもトムは違う。日本に来ているのだ。日本人は世界に冠たるミーハーな国民性だけど、マスコミが騒ぐほどにはスコットランドには関心が無い。だから、なんの遠慮も無く賛成でも反対でも叫べる。それが昨日車で跳ね飛ばしそうになってから丸一日付き合うハメになったけど、トムはハムレットだった。

「投票結果出るのは夕方だって……」

 お母さんが、朝ごはんの用意しながら教えてくれた。
「日本だったら、出口調査で投票締め切りと同時に結果でてるよ」
 トーストの上にスクランブルエッグ乗っけて、あたしはボヤいた。
「さつき、せめて着替えてから朝飯食べたら」
 斜め前のお父さんが言う。
「いいの。スコットランドのお蔭で、昨日は振り回されっぱなしだったんだから」
「それは同情するけど、ここのボタンぐらい留めなさい」
 と、胸元を指した。あたしったら、パジャマの第二ボタンが外れていた。お父さんの角度からだと胸が丸見えだったんだろう。
「ごめんなふぁい……」
 トースト咥えたまま素直に謝る。さくらだったら「変態オヤジ!」とか逆ねじなんだろうけど、さすがに大学生、自他の状況を見て反応が出来る。お母さんの「情けない」という視線をシカトして、モソモソと朝食を咀嚼する。

 なんとか身づくろいしてダイニングに戻ると、お父さんはご出勤、さくらも学校に行っていた。でも、テレビでは相変わらずスコットランド。で、コメンテーターが、沖縄の独立なんて飛躍した話をしている。
「こういう奴が一番許せないのよね……」
 お母さんが冷やかに言った。
 たしかに、このコメンテーターは慰安婦問題でさんざん政府を批判しておきながら朝日新聞が叩かれ始めると、一週間沈黙したあと、急に朝日批判になってしまった。で、知ったかぶりの話題づくりのために沖縄独立なんてことを言いだす。
「針程の事を電柱程に言うんだから。スコットランドはイングランドと違ってケルト人だけど、沖縄は純然たる日本よ。文化的にも民族的にも。沖縄が外国だって言うんなら、東北だって外国。京都や山陰は人類的形質じゃ韓国と同じになっちゃう。そういうことも分からないで、ただエキセントリックだというだけで、こんなことほざくんだもんね」
 かなり学問的で分析的な批判をお母さんは言う。

 見かけは普通の主婦だけど、お母さんは兼業作家だ。知識と理屈は並の大学の講師の上を行く。付き合っていては論議を吹っ掛けられそうなので、大学へ行くことにする。

 そこにゼミの高坂先生から電話……トムが夕べから寮に帰っていないだとさ。

 アンチクショー!

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・148『やっと頼子の入学式!』

2020-05-24 14:50:01 | ノベル

せやさかい・148

やっと頼子入学式』         

 

 

 やっと入学式。

 

 真新しい制服に身を包んで、ソフィアと二人式場の扉の前に立つ。

 式次第を持った担当の先生がドアノブに手を掛けて、その瞬間を待っている。

 ケホン

 わたし以上に入学式を楽しみにしていたソフィアが、楽しみしていた分、余計に緊張している。

 ボディ-ガードとお付きを兼ねているから、並みの留学とは違う。

 制服の内ポケットには、イザという時のためのニンバス2020(伸縮式の特別制)を忍ばせているに違いない。先祖代々の王室付き魔法使い、義務感というか使命感でガチガチになってる。

「そんなに緊張していちゃ、三年間もたないわよ」

「緊張なんかしてません……です」

「そーお? じゃ、ちょっと歩く練習しとこう」

「歩く練習?」

「そう、緊張してると手と足がいっしょにでちゃったりするから」

「そんなこと、なりません。です」

「じゃ、ためしに一回やっとこう。いくよ、3、2、1、GO!」

 一歩踏み出してアウト。ソフィアは見事に手足を一緒に出した。

「あ、あ、今のはナシです! 殿下の暗示にかかったです!」

「アハハ」

「わ、笑っちゃいけません(;^_^! です!」

「お静かに、間もなく開式です!」

「「はーーい」」

 先生に怒られる。

 同時に式場入場のためのBGM『威風堂々』が静かに流れる。

「時間です」

 ノブに手を掛けた先生が、小さく、カチャリと音をさせて重厚なマホガニーのドアを開ける。

 BGMのボリュームがレベル2ほど上がる。

 手と足を同時に出すこともなく、七歩歩いて着席。

 なんで七歩かと言うと、事前にソフィアと話して、験よくラッキーナンバーの七で決めてみようと打ち合わせていたから。

 ん? それにしても七歩は少ない?

 仕方ないでしょ! だって、ここは奥行八メートルしかない領事館のリビングなんだから!

「では、これより、令和二年度、真理愛女学院の入学式を挙行いたします。一同、起立!」

 ザザザ

 う……大勢が立ち上がるエフェクトなんかいらないのに。

 100インチのモニターに真理愛女学院の校長先生が映し出される。

 実物大だ。少しでもリアルな入学式にしようと、ジョン・スミスが、ほぼ実物大に見えるモニターを都合してきたんだ。

『新入学のみなさん、真理愛女学院はコロナウイルスの終焉を待って入学式を挙行しようと待っておりましたが、完全終息の気配が見えてこないまま、いたずらに日程を先延ばしに……』

 状況の説明がなされると、ウィンプルのオデコが机にくっ付くんじゃないかと思うくらいに頭を下げる校長先生。でも、オデコを上げると、それこそマリア様のように慈愛に満ちたお顔で祝辞を述べられる。

『タブレットやモニターの画面越しではありますが、こうやって、新入生の皆さんにお祝いを述べられるのは、とても嬉しく、お目出度いことで……』

 そこまで述べられると、校長先生を照らし出す灯りが五割り増しくらいに明るくなった。

 ちょっと演出のし過ぎ……と思ったら、窓からの光だ。

 なぜわかったかと言うと、領事館のリビングにも同時に光が差し込んできたから。

『ほら、みなさん、今日の貴方たちと真理愛女学院を祝福するように陽が差し込んできました!』

 校長先生のスピーチは録画では無くてライブなんだ!

 お祖母ちゃんの女王も、たとえカンニングペーパーを用意しても、スピーチはライブでやった方がいいという。

 年齢相応に物忘れしたりするお祖母ちゃんは録画の方がいいと思うんだけど、こういうところを見てしまうと、やっぱり正しいと思ってしまう。

『では、明後日からネット授業が始まります。六月に入れば分散投稿も始まり、直接みなさんの元気なお顔にも接することができるでしょう。みなさん、改めて、ご入学御目出とうございます(^▽^)/』

「新入生、起立。礼、着席」

 きっちりやる先生だ。

 ちなみに、進行はジョン・スミス。

「では、みなさんのクラスを発表します」

 クラスなんて、一昨日来た通知に書いてあるんだけど、入学式のムードを大事にしたいジョン・スミスは、入学式が終わるまで教えてくれなかったのだ。

「ミス・ソフィアは、一年二組です」

「はい」

「ミス・ヨリコは、一年一組……」

 ああ、やっぱりソフィアとは別のクラスだよね。

「……と、一年三組」

 え、どっち?

「に挟まれたクラスです?」

「え、それって?」

「同じ二組ですよ、殿下」

「あ、もージョンったらあ!」

「ハハハ、怒らない怒らない、怒らないで回れ右」

「え、え?」

 

 回れ右すると、マスクこそしていたけど、そのマスクから溢れるような笑顔のさくらと留美!

 

 ウワアアアア!!

 

 もう、言葉じゃなかった。

 三人でハグ!

 したかったんだけど、ジョン・スミスとソフィアに阻まれた!

「ソーシャルディスタンス、です!」

 ちゃんと役目を果たすソフィアでありました(^_^;)

 

 

☆ 主な登場人物

 

酒井さくら       安泰中学二年生

榊原留美        安泰中学二年生

夕陽丘・スミス・頼子  真理愛女学院高校一年生 ヤマセンブルグ公国王位継承者

酒井詩(ことは)    真理愛女学院高校二年生 さくらの従姉

酒井諦一        さくらの従兄 安泰山如来寺の僧侶 檀家からは若ボンと呼ばれる

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ライトノベル・あたしのあした01『お尻の穴』

2020-05-24 06:47:59 | ノベル2

 01『お尻の穴』      

 

 お尻の穴が見えたら危ないないらしい。

「恵一、あたしはどうかなあ?」
 ジャージとパンツを脱いでむき出しのお尻を向けてみた。
 恵一の戸惑ったような気配がする。
「ね、どーよ?」
 恵一が鼻をクンカクンカさせた……と思ったら、廊下に出て行く気配。
「恵一」
 振り返ったら、恵一は居なかった。リビングに行ってしまったみたい。
「もうーーー」

 一度お尻をしまい、壁にかかった鏡を外して風呂場に持って行く。

 浴室の扉を閉めて鏡を立てかける。これで大きめの合わせ鏡のできあがり。
「これでいけるかなあ……」
 浴室の鏡の中に立てかけた鏡が見える。膝立ちしたらいけそうだ。
 もう一度お尻をむき出しにし、立膝で鏡を見る。
「やっぱね……」
 小ぶりお尻には思っていたよりも肉が付いていて、当然ながらお尻の穴は見えない。

 野坂昭如の小説を読んでいたんだ。

『火垂るの墓』みたいな欺瞞的な小説じゃない。

 小説では、妹は五歳くらいで病気で亡くなる。

 実際の妹は赤ん坊で、その赤ん坊に配給されたミルクを野坂はついつい飲んでしまって、赤ん坊は餓死したんだ。
 妹を死なせてしまったけど、野坂は死んでなんかいない。
 そのあとも生き延びて、いろいろ悪いことをやって少年院にいれられる。終戦直後のことだけどね。
 当時は食糧事情が悪くって、少年院の中でも、次々に少年たちは死んでいった。

 後ろから見てお尻の穴が見えるくらい、お尻の肉が痩せてしまうとお迎えが近いらしい。

 この三か月引きこもりで五キロ痩せた。あんまし食べないからだ。
 この半月はほとんど食べていない。匂い、食べ物の匂いが⇒臭いになってしまった。
 特に炊き立てのご飯なんて最悪。
 無理に食べても(お母さんに悪いから、一応は食べる)すぐにリバースしてしまう。

 五キロくらい痩せても死なないんだ。
 
 野坂さん、ごめんなさい。
 野坂さんは、もっと苦しかったんだよね。お尻の穴が見えるくらい痩せるって生半可なことじゃないんだよね。

 部屋に戻って、ツケッパのパソコンで「女子高生の自殺」と検索してみる……。

 それから、久しぶりに制服に着替える。
「恵一……」
 小さな声だけど、聞こえたようで、リビングから恵一が戻って来た。
「ちょっと出かけてくるね」
 恵一は不思議そうな顔をしていたけど何も言わない。言わないけど、ちゃんと関心は持ってくれている。恵一は余計なことは喋らないんだ。
「じゃね」
 ほんとは、スキンシップとかしたかったけど、止めた。

 家を出て少し歩く。

 なんだか暑いなあと思う。
 そっか、まだ九月の半ばなんだ。あたしは、当たり前みたいに冬服を着ている。
 家の中ではエアコン点けてるから、季節の移ろいというのが分からない。

 赤信号で立ち止まる。
 角店の方から気配……視線を向けると、ガラスに自分の姿が映っている。

 あ…………と思った。

 ガラスに映った自分の顔の真ん中に、大きな穴が開いていた。
  

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

メタモルフォーゼ・2・歩いて帰る!

2020-05-24 06:21:44 | 小説6

メタモルフォ

・歩いて帰る!             

    

 幸い秋の日はつるべ落とし。駅までは気にせずに歩けた。

 

 でも、駅の明るい照明が見えてくると足がすくんだ。女装の男子高校生なんて、へたすれば変態扱いで通報されるかもしれない。
 それよりも、このラッシュ時、満員のエスカレーター、ホーム、車両。ただでも人間関係を超えた距離で人が接する。絶対バレる!

 家の最寄り駅まで三駅。歩けば一時間近くかかる……。

 でも、オレは歩くことにした。

 近くに、このあたりの地名の元になった受売(うずめ)神社がある。その境内を通れば百メートルほど近道になる。鳥居を潜って拝殿の脇を通れば人目にもつかない。

 あ……!

 石畳の僅かな段差に躓いて転倒してしまった。
「気いつけや……」
「すみません」
 とっさの事に返事したが、まわりに人の気配は無く、常夜灯だけが細々と点いていた。幻聴だったのか……こういうことには気の弱いオレは真っ直ぐ神社を駆け抜けた。

 神社を抜けると、このあたりの旧集落。そして団地を抜けると人通りの多い隣り駅に続く。カーブミラーや店のショ-ウィンドウに映る自分をチラ見して、なるべく女子高生に見えるようにして歩いた。
 演劇部なので、基礎練習で歩き方の練習がある。その中に女の歩き方というのがある。
 全ての女性に当てはまるわけではないけど、一般に一本の線を踏むように歩く。足先は少し開くぐらいで、歩幅が広いほどハツラツとして明るい女性に見える。思わず春の講習会のワークショップを思い出し、それをやってみる。スピードは速いけど人目に付く。
 かといって、縮こまって歩くと逆の意味で目立ってしまう。

 役の典型化という言葉が頭に浮かぶ。その役に最も相応しい身のこなしや、歩き方、しゃべり方等を言う。今は一人で歩いているので、歩き方だけに気を付ける。過不足のない歩幅、つま先の角度。胸は少しだけ張って、五十メートルほど先を見て歩く。一駅過ぎたあたりで、なんとなく感じが掴めた。二駅目では、そう意識しないでも女らしく歩いている自分をおかしく感じる。
 
 スカートの中で内股が擦れ合う感覚というのは発見だった。

 女というのは、こんなふうに、いつも自分を感じながらってか、意識しながら生きてるんだ。

 クラブの女子や、三人の姉の基本的に自己中な生き方が少し理解出来たような気がした。

 ヒヤーーー!

 思わず裏声で悲鳴が出た。
 通りすがりの自転車のオッサンが、お尻を撫でていった。無性に腹が立って追いかける。
 オッサンは、まさか中身が男子で、追いかけてくるとは思わなかったんだろう。急にスピードを上げ始めた。
「待てえええええええ!」
 裏返った声のまま叫んだ。オッサンはハンドルがふらついて転倒した。
「ざまー見ろ!」
「怖え女子高生だな……イテテ」
 オッサンは少し怪我をしたようだけど、自業自得。気味が良かった。ヨッコや姉ちゃんたちの嗜虐性が分かったような気がした。

 やっと三つ目の最寄りの駅が見えてきた。尻撫でのオッサンを凹ましたことと、ウォーキングハイで、なんだか気持ちが高揚してきた。

 最寄りの駅は、準急が止まるのでそれなりの駅前の規模がある。人や車の行き来も頻繁。ここはサッサと行ってしまわなくっちゃ。そう思って駅に近づくと、中央分離帯で大きな荷物を持ってへばっているオバアチャンが目についた。信号が変わって、荷物を持とうとするんだけど、気力体力ともに尽きたのか動くのを諦めてしまった。こんな町でも小都会、この程度のお年寄りの不幸には見向きもしない……って、普段の自分もそうかもしれないが、駅前全体が見えている自分には、オバアチャンの不幸が際だって見えてしまう。

「オバアチャン、向こうに渡るのよね?」
「え、ああ、そうなんだけど……」
 
 しまった、オバアチャンが至近距離で自分のことを見てる……ええい、乗りかかった船。オバアチャンの荷物を持って手を引いた。
「どうもありがとう。タクシーが反対方向なもんでね」
「あ、そうなんだ」
 タクシーはすぐに来た。で、タクシーに乗りながらオバアチャンが言った。
「ありがとねえ、あんたならAKBのセンターが勤まるわよ!」

 AKBのセンター……矢作萌夏か!?

 まあ、オバアチャン一人バレても仕方ない。感謝もしてくれたんだし。
 そして、早くも身に付いた女子高生歩きで我が家に向かった。

 で、我が家の玄関。

 せめてウィッグぐらいは取らなきゃな。カチューシャ外してウィッグを掴むと……痛い。まるで地毛だ。

「……進二の学校の子?」

 上の留美アネキが会社帰りの姿で近寄ってきた……。

 

 つづく 



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする