一人の人間の老いや死により、時代が変わる国が近代市民社会=主権在民の民主制国家とはとても言えないという常識が通らないのがわが国です。
国民全体が、人為的に「新しい時代」?に投げ込まれ、逃げられません。元号が変わるというのは、別の時代になった事という国家宗教=天皇主義のイデオロギーに巻き込まれてしまいます。
その天皇と呼ぶ人がどのような人間かの問題ではありません。どれほどよい人であろうと、特定の一人の人間の在位期間が終わると時代が変わるというのは、あまりにも不合理で、とても近代社会とは言えないのです。
古代の王は、空間とともに時間も所有し、王が死ねば時代も変わりましたが、その思想が世界で唯一残っているのが日本という国です。
元号で時代を変えられるというのがどれほど恐ろしい思想かを知らずに、唯々諾々とそれに従うのでは、その人は、国の主権者ではなく、国の中の一人になってしまいます。主権者であるわたしやあなたがお金と考えを出しあって国をつくるという民主制社会の原理とはアベコベになります。
一人の人間、たとえどれほどよい人であったとしても、天皇とよぶ人間の老いや死により時代が変わるという思想は、大元から民主主義とは背反します。もう分かりましょう、わが日本人よ。
皇族とよばれる人も含めて、みなが幸せになるには、共和制へのスムースな移行が必要です。 「私と共和制」-楽しい公共社会を生むためにーをぜひお読みください。人間に生まれによる差別はないのです。
武田康弘