思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

PCRは、遺伝子多型の存在しうるウイルス存在の有無を調べる目的には、まったく不向きであり、役に立たない。大橋眞 徳島大学名誉教授

2020-09-13 | 社会批評

 
  ウイルスはカオスの世界  PCR検査は意味がない。


 PCR検査は、遺伝子の断片を調べるものであり、それ以外の目的に使うときには細心の注意が必要になる。今回の騒動の原因は、PCRが病原体ウイルスの検査に使えると、安易に考えたことにある。遺伝子を調べることと、病原体を調べることと似たようなものと思っている人がいるようだが、実際には似て非なるものの典型だろう。  


 PCRは、プライマーと呼ばれる短い領域の遺伝子の一致(または高度な類似性)があると反応する。遺伝子の少し離れた2か所で挟み込む形で増殖反応をさせるので、遺伝子の高度な類似性を見るのは、合計40塩基ほどの長さの遺伝子である。この領域は、たんぱく質に翻訳させる部分なので、遺伝子の変異があっても、翻訳されるたんぱく質に変化のない変異であれば、たんぱく質に変化は生じないので、ウイルスの機能としては、ほぼ同じと考えられる。3つの塩基で1つのアミノ酸をコードしている、40塩基の遺伝子は、少なくとも12のアミノ酸をコードしている。20種のアミノ酸をコードする3つの塩基の組み合わせ(コドン)は、60種としても、一つのアミノ酸たり、平均3種のコドンが存在する。12のアミノ酸では、3の12乗通りの遺伝子多型が存在する可能性がある。

 このような多様な遺伝子型のうちで、今回のプライマーセットのPCRに反応するのは、ほんのごく一部である。今回のウイルスが、それほど問題というのであれば、同じ表現型をもった他の遺伝子型についても調べる必要がある。遺伝子の多型は、プライマーとして用いた領域以外にも当然ながら存在しうる。無数というほどの遺伝子多型が存在する中で、中国のグループが発表したひとつの遺伝子型の存在の有無だけをPCRで見つけることに、一体どんな意味があるというのだろうか。  PCRの特異性が高いという特性は、一見すると特異的に病原体を検出するようにも感じるが、実際には病原体の検出という目的には使えないことになる。このような遺伝子多型の存在しうるウイルス存在の有無を調べる目的には、まったく不向きであり、役に立たないということを肝に命じる必要があろう。

 以上は、大橋眞(感染学・徳島大学名誉教授)のビデオでの話を担当者が要約したものです。改行と太字はわたし武田によります

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