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★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

格子戸の鈴が、妙な音に

2015-05-19 23:31:42 | 文学


 秋雨のうすく降る夕方だつた。格子戸の鈴が、妙な音に、つぶれて響いてゐるので、私はペンをおいて立つた。
 臺所では、お米を磨といでゐる女中が、はやり唄をうたつて夢中だ。湯殿では、ザアザア水音をさせて、箒をつかひながら、これも元氣な聲で、まけずに郷土くにの唄をうたつてゐる。私は細目に、玄關の障子をあけてみた。
「冬子は見えてをりませうか?」
 洋服で、骨の折れた傘を、半開きに、かしげてゐた。

――長谷川時雨「傘」