大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい22〔お祖母ちゃんの骨折〕

2021-12-26 06:45:27 | 小説6

22〔お祖母ちゃんの骨折〕  


       


 お祖母ちゃんのお見舞いに行った。

 お風呂場でこけて右肩を骨折。いつもは元気なお祖母ちゃんがしょんぼりしている。

「もう一人暮らしは無理ねえ……今日子、どこか施設探してくれないかい」

 ベッドに腰掛けて、腕吊って、情けなさそうに言うお祖母ちゃんは、かわいそうと言うよりは可笑しい。

 まあ、今年で八十五歳。で、人生初めての骨折。弱気になるのは分かるけど、今回の落ち込みは重傷。

「あんな落ち込んだら、一気に……弱ってしまうなあ」

 インフルエンザが流行ってるので、十分しか面会できなかった。

 で、帰りにお祖母ちゃんの家に寄る途中で、お父さんがポツンと言った。

「そうだ、冷蔵庫整理してやらなきゃ」

 お母さんは現実的。

 入院は二か月と宣告された。やっぱり冷蔵庫の整理からだろうね。

 昼からは、伯母ちゃん夫婦も来た。もう病院の面会はできなかったみたい。

「ババンツ、いっぱい野菜買って……」

 伯母ちゃんとお母さんは、お祖母ちゃんのことババンツと言う。

 乱暴とかわいそうの真ん中の呼び方。

「あたしも、大きくなったら、お母さんのことババンツて呼ぶの?」

 小さい頃、そう言ったらお母さんは怖い顔した。

「そうだ、パーっとすき焼きしよう!」

 伯母ちゃんの一言で、にわかにすき焼きパーティーになった!


 なるほど、肉と糸コンニャク買ってきたら、すき焼きができるぐらいの材料だった。

 お祖母ちゃん苦しんでるのに大丈夫って言うくらい盛り上がった。

「しんどいことは、楽しくやらなきゃね」

 お母さんと伯母ちゃんの言うこともわかるけど、あたしは、若干罪悪感。それが分かったのか、こう返してくる。

「明日香は、ババンツのいいとこしか見てないからなあ。そんなカイラシイ心配の仕方できんのよ」

 そうかなあ……そう思ったけど、すき焼き食べてるうちに、あたしもお祖母ちゃんのこと忘れてしまって、二階でマリオのゲームをみんなでやってるうちに、お祖母ちゃんのこと、それほどには思わなくなった。

 明日香は情が薄いと思う自分も居たけど、伯母ちゃんとお母さんの影響か、コレデイイノダと思うようになった。

 帰りは、掃除して、ファブリーズして、おじさんの自動車に乗せてもらって家まで帰った。

 

 途中、信号待ちでクラスのS君を見た。


 ほら、十日戎のとき、あたしがお祖母ちゃんのために買った破魔矢をあげて、それから学校に来るようになったS君。

 歩道をボンヤリ歩いていた。一目見て目的のある歩き方じゃないのが分かった。

 そう言えば、先週は学校で見かけなかった。

 あたしってば気にも留めてなてなかった。

 破魔矢あげたのも親切からじゃない。間がもたないから、おためごかしに、あげただけ。S君は、それでも嬉しかったんだ。その明くる日からは、しばらく来てた。それから、あたしはS君のことほったらかし。


 ヤサグレに見えるけど、S君は、あたしなんかよりもピュア。

 おじさんの車は、あっという間にS君を置き去りにして走り出した。

 当たり前だ。あたし以外はS君のこと知らないもん。

「ちょっと、車停めて!」

 その一言が言われなかった。

 あたしは偽善者だなあ……なんだか、S君の視線が追いかけてくるような気がした……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん         今日子
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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ライトノベルベスト【大西教授のリケジョへの献身・3】

2021-12-26 05:41:21 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

【大西教授のリケジョへの献身・3】   

 




 明里は夜を待っていた。

 研究室の中は、何度か来て様子が分かっている。

 廊下には監視カメラはあるが、研究室にはない。幕下大学の予算上の問題なのか、研究の秘密を守るためなのかは分からない。

 明里は、LEDのライトにブルーのセロハンを被せ、部屋の目的の場所に向かう。狭いロッカーに夕方から籠もっていたので、体のあちこちが痛い。

「イテテ……これね、スタッフ細胞は」

 これだけの大発見の研究対象を、ほとんどセキュリティーなしで保管している。

 大学も瑠璃の助手という身分の軽さ、若さ、そしてまだまだ動物実験の段階であることなどで、マスコミが騒ぐほどには関心を持っていない。失踪した大西教授のことも半年の休職期間が過ぎれば退職処分にする予定だ。

 だから、明里は半月ここに通い、研究室の内部や、機器の操作を覚えていった。父を取り戻すために。父が退職になれば、大学を続けることも難しくなる。人より少し見場がいいというだけの母は生活能力はゼロである。

 カチャリ

 コピーした鍵で、スタッフ細胞の保管庫はあっさり開いた。

 覚えたマニュアル通り、左腕の皮膚にチクッと針をたて、切手大のスタッフ細胞の膜を貼り付けた。薄い膜は血を吸って、ピンク色になったかと思うと、数分で、皮膚と同化した。

 一瞬不安がよぎる。

―― 二十歳のあたしが、三十年まえに戻ったら、赤ちゃん以前……存在さえしなくなるんじゃ ――

 でも、明里は好奇心と欲望と、もう一つ訳の分からない感情に身を任せた……。

 朝日のまぶしさに気が付くと、同じ研究室の床に寝転がっていた。

「失敗?」

 思わず声が出たが、見渡した研究室の様子が少し違った。

 机や椅子に木製のものが混じっている……机の上にパソコンやモニターがない……そして決定的だったのはカレンダー。

 日付は1985年、昭和60年の5月になっている。

「か、鏡……」

 立ち上がると、すぐ洗面の鏡を見た。心配していた消滅は起こっていなかった。

 そして微妙に変化があった。

 おでこに出来ていたニキビがきれいに無くなっている。頬に触れると不摂生からきていた肌荒れもなくスベスベになっていた。ネイルカラーが無くなり5ミリほど伸ばしていた爪はきれいに切りそろえられていた。耳のピアスの穴も無かった。床を見ると、渋谷で買った星形のピアスが転がっている。

 そして、暑いことに気が付いた。夕べは2021年の2月にいたので、ダウンジャケットにムートンのブーツである。

 明里は、ダウンジャケットを脱いで、ブーツを誰のものともしれないサンダルに履きかえた。

 しかし、まだ暑い。

 モコモコになるのが嫌いな明里はジャケットの下は厚着はしない。それでもタイツと、シャツの下のヒートテックは暑苦しい。

 時計を見ると、まだ7時過ぎ。こんな時間に来る者もいないだろうと、タイツを脱いで、ヒートテックを脱いだところで、研究室のドアが開いた。

「あ……」

「う……」

 明里の上半身は、ブラ一枚だった。

 で、その姿に驚いたのは、写真でしか見たことのない若い日の父であった……。

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せやさかい・267『最後の終業式』

2021-12-25 13:46:16 | ノベル

・267

『最後の終業式』さくら     

 

 

 最後の終業式だったね……

 

 下足ロッカーから靴を出しながら留美ちゃんがつぶやく。

「え、なんで?」

 想像力の無いうちは、あどけなく聞き返す。

「だって、次は卒業式だよ」

「え、あ…………そうか」

 三学期は学年末テストが終わると、卒業式まで無いんや。

「普通の終業式って、今日でお仕舞」

「せやね……」

 

 卒業式は、きっと舞い上がってる。

 

 みんな、卒業した興奮で、なかなか帰らへん。

 教室やら廊下やら正門のとこに残っていつまでもワヤワヤとテンション高くはしゃいでる。

 一昨年の卒業式やら、小学校の卒業式の経験があるから、卒業式の日の舞い上がった雰囲気は想像がつく。

「せや、もっぺん教室戻ろ!」

「あ、さくら!」

 留美ちゃんの返事も待たんで、脱いだばっかりの上靴つっかけて、一段飛ばしで階段を駆け上がる。

 

 ……教室には誰もいてへん。

 

「クリスマスイブだもんね」

「うん、教室ひとり占めや!」

 宣言すると、五列並んだ机の間を縫うように歩いてみた。

「先生みたいね」

「ほんまやね、なんかエラなった気ぃするしぃ(^▽^)」

 あらためて見ると、教室の机はいろいろや。

「みんな同じか思てたけど、微妙にちゃうねんねえ」

 天板の角のとりかた、背もたれの曲がり具合……フレームの形も微妙に違う。

「買った年が違うからだね」

「え、そうなん?」

「学校の机って、いっぺんに替えたら、すごいお金かかるから、少しずつ入れ替えてるんだよ」

「そうやったんか……人知れず、君たちは入れ替わっていたんだねえ……よしよし」

「備品シールが残ってるのが……あ、これこれ」

「え、どれ?」

 留美ちゃんが示したのは前の方、天板のすぐ下。

 品質表示みたいなシールがあって『平成八年』とあった。

「うひょー、これて、まだ二十世紀とちゃうん!?」

「うん、1996年、25年前だね」

「すごい、すぐ換算できるんや!」

「大したことじゃないよ、平成は82を足したら西暦になる」

「そ、そうか。昭和は?」

「プラス25」

「明治は?」

「プラス67」

「ふーん?」

「ほなら、大正!?」

「プラス11」

「す、すごい……」

「どうして大正が後なの?」

「え、令和、平成、昭和、明治、大正……」

「逆だよ、明治と大正」

「え、そうなん(^_^;)!?」

「そうです!」

「アハハハ……あ、机に彫刻してるやつがおる!」

「え?」

「あ、いや、ごめん、ただの傷やった」

 ほんまは彫刻、たぶんコンパスの針かなんかで……相合傘で田中・榊原とあった。留美ちゃん気にしいやから傷にしといた。

「わたし、一番前ってなったことないんだよね」

 そう言って、留美ちゃんは教卓の前の席に座る。調子を合わせて、教壇に立って向かい合わせになる。

「ち、近い」

「え、そう?」

「うん、こんなに近いなんて思わなかった」

 留美ちゃんは距離感覚が、ちょっとばかり人とはちがうみたい。

 それから、教室のあっちこっちの席に座って、場所による感覚の違いを体験してみる。

 廊下側の一番後ろは一番孤独。真ん中の列の真ん中は落ち着かへんとか言い合って遊んだ。

 天井のシミは、男子の誰かがジュースのパック破裂させて飛沫が飛んだあととか、教卓の高さ調節のネジが一個無くなってて、それがガタツキの原因やったのを発見したりして遊んだ。

 

 キーンコーンカーンコーン  キンコンカンコーン

 

 チャイムが鳴ったので、さすがに帰ることにする。

 三組の前を通ったら話し声が聞こえる。

 隙間からチラッと見えた。春日先生が男子と、そのお母ちゃんと思える女の人と三者懇談。

 懇談の予定なんかないからないさかい、たぶん、プライベートな真剣な話。

―― 静かに行こう ――

 留美ちゃんが目配せ。

 息を殺して下足室へ。

 グラウンドに出てみようかと思たけど、お腹が空いてるのを思い出して、大人しく下校しました。

 せや、今日はクリスマスイブやったんや……とくに予定はありませんけども。

 

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明神男坂のぼりたい21〔まどか 乃木坂学院高校演劇部物語〕

2021-12-25 08:05:53 | 小説6

21〔まどか 乃木坂学院高校演劇部物語〕  

 

 


 朝から雪……積もったらいいのになあ。

 保育所のころ雪が降って園庭にいっぱい積もったことがある。

 保育所のみんなで遊んだ。

 雪合戦したり、雪だるまこさえたり。

 関根先輩も、ただのマナブくんだった。美保先輩はミポリンだった。

 

 今だから言えるけど、マナブくんだった関根先輩と、その雪でファーストキスしてしまったんだよ(#^_^#)!

 

 雪合戦してたら、こけてしまって、マナブくんに覆い被さるように倒れた。

 するとモロに唇が重なってしまって、あどけなかったマナブくんは真顔で、こう言った。

「赤ちゃんできたらどうしよう!?」

「え、赤ちゃんできるの!?」

「キスしたら、できるて、レッドカーペットで言ってた」

 マナブくんの赤ちゃんなら生んでもいいと思った。

 いや、シメタと喜んだ。

「そうなったら、ぼく責任とって、アスカのことお嫁さんにするからな!」

 もう天にも昇る気持ちだった。

 だけど、夢は一晩で消えてしまった。

 明くる日マナブくんは、こう言った。

「キスだけだったら、赤ちゃんできないんだって。なにか、他にもしなくちゃならないらしいけど、大きくならないと神さまが教えてくれないんだって」

「それって、いつ教えてもらえんの?」

「さあ、いつかだって……」

 そこまで言うと、マナブくんはトシくんによばれて、園庭に走りにいった。

 昨日の雪は溶けてしまって、雪だるまも頼りなく溶けていた。

 あれからだ、マナブくん……関根先輩のことずっと好き。

 あたしは一途な女。

 今は、もう赤ちゃんの作り方は、しっかり知ってる。

 関根先輩、美保先輩と……ダメだあああ、妄想してしまう!

 気を取り直して本を読む。で、雪が積もるようだったら、雪だるまこさえよ♪

 

「まどか 乃木坂学院高校演劇部物語」の最初のページを開く。

 

 ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!

 タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げ大道具は転げ落ちた。一瞬みんながフリ-ズした。

「あっ!」

 講堂「乃木坂ホール」の外。中庭側十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ていた。

「潤香先輩!」

 わたしは思わず駆け寄って、大道具を持ち上げようとした。頑丈に作った大道具はビクともしない。

「何やってんの、みんな手伝って!」

 フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた……。

 

 ドラマチックな描写から物語は始まる!

 

 主人公まどかの乃木坂学院高校演劇部は27人も居る大規模常勝演劇部。それが、コンクールで破れたことやら、クラブの倉庫が火事になったりで部員がゴッソリ減り、顧問の貴崎マリ先生も責任を問われて学校を去っていく。クラブは存亡の危機にたたされ、ほとんど廃部になりかける。

 あくまで、演劇部を続けたいまどかと夏鈴と里沙は、廃部組とジャンケン勝負で勝って、たった三人で演劇部を再興して、春の演劇祭で、見事に芝居をやりとげる。そして、大久保クンいう彼氏もゲット!

 

 文章のテンポがいいし、どんでん返しやら、筋の運び方が面白いので、昼過ぎには読み終えてしまった。

 演劇部を辞めたばっかしのあたしには、ちょっと胸が痛い。だけど、まどかには、頼りないけど夏鈴と里沙いう仲間が居る。

 あたしは残ってもまるっきりの一人。やっぱし、あたしの決断は正しいと思う。まだ二年ある高校生活無駄にはしたくない……。

 読み終えて、ベランダから外を見ると、雪はすっかり止んでピカピカの天気……にはなってなかったけど、ドンヨリの曇り空。

 雪だるまはオアズケ。

「お母さん、お昼なんかあったかなあ……」

 そう言いながら階段を降りたら、お父さんが一人で生協のラーメン食べてる。

「お母さんは?」

「なんか、石神井のお婆ちゃんが骨折して入院だって出かけていったぞ……明日香にも声かけてただろ」

 思い出した。

 乃木坂の演劇部が潰れそうになったあたりで、なにかお母さんの声がした。

 あたし、適当に返事してたような……。

 乃木坂のまどかが、すごい偉い子に思えてきた……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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ライトノベルベスト【大西教授のリケジョへの献身・2】

2021-12-25 05:59:03 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

【大西教授のリケジョへの献身・2】   




 

 物部瑠璃のスタッフ細胞は、ラット実験の段階だった。

 スタッフ細胞は、簡単な細胞の操作で、どんな細胞や器官でも作れるというシロモノで、再生医療の新時代を切り開く可能性を秘めていた。

 大西教授は、長年の勘で、このスタッフ細胞はとんでもない力を持っていると確信した。

 なんとか、瑠璃の業績を広く世に出してやりたい一心で、自分の身体で実験してみることにした。

 自分の腕から取った細胞をスタッフ細胞化し、それを自分に移植したのである。

「お早うございます……」

 瑠璃は、いつものように教官室に入り、いつも自分より早く来ている大西教授に挨拶した。

 

 が、返事が返ってこない。

 

「あれ?」

 と思うと、実験室に通じるドアが開いていることに気が付いた。

 瑠璃は実験着であるお祖父ちゃん譲りの白衣を着て実験室に足を踏み入れた……まるで人の気配が無かった。

 しかし、大西教授のデスクには、プレパラートやシャ-レが置かれ、今の今まで教授がいたような雰囲気であった。椅子の座面に触れると、ほのかに暖かかった。

 なにか、用事で席を外したんだろうぐらいに思って、瑠璃は二秒で教授のことは忘れてしまった。彼女の仕事への没頭ぶりもはんぱではない。

 気づいたのは、昼前だった。

 昼食のため席を立とうとして、電源を切っていたスマホのスイッチをいれた。留守電が一件入っていた。再生するととんでもないものが入っていた。

「これなんです。聞いて下さい」

 大西教授は夕方になっても姿が見えないので、瑠璃は教授の妻と娘を呼んだ。

――瑠璃クン、大西だ。実験は成功した。だけど、とても変なんだ。ここは三十年前の研究室なんだ――

「イタズラじゃないんですか、うちの主人じゃないですね、声が若いし、三十年前だなんて」

 妻は、関心を示さなかった。

「もう一度聞かせてください」

 娘の明里(あかり)は引っかかった。明里は、父とは疎遠であったが、大学生になってからは、大学の事情も分かり、父への反発心は薄れていた。ただ、血のつながりが無いことで、後一歩馴染めずにいた。

「どうですか?」

「……良く分からない。でも何かあったら、あたしに知らせてください」

 スマホには、それ以来かかってくることは無かった。教授も戻ってはこなかった。大学は、教授を失踪したものと考え、とりあえず休職扱いにした。

 

 気になった瑠璃は、携帯電話の音声分析を音響学をやっている仲間のところでやってもらった。

「声は若いけど、声紋検査……大西先生と一致」

「どういうこと?」

「分からない。ただ、他にもね、微かに時計の音や、車の音が入ってるでしょ」

「そう、聞こえないけど」

「増幅してみるわね」

 友人はイコライザーのフェーダーを操作した。確かにアナログ時計と、車の通過音が入っている。

「時計は、セイコーの電池時計。今は生産されていないわ。いまの研究室のは電波時計だし……それに、走ってる車、エンジンの音がみんな三十年以上前のものばかりなのよ」

「というわけなんです……」

「それって……?」

「よほど、大規模な音響トリックを使わないと、出来ないことです」

「お父さん、口には出さないけど、だいぶ大学に不信感があったんじゃないかしら」

 明里は、少し的の外れた推理をした。

「大西先生は、そんな人じゃないわ。特認教授での残留も、ほぼ決まっていたし」

 二人の思考は、そこで停まってしまった。

 明里は話題を変えた。

「瑠璃先生の研究は進んでるんですか?」

「進んでるってか、足踏みね。このごろ実験用のラットが……」

 瑠璃は、言葉を濁した。その分明里の感覚が鋭くなった。前回来たときよりもラットの数が減って、何匹かは入れ替えられていた。

 そして、それは直感だった。

 スタッフ細胞には、大きな副作用……多分、若返ると同時に過去に戻ってしまうんじゃないだろうかと。

 明里は、大胆なことを考え始めていた……。

 つづく

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上からグリコ 幸子のクリスマス

2021-12-24 19:35:55 | ライトノベルベスト

クリスマス短編小説


からグリコ 幸子のクリスマス

 


 久々の休みだ。

 この日を逃せば正月まで休みは取れなかっただろう。

 就職して初めて有給休暇をとったんだ。

 梅田でも有数の大型書店に勤めているわたし、公休日と指定されたシフト上の休み以外は休んだことがない。

 それにしてもクリスマス明けの戎橋が、こんなに冷えるとは思わなかった。

 ほんの十数メートル行けば心斎橋商店街のアーケード。

 あそこならかなり違っただろう。でも、この春に大洗から出てきたわたしは、大阪の地理には不案内で、ミナミと言えばここしか思い浮かばなかった。

 キタの梅田なら、いくらか知っている待ち合わせ場所はあったけど、職場の近くでは、誰の目につくか分からず、ここにした。

 戎橋。

 通称「ひっかけ橋」 

 ナンパ男が多いことで有名だけど、実際は橋の南に大型の交番もあって、見晴らしもいいので、アベックが待ち合わせにしていることも多い。しかし、それは冬という条件を外してのことだ。

 とにかく寒い……。

 他にも何人か橋の上で人待ち顔でいる者はいるんだけど、ざっと見て男の子が多い。

 高校生らしい一群が、さっきまで向かいにいたが、今は、その気配もない。みんな足早に橋の上を通り過ぎていく。


 ちょっとね、三人称的に思ってみよう。


 その方が、いろいろ凌げる。

 ……それから幸子は人並みに背を向け、川の方を向いている。

 変な男たちに声を掛けられないようにするためだ。
 
 幸子は、小林を待っている。

 正確には小林雄貴……大洗の高校時代、三年間同じクラスだった。

 中学も同じで、中学生のころから呼び名は「小林」だった。

 君を付けたり、下の名前で呼べば一気に距離が縮まる。それを恐れて、ずっと「小林」で通してきた。大洗は人口二万に満たない小さな町だ。好きになっても振られてもすぐに噂になる。だから、ずっと「小林」で通してきた。

 それでも気持ちは通じていると思っていた。大学にいくまでは……。

 幸子も小林も、大学は東京だった。

「大学は、どこ受けんの?」

「東京の大学……サチは?」

「わたしも東京……」

 そう言えば、受験する大学の名前ぐらい教えてくれると思った……でも、小林はなにも言わなかった。だから自分が受ける大学も言いそびれた。

 東京に行ってからはバカみたいに思えたけど、幸子は小林の番号も知らなかった。

 ハンパに中学時代からの知り合いなので聞きそびれた。

 聞けば一歩踏み出してしまうようでできない。

 でも、もう卒業なんだから聞けばよかった。

 でも聞いて一歩踏み出せば、当然答えが返ってくる。

 NOと言われるのが……そう言われて傷つくのが、傷ついた自分を見られるのが嫌で、聞くことができなかった。


 東京に行ってから、風の便りに小林が防衛大学に入ったことを知った。


 ああ、言えないはずだ……と思った。震災のあとは自衛隊に対する認識も少し変わったけど、狭い町で、当時は、まだ完全な市民権を得た言葉ではなかったよ。

 現に高校の社会科の先生達は揃って、いわゆる市民派。中には正式な党員もいるというウワサだった。

 幸子はS大学の英文科に進んだ。ルイスキャロルに凝って卒論もイギリス児童文学だった。在学中にアメリカにもイギリスへも行った。

 だけど根っからの人見知り……というほどでもなかったけど、人間関係がヘタクソで、東京で知り合った男も何人かいたけど、そのヘタクソが災いして、恋人はおろか友だちと呼べる相手にも恵まれなかった。

 それに、S大の英文科を出ていながら、第一希望の商社を落とされ、大型とはいえ書店の店員になったことを妹の沙也加などは正直にがっかりしていた。

「やっぱ、大洗じゃ、しかたないか……」

 病院のベッドで一年近く過ごしている妹に言われたのはコタエタ。

 それが表情に出たんだろう。

「せめて、カッコイイ恋人でもつくるんだよ!」

 生意気な顔で言われ、正直者のネガティブ幸子は、あいまいに苦笑するしかなかった。

 小林と再会したのは、彼が店の客として来たところだった。

「あ、ちょっとすみません」

 珍しい標準語が、在庫点検している背中にかけられた。

「あ、どうぞ……」

「どうも…………あ、幸子じゃないか!?」

「あ……こ・ば・や・し」

 閉店の時間が近く、時間を決めて、近くの喫茶店で待ち合わせた。

 さすがにスマホの番号交換なんかは簡単にできたけど、会うことがなかなか出来なかった。

 幸子は基本的には土日の休みはほとんどない。逆に小林は土日が基本的に休みだったが、配属された部隊が防衛費の削減やら、人員不足などで、新品三尉はなかなか休みもとれなかった。
 
 小林は、幸子に本の注文というカタチで付き合ってくれた。

 月に一度注文をした本を受け取るということで会いにきてくれた。そして三度目になる先月小林は踏み込んできた。

「いっしょにメシでも食おうか?」

「え……あ、うん」

 で、この戎橋に二十分前から立っている。

 別に小林が遅刻しているわけではない。幸子が二十五分も早く着いてしまったのだ。だからスマホで「早く来い」とメールを打つこともできないでいる。

 そんな幸子を、グリコが見下ろしている。

 陽気に両手を挙げている姿は、幸子を励ましているように見えた……最初は。二十分たった今は、なんだかオチャラケタ吉本のタレントにイジラレているようだった。

―― 上からグリ~コ サディスティックなやつめ♪ ――

 だいぶ前のヒット曲が替え歌になって浮かんでくる。

 センスの悪さに、自分で苦笑する。実際テレビの取材で吉本のタレントが書店に来たことがあった。店のスタッフは陽気に調子をあわせて「そんなアホな」とかカマしていたが、とても幸子にはできなかった。

 ついさっきも、アメリカの東部訛りの英語が聞こえた。

 アメリカ人が道に迷ったようだ。どうやら上方芸能博物館に行きたがっているようだった。「What can I do for you?」と喉まで言葉が出たが、自分自身、上方芸能博物館を知らない。当然、そこらへんの日本人に声をかけなければならないが、その億劫さが先に立って声をかけられなかった。

「バンザイやな、ネエチャン」

 グリコにそう言われたような気がした。

「What can I do for you?」

 いきなり真横で声がした。

 いつからいるんだろう。白ヒゲの外人のおじいさんが、幸子の横で同じように橋の欄干に手を置いて話しかけてきた。

「…………」

 幸子は固まってしまった。

「驚かしちゃったね。キミは英語のほうがフランクに話せるような気がしたんでね」

 幸子は、さらに驚いた。おじいさんの口は英語の発音のカタチをしているけど、聞こえてくるのは日本語。まるで、映画の吹き替えを見ているようだ。

「キミは鋭いね。口の動きが分かるんだ。翻訳機能を使ってるんで、キミには日本語に聞こえている」

「失礼ですけど、あなたはいったい……」

「ついさっき、仕事が終わったところでね……あ、わたしはニコラス。よろしく」

 おじいさんは機嫌よく右手を差し出してきて、自然な握手になった。

「わたし幸子です。杉本幸子」

「幸子……いい名前だ。ハッピーキッドって意味だね」

「あんまりハッピーには縁がありませんけど」

「いいや、もうハッピーの入り口にいるよ……」

「……なんだか温かい」

「ね、そうだろう?」

「おじいさん……」

「そう、キミの頭に一瞬ひらめいた……それだよ、わたしは」

「サンタクロ-ス……!?」

「……の一人。わたしは西日本担当でね。東日本担当のサンタと待ち合わせてるんだよ」

「ほんとうに?」

「ああ、こうやって、わたしの姿が見える人間はそうはいない……おっと、川のほうを見て。他の人間には、わたしの姿は見えない。顔をつきあわせて話したら変な子だと思われるよ」

 たしかに、二三人が幸子のことを変な目で見ていった。

「あの……ほんとにプレゼントとか配ってまわるんですか?」

「こんな風にやるんだよ……」

 グリコの両手の上に大きなモニターが現れた。

 モニターには無数の名前が現れては、スクロールされていく。よく見ると、サンタのおじいさんがスマホの画面を操作するように指を動かしている。

「これで、管理しているんだ……いろんな条件を入力して、親やそれに代わる人間やNPO、そういうのにプレゼントを子どもにやりたい気持ちにさせるんだ」

「世界中ですか?」

「一応ね……でも、サンタも万能じゃない。行き届かないところがどうしても出てくる。ほら、あの薄いグレーで出てくる子は間に合わなかった……ほら、これなんかアジアのある国だけど、90%以上の子がグレーだ」

「あ、消えていく名前がある……」

「いま、命を終えた子たちだよ……」

 痛ましくて見ていられないのだろう、サンタは、すぐに日本にもどした。

 さすがに日本のはグレーは少ない、ほとんどの名前が青になっていた。ところどころ違う色がある。

「あの緑色はなんですか?」

「ああ、あれはモノじゃなくて、目には見えないプレゼントをもらった子たちだよ」

「目に見えない……?」

「ああ、家族そろっての団欒(だんらん)や旅行。進学なんてのもある」

「……わたしも、それもらったんじゃないかしら。親が東京の大学行くのを賛成してくれたのが、クリスマスの夜だったんです」

「ああ、多分、東のサンタの仕事だろうね……2008年……大洗、SACHIKO SUGIMOTO これだね」

「でも、大洗みたいな田舎にも、ちゃんと来てくれるんですね」

「やりかたは色々……ほう、東日本は、こんなことをやったんだ」

 大洗――GIRLS und PANZER モニターには、そんな見覚えのある文字がうかんでいた。

「あれって、コミックですよね、略称『ガルパン』うちの店でも扱ってる……そうだ、大洗が舞台になってるんだ!」

「そう、アイデア賞だね。これで町おこしのイベントにもなったしね」

 幸子は、妹が送ってくれたメールを思い出した。サンタは、さらにスクロ-ルを続ける。

「すごい数ですね」

「ああ、取りこぼしがないようにチェックするのが大変でね……」

「でもガルパンなんかだったら、大人にもプレゼントになりますね」

「でも、結果的に子供たちが喜ぶことならね……」

 サンタは、自分の担当の西日本を出した。

「お、一つ取り残していた。わたしとしたことが!」

「あ、あのピンク色ですか?」

「うん、これは東西にまたがる特殊なケースで、モニターに出るのが遅れたんだな。この子をガッカリはさせられない」

 サンタは、クリックするように人差し指を動かした。

 名前を読もうとしたら消えてしまった。

「あ……」

 そう思ったら、サンタのおじいさんの姿も消えてしまった。そして、頭をコツンとされた。


 振り返ると小林が、右手をグーにしたまま立っている。


「なにボンヤリしてんだ、赤い顔して」

 幸子は、両手で自分のホッペを隠した。

「そういう仕草は昔のまんまだよな」

「もう……」

「ごめんな、少し遅れた」

「そんなことないよ、時間ぴったり」

「俺たち自衛隊は五分前集合が当たり前。待ったか?」

「う、うん。ちょびっとだけ」

「じゃ、蟹でも食いに行くか」

「アンコウ鍋がいい」

「そうだな、古里の味だな」

 小林は、スマホでアンコウ鍋の食べられる店を検索した。

「目標発見。行くぞ!」

「うん、雄貴!」

「……初めて下の名前で呼んだな」

「え……あ、ほんと」

 わたしは一歩踏み出せた。あのサンタのおじいさんのピンクは、わたし……つまり妹の沙也加のじゃないかと思ったのは、明くる年雄貴から指輪をもらったことを妹に伝えたときだった。

「お姉ちゃん、おめでとう!」
 
 そういえば、あの時、二人を上からグリコが見送ってくれていたような気がした……。 

 

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銀河太平記・085『パチパチに関する恵の新発想』

2021-12-24 15:36:44 | 小説4

・085

『パチパチに関する恵の新発想』 本多兵二    

 

 

 人とロボットのちがいは魂があるかどうか。

 魂はソウルともゴーストとも呼ばれる。

 四半世紀前の満漢戦争までは、脳みそがあるかどうかが基準だった。

 優れたCPは型(パターン)として人間の思考をコピーすることはできるが、それはただのパターンでしかなく、パターンから外れて思考や行動がとれない。まあ、よくプログラムされたオートマタに過ぎない。

 それでも、情緒的リベラリストたちは『人とロボットを平等に扱うべきだ』と主張していた。

 そのリベラリストの主張が通ったのは、皮肉にもリベラリストが忌み嫌う軍隊だった。

 戦闘を担う兵士はロボットで十分だったが、指揮官は人間でないと、非常に高い確率で敗北する。

 理由は簡単で、パターンを読まれてしまうとパターンに対する対策が講じられて確実に裏をかかれる。

 だから、満漢戦争までは、指揮は必ず人間が担った。

 人間とロボットの割合は国によって開きがある。

 世界的にロボット化は2/3が限度だと言われていたが、日本などミリタリーアレルギーの強い国だと10%程度しか人間がいなかった。

 

 しかし、僕が生まれる前に決着を見ていた満漢戦争で、児玉元帥(当時は少将)が戦闘中に瀕死の重傷を負い、一か八かでロボットにPI(パーフェクトインストール)させて戦闘指揮を継続して日本軍を勝利に導いた。

 なんと98%も戦力を喪失したうえでの勝利で、人類の戦史史上最大の劣勢からの挽回だった。

 世界は、日本海大海戦、真珠湾攻撃に並ぶ奇跡の戦闘だという位置づけになっている。

 PI後の児玉元帥は100%の機械人間で、それまでの法的な区分では児玉元帥ではなく児玉元帥のアビリティーをコピーしたロボットに過ぎない。

 しかし、ロボットに戦争指揮はできないし、勝利などあり得ない。

 世界は、一瞬で100%の機械人間を人間と認めた。

 まして、PIしたロボットは敷島博士が渾身の技術と想いで作った美少女ロボットのJQだ。

 

 それ以来、世界はロボットに人権を認めるようになった。

 

 先日のA鉱区の落盤事故では人間にもロボットにも犠牲者が出た。

 人間の犠牲者は義体化率にかかわらず火葬にされ、ロボットは修復不能なものを除いて分解されて予備パーツのストックにされた。

 むろん本人が「人間だ」と言っている者が居れば火葬にするのだが、そういう者はいなかった。

 それほど、この西ノ島では人とロボットの区別が希薄だったのだ。

「親鸞聖人でも『わたしが死んだら魚の餌にしてくれ』とおっしゃっていました」

 坊主だった社員が、読経の後に微笑んだので、作業はわだかまりを持つことなく進んでった。

「おまえは聖人だ! ぜひ、俺の師になってくれ!」

 ナバホ村の村長などは一大興奮を発したが「偉いのは阿弥陀様と親鸞聖人です(^_^;)」と頭を掻いて沙汰止みになった。

 

「よし、これでみんなと一緒に宴会に出られるよ!」

 

 三体のパチパチ(ニッパチ イッパチ サンパチ)の前には若干のサイズの違いはあるが少年の体格をしたロボットが立っている。

「ほら、入れ替わってみ。制御機器が変わるだけだから、怖くないよ」

 恵が手を叩いて急かせる。

 パチパチたちは、少々戸惑ってはいたが、ニッパチが『じゃ、せーので!』と言って、『お、おう!』とイッパチとサンパチが応えて、一斉に入れ替わった。

 ブン

 小さな電子音がして、三体のパチパチの稼働ランプが休止を示す赤に変わり、三体のオートマタの目に光が宿った」

「どう、違和感とかある?」

『お……いいかも!』

『珍妙でござる!』

『革命的アル!』

「スクラップ集めて作ったから、ちょっとチグハグかもしれないけど、これで人間と同じ機能よ。時代劇に出てくる電話の子機と親機みたいなもんだから、オフの時なんかは子機になればいっしょに飲めるわよ」

『『『おお!』』』

 三人揃って挙げた手だけがリアルハンド。

 あとはフランケンシュタインみたいなんだが、三人とも喜んでいる。

「手だけリアルだと、中には引く奴もいたからね」

 恵はよく見ている。

 西ノ島に見かけで人の値打ちを判断する者などいないけど、見た目というのは存外大事だ。

 チルルが今わの際に母との思い出を想起したのは、ニッパチのリアルハンドに母の優しさを思い出したからだ。

 僕たちも、あの事故から学んだのだ。

 パチパチは可変作業機械だったので、いかに変形させるかということに主眼が置かれていたが、内臓CPを切り替えて体ごと変えてしまうという発想は新しいのかもしれない。

 その夜、さっそくサンパチたちは食堂の給仕サービスに出てみた。

「え、おまえら?」

「パチパチなのか?」

「いいぞ、かわいい!」

 好評だった。

 パチパチたちも楽しそうだ。

 それまでは、でかい図体を畳むようにしても人の三人分ほどのスペースが要った。

「よし、ツギハギは可哀想だから、補給部から必要なパーツをもらってカスタマイズすればいいよ」

 ヒムロ社長の許可が下りて、先行きの楽しみが増えた。

 

 西ノ島は落盤事故のショックから少しづつ立ち直り始めた。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩)
  • 村長                西ノ島 ナバホ村村長 
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

 

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明神男坂のぼりたい20〔明日香の道草〕

2021-12-24 10:55:32 | 小説6

20〔明日香の道草〕  


        

 

 放課後、直ぐに帰れるのは嬉しい!

 今までは部活で時間とられて、冬至前後の今日この頃、学校出るのは日が落ちてからだった。

 それが、明るいうちに出られる!

 なんという開放感!

 混みまくりの昇降口も、登校時はあんなにウットウシイのに、帰りは嬉しい!

 嬉しいついでに外堀通りも超えてしまって水道橋駅。

 電車組の子は、ここから電車に乗る。

 だから、その流れに乗って、そのまま電車に乗ってしまう。

 これはスイカのせいだよ。

 スイカがなければ、わざわざ切符を買わなきゃいけなくって、その時の気分は券売機で切符買ってまでではない。

 もし、切符を買わなきゃならないんだったら、お財布を開けた時点で断念してる。

 バイトもやってない女子高生のお財布は野口君が二人の他は、コインが入ってるだけ。

 改札にスイカを掲げると残額は3600円。

 こないだ石神井に行くときにチャージした残り。石神井に行くって言ったら、お父さん樋口一葉をくれたからね。

 まあ、片道1800円のトリップはできるわけさ。

 ラッキー!

 乗った車両は急行仕立てで、二人がけの前向きシート。進行方向に向かって座ると、ちょっとした旅行気分。

 もちろん御茶ノ水で降りるわけもなく、そのまま東へ電車は進む。

 空で飛行機が止まってる……ように見える。動いてるものから、動いてるもの見ると止まってるように見える。物理で習ったナンチャラいう現象で、田舎の見通しのいい田んぼの中の交差点で交通事故が起こるのは、このせいらしい。しかし、ジェット機が空中で止まってるのは、なんともシュール。

 アキバで、ドカドカと人が乗ってくる。

 オケツの大きいオバチャンが「ごめん」も言わずに横に座ってきた。

 ウットウシイ。

 オバチャンの温もりを肌で感じる。まあ、オッサンが座るよりはいいけど……「ごめん」の一言があったら、お互い様と思えて、温もりも、こんなにキショイとは思わないんけどなあ。このオバチャンはきっと大阪出身にちがいない……とっさに感じたのは箱根から西に行ったのは修学旅行だけというわたしの偏見。大阪の人、ごめんなさい。

 浅草橋で、また人が乗ってくる。乗車率120%くらい? ちょっと暑苦しい。

 ガタンゴトン ガタンゴトン

 電車は両国橋を渡る。

 両国橋って、武蔵と下総を跨ってるから両国橋……シャクジイ(石神井のお祖父ちゃん)が言ってた。

 なんか国境を超えた感じ。

 国技館とかも見えてきて、ちょっとトリップからトラベルの気分。

 トラベルはトラブルに通じる。

 この先乗っていても、あまり目新しいものは無い。

 それで、両国駅で下りて上りに乗り換え。

 アキバでお散歩するにはお財布が寂しいのでお茶の水で下りて……家に帰るのも癪なので、反対方向の南へ。

 

 そうだ、図書館があった!

 

 区の図書館の分館で『神田まちかど図書館』があるのを思い出す。

 子どものころ、お父さんと散歩というと、このコースだった。

 見かけはでっかいビルディングなんで、初めての時はビックリしたけど千代田小学校・千代田幼稚園・教育研究所とかの複合施設の一階部分の、そのまた半分くらい。

 一階の新刊書コーナー…………なんかないかなあ。

 え、うそ、あった!

「まどか 乃木坂学院高校演劇部物語」

 この本は、中味はいいらしいんだけど、表紙が今イチ。それにラノベとしては高すぎる1200円プラス税。一回ジュンク堂で見たけど、以上の二つの理由でやめた。他にも二冊借りよう思ったけど、読まずに返す確率高いから、これだけにしとく。

 失いかけてた図書館ルートの散歩道が復活。
 
 図書館を出て、道草もここまで。真っ直ぐ我が家を目指す。

 湯島の聖堂の角を曲がって見てはいけない後姿を発見! 

――  関根先輩!  ――

 なんで関根先輩……それも、美保先輩と仲良しそうに。

 気がついたら、制服のまま自分のベッドでひっくり返っていた。涙が一筋横に流れていく。

 しょうもない道草になってしまった。

 あれ?

 明神さまに挨拶した記憶が無い。

 明日、二日分しとこう……。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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ライトノベルベスト【大西教授のリケジョへの献身・1】

2021-12-24 07:08:09 | ライトノベルベスト

 

イトノベルベスト 

【大西教授のリケジョへの献身・1】   



 大西教授は今年定年退官である。

 助手時代から営々三十四年間、幕下大学の生物学研究室で地味に勤め上げた学究の人である。

 ただ、人間関係がヘタクソで、かつ謙譲の精神の体現者……と言えば聞こえはいいが、研究成果を人にパクられても文句一つ言わない。また、人が実験に困っていたりすると、まるで我がことのように熱心に協力。時に教授の力により研究成果が上がっても、人はめったに大西教授に感謝せず、また教授も、それでいいと思っていた。

「これで幕下大学が世に認められ、生物学や医療科学が進歩するのなら、それでいい」

 そう思ってニコニコしていた。

 しかし、そんな人のいい教授であるのに家庭的にも恵まれることがなかった。

 

 大西教授は晩婚であった。

 

 四十を超えた準教授のとき、当時、まだ健在であった母親が心配し、お見合いパーティーに連れていった。

 当時は明石家さんまやビートたけしが全盛の時代で、トレンドは、面白い男だった。芸人さんたちがとんでもない美人を獲得したりしていて、真面目だけで風采の上がらない男は見向きもされない。

 口下手な大西準教授は、一人片隅でウーロン茶を飲んでいるしかなかった。母親と世話をしてくれた母の知人のメンツを立てれば十分と思い、今回の見合いで、母が諦めてくれればと願っていた。

 大丈夫、運動音痴で非力な僕だけど、大した病気もしなかった。死ぬまで母さんの面倒はみられるから。

 そう思うことで、穏やかに充足する准教授であった。

 そんな大西準教授に目を付けたのが、今のカミサンである。

 カミサンは、そのお見合いパーティーでは一番華のある美人で、大西準教授よりも一回りも年下であった。

 カミサンは、準教授という肩書きに惚れた。そして、いいカモであると思ったのだ。

 男関係が派手だったカミサンは当時妊娠していたが、父親が誰か分からなかった。可能性のある男五人に「あんたの子よ」と迫ったが、偶然五人とも同じ血液型で、当時の技術では、誰が子どもの父親であるか絞り込めなかった。

 で、カミサンは、高学歴でハイソな男しか集まらない、このお見合いパーティーに参加したのだ。

 しかし、情報が流れてしまっていた。

 五人の男のだれか、ひょっとして何人かがリークしていた。で、主だった男性参加者は、その事実を知っており、最初から彼女を敬遠していた。

 そして、大西準教授は、カミサンと結婚することになってしまった。

 知り合って、半月で肉体関係……下戸の大西準教授は、目が覚めた時の状況で、そう思いこまされていた。

 そして、お腹が目立たないうちにということで、一カ月で挙式。七カ月後には、早産にしては大きな女の子が生まれた。人のいい大西準教授は、すっかり自分の娘だと信じて可愛がった。

 娘とは、小学校の高学年までは、うまくいっていた。

 

 父子ともに実の親子だと、思いこんでいたからだ。

 ところが、娘が六年生の時に交通事故に遭い、詳しい精密な血液型が分かった。

 え、そんな……

 大西準教授は、初めてハメられていたことに気が付いた。

 愕然とした大西準教授は一瞬人間不信に落ち込んだが、十二年間娘に注いだ愛情は不信を凌駕した。

 そうだ、娘に罪は無い。

 そしてカミサンにものっぴきならない事情だったんだろう……そう理解し、何事もないように家族三人の生活を続けた。

 

 これで万事うまくいくはずであった。

 ところが、カミサンは、あろうことか、そんな亭主に苛立ってきた。

 元来は良心の呵責であるべきだったが、いら立ちに転訛させてしまったのだ。

 大西準教授は、その性格が災いして五十を超えても教授になれていなかった。カミサンは、それを亭主の不甲斐無さのせいだと思い、事あるごとに当たり散らし、ある日、酒の勢いで娘に真実を言ってしまった。

「あんたねえ、お父さんの子じゃないのよ」

「え……マジ?」

「マジ」

「…………」

 娘は、それから絵に描いたような不良になってしまい、大西準教授は、所轄の警察と仲良くなるほどの不幸に見舞われた。

 大西準教授は、仕事に没頭することで気を紛らわせた。そして、彼によって業績をあげられた後輩たちが大学に働きかけ、やっと一昨年教授になれた。

 カミサンと娘は、退官されて収入が減ることを恐れ、特認教授として大学に残ることを勧めた。

 まあ、研究さえ続けられれば……それもありか。

 そんなとき、研究室の若きリケジョである物部瑠璃が、スタッフ細胞の開発に成功した……。

 つづく

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明神男坂のぼりたい19〔ああ 辞めてやった!〕

2021-12-23 08:26:35 | 小説6

19〔ああ 辞めてやった!〕  

 


 さすがに当日切り出すのは気が引けた。

 なにがって? 

 クラブ辞めることだよ。

 

 芸文祭は、意外にいけた。

『ドリーム カム トゥルー』は、女子高生の恋心を描いたラブコメ。

 で、一人芝居なもので、主役のあたしは、舞台には登場しない彼氏に恋心を抱いてなくっちゃならない。

 それも片思い。

 そのリリカルな描写が良かったと、講師の先生からも誉められた。

 瞬間、いい気持ち。

 

 この芸文祭、ちょっと気になることがあった。

 なにか言うと、お客さんの入りが良かったこと。

 いいことなんやけど、気になる。

 誰に聞いても、こんなに入ったことはないそうだ。ホールはキャパ434だけど、いつもはせいぜい80人ぐらいしか入らない。それが倍近くの150人ほど入っていた。

 あの美咲先輩でさえ、嬉しそうにしていた。

 もちろん役者のあたしとして、嬉しくないはずはない。

 

 ところが、この奇跡は、T高校のお陰だ言うことが、よく分かった。

 T高校は、一昨年都大会で一等賞になり、関東大会でも一等賞。

 で、全国大会でも一等賞。

 審査委員長の平目オリダのオッサンも大激賞! 旭新聞が文化欄三段記事で誉め倒していた。ちなみに他の新聞は、どこも書いていない。去年の本選の審査員に来ていたのが旭新聞の文芸部のオバチャン。

 その繋がりなんだろうなあ。

 しかし考えたら、それだけ大騒ぎして、434のキャパが一杯にはならない。まあ、世間の高校演劇のとらまえかたというか関心はこの程度。

 やっぱり部活としてはトレンドではない。

 それで、T高校の芝居が終わったら、潮が引くように観客が減っていく。最後のあたしたちの芝居の時は100人を切った。それでも例年の三割り増しぐらいにはなっているらしい。

 もう一つ分かったこと。

 うちの『ドリーム カム トゥルー』は井上むさしさんの作品なんだけど、この作品に教育委員会は書き直しを言ってきたらしい。

 別に差別的な表現があった訳では無い。Hな表現があったわけでもない。

 なんでも「死を連想させるような表現はNG」いうことで、連絡を受けた井上むさしさんは激おこぷんぷん丸だったらしい。教育委員会は「死なさないで、海外留学に行ったいうようなことで」と言ったらしい。

 それまでは「チャコの一周忌」いう言葉が「チャコが眠り姫(植物状態)になってから一年」に変わった。ちょっとした言葉の変更だから気にもとめなかった。

 井上さんのツイートで初めて分かった。年末にS高校で、生徒が自殺するいう事件があった。あれからというか、あれを過剰に意識してんのんかと思った。

 そりゃあ、S高校の自殺をネタにしたのなら、まだ四十九日にもならないから問題だろう。

 でも、この芝居はS高校とは関係ないし、取り組みはそれ以前から。

 それに、うちの芝居に出てくる死は病死、自殺じゃない。それも、話の背景として出てくるだけだ。

 羹に懲りてなますを吹く……この例えあってるかな?

 

 今日は、反省会と後かたづけ。

 まず、後かたづけ。

 これは真面目にやった。立つ鳥跡を濁さずです。

 で、美咲先輩が言う前に宣言した。


「あたし、今日で演劇部辞めさせてもらいます!」

 先輩らも東風先生もびっくりしていた。しばらく沈黙が続いたあと、先生が口を開いた。

「美咲も辞めるって言ってる。明日香も辞めたら、四月から部員ゼロになる」

 承知の上です。

「ま、それはいいんだ」

 え、なんでサラリと言えるわけ?

「新入生を二三人入れて鍛えたら、いまぐらいの演劇部はなんとかなる」

 え、え、そうなの?

「しかし、クラブ辞めたら、三年なったときに調査書のクラブの欄は空白になる。損するでえ」

 ほんと!? そんなことぜんぜん考えてなかった。

「だから、籍だけは置いときな。部活に来る来ないは勝手にしたらいい。じゃ反省してもしかたないか。今日はこれで解散!」

 まるで、急な出張が入って授業中断するような気楽さで、南風先生は言った……。

 まあ、ええわ。

 辞めることに違いは無い。

 ああ、辞めてやった!

 

 帰り道、拝殿前に立って明神さまにご報告。

 

―― 坂 降りる時は気を付けるんだよ ――

 

 え、明神さま怒ってる?

 言われた通り、気を付けて降りる。

 気を付けたせいか、なんとも無かった。

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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ライトノベルベスト『メゾン ナナソ・7』

2021-12-23 06:28:24 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

『メゾン ナナソ・7』   

 

 

 

 志忠屋の多恵さんから葉書が来た。

 

 なんとか大学に入って半年、志忠屋にもご無沙汰だ。

 

―― たまにはお越しください、奈菜さんも、どうしてるのかなあってカウンターで呟いてますよ ――

 

 奈菜さんに会いたい!

 

 思いが付き上げてきて、スマホでここんとこの予定を確認した。

 週三回のバイトと、前期にどうしても出ておかなければならない講義を確認。

 文学論と国史概説……選択教科だし、講義はつまらないし、レポートの締め切りは迫ってるし、この二つをブッチすれば時間のやりくりはつく。

 

 あくる日、一講時目だけ受けて志忠屋に急いだ。

 

「あら、残念、たった今まで奈菜さん居たのよ」

 ランチのピークを過ぎて洗い物に精を出していた多恵さんが残念そうに言う。

「あ、じゃ、追いかけてみる」

「あ、待って。お昼まだなんでしょ、オニギリ持ってきなさい」

「あ、すみません」

 お代を払おうとしたら「まかないだから」と言ってサービスしてくれた。ペコリとお辞儀をして、川沿いの道を急ぐ。

 あれから、何度かメゾン・ナナソを探りに、ここいらを歩いてみたけど、いっこうにたどり着けないでいる。でも、女の足だ、速く歩けば追いつけないことも無いだろう。

 しかし、追いつくと言うのは道が分かっていて言えることだ。

 不案内な道をやみくもに歩いていては追いつけるもないだろう。

 

 諦めの気持ちが空腹感と共に湧いてくる。

 

 曲がったところに小公園が見えたので、ブランコに腰かけてオニギリの包みをあける。

 オニギリ二個にお新香、焼きのりが別になっていて、これで巻いて食べろということだ。

 ソヨソヨとブランコを揺らしながらオニギリを頬張る。

 焼きのりの香りと食感、ヒンヤリしたご飯が心地い。具は肉厚の塩昆布。肉厚だけど、柔らかいので食べやすい。

 もう一個のオニギリは、多分焼き鮭だ。

 そう思って咀嚼していると、植え込みの向こうに道が開け、道の向こうにメゾン・ナナソが見えた!

 

 見つけた!

 

 感動して立ち上がると、包みのオニギリが地面に落ちて、数回転がったかと思うとバラバラになって、中の具が出てしまった。予想通りの焼き鮭なので『当たった!』とは思ったが、砂粒とゴミにまみれては食べられないだろう。

 と、そこに一匹の猫が飛び出してきて、焼き鮭をかっさらって行ってしまった。

 あーーーーーついてねえ。

 ため息ついて顔をあげると、ついさっきまで見えていたメゾン・ナナソが道ごと見えなくなってしまっている。

 幻だったのか……?

 

 ニャーーー

 

 さっきの猫が、公園の入り口で鳴いている。思わず殺気のこもった目で見てしまう。

『まあ、怒るな。ナナソへの道なら教えてやる』

 猫が喋る不思議さも忘れて時めいてしまう。

「ほんとか!?」

『今日は急ぎの用がある、こんど教えてやるから、楽しみにしてろ。じゃ、焼き鮭おいししかったぜ』

 それだけ言うと、クルンと身をひるがえして消えてしまった。

 仕方なく、あたりの写真を撮って家に帰った。

 

 

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鳴かぬなら 信長転生記 50『入関……と、その前に』

2021-12-22 16:07:00 | ノベル2

ら 信長転生記

50『入関……と、その前に』信長  

 

 

 ちょっと待て

 楼門まで100メートルほどの祠の前で呼び止めた。

「え、なに?」

「土地神にあいさつしておく」

「え、ニイチャンが?」

「座って手を合わせろ」

「う、うん」

「祈ってるふりをしろ」

 祠の前に額づくと、祈るふりをして注意を与える。

「俺をニイチャンと呼ぶのはまずかろう」

「あ……」

「扶桑に居ればこそ、信長の転生で通じるが、三国志ではただの美少女だ」

「そうだね」

「それに、あっちでは『あんた』とか『おまえ』としか呼ばなかったのに、どうして『にいちゃん』なのだ」

「だって、いちばん馴染まない呼び方だから、『ニイチャン』と呼べば、いちばんらしくないから正体がバレない」

「三国志では、信長属性よりも美少女属性で見られる。女に『ニイチャン』と呼ぶ不自然さの方が目立つ」

「そうか、偽名を考えなくちゃ」

「ああ、おそらく、通関するときに素性を聞かれる」

「えと……」

「悩むか?」

「うん、少しね……」

「ならば『ニイチャン』と呼べ」

「え?」

「分からんか?」

「分かんないよ、ったったいま、ダメだって言ったじゃん」

「姓は織田の織をとって職(しょく)で名は丹衣、職丹衣(しょくにい)。だからニイチャンでいい」

「あ、なるほど」

「お前は、織市(しょく しぃ)だ。姉妹でニイとシイ。どうだ憶えやすいだろ」

「ニイだからニイチャン。わたしがシイチャン」

「いや、シイだ」

「なんで!?」

「俺は、兄妹をちゃん付では呼ばん」

「ムーー」

「敵地への潜入だ、自然がいちばん。今は、それだけ憶えておけ。それ以上の事は必要に応じて決めていく。いいな」

「う、うん」

「では、いくぞ」

 意識してのことかどうかは分からんが、市はなにかを取り戻そうとしている。

 でなければ、偵察のための擬装とはいえ、俺の事を簡単に『ニイチャン』とは呼ぶまい。

「で、ニイチャン。一人称は『俺』を通すの?」

「ああ、なるべく自然でなければ、とっさの時にボロが出るからな」

「あ、そうだ」

「どうした?」

「忠八くんに知らせなきゃ」

 ポシェットからメモ帳を出して、無事到着したことを書いて紙飛行機に折った。

「これでよし……それ!」

 紙飛行機は低く地を這ったかと思うと、道が曲がった向こうで急上昇し、あっという間に北の空に消えて行った。

 

 祠で話をしているうちに、入関する旅人の数も増えて、なんの詮議をされることもなく街に入れた。

「なんだ、主邑の豊盃だっていうのにユルユルじゃん。なんか、街もショボイし。こんなので、よく扶桑に攻めてこようって思うわね」

「声が大きい」

 しかし、遅かった。

 

 いかつい巡邏の兵隊が聞きとがめて、こちらに歩いてきた。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 
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明神男坂のぼりたい18〔ああ、雨!〕

2021-12-22 08:01:54 | 小説6

18〔ああ、雨!〕  

 

       

 ああ、雨!

 目が覚めて、直ぐに雨音に気がついた。

 なんで気がついたかというと、夕べは発作的に部屋の模様替えをしたから。

 え、わけ分からん?

 今から説明します。

 あたしの部屋は三階の六畳。両親の寝室とは引き戸のバリアーがあるけど、エアコンの都合で、夏と冬は開けっ放し。

 今までは部屋の東側にベッドを置いていた。ここだと、両親が隣の寝室に入ってきたときに、ベッドの4/5が丸見え。この位置は子どもの頃から変わってないので気にすることはなかった。

 裸同然の姿でいても、お父さんは男のカテゴリーの中に入ってないから、どういうこともなかった。

 

 一昨日の晩、ちょっとハズイ事件があった。

 芸文祭のことやら、最近会えない関根先輩のことやらが頭の中でゴチャゴチャになって、ボンヤリしてお風呂に入ってしまった。別にお風呂で溺れたりしなかったけど、ベッドに潜り込んで違和感。

 なんと、パンツを後ろ前に穿いてた。

 で、仕方ないので、脱いで穿きかえた。

 不幸なことに、そこにお父さんが上がってきた。瞬間、お父さんに裸の下半身見られてしまった! 一瞬フリーズしたあと、お布団を被った。

「明日香も、女の子らしくなってきたなあ~」

 なに、この言葉!? あたしのお尻見たから? それとも布団被ったリアクション? ハンパな言葉ではよく分からない。

 それで、ベッドが見えないように模様替えになったわけ。

 で、頭がベランダのサッシのすぐ側なんで、カーテンを通して、雨音が聞こえてきたわけですよ。

 

 徒歩通学のあたしは、雨が嫌い。

 

「JR値上げだって……」「え、うっそー!」「小遣い減るかも」「いよいよバイトかなあ」

 学校の昇降口、上履きに履き替えていると電車組の子たちがボヤいている。

 ボヤくのはいいけど、傘をバサバサしないでよね!

 思っても言わないけど。

 前にも言ったけど、うちの家には定期収入が無い。お母さんは「大学までは大丈夫」言ってるけど、娘としては気を遣う。

 分かってる。

 お父さんが、あんまり外出しないのは、しつこい鬱病のせいもあるけど、お金を使わないため……。

 お父さんは、毎月銀行から生活費の自己負担分を下ろしてくる。

 十三万円。八万円はお母さんに渡して、自分は五万円。こないだまでは三万円だった。それをお父さんは、ほとんど使わない。

 なんで分かるかというと、時々お父さん、お小遣い入れた封筒からお金出しては数えてる。チラ見してるだけだけど、残額は月四万くらいのペースで増えてる感じ。


 分かってる。お父さんのお小遣いは名目で、家の非常持ちだしになってんの。

 去年、お婆ちゃんが死んだ時に、小遣い袋は痩せて、四十九日でも薄くなった。

 今年は、お婆ちゃんの納骨と一周忌、それに、オリンピックの頃に建て替えたという我が家は、もうメンテナンスじゃもたないくらいガタがきている。

 店舗部分だった一階は、住居スペースにした時のツギハギがガタたついている。

 他にも、あちこち手を入れた時のムリとかがあって、微妙な段差もチラホラ。

 自分たちの老後を考えて、いつかは、思い切って大規模な改修、あるいは建て替えが必要。

 お父さんは他にも光熱水道、ネット代、電話代、固定資産税、都市計画税、国民健康保険なんかも払ってる。大型家電が壊れたときも、この非常持ち出し。辞めたくて辞めた仕事じゃやない。あたしは基本的には、お父さん可哀想だと思ってるよ。

 高校を出たら、働こうと思ってる。

 あこがれの職業は、明神の巫女さん。

 それとなく聞いてみた。

 巫女さん本人には聞きにくいから、だんご屋のおばちゃん。

「それほどお給料高くないよ……それに、若いうちしかできない仕事だしね」

 そうだ、オバサンの巫女さんて見たことないもんね!

 だんご屋さんの表には『バイト、パート募集』の張り紙。

 でも「うちで働かないかい?」とは言わない。

 若いうちは苦労しろって空気が、この界隈にはある。

 だから、こんな近所で間に合わせちゃいけないってことなのかもしれない。

 コンビニよりも100円安い時給のせいかもしれない。

 

 体育の時間の着替えで気づいた。

 ファブリーズしてくんのん忘れた(;'∀')。

 制服って、めったにクリーニングしないから、けっこう汚れてる。うかつなことに、冬休みにクリーニング出すのを忘れていた。

 まあ、三学期は短い。

 ファブリーズで、なんとかしのいでみる。

 あくる日は、ちゃんとファブって七時半、学校に着く。

 なんで、こんな早いかというと、明日の芸文祭の朝練。

「お早うございます」

 文字通りの挨拶。東風先生は来ていたけど、美咲先輩はまだ。

 まあいい。

 この演劇部とも、明日でオサラバさ!

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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ライトノベルベスト・『メゾン ナナソ・6』

2021-12-22 05:26:37 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト 

『メゾン ナナソ・6』   

 

 オジサンともオニイサンともつかない人がナナソの壁のペンキ塗りをしている。

 なんだかとても楽しそう、ピンクレディーの歌をいい喉で歌いながら、見事なハケ遣いだ。

 

「あの、ペンキ屋さん……」

 奈菜さんの姿が見えないので、ペンキ屋さんに声を掛けた。

「あの、ペンキ屋さん!」

「え……俺のことかい?」

「他にペンキ塗ってる人いませんから」

「は、ちげえねえ……その時なの~君たち帰りなさい~と(^^♪」

 ペッパー警部の一節を歌いながら、楽しげに続けている。

「ねえ、ペンキ屋さん。奈菜さん……管理人さん、どこに行ったか知りませんか?」

「さあね、おいら、ペンキ塗るのに熱中してたから分かんねえな……それから、おいらペンキ屋じゃねええからね」

「え、じゃあ、なんでペンキ塗ってるんですか?」

「ハケで」

「あ、そういうことじゃなくて」

 なんだか楽しげな、ペンキ屋モドキだ。

「おれ、ここの住人。白戸っての。ペンキ塗りは、おいらの趣味……畳の色~がそこだけ若いわ~(^^♪」

 歌はいつのまにかキャンディーズに替わっていた。とにかく楽しそうで、ほとんど会話にはならない。

「そんなに楽しいですか?」

「おうよ、多少ガタがきてても……あ、これは奈菜ちゃんにはないしょ。こうやってペンキかけるとなんだか自分まで楽しいって気になる。そこんとこがたまんないね……おかしく~って、涙が出そうよ(^^♪」

 なんだか、ボクもやりたくなってきた。

「白戸さん、ボクにもやらせてくれません」

「冗談いっちゃいけねえよ。こんな楽しいこと、おいそれと人様にやらせられるかって……好き~よ 好き~よ こんなに好き~よ(^^♪」

 ボクは、もうたまらずにハケを持って足場に乗ってしまった。

「あ、もう、勝手に……そんなにやりたいの?」

「え、うん。それに塗ってる方が、白戸さんと話できそうだし。塗ってるうちに奈菜さん帰ってきそうだし」

「しかたねえなあ……じゃあ、おれ向こう側の塗り残しやっつけてくるから、ここ頼むな。すぐに終わるから、いっしょにコーラでも飲もうぜ」

 そう言って、白戸さんは、ナナソの向こう側に行った。

 ……ところが、待てど暮らせど白戸さんは現れない。

「白戸さ~ん……」

 向こう側に行ってみると、白戸さんの姿もペンキを塗った形跡もなかった。

 白戸さーん!

 奈菜さんが、白戸さんを呼ぶ声がしてナナソの正面に回った。

「白戸さん、向こうを塗ってくるって、それっきり」

「で、なんでキミがペンキ塗ってるわけ?」

 アハハハ……。

 管理人室で、コーラを飲みながら、奈菜さんと大笑いになった。

「白戸さんはね、家賃貯めちゃって、その代わりにナナソのペンキ塗り買って出たのよ。まあ、それで差引つけようって、コーラまで買ってきたんだけどね」

「あんちくしょー!」

 ボクは二階の「白戸」と張り紙のされた部屋に向かった。ドアにカギはかかっていなかった。

「やられたわね……」

「いいんですか?」

「いいのよ、ボランティアみたいな管理人だったし」

「だったし……どうして過去形なんですか?」

「もう、住人は、だれもいないから」

「誰もって……クミちゃんと大介くんとかは?」

「あの二人は、お風呂屋さんに行ったきり帰ってこない」

 奈菜さんは筋向いの部屋を指さした。そのドアには「空室」の張り紙がされていた。いや、二階の部屋全てに貼ってあった。一階の住人は、とうに誰もいない。ナナソは奈菜さんだけになってしまった。

「まあ、広すぎるけど、あたしの書斎ね、このナナソは……どう、越してこない? もう家賃なんか、どうでもいいから」

「ええ……」

「まあ、考えてみて」

 ボクは、一晩考えて、ナナソに行った。

 ところが、ナナソのあった場所はコインパーキングになってしまっていた。周りの景色もガラッと変わっている……。

 いま思い起こすと、ナナソは、ちょっと変わっていた。奈菜さんはじめ住人の人たちはスマホはおろか携帯も持っていなくって、管理人室の前にピンクの電話があるきりだった。テレビもアナログの箱型だったし……。

 なんだか長い夢を見た後のようだった。

 ひょっとしたら、昨日の返事次第では、夢の向こう側にいられたような気がした。

 

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明神男坂のぼりたい17〔志忠屋のリニューアル〕

2021-12-21 08:19:42 | 小説6

17〔志忠屋のリニューアル〕  


        


 メールを見てびっくりした!

 と言っても、お父さんのパソコン。

 小山内先生が、うちのパソコンにメールを打ってきた。

 演技についての長いダメやら注意をスマホで送るのは大変だから。うちで、パソコンのメールは、お父さんのパソコンでしか受けられない。

 なんでか言うと、お父さんはケータイが嫌いで、今時スマホはおろかケータイも持たない原始人。まあ、パソコン相手に仕事して、ほとんど家から出ないので、必要性はあんまりないんだけど。

 で、小山内先生のメールの後に入ってたお父さんのメールを開いてしまった。

―― すみません、なんだかんだで思ったより手間取りましたが、2月3日 月曜日 17時30分よりリオープンいたします。チーフ中村の“ローマ風ピッツア”や小皿料理をラインナップに加え、ラストオーダー24時の夜型営業の店として再スタートします。ランチのお客様には、引き続き ご迷惑をおかけいたしますが、新しい志忠屋に 是非お越し下さい。チーフ中村共々、心よりお待ち申し上げます。尚、お越しのお客様全員、リオープン記念 10%サービスさせていただきます。 志忠屋店主 滝川浩一 ――

「ええ、そんなあ!」

 思わず声が出てしまった。

「ああ……志忠屋か。いよいよリニューアルなんだな。明日香、いきたかったのか?」

 お父さんに聞こえてしまった。

「あ……ランチタイムに行ってみたかった(^_^;)」

「ま、しばらくしたらランチタイムもやるだろ。もうちょっとの辛抱だな」

「うん……」

 志忠屋オーナーの滝川さんと、お父さんは四十年の腐れ縁らしい。二人の関係につぃては。いろいろあるけど、べつの機会に。

 志忠屋へ初めて行ったのは、中学に入ってちょっとしたころ。

 お父さんの退職の挨拶兼ねて、お母さんと三人で行った。志忠屋はシチューとパスタをメインにした客席16のかわいいらしい店。

 文句なく料理は美味しかった(^▽^)/。

 お母さんが逆立ちして百年たってもできないような料理ばっかし。文字通り味を占めたあたしは、何回かランチタイムのときに一人で行った。

 中三のとき、進学でお母さんともめてたときに相談に乗ってくれたのもタキさん。ランチタイム終わってアイドルタイム(準備中)になっても、相談は続いた。

「まあ、どっち行っても、似たり寄ったりだけどな」

 タキさんは、そう言ってたけど、お父さん通じてお母さんを説得してくれて、今のTGH高校に行けた。
 入ってみたら、思ってたほどの学校じゃなかったので、タキさんの言ってたことは、大当たり。

 それから一年。

 近いうちに進路のこと相談しよう思てたんだけど、しかたない。ピッツァやら始めるらしいけど、あたしの好きなパスタは、またやってくれるんだろうか……。

 タキさんに相談したかったのは、クラブ辞める決心付けさせてもらうことと、演劇科のある大学に進学すること。

 高校演劇は、もうダメだと思ってる。

 一年やってよく分かった。本選で観たK高校も、OPFで観たO高校も学芸会。見かけは立派だけど、芝居はヘタ。去年鳴り物入りで全国大会で優勝したT高校も小器用なだけ。関東大会で東京は全滅だった。で、うちのTGH高校は、その予選で落ちている。

 確かに、審査員の浦島太郎はドシガタイけど、あいつを納得させるだけの芝居ができなかったことも確か。

 で、来年クラブを担わなけらばならない美咲先輩も辞めてしまうし、こんな部活でアクセクしてても仕方がない。

 だけど、将来はキチンとした役者にはなりたい。

「なんだ、明日香、そんなに志忠屋のパスタ食いたかったのか?」

「うん!」

 食べたいのは本当だから、素直に頷く。

「それじゃ、また連れてってやるよ」

 お父さん、まるで小学生に言うみたいに優しげに言ってくれた。

 だから小学生みたいに頷いておく。

 本心見破られんのやだから、二階のリビングに。

 

 棚の上にケースに入った江戸城の天守閣。

 

 ちっちゃい頃に親子三人で、よく皇居外苑に行った。

 あたしは天守台が好き。

 よそのお城に比べて、桁違いに大きい、たぶん日本一。

 それでも、建物としての天守閣は無い。

 だから、じっさいに残ってたらどんなだろうって想像できる。

 それにね、天守台の高さって、ちょうど皇居の森の高さと同じなんだよ。

 皇居の宮殿の屋根がチラリと見える程度。けして皇居を見下ろす高さじゃない。

 皇居って天皇陛下が居られるところで、見下ろしちゃいけないんだと思うよ。

 神田明神だってそうで、みんなありがたがって拝んでいるのは拝殿。じっさいの神さまは本殿に居るんだよ。

 天守台は、陛下がいらっしゃる皇居の気配をうかがえるくらいなのがいいと思う。

 

 でも、実際の天守閣がどんなだったんだろうって思うのはワクワクするよ。だから、お父さんはプラモをこさえて飾ってるのはグッド。

 あ、小山内先生のメール。

「ごめん、お父さん、もっかい見せて」

 読んでみると、高度な要求が一杯。

 あたし、芸文祭は適当でいい。

―― 分かりました、ご指導ありがとうございました ――

 そう打って、おしまい。ああ、志忠屋に行きたいなあ!

 

※ 主な登場人物

  •  鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
  •  東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
  •  香里奈          部活の仲間
  •  お父さん
  •  お母さん
  •  関根先輩         中学の先輩
  •  美保先輩         田辺美保
  •  馬場先輩         イケメンの美術部
  •  佐渡くん         不登校ぎみの同級生

 

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