大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

新・ここは世田谷豪徳寺・20《トーマス・ブレーク・グラバーの憂鬱》

2020-05-24 06:07:52 | 小説3

ここ世田谷豪徳・20(さつき編)
≪トーマス・ブレーク・グラバーの憂鬱≫
         


 

 もう少しで轢き殺すところだった。

 数秒……ハンドルに伏せた顔を上げられなかった。

 そして顔を上げたら、轢かれかけた本人がスタスタ歩いていく後ろ姿が目に入ったではないか!

 同じゼミのトム。

「トム、何か言ったらどうなのよ、飛び出してきたのあんたなんだから!!」
 思いのほか大きな声になった。トムは初めて気が付いたようにポカンと振り返った。
「……どうしたの、さつき?」
 こいつは、まだ分かっていない。
「急に人の車の前に飛び出してきて、挨拶もないわけ!?」
「え、ボクが?」
「いくら、あんたのボンヤリが原因でも、轢いちゃったりしたら車の過失になるんだからね!」
「ボクが飛び出した? さつきの車の前に……?」
「そうよ、あたしのゴールド免許に傷つくとこだったわよ!」
 トムは、スタスタやってきて、覗きこむようにして言った。
「このミニカーじゃ跳ね飛ばされることはあっても轢かれることはない。物事は正確に言わなきゃならないよ」
 怖い顔で、それだけ言うと足長のイギリス人は、また歩き出した。
「トム、ちょっ!!」

 これが間違いだった。様子がおかしいので、つい声を掛けて助手席に乗せるはめになった。

「……そういうことだったのか」
 事情が呑み込めたのは、ゼミをサボって紀国坂にさしかかったころだった。トムは、正式にはトーマス・ブレーク・グラバーという。ゼミの自己紹介で、この名前を聞いて「え!?」と声を上げたのは、あたしと先生だけだった。
 トーマス・ブレーク・グラバーと言えば、幕末に竜馬の海援隊や薩長相手に武器の商売をやってがっぽり儲けたイギリス人だ。それと同姓同名だったので、あたしと先生はたまげた。他の学生はグラバーそのものを知らなかったか、知っていても「幕末の」という冠むりが付かなければ思い出せなかった。まして、フルネームで知っていたのはあたしと先生だけだった。

 そのあたしでも、トムがスコットランドの出身で、今日が特別な日であることは理解していなかった。
 ゼミをサボるについても一応先生に電話はしておいた。
「今日はトムにとっては特別な日なんだ。欠席にはしないから付き合ってやってくれないか」と、頼まれた。
 で、ただでもガタイのでかいトムを折りたたむようにして、ホンダN360Zの助手席に押し込んだ。
「じっとしていられないから、どこでもいいから走って」
 で、走っているわけ。その間にトムは問わず語りに事情を話した。

 トムはイギリスの北1/3あたりにあるスコットランドのエジンバラに住んでいる。日本の京都と姉妹都市……でも分かるようにエジンバラはスコットランドの古都。このエジンバラを首都としてスコットランドはイギリスからの独立をはかり、むこうの18日、こちらの深夜から未明にかけて住民投票が行われ、あの大英帝国本土の一部が無くなるかもしれないという事態なのだ。投票権はスコットランド在住の者しか与えられない。トムのようにスコットランドに住んでいなければ投票権がない。逆にスコットランドに住んでいれば外国人でも投票権がある。
「考えてみてよ、日本で言ったら九州が独立するようなものなんだよ」
「あり得ないわよ、そんなこと」
「日本人は呑気だな、これ見なよ」
 トムのスマホには沖縄の新聞記事が出ていた。そこには……。

 沖縄の独立を目指そう! と、一面で取り上げていた。ちょっとびっくりしたが、あり得ない話だと思った。

「イギリスでも、そう思ってたんだよ。1990年代までは……それが現実になっちゃった」
「そうなんだ……で、投票できるとしたら、トムはどっち?」
「分からない、両方の気持ちが分かるから」
 この優柔不断な答えを聞きだしたのは横浜の山下公園だった。雰囲気のないことにトムは焼き芋を買ってきて、二人並んで食べている。
 ここは、あたしの大好きな『コクリコ坂から』の主人公メルと俊が自分たちの未来を不安交じりに語り合う聖地なんだぞ。

 思いのほか遠くの汽笛が大きく響いた。トムはその音に紛らわせてオナラをした。風下にいなければ気づかないところだった。 

 トムの憂鬱はよく分かったけど、デリカシーのないスコットランド人だ……! 

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小説学校時代・02 大人扱い

2020-05-23 08:10:52 | エッセー

小説時代 02 

大人扱い       


 

 良くも悪くも大人扱い

 わたしの時代、中学と高校の違いを一言で言うと、このフレーズになる。

 今の高校と違って、ホームルームというのは、ロング、ショート共に生徒任せだった。
 学級委員が三か月ぐらいのスパンでスケジュールを組んでホームルームを運営していて、ホームルームの時間に担任が来ないこともしばしばだった。中には授業以外では、ひと月近くクラスの生徒と接触のない担任も居た。

 もう高校生なんだから

 先生たちの建て前は、この言葉に集約された。
 本当に生徒の自主性を思っている先生も居たが、かなりの先生が意味のない放任であった。
 三年生の担任の中には生徒との接触が少なすぎ、卒業式の名簿でクラスの生徒の名前が読めないという豪傑も居たから恐れ入る。

「佐藤信子、高井美代子、小鳥遊(え、なんて読むんやったかな!?)……」という具合。

 委員長の朝一番の仕事は職員室前の『本日の授業』という黒板を確認することだった。全クラスのマス目があって、一日の授業偏向が書かれている。そこに自習時間の表示があると、委員長は六時間目の先生と交渉して授業を繰り上げてもらって早く帰ったりしていた。六時間目の融通が効かないと、他の時間の先生と交渉して入れ替えてもらい、なんとか六時間目が空くようにする。稀に自習が二コマもあると五限も空きにして昼前に下校することもあった。
 昼休みに限らず校門の出入りは自由で、食堂がいっぱいの時などは近所のお好み焼き屋さんなどに行っていた。そういう店は売り上げのかなりの部分を高校に頼っているので、学校もムゲに禁止に出来ないという事情もあったのかもしれない。

「放課後職員室に来るように」

 担任のF先生に申し渡された。
 正直者のわたしは、その日の放課後に職員室に向かった。
 ドアノブに手を掛けてフリーズしてしまった。

『定期考査一週間前につき生徒の入室禁止』の札がかかっていたのだ。

 わたしは、F先生が説明を間違えたのだと思った。また改めて指示があるだろう。
 二日たっても指示が無く、その二日目の昼礼で、こう言われた。
「テスト前だというのにたるんどる。成績悪いから呼び出したのに来ないやつが居る! クラスの順位を一人で下げて自覚も無い!」
 名指しではなく、クラス全員に言うのである。ほかのクラスメートは事情を知っているので、まるで晒し者、凹んだことは言うまでもない。

 十数年後、自分が担任になった。

 朝礼と終礼は毎日やった。成績などで呼び出すときは必ず時間と場所を書いたメモを渡し、入室禁止の部屋に入る時のお作法も教えた。
 
「おまえが、こんな成績とるとは思わんかった」

 生徒の時によく言われたお説教の枕詞だ。

 教師になって、こういう枕詞を使ったことはない。この枕詞は、教師が生徒の実態を把握していないことを自白したようなもので、意識はしていなかったけれど(お前のことはしっかり分かってんねんからな)という意識で接していた。事実成績だけではなく、欠時数・欠課字数・遅刻・早退、他の教師からの指導や注意、本人や保護者との連絡履歴などはリアルタイムで把握していた。中には生徒相互の関係のソシオメトリを付けている先生も居て、本人だけでは無くてマスとしてのクラスを把握しておられた。

 いつの時代であったか、ある高校で一年間に三人の生徒が死ぬという事態に至ったことがあった……。

 この項つづく
 

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メタモルフォーゼ 1・『負けたら女装』 

2020-05-23 06:25:56 | 小説6

メタモルフォ

1・『けたら装』          

 

 


 ここまでやるとは思わなかった!

 ツルツルに剃られた足がヒリヒリする。なけなしの産毛のようなヒゲまで剃られた。
 なによりも、内股が擦れ合う違和感には閉口した。

 なんというかクラブのディベートに負けてオレは女装させられている。

 ワケはこうだ。コンクールを目前にして、わが受売(うずめ)高校演劇部の台本が決まらない。そんな土壇場に、やっと顧問の秋元先生が書き上げた本にオレはケチを付けてしまったのだ。

 他の部員は、先生の本がいい(本当のところは、なんでもいいから、とにかく間に合わせたい)ので、反対はオレ一人だった。
 
 オレが反対したのは、作品がウケネライだからだ。これが喜劇のウケネライなら、多少凹んだ本でも反対しない。

 でも、タイトルも決まっていない秋元先生の本をざっくり読んで、このウケネライはダメだろうと思った。

 震災で疎開した冴子。冴子は必死で津波に抗っているうちに妹の手を離してしまう。妹はそのまま流されてしまった。それが、冴子のトラウマになり、疎開先で妹の姿を見るようになる。むろん幻だ。
 妹の幻が無言で現れはじめてから、ある男の子と仲良くなって、疎開先で少ない友だちの一人になる。やがて、その子にも妹の姿が見えていることが分かる。
「実は、ぼくは幽霊なんだ。交通事故で死んだんだ。冴子ちゃんに見えているのが幽霊か幻か、ぼくには分からない。でも、これは言える。冴子ちゃんが妹を殺したんじゃない。震災も交通事故も事故死ということでは、ぼくも冴子ちゃんの妹も変わらない。だから、そんなに気に病むことはないよ」
 そう言うと、男の子と妹はニコニコしながら、消えていく……ファンタスティックな大団円。

 オレが反対したのは、交通事故と、あの震災で死んだのは……うまく言えないけど。違うと思ったからだ。
 秋元先生の本は、最初に和解によるカタルシスがあって、そのための材料としてしか震災を捉えていない。だから読み終わって後味が悪かった、これが反対の理由。

 カタルシスを得んがためのウケネライはダメだろうと思った。そのために震災をもってくるのはもっと悪い。

 また、変な験担ぎかもしれないけど、秋元先生はフルネームで秋元康という。そうAKBのドンと同姓同名。で、去年も先生の本で県大会までいった。「作:秋元康」のアナウンスではどよめきが起こったぐらい。
「まあ、みんなで話し合えよ」
 先生は、そう言って職員室に戻ってしまった。
 で、ディベートみたくなって、「負けたら女装して、女子の場合は男装して、校内一周!」と言うことになった。
 で、6:2で負けてしまった。
 勝ったのは全員女子。もう一人の杉村という男子はガタイがデカく、用意した女子の制服が入らない。それに一年生なのでおとなしくオレが引き受けることになった。

 オレにはこういうところがある。いちおう自己主張はしてみるものの、もうダメだと思うと、焼けたフライパンに載せた氷のように自分を失ってしまう。五人姉弟の末っ子で、十二も年上で早くから家を出た兄の進一を除いて上三人が姉という環境のせいかもしれない。
「ひとのせいにしないでくれるう!」
 姉たちに言われては引っ込んでしまう平和主義のせいかも。

 で……こういうとき、女子というのは残酷なもので、目に付くむだ毛は全部剃られてしまった。髪もセミロングのウィッグ。カチュ-シャまでされて、もう、どうにでもしてくれという気持ち。

「あ、これって優香のじゃん……」
「当たり前じゃん。自分のって貸せないわよ」
 ヨッコが言うと、杉村以外、みんなが頷く。

 上着を着せられるとき、身ごろ裏の名前で分かった。優香は、この春に大阪に転校。制服一式をクラブに蝉の抜け殻のように置いていった。身長は同じくらいだったけど、こんなに適うとは思わなかった。
「あたしが後ろから付いていく。ちゃんと校内回ってるの確認」

「「「「トーゼン!」」」」

 女子の声が揃った。

 部室を出て、いったんグラウンドに出て、練習まっさかりの運動部員の目に晒される。

「そこのベンチに座って」
 意地悪くヨッコが言う。チラチラ集まる視線。自分でも顔が赤くなるのが分かる。
「次ぎ、中庭」
 あそこは、ブラバンなんかが至近距離で練習している。正直勘弁して欲しかった。
 でも、中庭のブラバンは秋の大会のために、懸命なパート練習の最中で、女装のオレに気づく者はいなかった。同級の鈴木がテナーサックスを吹きながらスゥィングしていた。

「後ろ通る」

 ヨッコは容赦がない。
 鈴木の後ろは桜の木があって、隙間は四十センチも無かった。

 あに図らんや、やっぱ、鈴木の背中に当たってしまった。
「ごめんなさい!」
 頭のテッペンから声が出た。
 鈴木は怒った顔でこちらをみて、そして……呆然とした。後ろで、ヨッコが笑いをかみ殺している。
「次ぎ、食堂行ってみそ……」
「え……」

 こんなに食べにくいとは思わなかった。

 髪がどうしても前に落ちてくる。ソバを音立てて食べるのもはばかられた。ここでも帰宅部やバイトまでの時間調整に利用している生徒が多く、視線を感じる。中にははっきりこっちを見てささやきあっている女生徒のグループもいる。
「カオルちゃん、食べにくそうね」
 ヨッコがニタニタ笑いながら、前髪を後ろでまとめてくれる。これは断じて親切ではない。完全なオチョクリである!
「次ぎ、職員室」
「ゲ!」
 どうやらヨッコは、仲間とスマホで連絡を取り合い、仲間は分からないところから観賞して、指示を出しているようだ。

 職員室の前には芳美が待っていた。

「部室閉めたから鍵返してくれる。荷物とかは、あの角で他の子が持ってるから」
「さあ、行って」
 ヨッコが親指で職員室のドアを指す。芳美がノックして作り声で言う。
「演劇部、終わりました。鍵を返しにきました」
 部室の鍵かけは教頭先生の横にある。なるべく顔を伏せていくんだけど、ここでも惜しみない視線を感じる。
 なんとか終わって「失礼しました」と、囁くような声で言う。で、ドアを開けると、なんと顧問の秋元先生。
「うん……?」
 万事休す。ヨッコたちはカバンとサブバッグだけ置いて影も形もない。
 秋元先生は、幸いそれだけで職員室に入った。
 
 もうトイレで着替えるしかない。

 男子トイレに入ろうとすると、まさに用を足している三年生と目が合う。きまりが悪くなって、今は使っていない購買部の横に行く。
 そこで気がついた。カバンまで優香のと替えられていた。

 そして、あろうことか、オレの制服が無かった……!?

 つづく

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・19《最後の七不思議・2》

2020-05-23 05:52:40 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・19(さくら編)
≪最後の七不思議・2≫     



 控室は12畳ほどの和室だった

 正面の幅広の床の間みたいなところで、佐伯君は首までお布団掛けられれて、胸のあたりが盛り上がっていた。多分胸のところで手を組ませてあるんだろう。
 マクサが無言のまま焼香した。手を合わせお香を一つまみくべて、もう一度手を合わす。みんなもそれに倣った。最後にあたしがお焼香し終えたとき、由美は初めて口を開いた。
「……月の初めにはダメだって言われてたの。でも七不思議の話をしたら「オレもいっしょにやる」そう言って痛み止めの注射だけしてもらって帝都に通ってくれた。聖火ドロボーの話、一番気に入ってた。最後は、これを超えるやつがトドメにあればな……」

 由美が語る佐伯君の言葉は由美の口を借りた間接的なものだけど、声の響きは兄貴としてのそれだった。あたしに彼はいないけど、惣一って兄貴が一匹いる。兄貴の言葉遣いだと感じた。

「夕べは七不思議のことで話が盛り上がってね、つい病室に泊まり込んだの……今朝方様態が急に変わって。最後に酸素マスクしながら言ったの……そうだ、オレと由美のことをトドメの七不思議にしようって……ふとしたことで知り合って、いい感じで付き合い始めたら、双子の兄妹ってことが分かってさ、そしてまた兄妹に戻れた。七不思議のお蔭で……オレたち二人でトドメの七不思議になろう。そう言ってあたしの手をとったのが最後だった」

「……そうなんだ」

 やっぱ、東京の女子高生として精一杯寄り添った気持ちで言うと、この言葉になる。

 本通夜は焼香だけで失礼した。

 親族の人や乃木坂学院の制服がいっぱいきていた。あたしたちは昨日の由美の言葉で十分だった。由美も落ち着いたいつもの顔にもどっていた。この夏休みまでだったら「冷たい」と思うほどの落ち着きだったけど、今は分かる。由美が表面張力いっぱいで心が溢れるのを耐えていると、ああいう顔になるんだ。
「さくら、いつの間にか『米井さん』と違うて『由美』て呼ぶようになったんやね」
 恵里奈に言われて、初めて気がついた。

 今日のお葬式では引き留められた。

「マイクロバスに乗って斎場まで付いてきて。お兄ちゃんの遺言だから」

 あたしたち8人はマイクロバスの後ろに固まった。故人の遺言とは言え、周りは親族の人ばかり、場違いな緊張は、どうしてもしてしまう。
 火葬炉の前で最後のお別れをした。棺の小窓が開けられ、花に埋もれた佐伯君の顔が見えた。まるで眠っているような表情が不条理だ。泣いている子もいたけど、あたしの中では佐伯君が死んだことが、まだ腑に落ちない。由美は優しく微笑みかけていた。万感の思いが籠った微笑みだった。

 ガシャン

 炉の三重になった最後の扉が閉じられた。瞬間みんなの嗚咽が漏れた。でも由美は泣いていなかった。兄の佐伯君と語るように少し唇が動いたような気がした。

 三時間後の骨あげにも加わった、炉から出された台車の上には、かろうじてそれが人の骨と分かる程度に焼きつくされた佐伯君が載っていた。去年お婆ちゃんが亡くなった時と同じだった。あんなにボロボロになるのは年寄りだからだと思っていた。若くてもいっしょだ、不条理で不思議だ。
 由美は、まだ語り合っているような顔をしながらカラカラになった骨を拾っていた。

 これで七不思議の全てが揃った。

 斎場の上の空は雲一つない、むやみな青空だった……。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・131「谷六のホームにて」

2020-05-22 10:30:17 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)

131『谷六のホームにて』松井須磨   

 

 

 けっこう大変なんだ。

 

 気軽な温泉旅行だと思っていた。

 南河内温泉は、学校からの直線距離で十キロもない。車だと三十分、電車を乗り継いでも一時間あれば楽勝だ。

 ところが、念のために学校に届け出ると意外な反応。

「……下見に行くから」

 ちょっと間をおいて顧問の朝倉先生が宣言したのだ。

「個人的な旅行だからいいですよ」

「わたしも行きたいから、ね」

「でも、景品のクーポン券は四人分しかないし」

「いいわよ、自分のは出すから! 赴任してから温泉なんか行ったことなかったし。ね(^▽^)/」

 他の子の手前もあるので「じゃ、よろしくお願いします」お礼を言っておしまいにした。

 

 帰りの地下鉄、八尾南行きが先だったので、ひとりホームで大日行きを待つ。

 

 そして、一本見逃す。

 予想通り、朝倉先生がホームに降りてきた。

「あら、いま帰り?」

 自然なかたちで話しかける。

「あ……」

 ちょっとビックリしたような顔になる先生。いや、朝倉さん。

「無理してるんじゃない?」

「え、あ、ううん、そんなことないわよ(^_^;)」

「遠慮しないで言ってね」

 学校を出ると昔に戻る。

 だって、朝倉さんとは同級生だ。

 わたしって、過年度生で入学して五回目の三年生をやってるからね。ま、事情を知りたかったらバックナンバー読んで。

「うちって、バリアフリーのモデル校でしょ、部活とかの校外活動にも気を配らなくちゃならないのよ」

「あ、そか……(千歳のことか……分かったけど声には出さない)」

「温泉だったら当然入浴とかもあるし、その辺のバリアフリーの状況とか、必要な介助のこととかね」

「なるほどね」

 その辺は、すでに調べてある。ホームページも見たし、疑問のある所は事前に問い合わせて確認も済ませた。

 伊達に高校七年生をやっているわけじゃない。それなりに大人なんですよ。朝倉さんへの返事も、いま気が付いたようにする。

「でも、福引で当てるってすごいわね」

「あ、それはダメもとでね。ま、部員を見渡したら、一番運がよさそうなのは小山内くんだから」

「小山内くんて、運がいいの?」

「いいわよ、五月で潰れるはずの演劇部残っちゃったし、こんな美少女にも取り囲まれてさ(^▽^)/」

「ああ、そうね!」

「アハハ、真顔で受け止められると、ちょっと辛い(*ノωノ)」

「でも、福引十回も引けたのよね、ずいぶん買い物したのね」

「ああ、あれはね、薬局のオッチャン。四月のミイラ事件のお詫びだって」

 そう、あれは連日警察やらマスコミが来て、空堀高校は『美少女ミイラ発見!』とか『空堀に猟奇殺人事件!』とか大騒ぎになったけど、結局は、二十年以上昔に演劇部が作った小道具だったって話。そのミイラを作ったのが現在は薬局をやっている先輩だったというわけ。

 わたしたちには楽しい出来事で、演劇部の存続を間接的に助けてくれたんだけど、本人のオッチャンは気にしていたというわけ。

「下調べ、わたしも付き合おうか?」

「いいわよ、ちょこちょこって行っておしまいだから」

「いつ行く?」

「あ、近場だから今から。明日は土曜だし、ゆっくり温泉に浸かってくるわ」

「あ、えと……だったら、八尾南方面じゃないかなあ」

「え、あ……つい、いつもの調子で、こっち立っちゃった(^_^;)」

「あ、もう来るわよ!」

「あ、ほんと! じゃね!」

 

 慌てて反対側の八尾南方面の停車位置に移る朝倉さん、頭上の電光案内板を見る。

 大日方面行は谷九を出て間もなく着くと電車のマークが点滅していた。

 

 

☆ 主な登場人物

 啓介      二年生 演劇部部長 

 千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した

 ミリー     二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生

 須磨      三年生(ただし、四回目の)

 美晴      二年生 生徒会副会長

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新・ここは世田谷豪徳寺・18《最後の七不思議・1》

2020-05-22 06:40:33 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・18(さくら編)
≪最後の七不思議・1≫    



 

 

「起立、礼、着席」の声で気づいた。
 
 いつもの米井さんの声じゃなくて、副委員長の加藤さんだったから。

 米井さんは休んだことが無い。まして今日は七不思議の最後を取材しなきゃならない日だ。こんな日になんの連絡もなしに休むわけがない。
 あたしと米井さんは、夏休みにTデパートで佐伯君といっしょのところを見かけるまでは、ただのクラスメートだった。それがチェーンメールのことが問題になることによって、その容疑者と思われ、怖い顔で文句言われた。でも、それがきっかけで、その容疑が晴れると共に友達になっていったんだ。

 それからは文化祭の『帝都の七不思議』を一緒に取り組むようになった。

 メアドの交換もやり、恵里奈、マクサの次くらいの親友になりかけていた。

「米井さん、なんでお休みなんですか?」
「ご家庭の事情……としか言えないわ。ごめん」
 朝礼終わって、担任の水野先生に聞いても要領を得ない。先生も詳しいことは分からないようだった。
水野先生は、普段は亜紀ちゃんと呼ばれている。歳が近いせいもあるけど、ウソを言うときには女子高生みたいに目線が逃げるので、非常に分かりやすい。その亜紀ちゃんの目線が逃げなかったので、本当に知らないのだろう。
 想像力のたくましいあたしたちだけど、お父さんの会社の問題とかお父さんの浮気がバレて大変なことになってるとか、強盗が入って人質になり、学校にも「家庭事情」としか言えないとか、今思えば下衆の勘繰りみたいなことしか頭に浮かばなかった。いかに普段から安物のラノベくらいしか読んでいないことが分かる。ちなみに強盗説はバレー部の恵里奈。こいつは吉本新喜劇の観すぎ。

―― 兄が亡くなりました。詳しくは後で。由美 ――

 昼休みに、このメールが入ってきた。米井由美は弟と二人姉弟だ。兄と言えば、この夏に双子の兄と分かった佐伯君しかいない。
 そうだ、佐伯君は不治の病で入院していて、七不思議の取材協力も病院から来ていたんだ。見かけ元気で乃木坂の制服着てるもんで、あたしたちは頭から抜けていた。帝都の女生徒らしい抜け方だ。昨日気まずいことがあっても、今日が楽しければ、そんな気まずさは忘れてしまうという長所でもあり、短所でもある。

「いまSセレモニー会館に兄といっしょにいます。明日は通夜で込み合うので、来てくれたら嬉しいです」

「え、亡くなった夜がお通夜とちゃうのん?」
 恵里奈の素朴な質問にマクサが答えた。
「亡くなった夜は、故人と、ごく親しい者だけで過ごす、仮通夜ともいうの。いわゆるお通夜は本通夜と言って儀式だから、本音の話なんかできない。由美、きっとあたしたちに話があるのよ」
 さすがにお茶の家元。洞察力が違う。

 地下鉄を一回乗り換え三つめの駅で降りる。地上に出ると「Sセレモニー会館→」の案内が目に飛び込んでくる。ファミレスやパチンコのそれと違ってモノトーンの案内板は、地味だが、かえって目立つ。
 会館に着くと「佐伯家控室」の白地に黒の案内が出ていた。
 旅館の入り口みたいなところに『佐伯家』のぼんぼりがあった。
「失礼します」あたしが代表で声をかける。

 入ったところで畳の上に座ったけど、それ以上の声がかけられない。米井由美は兄の骸の前で俯いて、必死に悲しみに耐えていた……。
 

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乙女と栞と小姫山・53『風立ちぬ・いざ生きめやも』 

2020-05-22 06:25:14 | 小説6

乙女小姫山・53
『風立ちぬ・いざ生きめやも』    

 

 

 

 男は暗い決心をした……こいつのせいだ。

 そして、これは千載一遇のチャンスだ。

「ほんとうにありがとう。新曲発売になったら、よろしくね!」
 そう言って、栞たちメンバーはバスに乗り込もうとした。
「すみません。せっかくだから記念写真撮ってもらっていいですか!?」

 ハーーーーイ!

 元気のいい声がいっせいにした。ここまでは織り込み済みである。いわばカーテンコール。

 まずは、メンバーと生徒たちがグランドに集まって集合写真。それからは気に入ったメンバーと生徒たちで写真の撮りっこ。
「どうも、ありがとう。がんばってくださいね!」
 そんな言葉を五度ほど聞いて、わずかの間栞は一人になった。
「ごめん、鈴木君」
 めずらしく苗字で呼ばれて、笑顔で栞は振り返った。

 その直後、栞は、顔と、思わず庇った右手に激痛を感じた。
「キャー!!」
 痛さのあまり、栞は地面を転がり回った。左目は見えない。やっと庇った右目には、自分のコスから白煙が上がり、右手が焼けただれているのが分かった。そして、白衣にビーカーを持って笑っている、その男の姿が。
「バケツの水!」
 スタッフで一番機敏な金子さんが叫び、三人ほどに頭から水をかけられた。その間に、他のスタッフが、ホースで水をかけ続けてくれた。
「その男捕まえて! 救急車呼んで、警察も! これは硫酸だ、とにかく水をかけ続けろ!」
 金子さんは、そう言いながら自分もホースの水に打たれながら、コスを脱がせてくれた。
「栞、右の目みえるか!?」
「……はい」
 そう返事して栞は気を失った。

 気がつくと、時間が止まっていた……走り回るスタッフ、パニックになるメンバーや生徒たち。
 救急車が来たようで、救急隊員の人が、開き掛かけたドアから半身を覗かせている。
 パトカーの到着が一瞬早かったようで、白衣の男は警官によって拘束されていた。

 その男は……旧担任の中谷だった。

 噂では、教育センターでの研修が終わり、某校で、指導教官がついて現場での研修に入っていると聞いていた。それが、まさか、この口縄坂高校だったとは。

 中谷は、憎しみの目で栞を見ていた。栞は、思わず顔を背けた。本当は逃げ出したかったんだけど、金子さんが、硫酸のついたコスを引きちぎっているところで、それが、カチカチになっていて身を動かすこともできない。時間が止まるって、こういうことなんだと、妙に納得しかけたとき、フッと体が自由になった。
「イテ!」
 勢いでズッコケた栞はオデコを地面に打ちつけた。

「ごめんなさい先輩……」

 数メートル先に、さくやがションボリと立っていた。
「さくや、喋れるの……って、さくやだけ、どうして動いているの?」

「時間を止めたのは、わたしなんです」
「え……」
「もう少し早く気づいていたら、こうなる前に止められたんですけど。マヌケですみません」
「さくや……」

 そのとき、ピンクのワンピースを着た女の人が近づいてきた。

「あ、さくやのお姉さん……」
「ごめんなさいね、栞さん。とりあえず、そのヤケドと服をなんとかしましょう」

 お姉さんが、弧を描くように手を回すと、ヤケドも服ももとに戻った。

「これは……」
「わたしは、学校の近くの神社。そこの主、石長比売(イワナガヒメ)です。この子は妹の木花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)です。この春に乙女先生が、お参りにこられ、その願いが本物であることに感動したんです。そして、わたしは希望を、サクヤは憧れをもち、人間として小姫山高校に入ったんです」
「先輩や、乙女先生のおかげで、とても楽しい高校生活が送れました。本当にありがとう」
 さくやの目から涙がこぼれた。
「時間を止めるなんて、荒技をやったので、もうサクヤは人間ではいられません。小姫山ももう少し見届けたかったんですけど、もう大丈夫。校長先生や乙女先生がいます。学校はシステムじゃない、人です。だから、もう大丈夫……じゃ、少し時間を巻き戻して、わたしたちはこれで」

 お姉さんとさくやが寄り添った。そして時間が巻き戻された。

「ウ、ウワー! アチチチ!」

 オッサンの叫び声がした。

 ビーカーの破片が散らばり白い煙と刺激臭がした。どうやら白衣のオッサンが、硫酸かなにかの劇薬をビーカーに入れて、転んだようである。幸い薬液が飛び散った方には人がいなく、コンクリートを焼いて、飛沫を浴びた中谷が顔や手に少しヤケドを負ったようで、大急ぎで水道に走っていった。
「おーい、MNBはバスに乗って!」
 金子さんに促され、メンバーは別れを惜しみながらバスに乗った。
「だれか、残ってませんか……?」
 栞は思わず声に出した。
「みんな、隣近所抜けてるのいないか?」
 そう言って、金子さんは二号車も確認に行った。
「OK、みんな揃ってる!」
 バスは、口縄坂高校のみんなに見送られて校門を出た。

 栞は、横に座っている七菜に軽い違和感を感じた。同じユニットの仲間なんだから、そこに居たのが七菜でおかしくはない。
「七菜さん、来るときもこの席でしたっけ?」
「え、たぶん……どうかした?」
「ううん、なんでも……」

 その日から、MNBのメンバーからも、希望ヶ丘高校の生徒名簿からも一人の名前が消えた。そして、その違和感は、栞の心に微かに残っただけで、それも、いつしかおぼろになっていく。

「風たちぬ……か、そろそろ夏かな」

 そう呟いて坂道を曲がった。

 校門の前には登校指導の乙女先生が叩き売りのように「おはよう!」を連呼している。

 小姫山の、いつもの朝が始まる……。


 乙女と栞と小姫山 第一部 完

 

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魔法少女マヂカ・154『欄干の陰』

2020-05-21 13:44:01 | 小説

魔法少女マヂカ・154

『欄干の陰』語り手:マヂカ     

 

 

 お世話になりました( ;∀;)!

 

 峠のお地蔵さんの横で、千切れそうなくらい尻尾を振ってシロが見送ってくれる。

 友里と二人で手を振って応える。

 それが嬉しくて、一層激しく尻尾を振る。

 

 プツン

 あ!?

 

 ほんとうに尻尾が千切れて、春日部の空に舞い上がった。

 ワン!

 一声吠えると、ツンが駆けだし、ピョンと飛び上がったかと思うと尻尾を咥えて、シロに返してやる。

 パチパチパチ

「さすが、西郷隆盛の猟犬ね(^▽^)/」

 友里が微笑ましそうに拍手する。もう一度手を振ると、お地蔵さんが「エヘヘヘ」と頭を掻いた。

「お地蔵さんかと思ったら、どうやら飼い主だな」

 飼い主の正体を見極めたい気もしたが、ちょうど雲間から現れた太陽が逆光になってシルエットにしてしまったので、神の御意思でもあろうかと歩みを北にとった。

 赤白龍と銀龍を退治したせいか、それからの道中は穏やかだ。

 

 道は川に沿っていて、架かった橋の向こうに西洋のお城のような建物が見えてきた。

 

 もしもし……もしもし……

 

 かそけき声に振り返ると、欄干の橋柱の下に居た。

「あ、また犬だ」

 欄干の色に溶け込みそうになって大人しい犬がお辞儀をしている。

『御足を止めて申し訳ございません、わたくしは、春日部でお世話になりましたシロの母親でボ○シチと申します』

「いや、世話になったのはわたし達の方かもしれないんだ。シロの働きが無かったら赤白龍は倒せなかったよ」

『ご謙遜を、魔法少女さんのお力が無ければ、あの子の力ではどうにもなりませんでした』

「そのお母さんが、なにか御用なのだろうか?」

『いずれお気づきになるかもしれませんが、怨敵の首魁は赤白の鉄塔でございます』

「あ、それなら、アマチュア無線のアンテナだったわよ。シロが気づいてくれて、なんとかやっつけたわ」

 まるで自分がやっつけたように言う友里だが、まあ、誇らしく思っているのだから、これでもいい。

『あれは、ゲームで言えば中ボス程度の霊魔。首魁、ラスボスは東京タワーでございます』

「やはりな」

「え、マヂカは分かってたの?」

「確信は無かったがな、東京タワーはスカイツリーが出来てからは予備電波塔に甘んじていたからな」

『そうなのです、マヂカさんが復活されて間もないころに霊魔の幼体を退治されたのもスカイツリーでございました。霊魔どもは、より力のあるものを依り代といたします』

「そうだったな……これは、難儀なことになるかもしれない」

『東京タワーは、現役のころは、寄って来る霊魔どもを制する力を持っておりましたが。が、今は、逆に憑りつかれているようなありさまでございます』

「なにが憑りついている?」

『それは……』

 ボ○シチはもどかしそうに口をパクパクさせるだけで、言葉にすることができない。

「そうか、鬼籍に入っても口にできるのはそこまでなのだな」

『申し訳ございません、お察しくださいませ』

「いや、おかげで確信が持てた。本体が明らかになっただけでも大助かりだ」

『あと、もう一つ』

「なんだ?」

『西郷さんがツンをおつかわしになったのには、もう一つの訳がございます』

 ワン?

『西郷さんのお名前、実は隆盛ではないのです。西郷さんは申されませんが、西郷さんのお名前を明らかにすることも……』

「役割の一つなのだな……」

『はい、全てを解き明かした時に、神田明神さまの問題も、おのずと……』

「そこまででいいよ、ここで力を使い切っては、シロに会いに行く力が残らなくなってしまうだろ」

『恐れ入ります、それでは、これにて……』

 ボ○ルシチは、いそいそと春日部への道を駆けだした、何度も振り返っては頭を下げながら。

 

 わたしたちは、橋を渡って、先ほどから見えている城を目指した。

 橋を渡ったところに道標があり、『これより壬生(みぶ)』と書いてあった。

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・17《TEIKOKU5 聖火ドロボー》

2020-05-21 05:58:57 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・17(さくら編)
≪TEIKOKU5 聖火ドロボー≫    



 古い学校には伝説や言い伝えが付き物である。

 佐伯君の乃木坂でもマッカーサーの机(『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』に詳しく載っている)とか、どこにも通じない階段とかがあるそうだ。
「さあ、六つ目よ!」
 米井さんの号令で、部活も終わった5時半に、あたしたちは、学校の玄関に集まった。

「ここに、帝都女学院の六つ目の不思議があります!」
「え、え、ええ?」
 そんな感じで、あたしたちは玄関を見渡した。
 玄関に入って右側が事務室の窓口。左側には大きなショーケースがあって、優勝杯や優勝旗、なんかの感謝状や表彰状……この手のものは、うちぐらいに古い学校なら倉庫に一杯ぐらいある。その横に『憧れ』というタイトルの少女の胸像。こんなのも珍しくない。ヘタに創立者のジイサンのがあるよりは趣味がいい。

「これ」

 5分ほどしてマクサが指さした。
 そこには5人の帝都の女生徒が、変な手つきして、不器用そうに固まっている油絵が飾ってあった。右の下を見るとSEIKO1964とサインが入っている。よく描けた絵だけど、線や色のタッチから美術部の生徒かOGが描いたものだろうと推測された。
「あ、この子たちの手、手話だ!」
 吉永小百合という、一度聞いたら忘れられない名前の子が発見した。
「なんて書いたあるの?」
 一番背の低い恵里奈が乗り出して聞く。
「それが……へんだな?」
 小百合はご本家に負けないくらいかわゆい顔で小首を傾げた。
「どう変なのよ?」
「古い手話なんで自信ないんだけど、ド・ロ・ボ・ーとしか読めない」
「泥棒!?」
 みんなの声が玄関に響いた。

「バレちゃったかしら?」

 声に気づいて振り返ると、なんと校長先生が立っていた。
「あ……ア!?」
 小百合が、さらに何かに気づいて口を押えた。
「そう、このドロボーの「ド」の手をしているのが私……!」

 というわけで、校長室に通された。

「あなたたちが七不思議を探しているのは知ってたわ。食堂のオジサンや技能員さんがうわさしてたから。でも、ここまで来るとは思わなかった」
「あたし、これが本命だったんです。あとのは、これの引立てみたいなもんです」
 引立てに、あたしら引きずり回したのかよ……。
「以前、校長室にお邪魔したときに引っかかったもんで」
「ああ、あれ……」
 校長先生が振り返ったところには、校長専用の飾り棚があって、そこに古ぼけたランプがあった。よく見るとランプの下にもSEIKOと字が彫り込まれていた。
「その字と絵のサインがいっしょで、手話の「ド」の女の子が若いころの校長先生だって分かったんです」
「よくわかったわね?」
 同感。
「名札の字は崩してありますけど『白波』って読めました。そう読めると……頭の中で補正したら、校長先生になっちゃったんです」
「ハハ、しわを伸ばして、ぜい肉とったのね」
「あ、いえ、その……」
 米井さん以外が、みんな笑った。

「あれ、東京オリンピックの聖火を盗んだの。だからド・ロ・ボ・ー」
「え、聖火盗んだんですか!?」
「「「「「どうやって!?」」」」」
 感嘆と質問がいっせいに出た。
「むろん聖火そのものは盗めやしないわ。「ロ」の子が写真部でね、聖火の写真をロングで撮ったの。それを大きめのスライドに焼いてね、「ボ」の字の子が演劇部でね、スポットライトのレンズの真ん中に貼りつけて、太陽の光を集めて火を起こしたの。それやったのが「-」の子。で、その年の運動会の聖火に、これを使ったってわけ。
「あの、SEIKOというのは?」
「美術の松田先生。偶然名前が聖子だから、手話と重ねて読むと……」
「ドロボー成功!?」

 というわけで、50年ぶりに聖火のランプに火をともした。帝都伝統のオチャッピーの聖火!

 帰りに、校長先生は米井さんと佐伯君に声をかけていた。声は聞こえなかったけど「がんばってるわね」というのが口の形で分かった。

 七不思議の残りは、あと一つ。それは、もっと意外なところに……起こった。

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乙女と栞と小姫山・52『風立ちぬ』

2020-05-21 05:49:57 | 小説6

 乙女小姫山・52
 『風立ちぬ』     

          


 紫陽花が人知れず盛りを終えたころ、夏がやってきた。

 あれだけ冷温が続いた春は、いつのまにか蝉の声かまびすしい夏になってきた。さくやはMNBではパッとしなかったが、それでも選抜のバックコーラスやバックダンサーをさせてもらえるようになり、楽屋では自称「パシリのさくや」とニコニコと雑用をこなし、メンバーからはかわいがられていた。

「ジャーン、この中に、当たりが一本は必ずあります!」

 スタッフの分を含め四十個のアイスを保冷剤をいっぱい入れてもらって、さくやが買ってきた。むろん制服姿で、宣伝を兼ねている。こういうパシリでは、制服でMNBということが分かり、ファンの人たちから声を掛けてもらえるので、さくや本人はいたって気に入っていた。

「あ、わたし、当たり!」
 
 七菜が嬉しそうに手を挙げた。
「ラッキーですね、すぐに当たりのもらってきます!」
「いいよ、さくや、これは縁起物だからとっとく」
「そうですか、それもいいですね。じゃ、サインしときゃいいんじゃないですか。七菜さんのモノだって」
「ハハ、まさか、取るやつなんかいないでしょう」
 聖子が、アゲアゲのMNBを代表するかのように明るく言った。
「いいえ、神さまって気まぐれだから、運がどこか他の人にいっちゃうかも。栞さんとか」
 近頃、ようやく栞に「先輩」を付けなくなった。言葉も全国区を目指して標準語でも喋れれるようにがんばっている。大阪弁は、その気になればいくらでも切り替えられる。今までずっと、それで通していたんだから。

 昼からは、バラエティーのコーナーである「学校ドッキリ訪問」のロケに府立口縄坂高校にバスを二台連ねて行くことになっていた。
 口縄坂高校は、府の学校改革のフラッグ校と言われ、近年その実績をあげている。そのご褒美と学校、そして府の文教政策の成果を全国ネットで知らせようと、府知事がプロディユーサーの杉本と相談して決めたことである。一部の管理職以外は、午後からは全校集会としか伝えられていなかった。

 そこへ、中継車こみで三台のMNB丸出しのバスやバンがやってきたのだから、生徒たちは大騒ぎである。
「キャー、聖子ちゃ~ん!」
「ラッキーセブンの七菜!」
「スリーギャップス最高!」
 などと、嬌声があがった。
 とりあえず、メンバーは楽屋の会議室に集合。生徒たちは、いったん教室に入った。研究生を入れた総勢八十人のメンバーは、三人~四人のグループに分かれ、各教室を回った。カメラやスタッフは、三チームで各学年を回った。

「わたし、小姫山高校なんで、こんな偏差値が十も上の学校に来るとびびっちゃいます!」
 教壇で栞が、そう切り出すと、生徒たちからは明るい笑い声が返ってきた。その中に微妙な優越感が混じっていることを、栞もさくやも感じていた。
「MNBで、オシメンてだれですか?」
「しおり!」
 如才ない答が返ってくる。あとは適当なクイズなんかして遊んだ。クイズといっても勉強の内容とは関係ないもので、当たり前の答はすぐに出てくる。
「これ、なんて読みますか?」
「離れ道!」
「七十九点!」
 栞は、わざと評定五に一点だけ届かない点数を言ってやった。案の定その子は、かすかにプライドが傷ついた顔をした。
「MNBじゃ、なんて読む、さくや?」
「はい、アイドルへの道で~す。首、つまりセンターとか選抜への道は、遠く険しいってわけです」
「この、しんにゅうのチョボは、私たち一人一人です。その下は、それまで歩んできた道を現しています。だから、このチョボは、今まさに首=トップにチャレンジしようとしているんです。そうやって見ると、この字は、なんだか緊張感がありますよね。わたしたちはアイドルの頂点を。あなたたちはエリートの頂点を目指してがんばりましょう!」

 教室は満場の拍手。栞は笑顔の裏で、少し悲しいプライドのオノノキのように聞こえた。

 それから、講堂に全生徒が集まって、ミニコンサートになった。この口縄坂高校は、プレゼンテーションの設備が整っていて、講堂は完全冷暖房。照明や音響の道具も一揃いは調っていた。まあ、これが学校訪問が、こんなカタチで実現した条件でもあるんだけれど。

「それでは、来校記念に、新曲の紹介をさせていただきます。『風立ちぬ』聞いて下さい」


 《風立ちぬ》作詞:杉本寛   作曲:室谷雄二

 走り出すバス追いかけて 僕はつまずいた

 街の道路に慣れた僕は デコボコ田舎の道に足を取られ 気が付いたんだ

 僕が慣れたのは 都会の生活 平らな舗装道路

 君を笑顔にしたくって やってきたのに 

 君はムリに笑ってくれた その笑顔もどかしい

 でも このつまずきで 君は初めて笑った 心から楽しそうに

 次のバスは三十分後 やっと自然に話せそう 君の笑顔がきれいに咲いた

 風立ちぬ 今は秋 夏のように力まなくても通い合うんだ 君との笑顔

 風立ちぬ 今は秋 気づくと畑は一面の実り そうだ ここまで重ねてきたんだから

 それから バスは 三十分しても来なかった 一時間が過ぎて気が付いた

 三十分は 君が悪戯に いいや 僕に時間を 秋の想いをを思い出させるため書いた時間

 風立ちぬ 今は秋 風立ちぬ 今は秋 ほんとうの時間とりもどしたよ

 素直に言うのは僕の方 素直に笑うのは僕の方 秋風に吹かれて 素直になろう

 ああ 風立ちぬ ああ ああ ああ 風立ちぬ


 スタンディングオベーションになった。
 構えすぎていたのは自分だったかも知れないと思った。
 みんなが笑顔になった。栞もさくやも、自然に笑顔になれた、

 その時までは……。

 

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せやさかい・147『アリとキリギリスとさくら』

2020-05-20 13:23:30 | ノベル

せやさかい・147

アリキリギリスさくら』         

 

 

 六月に学校が再開される……らしい。

 

 今までも○○までに再開とか、休校は○○までと言われては延長になってきたので油断禁物。

 やねんけど……信じたくなる。

 もう、家におるのも飽きたしね。というか、不安や。

 こないだのバーチャル女子会は、最新のホログラム技術で、あたかも、本堂に頼子さんが出現したみたいで、不覚にも涙ぐんでしもたりした。

 スーパーの前で留美ちゃんに逢うたときは、二人とも泣きながら喋りまくったし。

 

 日課になった境内の掃除も、あと十回ほどでおしまい。

 

 そう思うと、掃除にも熱が入る。

 敷石の縁(へり)を蟻が歩いてる。

 よう見ると、前後にも蟻が歩いてて、のどかな蟻さんの行列。しゃがみ込んで見とれてしまう。

 途中から、蟻さんたちは荷物を持ってるのに気付く。

 なにやろ? え……脚?……羽根?……首!?

 蟻さんたちは、死んだ虫をバラバラに解体して巣穴に運んでる最中!

 しゅんかん、フラッシュバックした。

 小三ぐらいのときにも、学校の運動場で蟻の行列を見た。同じようにキリギリスかなんかを解体して運んでた。

 保育所で習った『アリとキリギリス』が頭に浮かんだ。

 夏に遊んでばっかりやったキリギリスは、冬になって食べ物もなくなって飢え死に寸前で、蟻さんの家に転がり込む。蟻さんたちは、そんなキリギリスを暖かく迎えてやって食べ物を分けてくれる。キリギリスは涙を流して感激し、これからは真面目に働くことを誓うのでありました!

 そいうハートフルな話やったのに、なんと、蟻さんはキリギリスをバラバラにして食料にしてる!

 子ども心にも、蟻さんたちが、むっちゃ悪者に思えてきて。ランドセルからレンズ付き定規を出して、太陽光線を集めて照射、逃げ惑うところを執拗に追いかけて焼き殺した。

 蟻さんはそっくり返って身もだえし、最後はプツンと音がして小さな煙が立つ……スルメが焼ける匂いがした。

 ちょうど、お父さんが帰ってこーへんようになった時期。

 数年ぶりに思い出して、自分の中に戦慄が走る。

 自分の部屋に取って返して、虫メガネ持ってきて、蟻さんを焼きたい衝動にかられる。

 もう一回、スルメが焼けるような匂いを嗅いでみたいと、慄いてしまう。

 

 ニャーー

 

 いつのまにかダミアが寄ってきた。

 顔を起こしてダミアと目が合う。

 ダミアはギクっとして固まって、二三歩後ずさりしたかと思うと、本堂の方に逃げて行った。

 ひどい顔をしてたんやろなあ。

 

 やっぱり、学校は早く始まったほうがいい!

 

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新・ここは世田谷豪徳寺・16《たぬき蕎麦から見える日本の文化》

2020-05-20 05:56:19 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・16(さくら編)
≪たぬき蕎麦から見える日本の文化≫   



 帝都の「たぬき蕎麦」は、ちょっと違う。

 ふつう「たぬき蕎麦」ってのは、かけ蕎麦の上に天かすが載っているものと決まっている。ところが、我が帝都女学院のそれは、かけ蕎麦にネギがドッチャリ入っている。200円と言う安さで、生徒に人気のメニュー。入学したころはびっくりしたけど、お手軽でビタミンたっぷりの優れもの。カウンターにはカイワレも載っていて自由に入れられる。別名「ビタミン蕎麦」とも言う。

 で、なんで、これが「たぬき蕎麦」なのか、食堂のオジサンはうんちくを垂れた。

「ここの食堂任されたときに、なにか安うて特別なメニュー作ろ思て考えたんや。玉子は高いし、安うてボリュームあって、栄養のあるもん」
「それがたぬき蕎麦なんですか?」
「せや!」
「で、なんでネギ載せたのが『たぬき』になるんですか?」
「玉子蕎麦の玉子抜きや!」
 たぬき蕎麦の「た」は玉子の「た」だったのだ。
「ネギはボリュ-ムの割に安い。で、栄養もたっぷりやさかいな。震災の後、これ作ってみんなに喜んでもろたん思い出してな」
「でも、この夏なんかネギ高かったでしょう?」
 佐伯くんが、もう帝都の生徒みたいな気楽さで聞いた。
「あれは例外。それに夏休みやったから営業してへんかったさかいな。ほんまの『たぬき蕎麦』はかけ蕎麦の上に煮しめたアゲさん乗せるんや」
「え、それって『きつね蕎麦』じゃないんですか?」
「それは東京。関西は、これを『タヌキ蕎麦』という。うどんが蕎麦に化けたいうのが語源や」
「へえ、そうなんだ!」
「その返事は、関西では、ちょっと冷とう聞こえる」

 ということで、たぬき蕎麦から東西文化の違いに発展。あくる日改めてオジサンの話を聞くことにした。

「東京でレーコは通じひんやろ」
 恵里奈は分かっているようでクスクス笑っている。あたしらには分からない。
「アイスコーヒーのことをレーコと言う。元々は喫茶店で出たコーヒーの搾りかすをもろてきて、煮出したコーヒーの二番煎じ」
「ええ、そんなの香りも味もないでしょ!」
 と、みんなの反応。
「味はけっこう残ってる。そこにシロップと牛乳ぶちこんでキンキンに冷やす。これがもとで喫茶店の冷たいコーヒーもレーコ言うようになった。元祖レーコは冷やし飴よりいけるで」
「そうなんだ」
「昨日も言うたけど、それ、関西人には冷とう聞こえる」
「じゃ、なんて言うんですか?」
「ほんまあ!? とか、おもろいなあ! ウッソー!やな」
 なるほど、距離感の近い言葉だ。テンションが上がりそうだ。

 それから東西文化の違いに花が咲いた。

 エスカレーターで左右のどっちを空けるか。程よい整列乗車の仕方の違い(大阪なんかは並んだふりして、電車がきたら要領次第)直すという言葉には「片付ける」という意味があること。大阪の人間はおそらく日本で一番声が大きい。この話の間もオジサンと恵里奈の声が目立ったというか、恵里奈はオジサンと意気投合してた。
 電気が60と50ヘルツの違いがあって、東西に跨って走る電車は、途中電気の通っていない区間をちょこっと惰性で走って切り替えてるらしい。
 アホとバカの重さの違い。これは思い出した。一年の頃、恵里奈に「バカね」と言ったら、すごくショックな顔をしたので違いは分かる。東京の人間に「アホ」と言うとケンカになりかねない。関西は、その逆。

 そんなこんなで、また日が暮れてしまった。オジサンは「たぬき蕎麦」をごちそうしてくれた。オジサンも含めて、みんなフレンドリーになった。佐伯君もなんだか、もう仲間。でも律儀な佐伯君は、病院から来ているのにもかかわらず、必ず乃木坂の制服を着てくる。

 彼らしいけじめのつけ方だろうと思ったが、事情はあたしを含めて5人しかか知らない……これで七不思議の五つは揃った、あと二つだ。

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乙女と栞と小姫山・51『もらった南天』

2020-05-20 05:46:21 | 小説6

 乙女小姫山・51
 『もらった南天』             

 

 

 

 中間テストの初日であったが、朝から全校集会になった。

「黙祷!」

 首席の桑田が号令をかけた。さすがに水を打ったように静かになった。

 

 一昨日、墓参りのあと、田中教頭が霊園の門前で急死したことを、校長の水野が簡潔に述べたあとである。一分間の黙祷が終わった後、校長は再び演壇に上がり、話を続けた。

「田中教頭先生は、この春に淀屋橋高校から赴任されてこられました。赴任以来、本校の様々な問題について、わたしの女房役を務めていただきました。昨年わたしが本校にまいりましてより、我が校の改革に邁進してきましたが、今年度に入り、様々な軌道修正をしながら、本格的な改革案を練る作業に入ったところであります。その実務を裏で支えておられたのは田中先生です。先生を、突然失いわたしは両腕をもがれた思いであります……正直、先生達がやろうとしている改革は、君たちが在学中には実現が難しいほど壮大な難事業であります。時間と、途方もない忍耐力が要ります。先生は、持ち前のモットー『小さな事からコツコツと』を実践してこられ……」

 それから、校長は新しい教頭が決まるのには数日かかること、田中教頭は妻子を早くに亡くし孤独な生活を送ってきたが、生徒のみんなを自分の子どものように思っていたことなどを交え、田中教頭の姿を美しく荘厳して話を終えた。

 生指の勘で、校庭の隅のバックネットの裏に生徒の姿を感じて、現場に急いだ。
――こんなときにタバコか――予想は外れた。
 そこには、しゃがみこんで泣いている栞がいた。
「栞、どないしたん……」
「わたし……わたし、人が死ぬなんて、思ってもいなかったんです!」
「栞……」
「学校の改革は必要だと思ってました。だから、進行妨害事件でも、あそこまで粘りました。それが正しいと思っていたから。そして改革委員会ができて、実際の進行役が教頭先生で、苦労されていることも父から聞かされて知っていました。でも……でも亡くなってしまわれるほどの御心労だったとは思いもしなくて、いい気になってMNBなんかでイキがちゃって……なんて、なんて嫌なやつ! 嫌な生徒!」

 次の瞬間、乙女先生は、栞を張り倒した。

「自分だけ、悲劇のヒロインになるんとちゃう!」
「先生……」
「オッサン一人が死ぬのには、もっと深うて、重たい問題がいっぱいあるんじゃ!」
「他にも……」
「いま分からんでも、時間がたったら分かる。さ、もう試験が始まる。教室いき……」
「……はい」
 駆け出した栞に、乙女先生は、思わず声をかけた。
「栞がしたことは間違うてへん。それから……教頭さんのために泣いてくれてありがとう」
 栞は、何事かを理解し、一礼すると校舎の方に戻っていった。

「しもた、シバいたん謝るのん忘れてた!」
 振り返ったが、栞は全て理解した顔をしていたので、もう、それでいいと思った。

 教頭の葬儀には、手空きの教職員が行った。

 後日わかったことであるが、通夜と葬儀を足すと全職員数の1・5倍になった。

 職員の受付には技師の立川さんが座っていた。土地柄であろうか、細々とした仕事は明らかに、プロではない地元の人たちが手伝っている。その様子を見ていると、上辺だけではなかった教頭の近所づきあいの良さがうかがえた。
「ほんまに、去年の盆踊りにはなあ……」
「そうそう、正月のどんど焼きでも……」
 家族がいないせいか、ご近所にはよく溶け込んでいたようだ。

 焼香を終わって一般参列者の群れの中に戻ると、喪服に捻りはちまきというジイサンが呼ばわっていた。
「どないだあ、米造が丹精した盆栽です。お気に召したんがあったら、持って帰っとくなはれ!」
 半開きにされたクジラ幕の向こうには、全校集会のように盆栽たちが並んでいた。ゆうに、中規模の盆栽屋ぐらいの量があった。とても会葬者だけでさばける量ではない。
「これ、残ったら、どないしはるんですか?」
「あ、わしが引き取ります。ヨネが生きとったころから、そう話はつけたあります。生業が植木屋やさかい、どないでもなりますけどな。どこのどなたさんか分からん人に買うてもらうより、まずは縁のあった人らにもろてもらおと言うとりました。あんさんには、これがよろしい」
 おじいさんは、小ぶりな南天の盆栽を、なんの迷いもなく、慣れた手つきでレジ袋に入れてくれた。

「お棺のフタを閉じます。最後のお別れをされる方は、こちらまで」

 係の人の声に促され、乙女先生は棺の側まで行った。田中教頭は、着任式の印象とは違って、とても穏やかな顔をしていた。
「よかったな、ヨネボン。こないぎょうさん来てもろて。好子さんも碧ちゃんもいっしょやで」
 喪主のお姉さんが、二枚の写真を入れていた。一枚は卒業式の妻子の写真……そして、もう一枚は、なんと乙女さんの娘美玲の制服の写真だった。どうやら、娘さんの碧ちゃんと間違われたようだった。
 乙女さんは、一瞬混乱したが、田中教頭の大阪城での嬉しそうな顔を思い出した。
――これでええ、本人さんは、よう分かってはる――
 傍らに掲げられた府教委の死者への表彰状だけが、そらぞらしかった。

「教頭さん、ああ見えて、なかなか周旋能力の高いひとでしたからね、あとが大変だ。乙女先生、よろしくお願いしますよ……」
 ハンドルを握りながら、校長が呟いた。
 脇道から自転車が飛び出したが、さすがの校長、緩い急ブレーキで止まった。
――あ……!――
 南天が驚いたような声をあげたような気がした。
 ふとレジ袋を見ると、鉢にさした札には、一字で、こう書いてあった。

 碧…………。

 

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小説学校時代・01化学変化の匂い

2020-05-19 12:01:28 | エッセー

小説学校時代 

01 化学変化の匂い     

 

 

 学校はいろんな匂いがするところだ。

 特に、昭和のころの学校は、木造、鉄筋にかかわらず様々なニオイがした。

 床や廊下の油引きの匂い、給食の匂い、脱脂粉乳のニオイ、特別教室のかび臭い匂い、トイレの匂い(水洗か汲み取りかでニオイが違う)、日向臭い子どもの匂い、飼育小屋のニオイ、学級菜園の土の匂い、印刷室のインクの匂い……などなど。

 同じ時代でも、小学校、中学校、高校ではニオイも違った。

 その匂いの中でも中学校の理科室の匂いが好きだった。

 いろんな薬品の匂いがした。理科部とか化学部なんかがあって、そこの三年生などは生徒でありながら放課後は制服の上に白衣を着ていたりして、なんだかそこだけ学校の平均的な雰囲気から突き抜けていた。

 中学三年生の晩秋、担任のU先生に理科準備室に呼び出された。

 U先生は理科の先生なので理科準備室が根城だったのだ。
 新しい実験でもやったんだろうか、放課後の理科準備室は、それまでと違う匂いがしていた。

 弱い塩素系のニオイに、なにか栗でも焼いたような香ばしく甘い匂いが混じっている。

「時をかける少女」で、主人公の七瀬は理科準備室でラベンダーの匂いを嗅いで気を失いタイムリープの能力を身に付けた。
 わたしはタイムリープするような能力はないが、この何か新しい実験をやったような匂いで運命が変わった。

「……ほら大橋、これがA高校を受ける生徒の一覧や」

 数日前から「公立の受験校を変えろ」と指導されていたが、友だちと同じ高校を受けたいわたしはウンとは言わなかった。この日も説得されるだろうと覚悟し、きちんと返事しなければならない、場合によっては受験校を変えなければと覚悟していたが、理科室の匂いで思考も覚悟も緩んでしまう。業を煮やした担任のU先生は、生徒に見せてはいけない受験指導のファイルを開いて見せてくださった。
 それは数ページにわたる成績順に80人ほどが並んだ名列だった。
 見知った友だちの名前がいくつも並んでいて、私の名前は4ページほどめくった最後にあった。
「大橋は、A高受験者の中ではドンケツや。ええか、2ページ戻ったとこに赤い線が引いたあるやろ。ここから下の生徒は受けても落ちる」
「は、はあ……」

 わたしは、受験のことよりも、いつもとは違う理科室の匂いに気を取られてしまっていた。なんだか化学変化を遂げた匂いで、理科が苦手なわたしでも15歳の中学生相応に、どんな実験をしたら、こういうニオイになるのか……少し時めいてしまった。

 小中学校では薬品を使うような過激な化学実験は、まずやらない。
 小中学校の化学実験と検索しても科学実験としか出てこない。中学で化学実験をやっていたのは化学部だけだった。
 放課後は、生徒でありながら白衣を着て、いつも怪しげな薬品の匂いをさせていた賢そうな化学部員たち。
 みんな私とは違う人種に見えた。

 中に一人髪の長い女子がいて、なにかの化学変化の結果ではないかと思うくらいきれいな上級生だった。その時の準備室のニオイは、その上級生を思わせた。

 その化学部の顧問がU先生だったのだ。

「で、どや、志望校変えへんか?」
 先生は目を覗き込みながらとどめを刺すようにおっしゃった。
「あ…………アカン時は私学に行きます。枚方のS学院やから、ま、通りますから」
 滑り止めには、学力相応なS学院に決めていた。
「…………そうか、まあ、ほんなら私学も覚悟の上いうことでええねんな?」

 U先生は、生徒の意思を尊重してくださる方で、わたしの無茶な受験を許可してくださった。根負けされたのかもしれない。

 あの化学変化の薬品の匂いに気を取られていなければ、もう少し突っ込んで話をしたかもしれない。いま振り返っても簡単で無茶な決心をしてしまったものだと思う。

 そして翌春、わたしはA高校の入学試験に受かってしまった。

 K中学始まって以来の快挙だったらしい。

 わたしの合格を知らされたU先生は職員室の椅子に座ったまま30センチほど飛び上がってしまわれたという。

 いま思い返すと、あれはニオイからくる化学変化の一種だったような気がしないでもない。

 人生には、時々、こういう化学変化のようなことが起こる。

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新・ここは世田谷豪徳寺・15《たぬきそばって変だよね》

2020-05-19 06:40:56 | 小説3

ここ世田谷豪徳寺・14(さくら編)
≪たぬきそばって変だよね・1≫    



 迫りくる何十という足音に心臓が口から飛び出しそうだ!

 あたしたちがグランドを一周して戻ってくる。数秒遅れて足音たちもゴールして消えた。
「なんなの、今の!?」
 先頭を走っていた恵里奈が、バレー部のくせして、肩で息をしながら叫んだ。特に誰かを非難しているわけじゃない。ひたすら怖かったのだ。で、そそっかしい。
 去年の文化祭でも、部活の合間にクラスの取り組みを手伝いにきて、立て看板を作っていた。立て看板は一年生ながら一等賞をとった優れもので、看板の文字やデコレーションが3Dになってる。要は文字やらオブジェを立体に作って接着剤や釘で打ち付けてある。恵里奈は、そんなオブジェが二重に重なるところを釘で打っていた。
「オーシ、ばっちし。じゃ、部活に戻るね」
「ありが……」
 と言いかけたマクサがソプラノで悲鳴を上げた。なんとマクサのスカートが脱げて、下半身がおパンツ一丁になってしまっていた。急いでスカートを引き上げるが、看板がいっしょに付いてくる! 部活に戻りかけていた恵里奈も、何か怪奇現象がおこったように驚いていた。
 原因は恵里奈自身だった。オブジェといっしょにマクサのスカートを打ち付けてしまっていたのだ。マクサしゃがんでオブジェをくっつけていたので、立ち上がってスカートが引きずりおろされるまで気が付かなかった。でも、これがもとでバレーと茶道という関係180度違う二人が友達になるきっかけにはなった。
 まあ、そういうやつなので、一番に逃げたことも、非難がましい叫び声をあげたのも悪気はない。

「で、原因は?」

「分からない。ただ不思議だから候補に挙げといたの。今の映像バッチリだったわよ」

 米井さん自身は他人事のよう。
 どうも、米井さんは、こういう方面については怖いという神経を置いて生まれてきた人のようだ。
 恵里奈が、食堂から塩を借りてきてグランドに撒きだした。
「そこまでする?」
 マクサが咎める。
「だって怖いじゃん……でも原因らしいことは食堂のオジサンが教えてくれたよ」
「え、なになに!?」
「食堂のオジサンも、仕込みで遅くなったときグラウンド横切るときに足音が付いてくるんやて。あのおじさんて、阪神大震災でこっちにきて食堂やってるのん知ってた?」
「ううん」
 オジサンが恵里奈と同じ関西訛であることは知ってるけど、事情までは分からなかった。
「震災のあと、街が復興して立ち直りかけてきたときも、神戸で似たようなことがあったんやて」
「それは、どうして?」
「震災で亡くなった人らの足音や言うてた」
「え!?」
「仲間やから怖いことはなんにもないて。ちょっとしたきっかけで死んだり生き残ったり。せやから小さな声で挨拶しとくんやて。そんなら消えるらしいわ」
 怖がりの恵里奈が平気そうにいうので気持ちが悪い。
「で、恵里奈、怖くないの?」
「うん、原因が分かったら怖ない。それに、もう一つ原因らしいもんがあるんやて」
「なによ、それ?」
 米井さんたちが、恵里奈に詰め寄った。
「足音の周波数とか、音の高さがちょうど、この辺のビルの外壁に合うて、反射してるのかも知れへんねんて。ワッ!」
「もう、びっくりするじゃん!」
「な、声やったら反射せえへんやろ」
 で、今度は走り出した。もう一人遅れて足音がする。
「な、こんな感じ」
 ところが、今度の足音は止まなかった、あたしたちに近づいて、すぐそばで止まった。
「なんで、うちの食堂のたぬきそばは、アゲさんが乗ってるか分かるか!?」

 それは、歳の割に無邪気な食堂のおじさんだった……。

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