続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

🈞デュシャン『フレッシュ・ウィドウ』②

2019-07-18 06:46:22 | 美術ノート

 木製の板台を見ると、COPYRIGHT ROSE SELAVY とある。
 著作権はローズ・セラヴィにある、つまりデュシャンの意図であるがローズ・セラヴィの意思表示(作為)ということであり、ここにわたくし(デュシャン)はいない。

『フレッシュ・ウィドウ』新生未亡人。未亡人に付きまとう陰はなく、誇らしげというかhappyな空気さえ感じる。
『フレッシュ・ウィドウ』は、宣誓である。
「いま、わたくしは男を滅し、女を誕生させました」、わたしの中の男に別れを告げ女に変身したという宣告である。
 古い慣習、観念に強制された男と女。当然至極だと甘受している性への新しい告発。
「あんたは女だろうと思っているけど、本当は男なんだよ」などという他者からの押し付けではなく《自身の目覚め》である。

《神への畏れ》という観点に突き当たるかもしれないが、それは単に神でない側の人間の思い込みにすぎない。永久の神は《性の自由・解放》に気づいたことを祝福されるかもしれない。本来自由であるべきはずの男女の壁は堅固にも、暗黙の約束事項になっていた傾向がある。

 gender-free、社会的性別から自由になること、自分の生き方を自分で決める自己決定のできる社会。
 性における通念から自由に解放されることを、デュシャンは『フレッシュ・ウィドウ』に於いて提言したのである。


 写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク(www.taschen.com)より


『セロ弾きのゴーシュ』61.

2019-07-18 06:36:30 | 宮沢賢治

すると狸の子はぼんやりした顔をしてきちんと床へ座ったまゝどうもわからないといふやうに首をまげて考えてゐましたが、しばらくたって

 狸はリと読んで、理。
 子はシと読んで、旨。
 顔はガンと読んで、願。
 床はショウと読んで、照。
 座ったまゝはザと読んで、座。
 首はシュと読んで、主。
 考えてはコウと読んで、講。


☆理(宇宙の根本原理)の旨(考え)は願いの照(あまねく光が当たる=平等)である。
 座(星の集まり)が主(中心的な)講(話)である。


『城』3226。

2019-07-18 06:24:26 | カフカ覚書

 Kは、ぐっすり眠っていた。まわりでどんなことが起ころうと、知ったことではなかった。ベッドの柱の上にのばした左腕にのせていた頭は、眠っているうちにずれて、宙ぶらりんになり、やがてだんだん下へ垂れていった。


☆Kは、眠っていたので多くを聞かなかった。死に対し孤立していることは事件である。
 好都合なひどい伝記の怪しげな勢力である考えは、力が抜けてずり落ち、故につり下がり、緩やかに深く沈んでいき、支えるべき勢力は衰えていった。